第23話

 シガのいう通り、本当にそこはすでに整地されていた。

 というより、私たちが昨日、最後に見た光景はこれだったのだ。

だが、昨夜、私たちがわくに引かれるように辿り着いたとき、

この場所は確かに、こうなる以前の状態だった。

石段を昇った先の小高い敷地内に、樹齢数百年から、千年近い大木を中心とする木々が立ち並んでいた。

その奥に、石の祠があり、あたりには一族が信仰を捧げた産土神が鎮座する場所らしい、荘厳で濃密な空気が漂っていたのだ。

昨夜、周囲は闇に紛れていたけれど、空は嵐の前夜のように、とぐろを巻いた雲がうごめいているのが見えた。

ここで起こった一連のことは、たった一日前のことなのに、さながら体感アトラクションのように、終わった途端、その衝撃が体と心からすりぬけてしまったような気がした。

体感した記憶はある。衝撃の記憶もある。

けれどそれは、幻影のようにどこかおぼろなのだ。

多分、わくもコウタも、その思いを共有しているのではないか。

3人が同時に見た共通のリアルな夢のような、その強烈なビジョンの残像を頭の中で反芻しながら、私たちは、しばし、呆然とその敷地の前に立ち尽くしていた。

昼間来てみると、しかも、地面からの高さを失っているせいか、ここが普通の住宅街の一角であることがよくわかる。

敷地を囲むように、角材を組んだだけの簡単な仕切りが設置されていた。

そこに表示された建築計画の看板を見ると、数カ月後、ここには小規模なマンションが建つ予定らしい。

 一年前にはじまったという建築計画。

わくがコウタのおばあちゃんに、自分がしている指輪を、「湧水一族」のものだと聞かされたのが、ちょうどその頃だったという。

 光道一族との戦いで、氷水神社の池に沈んだ祖先がいたこと、

さらに、湧水一族の7人の魂が、池とその周辺に閉じ込められたこと、

一族の祭祀の場であった高台の、あの岩に一族の財宝を隠すこと、

そして、その場所に到達するルートを示す紋様を盛り込んだ、

7つの指輪を子孫代々に継承すること、

そして、いつか、一族の末裔の誰かが、

自らの指に7つの指輪を重ね合わせて装着し、ひとつに合体すれば、

池の封印は解かれ、魂を解放することができる。

 それらが、アカシック・レコードに記録された情報なのだと、

私たちは昨日、シガに聞かされた。

 以来、私は、急に千年前の人々が、時代を大股で乗り越えてきて、

すぐそこまで近づいたような息遣いを感じていた。

岩の中の財宝は土に還る必要がある、書き換えることはできない、とシガは言った。

 けれど、昨日、確かに、その財宝はこの手にあったのだ。

千年の強い思いが、目に見え、さわれる幻影を私たちに示してくれたのだろうか。

今日の空は晴れている。祖先の魂がこの光をもたらしてくれているような気がした。

 シガのようなモンスターをして、というか、それがアルモの内規によるものなのか、

彼は、記念として私たちにレプリカの刀と横笛を残してくれた。

 私は思い立って、その横笛をこの高台に持ってきてみた。

吹いてみると、心が洗われるような、美しく澄んだ音色だった。

 千年の時を越えて、さぞや祖先の魂も、この音色に癒やされているにちがいない、

と思っていたら演奏後、黙って聴いていたわくとコウタに

「1小の3年2組から聞こえてくるような音だな」

と言われて、ものすごくがっかりした。

「この指輪も、もうそれぞれの持ち主に返さなくっちゃだな」

と、まだ7個を重ねて指につけたままの、わくがいった。

「指輪を返すとき、該当する場所に何も見つけられませんでした、って言ったら、みんな信用すると思う?」

と聞くので、

「みんなそう思ってると思うよ。じゃなきゃ、指輪、預けたりする?

まず、そんな場所見つけられるわけないと思ってるだろうし、

万が一、見つけられたとしても、何も出るわけないと思ってるから、

のんきに貸してくれてるんじゃない?」

というと、わくは、ちょっとため息をついて整地された土地をみやり、

そんなもんですかねえ、とつぶやいている。

完全に、喪失感に囚われている顔だ。

「今、なんか頭の先からシュポッて抜けてったよ」

と冗談を言っても

「マジすか。俺も魂が解放されたのかな」

と抑揚のない調子で返すのみ。

 やばいくらい意気消沈している。

コウタがわくを見て、ほんとだ、中高の頃に戻ってる、顔、と笑った。

「ミズハラくんの暗黒の時代」

「てめー、そうやってちょいちょい俺をディスるのやめろ」

「ディスってねーし!! 褒めてもねーけど」

「そうだ!わくさあ、みんなに指輪を返す時に、報告書、つけてみなよ。

あなたがつきとめた紋章の意味とか、氷水池のこととか、

そのあたりを時系列にまとめて、みんなに報告してあげたら?

まあ、昨夜のことはナシとして、ここに来てみたらもう整地でしたって

エンディングでいいと思うし。シガについては触れないほうが無難だと思うけど。

では、今回の件、早急にレポートにまとめてください!

締め切り、今週末ね」

というと、わくは、

「え?それ、俺に言ってます?なんでいきなり宿題出すかな、無理です」

と不服申立ての顔つきだ。

「待ってるからね。

そうだ、今日、ゆりあさんち、指輪返しに行かない?

