第四章 企み

第25話 赤糸 工夫

▽ 補助能力選択


「──っ!」


 ◯開始直後。青月が個室で補助能力を選択している最中のことである。

 空中に、金髪の女の顔が突然出現した。思わず叫び声を上げかける青月だったが、三つのことに気付き、すんでのところで堪えた。

 一つ、それはゲームへの勧誘時に見たクソラグ君と同じ、立体映像だろうということ。

 二つ、その女の正体が赤糸工夫であるということ。

 三つ──赤糸の顔が冷たい鉄面皮ではなく、懐かしい、優しい泣き虫の──『クフちゃん』のものだということ。


「落ち着いて聞いてくれ、今アタシは自分の個室から補助能力《アイテル》で通信している。残り時間は七分程度だから時間はあまりない──まず、ごめん悪かった!」


 画面の向こうで、赤糸がバッと頭を下げた。


「あの時アタシは、気絶までさせるつもりじゃなかったんだ。ただ、今後の為に周囲に仲違いしている様を見せたかった。それに酷いことも言ったけど、あれも本意じゃなく、つまり」


 しどろもどろに言葉を探るその様は◎での傍若無人な態度とはまるで別人のようで、しかしそんな不器用さは、正しく青月の知るあの日の『クフちゃん』そのものだった。


「──アタシは、ジュウちゃんを勝たせたい。ジュウちゃんの家族を生き返らせたいの。信じて貰えるかわからない、けど」


「信じるよ」


 そう返すのに、青月の中には些かの躊躇も無かった。


「信じる、ありがとうクフちゃん。それで、僕は何をすればいい?」


 数年ぶりに、いつものように、青月は赤糸に信頼を口にする。

 赤糸の表情がパッと明るくなった。時を越えた再会、しかしその友情の糸には僅かな解れさえ生まれていなかったのだと、心が安堵に震えた。

 しかし、久闊を叙す時間は無い。数分後には最初の調査投票議論が開始する。その前に、赤糸には伝えるべき内容が沢山あった。感情を噛み殺し、必要なことだけを最優先で口にする。


「アタシの能力は優先度⑥、名前は《全知×全Know》。◯のルールやアビリティ一覧の表の中身、それらを最初から全部知っている」

 



 ① 《罰》 … 青月十三月

 ② 《コールドゲーム》 … 雄々原色々女

 ③ 《焱劦品》 … 生流琉死殺

 ④ 《自在防御壁》 … ハニータルト・バターアップル

 ⑤ 《◯》 … 影木無子

 ⑥ 《全知×全Know》 … 赤糸工夫

 



「そしてアタシは──ジュウちゃんは多分、うまくやらないと脱落になると思う」


 自分の持つ情報を全て伝え終えると、赤糸は言う。青月もクソラグくんの発言を聞きながら、同じ考えを抱いていた。そして今、全員の能力を知ってさらにその確信は強まる。


「やっぱり、《罰》って能力名は──他と比べてもやたら強そうだよね」


 冗談のような話だが、◯というルールにおいて仰々しい名前の能力は不利になる。投票で最初に公開されるのが能力の名前である以上、それが与える印象はフレーバーに留まらない。十分に重要な要素になり得るのだ。皆殺し(キル・ゼム・オール)──そんな名前の能力が公開されたとしたら、他の能力者達はそれと自身の能力と見比べ、何を思うだろうか。


「ああ。だから、『A』がオープンして名前が知れ渡れば、次は恐らくその内容が探られる。そして『G』がオープンすると──」


 この能力内容を知っている相手に対し、いつでも雷を落とすことができる。


「──《罰》は発動条件を満たし、脅威が完成する。ジュウちゃんの能力は他と見比べても、《自在防御壁》以外の相手に対しては、まず一方的に勝利できるだろう能力内容だ。だったら、他の参加者達は考えるはずなんだよ、『勝てないのなら、能力者の名前まで公開して脱落させるしかない』って」


 青月の中にあった懸念は、全く同じことが他者の口から話されたことで確信に変わる。


「うん、僕もそうだと思うよ。『A』が序盤で公開されてしまえば、ドミノ倒しのように『M』──①の能力者である僕の名前までオープンされて、脱落する公算が高いだろうね。例えば『一旦全ての能力名A~Fを開けて、その後どれを公開するか決めよう』なんて話になったら、◯で唯一、僕だけが脱落するだろうな」


