第五章 ラグナロク

第27話 決戦(1) / 氷解

戦場はディストピアをイメージさせる荒廃した街だった。高い建物は経年劣化で崩れ去り瓦礫の山と化している。タルトは気付くとそんな場所に立っていた。周囲に人影は無い。


「《自在防御壁》」


 タルトが呟くと、イメージ通りに透明な壁が空中に出現する。視覚的には透明だが、能力者であるタルトは不思議とその形が認知できた。



 

ハニータルト・バターアップル 能力名:《自在防御壁》

               優先度:④

               能力内容:2m×2mの透明なバリアを一つ、自由に出し入れすることが出来る。バリアはあらゆる攻撃を遮断する。




(──動かすイメージをしても、移動はできないみたいね)


 そのままタルトが念じると壁は消失した。再度出現させ、消失させを繰り返す。


(壁は動かせないケド、殆どノータイムで出し入れが可能ってワケね。物体にめり込ませて出現させるコトはできない、弾かれる感覚がある。敵の体を真っ二つってワケにはいかなさそう。ま、期待はしてなかったケド)


「攻撃に使うなら走っているヤツの目の前に出現させて顔面を強打、くらい? ま、地味」


 事前に予想していた通りのスペックだった。どの程度遠くに出現させられるか等、他にもいくつかの事項を確認すると、タルトは背負った大きなリュックを降ろした。

 その中身は、半分が甘いお菓子。そしてもう半分は、忍具だった。手裏剣、クナイ、煙玉にマキビシ。自分で持ち込んだそれらを見ながら、タルトは苦笑いした。


『タルトはNINJAになったんだ』


 両親の言葉を思い出す。そんなものになった覚えは無かったが、しかしタルトには張り切った両親が揃えたそれらのアイテムを使いこなす才があった。先祖返り、隔世遺伝。


「──アホらし。《ラグナ記録》、回覧」


 続いてそう唱えると、タルトの目の前に四角いホログラムが出現する。

 ずらりと文字が並ぶ縦スクロールの画面、タルトの補助能力である。


「で、そこのヤツ。さっさと出てきなさいよ」


 タルトが虚空に向かって声を投げかける。すると瓦礫の山の陰から、影木が姿を現わした。


「あら、ごめんなさい。隠れるつもりは無かったの。思いのほか物騒なものを沢山持っていたから委縮してしまって。──何かしらそれ、凶器? 鎖鎌とかまであるじゃない」


「忍び道具ってヤツ。私、忍者なの」


「そうなのね」


 影木はタルトが冗談を言ったと思い、愛想笑いで返した。タルトはため息を吐く。


「ところで、なんで私を攻撃しないの?」


 タルトは影木の近くに出現している《ラグナ記録》のウィンドウを指差した。二人とも、補助能力は《ラグナ記録》だったのである。


「出てきた瞬間に手裏剣ぶっ刺してやるつもりだったケド、あんたの能力って《◯》でしょ。補助能力まで戦闘できない《ラグナ記録》だって解ったから止めたのよ。いつでも殺せる雑魚──だから今は攻撃してないだけ」


 影木は、タルトの言葉を聞いても表情を動かさない。その余裕は、何もしていなくても全てを見通しているかのような印象を与える。


「それと、聞きたいコトがある」

 

「──あんたでしょ、あのオタク女の協力者の『まる』とかいうヤツ」

 

 タルトの出現させた《ラグナ記録》から音声が流れる。


──影木「このデスゲームには原作があるわ(……)原作の知識が生むアドバンテージは、逆説的に証明されたんじゃないかしら」


「開始前に私が原作読者かどうかの聞いてきた時、原作読者は有利でズルいからハブる話をしていた時のよ。私あの時、アレはオタク女をハブるための踏み絵だと思っていたワケだけど。本当は──オタク女に『原作については黙っていた方が有利』って伝えたかったんでしょ」


 彼女の本性は黒く塗り潰されていて、外目からではわからない。その内側は悪魔か、それとも──影木は答える代わりに、タルトへ尋ね返した。


「いつ気付いたの?」


「今さっきよ。今のは後付け、解ったのは手遅れになってから。というか、この結果になったら嫌でもわかるわ。私はまんまと騙された。何せ──『気絶女と自分は協力者だ』ってオタク女のセリフ、嘘じゃなかったから。つまり、オタク女は『まる』=気絶女だと本気で思っていたってコト。いえ、思い込まされていた」


 タルトは影木を指差した。


「あんたに」


「あら、そんなに性格悪く解釈しないで。元々は面白そうな誤解を放置していただけなの」


 影木は唇に指を当てて小首をかしげた。そしてそのまま、手元の《ラグナ記録》を操作する。


──青月「あの、さ。僕は読んだことあるよ、『ネオ・ラグナロク』」


「シキルちゃんが『まる』について知っていた情報は、『原作を知っている人』──だけだった。だから自然と、あの流れでジュウちゃんを『まる』だと誤解したのよね。予想外だったわ、だって──読者がもう一人いるだなんて思わなかったもの」


