第10話 結局は嫉妬
数日後の朝。
「おっはよぉ!」
花蓮は相変わらずの様子で僕の部屋にやってきた。
「おはよう」
これが無いと一日が始まる気がしないな。
そんなことを考えながら既に制服へと着替えていた僕は花蓮を引き連れてリビングへと向かい、朝食をとってから学校へと向かった。
☆☆
「――以上だ。今週末は六月に入る。文化祭の話もちらほら出始めると思うから何か考えておいても損はないと思うぞ」
帰りのホームルームにて担任からそんな通告があった。
毎年のこの高校では六月下旬に文化祭が開催される。
数週間の準備を経て、皆クラスごとに切磋琢磨し合って作品を作り上げる。
それは形としてそこにあるものもあればそうではないものもあるだろう。
「文化祭かぁ。なあ早見。今年も一緒にまわろうな」
前の席の簑島が振り返って僕を誘う。
「うん。まわろ」
去年の文化祭はこの簑島がいなければ正真正銘僕はソロプレイヤーとして文化祭を過ごさなければならなかった。
クラスのあちこちでも何やら文化祭について盛り上がっているところが垣間見える。
「じゃあ僕は委員会あるから」
「おう! また明日な」
簑島に別れを告げて僕は花蓮と白銀さんを引き連れて図書室へと向かう。
「……あっ! せいちゃん千鶴ちゃん。ごめん……先行ってて!」
廊下を歩いている最中、花蓮は何やら慌ただしい様子で来た道を引き返して行った。
「どうしたんだろう。金沢さん」
「花蓮のことだからきっと忘れものか何かしたんじゃないかな?」
根拠は無いがきっとそうだろうと思ったことを白銀さんに伝えて僕たちはそのまま図書室へと向かう。
今日の仕事はカウンター業務だ。
主に二人一組で行う作業であり本の貸出、返却、予約の受付等を行う。
今回は僕と白銀さんだ。
ちなみに一クラスに図書委員が三人もいるのは僕たちのクラスだけなので、二人で用が足りる作業は予めじゃんけんなどで誰が担当するかを決めておく必要がある。
負けた人は他クラスの仕事に合流だ。
今日は僕と白銀さんが勝ったためこのような編成になった。
淡々と作業をこなしていく。
今日はいつもより比較的人が少ないからか暇なようだ。
「……ねえ白銀さん」
「何?」
お互い暇かなと思い、僕は隣に座っている白銀さんに声をかける。
「よかったら、その……文化祭の日さ。一緒にまわらない?」
「え……!?」
自由時間といってもそれが一日中続くわけではない。
それぞれ決められた時間に自分のクラスの出し物に関する仕事があり、互いの自由時間が被るタイミングが常に存在するわけではない。
少しだけでもいいから白銀さんと二人で文化祭をまわってみたかった。
去年もこう誘えたらよかったけど、今よりもはるかに憶病だった僕には出来なかった。
無論これは花蓮に対しても同じことで、今年はそれぞれと二人きりで文化祭をまわる時間が欲しかった。
「……駄目、かな……?」
「……ぜ、ぜひ! 一緒に!」
「そ、そう? よかったぁ」
安堵した僕はそっと胸を撫で下ろすように息を吐く。
「どんな文化祭になるか分からないけど楽しみだね」
「そうだね!」
勇気を込めた誘いを受け入れてもらえた僕は、先ほどまでよりも意気揚々と作業に取り掛かろうとした。
「……ていうか、花蓮遅いな」
「そうだね。何かあったのかな」
気づけば僕たちが図書室に来てから十五分ほどが経過していた。
仮に教室に戻っていたとしても数分で合流できるはずだ。
それに、今日が当番であるはずの赤坂さんの姿が見受けられない。
なんだか嫌な予感する。
「僕ちょっと探してくるよ。少しだけ仕事任せてもいい?」
「え!? あ、うん……ここは任せて、行って」
「ありがとう」
僕は図書室を出て花蓮を探しに行く。
最初は教室に向かった。
しかしそこに花蓮の姿はなく、関わりの薄いクラスメイトたちが談笑しているだけだった。
「あ、あのさ。花蓮見なかった?」
その中の一人の男子に聞いてみる。
「花蓮? ああ……金沢さんならさっき教室来てから出て行ってそれっきりだぜ」
「そうか。ありがとう」
「お、おう……」
一体どこにいるのだろう。
教室に一度だけ来たということはおそらく忘れ物の類で間違いないだろう。
ここに来た時とは違うルートで図書室に続く道を歩いてみることにする。
放課後最初に通った道だ。
「どこ行っちゃったんだよ……花蓮……」
言葉を漏らしながら階段を下りている時だった。
ここは二階から一階へと続く階段の踊り場。
「お前さぁ。調子乗んなって言ったよなぁ」
