第13話 第一回 調査投票議論

(うーむ、質問は間に合わなかったか。仕方ない)


 視界が見覚えのあるものに切り替わった時、雄々原は自然に気持ちを切り替えた。主催者に動機を尋ねようとしたのは興味本位の脱線行為であり、拘泥するつもりは無かった。


「それじゃあ議論開始ロク!」


 そして、転送から少しの間も置かずにクソラグくんの宣言が入る。

 舞台は再び個室から◎へ。六人は元の席に座していた。

 ◎には変わらず頭上にパネルが、円卓の中心にはクソラグくんがあった。だがそんな風景にも少し変化がある。まず、クソラグくんの頭上にホログラムでタイマーが表示されていた。


(角度的に見え辛いな)


 雄々原の懸念は直ちに払拭された。クソラグくんの首がゆっくりと回転を始めたのだ。

 六人は首を回すクソラグくんと順番に顔を見合わせることになり、そのタイミングでタイマーは正面を向くわけだ。ただフクロウのぬいぐるみとはいえ、議論中首が一方向に回転し続ける様はやや猟奇的な江連である。そんな風に思うのもまた、脱線に他ならないのだろうが。

「キッショ」とタルトも呟いた。雄々原と同じ感想を抱いたらしい。

 雄々原は正面に回ってきたタイマーの数字を確認した。パネルにあった通り初回の議論は20分であり、カウントダウンは既に始まっている。あまりのんびり出来るタイムスケジュールではない。雄々原は席から立ち上がり、生徒会長らしく声を張った。


「失礼、最初に話しておきたいことがある!」


「わっ」と、眼鏡の一件から雄々原への警戒心を高めていた青月が反射的に仰け反った。


「む、気を付けたまえ、また頭を打つかもしれんぞ」


 他人事のような、それでいて本心の労わりを挟むと、雄々原は言葉を続ける。


「そもそも、私達が議論する必要はあるのだろうか?」


「は? 何それ、どういうコト」


「言葉通りだ。ルールを読む限り、私達は必ず九回の調査投票と一度の最終投票を行うのだろう。そしてその間に投票先について議論する時間が設けられている訳だが、この議論の時間に必ずしも話し合いをする必要はないのではないかね」


「えーと? 議論時間に、議論をしない?」


 生流琉が首を傾げたところで、影木がフォローを入れる。


「言いたいことはわかるわ。極端な話、今から私達が互いに一言も言葉を交わさなくても、ゲームそのものは成立するという話でしょう?」


 雄々原が頷くのを確認し、影木は続けた。


「投票先についての議論というのは、要は次の調査投票でどこ入れるかの意思統一。けど、そんなことしなくても、私達が思い思いに投票すれば良いということなのよ。『調査投票の結果複数のマスが最多票を得た場合、そこからランダムに一つが公開される』──どれだけ投票先がバラついても、毎回何かしらが絶対にオープンするわ」


「なるほど、尤もか。確かに僕達が議論しようがしまいが、最終的にアビリティ一覧の18マスから9マスが明かされるという結果は変わらないね」


「う、うーん、そうですわね?」


 青月が納得した様子を見せると、生流琉も首を捻ったまま同意を示した。

 雄々原は神妙に頷き、更に持論を展開する。


「また、話し合って全員が納得する投票先など原理上有り得ない。現在投票できる先はA~Fいずれかの能力の名前だ。私達は皆、自身の能力の情報が晒されることを嫌うはずだろう。名前が公開された後には能力の内容が、その後には自身の名前が明かされる危険が生じる。そして全てが公開されれば、最終投票時の脱落が決定的になるのだから」


 雄々原は円卓に両手をつき、ぐるりと見回す。


「諸君。性質上、この話は最初にするべきだと判断した。これを踏まえた上で、調査投票の先を議論で統一する必要があるか否か。皆の意見が聞きたい」


 即座に、影木がすっと手を挙げた。


「ね、イイメちゃんが言うことも解るけど、私はちゃんと議論したいわ」


「ふむ、理由は?」


「だってその方が面白そうでしょう?」


 本心の見えない少女は、クスクスと笑うように指を口元に添えながら、言った。


「話し合いの結果票がまとまらないのはともかく、ずっと何も喋らないのはつまらないわ。あと──ルールに議論と書いているのに、可哀想な気がしない?」


「む、可哀想とは誰がかね」


「このルール、というかゲームの製作者」


(予想外の切り口だな)