 そして、生流琉の誤解が解ける機会は訪れなかった。『キルキル』と『まる』には、事前にコンタクトを取っていること隠そうという、前もって決めていた事項があったからだ。

 生流琉が《アイテル》を選択しなかった時点で、誤解が氷解する機会は失われた訳だ。


「『キルキルさん』なら《能力ガチャ(改)》選ぶとは思っていたの。元ネタのキャラが推しだったはずだから」


 その親しみの籠った言い方を聞き、タルトは確信する。


「やっぱりあんたの目的は、あのオタク女を勝たせるコトね」


「うーん、いえ、勝って欲しいとは思っているけれど、シキルちゃんがタルトちゃんに勝てるかどうかは私にはわからないわ。だけど、決戦に行く前に脱落するのは、可哀想だと思った」


 影木は微笑んだ。それは、もしかすると貼り付いた笑顔などではなくて、ただ──ずっと楽しくて、笑っていただけなのかもしれない。


「会ったことはないけれど、友達なのよ」


 もし自分以外の誰かを勝たせる目的の者がいたら、どう動くのだろうか?

 そして影木は探偵に追い詰められ、犯行を自供し始めた犯人のように、語り出した。


「タルトちゃんが嘘を見破れるって言い出した時ね、私はクフちゃんとジュウちゃんが組んで最後に大きな茶番をしようとしている──そう気付いたの。だから、便乗して混ぜて貰うことを思いついたのはいいけれど、これだと私やタルトちゃんが決戦に行けたとして、シキルちゃんは絶対に勝てないじゃない?」


 プランCは、雄々原と生流琉の二名を騙し、四名で決戦に進むという計画だった。


「シキルちゃんの能力が③だってことはどの道明かされてしまう。その状況で、なんとかシキルちゃんに偽票3票を集めないといけなかった」


 影木は指を三本立ててから、一本ずつ折っていく。


「私、シキルちゃん自身、そしてあと一人誰か、って具合にね」


 影木は続いて、指を二本立てた。


「ハードルは二つ。まず、私とシキルちゃんで投票先をスイッチすること。ところで、私の能力は見ての通り《アイテル》じゃなくて《ラグナ記録》なのよ。──ふふ、職業病って言ったらあれだけど、どうしても一番初めの事件のことが気になって」


 赤糸が青月を気絶させた時、雄々原を突き飛ばしたという例の違和感。その正体を突き止めるために、影木は《ラグナ記録》を選択した。


「職業病? あんた高校生でしょ」 


「ま、それは追々──とにかく、私は表の話し合いでシキルちゃんに、本当は私が『まる』だってことと、お互いにスイッチしょうってことを教えないといけなかった。本当は、私とのスイッチじゃなくても、シキルちゃんが自分に偽票を入れるならそれで良かったけれど──ジュウちゃんを『まる』だと思い込んでいるシキルちゃんは、きっとジュウちゃんの告発を真に受けてしまうだろうし、誰かとのスイッチ自体をしない気がしたの」


──生流琉「私は、『ヴァルハラにようこそ』というファンサイトを運営していますの! そして、先日そこのチャット欄で──」


──生流琉「私は、青月さんを信じて──青月さんの言った通りの内訳で投票いたしますわ!」


 タルトの《ラグナ記録》から再生されるその音声は、タルトの舌に苦味を与えた。

 つまり真実、生流琉はそのつもりだったのだ。


「いや、見立ては正しいケド。苦労話みたいなコト言われてもさ、それってあんたが面白がって誤解を解こうとしなかったからしてる苦労じゃん」


「それは、本当にその通りだから耳が痛いわ。けど、一応いつでも誤解は解ける公算だったからふざけていたのよ? 私と『キルキルさん』は、事前に合言葉を決めていたから」


──影木「シキルちゃん。頼む、私を信じて欲しい」


「コレ?」と、タルトはスクロールの一番下、最後のセリフを再生する。

 思えば、確かに不自然な口調だった。


「そう、『頼む、信じて欲しい』ってセリフが『ネオ・ラグナロク』に出てくるの。なんてことのないセリフだけど、どんな文脈からでもある程度自然に口にできる合言葉ってことで、それに決めたのよ」


 やはり、とタルトは思った。影木のその言葉からは、味がしなかったのだ。『信じて欲しい』という言葉が、嘘でも本当でもないケースは限られている。

 だからそれは〇(ほんとう)でも●(うそ)でもない、灰色の──記号のような言葉だったのだ。


──影木「シキルちゃん、何も難しいことないわ。協力者がいる人は、その協力者とスイッチした内訳を最終投票で提出するの」


「最後に誤解を解いて、その直前に指示を出していたってワケ?」



 

