第二章 ルール説明篇

第10話 ◯ ~エンタク~

 クソラグくんはまず、三つのパネルの中で最も多くの文字が書き込まれている◯パネルの、前半部分まで読むように指示を出した。

 パネルは更に『・注意事項』へと続いていたが、クソラグくんはその手前まで読むように言った。一読しただけでは不明点も多い。六人はクソラグくんの言葉を待った。


「まず用語解説ロク。パネル中の【】で挟んだ単語が一般的ではない用語ロクね。けど【能力】とか【戦場】とか【決戦】とか、あと【◎】については周知ということで省略するロク」


 青月は内心で頷く。


(そう、その辺はもうこの場所では共有されているみたいだし、そもそも原作にあった概念だ。──一応、ヴァルハラは普通にカタカナ表記だった気がするけど)


 「◎」とは、恐らく丸い部屋の中央に丸い机が置かれている此処を、上から見た象形で表しているのだろう。この場所を、どこまでも続く真っ白な空間という設定の原作版『ヴァルハラ』と区別する、ある種のこだわり。

 だとすれば表記の揺れ自体にそこまで意味は無いはずだ。


(けど、残りの用語は初耳だね。◯とやらがルールそのものを表しているにしても)


 アビリティ一覧、サブアビリティ一覧、個室、補助能力、調査投票、最終投票。

 全て、青月の記憶にはない単語だった。青月が持つ『ネオ・ラグナロク』の記憶は生流琉ほど鮮明ではなかったが、そう曖昧なものでもない。青月は、それらは原作に登場していないオリジナルの単語だろうと考えた。


 特に、補助能力なんて重要そうなものが登場していたのなら、流石に覚えている。


(二つの『一覧』はパネルの名前ってことだろうけど)


 すると、丁度青月の心を読んだようなタイミングでクソラグくんが言った。


「まず【アビリティ一覧】と【サブアビリティ一覧】はこっちのパネルのことロク」

 

 クソラグくんはまず、アビリティ一覧の前にパタパタと移動する。

 それは文字が詰まった◯パネルと比べ、空いた印象のパネルだった。というのも、アビリティ一覧のパネルの構成はシンプルで──縦6行・横4列の横に長く伸びたマトリックス表だけが、一つドンと刻まれていたのである。

 列の方が少ない表が横長であることから解る通り、基本的にマスは横長だったのだが、左端の欄だけは狭い正方形になっており、上から①~⑥までの数字が順番に当てはまっていた。

 

 残る6×3の欄には別々のアルファベットが入っている。上から下、左から右へ、A~F、G~L、M~Rと、18マスを埋めていた。左右に大きな余白を持っている。マスにジャストフィットした左の数字はともかく、ぽつんとマスの中央へ配置された孤独なアルファベット達が、空欄にされている箇所へ識別用の起号として代入されていることは明らかだった。

 つまり、ほとんどが空欄の表なのである。故に、空いた印象を与えていた。


──ではこの表でアルファベットが代入された18箇所に本来書かれている内容とは何か?


「フーックックック!!」


 クソラグくんは勿体ぶるが、皆凡そ察しがついていた。アビリティ一覧という名称に、この場の人数と一致する行数の表、クソラグ君は『それは通し番号としても運用できる』と言った。


「この数字は、能力優先度ロク!」


 大方の予想通り、クソラグくんは言った。


「そしてアルファベットの部分には左から、能力名、能力内容、そして一番右にその能力を持つ参加者の名前が入るロク! このパネルには、君達に関する情報が詰まっているロク!」


「なんですって!?」


 六人で唯一察しのついていなかった生流琉だけが大きく声を上げて驚いた。

 いや、それだけではない。『ネオ・ラグナロク』に信者と呼べるほどの傾倒していた彼女だったから、そこまで大きなリアクションを取ったのだ。能力とは決戦を勝ち残るための唯一の術。その情報は文字通りの手の内である。原作を読み込んだ生流琉はその重要性を知っていた。それが今まとめられ、頭上で大々的に翳されている。