 薄ら笑いを崩さない影木の真意は汲み取り難く、どの程度本気で言っているかわからない。


「は? 面白いとかつまらないとか可哀想とか何? ふざけてるワケ?」


 タルトの不満は当然だった。影木の意見は何か独特な視点に立っており、雄々原が言った議題の趣旨からは少し外れている──外れてはいるが、しかし、それは期せずして雄々原が抱いた『脱線の』疑問に帰属する意見だった。


(制作者の意図を汲む、が。重視するなら、ルールに『投票先について議論』とある以上そうすべきなのだろうが──果たしてそういうご機嫌取りめいたことは必要なことなのか? 私達に一体何のメリットがある?)


 頭ではそう思いながらも、個室でのラスト1分、切り替えたはずの興味が再燃した。


──勝ち残れば願いが叶う人の死なないデスゲームを開催する動機とは何か?


──クソラグくん、或いはその裏にいる黒幕は、どうしてこんな事をしているのだろうか?


 雄々原は少し、影木の話を掘り下げることにした。


「影木君、実に面白い意見だが、それは目的も不明な顔も見えない製作者の感情を憶測で補い過ぎていないか。所謂黒幕という存在が、私達がゲームの本旨に沿うことを重視していない可能性もあるだろう」


「それはないわ。だってクフちゃんが脱落になっていないもの」


「あ?」と、青筋を立てた赤糸が威圧的に声を発した。「あら」と、影木は手を横に振る。


「挑発している訳じゃ無いの。けど、裁定が優しすぎると思わない? 明示してなかったからといっても、暴力禁止がルールにある訳だし、本来ならジュウちゃんを気絶させたクフちゃんは問答無用でアウトでもいいと思うのよ。そもそも初手でルール違反って、本来デスゲームものなら見せしめの前振りでしかないわ」


「ふむ、そういうものなのかね」


「! ええ、『ネオ・ラグナロク』一章でもヴァルハラで『誰が殺し合いなどするものか』と啖呵を切ったキャラクターが、次の瞬間──!」


 生流琉に手でストップをかけ、影木は続ける。


「ふふ、テンプレ展開ね。今回は人が死なないデスゲームらしいけど、それにしても脱落させれば良いだけよ。けど黒幕さんはそうしなかった。その理由は何かしら?」


 影木は首を回し続けるクソラグくんに人差し指を一本向けた。


「例えば──六人用のゲームを準備したのに五人になったら困るから、とか」


 あらゆるゲームにはプレイ人数が設定されており、時には人数に合わせて、ルールを調整しなければならない。百人でやる予定だったものを六人でやっても仕方がない。

 そしてそれは、時に六人用のゲームを五人でする場合も然りである。

 クソラグ君は答えず、無言で首回転を続けていた。


「もしそうなら、黒幕は◯のゲームとして成立することを重んじている。加えて、それは誰かに見せる為じゃない。参加者達の殺し合いがどこかに中継されている、なんてデスゲームではありがちだけれど、それなら尚のこと公平性に疑問が生まれる裁定は出し辛いはずよ。ならやっぱり、クフちゃんは脱落が妥当」


「ふむ」


 ──『……だああああああぁぁっ! 面倒臭ぇロク!』


 雄々原は、クソラグくんが怒った件を想起した。生流琉が原作との相違点を指摘し、納得した雄々原が賛同したという流れだ。あれは心からの怒りだったように思う。


(黒幕はこのゲームに拘りと思い入れがある、か)


 黒幕の目的は不明だが、少なくともその『前提』に『ゲームの成立』があるのは間違いなさそうだ。雄々原の中で何かが腑に落ちた。


「あの裁定は、公平性よりゲーム性を優先させた柔軟なもの。だから黒幕の目的は私達にこのゲームを楽しんでもらうこと──どうかしら、そう考えると気の毒にならない? 黒幕さんがそれだけ頑張ってくれたものなのに、議論時間に話し合わないなんて」