 赤糸が頷く。そして、だからこその作戦であった。


「アタシとジュウちゃんで議論を誘導し、◯後半まで『A』以外のマスを開け続けるんだ」


 赤糸は、ゲーム開始前から18マス中どの9マスをどの順番でオープンするかを考えていた。

 まず⑤と⑥の能力を、既に使用可能であることを理由に脅威と主張し、能力名と能力内容を公開させる。これで4マス、或いは5マスを消費する。


「⑥は『L』能力内容まで公開されても、いや、『L』まで公開されたことで、逆に参加者の名前まで公開されることは有り得なくなる。《全知×全Know》には、アビリティ一覧の内容を全て告発するという最終手段があるからだ。──『L』を読んだ誰かが気付くし、最悪アタシから言えばいい。誰も、アタシを負け確にさせる訳にはいかない」


 よって⑥の情報公開は『F』と『L』の2マスでストップする。


「その後、⑤で2マスか3マスを開ける。《〇》は別に能力者の名前まで公開しちまっても構わない、後々のことを考えると2マスで留めたい」


「後々って?」


「この作戦の最終目標。恐らく、この◯というルール──最初は皆、他人を脱落させようと動くはずだ。だがその行動の本質は攻撃ではなくむしろ防御なんだ。18マス中半分の9マスが公開されるって条件を聞けば、一番単純な計算では3人が脱落することになんだろ? すると、最優先事項はその3人に入らないことになる」


 決戦に辿り着く、勝負の土台に勝つためには、3人の脱落者に入るわけにはいかない。

 裏返せばそれは、自分以外の3人を脱落者にすることと同義なのである。


「攻撃じゃなくて防御、いや防御のための攻撃性か。なるほど、見えてきたよ。『E』『F』『K』『L』、この4つが公開された後なら、前提が変わるんだ」


「そう。そして⑤と⑥の能力者名──『Q』と『R』をオープンしないと仮定する。残るマスは12で、開けられるのは5マス。あとは算数だ。能力者名までたどり着くのに必要なマスは能力名と能力内容を含めて3。つまり、以降確定で脱落する奴は出るとしても1人」


 赤糸は青月に手を見せ、指を降りながら解説する。


「その状況で、こう提案する。『◯で誰かを脱させるのは辞めて、残り5マスの内4マスはAからDの能力名を公開するのに使用しよう』。これは①~④の能力者誰にとっても利益になる提案のはず。誰にとっても最悪の事態は、決戦に辿り着く前に敗北することだろ。自分の脱落が確定する危険は、これでなくなる。他人の脱落を確定させる必要が消えるんだ」


 順番は④→①(『D』→『A』)が望ましいが、最悪逆でも構わないと赤糸は言った。

 8マスが消費されるというのが重要だった。これで、残りは1マス。


「そんで、全員の能力名と⑤と⑥の能力内容が公開されている状況、開けられるのは残り1マス。最後に公開されるマスは、一番の脅威、つまり単純な話……強そうな名前の能力内容になるんじゃねえかな?」


 或いは──そう誘導するのだ。


「つまり僕の《罰》の中身、『G』が最後に開くんだね」


「そういうこった。その瞬間、《罰》は最強の矛になる。全員が決戦に進むことになるが、ジュウちゃんは誰に対しても雷を落とせる。唯一《自在防御壁》には防がれるかもしれねえが、あのちっこい子には防御手段だけじゃ勝ち目はねえよ。降参させられると見ている」



 

 『F』→『L』→『E』→『K』→『D』→『C』→『B』→『A』→『G』



 

 それが赤糸の提案する作戦、必勝への道筋であった。


「……いや、勝ちとは限らないよ」


 しかし、青月はまだ懸念する。


「さっき攻撃と防御って話が出たけど、この作戦も、つまりは防御策だよ。補助能力《能力ガチャ(改)》がある。確か『ネオ・ラグナロク』に《能力ガチャ》って能力が登場した気がする。それが元ネタだと思うけど──不確定要素が介在する以上は必勝じゃない。《罰》を無効にするような能力が引き当てられる可能性があるよ」


(加えて、生流琉君の能力。僕は気絶している間に、ひょっとすると──)


