第11話 頼れる存在

「何よめんどくさいな」

「この一部始終、全部録音して映像もあるんだけど……」


 そう言って僕はスマホをポケットから取り出して動画の撮影を終える。


「は?」

「これさ。さっき上から撮った様子なんだけど、誰がどう見ても赤坂さんたちの一方的な勘違いだよね?」

「……うるさい! はやく消せよ!」


 赤坂さんは僕の握る証拠を消そうとしているのか腕に掴みかかってきた。

 しかし肉体的には僕が男で相手は女。

 

 そう簡単にはスマホを取られたりなんてしない。


「さらさないであげてもいい。だけど条件がある」

「な、なによ。条件って……」


 どうやら晒すという単語に敏感なのか赤坂さんは一旦大人しくなった。

 これが広まればこれまで積み上げた体裁は崩れ落ちるからだろう。


 僕はそんな赤坂さんに二つの条件を突きつける。


 一つ目は今後一切花蓮だろうが誰だろうが今回のように他人を貶すようなことはしないこと。

 そして二つ目は赤坂さんが図書委員を辞めること。これに関しては赤坂さんのクラスにもう一人図書委員の男子がいるため問題ない。


「くっ……」


 条件を聞いた赤坂さんは決断を悩んでいるようだった。

 しかし最終的には僕の条件を吞むことは間違いない。


 このような人間は誰よりも自分が大切だ……とアニメで観たこともあるし。


「どうする?」

「わ、わかったわよ! あんたの条件を呑む。だからそれ晒したりなんてしたら殺すから!」


 そう警告すると赤坂さんは仲間を連れてどこかに行ってしまった。


 僕はその場に呆然と立ち尽くす。


「……ありがとう……せいちゃん。私あのままだったら謝っちゃたと思う……って、せいちゃん?」


 花蓮は何やら喋っているらしい。

 だが上手く聞こえない。


「せ、せいちゃん!?」


 花蓮は立ち上がって僕の顔を見るなり慌てふためいたようだ。

 その理由はおそらく僕の顔だろう。


「や、やっちゃった……」


 今の僕の心臓の心拍数は軽く百を超えているだろう。

 それに顔はまさにやってしまった感満載の表情で途方に暮れているに違いない。


 仕方がないだろう。

 僕みたいな人間が一軍女子に真正面からぶつかったのだから。


 その後は花蓮が放心状態の僕を図書館にまで連れていき、白銀さんも僕の顔を見るや否や驚いていたらしい。


 でも花蓮があそこで謝る羽目にならなくて心底良かったと思う。

 

 ちなみにその日の委員会活動が終わった後、赤坂さんが図書委員を辞めたと先輩の図書委員から聞いた。


 ☆☆


 後日の昼休み。


「ちょっと飲み物買ってくるよ」


 持参していた水筒の中身が空になってしまった僕は簑島たちにそう告げると財布を片手に教室を出た。

 せっかく買うならジュースでも買おうと思ったのだが、購買前の自販機ではお目当てのものが売り切れになっていた。


「まじかぁ……あ、そうだ!」


 僕は校舎外の体育館近くの自販機に行ってみることにした。

 ここはあまり人目のつかない場所であり、過去にも何度か購買前では手に入れられなかった飲み物を買えたことがある。


「あった!」


 案の定、そこには飲みたかったジュースが販売中となっていた。

 財布から硬貨を取り出して自販機に投入していく。


 しかし最後の一枚である十円玉がそこに入らず、地面へと落下してしまった。

 そのまま回転を続けて十円玉は一人の生徒の靴もとで静止する。


「ごめんなさぁい」


 僕はその人の元へと駆け寄りそう言葉をかける。

 僕の視線は落ちた硬貨に固定されたままだ。


「お前が早見か?」

「……え?」


 十円玉を手に取った瞬間、上から僕の名前を呼ぶ人がいた。

 聞いたことのない声だった。


 恐る恐る顔を上げてみと、そこに立っていたのは金髪でイケメンな男子だった。ピアスにネックレス、指輪といったものを身に着けている。


 この人は……桜木だ。

 たまに校内で耳にする声とはまるで別人だったから分からなかった。


(もしかしたら赤坂さんの件で何か言うつもりなのだろうか。でも別れたと言っていたし……)


 僕は立ち上がって再度桜木と目を合わせる。


「もう一度聞く。お前が早見か?」

「……そう、だけど……」


 僕が早見だと知った途端桜木はニヤッと笑みを浮かべかと思うと、次の瞬間右手を思い切り僕の顔面に打ち付けようと動かしてきた。


 いきなりのことに反応が遅れてしまう。


(まずい……当たってしまう)


 そう思い歯を食いしばって目を瞑る。


(……あれ?)


