女騎士VS同僚
「誰かいた見たいですね。先輩が隠したい人が……」
亜衣さんはそういって、にやりと笑みを浮かべると、俺の許可なしに部屋に上がる。いつもはしっかり靴をそろえるような亜衣さんの靴は、片方だけこけていた。
俺は急いで亜衣さんについていく。
完全にシズさんのことがばれてしまう。だが妙だ。亜衣さんは基本的に気を使える後輩だ。だからこそ、あのブラックな会社でも、良好な関係を築けているのだろう。
だとしたら、俺が隠したいと思ってることを察した彼女は、俺に質問をして、それで軽く部屋を見回して、それで帰る……。そのはずだ。でもそれをせず、しかも鎌をかけた。奇妙でならない。
「ちょっと待ってくださ……」
「……先輩。随分と綺麗な同居人さんですね!」
亜衣さんは振り返ることもせず、でも語調は確かに、笑みを浮かべて楽し気にしているそれだった。そして亜衣さんの向こうには、びしっと綺麗な姿勢を保ったシズさんの姿があった。
「……亜衣さん?」
「…………ヒロシ、この人は」
「宏⁉」
亜衣さんがひときわ大きな声を上げる。さっきまでの淡々と俺を追い詰めていた冷たい声とは打って変わって、感情のこもった声だった。
「亜衣さん。夜ですから、何だったら深夜ですから。そんなに声を上げないで……」
「す、すいません……。で、でも、なんですか先輩! この人に下の名前で呼ばせてるんですか⁉」
「そこですか⁉」
「いや、もちろん女性と一緒に住んでるのとか、色々言いたいことはありましたけど……」
亜衣さんも相当混乱しているのか、言葉が詰まっているように感じられた。
「……ヒロシ。このものは一体誰なんだ?」
「あぁ……、会社の後輩の亜衣さん。俺の同居人が気になるっていうので、連れてきました」
「そうか……。しかしなぜこうも私に殺気を向けているのだ?」
「さ……⁉」
殺気って……。と、一瞬冗談だと思ったが、前世で騎士だったであろうシズさんの言葉ともなると、説得力が段違いである。
「亜衣さん、どうしたんですか? なんでそんなに殺気立ってるんですか?」
「べ、別に殺気立ってなんかいません!」
と言いながら、プイっと視線を逸らす。
「まぁ、亜衣さんの意外な一面を見れて俺はうれしいですけど」
「…………そ、それで、なんでこんな綺麗な人と同居することになったんですか⁉」
「いや、だから事故を起こしてしまって……」
「無傷じゃないですか!」
確かにその通りだ! 事故を立証するものが全くないんだよな……。こんなことあり得んのか⁉
「まぁ、そうですけど。シズさんは心に深い傷を負ったんですよ、それはもう……」
「いや、まったく」
「あ、そっか」
シズさんは即効で俺の言葉を否定する。それはもう、ぶつ切りにされてしまったよ、俺の言葉。
「じゃあ、いちいち弁償する必要もないんじゃないですかね? 特に、わざわざ同居する必要ありますかね⁉」
「いや、ですから、この人は色々事情があって、家がないんですよ……」
「だぁったら! ネカフェにでも泊めて、そのお金を弁償代の代わりにすればいいじゃないですか!」
亜衣さんなんでこんなにキレてんの? 圧が怖い。
亜衣さんが帯びるその圧のせいか、不思議と亜衣さんのがたいや身長がいつもより大きく見えた。押しつぶされる。死ぬ。直観が叫んだ。
しかし当然死ぬことは無く、俺は必死にその死の実感から逃れる言い訳を考えた。
「その、この人やばい人なんですよ! 一人じゃ店に入れないぐらい変わった人なんです!」
「んな⁉ おいヒロシ貴様! これ以上私への侮辱を口にしたら、どうなるか分かっているだろうな!」
「で、でも実際そうでしょう⁉ お店に入っても商品一つ一つを敵とみなしちゃうでしょう⁉」
「っぐ……、否定できない……」
そこは素直なんだ。しかし、言い訳があまりにもぶっ飛びすぎたからか、亜衣さんの反応はものの見事に引いてしまっていた。
「え、もしかして被害妄想?」
「いや、まぁ、そう思われても仕方ないけど……。と、とにかく、この人を一人にしておくわけにはいかないんですよ……」
「……じ、じゃあ私の家で預かりますよ!」
「えぇ⁉」
そ、それはどうなのだろうか。亜衣さんは別に俺よりも収入がいいという訳ではない。当然だ、同じ会社で働いて、ほとんど同じ地位なのだから。
それに、異世界のこととか、奇妙なことを口走ったらまずいのではないか? 具体的に何がまずいのか、それは分からないけど、なんかあんまり人に知られすぎるというのもよくないと思う……。
「それはダメだ」
シズさんが真剣な表情で断りを入れる。
「何がダメなんですか?」
「こいつから目を離したら、逃げられてしまうからな」
「仕事言ってる間は目を話してるじゃないですか!」
「荷物や財産がこっちにあるから問題はない。どこかに逃げるにしても、最低限の物資は必要だからな。それが私の監視下にある限りは大丈夫だ」
「…………」
なるほど。その通りだ。
「アァー、シズサンガイナカッタラ、オレハツイツイニゲテシマウ! ジブンノツミトムキアエズ、トンズラカイテシマウゥ!」
「先輩はそんなことしない」
「あ……」
亜衣んさんは急に血の通っていないような声を出して、目から光をなくしてしまった。
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