「それはその通りだ。だが、他に」


 赤糸の言葉を「そこで」と遮り、青月は微笑んだ。


「最後に僕が《全知×全Know》を騙って、僕とクフちゃんで嘘の内訳を逆に告発するのはどうかな?」

 

「──なるほど。あくまで勝つための策。アタシ達以外の全員を◯で脱落させるってことか」


 青月の発想を聞いた赤糸は舌を巻いた。

 赤糸が青月の気絶している時間も頭の中でルールを反芻しながらなんとか組み立てた作戦には、更に先があったのだ。青月はこの短時間、作戦を聞かされただけでそれに気付いた。


「──けど、表向きの動機はどうすんだ? ジュウちゃんはさっき大分勝ち気を出していた。それが最後突然最後に自棄になり、ちゃぶ台返しを仕掛けるのは不自然だぜ」


「それは大丈夫、僕が⑥の能力者だって視点に立ってシミュレートしてみたら見えてきた。クフちゃんの作戦──仮にプランAとしようか。そのプランAの通りに調査投票が進めば、『《全知×全Know》の能力者である僕』が勝つのは凡そ不可能になるんだ。クフちゃんの《罰》が最強の矛になってしまうんだから。決戦に進めるとしても、『《全知×全Know》の能力者である僕』にとっては、勝ちたくても勝てない状況なのが見えているのさ。開始直後に雷が降って来る、文字通りの電光石火で敗北だ。僕が《能力ガチャ(改)》を選択していないと仮定すれば、より一片の希望も無くなるね」


 勝ちたくても勝てない状況、いわゆる詰み。そんな状況なら、自棄になってもおかしくない。


「加えて僕が、自分が勝てないとしても、せめてクフちゃんにだけは勝たせたくないと考えるくらい滅茶苦茶に怒っている、という筋書きを考えている」


 赤糸の表情がずんと沈んだ。


「ああ、凹まないでよ。フリだよフリ、本当に気にしてないってば」


 それをからかうように青月は笑った。


「僕等が昔からの知り合いだと皆に露呈した後も《アイテル》での内通を疑われないために軽い諍いを起こそうとしたんだろう? だけど慣れないことをするものだから、『離して』って言ったら本当に離すんだもん」


「──いや、本当。ごめんね」赤糸の口調が、思わず昔に戻った。


「ふふ。ま、足を滑らせた間抜けは僕だし、色々と運が悪かったんだよ。けど、災い転じて福と為すって奴だ。クフちゃんが僕を気絶までさせちゃったことで。僕等の対立は内通のカモフラージュ以上の意味を持たせられる」


 青月はパチンと指を鳴らした。


「以上が今思い付いた僕のプランBだよ、どうかな?」


「了解した。自分が勝てないことが殆ど確定している上に勝たせたくない相手が勝ってしまう状況になったから自棄になって全部をぶちまける──そういうストーリーだな」


 方針は固まった。そして、残された時間は僅かだ。


「しかしプランAにしろBにしろ、とにかく一番のハードルは議論の誘導だね」


「正直そこは流れを見つつ、アタシ達で頑張るしかねぇな」


 作戦とは努力の方向性、その指標である。

 言うまでも無く作戦の成功率は、成功時の効果よりも重要な事項であった。


「まだ何とも言えねえけど、言った通り最初は⑤と⑥がオープンすると思うぜ。『◯中に発動している二つの能力』を特に警戒するべきだって主張は、他の連中にも受け入れるはずだ。誰も言い出さないならアタシかジュウちゃんが主張すれば良い」


「いや、僕は言い出すべきじゃないね」


 青月は、はっきりと断言する。


「だって最終的に、僕の能力は⑥の《全知×全Know》だって話を皆に信じて貰う訳でしょ。その僕が、⑥の情報をオープンするように主張するのはおかしいじゃないか。小さい矛盾かも知れないけど、記憶力に優れていれば気付く人は気付くラインだと思う。──いや、《ラグナ記録》があるから、実際は更に危険だね。小さい粗にも気を払った方が良い」


