間章 命短し、貴方にかける 

眠る間、恭一は幾度もあの夢を見た。

焼き付くされた街、こもる熱と残火の地獄で、あの赤い瞳を持つ者は立っていた。


その者の足音が近づく。恭一はその影から目を離せず、瓦礫に下半身が埋まり、上には世話役だった女性の身体の重みを感じていた。



【ほうか……お前は、あの時の……】


 火の粉が舞い、恭一の肌に障る中で、その赤い瞳は妖しい光を帯びて、恭一を見下ろす。


あの時の記憶、奴らがやって来た日の記憶。恭一の体に感じる生々しい血の温もり。生母よりも親しかった世話役の女の血が、まだ暖かさを残して、恭一の上に横たわっていた。


 落ちてきた瓦礫の中にあった柱に後ろから貫かれ、恭一を守った状態で亡くなっている。あの日、何人の人間が死んだのか。この者のせいで、命を散らしたのか。


何者だと、恭一は問い掛ける。何故、こんなことをしたのかと。


その者は答えなかった。代わりに、恭一をただ静かに見下ろし、その表情は何処か怒りの中に悲しみを宿していた。


【知れた事よ。いずれお前達は、滅びることになる。そう定められて、産み出された存在にすぎぬ】


赤き瞳は瞼を細め、再び告げる。


【我が呪いを受けてそこまでしぶとくいられるとは。子宮の祝福を受けたか。…よう護られてる。感じぬか?今この時も我に歯向かい続けておる】


 痛みが走る。恭一の右手の傷が広がり、血が流れ、腕を伝う。噴き出す血を止めようと抑えても、溢れる血の流れは、肉体から押し出されるように止まらない。


その者は笑う。どうせ消える一欠片の命などどうでもいいかとでも言うように、弄び、そして嘲笑う。


【せいぜい足掻く様を、我に示してみせよ】



 耐え難い激痛に耐えながら、恭一は立ち上がる。嘲笑う赤い瞳を睨み付け、プライドをズタズタに引き裂いた報いを受けさせてやりたいと言う怒りに駆られた。


殺す。忌々しい、おぞましい、憎い瞳を持つ者よ。


 理性を葬り、本能へと変える。

煮えたぎる血は、恭一の冷静さを飲み込む。どうしてやろうか。まずはそのうるさい口を黙らせるために喉を裂くか?それともあの忌々しい赤い瞳をえぐり出してやるか?


ぜぇ…ぜぇ…と喉の奥から起こる動悸が体を揺らし、その者に飛び掛かろうとしたその時。



「駄目よ!!」


背後から恭一にガバッと抱きつき、身体を留める。憎しみを駆り立てられる理性を取り戻させたその背後の存在は、必死で恭一の身体を後ろへ、後ろへと引っ張った。



「負けないで、お願い。戻ってきて…!!」


必死にすがるように、恭一の胸元のシャツをクシャっと掴む細い手。恭一は我に還る。自分の夢の中、必死に押し留めようと突然入ってきたのは誰なのかすぐに分かった。



「…アイテル…?」


【……子宮よ、今世いまよの真王よ。今に罰を与えようぞ…】



赤い瞳を持つ者は、暗い空と地上に燃える赤の中に溶け込むように消えた。

そして、恭一は後ろを振り向く前に目を覚ます。


 部屋の肌寒い空気を感じる、朝を迎える頃だった。枕に預けた頭を動かし、布団の外にあった右手を見る。菌が入らないように巻いた包帯には、ドロッとした真新しい血が滲んでいた。それは、あれは夢であっても、夢ではなかったと言うことを示している。


「…ラミエルではなく、何故君が…」


 守護天使ではなく、自分を引き戻したのがアイテルであることは、思い返しても分かっていた。あれはアイテルの姿をしたラミエルだったのか、それとも本人だったのか。


アミュダラは言った。恭一とアイテルは繋がっている状態にあると。それは、アイテル自身にも、呪いを受けて命を削る危険が及ぶかも知れないという事になる。


何故、アイテルは見ず知らずの自分の為に、こんな呪いを自らにも引き受けたのか。恭一は未だに理解が出来なかった。それは、彼女が真王という責務故に、起こしていることに過ぎない行動の一つなのか。それとも、ウラシマモノである自分に恩を売り、興味があるというオラトの様々な情報を聞き出すために近づいているだけなのか。


