第8話 食べる子は育つ?
その後店員に趣旨を伝えて、順番になった僕たちはテーブル席へと案内された。
僕と白銀さんが隣同士、それに向き合うかたちで詩音が座る。
無論そう計らったのは詩音である。
「メニューがお決まりになりましたらお呼びください」
店員はそう言うとこの場から去っていった。
「はじめまして。お兄ちゃんの妹の詩音です。お兄ちゃんのクラスメイトの千鶴さんですよね?」
「え? あ、うん……白銀千鶴です」
隣の白銀さんは不思議そうな表情をこちらに向けてきた。
まるで『妹いたんだ。てか何故私の名前を知ってるの?』といわんばかりに。
「…………」
流石につい先ほどこの妹に恋愛相談したからその途中になんて言えるはずもないので押し黙る作戦を実行することにした。
「よろしくね! 千鶴さん」
「うん。よろしくね」
「……ふ、二人とも何頼むかは決まってるか?」
二人による互いの自己紹介が終わったと思った僕はお腹が空いていたためそう聞いた。
どうやら二人とも既に決まっているらしく、それを確認できた僕は店員を呼び出すボタンを押す。
男の店員の迅速な対応を見事と思いながら、僕たちは各々の食べたいものを注文した。
程なくして頼んだ料理が到着した。
僕の前にはいつも食べているチーズインハンバーグとライス一人前。
詩音の元にはマリゲリータピザと山盛りフライドポテトが置かれる。詩音はどんなメインディッシュを注文しようとも必ずこのポテトフライを追加で食べるのがルーティーンだ。
そしてそれを少しつまみ食いさせてもらのが僕のルーティーンである。
ここまではいつも通りだ。
驚愕したのは白銀さんの元に並んだメニューを見たからだ。
そこにあるのは一人の女子が食べる量とは思えないものだった。
自家製ビーフシチューソースのかかったオムライスにスパゲティ、さらにはねぎとろ丼までもが並んでいる。
三品いずれも主食……炭水化物ばかりではないか。
「いただきますっ」
白銀さんは嬉しそうにフォークを手に取って食べ始めようとする。
「……あれ? 二人は食べないの?」
しかしその動作を一時停止して、僕たちの食べ始めようとする気配が無いことに気づいたのかそう聞いてきた。
「……あ、いや……よし! 食べよっか! いただきます!」
「そ、そうだね……いただきます!」
女子に『よく食べるね』と言うのはなんだか気が引けるので、上手く誤魔化せているかは分からないが僕たちも自分の品を食べることにする。
食事中に僕と白銀さんはあまり言葉を交わすことは無かった。
逆に詩音と白銀さんは終始何かを話していた。
そうしてそれぞれの食事の量が三分の一ほどに差し掛かった時だった。
詩音が食事を一時中断してスマホをいじりだした。
食事中だとは思ったが、特に注意したりはしない。
しかし次の瞬間ポケットのスマホが振動する。
なんだろう。
気になったのでスマホを取り出し通知の内容を確認した。
『詩音ばっかり話しちゃってごめんね! ここで退場します! あと、千鶴さんの分んも払ってあげること!』
そういうメッセージを送りつけてきた詩音は、スマホを置いて残っていたピザを一気に平らげた。
「あ! 詩音用事思い出した! お兄ちゃん。支払いお願いね! 千鶴さんも会えてよかったです!」
そう言うと詩音は立ち上がり『頑張れよ兄貴』といった顔で店から出て行ってしまった。
「楽しい妹さんだね」
「テンション高いよな。まあ明るくて良いとは思うけど……」
「私とは正反対だなぁ……」
「え……?」
上手く聞き取れなかったが何かを憂いているような表情だ。
「……食べる?」
思いのほか残ってしまっていたフライドポテトが自分一人では食べきれなさそうなので白銀さんに聞いてみる。
「いいの?」
「もちろん。なんなら全部……」
「ありがとう!」
白銀さんは喜んでそれを受け取って嬉しそうに食べ始めた。
「よく食べるんだね。白銀さん……」
可愛い白銀さんを見ていると思わず口走ってしまった。
「え……?」
「あ、いや……別に悪い意味じゃなくて、その……」
やっちまった……率直にそう思った。
「早見君はたくさん食べる女の子は……嫌い?」
つぶらな瞳が何かを懸念するかのように僕の視線を捉える。
「そんなことない! むしろたくさん美味しそうに食べる人の方が好きだし一緒に食事してて楽しいと思うよ!」
実際そんなことを考えたことはない。
身の回りでこんなに食べる女子を見たことすらもなかった。
でも白銀さんのやることなすことは全て世の女子の模範になっている気がした。
「……そっか。よかった! でもね。いつもはここまで食べないんだよ。普段は二品とかだし……今日はその、ストレスっていうかそういうのがあって……それにさ。よく聞くでしょ? 食べる子は育つ! みたいな?」
主食二品は普通とは思わなかったが、白銀さんでもストレス抱える日があるのか。
それに食べる子じゃなくて寝る子は育つだと思ったのは僕だけだろうか。
「そ、そうなんだ!」
とりあえず心配そうな気配が消えてよかった。
「……わ、私のね、その……いや、なんでもない……食べよっか」
白銀さんは何か言いたそうだったがそれを聞くことは叶わないらしい。
本人が言いたくないのであればこちらから無理に聞く必要もないだろうと思い、僕も残りのハンバーグを食べることにした。
「ごちそうさま。今日はありがとう」
「なんもだよ。プライベートで会えて楽しかったし……」
「……じゃあまた学校でね」
「うん……またね……」
詩音の言う通りに僕が全て支払って、店の前で軽く言葉を交わし終えると白銀さんは身を翻して帰ろうとした。
「ねえ! 白銀さん!」
そんな白銀さんを呼び止める。
「何?」
「そ、その……もし何か辛いこととか些細な事とか何かあったら僕に相談してくれて構わないから!」
「……分かった!」
そうして白銀さんは笑顔で僕に手を振ると今度こそ歩を止めることなくこの場から去っていった。
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