「馬鹿らし、想像に想像を重ねてるだけじゃん」


 影木が結論を言い終えると、苦々しい顔をしたタルトがそれを無慈悲に一蹴した。


「ふふ、ま、その通り。今のは私の妄想よ。それで、そういうタルトちゃんはどっち派?」


「議論する派、あんたみたいに電波な理由じゃないケド」


 タルトは思いっきり馬鹿にした目を生流琉に向けた。


「お喋りな馬鹿なんて好都合のがいるんだから、喋らせてボロ出させた方が得でしょ」


「ひぇっ」と青ざめた生流琉が悲鳴を上げた時だった。

「残り10分ロク!」とテーブルの中心から声が上がった。

 クソラグくんの頭上を確認すると、確かにその通りに数字が表示されている。


(む、脱線しすぎたか。赤糸君はともかく、青月君や生流琉君からも回答が欲しかったが──時間がない)

 

 議論の必要性という話題を提起したのは雄々原だ。

 だが実際の所、彼女自身は最初から投票先についての議論をするつもりでいたのである。議論時間に議論しなくても良いなどという屁理屈は、感情的に否定されるに決まっている。

 そんな雄々原が議論など不要ではないか、などと言い出したのには理由があった。

 その感情的な否定こそが欲しかったのである。


(私の経験上──あらゆる議論で重要になってくるのは『互いが話し合いを望んでいる、前向きである』という前提。その意識を共有しているか否かで、円滑さがまるで異なってくる)


 人間は感情の生き物である、だから雄々原は、様々な場面でモチベーションを重視する。

 敢えて最初に議論を否定することで、他の五人から議論に積極的な姿勢を引き出すことが目的だった。いわば、他者から宣誓の言葉を引き出すようなものである。

 それは生徒会長を務める雄々原が持つノウハウの一つだった。彼女が最も懸念する展開は、話し合いが中盤、終盤に差し掛かった際に、何名かが議論をボイコットすること──そしてその展開は、仮に雄々原が「議論をしよう」と呼びかけたとて、避けられるものではない。

 今日会ったばかりの人間の言葉で他人を縛るのは難しい。

 だが、自分の言葉なら話は別だ。だから、「議論がしたい」と言わせたかった。

 それだけに、一応感情による否定ではあるものの『制作者が可哀想』という妙な視点から語られた影木の話を掘り下げ、時間を割いたのは目的からはズレていた。雄々原の興味が黒幕のモチベーションの方に向いてしまった。その結果、狙いは半達成である。


(まあ、仕方ない。『議論を望む意見が複数ある以上、話し合うべきか。時間を取って申し訳ない』と宣言し、ここからは調査投票先について話し合う)


 しかし──雄々原が話題を移そうとしたタイミングで、意外な人物が口を開いた。


「茶番はもう良いだろ。結論は『議論する』の一択だろ」


 赤糸がそう強く断定したのだ。雄々原の目的に沿った一言である。


「どういうことかな? 今の君は、製作者に気を使って、なんてガラじゃないよね」


 突っかかる青月を睨み、苛立たし気に赤糸は告げる。


「チッ、馬鹿共が。少し考えりゃ解んだろ。議論で投票先を統一せずに各々の意思に任せる? さっきまで自分が何を選択してたか忘れたのかよ」


 さっきまで何を──影木がパンと手を合わせた。


「ああ、そっか──補助能力の《アイテル》」

 

 

 

 《アイテル》

   自身の個室から別の個室に通信することができる。

 

  

 

「??」


 ぽかんと口を開ける生流琉を除き、その補助能力の名前を聞いたことで、皆徐々に赤糸の言わんとすることを理解し始めたらしかった。


「賢いわね、クフちゃん。確かに議論時間に誰も何も喋らなかったとしても、《アイテル》を選択した人は投票時間で会話ができる。そんなの──不正投票の温床よね」


「あ、あの、不正とはどのように?」


 恐る恐る手を挙げて尋ねる生流琉に、影木が答える。


「例えば、イイメちゃんの言う通りに、議論時間を黙ってやり過ごそうって話になったとするでしょう? そこで補助能力に《アイテル》を選択した私が、裏でシキルちゃんとイイメちゃんと内通して、自分たち以外のところに投票しよう、って決めたとする。そしたら、バラバラに投票が行われる中で僕等の三票が毎回一か所に固まるの。私達内通組が空けたい先のマスが毎回ほぼ確実にオープンすることになるわ。それを繰り返せば、自分達以外の能力マス9個を開け切って最終投票に進める。クフちゃん・ジュウちゃん・タルトちゃんの三人は優先度との組み合わせまで全体に公開されてほぼ脱落、一方私達の能力マスは未公開のまま」


