デートの準備

「え、デートの練習?」


 それは突然だった。あまりにも突然だった。


 練習も何も、今度の日曜に亜衣さんが紹介してくれるのだから、練習する時間などない。せめて俺の会社が残業がない会社だったのなら別だが、生憎と残業だらけだ。


「そ、そうだ。私は異性とデートをしたことがない。というか、デート自体したことがない。だから、どういうものかわからないのだ」

「それ、俺もなんですけど……」

「…………」


 シズさん黙っちゃった。そりゃそうだよね、この家にいる人一人もデート経験ないなんて悲しすぎるよ。


「な、ならい、一隻陥没だ!!」

「一石二鳥ね? ありえない間違い方してますからね?」

「細かいことはいい! これは好機だ! せっかくなのだから、ヒロシもデートの練習をすればいい!」

「……別に俺は」

「い、いいから!」


 シズさん……。やっぱり怖がりなんだな……。まぁでも、シズさんとのデートがどんな風になるのか、興味がないわけではない。


「そ、それじゃあ、亜衣さんにちょっと予定を変えてもらうように言っておきます」

「わかった。すまないな」


 後日……。


「・¥;@:」;。:;:⁉」

「ん、ん? なんて言いました⁉」

「それはこっちのセリフですよ! 先輩なんて言いました⁉」

「いや、だから、土曜はシズさんとデートの練習をするんで、予定を一週間ずらしてほしいんですよ……」

「デートの練習って、そんなエロ漫画みたいな⁉」

「え、エロ漫画⁉」


 俺が聞き返すと、亜衣さんはしまったといわんばかりに口元を抑えて、目を見開いていた。


「デートの練習で、エロ漫画って……」

「き、気にしないでください! 言葉の綾ってやつです!」


 言葉の綾で済まされるものなのだろうか? 昼休みでみんなが出払ってなかったら、まじで危ない。下手したら変な冤罪をかけられて俺がクビになるところだ……。


「と、とにかくそんなのだめです!」

「何でですか⁉」

「そ、それは……。わ、私とデートすればいいんですよ!」

「へい?」


 突然何を言い出すかと思えば……。


「それだと、シズさんの練習にならないじゃないですか……」

「そうです!」

「開き直った⁉」


 そうですって……。それだったら本末転倒だ……。


 しかし、亜衣さんは何の策もないわけではなかったらしい。


「あれですよ! そういうデートは、初々しいぐらいが女の子は可愛いんです! 想像してみてください!」

「う~ん……」


 確かに、どうすればいいかわからず、戸惑うシズさんには、庇護欲があおられるというか、それはそれでかわいらしく感じるのは事実だ。でも―――!


「それじゃだめです。多分シズさんは、その不安とストレスで死んでしまいます」

「小動物⁉ ハムスターかなんか何ですか⁉」

「みたいなものです」

「な、なんだってぇ⁉」


 何より、シズさんには楽しんでほしい! 俺ならほかの人ほど不安を感じないだろうし、少しでも……。それで自信をつけて、本番でも楽しんでもらえるようにしたい!


「亜衣さん。おすすめのデートを教えてください!」

「…………先輩、すみません。それはできません」

「え、なんでですか?」

「なんといいますか……、私に言い寄る男の人が多いので、私がデートを企てることってないんですよ……。基本的にリードしてくるというか……」


 なるほど……。モテてるっていうのも考え物だな。


「あと、基本的に気を遣うんで全部楽しくなかったというか……」

「あー……」


 あれ、意外と亜衣さんって恋愛向いてない?


「なのですいません……。おすすめはないんですけど、強いて言うなら」


と、遠慮がちに言いつつパソコンをカタカタして見せてきたのは、カニ漁船の募集だった。


「なんですかこれ?」

「まぁ、バイトなんですけど、面白いですよ」

「へぇ~、ベーリング海峡で、一攫千金……。亜衣さん」

「な、なんですか?」


 俺がパソコンから亜衣さんのほうに視線を向けなおすと、亜衣さんは視線を泳がせながら返事をした。


「これ、死にますよね? 下手したら」

「あはは~、大丈夫ですよ~。案外どうとでもなります! さぁ、ここにシズさんを放り投げて、私たちはデートに行きましょう!」

「……まぁ、大丈夫か!」

「ストレスで死ぬのに⁉」


 実際、少し考えてみたが、シズさんはそこらの男どころか、下手したらこの地球上で一番強い人類かもしれない。


「ベーリング海峡から日本海までのスウィミングを楽しめるデートになるかもですね!」

「どうしちゃったんですか先輩⁉ ……じょ、冗談ですから! え、映画デートとか、一緒に服を見たりとか、そういうのでいいんじゃないですか!」

「あぁ、服は一緒に行ったな」

「今すぐベーリング海峡にシズさんを放り投げてきてください」


 今日の亜衣さんはどうも情緒不安定だ。

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