第6話 真っすぐな性格

 迎えた放課後。


「じゃ、行こっか。白銀さん」

「そうだね」


 予定通り白銀さんと図書室に向かうことにする。


「頑張れよお。お二人さぁん」

「ああ。またな」


 簑島からの気持ちの籠っていないエールに返答して僕たちは教室を出て行った。


 今日の仕事は主にブックカバー貼りだ。

 ブックカバーといっても書店などで本を購入した際につけてもらえる物ではなく、透明なフィルムシートのことを指す。


 去年初めてこの仕事を任された時はそこそこ苦労した覚えがあるが、今となってはお茶の子さいさいだ。

 

 今日この作業を進めているのは僕と白銀さん、そして他クラスの女子である赤坂さんだ。

 皆一刻も早く帰宅するため黙々と作業を進める。


 静寂な図書室で声が聞こえるとすればカウンターに本を借りに来た生徒がいるときくらいだろうか。


 そうして僕たち三人の残り仕事量が半分くらいに差し掛かった時のことだった。


「ああ疲れたぁ」


 座ったまま背伸びしながら図書委員たちに聞こえるような声量でそう言ったのは、赤い長髪が特徴的な赤坂さんだ。


 だがこれはある程度予想していたことだ。

 この先の展開は手に取るように見える。


「ねえねえ白銀さん。私この後用事あるから残りの分やっといてくれない?」

「う、うん……」

「サンキュー」


 赤坂さんは残りの仕事を白銀さんに押し付けるように言う。

 基本的に赤坂さんはこういった風に他人に自分の仕事を押し付けることが多い。


 誰もが赤坂さんの言っていることは間違っているということは認識している。


 ここで『それは違うだろ』とかいえる人間がいたら問題は解決できるのだが、現実はそう甘くない。


 性格にそぐわない可愛いルックスをお持ちの赤沢さんはスクールカーストというものがあるのなら間違いなく上に君臨する存在だ。

 時折クラス前を通る時、嫌でもその事実を目の当たりにさせられる。


 さらにそれに追い打ちをかけるように僕たちを動けなくさせているのが赤坂さんの彼氏の存在だ。


 名前は忘れてしまったが、こちらもとても高い顔面偏差値をお持ちで成績も優秀。

 しかし裏の顔は凶悪で自分より下の者から金銭を巻き上げたりもしているのだとか。

 あくまで噂であり自分の目で見たわけではないが、例え噂だとしてもそんな話が僕たちのような人間を縛り付けてくる。


 赤坂さんは立ち上がり図書室を出て行こうとする。

 僕は白銀さんの元に歩み寄り共同で作業を進めようとする。


「そういうの止めなよ」


 聞き覚えのある声に、僕は思わず声が聞こえた出入り口の方を見ていた。


「誰あんた?」


 視線の先に立っていたのは花蓮だった。

 

「ああ。最近転校してきた転校生かぁ」


 赤坂さんはすぐに花蓮のことを思い出したようだ。


「今日は私が代わりにあなたの仕事引き受けてあげる。だけど、次からは自分の分は自分でやりなよ」


 花蓮は何も躊躇うことなく自らの意見をぶつけていく。

 

 昔から花蓮はこういう人間だった。

 自分の思ったことは包み隠さずに打ち明けるし、誰かが困っていたら迷わず救いの手を差し伸べる。


 小さい時の話だが、僕も一時期他の男子にいじめられているときがあった。

 そしてそこから僕を助けてくれたのは紛れもない花蓮だった。


 男より強い女ってなんだよとか考えた頃もあった気がする。


「何それ。ていうか、あんた色んな男子にモテてちやほやされてるらしいね。あんま調子乗らない方がいいよ」


 そう言うと赤坂さんは花蓮に『邪魔』といった様子でぶつかりながら図書室を出て行った。


 気づけば図書室にいた人間全員の視線が花蓮に向かっていた。


「あ……お騒がせしてすみません」


 花蓮はその事に気づき照れ臭そうに頭を抱えながらそう言った。


「いや凄いよ」

「ほんとほんと」


 しかし他の図書委員は花蓮の勇姿を賞賛するようにそう言うと同時に拍手を送った。


 花蓮は『どうもどうも』といった様子で照れながらこちらに近づいて来る。


「助かったよ花蓮」

「ありがとう。金沢さん」

「いやいやどうってことないよ。あんなやつがなんで委員会やってんだってかんじだよね」


 おそらくそれは周囲からの評価、主に教師たちからのそれを上げるためだろう。

 部活にしても委員会にしても、何か学校生活でそういったことを行っていれば教師たちからの評判はプラスへと傾く。


 それに伴って傷ついたり不公平な思いをしている生徒だって多いだろうに。

 でもそこまで学校側は見ていない。


「それはそうと……」

「何?」

「花蓮がなんでここにいるんだ?」


 僕は一番気になっていたことを聞いた。


「それは決まってるよ」

「何が?」


 花蓮は何やら言わんとしていることに意気軒昂といった表情をしている。

 まさか……。


「私も図書委員になったってこと!」

「…………。はっ!?」


 その事実に呆気にとられたのはどうやら僕だけではなく、隣の白銀さんも同じらしい。


「な、なんで?」

「だってせいちゃん昼休み言ってたじゃん。図書委員だって」

「いや確かに言ったけど……」

「千鶴ちゃんとせいちゃんの間に割って入るかもだけど、やっぱ私はせいちゃん好きだからさ。さっき担任の先生に頼んで入れてもらったってわけ!」


 よくそんな恥ずかしいこと堂々とこんなところで言えるよな。 


「そ、そうか……」

「何せいちゃん。うれしくないの?」


 嬉しくないわけではない。

 ただこれで、僕と白銀さんの二人きりで過ごせる時間は事実無くなったと言っていい。


「いや嬉しいよ。仕事量も減るから」

「それだけ?」


 花蓮は『まだあるでしょ?』というかのように顔を近づけてくる。


「ほらほら。さっき言ってた通り赤坂さんの放棄した仕事を頼むよ」


 僕は逃げるようにそう言った。 


「はいよぉ。ていうかあいつ赤坂っていうんだね」


 花蓮は白銀さんの前に置かれた本を半分ほど手に取る。


「あ、ありがとう。金沢さん」

「気にしないで千鶴ちゃん」


 そうして花蓮は先ほどまで赤坂さんが座っていた席に座った。


 しかし花蓮の手が動く気配がない。

 頭上にははてなマークが浮かんでいるような様子だ。


「これどうやればいいの?」


 僕はここで気づく。

 途中から図書委員に入ってくれるのは有難いかもしれない。

 だけどそれは委員としての仕事が出来るようになってからだ。


 どうしようかと考えていた時だった。


「ぼ、僕でよければ教えるよ」


 そう言って立ち上がったは同学年の男子だった。

 僕たちとは別の作業をしていたが、余裕があるのか自ら教え役に志願した。


「ありがと!」


 花蓮はその善意を有難く受け入れることにしたらしい。


 この後は特に何もなく、皆それぞれの役割を全うして帰宅した。


 三人で帰宅中に、赤坂さんについて知っていることを僅かではあるが花蓮に伝えておいた。

 あまり敵にするようなことは言わない方がいいといった忠告も添えて。

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