第24話「ミズタくりこの物語=ミズハラわくは確かめたい」

湧水一族の魂解放同盟の活動も一段落して、平穏な日々が戻って来ていた。

空一面の夕焼けが見たくてT川に向かった。

わくたちとごはんでも食べようかと思って連絡すると、わくは

「ほんとですか? あ、俺は大丈夫なんですけど、コウタは今、仕事で地方に行ってて、

今日は帰ってくるけど深夜になるっていってました」という。

じゃあ、一人でくる? ゆりあさんも呼ぼうというと、

「だったら俺、ゆりあさん迎えに行きますよ」

と介護精神を発揮していう。

「それとも、ゆりあさんも誘って、どっかで食べる?」

「あー、それでもいいですけど、やっぱり、くりこさんとこで食いたいかも」

かわいいこと言ってくれるじゃねーか。

「じゃ、なんか作るよ」

「あ、でも、今日、仕事で疲れてんじゃないすか?外で食うんでもいいっすよ」

 気を使っている。コウタには、まったく使わない気を。

「いいよ大丈夫。そのかわりさあ、買い物手伝ってくれる?」

「了解です」

「今からT川、散歩行くから、1時間後くらいにマルワね」

と、うちから一番近いスーパーを指定した。

「あ、T川行くんですか? 俺も行こうかな、行っていいですか?」

「行く?いいよ」

というので、T川沿いの、自動車教習場のあたりで待ち合わせた。うちからと、わくの本拠地からの川への動線が三角形の頂点で交わる地点だ。そこからスタートすれば夕やけ空に向かって歩ける。

土手を歩いていたら、細長いシルエットの青年が、下の道路から石段を上がって来た。

「わく!」

「あ、おまたせしました?」

「今きた」

長い前髪が風に流れる。

わくとニ人だけで会って話す機会はあまりない。

99パー、コウタもいっしょだ。

マンツーマンで話が持つのかなと少し心配した。

でも、二人で並んで歩き出したとたん、わくの気配は、すっと、二人でいる空気に馴染む。

とくに言葉を交わさなくても大丈夫な気配で安心した。

それは多分、あの濃密な数日間で、生死を掛けて戦ったり、

何かをやり遂げようとした、運命共同体の同志であるからかもしれない。

でも、それ以前に、わくには独特の、他者との距離の取り方があるような気がした。

基本、気取っていて、すんとした感じで、少し威圧的な面もあるのだけれど、

ときとしてその鎧をすっと脱ぎ去る。

すると、ほとんど空気のようにその場に馴染んでしまう。

ある意味、わくとしては鎧から透明の繭の中に移動するだけなのかもしれない。

それは彼が、育ってきた環境下で身につけた処世術のように思えた。

そして、私にはなぜか、鎧を着たわくにも、繭に閉じこもったわくにも、

内部の本体に素手で触れている感触がある。

ずっと前から知っているような、不思議な近しさを感じていた。


ひさしぶりに、隣町との境界あたりまで足を伸ばした。

夏前によく来ていた頃と、川の形がだいぶちがっていた。豪雨が来るたびに、川は少しずつ流れを変える。

夕暮れの中で、深い緑に沈んだ草叢に、点々と紅をさす彼岸花と、黄色いキヌガサギクがふっと浮かび、その向こうでオレンジに染まる川面。雲が映り込み、あたかも水面に空があるようだ。

「もう、川だか空だか、わかんなくなってる」

わくが呟く。

二人で、思い思いの絵を撮りながら、ぶらぶらと歩く岸辺。


「コウタ、忙しいんだね」

「どっかの企業とコラボしてるロボットの、走行テストにいくっていってました。

官民協働のプロジェクトらしいです。以前ほかで作ってたのが評価されてて、

仕事の依頼がちょくちょくくるみたいです、最近」

「へえ。すごいね、コウタ」

「ええ。すごいですよ、あいつ」

ちょっと驚いた。もしここにコウタがいて、もし私が「すごい」とか言ったら

わくは絶対認めなかっただろう。「こいつ、すぐ図に乗るから、そういうのやめてもらっていいですか?」くらいのこと言いかねない。でも、コウタの不在は、わくを素直にさせるらしい。

