第23話 生流琉 死殺

 生流琉死殺は、冗談のような裕福さの家に生まれた一人娘だった。

 両親からは惜しみのない愛を注がれて育ったが、二人共が複数の会社を経営する立場だったため常に忙しく、家族での思い出自体はそう多くない。よって両親の惜しみのない愛は、時間ではなくお金に変換されることとなった。幼少期から、欲しいと思ったものは何でも買ってもらえた。しかし、寂しさや孤独を金で埋めることを覚えた子供の多くがそうであるように、生流琉の対人スキルは壊滅的なまま成長の機会を何個か逃すことになる。

 

 そしてそのズレは、やがて暗黒の学校生活に繋がっていくのであった。

 浮世離れした感覚から、友達が出来なかった。そして小学校高学年の頃、生流琉は不登校になる。無限の時間を埋めるため、買ってもらったパソコンで初めてインターネットに触れた。そうして少女は『ネオ・ラグナロク』と出会う。

 

 彼女が『ネオ・ラグナロク』にドハマリしたのは、刷り込みのようなものだと皆が言う。

 何せ、よくあるデスゲームモノ、或いは能力バトルモノの素人作品──世間の評価としてはそんなところだ。世俗に疎い生流琉が、その手のものに最初に出会ったのが『ネオ・ラグナロク』だったから、実際以上に大きな衝撃を受けたのだろう、と。誰がどう考えても、『ネオ・ラグナロク』という作品にオールタイム・ベスト級の格など無く、しかし、それに対する生流琉の熱量は、正直異常な程に大きかった。


(そう言われても、格って何ですの? どうして皆、そんなことを気にするのでしょうか)


 生流琉は『ネオ・ラグナロク』が大好きだ。世界で一番面白い作品だと思っていた。

 だがそう思う為に、世界中の作品を知る必要なんてあるのだろうか。生流琉にとってお金以外で初めて寂しさを埋めてくれたもの、好きになる理由が、それだけでは不十分なのだろうか。

 『ヴァルハラにようこそ』というファンブログを立ち上げた。管理人『キルキル』としてではあるが、ネット上だけの話ではあるが、それでも人と喋るのが下手糞な自分が、誰かと交流をすることができた。

 人生の半分が『ネオ・ラグナロク』で出来ていると、生流琉は言う。その言葉は真実である。

 しかしもう半分は、お金で出来ているというのもまた、揺るがし難い真実なのだった。

 

 中学生の時、両親の会社が、「バーン」と、それはもう見事なまでに一斉に潰れた。或いは「ドカーン」とぶっ潰れた。それか、吹っ飛んだ。……生流琉には難しいことは何も解らなかったが、どうやらそういう感じらしかった。

「銀行残高の値が数字をそのままに、『+』から『-』になったと考えてくれ」

 両親から受けたその説明が、生流琉にとっては一番わかりやすく思えた。それがどの程度正確な表現だったのかは今でもわからないものの、とにかく生流琉の 衣食住は激変した。

 生流琉に最もとって恐ろしい人種が、同級生から借金取りになった。しかし生流琉にとって何より大きかったのは、パソコンが普通に使える環境ではなくなったことである。

 当然ブログの更新どころではなくなったし、『ネオ・ラグナロク』の更新も追えなくなった。

 『ヴァルハラにようこそ』は一身上の都合により更新されなくなったのであって、それが『ネオ・ラグナロク』の更新頻度が滞り始めた時期と一致していたのは偶然だったのだ。

 

「───『ネオ・ラグナロク』の世界は真実に存在するロク」




 そして紆余曲折の末、命の心配はしなくても良い程度には生活が持ち直しつつあった時。

 生流琉の前に、クソラグくんが現れた。

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