第15話 青月 十三月

その日、小学校の終わり。僕は、いつもの様にクフちゃんと寄り道をして、大きなバッタを追いかけるのに、いつもより少し夢中になって、気付いたら少しだけ門限を破っていた。

 二つ下の妹は、幼さゆえに素直ないい子だから、真っ直ぐ家に帰っているに違いない。


「お姉ちゃんなんだから」とか──そうお母さんに怒られるのに飽き飽きしていたから、クフちゃんと別れた後も、僕はいつもより足取り重くゆっくりと、回り道をしながら家に帰った。

 後からその話を聞いた大人の中に、運が良かったと言った人がいた。

 それは──きっと、そうなのだろう。真っ赤な夕日が沈んでいったのを覚えている。太陽が隠れて、消えて行ったのを覚えている。すっかり暗くなった中、辿り着いた家は静かだった。

 不穏。恐る恐る扉を開くと、玄関が赤く染まっていた。鼻腔を突き刺す、鉄の臭い。

 そして、その元の正体を目の当たりにした時、僕はただ──これから先の人生にもう、『いつも』なんて存在しないということだけを理解した。


 母と妹が殺された。


 殺され方があまりに惨く加虐的だったため、警察は最初、怨恨の線で捜査を始めたそうだ。だけど真相はただの物取りの犯行で、出くわした二人は運悪く殺害されたのだろうという。死体の状況はその犯人が、単にそうしたというだけの話らしい。警察はすぐに犯人を突き止めたが──既に、自宅で首を吊って死んでいた。

 父と僕は突然多くをただ失って、逃げるように遠くへ引っ越した。

 クフちゃんには何も言わなかった。僕は彼と、門限を破ったあの日以来会っていない。


 僕は、彼女に別れの言葉を告げたくなかった。「さよなら」の言葉と共に、全ての『いつも』を手放す事になるのだろうと、そんな気がして、何も言えずに姿を消した。

 触れずにいることで何かがそこに留まる気がしたのだった。



 しかし、陽は沈む──何もせずとも。

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