第26話 青月 十三月(2)

▽ 最終投票

 個室へ転送された青月は、すぐさま端末を手に取り、『投票箱』を開いた。

 正解を知る彼女は、6人の名前が並ぶ横にポンポンと優先度①~⑥を入力していく。勿論、赤糸と自分の優先度はスイッチする。


「──あとは祈るだけ、か」


 呟いた時、赤糸から通信が入った。

「ジュウちゃん」と、その心配そうな声音を聞いて、青月は自分が先程また涙を流してみせたことを思い出した。目元を指で拭った。


「あ、そうか。僕、そういえば泣いたんだっけ。いや、問題ないよ。好きな時に涙が流せるようになったんだ」


「いつから?」


 赤糸に尋ねられ、青月はフリーズする。


(あれ、いつからだっけ。──クフちゃんと一緒にいた頃は、そんなことなかったか)


 返答の無い青月に対して、赤糸は別の質問を投げた。


「つか、『ヴァルハラにようこそ』って何だ?」


 『まる』と言う人物と事前にコンタクトを取っていた。生流琉が突如言い出したその話は、赤糸にとって初耳だった。


「それは──私が聞きたいよ。身に覚えがない」


 だがそれは、青月にとってでもある。確かに青月は『ネオ・ラグナロク』の読者ではあったが、それはかつて読んだことがある、という程度の話であり、ファンブログに出入りするほどの熱量はない。生流琉の言う『まる』という人物は、青月のことではないのだ。


「人違いだよ。彼女、何か勘違いしているんだ」


 だが言い終えた途端、青月は強い不安に駆られた。胡散臭い言い分だと自分で思った。

 今まで散々腹黒な面を見せてきたのだ。赤糸が『青月は自分を信用せず、隠し事をしていた』と考えてもおかしくない。言葉は真実だったが、信用されるかはわからなかった。


「そうか」


 だが、赤糸の反応は素朴でアッサリしたものだった。青月の簡潔な説明だけで全て納得したように、まるで疑う素振りなど見せなかった。


「まぁ、勘違い上等、結果は良かったじゃねえか? 実はアタシ達は、誰か一人でも騙せれば決戦自体には進める訳だしな。生流琉死殺がジュウちゃんの告発通りに投票するってんなら。プランCに戻っただけだ、開幕全員に雷落として勝利だぜ」


 だが、青月は首を横に振る。


「いや、多分──僕達は負けるよ」


「何でだ?」


「話を聞く限り、生流琉さんの人違いは──◯中、水面下でずっと続いていたんだよ。思い返せば確かに妙だったんだ、同じ読者仲間とはいえ生流琉さんは僕に協力的過ぎた。ということは──事情を知る人が見れば、生流琉さんが僕の事を『まる』だと誤解しているというのにはすぐに気付けると思うんだ。つまり──僕等の中に、『まる』なる人物がいたとしたら、その人物は意図的に誤解を放置していたことになる。それなら、あのタイミングで生流琉さんがあんなことを言い出したのは、その誰かの狙い通りなんじゃないかな」


「考えすぎ、じゃねぇか? その『まる』って奴がそもそも来てない可能性もあるぜ。ジュウちゃんはこの場にいない人間と間違えられた、なら、生流琉死殺がアタシ達の味方になったのは、ただの幸運で済ませられるだろ」


 赤糸は腕を組み、首を傾げる。


「それに狙い通りって言っても、あの誤解と一連の流れでアタシ達以外の誰がどんな得をするんだ。共犯者に加えたはずの影木無子の裏切りという絶体絶命のピンチを、その勘違いの結果それでもジュウちゃんの告発内容を信じてくれた奴が一人現れて、アタシ達は乗り越えられた」


「誤解は、『まる』が《アイテル》を選んでいたとすれば、今この時間で簡単に解けているよ。それか事前に合言葉でも決めていたのかもしれない。それなら、キーワードを議論中に言うだけで良い。とにかく方法は色々だ。誤解を解くこと自体は難しくないさ。その場合、僕等は危機を乗り越えられていない」


(雄々原さんは最終的に、影木さんの話を信じている様だった。今までの議論の様子を見ても、彼女を騙せているとは思えない)


「誰がどんな得をするのかは僕にはわからない。けど、それはつまり、僕はその誰かの計略を見抜けていないし、対処もできていないってことだよ。プランBを見抜かれ、利用された僕等が、他者の作戦を見抜けなかった。その結果が敗北じゃないって方が、僕には不自然だ」


「ジュウちゃん、悲観的に過ぎるぜ。まるで、その──何だか負けたがっている様に見える」


「そう見える?」


「──ああ」


 自覚は無かった。だが自分と、外側から見られた自分との間に、溝があるということは、つまり自身への客観性を喪失しているということである。


「しっかりしろよ、家族を取り戻すんじゃないのか?」


 青月は、しばらく言葉を見失う。それは、周囲の同情を買う為の方便だった。

 実際に青月が叶えたい願いは別。青月は、赤糸の顔をじっと見た。


(僕は、クフちゃんにすらそれを伝えていなかったのか)


 自ら自分の助けになりたいと申し出た相手に、同情を人質にするような形で協力を強いていた。──青月は、それを初めて裏切りだと認識した。


「クフちゃん。『ネオ・ラグナロク』では、願いが叶った結果蘇った人が出てくるんだけどさ。もれなく全員、不幸になるんだよ。死んでいたままの方がマシだった、ってぐらいにさ」


 家族が殺された。警察はすぐに犯人を突き止めたが──既に、自宅で首を吊って死んでいた。


「僕の本当の目的は、犯人を生き返らせて、何でそんなことをしたのかって問い詰めて、そして死んでいたままの方がマシだったって目に遭わせて、むごたらしく殺すことだったんだ」


 死者蘇生が不幸を呼ぶなら、不幸にさせたい奴を蘇らせればいい。

 陽は沈むのである。何もせずとも。だが本当に動いていたのは、それを観測する地面の方だった。だからいつの間にか、涙を自在に出せるようになっていた。


「クフちゃんに変わってしまったとか、言ったけどさ。そうか、変わったのは僕だったんだね」


「ジュウちゃん」


 赤糸は、外面の向こうで深く頭を下げる青月に、掛けるべき言葉を懸命に探った。そして、時間が足りないということに思い至る。このゲームではずっと時間に追われていた。

 だから、赤糸はにかっと笑って、言った。


「──これが終わったら、飯でも食いに行こうぜ。積もる話もあるだろ」


 

・・・ 



「最終投票の結果が出揃ったロク! 集計の結果、決戦に進むのは三名ロク!」




① 青月  → 「①:赤糸 ②:雄々原 ③:生流琉 ④:タルト ⑤:影木 ⑥:青月」

② 雄々原 → 「①:青月 ②:タルト ③:生流琉 ④:影木 ⑤:雄々原 ⑥:赤糸」

③ 生流琉 → 「①:青月 ②:雄々原 ③:影木 ④:生流琉 ⑤:タルト ⑥:赤糸」

④ タルト → 「①:青月 ②:雄々原 ③:タルト ④:生流琉 ⑤:影木 ⑥:赤糸」

⑤ 影木  → 「①:青月 ②:雄々原 ③:影木 ④:タルト ⑤:生流琉 ⑥:赤糸」

⑥ 赤糸  → 「①:赤糸 ②:雄々原 ③:生流琉 ④:タルト ⑤:影木 ⑥:青月」




「以上が全投票結果ロク! よって、決戦に進む三名は──」

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