第7話 人生相談
休日のお昼前。
僕は自宅のリビングにてひたすらにテーブルに向き合いながら考え込んでいた。
少し前なら答えは出ていた。
しかし花蓮との再会によって僕の心は再び動き出し、あいにくどちらの方が好きなのか分からなくなってしまった。
「はぁ……」
僕はこの先どうしたらいいのか。
「やめてよ。真昼間から溜息吐くの」
下げていた顔を上げて前を見ると妹である詩音がだぼっとした黒色のパーカー姿で立っていた。
休日だからか、普段はさらっとした艶のある黒髪ボブの所々に寝癖が立っている。
「詩音か」
「どうかしたの? 婚約相手もいて順風満帆な人生を謳歌しているはずのお兄ちゃんが何故溜息を吐くわけ?」
詩音はそう言いながら僕に向き合うかたちで椅子に座った。
「いや……まさにそこなんだよね……」
「えっ!?」
妹は俺の悩めるポイントがそこにあるとは流石に思っていなかったらしく驚いている。
「まさかお兄ちゃん……二股とかそういう……」
「それは違うぞ!」
詩音の語弊を与えるような言葉を慌てて止める。
「じゃあ何? 花蓮ちゃんよりも素敵で魅力的でお兄ちゃんのことを誰よりも理解している人が現れたりでもしたわけ?」
そんな人いるわけないでしょといった口調で詩音は聞いてきた。
「いや、まあ……その……」
詩音は『ほらやっぱりいない』といった顔を見せる。
でも確かに花蓮の魅力は本人も知っているからな。
しかし僕にはもう一人好きな人がいる。
「……単刀直入に言う。僕は二人の女性に恋をしている」
「ほら! やっぱ二股系じゃん!」
「だから違うって!」
再び誤解を招きかねないので、僕は白銀さんのことを詩音に伝えた。
「なるほどね。その千鶴さんっていう人が現れて、まさかの花蓮ちゃんとも再開してしまいどちらを選んだらいいのか分からなくなってしまったってことね」
「そういうことです……」
僕は恥ずかしくなり詩音の顔は見れなかった。
それよりも、恋愛の相談を年下の妹にする兄貴なんているのだろうか。
「まあ……今すぐ答えを出す必要はないんじゃない?」
「え……?」
僕は不意な妹の言葉に困惑していた。
先ほどまではてっきり今すぐ答えを出すべきかと思っていた。
「それはどういう……?」
「だってお兄ちゃん。本当に両方のことを好きなんだよね?」
「はい……」
「だったらわざわざ答えを焦る必要なんてない。もっとじっくり考えて考え込んで、そして悩みまくった後に答えを出せばいいよ。詩音はお兄ちゃんに幸せになってほしいしそれはその相手の人に対してだって同じ。だから変に焦ったりして後に後悔するくらいなら、今のうちに悩めるだけ悩めばいいんじゃないかな。そうして出た答えはきっと本物だと思うから」
「…………」
妹のアドバイスに僕は言葉を失っていた。
まさかここまで染みるものをぶつけてくるとは。
「何黙り込んでるの?」
「いやあ。返す言葉もないといいますか何といいますか……」
「どちらにしても曖昧な結果になんてしたらお兄ちゃんでも許さないからね」
「肝に銘じておきます」
最後に『ありがとう』と言い残し、僕は椅子から立ち上がって自室に戻ろうとした。
しかし詩音の手がそれを阻止しようと言わんばかりに僕のTシャツを掴んできた。
「どうした?」
「いやいや。受験生の貴重な休日の時間を割いてあげたんだから、何か対価を支払ってもらおうかなと」
「無料相談じゃなかったの?」
「当り前でしょ。そうね……お昼ご飯か何か奢ってもらおうかな。かっこ外食で」
「……まあ、仕方がないか。じゃあ行こっか」
「レッツゴー!」
僕は見事に詩音の目論見にはまってしまったらしい。
でもここ最近の悩みを解決してくれたから仕方ないか。
それより、受験生としての時間が惜しいなら家で食べたほうが効率がよさそうであることは本人には言わないことにしておく。
「てかその格好で行くの?」
「もちろん」
