第26話

 翌週。なんだか淀みの発生頻度が増しているようで嫌だなと感じつつ迎えた、3度目の淀み発生の立ち合い。


「いやあ、締め出されちゃいましたねぇ……」

「ああ。見事に締め出されたな。死刑囚おれの手なんぞ借りないまでは理解できなくもないが、死刑囚を護衛に付けなければいけないのならば聖女も来なくて良いとまで言うとは」


 私と師匠は、現場近くの街の、領主一家の住まう邸宅の応接間で、ぼーっとするはめに陥っていた。

 立ち合いとか言いつつ、淀みの発生には実際全然立ち会えていない。


 今回の淀みは、比較的王都に近いカータレット子爵領なる場所の領主が住まう街の近郊に発生する予定なのだが、その事を知ったカータレット子爵は、自分たちの力だけでそれに対処すると宣言。

『死刑囚の助力など、我が領には不要だ』と子爵は主張していた。

 それに対し、国と師匠は、国内最強の我が師匠による護衛がある前提で聖女の参戦を認めここに来ているのだから、師匠がいないのならば聖女も王家からの援軍も出せないと食い下がってくれたのだけれど……。


 それでも折れなかった子爵。あまりの強情さに呆れた師匠。師匠のいない現場に立つ勇気はない私。聖女様のなさることに意見するなど、聖女様とその師になんと無礼なとキレ気味のマライア王女様。


 そんなこんなで、私と師匠とマライア王女様とその護衛は領主の館に引っ込み、カータレット子爵率いる部隊のみが淀みの発生現場前に詰めているのが現状だ。


「……え、さすがにヤバくないです? 師匠いないで平気なんですか? どう考えたって、明らかに被害出るじゃないですか。どうしてカータレット子爵は、師匠の参戦をああも頑なに断ったんでしょう……。師匠、もしや以前に子爵になにかしたんですか?」


 改めて振り返った現状に危機感を覚えた私が師匠に問いかけると、彼は憮然とした表情で口を開く。


「何もしていない。と言いたいところだが、俺ほど圧倒的に強いと、他の奴らの活躍の機会を根こそぎ奪うことになるからな。自然と人に恨まれるし嫉まれるんだよ」


「ああ……」


 納得の声が自然と出た。確かに、師匠がいた1回目と2回目は、師匠以外誰も活躍していなかった。

 2回目なんて、私、師匠にしか祝福かけてなかったけど、それで楽勝だったし。

 私が召喚された時も師匠一人で魔物をどうにかしたらしいし、それ以前の現場も似たような感じだったんだろうなぁ……。


「それと、俺は効率重視で何もかも燃やし尽くしてしまうが、魔物の素材を傷めずに討伐できて回収すれば、一財産になる。それ狙いかもな。ここの家は、今割とマズイ立場にある。少しでも金や成果が欲しいんだろう」


 師匠がくだらないとばかりに吐き捨てるように告げた補足に、更に納得する。

 効率というか、たぶん私の恐怖を長引かせないために全部燃やして跡形もなくしてくれている気がするが、師匠が討伐した魔物は、確かに何も残さなかった。


「へえ、素材。ああ、牙とか爪とかめちゃくちゃ鋭そうでしたもんね。残っていれば何かしらの使い道が……、え、違うそこじゃない。この家、なにかあったんですか?」


 言っているうちに気が付いた、あんまり流しちゃよくなさそうだった後半部分に関して言及すると、師匠はなぜか私の顔を見つめ、しばし首を傾げる。


「うーん、……まあ、いずれどこかから聞こえてくる話かもしれないから言っておくか。ここは、リアの事を嘲笑した馬鹿な侍女の実家だ」


「私のせいじゃないですか……! あっ、そっか。もしや、私に対する恨みもあって私も来るなって言われた感じ!? えっ、私が拗ねたせいで侍女の人たちが罰された件って、おうちをマズイ立場に追い込んで、こんなわけわかんないことさせちゃうような大事件だったんですね!?」


 やがて師匠が明かした事実に、私は頭を抱えた。

 意味が、意味がわかってなかったんです。

 私のことをちょっと笑っただけなのに、師匠も大満足の苛烈な処罰をくれてやるつもりなんて一切なかったんです。

 それなのにそんなことになってなんて……!

 とてつもない後悔に苛まれている私に、師匠は冷たく告げる。


「どちらかというと、あれだけのことをやらかしたのに大した処罰がされなかったのがマズかった、だな。そのせいで、貴族社会で後ろ指をさされ、追い込まれつつあるらしい。むしろリアは、あの場でそいつの首を刎ねておくべきだった」


 なにそれこわい。

 ……ん? そいつ? あいつとかじゃなくて?

 それが誰の事を指しているのかわからず首を傾げた私に、師匠はつい、と部屋の出入り口のドアを指さす。


 コンコンコン……


 ちょうどその時控えめなノックの音が聞こえて、誰かがこの部屋を訪ねて来たことを知る。


「えっと、はい、どうぞー!」


 私が許可を出すと、ゆっくりと静かに扉が開き、


「申し訳ありませんでした……っ!」

 ズザザザザッ! と、扉の動きと対照的に実に俊敏に部屋に滑り込んできた女性が、見事なスライディング土下座を披露しながらそう叫んだ。


「うえっ!? え、なんかドレス姿のお嬢さんが、ええっ、あ、こ、この方ですか師匠! この方が今まさに話題になっていた、お城の侍女だったここの家のお嬢さんです!?」


 混乱する私に、師匠はどこまでも冷静に返す。


「そうだな。コレだ。今からでも首を刎ねてやるか? 俺なら一瞬でできるが」


「ご慈悲に感謝いたします……!」

「刎ねない刎ねない刎ねませんー! お嬢さんも、首を刎ねられることに前向きな姿勢を示さないでください……!」


 すかさず首を刎ねやすいようにか長い亜麻色の髪を手でまとめ白い首を晒しながら感謝の言葉を述べた子爵令嬢と師匠を、私は止めた。

 どこか残念そうに手を降ろしまたも土下座の姿勢に戻る彼女と、ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らした師匠。