 早朝の肌寒さの中、恭一は簡単に身支度を整えると部屋から出た。寝ずの番をしていたアトランティス人の兵士に呼び止められる。


「何処へ行く?こんな朝早くから」


「…関係ないでしょ。真王には、好きに城の中を歩く許可は貰っている」


そう無愛想な返答をし、黙って睨む兵士に見送られながら、恭一は上の階層へと向かう。辿り着いたのは、皇宮エリアにあるアイテルの庭だ。


彼女に会ってりんごを貰い、呪いが疼いて倒れた時助けられたあの花と果実の木の並ぶ、美しい庭に。


雨が降っていたせいか、芝生や作物の草にはまだ濡れており、朝露が草を踏む度に靴を濡らす。

ザァァと近くを流れている水の音は心地よく、まるでオラトと同じく太陽が上る前のウラノスの空は、徐々に明るみを取り戻しつつあった。夜の神々が、この世界から去り、昼の神々が目覚める間際の黄昏時だ。



 ここは落ち着く。音もしがらみも何もない。自然本来の命だけが芽吹いている。

恭一は深く深呼吸をし、朝の早い庭を一人歩いていると、水の揺れる音がした。近くにある噴水から、バチャバチャと何かが動いている音がする。


 朝のまだ早い時間、見回りの兵士ぐらいしか人のいる気配はないはずだ。

恭一は音の方向に行ってみると、睡蓮の浮かぶ穏やかな水の流れの噴水の水の中に、足と長い髪の毛先をつけて、水面を眺めながら立っているアイテルの姿があった。

木綿の薄い生地の白い寝間着用の服は濡れて肌が透けて見えており、後ろ姿は何処か虚ろに揺れている。


「何してるの?君…」


どうしてまた俺の行く先に、しかもこんな朝早くに、無防備な姿で一人でいるのかと話しかけようとしたが、その様子がおかしい事に気がつく。


「…?」


 反応がないアイテルに、靴を脱いでズボンの裾をあげてから水の中に足を入れて彼女に近づき、顔を覗く。



 アイテルは目を閉じていて、顔はうなされているように苦痛を感じている。アイテルを見ていた為気が付かなかったが、彼女の左手から、恭一と同じように傷が開き、少量ながらそこから血が滲み出て、透明な水の上に落ちている。


 恭一の変えたはずの包帯にまた血が滲んでいることからも、やはり彼女も同じ痛みと苦痛を共有していることを確認する。

再び声をかけようとしたが、まるで意識がなく、眠っているような彼女の状態にこれは、夢遊病ではないかと推測した。


「…全く」


 下手に覚醒させては、意識が錯乱する悪影響があるため、恭一はアイテルの肩に手を回し、ゆっくりと歩行を促す。


アイテルは足を動かし始め、恭一と共に水の中を歩き始める。噴水の段差に足を取られないように、かかとを支えて足をあげるのも手伝い、とりあえず噴水の外から出した。


 水に濡れた衣服から、見えてはいけない肌が透けているのにも気が付き、仕方なく着ていたカーディガンを羽織らせた。このまま元の部屋まで連れていけたらいいが、そもそもアイテルの部屋のある場所を知らない恭一は、ここからどうしたものかと困り果てた。



「…きょう……いち…さん…だめです…もどってきて……」


「…戻ってきてるけど」


「だめ…やだ……こわい……やめて…」


立ったまま寝言を呟き、やがてアイテルは夢の中の何かに怯えながら、濡れた身体で彼の背中に手を回して抱きついた。


「っ!…ちょっと」


 密に女の柔らかい肌が擦れる感触と濡れた冷たさが染みる。男ならば誰もが動揺する状況だろう。思わずやめろと引き剥がそうとする恭一に、意識のない彼女はぎゅっと力を入れて、離そうとはしない。



「こわい…こわいの……やめて…暗い……」



 そんなこと知ったことか。…と、以前の恭一なら思って容赦なく引き剥がしていた。

だが、先ほどの夢の中に彼女がいたことを思い出し、もしかしたらまだ彼女は、?と、考えが過ったのだ。



明らかに何かに怯えて、自分の身体を離さないアイテルを見下ろし、身体の方に目をやらないように彼女の頭部に目を向けつつ、背中にそっと右手を置いた。


「………ラミエル。いるんだろう」


恭一はアイテルを近くにあったベンチにまでそのまま誘導し、彼女を抱き着かせたままゆっくり座らせて、幻視を支配する天使を呼んだ。



「俺を、彼女の夢に。今すぐ」


__「なんだ、放っておかないの?」


姿は見えないが、恭一の脳に直接声が伝わる。天使ラミエルは、彼の要求が意外だとばかりにそう聞いたが、恭一が何故君が夢に出てこなかったんだと不満げに返すと、ラミエルは沈黙した。


__「…分かったよ。望む通りに」




 夜の神々は眠りにつき、黄昏の刻が昼の神々の目覚める間際、草の葉の隙間から、息吹が通り過ぎていく。恭一の感覚が、徐々に現実から遠ざかる。時が遅く緩やかになり、世界の時間は止まっていく。

