第19話

 バージルさんの刑が確定した翌日。私がこちらの世界にやって来て、一週間と少し。

 今日から私は、お城の中に私の自室というものがあるらしい。自室と聞いていたのに、なぜか一室に収まっていないけど。なんで。

 ここからここまでの一画を私が好きに使って良いとかいう区画を案内されながら、私はあまりの意味のわからなさに、ほけーっとしていた。

 いくら大は小を兼ねると言ったって、限度があるだろうに。意味が分からない……。


 応接室とかいう大小雰囲気違いのいくつかの部屋は、来客があれば活用するものらしい。これらが豪華絢爛なのは国の威信とか聖女たるものとかそういう理由によるものなんだろう。

 図書室めいた書斎はちょっとテンション上がった。こちらの世界の事、ここでしっかり学んでいきたいな。

 衣裳部屋とそこに並ぶ煌びやかなドレスだの宝飾品だのなんだのも、聖女の職務上、これらが必要な場に行くことがあるということなら、恐縮してしまうが、まあ受け入れよう。普段着はなんでも良いということだし。


 ここまではある種公的な、私個人というより聖女という仕事のための施設の意味があるようなので、良い。

 問題はプライベート空間。


 まず、こちらは私からお願いしていた私専用の浴室。とてもありがたいんだけど、どう見ても大浴場の規模で個人では使いづらい。貴人にとっては普通でも、私はメイドさんに髪を洗わせる予定も肌を磨いてもらうつもりもないし。

 トイレも、ドレスとか着る予定ないから、こんなここに住めそうな広さはいらなかった。いや、数があるから来客想定なのかな。お城の使用人の方たちも使うのだろうし。じゃあ必要か。

 ただこれらは、元々お城にあった施設で、わざわざリフォームしてもらわなかったらこうなった。なので、良しとしよう。まだ、大は小を兼ねるの範囲な気がするし。

 寝室の広さは客間より少し広いくらいだったので、落ち着かないけどもうこの城ではこれが普通なのだと思っておく。家具は私の好みで揃えてもらったし、床を張り替えてもらって土足厳禁にできたことも満足。あ、ここにも客間と同じように簡易のと紹介されたけど普通にしっかりしたお風呂とトイレが付属しているんだ。普段はこっちを使おう。


 ここまでも、まあ、まあ良い。

 きっと、お城というのはこういうものなのだ。

 いくら私のプライベート空間でも、私が落ち着くような庶民仕様にするわけにはいかないのだろう。


 どうしても意味が分からないのは、プライベート空間のうち、サンルームだの談話室だのダイニングだのが、どんな大家族を想定しているのかというレベルで無駄に広く席が多い。しかも、私が認めた私以外の人に利用させる用の寝室とやらが、宿屋でも始めるのかというレベルでたくさんある。ということだ。


 どうしてもわからなかったので、案内役のマライア王女に訊いてみたところ。

 歴代の聖女聖人様方の中には、こちらで配偶者や恋人やご友人()をたくさん自分の傍に置く人なんかも多かったそうな。

 そういった場合にも対応できるようにと、何十は厳しいかもしれないが十数人くらいまでは楽に住めるだけの部屋を用意してくれた、らしい。

 気に入った使用人を住まわせても良い? まあそれなら……、あ、の使用人には別に寮があるんですかそうですか。通常ではない使用人()ね。なるほどなるほど。

 ご友人()だの使用人()だの、それつまりは愛人かなにか? と確認するのも嫌な含みが多分に含まれる説明を受け、大変複雑な気分だ。


 なにも言ってないのにこんな想定をされているの、絶対に先代のせいだろ……。


 私がよほど苦い顔をしていたのか、マライア王女は若干焦った様子でフォローを入れてくれる。

 なにかの用途別に部屋を活用しても良いし、コレクションなどを並べても良い。あるいは、捨て子だの未亡人だの行き倒れだのをやたらと拾ってきては独り立ちできるまで面倒を見る癖のある聖女なんかもいたらしく、そういう風に利用しても良いそうな。

 とにかく、誰を住まわせるか含め、私の好きに使って良い、とのことだ。


 いやダメでしょ。

 ここ、王族の皆様が住んでいる場所と接しているんですよ。ダメでしょ。

 別に、変な人は引き込むつもりも拾うつもりもないけれど。

 正直、そんなことができる権限を与えられていることが苦痛。

 どうするんだ、私が他国の密偵とかに騙されたら。


 その時、私が頭痛を覚えているのを見て取り、用意した部屋になにか不満があるとでも捉えたのか、マライア王女は、実に申し訳なさそうな様子で告げる。

「申し訳ございません。なにせ急なことでしたので、最低限既存の建物を整えただけなのです。もちろん、希望があれば新しい棟を建てさせていただきます。建て直しでも建て増しでも、遠慮なくおっしゃってください」


 なんて力強いお言葉。

 好きにしていい範囲の庭とやらも相当広かったから、その中にお屋敷の1つ2つくらいは確かに建てられそうだ。

 いや建てないよ。足りないわけないでしょうが。今ある建物の私のプライベート区画だけで、前の世界で済んでいた家の何倍の広さだと思っているんだ。しかも今のところ、私しか住まないのに。