「──確かにそうか。言い出すならアタシか」


「それと、⑥はともかく、⑤関係のマスをオープンする話がすんなりと通らない可能性がある。まず、僕等が今やっていること、つまり《アイテル》による内通は他の人も取り得る手段だ。僕ら以外にも人か三人かが既に組んでいて、互いに庇い合う協定を既に結んでいるかもしれない。そして、そのメンバーに⑤の影木さんが含まれていると、⑤の情報を調べようって話に対して複数の反対意見が飛び出すことがあり得る。意見がまとまらない恐れがあると思う」

 

「あともう一つ理由があって『ネオ・ラグナロク』にも──時間がないな」


 端末のタイマーを確認すると、青月は結論だけを慌てて伝える。


「あとで説明するけど、できれば生流琉さんになるべく喋らせないように──」


 端末が音を鳴らし、赤糸と青月の意識は薄れていった。その時、青月は気付く。


(あ──僕、補助能力選んでない!?)



 

▽ 第一回 調査投票時間


 議論が終わり個室へと戻った青月は、急いで端末に手を伸ばす。


(補助能力は、《能力ガチャ(改)》になっているね。よ、良かったぁ)


 おそらくどの投票であっても、時間以内に投票をしなかった場合、ランダムで選択されるのだろう。『投票箱』をオープンし、今回は忘れないように『F』に投票する。

 その直後、再び赤糸からの通信が入った。


「お疲れクフちゃん。いや、ビックリしたね。議論しなくても良いんじゃないか──なんてさ」


「全くだ。あの変態眼鏡、面倒なことを言い出しやがって。議論がされねえと誘導も何もねえ」


「多分、雄々原さんには──本当は議論をしない気はなかったと思うけどね」


 青月は雄々原がそれを言い出した意図を察していたが、今は重要なことではない。赤糸の不思議そうな顔をスルーし、伝え損ねていた話の続きを口にする。


「ところで実は、『ネオ・ラグナロク』にも特殊ルールって出てくる章があるんだよ」


「ん──ああ、そういえば、ジュウちゃんも読者だったか」


「そうそう、そう細かいことを覚えている訳じゃないけどさ。確か、『ネオ・ラグナロク』で特殊ルールが登場する時って、『特殊ルールを追加する』って能力を持っている参加者が存在するんだよ。今回だと⑤、影木君の《◯》がそうだよね」


「なるほどな」


 赤糸は『生流琉になるべく喋らせるな』と青月が言った理由を理解する。


「さらに言うと、優先度⑤以上の能力だけが現在使用可能なのは、そもそも現状が優先度⑤という能力の影響下だからだと思う。『◯中、⑤と⑥の能力だけが使用可能』ってルールは、だから内部処理的な真相に近い言い方に変換すれば、⑤の《◯》に優先度で上回る⑥の《全知×全Know》だけが使用可能──になる」


「じゃあ、原作を知っている奴は──現時点で既に⑤の能力内容を推測できるんのか」


「そう、そしてこの情報が生流琉さんの口から明らかになれば、⑤は脅威の体を保てなくなる。僕等のプランBは『E』と『K』に調査投票を消費することだから、この時点で計画は破綻だ」


 プランの核は◯中に使用可能な二つの能力⑤と⑥が一見脅威であるということ、そして、それらが実は公開する必要がないほど弱い能力であるという情報を、現時点で赤糸と青月の二人が独占していることにある。


「いや──アタシは言った通り、参加者は他者を脱落させるよりも、自分が脱落しないことを優先すると考えている。そういう防御思考なら、無駄と判明しても『E』と『K』をオープンすることに同意するんじゃないか?」


「うーん、説明が難しいけど、僕の感覚は違うね。自分が誰かを脱落を回避する為に他者を脱落させる、というのは建前の奥にある感情だよ。そして僕等の様なことを考えていない限り、本来は分離する必要のないものだ」


 自分の能力マス以外を開けることが、攻撃の面でも防御の面でも最適解であるのなら、その行為がどちらにカテゴライズさえるかを考える必要は無いのである。


「人は二者択一なら順位をつけるけど、一挙両得ならそんなことはしない。必要がないからね。そして自分の能力以外のマスをオープンするって、まさに攻撃と防御の一挙両得だろう? 確かに開けられるマスが5つなら、みんな脱落の回避という安定行動へ流されると思うよ。クフちゃんの予想に僕も同意する。だけど、そう考える理由が僕はちょっと違っているんだ。元々攻撃じゃなくて防御を優先させる思考を持っているから──じゃない。僕等の計画では、『F』『L』『E』『K』の4つを開けたにも関わらず脱落者が0ということになる、攻撃という面では無駄に終わるだろう? 結果的に4回の調査投票が防御にしかならなかったということになる」


