第18話

「え、でも、私はただただ恐縮してご遠慮していただけで、怒っているとか、冷遇してやれとか、そんなつもりは全然なかったんですけど……」


 私の訴えを聞いた師匠は、ふむ、と頷く。


「まあ、リアとしてはそうだろうな。ただ、結果として、リアからの拒絶はこれ以上ない程効果的だったはずだ。そいつらを聖女に付けると決めた上の奴らの心労は相当なものだったろうし、その分原因になった嘲笑女どもはかなり厳しく罰せられただろう。いい気味だ。俺の聖女を馬鹿にしたんだからな」

 そう言って師匠は、シニカルに笑った。


 俺の聖女。一瞬その言葉にときめいてしまったが、ときめいている場合じゃない。

 私の態度のせいで、あの場にいた皆さんは後ろ指をさされていて、その中でも特に私を笑った人たちはかなり厳しく罰せられた可能性が高いようだ。

 やってしまった……と血の気が引くと同時に、やはり率直に実情を教えてくれるこの人に師匠になってもらえてよかったとも感じる。


「で、でもでもでも、私、その人たちに虐められたーとか、誰かに訴えたわけじゃないんですが、それでも、厳しく罰せられてしまった、んですかね……」

 一縷の望みをかけてそう食い下がってみたものの、師匠は残念そうに首を横に振るだけだった。

「ああ、おそらく。リアが言わずとも、その場にいた他の奴らがいくらでも報告しただろうからな。自分たちのやらかしではないと訴えるためにも結託したはずだ。それはリアが気に病むことではなく、他人の目がある場でそんなことをした間抜けな奴らが悪い」


「うわあ……、それはそう、かもですけど。え、今からでもその罰? とかって撤回してもらえるように頼めたりしないですか?」


「もう今更だな。たぶんそいつら、もうこの城……どころか、この王都から追い出されているだろうし」

 師匠はそうきっぱりと断言し、私はますます血の気が引く。


 マジか……。どうしよう……。

 言われてみれば、あの嫌な感じだった人たち、初日以降見ていない。謝罪の申し出は人づてにだけどあったので、多分あの日までは少なくとも謝罪に来られる距離つまり王都内にはいたんじゃないかなと思うのだけど……。あれがトドメになってしまったのかな? どうしよう……。


「けれど、リアが罪悪感を感じる必要はない。侍女たるもの、仕える者を不快にさせないよう、これでもかと教育を徹底されている。表情を律することができないなど、貴族の風上にも置けない。にも拘らずその体たらくでは、どうせ、遠からずそいつらはやらかした」

 どうしようどうしようと考え込む私に向かって、師匠は冷徹にその人たちを切り捨てる様に言い放った。


「そう、でしょうか」


「ああ、絶対に。まだ温厚で慈悲深いリアに対するやらかしで罰せられておいて良かったくらいだ。そんなリアなら気にせずにいられないだろうと王家の奴らもわかっていて、本来よりは軽い罰で済ませたのだろうから」


「だと良いんですけど……。いやでも、軽くても王都から追い出されているなんて……」


「その程度なら、軽い方なんだよ。ここの地下牢で好き勝手していた死刑囚おれがそんな侍女どもには心当たりがないんだから、誰も少なくとも投獄や死刑にはなっていないはずだ」


「お、おお、なんという説得力。そっか。それなら、まあ……? いやでも師匠、さっきかなり厳しく罰せられただろうって……」


「ああ。上の者の心労分、叱責なんかは相当な物だっただろう。詰めに詰められ精神的には追い込まれたかもしれないな。でも、聖女を不快にさせるなんてことをしでかしておいて、命があるだけ上等なんだよ。どうせ、自分の親の領地に戻ってお山の大将をしているさ」