 感じると思っていた痛みが一向に伝わる気配が無い。

 ゆっくりと目を開けると、僕の前には簑島がいた。


「……お前」

「俺の親友に手を出そうなんて、随分威勢がいいにも程があると思うが……」


 簑島は右手で桜木のストレートをキャッチして押さえていた。


「せ、せいちゃん!?」


 遅れて後ろから花蓮の声が聞こえてきた。


「花蓮!?」

「よかったぁ。無事で」

「一体どういう……」


 僕が不思議がっていると簑島がそれを説明してくれた。


「俺もジュースでも買おうかなと思ってついて行こうとしたら、まさかの金沢も付いてきたってだけだ。そこでたまたま早見が絡まれてるの見かけたってだけ」


 そういうことか。

 本当にたまたまではないか。


「おいおい。俺抜きで話進めるなよなぁ」


 存在を忘れられている桜木は左足でハイキックをすると同時に簑島の手から右手が解放されて僕たちから一旦距離をとった。


「ど、どうして僕に絡む。赤坂さんの件なら既に終わったことじゃないか」


 どうして絡んできたのか気になるので聞いてみた。

 

「赤坂? あぁ。そんな奴もいたなぁ。別にあいつは関係ねえよ。一回やったら飽きちまったわ。そんなのより、俺はな……」


 発言と同時に桜木は花蓮のことを指さした。


「金沢花蓮。お前と付き合ってみたいと思ってんだけど、どうだ?」

「……あほなの? 誰があんたみたいなゴミクズと付き合うのかしら」

「そんなことだろうと思ったぜ」


 罵倒されているにもかかわらず桜木は再び笑う。


「お前はこの男、早見一択らしいからな。だからこいつを潰して見るに堪えない顔面にしてやろうと思ったってわけさ」

「救いようのないクズね」


 花蓮は腕を組みながら呆れた様子で言い放つ。


「だから早見。覚悟しろっ!」

「くっ!」


 格闘技経験のない僕にとってこれは地獄だ。先の桜木の一振りを見れば嫌でも分かる。

 戦えば負けるに決まっていると。


 せめてもの抵抗として防御体勢を取ろうとした。


「さがってろ早見」

「え……?」


 簑島はそう言うと僕を抑えて自ら桜木の攻撃に向かっていく。


「まずはてめえかぁ!」


 桜木は先ほどとは真逆の左手でフックを仕掛けてくる。


(まずい、当たってしまう!)


 このままだとあの強烈な一撃が簑島に当たってしまう。

 

 しかし、どうやら心配には及ばないらしい。

 桜木のフックはあと一歩といったところで空振る。


 簑島は寸前のところで体勢を低くしてそれを躱したかと思うと、カウンターとはまさにこれといった強烈なパンチを桜木の腹にお見舞いした。


「ぐはっ!」


 桜木は腹を押さえながらその場に蹲る。


「なあ桜木」

「あぁ……!?」


 簑島は上から見下ろす様に桜木に言う。


「金輪際俺の周りにいる人間に絡む及び下級生に対する金銭の強奪を止めろ。そうすれば今回は見逃してやるしお前の悪事は他言無用にしておいてやる」

「……っ! ち、ちきしょう……!」

「わかったか?」

「……わ、わかった……」


 こんな冷淡な簑島はこれまで見たことはない。

 いつも笑顔でユーモア溢れる人だと思っていた。


(……僕の近くにはこんなにも、頼れる存在がいたんだ)


「行くぞ」

 

 簑島は僕たちを連れてこの場を後にしようとする。

 僕と花蓮はそれに続く。


 教室への帰り道。


「ぐぁぁぁぁ! やっちまったぁぁ!」


 簑島は先ほどの行動を悔やんでいるようだった。


「でも簑島のおかげで助かったよ。ありがと」

「そうか? でもなぁ……」

「ていうか簑島君って喧嘩強いんだね!」


 花蓮は何やら楽しそうだ。


「まあ小学生の時喧嘩ばっかしてたかんなぁ……」

「へー。今からは想像もつかないねぇ」


 そんなことを話しながら僕たちは教室へと戻った。


 その日の放課後。

 簑島と桜木が職員室に呼ばれて長時間叱られたことは言うまでもない。


 後から聞いた話によると、二人の一部始終を見ていた一年生がそのことを先生に伝えたらしい。

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