「この【アビリティ一覧】の情報は現在、大部分が伏せられているロクが、最終的に君達は伏せられた18の情報から、半分の9個をオープンすることになるロク」


「半分も!? ど、どれがオープンされますの!?」


 そこでクソラグくんは再び◯パネルの方へ戻り、『・サマリー』の(3)を指した。


「それは、この【能力】調査プロセスで決定するロク!」




(3)【能力】調査

   1 【◎】で投票先について議論(10分)

   2 【個室】で【調査投票】(5分)

   3 【《アビリティ一覧》】から一つが【調査投票】の結果に従いオープンされる。

      これを9回繰り返す。(初回のみ①の議論時間は20分)




「今回君達は、参加者全員が集うここ【◎】と、自分一人だけの空間、【個室】を何度も行き来してもらうことになるロク。【個室】には入力端末が用意されていて、それを使って色々な選択を行うロク。そして【調査投票】は、各々が【アビリティ一覧】からオープンしたいと思うアルファベットを選んで投票することロク」


 そして、最多票を獲得した箇所がオープンされる。

 それを9回繰り返す。つまり最終的には、表で伏せられている内9箇所が晒される訳だ。

 同数だった場合は、最多候補からランダムで一つが決定される。また投票結果は集計と同時に全体へ開示され、誰がどこに投票したかは明らかになる。

 二つの補足をしてから、更にクソラグくんは重要なことを告げた。


「【調査投票】の投票先には制限があるロク。すぐ左の欄が既にオープンしている箇所だけ、新たに開くことが出来るロク。つまり、今だと開けられるのは優先度のすぐ右にあるA~F、どれかの能力の名前だけってことロクね」


(能力内容が知りたければ、その名前を先に知る必要がある。そして誰の能力かを知る為には──名前と内容両方をオープンしておく必要があるという訳か)


 重要な前提だった。見上げ続ける内にズレてきていた自身の眼鏡の位置を中指で正しつつ、雄々原は◯パネルの『・注意事項』に少し目を走らせる。


(ふむ、今の内容は書いてあるようだな)


 一度に理解するには情報が多いが、パネルを追っていけば一からでも理解できるようだった。


「さて、コレで調べた情報を使う先が──【最終投票】ロク」


 クソラグくんは続いて、(4)を指した。




(4)【最終投票】

   1 【◎】で投票先について最終議論(20分) 

   2 【個室】で【最終投票】(10分) 




「【最終投票】では……誰がどの優先度の持ち主なのか、『各々で予想した配役』を投票してもらうロク! それを集計して、過半数に自分の能力優先度を当てられてしまったら、決戦前に脱落になってしまうロク!」


(??? ──??)


 それまでギリギリ話について来ていた生流琉の脳内で、途端に疑問符が溢れた。


「あ、あの、すみません! それってどういう事ですの? 意味が、よく」


「同じく、私も少し言い方が難しいと思うわ」と、便乗する形で影木も手を挙げる。


「う、うーん、そうロクね。実際は端末入力だからちょっと違うロクが──」


 クソラグくんは唸った。


「参加者全員の名前が書かれた投票用紙が、六人それぞれに渡されると考えて欲しいロク。用紙には参加者達の横に数字を書く欄があって、そこに優先度①~⑥を書き込むロク。書き終わった六枚の紙を集めると、『誰にどの数字がいくつ投票されたか』が集計でわかるロク。そして過半数、つまり四人以上に優先度が正解の組み合わせで投票されてしまった人達が脱落ロク」