「でもあいつ、結構、ハイスペックな場面こなすと帰ってきたとき、すげー、イキってんですよ」

と、わくが笑いながら言った。

「もう、帰ってくんなり、聞けよ!状態で。あーでこーで、こんなんでこーしてやった!みたいな!」

「オレすごい?すごい?、みたいな?」

「マジそれ。わあ、コウタすごーい!って、コウタのかーちゃんなら讃えてる場面です」

「わくはなんていうの?」

「へえ」

棒読み!

「とりあえず無視です、うぜーし。

玖理子さん、今後もし、今回のプロジェクトの話が出ても、あんまりすごいとか讃えんの、やめてもらっていいですか?、あいつ、すぐ、図に乗るから」

私は吹き出した。結局、結論はここにくるわけだ。

「でもさあ、コウタだって、今日みたいな日は、少しはわくくんに、

すごいとか言ってもらいたいんじゃない?そういうの、無視してたら友情にヒビが入らないの?」

「ありえないですね」

リキむことなく淡々と返してくる。

なんだ、この、ハガネの信頼感と自信は。

子供の頃、小学校2年の頃から、いい大人になるまで、ずっといっしょに過ごしてきたという、疑似兄弟的結びつきというのはこういうものなんだろうか?

でも、そう思っているのはわくだけだったら?いつか、コウタに愛想をつかされませんように、と祈るばかりだ。

「わくくんたちは、ほんと、兄弟みたいで、いいなあ。誕生日はどっちが早いの?」

「俺です。コウタは半年も年下です」

なぜ、ドヤ顔。

「スズキ家の人たちとは家族ぐるみのつきあいなんだね」

「スズキ家は家族だけど、こっちは俺だけなんで、家族と俺ぐるみのつきあいですね」

と、わくは笑った。

最近、一人称がすっかり俺になっていることに気づいた。

「わくくんのお母さんは、わくくんがいくつのとき亡くなったの?」

「6歳んときです」

「幼稚園?」

「そう、年長ん時。俺が3歳くらいから入退院繰り返してたんで、うちにはいたりいなかったり。でも、うちにいるときは、もう、溺愛でしたね、俺のこと。

父親も、仕事が忙しくてほとんどうちにいなかったけど、

たまーにいるときは、すごい遊んでくれました。

大人んなってからも、ほんとに俺のこと、考えてくれてんだって伝わってきたし。

思い出の中で、父親も母親も、めっちゃかわいがってくれてて、

それしか思い出せないんですよ」

相変わらず、淡々とした口調の、でも珍しいわくのひとり語りを、私は黙って聞いていた。

「毎日、普通にいっしょにいる家族じゃなくて、

たまーにしか会えなくって、母親なんて思い出の場面も2、3個っきゃないんですよ。

その限定時間内で、すげーやさしくされてる。

そういうのって、あとで思い出すと猛毒だよね。

思い出すたんびに甘い毒みたいなのがさ、滲み出てきてじんわり効く。

そんで毒だから痺れてきて、そのあとヒリヒリして、

いてーなあってなるんです」

いてーなあ、の部分を、わくは本当に痛みに耐えているような低い声で呟いた。

「……太田胃酸でも飲んどくか」

というと、わくは笑って

「ガスター10とか」

といった。

今度は私が笑った。

どう言葉を返したらいいのか、正直わからなかった。

夕暮の川面のオレンジの輝きが、わくにそんな話をさせたのだろう。

亡くなった人はえてして、生きている人よりリアルな存在感をもたらす。

愛された記憶は、わくの血肉になっているはず。

思い出すたびに、いてーなあ、となるにしても。

