第17話

 マライア王女の仕切りで、王族の皆さんからのご挨拶は進んだ。


 国王陛下がオースティン様で、王妃様がエヴェリーナ様。

 上から順に第一王子で王太子殿下クリスティアン様が22歳、第二王子アレクサンダー様が19歳、ここまで案内してくれた第一王女マライア様がだいたい同年代かなと思っていたらちょうど私と同じ年の17歳、第三王子レナード様が15歳で、末の第二王女ドロシー様が14歳。


 そのうちの、これだけはなんとか、ちゃんと聞き取れて覚えることができた。

 いやその、みんなとても丁寧な自己紹介をしてくれたのだけれども、ついでに王子様方の紹介のターンではお見合いオバサンの勢いでマライア王女がセールストークも添えてくれたのだけれども。

 私を褒めたたえる美辞麗句とか迂遠すぎて上品すぎて今一つ伝わってこない口説き文句とか趣味のアピールとかがわーっと重なって、危うく大事な情報まで全スルーするところだったんだよね。

 でもさすがに名前くらいはね。覚えておきたいなと。がんばって聞いた。全員から呼び捨てにしてくれと懇願されたような気がしたけど、そこはあえて聞かなかったことにした。


 家族なのに謎にミドルネームがある人とない人がいたのは気になったのでどういうことか訊いてみたら、まず、王妃エヴェリーナ様は出身の王家の名をミドルネームとしているとのこと。

 そして、先代聖人から受け継いだ『エミール』のミドルネームは、先代の子孫の中で王と王位継承者第一位の身分にある者のみ名乗ることができるんだそうだ。

 それ以外の王子王女方にはミドルネームはないらしい。結婚したり功績をあげたら生えるかもしれないとか。


 この世界にいっぱいいるんだってさ、エミール。エヴェリーナ様の出身国もそうだって。逆にエミールの名を持たない王家は格が一段下がる上に少数派なので、国際会議的な場でとても肩身が狭いくらいらしいよ。

 先代、どれだけの範囲に影響を与えたのだろうね……。やっぱり相当こちらでの生活を楽しんだんじゃないのかな……。


 先代に思いをはせ遠い目をしてしまったところで、私が疲れていると思ったのか、解散ということになった。

 最後に私付きの侍女とメイドとかいうよく違いがわからない女性の集団を紹介され、今日はとりあえず客間へと彼女らに案内してもらうこととなったのだが。


「うわあ広すぎて落ち着かない。これは、部屋というより広間というべきあれでは……?」

 そんな独り言を漏らしてしまうくらい、案内された客間とやらは無駄に広くて豪華だった。


 たぶん使い手の想定種族から違うんじゃないかな、実は私巨人じゃないんです、知ってた? ならどうしてこれを用意したんです? と問いたくなる大きさの、天蓋付きのベッド。

 尻と背中で踏みつけるなど落ち着かな過ぎて半泣きになりそうな、金糸で精緻な刺繍の入った美しい布張りのソファ。

 ソファとセットになっている、これ合板じゃなくて一枚板じゃん元の樹はどれほど大きかったんだよと戦慄を覚えるローテーブル。

 壁際には謎の棚、その上には花瓶。そこにさらりと活けてあるように見えるけど、このさらりと見えるができるセンスがすごいような気がするようなしないような花。

 布のかけられた何かは、その前に置いてある椅子となんとなくのシルエットと見えている脚部分から推測するに、たぶん鏡台だろう。いやでも鏡台だとすると、なぜ、その前に座った人間を映すだけならこれの3分の1くらいで十分だろうと言いたくなる大きさなのか。やっぱりこの部屋、巨人とか想定してない? してないか。そっか。

 ベッド脇にあるローチェストが、特筆すべきことがないことに安心感を覚えてしまう。


 そしてそれらすべてが綺麗に収まっているどころか、もうワンセット配置しても余裕だろうなという無駄なこの部屋の広さよ。無駄。

 祖父母が元気な頃に行った、温泉旅館を思い出すな……。予約したはずの部屋が確保できていなかったとかで、代わりにと3人なのにやたら広い団体さん用の部屋に通されたんだ。あのときは祖父母がいたけど、今は1人だからもっと居心地が悪い。

 しかも旅館と違って土足。これもまた落ち着かないポイント。あ、室内履きは用意してもらえるみたいだ。

 いやでも、家でははだしで過ごしたいし……、あ。さっきの無駄に大きいベッド、私の元の世界の自室と広さそんなに変わらないな? あれを裸足で歩き回れる自室と見なせばいいのか? そのための天蓋か。たぶん違う。


 そんな風に部屋に対しびくびくと挙動不審を極めている私を見た、侍女と紹介された気がする上品そうな雰囲気の、なんかちょっと豪華なおしきせを着た女性たちの一部が、ふっと笑った。