 青月はそして、断言した。


「時に人は、自分の過去の選択が正解だったことにする為に未来の選択をするんだ」


 そう言って微笑む青月は、赤糸の知る、かつての青月とは別人のようだった。無邪気な、野遊びが好きな活発の少女の眼の奥には、深い闇が宿っている。


「無意識の内にね。クフちゃん、布石だよ。調査投票には直接的な攻撃と、逆説的な防御という2つの要素がある。それを何となくでもみんなに認識させるきっかけが必要なんだ。僕はね、最初4回の調査投票には、そういう布石の面を持たせられると思うのさ」


 そう紐解いてしまえば、赤糸の発案した作戦は実に巧妙なものだった。だが赤糸は、決してそこまで意図した訳ではない。あったとしても無意識レベルでの話であり、偶然歯車が噛み合っただけ。本人は、噛み合っていることにも気付いていなかった。


「そして投票を4回。攻撃面で無駄にすれば、皆この◯を『決戦までに脱落しない戦い』と見做すと思う。そうすればそこから先は防御を優先させるし、今までもそうしていたことにするんだよ。──けど、3回までなら、僕の見立てだと、まだ『これ以上投票を無駄にはできない』に転ぶと思うんだ。調査投票が残り6回──この6回というのが曲者でさ。算数すると、3で割って2。まだ2人を脱落に追い込めるだけの投票が残っている。これ、割り切れちゃうだけに、『間に合った』って印象にならない? ふふ、不思議だよね、5マス残って脱落させられるのが最大1人なら、多分『手遅れ』って印象になるのにね」


「ジュウちゃん」


 赤糸は一瞬言葉に迷う。人を深く洞察し、饒舌に心理を突いたようなことを語る。その姿が、自分の知るかつての青月十三月とは重ならない。そのことに触れるべきか、という迷いが生じたのである。だが、端末に表示されるタイマーの数字は今も減り続けている。

 今、余計なことを話す時間はない。


「──納得したぜ。『E』と『K』を開けようとしない可能性はまだ十分にあるんだな。だから今、⑤に能力を調査する必要がない──そう誰かに言い出されると困る。そして、生流琉死殺は恐らく、⑤の正体に辿り着いている」


「そう。そして対策は──原始的だけど、議論中生流琉さんに余計なことを喋らせないという基本戦略に帰結すると思う。言葉足らずだったけど、クフちゃんは汲んでくれていたよね」


 赤糸は火種を撒いた。調査議論を脱線させ、議論時間を奪うことが目的である。しかし、それはなし崩し的に主張を通すためではなく、生流琉から喋らせる余地を奪うためだったのだ。


「ああ。だからジュウちゃんのアイデアを借りる形で、変態眼鏡に《アイテル》の疑いをかけた。反応からするとどうやら本当に違うみたいだが、そこは問題じゃねぇ。奴は次の議論で弁明を図るだろうし、今はそこを膨らますことを考えている。後は、アタシが態度を悪くすれば、ハニータルト・バターアップルあたりも食い付いてくるかもしれねえな」


「影木さんはこの戦いのゲームとしての面に興味があるみたいだから、そこを広げるのも面白いかもね。──そういえば、彼からしたら⑤の情報がオープンされるのは避けたいはずなんだけど、今の所⑤と⑥の情報を開ける流れに逆らう動きが無いね。なんでだろ」


「勝利が目的じゃないから、ってのはどうだ? 影木無子は議論に積極的ながら、どこか前のめりじゃねえ気がする」


「勝つ気がない、か。そんなことあるのかな?」


「アタシがそうだろ。自分じゃなくてジュウちゃんを勝たせるために動いてんだから」


「あ! ははっ、確かに」


 かつての幼馴染は計算高く、強かになっていた。まるで別人と見紛うほどに。赤糸はそれでも、その時に青月が見せた屈託のない笑顔に、あの日の確かな面を見る。




「それじゃあ時間だ。議論を誘導しつつ、四回目の調査投票が終わるまでなるべく生流琉さんに喋らせない。大変だけど頑張ろうね、クフちゃん!」

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