第二章 第5話

「楠木真依さま。お待ちしておりました。弟の類さまに替わります。」

「……姉ちゃん、走ってきた?息荒いよ?」

「ちょっとね。また、メールが送られてきて、この公衆電話が近いうちになくなるみたいで……」

「そうか。噂にしては子供じみた嫌がらせだね」

「なくなるの知っていた?」

「よくわからないよ。そうなると……今日が最後になるのかな」

「いくらなんでもなくなるのは嫌よ。まだ類と話がしたい」

「姉ちゃん。」

「何?」

「昔姉ちゃんに話したあの事って覚えている?」

「あの事……類が私に告白した事?」

「うん。俺ね、父さんや母さんと同じように姉ちゃんのこと守りたいって気持ちが強かったんだ」

「そう。いつも類は2人に付ききりでいたイメージがあったけど、皆の事を考えてくれていたんだね」

「それもあるけど……今でも好きなことには変わらないよ」

「またからかうの?」

「いや、本気だよ」

「せっかく成仏できたのに、まだ言ってるし……」

「今だから、言うよ……」

「何を?」

「次に人間として生まれ変わったら、また姉ちゃんを見つける」

「何臭いこと言ってるの?」

「必ず一緒になる。……姉ちゃんも、本当は俺にコクられて一緒になろうって考えているよね」

「もう冗談やめてよ」

「俺が入院して1週間が経った時、寝ている病室の廊下で友達と話していただろう?」


それを聞いて思い出した。


あの時、病室から出た時に友人が来ていて彼女の顔を見た瞬間、泣き崩れたんだった。病状を宣告されて弟がこのままいなくなったらどうしよう、告白された返事を受け入れたかったのに、話せず亡くなったら1人になって怖いと話していたのだ。

そうか、その声が筒抜けて聞こえていたのをふて寝しながら彼は聞いていたのか。


「バレた?」

「……バレバレですよ」


すると突然、電話ボックスが青白い光を放ち眩しくて目をつむった。数秒後、目を開けると、まるで宙に浮いているかのように、ボックスの周りが濃い夜空の色と一体化し、半透明の状態になり、目の前には無数の星が輝いていた。

何が起きたのかわからないが、その外から私を呼ぶ声がしたのでドアを開くと弟が立っていた。思わず驚いた声を上げてしまった。


「やっと、両思いになれたね」

「類が……見える。あなた、どうしてここに?」

「そっちが呼んでくれたおかげでまた会えたんだよ。……もう強がらないで」

「私は別に……本気じゃないから。本気じゃ……ないわよ。」


彼の姿を見ているうちにとめどなく隠していた本音が溢れてきた。本当は、彼に告白されたことが嬉しかった。彼を愛そうと受け入れてもがいていた。私に寄り添い肩に触れて抱き寄せた後、こう告げてきた。


「いつも傍にいてくれてありがとう。大好きだよ。……また、会おうね。いつでも味方だよ。」


私が一粒涙を流すと、彼の身体が透明に化して砂のように消えていった。やがて、電話ボックスの周りも元の公園の場所の景色に戻っていった。

そのひとときは彼が生きていた頃のように懐かしい香りと感触が漂い温かく感じた。


バスの停留所で次の乗車時間を確認して、道路脇の石畳で作られた塀に沿ってバスを待っていた。今の時間帯にしては車の流れが少ない。そう考えていると、定刻通りにバスが来た。乗車して中央階段のあるところの席に座った。


30分後に自宅に帰ってきて、居間の照明を点けて寝室のクローゼットを開けて部屋着に着替えた。仏壇の前に座りこちらに向かって優しく微笑む弟の顔を見て、先程の公衆電話で会った事を思い返して合掌をした。


夕食の支度をしている最中にテーブル席にふと目が行き、彼の分も作ってあげようと食器を取り出した。用意ができて席に着き、向かい合わせになっている彼の食事分を見つめながらいただきますと言い箸をつけた。

姿形は見えないけれど、きっと彼が一緒にいて美味しそうに食べているに違いない。


誰に対しても横柄なくいつも真剣に考えて自分がほんの少しだけ犠牲になっても明るく振る舞っていた人だった。私はこうして独りになってしまったが、亡くなった人たちの魂がいつの日もどこかで見守ってくれているんだと、彼から改めて教えてくれた気がした。


私もいつかこの身が世の中から消えてなくなった時、今世でどう生きたかを知ることができたと確信して考えながら1日1日を大切に綴り織りし、また長く続いていく自身の生涯に胸を張って歩んでいこうと心に誓った。


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