第三章 ひとりよりもふたり

第三章 第1話

1人と1匹、ずっと一緒にいられると思っていた。あの角を曲がらなければ、あの大きな事故に巻き込まれずに済んだのだ。


───まだ少しだけ肌寒い朝日に照らされて僕たちは家を出た。数メートル行った先の路地を突き当たると線路沿いの道が開けていた。

僕は時折彼の様子を見ながら一緒に歩いていた。彼が立ち止まり僕も見上げていると、後ろから電車がやってきて思い切り強く風が吹いていった。

僕たちはそれを見送ってまた一緒に歩いていく。そうしていると自転車置き場が見えてきた。僕は自転車の後輪のあたりで立ち止まり、彼が持っている白杖で確認すると、頭をなでてグッドと言ってくれた。


彼は網膜色素変性症という病を持っている、目の不自由な人なのだ。彼の名前は松浦 ゆう。僕はルーシー。犬種でいうとベージュ色のラブラドールレトリーバー。彼のところに来て5年が経つ。外へ出かけるときはハーネスを着けて、彼の目の役目を担って、こうしてどこにいるのもいつも一緒なのだ。


前方から車が数台来た。彼の足の前に顔を出して立ち止まりしばらくして通り過ぎた後再び歩き出した。鼻をかいで遠くの匂いを察知した。

今日は少し人足も多く出ているな。


横断歩道の手前で信号待ちをしていると、隣に並ぶ親子連れの人たちが興味深く僕を見つめてきた。3歳くらいの男の子が僕を見て嬉しそうに笑顔でいた。

今度は通学途中の中学生たちが、僕に向かっておはようと挨拶して、信号機が青になると彼らは遅刻しそうになるといい走り去っていった。しばらく歩いていき朝の散歩が終わってまた自宅に帰ってくると、彼は僕の足を拭いてくれてハーネスを取り外し、リビングへと上がっていった。


窓側に置いてある机へと向かって椅子に座ると、僕もその側に座った。カタカタと音が聞こえる。彼は平日は自宅で仕事をしている。自動で音声が読み上げる専用のパソコンを使ってタイピングしたり、職場の人とカメラで話をしたりしている。僕はその間はずっと伏せては時々耳や目を傾けて彼のところに付ききりにしている。


お昼の休憩を挟みまた机に向かい数時間待っていると、パソコンをたたむ音が聞こえたので、顔を上げると、仕事が終わったと話しかけてくれた。インターホンが鳴ったので僕が玄関へ行くと彼の妹の真美さんがやってきた。彼女はここから近くのところに住んでいて、夕方のこの時間になると夕食を作りに来てくれる。


「兄さん、作り置きの分も持ってきたから、朝と昼のご飯の時に食べてね」


1時間後、台所からいい匂いが漂ってきた。真美さんが支度が整うと、彼もテーブル席に座って一緒に食事を摂った。僕もその横で2人が食べ終わった後にご飯をもらった。やがて真美さんが帰ると就寝時間になり、侑さんが寝室のベッドへ入り、僕はその枕元の下にあたるところの専用のベッドで体を横にして彼の寝息を聞きながら眠りについた。


翌朝、また同じ時間に同じ散歩道を歩いて行った。しばらく歩いていくと、車が数台続けて並んで停まっている。渋滞している原因をたどるように道路脇の歩道に沿って先へと進んでみると、道路工事が行われていた。前方車が次々と別の路へ迂回している。

警備の人が誘導して通行人もカラーコーンを避けながら行き交っていた。僕も侑さんの足元に気をつけながらゆっくり歩いていき、そこを通過して広い路を歩いて行こうとした時、グレー色の対向車がこちらをめがけるようにスピードを出して向かってきた。


───何かの衝撃音が思い切り当たり、車は道路脇の電信柱に追突していた。気がついた時には道端に体を横に倒している彼の姿が目に入った。

恐る恐る近づくと頭から血を流している。僕はすり寄せて体に触れてみても彼は全く動かない。周りを見ると何人かの人がスマートフォンで電話をかけていた。その後救急車が来て彼が運ばれてどこかへ行ってしまった。


1人の女性が僕に近づきハーネスの横についている連絡先を見て、誰かに電話をかけていた。またしばらく道路脇で待っていると真美さんがやってきた。連絡をした女性にお礼をして急ぐように自宅へ帰ってきた。


彼女は病院へ行くので家で待っていてほしいと言い、僕は1匹ベランダの側で静かに2人の帰りを待っていた。

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