詩音は『何かおかしい?』といった表情を見せてくる。
「せめて寝癖くらいは直した方が……」
詩音は自らそれを確かめるべく片手を頭部に回して確認する。
男ならまだしも現役女子中学生がそれなのはどうかと思ってしまった。
「!!」
どうやら気づいたらしく『待ってて!』と僕に言い残して、洗面台へと走って行った。
まったく可愛い妹だ。
「やっぱり混んでるねぇ」
「休日の真昼間だからな」
身だしなみを整え終えた詩音と共に、僕たちは近所にあるファミレスに来ていた。
歩いて数分の距離にあるため昔からお世話になっている店である。
「けっこう並んでそー」
「どうする? 止めてもいいけど……」
「行くに決まってるでしょ」
外からでもまあまあ待合室に人がいるのが分かったので一応聞いてみたが一瞬で粉砕されてしまった。
詩音が先行するかたちで入店すると、可愛らしい女子高生くらいの店員に案内されて僕たちは待合室に入って待つことにした。
「今日は何にしようかなぁ」
横で詩音はポケットからスマホを取り出し、今回何を頼むのか決めようとしているらしい。
このファミレスは全国チェーン店であるためインターネットで検索すればすぐにメニュー表に辿り着ける。
僕もそうしようと思いポケットからスマホを取り出す。
画面をタップして起動しようと思った瞬間に、それよりはやく電源がついた。
『早見君?』
SNSアプリLIMEよりこのようなメッセージが届いていた。
送り主は白銀さんである。
『どうしたの!?』
これまでも白銀さんとSNSでやり取りすることはあったが、謎の驚きのあまりどう考えても不必要であろうビックリマークをつけてしまった。
『今家にいたりする?』
なんだろうこの質問。
何かの心理テストにでもはまったのだろうか。
『今は近所のファミレスに来てるよ』
『私も同じところにいるんだよね』
スマホから目を話してぐるりと周囲の人間を見渡した。
すると角のところに白銀さんが座っており、丁度目があってしまった。
「…………」
黒色のボウタイコードにクリーム色のポンチョコートの私服姿は白銀さんの美貌をさらに際立たせている。
その美しすぎる姿に悩殺されてしまったのか、僕の脳は思考を放棄したらしく口が半開きになったまま視線が白銀さんに固定されてしまった。
しかし白銀さんは手元のスマホに視線を移してさらにメッセージを送ろうとしているのか画面を何度もタップしている。
そして僕の手元のスマホが振動した。
「さっきからどこ見てるの?」
「……あ、ああ。な、なんでもない……」
詩音は訝し気な顔で聞くと同時に僕の視線先を追い始めた。
しかし詩音の問いかけのおかげで僕はフリーズ状態から解放される。
白銀さんに向いていた視線を手元のスマホに移す。
「わお。あの人可愛い」
詩音も白銀さんの存在に気づいたらしい。
そんなことより僕はフリーズ中に送られてきていたメッセージを見てどうしたらよいか考えることで精一杯だった。
『よかったら、その……一緒に食べない?』
僕一人なら速攻でそうしただろう。
しかし今は我が妹である詩音がいる。
あんな相談をした後の妹を白銀さんに合わせるのは良くない気がすると本能が僕に告げている。
白銀さんのルックスについては先ほど詩音に伝えたが、詩音はまだそこにいる人が白銀さんだとは気づいていない。
ならここは『ごめん。妹がいるから』などと断るべきか。
でもこれは千載一遇かもしれない。
決断出来ずに葛藤していると妹が僕のスマホを覗き込んで言った。
「え……白銀さんって……まさかあの人?」
トーク画面を開いていたためにばれてしまったようだ。
「そ、そうだ……」
こうなった以上はどうしようもない。
『いいね。一緒に食べよう!』
妹に急かされながらそう返信した。
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