第9話 6人 ~自己紹介~

「雄々原色々女。好きなものは眼鏡だ、よろしく頼む」


「え?」


 青月のもっともな疑問に対し、最初に飛んできたのは自己紹介だった。彼女達はまだ互いの名前を知らず、雄々原の名前が出たのはここが初めてである。青月は記憶を辿り、名乗った白学ランが赤糸に突き飛ばされていた少女だと思い出した。次いで、疑問への回答があった。


「ちなみに、君に眼鏡を掛けたのは私だ」


「え、な、何、何が目的で!?」


 更なる混乱と脱線が起こりかけた時、クソラグくんが言った。


「よし、丁度良いロク。順番は前後するけどお前達、ここで自己紹介するロク」


「は? ルール説明は?」


 タルトの不満の声にもクソラグくんは怯まず返した。


「必要な手順ロク」


 かくして、ようやく彼等は互いに名前を教え合うことになった。影木無子、青月十三月、生流琉死殺、ハニータルト・バターアップル──そして最後が赤糸工夫。不機嫌そうに名を告げる赤糸に、改めて青月が追及の手を伸ばす。


「クフちゃん、だよね」


 一拍の間を空けて、皆それが、工夫という下の名からきた愛称だと気付いた。気絶した女とさせた女は知り合いだったのだ。赤糸は否定も肯定も返さない。


「む、知人同士だったのか。では、あの一連のイザコザは一種のスキンシップだったのかね?」


「あら、そうでしたの! 私もたまにお友達から似たことをされていましたわ」


 そんな中影木は、赤糸と青月の言動に深く注意を向ける。あの気絶騒動には引っ掛かる点があった。青月は無反応の赤糸に対し、更に言葉を投げかける。


「クフちゃん。僕だ、『ジュウちゃん』だ。小学生の時一緒だったろ、僕は途中で転校しちゃったけど、僕等はずっと友達だ、今だってそうだよ。……君が、その、髪を染めたり、ピアスしたりするようになったのは、正直意外だった。けど君は人に暴力を振るうような奴じゃない。僕が気絶したのは事故だし、久々で僕に気付かなかったんだろう?」


「ああ、思い出したぜ。お前──」


 青月の熱の籠った呼びかけに、返ってきたのは冷たい声だった。赤糸は心底どうでも良いと言わんばかりに眉をひそめ、何でもないことのように言い放つ。


「押し入り強盗だかに家族皆殺しにされた青月か」


 耳を疑う様な話だった。だが直後にガタっと椅子から立ちあがった青月の表情を見て、誰もが赤糸の言葉が真実であると確信する。


「なんだその顔、もう過去の話だろ。アタシぁ、犯人は捕まる前に首吊って死んだって聞いたぜ」


 赤糸はまるで怯まず、吐き捨てるように言った。


「執着してんじゃねぇ。アタシとお前がダチだったのも、お前の家族が死んだのも過去の話だろ」


「赤糸君、だったね。いい加減にしたまえ」


 見かねた雄々原が声を上げ、眼鏡越しに赤糸を睨む。


「事情は解らないが、君は今ひどい事を言っているぞ」


「あ? 解らねえならしゃしゃり出るなよ、変態眼鏡が」


「こら、眼鏡に妙な言葉をつけるな!」


 微妙な空気の中、「はい」と影木が手を上げた。


「つまり、クフちゃんとジュウちゃんは昔の知り合いだった。クフちゃんは気付かずジュウちゃんに絡んで、気絶させてしまった。そして話を聞いている限り、クフちゃんはもうジュウちゃんの事を何とも思っていないらしい。そういうことでいいのね?」


 赤糸からも青月からも返答はなかったが、沈黙は肯定に等しかった。だがそれが正しいとすると、影木の覚えた違和感には答えは出ず、むしろ謎は深まることになる。深堀しようと影木が口を開きかけたタイミングで、生流琉が言った。


