第22話

 翌朝、私は、2人より早く目が覚めた。

空腹のまま寝てしまったからかもしれないし、枕が違うどころか、

ベッドでなくソファだったからかもしれないし、トシのせいかもしれない。

シャワーを浴びてから(浴室はまあまあきれいだった。というか、ひょっとすると、

うちよりきれいかも)、キッチンに行き冷蔵庫を開けた。

卵と牛乳はある。ソーセージが大量にあり、肉類もテキトーに入っていた。

あとはビールなどの飲み物。

野菜室にも、適当に野菜が備蓄されている。

冷凍庫を開けると、アイスクリーム類と、冷凍肉のパックがいくつか。

冷凍チキンライスやチャーハンのパックもいくつかあった。

冷凍食品は別としても、ちゃんと調理をしている家の内容だ。

とはいえ、昼間から、しかも他人の家で肉料理などを作る気にはなれなかった。

戸棚に細麺のパスタが入っていたので、それを使わせてもらうことにした。

野菜室にブロッコリーがあったので、パスタと同じ鍋の中で少し時間差で茹でる。

あとは茹で上がったパスタとブロッコリーをフライパンに移して、

オリーブオイルとガーリックで軽く炒めて和えればいい。

にんじんとパプリカをレンチンして温野菜を用意する。

お湯を沸かして、人数分のコーヒーを淹れようとしたが、いや、待てよと思った。

パスタが茹で上がる2分ほど前に

「おはよー!起きて!!朝ごはんできたよ!!」と声をかけると、

二人共、一瞬、ギョッとした顔で目を開けた。

突然、年増とはいえ女性の声がしたのでびっくりしたに違いない。

そろって、ああ、そうかと状況を理解したらしく、

またすぐ目をつぶって「おはよす」「早いっすねえ」「あーサンキューでーす」

「ねむてー」とかなんとかつぶやきながら、全く起きる気配はない。

あー、これね、と思い、一人で仕上げて食べた。

結局、2人が起きたのは昼過ぎで、それぞれシャワーを浴びて出てきた。

コウタが

「シガっていたよね?」

という。

「誰?」とわく。

「え?」とコウタが、ピエロのような泣き笑いの顔になる。

「え?なんのこと?」

と、私もわくに合わせた。

「え?え?、ちょ、まって、え? やっぱ夢?あれ」

コウタは迷宮に入り込んだように天を仰ぎ、両手で見えない扉を開け閉めしている。

わくが、「とぼけたこといってんじゃねーよ」と、コウタの頭をポンと叩いた。

「まじ勘弁だわ、体中いてーし、あのくそ野郎が!」

と、まだ、お怒りのご様子でいったので、私は声をあげて笑った。

「わーーー!やっぱ、いたよなーーー。

俺、目、覚めて、夢?とか、もうよくわかんねー、みたいな」

コウタの気持ちもわからないではない。

「昨日はずっと、その連続だったもんね。

わく、サロンパスとか貼っておけば?」

というと、青年にものすごく嫌そうな顔を向けられてしまった。

 オリーブオイルで和えておいたパスタとブロッコリーを

フライパンで軽く炒めて皿に盛り、温野菜変じて冷菜をテーブルに並べると、

「お、うまそー!!」

「うめー!!」

と、一応は、お愛想で言ってくれた。

 塩、そんなかけんな!とコウタに言うと、

「あ、俺、超しょっぱいのと激辛好きなんで」

と言い訳のようにいう。

 塩分控えめは、コウタのお口に合わないらしい。

さらに、昨日のパンまで食べて、ふたりのブランチは炭水化物祭りだ。

「超うまかったっす。ごちそうさま!」

と、コウタがお世辞をいい、わくも

「家で、誰かが作ってくれるごはん食ったの、コウタんち以来。やっぱうめー」

といってくれた。

「俺が作るめし、たまには食ってるじゃん!」

とコウタが抗議する。

「は? キミ、ひょっとしてそれ、チンするだけの冷凍五目焼きそばのこと言ってます?

