第14話 第二回 調査投票議論(1)

10分後、六人は個室から◎へ帰ってきた。


「議論開始ロク!」


 クソラグくんが高らかに宣言して首をゆっくり回し始める。目に見える大きな変化がひとつあった。クソラグ君の頭上に表示されるタイマーのすぐ上に、新しくホログラムが更新されていたのだ。その内容は、調査投票結果の通知である。



 

▽ 第一回 調査投票結果

      F (優先度⑥、能力名) … 6票(投票者:全員)

       

      投票結果により、Fの内容が公開されます。

       

      F → 《全知×全Knowのう



 

 頭上に掲げられたアビリティ一覧パネルを見ると、⑥という数字の右のマスからアルファベット『F』は消えており、代わりに《全知×全Know》という文字が確かに収まっていた。

 優先度⑥の能力名は──《全知×全Know》。


「良いか、次の投票先は⑥の能力内容だ。右隣の『L』を開ける」


 発言は赤糸からだった。有無を言わせないその高圧的な命令口調は、当然に反感を買う。


「あのね、さっきは時間が無かったから従ったケド、この先もあんたに命令され続ける謂れは無いっての。要は投票先を纏めさえすれば良いんでしょ」


「いや、ここは従うべきだ」


 タルトの不満を制したのは、以外にも雄々原だった。

 途端、『今度は何を企んでいるのか』と警戒が混じった視線が向けられる。雄々原には議論を誘導して他の参加者達を騙そうとした、という疑惑が向けられているのだから当然だ。

 しかし、先の投票時間で雄々原はある結論に辿り着いていた。


「正確に言えば、結果的に従うことになるだろう。赤糸君の言う⑤と⑥の能力を優先してオープンすべきだという主張自体は妥当だ。名前だけでは何もわからない以上、次にその内容が書かれたマスを開けるというのは至極真っ当な流れではある」


「だーかーら。結果そうなるとしても、言い方とかあいつに命令された形になるコトとかが気に入らないんですケド!」


「それだよ、バターアップル君。それこそが彼の狙いなのだ」


 雄々原は眼鏡をクイっとさせ、眼鏡の奥からじっと赤糸を見据えた。


「『さっきは時間が無かったから従った』と君は言った。タイマーか○パネルを見たまえ 今回とこれから先の調査投票議論時間は、先程の半分の10分だ」

 

 調査投票中、雄々原はまず如何にして自分に向けられた誤解を解くかに思考を割いた。


(──いや、待った。私は今、何を考えているのだ?)


 しかし、ふと思い至ったのである。

 この疑惑は、果たして時間を割いてまで解く必要がある誤解なのだろうか?

 不当な疑いから信用を無くしている状況、人はどうしてもその誤解を解こうとするだろう。

 だが、人は嘘を吐く。どれだけ言葉を重ねた所で完全に疑念が晴れることは無いだろうし、雄々原としても他の誰かが《アイテル》を選択して件の内通作戦を決行する可能性を否定しきれない。そして結局、投票先を纏める必要があるという結論に変わりはないのだ。

 しかも、赤糸が決めた投票先『F』は、元々雄々原が提案しようとしていたマスである。

 結果は同じだと言う気にはなれないが、考えてみれば、あくまで結果は同じなのだ。


(私は、議論が不要という説を出し、皆から反対の感情を引き出そうとした。ひょっとして、赤糸君は私と同じことをしようとしているのではないか?)


 そして雄々原は結論に至る。赤糸の目的は、話の主導権を握ることではなく──。

 

「議論時間潰しだ。赤糸君の戦略は一貫してシンプルなのだよ」


 ふふん、と、雄々原は得意げに断言した。

 だから雄々原は疑惑の弁明をしないと決めたのだ。赤糸の真の狙いは、雄々原に必要の乏しい弁明をさせ、全体の時間を浪費させることだと気付いたからだ。

 また、その狙いから今回の赤糸の言動も説明がつく。


「『F』を開けた以上、どの道今回は『L』を開けるという話になる。それを先回りして赤糸君が断定したことで、あたかも現在、赤糸君に決定権があるかのように見えてしまっているだろう。彼は、私達がそれを看過できないと想定してそう振る舞ったのだ!」


 ビシッと、雄々原は赤糸に指を向けた。


「私達が『どうして赤糸君が話を進めているのか?』で一揉め二揉めする内に10分が経過し、実のある話し合いは行われないまま、結局『L』がオープンする。そのまま三度目の会議に突入し、また別の火種で話を有耶無耶にする──そうやってなし崩し的に話を進めようというのが赤糸君の作戦なのだよ」