それはきっといつか、時間が解毒して、優しさだけが残るにちがいない、

もう、あなたをヒリヒリさせることもなくなるよ。

ということを、私は口に出さずに、隣にいるわくの心に話しかけていた。

そうか、多分わくも、コウタの心に直接伝えているのかもしれない。

コウタ、すごい。

そのバイブレーションはきっと、言葉より雄弁にわくの思いをコウタに伝えているのだろう。


すっかり暗くなった川辺からの帰り道。

風の中に、キンモクセイが香る。

「あ、キンモクセイ!そうか、もうそんな時期なんだね」

私は小さい花のありかを探した。

夜の中に小さいオレンジ色が灯っている。

わくは、目を細めて息を吸いんこんだ。

「この匂い・・・」

「なんか、昔を連れてくる匂いだよね」

キンモクセイの香りは、タイムマシンの入口だと思う。

「そっか。だから」

と、わくがつぶやく。

「だから?」

「一瞬、昔に戻ったような気がしたんだ」

私は私の昔を、わくはわくの昔を、風の中に感じながら歩いていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ミズハラわくの物語=ミズハラわくは確かめたい」


チキンや野菜の煮込みやサラダなど、料理がたっぷり並んだ食卓を囲んで、

わくたちは戦いの話や、ゆりあの60年代のミラノの話や、

くりこが10代や20代の頃住んでいたロンドンの話で盛り上がり、三人で大笑いして、

少し酔ったわくがシガを呼び出そうとしてくりこに止められたりした。

それでも、ゆりあがどうしてもシガの顔が見てみたいという。

「くりちゃん、なんでスマホで撮ってないの?あなた、なんでもすぐ撮るくせに、そんな大事な場面で撮ってないなんてカメラマン失格よ!」

「わー、報道カメラマンとしてあるまじきことでした、さーせん!」

「罰として、シガに今すぐ、自撮り送るように言って!!」

「えー?マジか?無理です〜」

「シガ!」

拒否するくりこの代わりにさっそく呼び出しているわく。

なんだかんだ言って、マジ、シガが好きよね、あんたって、とくりこは内心思った。

「シガでございます」

「自撮り送れ!」

「比内鶏とか名古屋コーチンとかですか?」

「とぼけんな!おまえの画像送れって言ってんの!」

「ミズハラさん、私にいい縁談でも?」

「そ。ゆりあちゃんていうすっげーかわいい子がシガの顔みたいんだと!」

「シガー!!!あたしあたし、見える〜?」

ゆりあがわくの指輪に向かって手を振り、くりこは大笑いしている。

「それでは私の画像をお送りしますが、大変申し訳ないのですが、おつきあいはできませんのであしからず」

「なこと言ってっからいつまでたっても宇宙童貞なんだよ」

「は?今なんと?」

「いーから早く寄越せ!」

テュルン、という音がしてわくのSNSに画像が送られてきた。

幾何学模様が描かれた土の家々が並ぶブルキナファソの上空でスーツ姿で座禅するシガの姿。

「多島海じゃねーじゃん、どこだよ、にしてもバエ過ぎだろ」

「恐縮です。ではこれで失礼いたします。ミズタ様、ヒロナカ様にもよろしくお伝えください」

「あら、さすがアカシックレコード屋勤めね。ちゃんとわかってんのね。

しかもちょっといい男!クリストファー・リーの若い頃に似てるわよ、ちょっと」

とゆりあも楽しそうだ。

「誰すか?」

とわく。さっそくスマホでチェックしている。

「イギリスのホラー映画の人気スター、とくにドラキュラ俳優として有名?!