ボクはしょっちゅう、キミにまともなもん作ってますけど?」

「まあ、めし作りは、『ミズハラ ダイナリダイナリダイナリ 俺』くらいの実力差だよな」

と、コウタは指で宙に、横向きの三角を三回描いた。

「わくくん、実家で食べてなかったの?」

「あー。なんか、食わなかったっすね」

「おめーに食わせる飯はねえ、みたいな?」

と冗談でいうと、まあ、そんなところです、と

笑って言葉を濁したので、それ以上は聞かなかった。

 食後、まったりコーヒーを飲んでいると、わくは、ごく自然に

皿をみんなの分も全部下げて、そのまま洗い物もシャカシャカとしてくれた。

「わ、えらいねえ」

と思わず言ってしまった。

「なにが?」

と横顔のまま聞かれた。

なにが?だろう。

彼のこの生活習慣は、どんな人生から育まれたのか、

もう少し知りたいと思った。

 千年ぶりに繋がった遠い親戚なのだから。

「料理は当番でしてるの?」

「や、家で食うとしたら、めしは基本ミズハラっすね。でも、掃除とか洗濯とかは、全部、俺っす」

「え?全部? それ、分量として公平感あるの?」

「つか、いやならめし作れっていわれるからしょうがないっす。俺、料理、マジ無理なんで」

「基本、胃袋を制するものはすべてを制す」

 わくが涼しい顔でいう。

「いうほどうまくねーから! 制されてねーし」

塩と香辛料を盾に、コウタが反撃に出ている。

「おあ!!」とわくがいきなり小さく叫ぶ。

「なんだよ、今度はなにがでたんだよ!」

とコウタがSS-1号に手をかけて言った。

SS-1号はシガが帰ってから正常に戻ったようだ。

「時三郎!!」

と、わくがリビングから走り出て、一階を探し回っている。

「いねーし、時三郎!!!」

 そういえば、昨日、帰宅したときから時三郎を見ていない。

昨日はそれどころの騒ぎではなかったけれど、わくは

「玄関で、こねーなと思ってたけど、アイツ、ときたま時差でくるから。

そのまま、シガ襲来ですっかり・・・」

と言ってふと気づいたように、指輪に向かって「シガ!!」と叫んだ。

「はい」

 秒で答えるシガ。

「てめ、時三郎どこやった!!」

「あ、屋根裏です。ものすごく吠えられるという可能性が情報で上がっていましたので。

すっかりお戻しするのを失念していました」

「やっぱり殺す!!今ので2回殺す!!」

 2階に吹っ飛んでいったわくが、時三郎を抱いて走って戻って来た。

ドッグフードと水をコウタが速攻用意している。

「ごめんな。さみしかった?

おまえのこと頭から吹っ飛ぶなんて、オヤジが死んだとき以来だ。

昨日、俺は異次元に行ってたんだよ」

 大事な友だちに報告しているようなわくの口調。

 昨日、私たちがいたテーマパークは、もう二度と行くことはできないのだ。


 午後の日差しが差し込むダイニングコーナーは、

壁のウォールナットが柔らかい雰囲気で気持ちが落ち着く。

多分、この家の設計者のデザインで特注されたと思われるダイニングテーブルも

ダイニングチェアも年季が入っているが、座り心地よく居心地がいい。

コの字型に配置されたシンプルな革張りのソファも、木製のローテーブルも、

控えめだけれど、きちんと作られたものという佇まいだ。

「ねえ、ここ、いい家だよね。家具もすごく趣味がいい」

と、褒めておいて、

「おじーさん、すごく趣味いいよね。設計はどんな人がしたの?」

と、また聞いてみた。

 スマホで何かを見ていたわくは、一瞬視線を私にあてたけれど、

すぐにモニターに戻して

「あるじは冷たい土の中に・・・」

とつぶやいた。

 再び背筋が凍るような感覚が戻ってくる。

黙って横顔を見つめていると、わくは、ふっと笑って、冗談ですよ!といった。

さらにコウタが、くりこさん、あれ、アメリカの、フォスターの古い曲のタイトルだから。

こいつのいうこと、いちいち真にうけてたら持たないっすよ、と補足する。

「どってことない家ですよ」

話を断ち切るように、わくは立ち上がって冷凍庫の引き出しを開けた。

「デザートの時間です。くりこさん、何がいいですか? 