 幾度か食い下がってみたものの、そこまで断言されて、少し納得がいった。


 まあそうか。私、王女様の首を腹いせに刎ねても咎められない立場らしいもんな。

 私がカッとなりやすい聖女だったら、あるいは聖女以外の誰かにやらかしていたら、侍女さんたちはその場で無礼討ちで切捨御免だったかも。

 うん、きっとみんなご実家でしあわせに暮らしているさと思っておこう。彼女たちはお城に向いていなかった。それだけ。


 その人たちはまあ、それで納得しておくとして。

 今もお城に残っている人たちに対しても、いじわるをしているようなものだとも教えてもらったからには、どうにかしなくちゃ。

 師匠が言うには、聖女に仕えることは名誉らしいから。


「そう思っておきます。それで、あの人たちがもういないなら、他の人たちにはもうちょっと頼らせてもらうことにしてみます」


 ちょっとずつね。様子を見ながらね。また小ばかにされたら、また心折れるだろうけど。次はそんなことないと信じてね。

 そう宣言したところ、師匠はほっとしたように微笑んでくれる。


「ああ、それが良いな。お前も今のままじゃ不便だろうから、せいぜいこき使ってやれ。1ヶ月も針の筵ですごさせた後なら、下手なことはしないだろう。お前への感謝と敬意を持って、誠心誠意仕えるはずだ」


 針の筵だったかぁ。うん、反省。

 これからは、自分がそれだけ偉いのだと、ちゃんと自覚を持って生きていかねば。

 なんかこう、師匠の言い方だと、随分上からな感じがするけど、事実私が上なのだと思っておいた方が良いのだろう。お互いのために。

 私は、師匠がその命をかけてまで呼んだ、大切な聖女。とっても偉い聖女。この世界唯一の存在で、とっても重要人物。

 なかなかそこまで思いあがるのは難しいけれど、これから師匠に習って、もっとばんばん魔法を使えるようになって、その扱いに見合うだけの実績を残せば良いんだ。


 ……こう考えると、世界一偉いのって私よりむしろうちの師匠なんじゃないかって、思うんだけど。

 この人がいなければ、聖女はこの世界にいなかったし、魔法も使えないままで使い物にならなかった。

 いや、師匠を正当に評価してもらうためにも、まずは弟子が実績を作るべき、かな。そうすれば、その立役者として師匠が評価されるはず。というかさせる。


 うん。まずは、めざせ、完璧聖女!


「話がまとまったところで、ほら、続きだ続き。城着いて、王族と顔合わせて、侍女どもに心を閉ざして、それから?」

 納得と決意をしたところで、師匠からそんな声がかけられた。


 ああそうだ。師匠と離れていた間の事を、洗いざらい話すんだった。


「ええと、そう、そんな感じで初日はもうとりあえず適当に食事を食べてお風呂入ってすぐ寝て、翌日起きて早速聖女として仕事を……と思ったら、マライア王女様に止められたんです。ざっと私の部屋と服なんかに関する希望だけ聞かれて、あとは休んでいてくれって」


 そういえば、あれはなんだったんだろう。

 今思えばふしぎだったあの日のこと、師匠ならわかるだろうか。そんな思いで続ける。


「いや休めって言われても前日も夜になって割とすぐ寝たし……、とか思ったんですけど、なんか、その日はやたら体が重い、というか眠くて眠くて仕方がなくて、結局ずーっと寝てました。なんであんなに眠かったのか、自分でもふしぎなくらいで……」


「ああ、それは、元の世界にいた時はなかったはずの魔力を、急に大量にその身に宿すことになったからだろう。歴代の聖女たちの記録によると、魔力がある状態に慣れるというか馴染むのに、どうしても肉体の休眠が必要らしい」


 やはり師匠ならわかった。

 あっさりとしてくれた説明に、ぽんと手を打つ。


「あー、なるほど。納得しました。それを知っていて、王女様は私に休むように言ったんですね。時差もないのに時差ボケ? ってすごいふしぎだったんです。で、その翌日は……、師匠といっしょに【穢れ】の浄化に行った日なので、説明はいらないですか?」


「確かに俺も立ち会っていたし、あの時ちょっとお前の付き人が少なくないかとは思ったけど、その理由はここまでの説明でわかったな。いやでも、いくつか気になる点はある。あの日はもう、体の重さは感じなくなっていたのか? 【穢れ】の浄化後、気分が悪くなったりは?」


