第5話:先輩とご飯を食べる

「おかえり、もうじき焼けるわよ」


 風呂から上がり、着替えて台所に戻ると、先輩は肉野菜炒めの仕上げをしているようだった。


 テーブルには、ほうれん草のおひたしや、先ほど刻んだキュウリのぬか漬、瓶詰めから出した佃煮が入った小鉢が並べられていた。もちろん、メインディッシュのショウガ肉野菜炒めを待つ大皿もある。


「あ、おばさんのエプロン借りてるからね。油が跳ねちゃうといけないし」


 先輩はTシャツとハーフパンツの上にエプロンを着ていた。なんだか大人っぽく見える。同時に、先ほどまで見ていた裸とエプロン姿を重ね合わせる。


「新婚の奥さんは、よく裸にエプロンだけ付けて料理作ったりするんだぜ」


 そんなことを言っていたのはクラスの友達。早熟なやつで、エロ本を何冊も隠し持っているという噂だ。なんでだよ、と聞いたら、男はそういうのに喜ぶ生き物だと返された。


 あの時は意味がわからなかったが、今ならその良さがわかる気がする。もし僕が先輩と結婚したら、そんな格好を見せてくれるのかな、などと想像してしまった。


「はい、できあがり」


 僕が変なことを考えている間にちょうど焼き上がったようで、フライパンの中身を大皿に移した。


「お味噌汁のこと忘れてたわ。戸棚にあったインスタントで我慢してね」

「いえ、十分です!今日は本当にありがとうございました」


 僕は戸棚から、お客用のご飯茶碗と汁椀を取り出して先輩に手渡す。


「それじゃ、食べましょうか」

「いただきます!」


 僕はさっそく、ショウガ焼きの肉に箸を伸ばした。


「どう?味付けはこのくらいでいい?」

「はい、おいしいです」


 醤油がきいた少し濃いめの味付けで、母が作ってくれるやつよりも好みかもしれない。


「そう、良かった!」


 先輩が嬉しそうに笑う。僕の言葉で彼女が喜んでくれるのを見て、とても幸せな気分になった。


「ほらほら、野菜も食べなきゃだめよ」

「はーい……」


 僕は仕方なく、キャベツとピーマンを一緒に箸でつまんで、口に運んだ。


「……あ、おいしいです」

「ピーマン、昔は苦手だったよね?」

「よく覚えてますね……」


 こども会のバーベキューで作った焼きそばを食べるとき、ピーマンだけ脇に避けたのを笑われたのを思い出す。しかし、先輩が炒めてくれたピーマンは、思っていたより苦くなかった。


 これは味付けの工夫なのか、それとも僕の舌が昔より大人になったからなのか。今はまだわからない。もしかしたら先輩の笑顔のおかげ?「料理は愛情」とはよく聞くが、こういうことなのかも知れない。


「ごちそうさまでした!本当においしかったです!」


 ご飯を3杯もおかわりして、並べられた料理を食べきった僕は、心からお礼を言った。


「ありがとう。私も料理を褒められるなんて久しぶりで、なんだか嬉しいわ」

「また機会があったらよろしくお願いしますね」


 僕は図々しい本音を伝えた。しかし、先輩は気にする様子もなく笑ってくれた。


「それじゃ、私は帰るからね。おばさん達によろしく」

「今日は本当にお世話様でした」


 玄関先で先輩を見送り、両親が帰って来るのを待つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る