第6話:僕と先輩のそれから

「ただいま、ご飯はちゃんと食べた?」


 8時過ぎに母が帰ってきた。父は泊まりになるそうだ。


「おかえり、ショウガ焼き作ってくれたよ」


 僕は、先輩が作ってくれた料理がおいしかったことを報告した。

 もちろん一緒にお風呂に入ったことは内緒だ。


 *


「……そう、ぬか床の手入れまでやってくれたのね。お礼の電話しなくっちゃ」

「あのさ、そのぬか床のことなんだけど、これからは僕がやるよ」

「あら、急にどうしたの?」

「やっぱり今は男でも料理できないとね。包丁や火を使うのはまだ難しそうだけど、このくらいなら今の僕でもできる」


 これは本音でもあるのだが、実は一つだけ隠していることがある。ぬかの感触を通じて、なんとなく先輩と繋がれるような気がしたのだ。


「助かるわあ。ぬかの手入れって、結構腰に来るのよね」

「もう来年からは中学生になるんだから、任せといて!」


 それから、朝起きた後と、夜に風呂に入る前のぬか床手入れが僕の仕事になった。朝の手入れのあとは臭いが残るのが嫌なのでシャワーも浴びるようになった。


 おかげで、爽やかな気分で朝を迎えられるようになり、早起きするのが楽しくなってきた。もちろん宿題も進むし、一通り片付けたあとは自主勉強まで始めてしまった。


 夏休みが終わる頃には、最初で最後の「ラジオ体操皆勤賞」までもらってしまった。規則正しい生活が良かったのか、9月の身体測定では春に測ったときから身長が3センチも伸びていた。


 この夏で僕は体も心も大きく成長した気がする。これもみんな、先輩が家に来てくれたおかげかも知れない。


 ***


 時は流れて翌年の4月。僕たちは無事に卒業し、地元の中学校に進学した。学年では何人か転校したり私立中に進んだりしたが、うちのクラスの男子は全員同じ公立中学に進んだ。


「会長、めっちゃ綺麗だったよね」

「だよな!決めた、俺も生徒会に入る!」

「あんたの頭じゃ無理でしょー、体ばっかりデカくなっちゃって」

「どうかな?成長期なのは体だけじゃないんだぜ」


 入学式を終えて教室に入った後、クラスの話題は美人の生徒会長でもちきりだった。

 そう、在校生代表で挨拶した生徒会長とは、僕の幼なじみの先輩だったのだ。これは入学するまで僕も知らなかったことだ。


 夏にはショートだった髪は肩まで伸び、より大人っぽく、女性らしくなっていた。見慣れた顔なのであまり意識したことはなかったが、言われてみるとかなりの美人だと思う。


 あの夏の日、先輩と一緒にお風呂に入ったことは、今ではまるで夢のようだ。あれ以来、先輩とは特に何もない。会話にしたって、道で会ったときに軽く挨拶をするくらいだ。


「……生徒会、目指してみようかな」

「お前も会長狙い?色気づいてきたな」


 半分ひとりごとのような形で僕はつぶやいたのだが、そばにいた友達が拾ってくれた。僕はどちらかといえば奥手のほうで、恋愛ごとには興味がないと思われていたようだ。


 憧れの生徒会長の手料理をいただいたり、ましてや裸になって一緒に入浴したことを知ったらどう思うだろうか。料理はともかく入浴のことは絶対に内緒だけれど。


「まあね、もう中学生だし、これからはライバルってことで!」

「お、いいなそういうの」


 周りの男子たちも集まってきた。知っている顔ばかりではなく、別の小学校出身のグループも輪に入ってくる。


「とりあえず、最初の勝負は5月の中間テストだ!」

「おー!負けねえぞ!」



 別に、この勝負で勝ったからといって先輩と付き合えるわけでもないのだが、そんなことはみんなわかっているだろう。それでも、一つの話題で盛り上がり、同じ目標のために競い合うというのはとても面白そうだ。


 中学校の3年間は、小学校の6年間の半分だが、体感的にはものすごく短いと聞いたことがある。僕はこの3年間もその先も、全力で楽しんでいきたい。


 ***


 物語はここで完結です。最後までお読みいただきありがとうございました。

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