え?似てるか〜?」

「オレの愛するシガはこんなヤツに似てねーぞって?」

くりこがニヤニヤしている。

「いやいやいや、あのクソッたれが誰に似てようとどーでもいいけど、これはあんま似てない。確かにレトロ感あんだよな、シガ。ゆりあ〜、もうちょっと線が細くてクール系のクラシックなやつ知らない?」

「そうねえ、ルドルフ・バレンティーノなんかいっちゃう?」

「ルドルフ、バレンティ、、、わ、盛り過ぎ!」

と、ワイワイ賑やかな時間を過ごした帰り道。

わくは、「ゆりあさんがばーちゃんで、くりこさんがかーちゃんという家庭だったら?」

と考えていた。そんなことを言ったらたちまちくりこに「あんたみたいな息子勘弁。しかもいくつで生んだのよ、超ヤンママだわ。ん?今ヤンママって死語?そおか差別用語?」とかなんとか言われそうだ。

「あいつらと家族の家庭」

くりこ家の茶の間を思い浮かべた。狭くて、モノがたくさんあって、くりこが仕事で書いている「ていねいな暮らし」と程遠い、しっちゃかめっちゃかな暮らし。でも温かい。そこに帰っていく、学生時代の自分を思い浮かべた。

「うぜーだろーなあ」

でも

「そんな家だったら、毎日、ちゃんとうちに帰ってたよな」

と思う。

「そんな家だったら、俺は、家族のこと好きで、守りたいと思っただろうなあ」

と思う。

「俺は、どんな家庭を作るんだろう、それより以前に、俺は家庭を作るんだろうか?」

わからなかった。自分が結婚して家庭を作るビジョンが持てなかった。

今の家で、コウタと仕事場や住居をシェアするようになって数年経つ。


小学校2年で、都心からこの郊外の街の小学校に転校してきたとき、わくは母親を亡くしたばかりだった。父親は優しかったけれど、設計会社を経営していて忙しかったし、家にいる時間も少なかった。それで祖母がひとり暮らししているこの町に帰ってきたのだ。祖父はすでに亡くなっていた。祖母も幼い孫の面倒を見ることを望んでいたのに、少ししてから脳梗塞で倒れ、一命はとりとめたものの、幼い子どもの面倒を見るどころか、自立した生活もできなくなり24時間介護の施設に入った。相次ぐ不幸な状況に、わくは多分周囲から見ても、暗くて影のある子どもだったにちがいない。人見知りだったし、自分から周囲に溶け込むことができなくて、いつも一人でいた。無口だったうえに、話しても素っ気なく打ち解けないので、次第に生意気だと思われるようになった。いじめの標的にされつつあったとき、かばってくれたのがコウタだった。コウタは当時からすでに背も高かったし、空手少年だったし、性格も明るくて友達も多かった。コウタはさりげなく気遣って、いっしょにいるようにしてくれたし、周囲とわくの溝を埋めてくれた。わくがいつしかクラスや学校に溶け込めるようになっていたのも、コウタがいたからだった。

 父親は周囲のすすめもあって、わくが小学生のうちに再婚した。義母は父と再婚したときに、わくより歳下の息子がいて、さらに、父との間に新たに娘ができた。わくの父親は病死したわくの母親に瓜二つだった息子を溺愛していた。義理の母親は、当初からそんなわくを快く思っていなかったのだろう。それでも父親が元気な頃は、なんとか家族として体裁を保っていたのだ。その後、父親が会社をのっとられ、直後、心筋梗塞で倒れて意識不明の状態が続いた。一度は意識を取り戻して、寝ながらではあっても会話できるほどに回復していたのに、合併症を併発して病状が急変し、また意識不明に陥ってしまった。父が入院し、会話もできなくなって回復の見込みも薄いとなってからの約2年、再婚相手はあからさまにわくを邪魔者扱いし、わくは家の中で孤立するしかなかった。父の死後、義母は土地家屋を含めたほとんどの夫の財産を自分と、2人の子どもたちだけで相続できるように細工してしまったうえ、あとで、会社をのっとった人物が義理の母親の親族、わくの義理の叔父にあたる人物だったことがわかった。その父の境遇と、湧水一族の境遇が、わくの中で重なっていた。彼があれほど執念を燃やしたのは、「誰かの大切なものを力づくで奪い去る相手」への憎悪と復讐心、さらに運命に翻弄された自分の半生にけじめをつけるためだったかも知れない。