「あの、青月さんの叶えたい願いは、ひょっとしてご家族の──」


 ゲームの勝者はあらゆる願いが叶う、全てはその謳い文句から始まった。

 生流琉の言葉に青月はコクリと頷くと、クソラグくんへ尋ねる。


「クソラグくん。勝者になれば死んだ人間を蘇らせることも可能、だよね?」


「問題ないロクよ。金でも愛でも殺人でも死者蘇生でも世界平和でも世界征服でも、何でも叶えてやるロク。その辺は全部原作通りロク!」


「そう、ありがとう。原作通り、か」


 青月と生流琉の視線が交わる。『ネオ・ラグナロク』を知る者だけが、クソラグくんの言葉の意味を真に理解できていた。だから生流琉は問い掛けるように青月を見て、青月は頷き返す。

 願い事を叶えるというアイテムや力は様々な物語に登場する。それらには万能を謳うものも多いが、決して全能ではないというパターンも多い。叶う願いに制限があることもあるし、歪んだ形で願いが叶うという場合もある。そして『ネオ・ラグナロク』はその複合のような形だった。つまり、大抵の願いは普通に叶うのだが、一部の願いに関しては歪んだ形で叶う。

 ──死者蘇生はその一部の例外の一つだった。


(確か、二章と五章だったかな、勝者が死者の蘇生を願ったのは)


 青月は『ネオ・ラグナロク』読んだ時の記憶をたどる。

 細かい流れは覚えていなかったが、物語の肝となる部分は印象に残っていた。


(死んだ者が蘇りはしたけど、不幸で皮肉な結末が待ち受けていた。作者の思想の反映か、とにかく『ネオ・ラグナロク』では、復活した死者は不幸になるという世界観だった)


 クソラグくんは原作通りと言った。仮に青月が家族を生き返らせることを望めばそれは叶うのだろうが、その後死んでおいた方が良かったという目に遭う、ということだろう。


(クソラグくんの言葉はつまり、僕への遠回しな警告か。随分優しいね。とはいえ、原作を読んでいない人達には伝わっていない。僕が家族を生き返らせようとしていると考えるはずだ)


 青月は、強かな少女だった。そして後頭部の痛みも引き、頭は冴え始めていた。かつての友人が無遠慮に傷を掘り返すガサツな女になっていたことにショックを受けたのは本当で、しかし同時に、この話題が自分にとっての追い風になる可能性にも気付いている。

 不幸な背景と切実な願いは同情を引く──利用できる。五人の内誰かに『青月十三月が勝つべきだ』と思わせることが出来るかもしれない。またそこまではいかずとも、善心がブレーキとなり、青月への攻撃を躊躇させられる可能性はある。

 青月十三月はまっすぐ、勝利だけを目指していた。


「はっ、勝った時の話かよ、結構な自信だな。アタシも何億貰うか考えとくか」


 青月が打算していると、赤糸が憎まれ口を叩いた。青月は赤糸を睨む。二人の間にかつてあったらしい友情は、外様から見ても、今や欠片も存在しないように思えた。


「茶番はもう良いから、そろそろ進めてくれない? 自己紹介は終わったでしょ。私あんた達の参加したワケなんてどうだって良いんだケド」


 再びタルトがクソラグくんを急かした。彼女の前に積まれていた大量のお菓子はもう殆どなくなってしまっている。話が進まないことに相まって、相当不機嫌になっているようだった。

 ともかく、自己紹介は終わった。


「最初に決戦について説明するロク!」


 クソラグくんは咳払いすると、首を360度回転させ、テーブル中央から六人を見渡した。


「君達の手には、自分の名前、能力名、能力優先度、そして能力の内容が記されているロク! 内容はもう確認したロクね。能力については、アニメ・漫画・ラノベとこの手のアレが溢れた時代には説明不要だと思うロク。スキルとか超能力とかスタンドとか──要はそういうやつロク!」


 雄々原を除く五人が頷き、少し遅れてやや自信なさそうに雄々原が頷いた。

 気絶していた青月も含め、参加者全員が既に自分の能力は確認済みである。個別の能力に関する疑問は後に他者に話を聞かれない状況で質問の機会を設けるが、答えない部分は多いだろうとクソラグくんは付け加えた。実際に使い確かめろということらしい。