「じゃ何、ヤンキー女はわざと悪ぶってムカつかれようとしたってコト? ダッサ」


「あ?」


 赤糸はじろりとタルトに目を向け、続いて雄々原を睨んだ。


「違えな。好き勝手深読みしてんじゃねーよ、何か証拠でもあんのか?」


 赤糸に焦りは見えなかった。的外れな指摘に本当に呆れて苛ついているようにも見えた。その冷たい声音や鉄面皮から、感情を読み取ることは難しい。


「へぇ、本当なんだ。案外そのオラついた態度もセルフプロデュースなのね」


 しかし、タルトは確信を得たように言うと、ここにきて初めて笑みを見せる。

「そうね」と、ここで影木も口を挟んだ。


「今の発言、私には証拠ってキーワードでこの話題を掘り下げさせようとしていたようにも聞こえたもの。疑われている立場とは矛盾するようだけど、イイメちゃんの推理が当たっているなら違和感はないでしょう。クフちゃんは、この状況も利用しようとしているのかしら?」


(む、そうか、それは盲点だった! 危ない、また誘導されていたのだな)


 更に赤糸を追及する気でいた雄々原は、影木の指摘で新たな罠に気付く。

 赤糸の目的が逸れた話題で時間を浪費させることにあるなら──その話題自体をこれ以上広げることでも、目的は達成されるのだ。

 赤糸は無言で腕を組み、影木を睨む。しかし赤糸が今から更に反論を口にしたところで、それも議論潰しだと一蹴されるだけである。或いは、全員の疑いが確信に変わるかもしれない。だから赤糸は喋れない。勝手に的外れなことをしていろという体で、沈黙に徹する他なくなったのだ──そしてこの時点で、タイマーはまだ5分以上を余していた。

 影木が音を鳴らして手を合わせ、注目を集める。


「それじゃあ、まずは多分クフちゃんがされたくないことしましょう。今回の投票先は『L』に固定で良いとして──」


(げ、この腹黒女、しれっと話を進める立場に立ったわね)


 タルトは思ったが口にはしない。正確には出せなかった。

 開始前に生流琉を孤立させようとした時と同じく、共通の敵を置き、団結を図るのが影木のやり方なのだろう。非常に巧妙で、陰湿だとタルトは思った。だが余計なことで揉めて時間を浪費させるのが赤糸の目的であるという前提が喧伝された今、影木の立場に真っ向から文句を言うことは、間接的に赤糸の味方をすることになる。


「次以降の投票先について、今のうちに話しあっておきましょう。三回目の投票は、きっと⑤の能力名『E』を開けるか、『R』──そのまま⑥の参加者まで明らかにしてしまうかの二択。きっと、これは揉めるでしょうね。ここをなし崩しでクフちゃんに誘導されるのが、私は一番良くないと思うの。『L』で止めるか、『R』まで開けるか──そこが、この◯というゲームのターニングポイントじゃないかしら」


 影木が語る言葉に、雄々原は「うむうむ」と頷く。赤糸の狙いを看破したのは雄々原だったが、自身に対する疑いの弁明をしないという選択を取った以上、全員を騙そうとした前科は払拭されていない。したがって、話の舵を取れる人物は残りの四人の内の誰かだったのだ。

 その事にいち早く気づき、ハイエナのように主導権を奪ったのが影木──それがタルトの見立てである。


(──ま、私は別に良いケド。割と好都合だし)


 タルトには、ある武器がある。そしてその武器を最大限活用するには、全員からなるべく多くの発言を引き出す必要があった。引き出す役割自体は影木で問題無い。むしろ、どうしても口が悪くなるタルトよりもうまくやるだろう。


『お喋りな馬鹿なんて好都合のがいるんだから、喋らせてボロ出させた方が得でしょ』


 言葉は本心だった。そして現状──碌に喋っていない参加者が二人いた。

 そのことには当然、影木も気が付いている。


「ジュウちゃんとシキルちゃんはどう思う?」


 影木がその二人の顔を交互に見やり、タルトと雄々原もそれに続いた。瞬間、時が凍り付くような衝撃が走る。生流琉は、慌てた顔で青ざめており──そして青月は、泣いていた。


「む?」


「え?」


「は?」


 青月は涙を流しながらも、円卓の下で手を強く握って声を抑えている様だった。生流琉はその様子を見てあわあわとしていたらしい。そして、困惑しながらも影木がなんとか声をかけようとした時、青月が口を開いた。


「クフちゃん、君は──本当に変わってしまったんだね。さっきから、ずっと会話を聞いていて、今更になって──実感が湧いてきたよ」

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