「なるほどね。優先度の数字は能力というより、それを持っている人に紐づけされる──そう考えればいいのね。マイナンバー」


 影木は「まあ」と手を合わせたが、生流琉は尚も首を捻っていた。

 苛立たし気にタルトが舌打ちする。


「なんで解んないワケ? 例えばあんたが持ってる能力の優先度が⑤だとして、それが全員にバレたとするじゃん。そしたら、あんた自身はともかく他の五人は【最終投票】を『生流琉死殺──⑤』で提出するでしょ。正解の組み合わせに五票入ったあんたは脱落。これを人数分やるってだけのコトじゃん。馬鹿なの?」


 タルトは山ほどの菓子を全て食べ終わってしまったらしかった。障害物の消えた机の向こうから、眉間に皺を寄せて生流琉を睨んでいる。不機嫌には、甘味の枯渇が関係していそうだ。


「まあ、ありがとうございます! なるほどわかりましたわ!」


 生流琉はタルトの言葉を罵倒ではなく親切と受け取り、目を輝かせて感謝した。泣かされたことは忘れたらしい。ゲーと、苦々し気にタルトは舌を出す。


(最悪。もっとお菓子持ってこればよかったわ)


 タルトは椅子の後ろに置いた、大きな──タルトが小柄なこともあるが身の丈よりも大きい──リュックサックに目をやって、溜息を吐く。持ち込んだのはお菓子だけではなかったから、それがスペースを埋めていたのだ。


「その説明で問題ないロク。【◯】の肝はこの【最終投票】ロク、これを乗り越えた者だけが、決戦に進むことができるロク! この【最終投票】には一つルールがあって、必ず①~⑥の数字をバラバラに割り振らないといけないロク。全部に①を入れるとかは出来ないロク」


「あら、その部分だけ空欄で提出するとどうなるの?」


「それも出来ないロク」


 影木はクソラグくんの返答に「そう」とだけ返し、唇に指を当てて思考を走らせる。

 ともあれ特殊ルール【◯】の骨子は判明し、残る用語は【サブアビリティ一覧】と【補助能力】のみとなった。クソラグくんはサブアビリティ一覧のパネルに近寄ると、六人に読むよう指示する。



 

▽ サブアビリティ一覧

 補助能力とは、一人につき一つ選択し獲得できる補佐的な能力のことです。

 補助能力には次の三種類があります。


《ラグナ記録(ログ)》

  ◎での会話記録をいつでも回覧できる。

《アイテル》

  自身の個室から別の個室に通信することができる。

《能力ガチャ(改)》

  ◯終了後、2つ目の能力を得る。(能力は複数の候補からランダムで選出される)

 



 補助能力には優先度がありませんが、《ラグナ記録》《アイテル》は◯中いつでも使用できます。《能力ガチャ(改)》で得られる能力の抽選は、◯が終了した直後に行われます。

 (「能力ガチャ(改)」を獲得した段階では、まだどの能力が手に入るかわかりません)

 

「こんなところロクね」


 クソラグくんは机の中央まで舞い降りた。


「説明は以上ロク。早速君達を個室へ転送するロク」


「む、待ってほしい。質問タイムを設けて欲しいのだが」


「個室で受け付けるロク。何聞いても良いロクが、答えるかどうかはわからないロクよ」


 個別の能力に関する疑問は後に他者に話を聞かれない状況で質問の機会を設ける、と少し前にクソラグくんは言っていた。個室のことを指していたのだろう。


「ひとつ基準を教えておくと、聞かなくてもその内わかるだろうことについては回答を控えるロク。実際に使ってみたらわかる以上は、能力の使い心地なんて聞いても無駄ロクよ。──という訳で最終確認ロク! 君達は今から10分以内に補助能力を選択するロク、よく考えて選ぶロクよ。それじゃ、バイバイロク!」


 問答無用とばかりに駆け足で語り終えると、クソラグくんは両翼をバサバサと振りながら首を一周させた。次の瞬間、六人は意識がスッと遠のく。

 駅前から◎に来た時と同じ感覚である。転送だ。

 こうして長きに渡る助走は終わり、◯は始まった。

 その結果は、まだ誰にも解らない。


 

 それは例外なく──黒幕にさえも。

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