 心配性らしい師匠は、そんな風に尋ねてきた。が。

【穢れ】の浄化? その場に行ったら秒で終わったし特に体調に変化はなかったので、そんなのはすっかり忘れましたね。自分がものすごくものすごい備長炭体質であることを目の当たりにして、ショックで忘れたことにしたんじゃないよホントダヨ。

 とにかく、あの日はもうラタンのブランコみたいなのに乗せてもらって快適に空中遊泳を楽しんだ記憶しかない私は、力強く答える。


「いやあもう、あの日は完全に元気でしたよ! むしろめっちゃくちゃ楽しかったです! また空飛びたいです! あれって、魔法の練習したら、私も自力でできるようになったりします?」

 期待を込めてそう訊いたら、師匠は実に気まずげに、「あー……」とか言って視線を泳がせた。


 え。師匠にしては珍しいキレの悪さ。

 そんなに? そんなに無理そうなの?

 あ、でも、そういや空を飛ぶのって、魔法使いの中でも国に何人いるかレベルな上に、師匠のように他人も連れて自由自在みたいなのは、もっといないんだっけ?


 私に視線で伺われた師匠は、やがて観念したかのようにため息を吐く。

「リアには無理、だろう。お前は魔力は俺以上に多いが、得意不得意属性というのは、どうしてもあるから。聖女は、聖属性に特化していてそれに関しては他の追随を許さないレベルである代わりに、他は絶望的だ。飛行に必要な風を操れたとかいう記録は1つもない」


「そう、ですか……。残念です……。なら、また師匠にお願いしたり……、いやでも図々しいですかね……。えっと、とっても楽しかったので、機会があればまたぜひご一緒させてください!」


 師匠が告げた悲しい事実に、しょんぼりしたり、ちょっと気を取り直したり、やっぱり躊躇ったり、でも諦めきれなくてどう考えても流されそうな社交辞令みたいな言い回しで縋ったりした。

 そんな私を見た師匠は、くすくすと仕方なさそうに笑う。


「こら、子どもが変な遠慮をするな。お前のためなら、いくらでも空くらい飛んでやるし飛ばしてやる。いつでも言うと良い」


 むう。優しいんだけど。慈愛に満ちているんだけど。

 どうしたことかこの子ども扱いは。私と師匠、5歳しか違わないはずなのに。腹立つ。

 そういや、先日の私からの愛の告白もまともに取り合ってもらえなかったな。

 師匠と同じ年の王太子殿下は、けっこう露骨に私を口説き落とそうとしてくるのに。まあでも、あの人もあの人で、私を異性として欲しているというよりは、必要に駆られて何としてでも自分に惚れさせようとしているだけか。

 つまり、少なくとも今のところ、彼ら世代の男性にとって私は恋愛対象外っぽい。ぐぬぬ。

 しかし、たぶん、ここで抗議したり拗ねたりしたらますます子ども扱いが加速するだろう。


 私は気を取り直して、話題を変える。


「ありがとうございます、師匠。ええと、それでまた、師匠は牢に戻って……、そこから裁判が始まったんでしたよね、1週間くらい。私も何回か証言したりしました。その間は、私の生活に必要な色々を揃えているとかで私はずっと客間にいて、師匠の裁判以外は特に変化という変化は……」


 なかった、ような気がする。というか覚えてない。正直、なにも手に着かない状態だったのだもの。

 たぶん大丈夫だろうとはみんな言ってくれたけど、師匠の判決が確定するまでは『死刑! この場で執行! はい斬首! おしまい! 閉廷!!』とかなったらどうするのかと、ドキドキしていた。

 結局は、初日にマライア王女様が見込んでいた通り、『バージルを死刑に処すが、その執行は魔王討伐完了後まで延期。それまでの間は王家の命に従い労働せよ。なお魔王討伐完了後の死刑の執行については、被害者である聖女リア・シキナの裁量に委ねるものとする』と無事に決まったのだけれど。ああ、家名と称号のはく奪だけは即時だったか。それはまあ仕方ない。


「うーん……、まあ確かに、裁判の合間に見たリアは、そこまで変わった様子はないように見えたな。じゃあその後か。俺の刑が確定して、俺が城の地下牢に入って、それから?」


 師匠に促され、私は彼と離れてからその後の生活について思い返す。

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