下から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
こちらの存在を悟られないようにそっと顔だけを出して様子を窺ってみる。
「だから何もしてないって言ってるじゃん!」
それに続いてさらに聞き覚えのある声が聞こえてくる。
声の主は赤坂さんと花蓮だった。
しかも一対一ではなく、赤坂さんの隣には取り巻きと思われる花蓮と似たような金髪ギャルっぽい女子が二人立っている。
僕はブレザーのポケットからスマホを取り出してこの現場を映像として残そうと撮影を始めた。
「いい加減認めろよ! あんたのせいで由依、彼氏に振られたんだぞ!」
今度は隣の金髪がそう言いながら片手で花蓮の肩を突き飛ばす。
由依という名前に心当たりはないが、おそらく赤坂さんの下の名前だろう。
「だ、だから何も……」
花蓮の抵抗力が衰退してきている。
そりゃそうだ。
おそらく僕がこの現場を目撃する前からああいう風に身に覚えのないことで一方的に言い詰められていたのだろう。
「桜木君は他に好きな人が出来たからって言ってた。もうそんなの、あんたが誑かしたからに決まってんじゃん!」
「そんなことしないよ……だって、私の好きな人は……」
桜木……そうだ思い出した。
表向きは眉目秀麗で成績優秀、多くの人間から慕われている男だ。
だけど実際は人間としてクズこの上ないという噂を聞いたことがある。
名前を忘れていたが思い出した。
「うるせえんだよ! はやく謝れ! 謝るだけで許してやるって由依が言ってるんだからよ!」
先ほどとは異なる方の取り巻きが、先よりも強く花蓮の肩を突き飛ばす。
壁に背中を打ち付けた花蓮はそのまま崩れ落ちた。
「でも私……」
嫉妬……それは相手に自分より勝っている点があるからこそ生まれてくる妬みやうらましいと感じる感情のこと。
場合によってはそれを自らの糧にして良い方向へと進むことも出来るだろう。
でも赤坂さんのようなプライドの塊のような人間にはそれを認めることがこの上なく怖くて恐ろしいもの。
だからこうして弱い自分を認めたくないがために他人にそれをぶつける。
「そんなに認めないなら、こればらまくから……」
そう言って赤坂さんはスマホを取り出すと、何かを見せるように画面を花蓮の顔面へと近づける。
「なに……これ……」
「何って、あんたさ。おじさんとあんなことやこんなことして金貰ってるんでしょ」
「え……?」
取り巻きははっはっはと笑う。
「もう謝る気はないみたいだし、これ拡散させてもらうわ」
「ちょっと!」
花蓮はスマホを取らんとしているのか地に尻をついたまま手を伸ばす。
「花蓮探したよ……って赤坂さん?」
「せ、せいちゃん……?」
僕は気づけば四人の前に姿を露にしていた。
花蓮の前に位置するように赤坂さんの前に立ち塞がる。
「なにこいつ?」
「きもくね?」
「あんたは確か……図書委員で一緒の……早見とかだっけ?」
「赤坂さんみたいな人に名前を憶えてもらえているなんて光栄だな」
三人は『キモ』といった眼差しを向けてくる。
「あっそ。じゃあ私らは忙しいから」
そう言って赤坂さんたちはこの場を去ろうとする。
「ちょっと待て」
「は?」
気づけば僕の口調は自分のものとは思えない冷たいものになっていた。
「僕の大切な幼馴染が一体何故床に尻をついたまま今にも涙が出そうな表情になっているのか、簡潔に答えてほしい」
「……あんた……もしかして見てた?」
「どうだろう」
去ろうとした三人と僕の間の距離は再び手が届く範囲へと縮まる。
「見てたんだ。だからって何? あんたみたいな雑魚キャラに何かできるわけ?」
「花蓮の反応を見るに、赤坂さんが見せたスマホの画面に何が写ってたのか気になるんだけど……」
「……これよ」
赤坂さんは僕に一枚の写真を見せてきた。
そこにはこれからホテルに入ろうとする中年くらいのおじさんと花蓮の後ろ姿があった。
でも何やら違和感がある。
花蓮の後ろ姿が周りに溶け込んでいないというか。
「これさ。合成だったりしないよね?」
「さあねぇ」
「とぼける……ということは合成なのかな?」
「そうよ。この女をどん底まで叩き落すならこれくらいはしておかないとね」
「そっか……」
あっさり認めるじゃんこの人。
その方がこちらとしては有難いのだが。
「他に何かある? ないよね? じゃっ」
そうして今度こそこの場から三人は立ち去ろうとした。
「一ついいかな」
僕はそんな三人を再び呼び止める。
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