 完全にこちらを馬鹿にした表情で、あざけるように、私を見て笑った。

 その上、その意地の悪い様から更に続けて、笑った者同士でアイコンタクトを交わしてまたくすくすと笑う。


 すー、ぱたん、と、私の心のドアが閉まった感触がした。


 うん。もう駄目だ。無理。心折れた。ただでさえ部屋にビビってたところにこれはもう無理だよ。この部屋を利用することもこわいし、この人たちもこわい。

 親しめる予感が一切ない。うまくやっていける気がしない。胃が痛い。


 いや、馬鹿にされて当然なんだけどさ。

 私、すごいきょろきょろきょどきょどしてたし。さっきは無駄だと思ったけどよく考えたらこの人数がいっしょに入るならそりゃこれだけの広さいるわって人数の人を付けてもらったなって、今気づいたんだけど今まで気づいてなかったし。

 だから、これまで、この部屋に通されて当然という態度の人にしか仕えてこなかったのだろう彼女たちとしては、私は小ばかにしたくなる小娘なんだろうね。


 仕方ないとはわかるんだけど、それで傷つかないわけではないわけで。つらい。


 まあでも、別に自分のことは自分でできるし、この人たちの手が必要な大げさな装いなんてする気もないし、話し相手だって元々ぼっちだった私にはいらない。むしろ気疲れするだけ。こっちの家電事情がよくわからないし、掃除と洗濯と食事の提供はお願いできると嬉しいけど。

 そう考えると、マライア王女が教えてくれたこの人たちの役目、私には不要なものがけっこう多いな。


 よし、断ろう。徹底的にご遠慮しよう。

 この人たちとは、できるだけ顔を合わせないで済む方向でお願いしよう。


 そう決意して、彼女たちを徹底的に遠ざけて1ヶ月ちょっと。

 途中、『聖女様に対する無礼を詫びたい。お怒りを解いて欲しい』とかいう嘆願を受けたけど、怒っているというよりはこちらは委縮しているだけなのでそれもご遠慮しておいた。

 ご遠慮した後で、怒るなんて発想がなかったけどそういえば私は怒るべきだったんだなと気が付いた。


 だって、私はバージルさんが命を懸けてまで呼んだ大切な聖女なんだから。

 世界のために自分の命を引き換えにする決断を下した偉大な魔法使いのために、私は私を軽く扱う人には怒らなきゃいけない。

 彼女たちにとって絶対に目上のはずの王家の方々がこうも丁寧に接してくれている以上、私を侮蔑することは王家の方々にも失礼だろう。許容してはならない。


 だからまあ、意味がよくわからないなでもなんとなくヤダな会いたくないなの気持ちだけで謝罪を断ってしまったけど、きっと正解。だと思いたい。



 ――――



 と、そんな辺りまで話したところで。


「よくやったリア! そうだ、それで良い!」


 師匠は、途中私を嘲笑った人たちの話を聞いた辺りからその整った顔面を怒りにかビキビキと歪めに歪めていたのに、いきなり拍手喝采をして称賛の言葉を放った。

 うんうんと満足そうな微笑みまで浮かべてる。


 そこまで褒められるようなことなのかな……? と首を傾げる私を置き去りにして、師匠は納得したように頷く。

「そうか、原因は侍女だったか。侍女な……、あいつら全員貴族の娘だから、たまーに勘違いしているやついるんだよな。その巻き添えで実力だけで城までのし上がってきたはずのメイドまで遠ざけられてるってのは少しかわいそうな気もしないでもないが……」


 え。なにそれ。私、かわいそうなようなことをしてたの?

 私は内心とても焦っているのだが、師匠は、そんな弟子の焦りも自分で言ったはずのメイドさんたちへの同情も吹き飛ばすかのように、ハッと鼻で笑った。


「でもま、その場でその嘲笑女どもを袋叩きにしてでも止めなかった時点で、連帯責任だ。リアのしたことは間違っていない」

「いや。え。ちょっと私よくわかってなかったんですけど……。まず、私に遠ざけられるって、かわいそうなことなんです?」


 さっき気になったことを尋ねてみたところ、師匠は呆れたようなため息を返してくる。


「当然だろ。聖女に仕えるなんて、どれほどの栄誉か。そこから聖女サマのお気に入りになれれば、城内でもかなりデカい面ができたはずだ。そんなチャンスを逃したどころか遠ざけられてるんだから、逆に後ろ指刺されているだろうな。いい気味だ」


 なるほど、それで、『よくやった』だったのか。

 聖女に失礼なことをしたり、それを止められなかった人たちに、重い罰を与えた形になったから。

 師匠の言葉に、納得を覚えた。次の瞬間。いや、納得している場合じゃないなと気づく。

 罰を与える気なんて、全然なかったんですけど。

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