「つまり、利害の一致による共闘──?」


「そういうこと。ふふ、よく出来ているわ。可哀想とか失礼なこと言っちゃったわね」


 楽しげに言う影木。その一方、雄々原は頭を急いで動かしていた。


(確かに、表立って票を纏めなければ、裏で起こる結託を防げない──のか? だが)


「いや、その共闘はまず、協力者同士が互いに優先度を教え合う必要がある。そんなことをすれば共闘相手から最終投票で投票を食らう。協力関係など成立しないのではないかね?」


 雄々原の指摘に答えたのは赤糸だった。


「このルールは最終投票で過半数──つまり六票中、四票を獲得しない限り脱落にはならねえ。逆に言や、三人までになら自分の優先度がバレても即負けにはならねえんだよ。最終的に残りの二人を騙せてりゃ、あとは自分が違う場所に入れるだけで三票までしか入らねえ」


「その作戦、ハブいた連中が一人でも当てずっぽうで正解に投票したら脱落だケド」


 タルトは小首を傾げて唸った。


「でもコレ、協力者の数を絞るごとに確率が下がるのね。自分含む三人での協力、ひょっとして現実的なライン? 残る三人の内、二人から当てられる確率はそう高くない──三人を確実に脱落させられるなら、優先度を教えるリスクとも釣り合いそう」


 雄々原の頬を冷や汗が伝う。嫌な予感がした。そもそも雄々原は客観的に見て投票先を揃えるべき理由があるとは思っていなかったのだ。議題を提起し意見を集ったが、理屈ではなく感情が集まると想定していた。あくまで議論を円滑に進めるための下準備の予定だった。


 ──『そもそも、私達が議論する必要はあるのだろうか?』


 雄々原は最初から投票先についての議論をするつもりでいた。だが、他の者達がそれを知る由は無い。これではまるで──。


「なあ変態眼鏡、アタシは言ったよな。茶番はもう良いか、ってよ」


 材料は揃ったとばかりに、赤糸が尋ねる。


「お前、補助能力何にした?」

 

(──まるで、私が《アイテル》を使用し皆を謀ろうとしたかのようではないか!)


「違う、君達は誤解している。私の補助能力は《能力ガチャ(改)》だ!」


 雄々原は正直にそう申告した直後、それを証明する術がないことに気付き愕然とした。雄々原に向けられる視線は、生流琉に眼鏡を渡した時よりも冷たくなっている。


「はっ、どうだか。実はこん中に、既に《アイテル》でコイツに話を持ち掛けられたって奴がいんじゃねえか? 最初から優先度を教えるのはリスキーだが──『一回目の議論時間にこの先議論を行わないという提案をする。提案が通れば互いに優先度を教え合って協力して欲しい』ってな具合ならどうだ、あり得るだろ」


「なるほど。もしそうなら、面白いこと考えるわ」


「待った、『そういう可能性がある』という話が『そういう企みがあった』という話にすり替わっているぞ! 本当に《アイテル》の件には気付かなかったのだ! 私は──!」


 雄々原は懸命に弁明の言葉を探すが、すぐには『これだ』というものが出てこなかった。

 何せ、理論的には正しいが感情から否定されるだろう提案を敢えてしたつもりだという真実は、真実であるが故に複雑だった。納得の伴う説明をするには、明らかに時間が足りない。

 加えて、後ろめたいことがないでもないという事情もある。雄々原が議論の流れを円滑にする仕込みを行ったのには、話し合いで主導権を握るという奥の目的もあったのだ。


「残り一分ロク!」


 その時、駄目押しのようにクソラグくんからの宣言があった。


「まぁ良い、どの道お前の計画は失敗だ。それより時間がねえ、投票先を統一すんぞ」


(! まさか、言い出す時間まで見計らっていたのか? 疑念を向けて直後に話題を継続する理由を奪う、私に弁明の機会を与えないつもりだ──!)