「いや十分です。というか、既にだいぶ持て余しています。これ以上いらない、というか正直もう少し私の区画とやらは縮小して欲しいです」

「いえ、これより部屋を減らすとなると、我が国が聖女様をないがしろにしていると非難されてしまいますので……」

 きっぱりと断りついでにさりげなく願い出た規模縮小の願いは、やんわりと断られてしまった。

 そうか。体面とかあるのね。王様より上に扱わなければだとこうなるのか。同じ敷地内なだけに、比較されちゃうもんね。じゃあ仕方ないのか。


 しかしそれにしたってここにずっと住むというのは気疲れしそうなので、不満があると思われてまた新築のなんのと言われないようには気をつけつつ、その辺りを探っていく。

「それにしても、新しく建てていただくというのは申し訳ないです。だって、私、ずっとここに住むとかじゃない、ですよね……?」


「たとえ一時でも聖女様が住まわれた建物が残るのは光栄なことですから、気になさらないでください。もちろんずっと住んでいただければなによりですが、無理強いはいたしません。歴代の聖女様方も、魔王討伐完了後は、気候などが好みの地に移住されることもあったようです。ただ……」


 私の問いに冷静な顔で答えたマライア王女は、『ただ……』の後しばしタメて、ニコリと美しい笑顔を、美しすぎて妙な迫力のある笑みを浮かべ囁きかけてくる。


「兄らや弟を夫の1人にでもしていただけるのなら、こちらに永く住んでいただくのが自然な形かと」

「謹んでご遠慮します。王子様も、ここにずっと住むのも」

 私が即座にそう返すと、マライア王女は残念、とばかりに肩をすくめ妙な迫力を霧散させた。


 いや、ていうか、夫の1人ってなに。この国普通に一夫一妻制って聞いているんだけど。実際国王様ですら妻は1人なのに。

 先代聖人、まさか聖女聖人だけはどの国でも幾人でも配偶者を持って良いとかいう法律も通したのか……? 通してそう。たぶん通したんだな。最悪。


 気を取り直したらしいマライア王女は、先代の事を考え遠い目をしている私に問いかけてくる。

「兄らは、聖女様のお眼鏡にかないませんでしたか? 弟は、わかるのです。ああ、これは無理だろうな、と。弟のレナードは、少し、だいぶ、いえ認めましょう。とても、騒がしいので。聖女様が苦手とお感じかなとは、私にもわかりました」


 見抜かれていたか。

 確かに、第三王子のレナード様は騒がしいというか、いかにも陽! な感じの声が大きなタイプの少年で、確かにちょっと苦手である。私、年下よりは年上の方が好みだし。

 しかし第三者に苦手だと見抜かれてしまうほどあからさまな態度を、一国の王子にとっていたというのは非常に気まずい。

 気まずさに視線を泳がせている私にずいと迫って、マライア王女は続ける。


「しかし、兄らならば! 特に王太子である長兄は、そこまで望みがない程ではないかと推察しているのですがいかがでしょう!?」

「いやっ、そんな、確かに、ステキな方だとは思います。というか、あの人を嫌う人が、そもそもまずいないんじゃないかと……」


 私があいまいにもごもごと返すと、マライア王女はきょとんと首を傾げる。


「長兄を嫌う人……、ですか? けっこうおりますよ? うさんくさいだの何を考えているかわからないだの完璧すぎて隣に立つ人は気疲れしそうだのと。次期国王という立場から、あの人はどうしても内心を探られないように、隙を見せずに生きねばなりませんからね」

「あー、確かに……? いや、それ誰が言ったんです? 一国の王太子殿下のそんな陰口叩いて大丈夫なんですか?」

 マライア王女の言葉に頷きかけて、いやいやいやと首を振って尋ねてしまった。


「王太子とはいえ、長兄には私ども家族がおりますし、軽口を言い合える気心の知れた友人も……、いるような、いないような、現在は地下牢あたりにいるような……」

 言いづらそうなマライア王女の言葉に出てきた、地下牢の単語で察する。

 ああ、バージルさんが言ったのか。口悪いなあの人……。

「その、まあ確かに面と向かって兄にこうまで言う方は、家族ともう1人を除いてまずいないのですが、長兄を苦手と感じておられる様子の方は、いくらでもおりますから。けれど、聖女様としましては、長兄はそう嫌いな人間ではない、という理解でよろしいですね?」

 マライア王女は、そんな風にまとめてきた。


「まあ……、尊敬はしています。ただ、先ほどの『完璧すぎて隣に立つ人は気疲れしそう』には力強く同意したいです。なので、恋愛対象や結婚相手としては考えていません。ただ、話した感じも、色んな人に聞いた範囲でも、王太子殿下は素晴らしい方だと思っています」

「なる、ほど……。うーん、まあ、多少の好意は……? 愚弟よりはよほど……、望みがないわけでは……?」

 私の言葉に、マライア王女は怖いくらい真剣にそんなことを呟いては考え込んでいる。


 確かに王太子殿下への好意はあるんだけど、恋愛対象では全然ないんだよなぁ。

 かっこいいなとは思うけど、あくまでも観賞用というか。

 すごい人だなとは思うけど、ときめきはしないというか。

 なにより、『完璧すぎて隣に立つ人は気疲れしそう』なんだよ。

 私に王妃とか絶対無理だし……。じゃあ次男ならとかマライア王女は言いそうだけど、そもそも王族と縁続きになること自体大変そう。全員無理。


 というか、私は、バージルさんにほぼ一目惚れしてしまったので、他はもうあんまり考えられないというか。

 いやいや、私そんなにちょろくないし。まさかそんな一目惚れなんて、そんなそんな。とまだ内心ちょびっと抵抗をしてはいるんだけれど。

 でも無理冷静になってよく考えてもめちゃくちゃ好き。

 本職の王子様たちに好意的に接されても、バージルさんと比較して、あの人の方が好きだなと思ってしまうくらいに。


 次にあの人に会ったら、勢い余って告白とかしちゃうかも。

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