オレンジソルベ、チョコミント、ポッピングシャワー、ラムレーズン、が、あります」

「ポッピングシャワー!」

「おっと」

とコウタが呟く。

「じゃ、ジャンケン!」

と私がいうと、わくが

「いいえ、くりこさん優先です」

と言った。

「ゲストだからね。ではお言葉に甘えて」

 ポッピングシャワーのプツプツが舌を刺激して、

冷たく甘いものが体の芯を通り抜けていく。

(冷たい・・・土の中・・・)という言葉をいっしょに飲み込んだ。


 食後、昨日の現場を確認しに行こうということになった。

パソコンのマップ上で、大体の位置を確認し、

そのエリアで新築マンションを建設するらしい現場も特定しておいた。

昨夜、遊歩道に出現した抜け道が問題だった。

現実にはない道の代替えルートも、マップ上で作成した。

遊歩道の、その場所に行ってみても、案の定、木々は微動だにせず、

空間が生じる気配はいっさい見られない。

スマホのマップで現在位置を確認しつつ、回り道をして、目的地である昨日の高台を目指した。

 3人で歩きながら、再びシガの話になった。

もう、今なら、たいがいのことは信じられるとコウタが言い、

「ドクター・ストレンジが遊びに来て、実は俺、実在してるんだぜとか言っても

今ならぜってー、信じるし」

と、アメリカンコミックのヒーローの名を口にした。

「遊びにくる時点で実在してんだろ、それ」

とわくが笑う。

「それにしてもアカシック・レコードって、なんだし」

とコウタ。

「聞いてなかったのかよ、あんだけシガがしつこく語ってたのに」

「全宇宙の全記録が保管されてるっつうのまでは、わかった」

「で?」

「どこに?」

「宇宙空間だろ」

「宇宙のどのへん?銀河系?」

「も、含む」

「それがわかんねーし。誰が保管してきたの?アンドロメダ星人?」

「ウルトラマンに決まってんじゃん」

「え、そっち?!」

どうやらコウタは宇宙人やUFOは好きなのに、

スピリチュアルなことにはこれまで興味がなかったらしい。

「そういえばさあ、友だちの友だちが自称チャネラーで」

と私がいうとコウタが、チャネラーって何?と聞いた。

「宇宙と交信できるヤツだよね? アカシック・レコードとかにアクセスできる」

とわくが解説し、コウタが、くりこさんの友だちハンパねー、と言った。

「そんなヤツ、マジで実在すんの?日本に? かっけー!

コンビニとかも行くの?そういう人」

 もう興味津々でコウタにとっては、アカシック・レコード以上に、

チャネラーの存在がカルチャー・ショックだったらしい。

「トモダチの、その人も情報売買してんの?」

とわくも興味津々の表情だ。

「情報売買に関してはわかんないけど、

さらにその師匠のような人がいて、スーパーチャネラーなんだって。

その人は、しょっちゅうアカシック・レコードにアクセスしてて、

依頼人が知りたい有意義な情報を取ってこれるんだって。

一年先まで予約が埋まってて、アポが取れないという話だったんだけど、

連絡したら一週間後の予約が取れちゃって。

でも、残念なことに、当日、重要な仕事が入っちゃったの。

それで仕方なくキャンセルしたら、もう二度と予約できなくなっちゃった。

ちょっと心が狭くない?チャネラーのくせに」

というと、わくが、

「俺様のチャネリング、キャンセルしやがった!

全宇宙あげてコイツもう無視!とかね」

といい、

「わー、全宇宙に無視されるって、こえー」

とコウタがいった。

「きっと満月とか流星群とかいっさい見えねーし」

「満月、見えてるけどね。私がコンタクトをとったチャネラーは、

情報そのものを売り買いしてるわけじゃないと思うけれど、

カウンセリング料は30分1万円とかって聞いた」

「たけー!」とコウタ。

「高いか安いかは別として、とにかくアカシック・レコードや

チャネラーについて知りたかったから、取材費としては妥当なところだと思ったんだけどね。

仮にうさんくさい話しをてんこ盛りで聞かされても、

それはそれでおもしろいだろうし。惜しかったわ」

 コウタとわくが、惜しいのか?、と顔を見合わせて首をかしげている。

「ちょっとお、なら、くりこさん!はじめっからその人に聞いたら早かったじゃないすか。

湧水一族のこと!」

とコウタがいう。

「そんなの、まず、リンクしなくない?

千年前の伝説の指輪の件はアカシック・レコードに問い合わせましょ、なんて、まずそんな素敵な発想、まったく思い浮かばないわ。

 にしても、シガはあれだけ教えてくれて無料だから良心的だよね」

と私がいうと、わくが

「でも昨日はくりこさんに有意義な情報とか、とくにはなかったじゃないですか。

こっから有料ですよ、きっと。リングで呼び出して聞くのも3回まで無料、4回目から有料で、携帯料金といっしょに引き落とされるんですよ」

といった。

「なんじゃこりゃああああ、みたいな金額なんだよな、きっと」とコウタ。

「宇宙回線使ってるしな」

「わく、もうフリー通話2回も使ってるじゃない!!私は3回残ってるもんね」

とかなんとか、うだうだと意味のない話しをしながら、

新旧の住宅街を回り道して、遊歩道から目的地へと歩いていった。

新興住宅地は道路が整備されているが、古い家が集まる居住区は、

道がアットランダムに通っているので、ジグザグに歩くしかなかった。

直線距離なら2~3分で到達するところに、倍も時間がかかったりする。

30分ほど歩いて、やっと高台があったと思しき場所に着いた。

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