不治の病の床にある父のことや、会社のこと、義理の母親の非情な態度に、精神的に追い込まれて絶望的だったときも、コウタはわくを支えてくれた。

彼らの「本拠地」であるあの家は、わくの祖父母が住んでいた家で建築家だった祖父が設計し建てたものだ。寝たきりののち、祖母は父の少しあとに亡くなった。そして、この家をわくが継いだのだ。父親も生まれ育った家が大好きだったし、祖父から父へ、父から自分へと、その想いとともに譲られたような気がして嬉しかった。しかもわくに残されたたったひとつの財産だった。雨漏りもしていたし水回りも古くなっていた家のリフォームを手伝ってくれたコウタは、最初は歩いて20分程度の実家から毎日のように通って来ていたのだが、気がついたらここに住んでいた。

空気のようにすべてを受け入れてくれる存在のコウタは、すでに肉親を持たないわくにとって、家族同様だった。コウタといると気が楽だし、一番自分を理解してくれる存在だと思う。

今の生活が続けばいいと思うけれど、コウタはそのうち、結婚して家庭を作るのだろう。

コウタは、仲のいい両親や家が大好きだから、幸福な結婚生活のロールモデルがある。

コウタには結婚しないという選択肢はないだろうが、家庭をもつまでは、今の状態が続くはずだ。現状が変わるのは、いったいいつ頃なんだろう。

(それまでは、きっと、出張から帰るなり、『聞いて聞いて』攻撃がやまないんだろうな)

とわくは思った。


コウタが帰ってきたのは、日付が変わった頃だった。

大きな荷物を持って、ただいまーとリビングに入ってきて、

ソファに寝転がって配信の動画を観ているわくに、おみやげ、といって紙袋を手渡した。

「おかえり、おつかれ。何?」

「かまぼこ」

「かまぼこ?」

「うん。新幹線の駅の売店で買った」

「おめーが食いたいだけじゃん」

「そう」

わくは笑った。

「はあー」と言いながら、コウタはキッチンで手を洗い、冷蔵庫から缶ビールを取り出しひとくち飲んだ。

「ビール要る?」

「まだある」

ぷっはーと、言いながら、わくの隣に来てかまぼこの包みを開けてつまみに食べ始める。

「うめー。食う?」

かまぼこが詰まった籠のような容器をわくの方に押しやる。

「何、これ、ゾンビ系?」

と、コウタが画面を観ながらいう。

「うん」

「おもしれーの?」

「まあまあ」

あれ?聞いて聞いて!が、ない。

「くりこさんや、ゆありちゃん、元気だった?」

すでにSNSで画像を送り、情報は共有していた。

「ああ」

「そっか、俺も食いたかったな。チキンのガーリックソテーとか。うまかった?」

「うん」

気の乗らない返事を繰り返すのはわくの常だ。

「あ、やっぱワサビ欲しい。ミズハラくん、ワサビ取ってきてよ!」

「知るかよ、てめーで取れ」

「取ってくれてもいーじゃん、俺、お疲れなんだよお、もう立ちたくないよお」

と言いながら、コウタは冷蔵庫に立った。

そのとたん、テーブルに置いたコウタのスマホ画面にSNSの着信通知バナーが出た。

「サキ  おつかれさま!」

「サキ  昨日は時間いただいてありがとう!」

(え、クライアント、女なのか。しかもこんな夜中にわざわざ?)

と思ったら、がぜん、興味が湧いてきた。

昨日は時間いただいてって、それ、仕事以外ってことじゃね?

なんだ、何があった? 詳しく!!

ソファに寝転んだ、やる気のない態度の内側で、わくは身悶えするほど、

ゆうべの「時間」の正体が割れることを切望していた。

ワサビとともに戻ってきたコウタは、スマホを取り、ビールを飲みつつメッセージを読んでいる。

長!

