第5話 変化

 私、金沢花蓮は正直言って焦っている。

 昔結婚を誓い合った幼馴染が、久しぶりに再会するとそれを保留にしたいとか言い出したのが事の発端だ。


 そしてそれは他に好きな子が出来たかららしい。


 登校初日である今日、それが誰なのかはつい先ほどまでは分からなかった。


 白銀千鶴――彼女が今後の高校生活において私の敵になることは間違いない。


 銀色の艶のある髪にスタイルのいい体。

 確かに誰もが可愛いとは思うかもしれない。

 でもそれは私も同じだと思っている。


「ああもう! どうしたらいいのぉ!」


 自分一人の部屋で枕に顔を押し付けて叫ぶ。


「いや。私はこれまで通りせいちゃんの傍にいればいい……いや、それでいいのかな?」


 けれどせいちゃんのことをよく知っているのは私だ。

 こんなこと思うのも千鶴ちゃんに失礼かもしれないけれど、積極性ならあの子に勝っている自信はある。


 絶対千鶴ちゃんには負けないとここに誓う。


「見てなさいせいちゃん。あなたは絶対に最後は私を選ぶんだから!」


 ☆☆


 花蓮が転校してきてから約一週間が経過した。


「お、碧。そのウインナー美味そう! あーん」

「はい、あーん……なんてするわけないでしょ!」

「痛!」

「碧ちゃんと簑島君ってホント仲いいよねぇ」


 カップルのテンプレらしいやりとりに金髪の女子が笑いながらそう言った。


 今は束の間の休み時間である昼休み。

 僕の机の周りには僕含めて男子が二人。言わずもがなもう一人の男子は簑島だ。

 そしてもう三人女子が座っている。

 佐藤さん……うん。これはいつも通りだ。


 今までと異なるのは僕の丁度左右に座っている女子二人だ。

 左には花蓮、右には白銀さんが同じように昼食を食べている。


 今まさに僕は両手に花といった言葉を体現しているのではなかろうか。


 しかし一瞬で自惚れた自分を反省し、誰か殺してくれと願う。


 この一週間の間に、僕を取り巻く環境は以前のそれとは全く別の物に変化したといっても過言ではない。


 まず第一に今までは僕と授業にまつわることなどでしか話さなかったクラスメイトが、休み時間などを用いて僕に話しかけてくるようになったことだ。


 一体何故こうなったのか、それは僕に対するクラスメイトからの質問と周囲の会話を加味すれば瞬時に理解できる。


 皆が『早見って金沢とどんな関係?』『お前前世でどんな徳積んだんだ?』といった意味を含む質問を投げかけてきていた。

 加えて周囲のクラスメイト、特に女子たちの間では次のような噂が広まっていた。


「花蓮ちゃんって色んな男子から告られてるらしいけど、皆に同じ振り方するんだって」


 肝心なのはその振り方だ。それは――『私の旦那さんはせいちゃんって決まってるのでごめんなさい』という返事だった。


 初めのうちはその『せいちゃん』という人物が誰なのかはそこまで皆分かっていなかったらしい。

 しかし休み時間や登下校中によく僕が花蓮と一緒にいることからその正体が僕だと広まってしまったとのことだ。


 これはある程度、花蓮が転校してきても尚昔の約束を本気に思っていたことを踏まえればあり得ないことではない……というか寧ろこうならないはずがない。


 不測の事態とでも表すべきだろうか。

 思いもしていなかった変化は主に次だ。


 花蓮の転校初日以来、微妙ではあるが以前よりも白銀さんが僕とのコミュニケーションにおいて積極性を増しているような気がするということだ。


 今まではどちらかといえば僕から白銀さんに話しかけることが多かった。


『一緒に帰ろう』とか『図書室向かおっか』などと、何かに誘うといった場合は僕からの発言であることが多かった。


 それなのについ先日なんて放課後のチャイムが鳴った直後、隣で僕よりも先に鞄に荷物をしまって『一緒に帰ろう!』とらしくない様子で僕を一緒に帰宅する相手に誘ってきた。


 無論そんな現場を見逃すことなく花蓮も一緒に帰宅したが。


 まあざっと僕の周囲がこういう風に変化して、思ったことが一つある。


 もしかしたら、白銀さんは僕に好意を抱いているのではないかということだ。


 自惚れるな童貞のくせにとか思われるかもしれない。

 でも一般的な男子高校生ならそう思っても仕方ないのではなかろうか。


 意中の相手に真正面から好きだと言える存在の出現。

 それが白銀さんにこの変化をもたらしたのではないだろうか……と少しだけ考えているのだが、違ったら洒落にならないしそんなこと自分の口から言えるメンタルなんて僕は持ち合わせていないから心中に留めておくが。


 まあとにかく、現にこうして今までのメンツに加えてクラスの二大美人がそこに加わるようになったというわけだ。


「そうだ。白銀さん。今日図書委員の活動あるよね」

「う、うん。頑張ろうね」

「おう!」


 今日は久しぶりに図書委員の活動がある日だった。

 最後の活動は確か花蓮が転校してくる前の日だったので、今日は久しぶりに白銀さんと二人きりで帰れるチャンスがあるというわけだ。


 ぶっちゃけ、現在僕の好意がどちらに向いているのか分からない。

 天秤で例えるならばどちらにも傾かず地面と平行を成しているといった状態だろうか。


『調子乗んな童貞が』とか言われそうだけど、かといって二股なんてするわけにもいかない。

 時間はまだかかりそうだ。


「せいちゃん図書委員に入ってるんだ」

「え? あ、うん。そうだけど……」

「へえ……」


 そういえば花蓮にはこのことを伝えていなかったな。


「てかさぁ。早見の横に座ってるお二人は早見のこと好きなの?」

「「「!?」」」

「な、なに言いだすんだよ急に!」


 何の恥じらいもなくそんなことをボソッと言える簑島に思わず口が動いていた。


「もっちろぉぉん!」


 しかし花蓮はよくぞ聞いてくれたといった風に意気揚々とそう言った。


「白銀は?」

「えっと……私は……」


 簑島は本命はお前の方だといった様子で白銀さんに聞いた。


 白銀さんは赤面してもじもじするような素振りを見せる。


 てかなんなんだ! その表情は!

 僕の心臓は心拍数を上げ、今にも悲鳴をあげそうだ。  


 やっぱり僕の予想は……。


 そう思ったところで、休み時間終了のチャイムが鳴る。


「いっけね! 次移動教室じゃん!」


 その音に急かされるように簑島は購買で買ったと思われる菓子パンを一気に平らげて授業の道具を探し始めた。


 他の四人は既に食べ終わっていたためそこまで焦ることなく準備を終え次なる授業が行われる教室目指して教室を後にする。


「待てよぉ!」

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