 いつの間にか赤糸が議論の主導権を握っている。開幕に暴力で失格になりかけた挙句、目を覚ました幼馴染に暴言を吐いた女が、話の舵を取っている。


「投票先は『F』だ、⑥の能力名を開ける。理由は注意事項の(1)──『◯中、優先度①~④の能力は使用できない』。逆に言や、優先度⑤と⑥の能力は今も使えているってこった。まずは目先の脅威──アタシ達が何の能力の影響下にあるかを明らかにする! 不満はねえよな? ⑥の奴以外はよ」


 赤糸は極めて強引に話を進めたが、異を唱える声は出なかった。言葉遣いは粗暴だが、その発言は実に巧妙に組み立てられている。誰も『どうしてお前の言うことを聞かなきゃいけないんだ』とは言い出せないだけの要素が揃っていた。

 赤糸の派手な特攻服は、その背に派手な刺繍で物騒な漢字が幾つも書かれていた。もし彼女が何らかの集団の中にいたのなら、一際目立つことだろう。ひょっとすると、彼女にもまた──雄々原と同じ、リーダーの経験があるのかもしれない。

 とにかく、雄々原は追い詰められた。投票先を統一する必要性が既に周知されていること、残り僅かな制限時間という条件──そこに加わる投票先を『F』にすることについての客観的に妥当な説明と、駄目押しの『これに異を唱える奴は優先度⑥である』というレッテル。

 しかし時間が残り十秒を切ったところで、思い切った声が上がる。


「あの、へ、変な気がしますわ!」


 声の主は生流琉だった。一体何を言うつもりかと、赤糸は目を見開いた──が。


「な、何かこう、赤糸さんが賢過ぎる気がするのですけれど!」


「あ?」


 その空虚で無意味なやり取りが最後だった。クソラグくんからピーっと音が鳴り、六人の意識が遠ざかる。次の瞬間、彼等は再び狭い個室で、机に置かれた端末と向き合っていた。

 

「やられた」


 雄々原は片手で眼鏡を覆うように抑えながら、ため息を吐いた。

 赤糸の雄々原に対する発言を仮に推理とするのならば、それは的を外している。だが、そんなことは問題ではないのだ。僅かな時間では弁明できない疑いをかけること、そのままなし崩し的に話を進める立場に立つことが、赤糸の目的だったのだろう。


(どの時点で考えていた? 私が議論の必要性を投げかけた時点で、既にこの図を頭に描いていたのか? とにかく最後に生流琉君の言った通り、彼女は非常に狡猾だ)


 雄々原の能力コールドゲームの優先度は②であり、⑥の能力名『F』に投票すること自体には異論がない。それどころか雄々原も、赤糸が言ったのと同じ理由で、議論後半『F』に投票する提案をするつもりでいた。だが、結果は同じだと言う気にはなれない。


(仮に先程赤糸君が投票先に宣言したマスが②の能力名『B』だったとしても、私に抵抗する術は無かっただろう。いわゆる詰み。あれは、そういう状況だった)


 今、ゲームの主導権は赤糸工夫が握っている。

 だが、最終的な勝利まで諦めるつもりはなかった。雄々原にはモチベーションがある。人類すべてに眼鏡を掛けるという内なる焔は、未だ強く燃えていた。


 ──『黒幕の目的は私達にこのゲームを楽しんでもらうこと──』


(頭を使う遊びは、嫌いじゃないさ。面白い)


 雄々原は端末を手に取り、『投票箱』を開いた。今回は三つの補助能力ではなく、アビリティ一覧の表が表示される。その中で現在選択可能なアルファベットが6つ、青く光っていた。雄々原は『F』をタップし、決定を押した。


(とにかく、誤解を解いて信用を回復しなくては。この投票時間で、端的かつ説得力のある理屈──私の潔白を証明し得る言葉を用意する。赤糸君の提言に穴はないか? いや、人間はミスをする。今回証明すべきは私に『そうする意図は無かった』ということ、作戦自体に難があったとしても、私がそれを見落としていたという反論が──)

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