第16話 第二回 調査投票議論(2)

「だから、僕は、君が、変わってしまったことが、本当に──」


 赤糸工夫と青月十三月は幼馴染で親友だった。互いが互いの日常の一部だった。

 そして日常を失った青月にとっては、ただ一つ残った『いつも』の象徴だったのである。だから青月は赤糸が喋るのを聞く内にジワジワと、彼女の内面が決定的に変化してしまっていること実感していき、そして、思わず泣いてしまったのだという。


「本当に、何だ?」


 聞き終えた赤糸は尋ね返す。昂る感情を隠そうともしない青月とは対照的に、ひたすらにドライだった。議論時間はもう残り一分を切っている。その時、青月が立ちあがって言った。


「──許せないよ。君が、暴力を振るうような、僕の家族の死を軽々しく口にするような、そんなヤツに変わり果ててしまったことが!」


 そこにはもう、悲しみではなく怒りが滲んでいた。

「青月さん」と、口を抑えた生流琉が呟く。


「決めた。僕は、たとえ僕が負けることになっても、君だけには絶対勝たせない」


「はっ、逆恨みかよ。そんな──」赤糸が挑発的に返そうとしたタイミングで、タイマーの数字が0になる。クソラグくんから音が鳴り、各々は個室へと転送された。


 

 そして。

 雄々原は無言で『投票箱』を開き、『L』に票を投じる。眼鏡を外し、眼鏡拭きで拭き始めた。雄々原の気を落ち着かせるルーティンである。


「何が起こったのだ?」


 狐につままれたような心地だった。


(まず──火種を撒いて議論時間を徒に消費させる、その赤糸君の作戦は見破った)


 だが手応えがあったにもかかわらず、話し合いは出来なかった。

 原因は明らかである。後半、いきなり泣き始めた青月の身の上話が尺を取ったのだ。明らかな脱線だったにも関わらず、だれにもそれは止められなかった。最初は聞き入っていた皆も、段々とタイマーの数字が減り続けていることを気にし始めていたが、かといって、あの流れで青月の話を「後にしろ」と切り上げさせることは、余程人間性に難が無い限りは難しい。デリカシーに難がありそうなタルトですら、それはしなかった──それこそ、赤糸くらいでなければ言い出せなかっただろう。

 そして、議論時間は食いつぶされた。

 皮肉なことに、結果としてあの状況は、赤糸の作戦通りの事態だったのだ。


(『皮肉なことに』『結果として』──いやまさか、これも火種の一つだったのか?)


 ハッとして、雄々原の眼鏡を拭く手が止まる。


(二人は昔馴染みだという話だ。赤糸君は青月君の性格を計算に含め、わざと『変わってしまった自分』をアピールし続けたのではないか? そして、どこかで青月君にこの話をさせるつもりだった。目的は依然、時間の浪費!)


 もしそれが真相だとすると、赤糸は恐ろしく計算高く、それ以上に冷酷である。


「青月君は赤糸君に強い反感を抱いている。説得すれば次からは会議に集中してもらうことは出来るだろう。いや、私は眼鏡の件で誤解をされているようだから、できれば影木君あたりから指摘してもらうのが円滑だろうが──」

 

 一方同時刻、影木も自身の個室で雄々原と同じ発想に至る。先程の自体は、赤糸の作戦通り──細く白い指を絡ませながら、影木は呟く。


「けど、そうだとしても変ねぇ」


 だが、彼女はそれを結論とはしなかった。

 そして彼女は組んだ手をバラし、指を鳴らして合言葉を口にした。


「──《ラグナ記録》、回覧」


 瞬間、影木の目の前に四角いホログラムが出現する。ずらりと文字が並ぶ縦スクロールのその画面は補助能力《ラグナ記録》、◎での会話記録が文字起こしされたものだった。



 

《ラグナ記録》

  ◎での会話記録をいつでも回覧できる。



 

 影木はジェスチャーし、画面をスクロールする。

 そうやって、先程までの会話を一言一句違わずに復習し始めた。

 ──青月「クフちゃん、君は──本当に変わってしまったんだね。さっきから、ずっと会話を聞いていて、今更になって──実感が湧いてきたよ」


(『ずっと会話を聞いていて』──やっぱそう言っていたわね。つまりジュウちゃんは、クフちゃんの目的が議論時間潰しだ、って話も聞いていたってことになる。ならあの一連の語りが、むしろクフちゃんにとって追い風になることも理解できたはず──?)


 無論、人間は感情の生き物だ。常に合理的な選択が出来る訳ではないというのはその通りであり、あの時の青月が、赤糸に加担していると解りつつも昂った心を抑えられず、時間を取って想いをぶつけてしまった。そう考えるのが自然かもしれない。


「けどそれも、なんだか開始前のジュウちゃんとキャラのイメージが違うわね」


 影木は記録を更に前、クソラグくんがルール説明を始める前まで遡る。


──青月「あの、さ。僕は読んだことあるよ、『ネオ・ラグナロク』」

 

 気絶から醒めた青月の第一声は、生流琉に助け舟を出すには絶妙のタイミングだった。まるで見計らったかのように──そして影木は、実際少し様子見をしていたのではないかと思っていた。意識を取り戻してからもすぐに何かを喋るのではなく、気絶したままのフリを継続し、情報を集めることにしたのでは?

 そう考えた影木は、だから青月に対して、強かな少女だという印象を抱いていた。


(それにタイミングが良いと言えば、今回の件もそう)


──赤糸「勝った時の話かよ、結構な自信だな。アタシも何億貰うか考えとくか」


 赤糸がわざと青月のヘイトを貯めるような言動を繰り返し、どこかで爆発することを誘ったというのは理解できる。赤糸が様々な無駄話の火種を撒いていたこと自体は事実であり、議論時間を無駄にするという作戦があったことは、雄々原の推理通り間違いないだろう。

 だがそれにしても、あのタイミングでの起爆は赤糸に都合が良すぎる。幼馴染ゆえ、こうしていれば青月がその内感情を露にするだろうという予想が立てられたとしても、そのタイミングすらもコントロールすることが果たして可能なのだろうが?


──タルト「へぇ、本当なんだ。案外そのオラついた態度もセルフプロデュースなのね」


(セルフプロデュース──演技ねぇ。自分の印象を操って、更に他人の心象までも操るなんて──そんなヘイトの時限爆弾みたいな真似が、人間にできるのかしら?)


 そもそも赤糸は態度こそ一貫して悪かったが、何度議事録を見返しても、口数自体はずっと少なかった。青月の琴線に触れたとすれば、それは赤糸発信の言葉ではなく影木達からの人物評である。赤糸工夫という人間が、青月の知るものと大きく乖離していたから、青月はショックを受けた。青月の説明では、そういうロジックだったはずだ。


(言い換えれば、僕等の反応を含め全部誘導して──ジュウちゃんを泣かせた、ってことになる? あら、もうほとんど神様ね)


 偶然にしては都合が良すぎるが、計算だとすれば──。

 影木は、画面の台詞横にあるスピーカーのアイコンをタップした。それは音声読み上げ機能。より正しく言えば録音再生機能である。文字起こしされる前の音声がそのまま流れる。


──生流琉「あの、へ、変な気がしますわ!」


 第一回調査投票の議論時間最後に生流琉が発言した言葉が、個室で再生される。


「ふふ。そうそう、問題は結局、そういうことなのよね」


 それは、特攻服に金髪という恰好の割に──などという話ではなく。

 



──生流琉「な、何かこう──赤糸さんが賢過ぎる気がするのですけれど!」

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