絶対、シガの話しとかしたら大喜びだよ!」

「いいですね。

世界を牛耳ってる男に会いました!!とか言ったら、

なんで呼んでくれないのーとか言われそうっすね」

とわくも乗ってきた。コウタは、今夜はまたピザだなとうれしそうだ。

一度本拠地に戻って、ゆりあさんに見せるため、刀をピックアップした。

玄関を出る時、わくが、珍しくニコっと笑って私を見る。

「決めました。俺、今回の体験、本にしますよ」

という表情は、なぜかドヤ顔。その顔は脱稿してからにしろ。

報告書作成のプレッシャーからか、新しい出口を見出している。

現実逃避の賜物といったところか。

「それ、さっきからずっと考えてたの?」

「くりこさん、協力してくださいよ、プロなんだから」

 彼らと出会った日の夜を思い出した。

家まで送ってくれる帰り道で、私は2人に、仕事は何をしている人たちなのか聞いてみた。

わくは、ちょっと前までデザイン事務所に所属してグラフィックデザインをしていたという。

超パワハラ&腹黒社長のもと、次々にやめていく社員の中で、一人残ってしまって仕事を続けていたのに、

「客との会議でテメーのミスを俺になすりつけて怒鳴りやがったんで、

その場で殴りたかったけどこらえて、その代わり、その場で部屋出て、ぶち辞めたんです」

と言った。

よく聞く話しだと私は思った。

「今は、社長の奥さんの専務に泣きつかれて、俺が担当してた分だけ、

うちでやってますけど、もうやりたくないんですよね」

「こいつ、そのあとしばらく、なぜかスマホが素手で触れなくなっちゃって」

とコウタが解説してくれた。

「潔癖症になっちゃったの?」

「じゃなくて、その社長の呪いか、光道一族の攻撃か不明なんですけど

スマホに触ると、いきなりビビビってしびれるみたいな」

「だから、会社からかかってきたり、どっかにかけたくなると、俺がスマホにタッチして操作して、こいつに渡す、みたいな、めちゃくちゃウザい体制でしたね。

で、こいつはゴム手袋して話してました」

「ゴム手袋するとビビビがないんですよ。

電話、出なければいいんですけど、お客さんの問い合わせだったりするとね、

お客さんに迷惑かけたくないじゃないですか」

「え?ウイリー・ウォンカみたいな紫色のやつ?」

「風呂掃除みたいなベージュ色のやつです」

と、私より20センチくらい背の高いわくが、私を下目で見ていった。

なんだかよくわからない話しだったけれど、

ゴム手袋はスマホへの謎の攻撃も遮断するブロック装置なのか、とその時思ったりした。

浴室掃除用の廉価版でも可、らしい。

スマホへのビリビリ攻撃は、2週間ほどで治まったという。

かたやコウタはマルチ環境下で働く、自立移動ロボットを設計しているらしい。

取引のある企業に依頼されて作業しているといい「単なる下請け業者っす」といった。

くりこさんにもいつか、電動椅子を作ってあげますよ、

と、会ったその日に年寄扱いをされた。

いずれにしろ、給料格差が激しそうな2人だと、あの夜思った次第だ。

 ライティングのプロでないにしろ、ロゴスが不自由ではないタイプなので、

わくの書くものはおもしろくなりそうだと思った。

だが、協力に関しては、

「ことわる。だって私だって書くつもりだもん。じゃあ、競争ね、本になったらどっちが売れるか」

というと

「悪いね、くりこさん。俺のほうが売れるから。若いしイケメンだし」

という。

「わあ、心の底から殴りたい。こうなったらイチ文字目から突き放して

ポール・トゥ・フィニッシュでオマエをつぶす!」

 ふん、シガだって私の方につくはず。提供されるのが有料コンテンツにしろ。

 私たちは、湧水一族の魂に導かれて出会い、祖先の魂救済の手助けをして、

そこから何を得たのだろう。わからない。

少なくとも、何も失っていないのは確かだ、アマカツ、以外。

次回、市史編纂室の会議に出ても、もう『アマカツさん』はいないんだなと思ってから、

いやいや、ひょっとして、いたりして、速攻復帰してたりして、と思ったり。

湧水一族などの一連の記憶をなくしたアマカツさんは、善良なアカデミシャンに生まれ変われるのだろうか。

わくは、出会ったときからたった数日間で、気取ったシティボーイから、トレッキングシューズで洞窟の土壁を蹴破る、冒険少年に変貌したような気がする。

スンとした態度と、淡々とした口調に隠された、荒々しくて硬い芯。

時々、彼自身が、その荒々しさに吹き飛ばされているような。

そこに正義感が追加されたように見えるのは、遠い親戚の贔屓目だろうか。

コウタは、いっしょにいればいるほど、優しさや暖かさが伝わってくる。

とくになにか、優しいことを言ったり、したりするというのではないのだが、

相手のすべてを、いったん受け入れようとするスタンスが心地いい。

わくはコウタの包容力に助けられながら、ここまで来たのだろうと思う。

出会いはたった4日前のことなのに、もう、ずっと、2人といっしょに過ごしてきたような気がした。

そうか、私には、この2人との出会いが、秘められた財宝だったのかもしれない。

「そういえば、SS-2号は返却しなくちゃね」

というと、わくが

「このままでいんじゃないすか?なんかあったときのために」

という。泥棒が入っても知らん顔の役立たずのくせに?

でも、アシダカグモの長い足で、ふたりとつながっていると思うと悪くない。

 西の空が、日没で紅色に染まり始めていた。

レイラインの光が、この土地をまっすぐに照らしている。

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