③ 生流琉 → 「①:青月 ②:雄々原 ③:影木 ④:生流琉 ⑤:タルト ⑥:赤糸」



 

 そして影木の意図を察した生流琉は協力者である影木と自信の位置を入れ替えた最終投票を出した。ただし、表の議論ではタルトと影木がスイッチしていることは判明しなかった為、結果的には三人の位置がシャッフルされた投票になった。


「あら、もうそこまでバレているなんて、思ったより危ない橋だったのね。──そう、二つ目のハードルは、言うまでも無くあと一人誰かにシキルちゃんへ偽票を投じさせることよ。そして、クフちゃんとジュウちゃんは対象外。あの二人は互いにスイッチした内訳を投票するのが大安定だもの。つまりタルトちゃんかイイメちゃんのどちらかに、シキルちゃんとスイッチする選択をしてもらう必要があった」



 

④ タルト → 「①:青月 ②:雄々原 ③:タルト ④:生流琉 ⑤:影木 ⑥:赤糸」



 

 まんまと騙されたのは、嘘が見破れるはずのタルトだった。

 否、嘘が見破れるからこそ、タルトは引っ掛かった。そしてタルトに嘘が見破れるという確信があったからこそ、影木はその作戦を思いついたのだった。


「最後の議論で言った通り、スイッチ先に選んで一番安全なのは『スイッチする気のない人』よ。その人はあろうことか、自分で自分に正しい票を入れる。つまり、偽票が3票集まることはなんて殆どない」


──生流琉「私は、青月さんを信じて──青月さんの言った通りの内訳で投票いたしますわ!」


 先程タルトが再生したのと同じセリフを、影木がまた再生してみせた。


「イイメちゃんのアピールは嘘だとわかっても、こっちはその時本当にそうしようと思っていた以上、真実の言葉よ。たとえ、あとから更に別の真実を知って、気が変わってもね」


 真偽の判別がつくが故に、タルトは生流琉の言った『生流琉と青月も協力関係にある』、『生流琉は青月の告発通りに投票する』を信じたのだ。

 そして自分の投票のスイッチ先に生流琉を選ぶ。

 そこまでが──影木の作戦だったのである。


「もちろん、シキルちゃんがその話をした後に、ジュウちゃんが否定しても肯定してもアウトだから、そこは気を使ったわ。思わぬ形で誤解が活きたの」


 生流琉死殺と青月十三月の協力関係を、タルトに信じさせる──信じさせ、投票先をコントロールする。


「──ひょっとしたらそうじゃないかって思っていた」


 しかし負け惜しみではなく、本心からタルトはそう言った。


「あのオタク女が、『気絶女が本当にオタク女と協力した上でヤンキー女と通じているなら、《アイテル》を使って三人で通じているはずだ』って言ってのは、その通りだと思ったから。それに『頼む、私を信じて欲しい』とかいうあんたの胡散臭いセリフの件もあるし。あんたが、私を騙そうとしているコトは──一応、疑えた」


 だが結論、考えすぎだと判断したのだ。


──生流琉「皆様、『ネオ・ラグナロク』をお読みになったことが無いのですか?」


──雄々原「うむ、私は無いな」


──影木「私も、読者じゃないわね」

 

 それは◯が始まる前の、何気ない会話だった。


「これを聞き返したけど、嘘じゃなかった。苦い、真実の味がした。つまり、あんたが『ネオ・ラグナロク』を読んでないのは確定だったワケ。だから最終的に私は──」


「え、そこ!?」


 影木は、心の底から驚いた声を上げた。確かに、嘘は吐いてない。だが、それは──それもまた、面白そうだからというだけの動機で行った小さな、自己満足の悪戯だったのだ。


「だから、あんたが『まる』だとするとおかしいことがあんの。言ったでしょ、聞きたいコトがあるって。これは一体どういうコト?」


「──えーと。本当に、言葉遊びみたいなもの、だけど」


 影木は生流琉を決戦に進ませるため、大胆な計画と細心の注意でタルトの行動をコントロールしようとした。だがタルトはその計画を看破する寸前まで来ていたのだ。結局人の行動を簡単に操ることなんて出来ない。そんな高度の攻防の決め手になったのは、本当に小さな偶然だったのである。


「私には影木や『まる』以外にも名前があるの。それは──薔薇咲円。昔、『ネオ・ラグナロク』って小説を書いていたのよ」


「は?」


「つまり──私は読者じゃなくて、作者なの」

 

「えーーーーーーーーー!!!????」


 その時、とてつもない大声と共に小さな瓦礫の山が崩れ去り。

 聞き耳を立てていた生流琉の姿が、露になった。

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