長文の気配。

それから、コウタが返信を返す。

短か!

コウタは打つのが早いとはいえ、これは短文過ぎだろ。

速攻、返信が来ている様子。

あーー、見たい見たい見たい!サキちゃんはなんて言ってきてんだ?

コウタ、情報共有しろ、俺にも見せろ!どうにかして見れないものか。

わくは、立ち上がって、キッチンに行くふりをしてコウタの背後に回り盗み見た。

画面に表示された「サキ」のアイコンは、アニメのかわいい女の子キャラだ。

(マジか、二次元ヲタかよ)

企業でロボット開発とか担当している理系の女の子なら、オタクの可能性も大だ。

聞いて聞いて!がないのも、その彼女にたっぷり讃えられた効果か?

その点はサキに感謝したいところだけれど、うわあああ、気になる、超・気になる!!

いったいどんな子なんだ?コウタに気があるのか?コウタはどーなんだ?

ゆうべ、どのへんまで進展したんだ?

「で、どうだったよ。仕事?」

俺から聞いちゃったよ!!

「ああ、まあ。

原因は俺の側じゃないんだけど、問題が生じて、テストは想定通りに行かなかった」

それで、聞いて聞いて、が、なかったのか、とも思った。

「結果的には、その問題点が解決してから、また俺も対応しなくちゃなんないことだから。

仕事が倍、面倒になったけど、まあ、しゃーないわな。でも疲れた」

「おつかれさん。じゃ、あんまり楽しいこととか、なかったわけ?」

「ねーよ、仕事だよ?」

(あ、そう。この感触だと、今の段階でどうこう、俺には教えない気だな。

くそ。ケチ)。

 結局、サキ問題は解決しないまま、翌朝を迎えた。

わくが朝食をテーブルに置き、コウタがリビングのほうで音源を選んでいる時、

テーブルの上のコウタのスマホが振動した。着信だ。

「サキ」

来た!!おおーーー!!

「コウタ、電話」

「お」

戻ってきてスマホを手に取って対応する。

「もしもし、おつかれっす。あいや、どうも。あ、大丈夫っす。え?」

と言いながら、コウタは自分の部屋に向かっている。

えええー?ここで話さないとか、なにそれ。マジか、いよいよそうか。

5分経っても10分経っても帰って来ない。

わくは、様子を見に、コウタの部屋の前まで行ってみた。

ドアは開いている。

中で、パソコンモニターを見ながら、何やらサキに伝えている。

仕事に関して、問い合わせて来たらしい。

まあ、仕事相手だからな。こういう一連のコラボを通じて、愛が芽生えたり深まったりしちゃうんだろうな、

コウタ優しいし、面倒見いいし、なんなら見ようによってはイケメンだし、俺ほどじゃないにしても、と、思いつつ、廊下で盗み聞きをするわく。

「で、サキさんの言ってたのでもいいんですけど、こっちの対応のほうが確実そうかと思うんですけど」とコウタ。

「あー、それね、そうか、そこ盲点だったわ」

コウタは手作業するために電話のスピーカーをオンにしていた。

相手の声はおっさんで、しかも、あきらかに相当太っているとおぼしきくぐもった声だった。

サキ!! 

わくは笑いをこらえてキッチンに戻った。

くだんねーーーー!!

戻ってきたコウタは、わりー、冷めた?と言って朝食を食べ始めた。

「あれ?ミズハラも食ってねーの?待っててくれたの」

「まさか」

「だよね」

「つかいつまでおまえここにいんのよ、いつまで俺、おまえにメシ作んなきゃなんねんだよ。いーかげん彼女とか作れよ!」

「ミズハラだっていねーくせに」

「俺はいいんだよ、その気になったらいつでも作れるから。問題はオマエ。若いうちになんとか決めねーとだよ?」

「んー」

まず聞いていない感じでコウタはスマホを横目で見ながらソーセージを頬張っている。

わくは、この生活がまだ続きそうなことに、少しほっとしていた。

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