第27話

「おおー。カミラさんめっちゃ強いですね」

「ま、それなりだな。家格がさほどのものでない上に頭のデキに多少の難があっても聖女の側仕えに選ばれただけの事はある」

「その言い方はどうかと思いますよ、師匠」


 私と師匠は、淀みの発生現場、カータレット子爵領軍の皆さんが戦っているその後ろで、そんなゆるい会話を交わしていた。


 カミラさんを連れた私と師匠が現場に到着した当初は、こんなゆるい会話なんてとてもできない程、現場はひどい有様だった。

 幾人もの騎士たちが討たれ地に倒れ伏し、前線は崩壊。

 カータレット子爵を中心に魔法使いの方々は後方で奮闘していたものの、次々に湧き出る魔物たちの数を減らすことはできておらず、それどころか彼らの所まで魔物がやって来てしまうのも時間の問題……、というところで私たちが到着。


 私の回復魔法で騎士の方々は皆立ち上がり、私が全力でかけたバフを纏ったカミラさんを先頭に魔物たちを押し返し始めた。

 私は継続して支援と回復を戦場全体に振りまき、迫る魔物にパニックを起こしつつあった魔法使いたちも落ち着いたようで着実に魔法を使い始めているし、師匠の手を煩わせずともなんとかなりそうだ。というのが、現在。


 回復魔法、間に合って良かった……。

 カータレット子爵の意地、というか、その原因になった私の考え足らずな言動のせいで誰かが亡くなったとか、悔やんでも悔やみきれない。

 もしかすると一瞬死んでいたのかもしれないけれど、今は全員動いているからセーフ。ということにしておく。


「しかし、カミラさん本当に強いですね……。後からまとめてとはいえ同じようにバフをかけた騎士さんたちの誰よりも、倒している魔物の数が多いような……」


 短剣を両手に装備して舞い踊るように魔物たちの間を駆け抜け次々と奴らを屠っていくカミラさんを見ながらそう呟くと、傍らの師匠が解説してくれる。


「一応貴族家の直系だからだろうな。基本的に、血統の良い奴の方が魔法使いとして優れている事が多い。代々そういう血を取り込んできているからな。お前の祝福だけじゃなくて、自分でも自分に魔法かけてるんだろ」


「ああ、そういう……。え、じゃあ師匠はどういうことなんです? 師匠、元々は貴族とかじゃないんですよね?」


「俺は突然変異……、というか、先祖返りかなんかなんだろうな。優れた魔法使いの家系にも落ちこぼれは生まれるし、それで在野に降りた落ちこぼれだって一応は優れた血統を継いでいる事には変わりないから、どこかでその血が目覚める事もある」


「なるほどー」


 なんて会話をしているうちに、前の騒ぎが落ち着いてきた。

 新たに湧き出る魔物はもういないようで、一体一体確実に魔物が減ってきている。

 すると、魔法使いの集団の中から一人一段派手な衣装を着た中年男性、カータレット子爵が抜け出て、私たちの元へと歩みを進めた。


「……聖女様、ご助力、感謝申し上げます。しかし、その、これはどういったことでしょうか……?」


 やがて私たちの前に辿りついた子爵にそろりと問われ、彼の自分たちで対処したいという要望を無視する形になった私は、言葉に詰まる。


「お前らの要望通り、俺は手出ししなかっただろ。聖女が子爵風情の意見を聞かねばならない道理はない。リアは誰も死なせたくないんだとよ。お前の意地のせいで、聖女の心と名声に傷がつくところだったんだが?」


 私の代わりに師匠がずいと一歩前に出て投げつけた言葉に、子爵はびくりと大きく震えた。

 子爵は、深々と頭を下げる。


「そ、それは……。たいへん、申し訳、ございませんでした。己らの実力を、過信しておりました……」


「今まで、俺が軽々倒してたもんなー? あのくらい、自分たちだってとか思ったんだよなー? 聖女抜きで犠牲無しに淀みをどうこうできる魔法使いなんて、この世界に俺しかいないっての」


 ガラ悪く煽りに煽ってハン、と鼻で笑って締めくくった師匠に、カータレット子爵は悔し気な表情をしている。

 しかし私の手前、何より私たちが来るまでの戦況を考え、何も言えないようだった。


「だいたい……」

「師匠、そのくらいで。私は、私の名声のために動いたまでです。あなたたちは、無理をしてまで名を上げる必要などないでしょう?」


 師匠がまだ説教か嫌味かを続けそうな雰囲気だったのを遮って、私はできる限る堂々と言った。

 名を上げる必要がないと言われた子爵は、いぶかし気に眉をひそめている。

 一つ深呼吸をしてから、私ははったりをかます。


「カミラさ……、いえ、カミラは、私の、聖女のお気に入りの侍女です。彼女が輝けるのは城ではなくこういった場だと判断したので一度家に帰しましたが、私の命に従いこちらでその腕を磨き続け、こうしてその努力の成果を示したのです。良い働きをしてくれましたね」


 ということにしてしまえ。

 多少無理があろうがなんだろうが、世界で一番偉いらしい私がこう言い張れば、それに反論する人なんていないだろう。たぶん。

 王家の皆さんにもお願いして、まわってもらおう。


「リア……」


「……っ! あ、ありがたきお言葉……、感謝申し上げます……!」


 師匠は呆れたように私の名を呼んだが、子爵は感激したように瞳を潤ませ深々と頭を下げた。


 カータレット子爵家が名誉挽回できれば、今後またカータレット子爵領内で淀みが発生したとしても、もう無茶をするようなことはないだろう。

 私は先代に負けない名声と支持者が欲しいし、何よりやっぱり誰かが私のせいで犠牲になるなんて我慢ならないから、手を出さないなんてできない。師匠といっしょに、今後も淀みに関してはサクサク処理してしまいたい。


 そのためには、そういうことにしておくのが良かろう。


 これでよし、と満足した気持ちで頷いたその瞬間に最後の魔物がカミラさんの手によって倒されるのが見えた。



 ――――



 穢れの浄化まで終え、カータレット子爵邸に戻り、私は一人、今日の寝室として割り当てられた客間の中で。


 オロロロロロロロロロロロ……


 声、というか、もはや音、というか。

 なんとも情けないうめき声のようななにかと一緒に胃の中身が喉を逆流して、抱え込んだ桶の中へと落ちていく。

 食材とその生産者と料理人に大変申し訳ないが、止めなきゃという思いがかえって更に胃を刺激している気がする。止まってくれない。


「だ、誰も、死ななくて良かった。間に合って良かった。み、みんな、ちゃんと守れてよかった。うん大丈夫。間に合った。私は、間に合った……!」


 と、そんな感じでゲロをぶちまける羽目になったり、師匠と問答を繰り広げたりしたのだった。

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ゲロ吐き聖女と覚悟ガンギマリ魔王 恵ノ島すず @suzu0203

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