「決戦では、今君達がいる◎から街一つ程度の広さの戦場に、バラバラの位置へ転送されるロク。そこでお前たちには僕が与えた能力を使って、ただ一人になるまで殺し合ってもらうことになるロク。あ、もちろん本当に死ぬ訳じゃないロクよ? こっちでの死は現実世界での死にはならないロク。ここまでで何か質問はあるロク?」


 雄々原が真っ直ぐに挙手した。クソラグくんの翼に指され、口を開く。


「失礼。私はこういった文化に疎いのだが、能力というものは何となく理解できているつもりだ。しかし優先度がわからない。この数字は何かね?」


「ざっくり言うと複数の能力が同じ事象に働きかけるような事態に参照する数値ロク、基本的に数字が高い方が優先されるロク」


 例えば矛盾──『何でも貫く矛』と『何でも防ぐ盾』がぶつかった時、どちらの能力が優先されるのか。その答えを導くための値が優先度である。矛が高ければ盾が壊れ、盾が高ければ矛が壊れる。すると、結果に矛盾は生じない。


「まぁ、それそのものは内容に矛盾が生じた時くらいしか出番がないロク。けど、その性質上、決戦では毎回全ての能力には別々の優先度が振り分けられるロク。今回も①から⑥までの数字を君達の能力に分け与えているロクが、つまり優先度は能力の通し番号としても運用できるロク。そしてネタバレすると、今回はその特性が大いに関わってくるロク」


 そしてクソラグくんは、他に質問は無いかとまた首を回転させる。参加者達に挙手の気配は無かった。決戦の説明は、未読者が『ネオ・ラグナロク』のジャンルが能力バトル・デスゲームであるという情報だけからでもある程度推察できるようなものだ。

 肝要なのはここから先──クソラグくん説明を再開した。


「それじゃあ、特殊ルールに移るロク!」


「特殊ルール?」


 青月が首を傾げる。その単語が出たのは彼女が気絶している時だった。


「そうロク。今までしてきたのは決戦の説明ロク。けど今回は決戦の前、君達に戦う資格を問うロク。その為に、君達には今から議論をしてもらうロク!」


「え、議論!?」


 生流琉も驚きの声を上げた。演技にしては真に迫っている。短い付き合いながら、誰も彼女にそういった器用さを見出してはいなかった。その驚きは本物なのだろう。

 原作を知る者すら知らないことが、これから起こる。


「君達にはこれから、ここ◎で、互いの能力を探り合ってもらうロク! そして自らの能力を暴かれた愚者は、決戦へ進むまでもなく敗退。つまり棄権となるロク!」


 クソラグくんが飛んだ。翼をはためかせパタパタと上方へ飛んだ。参加者達は釣られて顔を上げる。天井付近まで昇ったクソラグくんは、そのまま付近の壁に両脚を突き立てるように当てた。そしてデフォルメされた足から鋭い猛禽の爪が飛び出し、何かを掴む。

 そのままクソラグくんは壁に沿って空中を旋回する。足で掴んだ何が、同時にビリビリと剥がれていった。掴んでいたものは真っ白な紙だ。天井付近の壁に埋め込まれていたものを隠すための壁紙だった。クソラグくんの飛行と共に、下にあったものが剥がされ露出する。真っ白な丸い壁の上部にだけ異色の──文字通りの異色のものが現れた。

 それは、緩やかに凹んで歪曲した三つのパネルだった。◎の天井近い壁には、囲むように三つのパネルが埋め込まれていた。

 パネルというのはつまり、バラエティで目にする様な、大きなフリップボードのことだった。

 三つにはそれぞれ大小様々な文字が書き込まれており、その上部にはひときわ大きな文字でそれぞれの名が書かれている。

 

 

 

 ──アビリティ一覧

 

 

 

 ──サブアビリティ一覧

 

 

 

 ──◯パネル

 

  

 

「見えないと言う者には眼鏡を貸し出すぞ!」


 チャンスとばかりの雄々原を除き、全員が無言でパネルに目を走らせる。やがて剥がし終えた白く長い紙を持ちったクソラグくんが、滞空したまま意気揚々と宣言した。

「それじゃあ、今回の特殊ルール──【◯《エンタク》】について、説明を開始するロク!」

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