 この世界の人間は、なんでこうもほいほいと自分の首を差し出そうとするのか。


 若干遠い目になりつつも、私は土下座のままの彼女に声をかける。


「あ、あの、顔を上げてください、えーっと、カータレット子爵令嬢? その、お城でのことは、私はもうあまり気にしていない、というか、私のせいでなんだか大事になってしまって申し訳ないなって思っているところでして……」


「……カミラ・カータレットと申します。家からの絶縁も選択肢にございますので、カミラ、と呼び捨てていただければと存じます」


 内心冷や汗ダラダラの私に返ってきたのは、どこまでも硬い声音のカミラさんからの、更にぐっと額を床に擦り付けてまでのそんな言葉だった。


「わお。えっと、じゃあ、カミラさん。繰り返しになりますが、顔を上げてください。本当に私、反省しているところで……。えっと、その後皆さん、なんかマズイ感じの立場にある、んですかね?」


 私がおずおずと訊くと、そろり、とカミラさんは顔を上げる。

 ああ、この気の強そうでプライドの高そうな洗練された美貌。確かに私を笑ったあの人だわ。覚えてる。

 顔面蒼白だしちょっとやつれているし表情が非常に申し訳なさそうだしなんか震えているしで、かつての迫力は少しもないけど。


「……私も、同僚も、皆、ありがたいことに聖女様のご慈悲により、命を繋いでそれなりに暮らしております。今でも連絡を取り合っておりますが、皆、あの時の事を心より後悔し、反省し、叶うならば聖女様にお詫びしたいと……」


 カミラさんの言葉とともに、ほろりと涙が一粒彼女の瞳から落ち、天を仰いだ。


 あの様の侍女さんがここまで言う様になるなんて、どれほどの叱責があったのか。

 国内最強の手を借りないなんてどう考えても愚かとしか思えない選択を取らずにいられないなんて、この家はどれだけ追い詰められているのか。

 ヤバイ。マズイ。完全にやらかした。

 どうするかこれ。


 考えをまとめるようにふーっと長く息を吐いて、師匠を見つめ尋ねる。

「……師匠、師匠は私の護衛、ですよね? さっきカータレット子爵が言っていたのは、あくまでも師匠が淀みの対処をするのは困るってだけで、師匠が私の身の安全を確保するのは、なんの問題もないですよね?」


「まあ、それは当然そうだが……。おい、まさかリア、今からあっちに行くつもりか?」


「ええ。私のあの時の軽率な振る舞いのせいでここまでこの家が追い込まれているって知っちゃった以上、なにもしないってわけにはいきませんよ。いや、師匠に戦えとは言いません。私もそんなに前に出るつもりはないです」


 不機嫌に問い返してきた師匠にそう言ってから、私はカミラさんに視線をやる。


「カミラさん、さっきのスライディング、すごい良い動きしてましたよね。ドレスであれだけ素早く動けるって、実はけっこうカミラさん鍛えていたりします?」


「え、ええ。侍女はいざというときに貴人の盾となれるよう多少の護身術を習うのですが、私はその成績が格別に良くて、聖女様の側仕えに選んでいただけました。それなのに、御身を護るどころか、御心を傷つけるような振る舞いを……」


「あああ! いや、それは良いんです! もう忘れましょ! ん、いや、違うかな。悪いと思っているなら、これから一仕事してください! ってことで。めちゃくちゃ怖いと思うしけっこう痛い目に遭う気がするんですけど、聖女がいればまず死なないらしいんで、がんばってください!」


 再び床に額を擦り付けようをした彼女に、私は急いで雑な誘いをかけた。


「……それは、どういう……」


 ふしぎそうに顔を上げたカミラさんと、これから私がするつもりのことを察したらしく呆れたようなため息を吐いた師匠に、ニヤリと笑ってみせる。


「カータレット子爵家のお嬢さんが、自らの手で実績を作り上げれば全部解決でしょう。私、全力であなたを強化します。カミラさんや他の人が怪我をしたら、即座に治します。バリアも張ります。だから、あなたが先頭で戦ってください」


 私ってば、ご令嬢になんてひどいことを言うんだろうね。

 まあでも、首を刎ねるよりは即座に死に直結していないだろうから。

 最悪、私のいるラインまで魔物があふれ出てきちゃったら、私の護衛の師匠が倒すことになるんだし。私の身の安全の確保のために。

 これほど頼りになるいざという時の存在がいる上で挑むのだから、そう悪くないだろう。


「ま、聖女が子爵ごときの言い分を聞いてやる筋合いはないよな。リアは、リアのしたいようにすると良い。俺はただ、聖女の護衛として動こう。おい、カミラ・カータレット。後方も自分の身の安全も一切気にかける必要はない。最前線に躍り出て、死力を尽くせ」


 後方は師匠が護るし、カミラさんの強化は聖女が全力で行いますからね。

 私と師匠の無茶ぶりを聞いたカミラさんは、なんだか好戦的な笑みを浮かべ、決意をその瞳に宿し、ゆっくりとしっかりと頷いたのだった。

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