目を閉じて、変わりゆく世界の温度が下がって、鉄の錆びついた嫌な臭いが鼻についてから目を開けた。



雷のいななき、雨の音、血生臭い臭い。恭一は暗く何処かインド式の邸宅のような場所の廊下に立っていた。

壁、床、その装飾から、ムガル建築の様式と似ている。アクロポリスの城ではない、何処か別の場所だと分かる。


 松明の明かりも少なく、死体も何もないのに血の臭いがこびりつくこの場所を早足で歩いていると、途中、見覚えがある場所を見る。重々しい扉が開いており、中は暗く、この煌びやかな場所の中には似つかない、牢屋のような場所だった。


「見覚えがある…」


記憶を辿り、以前アイテルに触れられた時に見たビジョンの中の場所と似ている事がわかった。

その時のアイテルは、何かに怯え、この部屋に入って来た何かに引っ張り出された。女王である威厳も女としての尊厳も踏み躙られて、恥辱を受ける彼女の姿をここで見た。


その事に気がついた恭一は急いでアイテルを探した。この夢の何処かにいる事だけはわかっている。急いで連れ戻さなければ、彼女が危ない事を悟った。


「嫌っ‼︎離して‼︎嫌!」


「っ!いた」


探し続けていると声が聞こえ、部屋の一室から激しい物音が聞こえた。恭一はその音がする部屋に向かい、鍵がかかっていた部屋の扉を蹴破った。


雷鳴の中、部屋の中で寝巻き姿のアイテルは、体格の大きい背中に腕を塞がれ、押し倒されてもがいていた。部屋の中は、激しく抵抗したように荒れた様子だった。



「もう…貴方なんかに、支配されない‼︎」


 泣きながら抵抗しようとする姿は、恥辱を受けたという絶望と目の前に対する恐怖を必死に打ち払おうとしている。

恭一はすぐに駆け出す。アイテルに覆い被さる者がこちらを振り返る前に、後ろから蹴り飛ばし、アイテルの上から退かした。


それが部屋の壁に吹き飛ばされた隙に、助けに入った恭一を見て、はっと瞬きをするアイテル。


「…どうして…あぁ……」


「早く立って」


 奥に吹き飛ばされた影が立ち上がる様子を見ていた彼に、動揺したままアイテルが恭一に抱き着いた。離してと告げる前に、彼女の身体が震え続けていることが分かる。相当な恐怖を与えられていたのだろう。普段周りに守られて、おっとりしていながらも、女王として立つ女性には見えない、怯えきった少女のようだ。



「恭一さん、恭一さん…!どうして…貴方は戻ったはず…!」


「言っただろう。承認欲求を満たしたくてやってるなら、手に余る事に手を出さないことだ」



アイテルが夢に現れたのは、おそらくこの手の傷から繋がったからだろう。呪いの影響で、向こうに惹き付けられそうになった恭一を押し留めたが、逆に自分が夢に残されてしまった。


あの赤い瞳を持つ者が、彼女に下した罰。



 一体この夢の元となった出来事というのは、何なのかは、聞かなくても察しがついた。彼女を半狂乱になる寸前まで怯えさせ、夢遊病まで引き起こされるほどのトラウマ。そして、目の前で邪悪な存在が二人の前に立つ。


赤い瞳、黒く染まった肌、角の生えたおぞましい猛獣にも似た、呪いの見せる苦しみの悪魔が、そこに立っていた。



【アイテル…アイテル…】


地から響くような男の声に、アイテルは身体をびくっと震わせ、恭一の肩に顔を埋めた。


【よくもわしを死に追いやってくれたな……お前は求めたはずだ…力を、権力を!!我らの血を…故に与えてやっただろう、娘を…。身一つでは、子も、富も、名声も、産み出せぬ、小娘風情の癖に】



「っ…そんな……」


「聞くな。あれは、呪いだよ。よく知ってるだろう。呪いから産み出された、雑魚の悪魔だ」


アイテルに耳を向けるなと注意を促す恭一だったが、追い討ちをかけるように再び悪魔は言った。



【そうやってまた男にすがるつもりか。一なる者、聖母よ。星の鼓動が、命が、龍脈が、弱くなった今、お前には、以前のエバほど引き出せる力など、残っていない。妖の王との戦いも、イブリシールであるわしの力あってこそ!!】



「雑魚はよく喋るね。君が彼女の何だったのか知らないし知るつもりもないけど…さっさと土に還りなよ。不愉快だ」



 既にいない者の分際で、睡眠を妨げるような夢を見せた事に怒りを露にしつつ、恭一はアイテルの背中に手を回し、再び守護天使に呼び掛けた。


「羽根を、ラミエル」


_「天使に命令するなんて、相変わらず荒い男だね。…いいでしょう、エバもいる事だし、サービスしておくよ」


 恭一の目の先に、一枚の羽根が落ちる。ラミエルに片翼だけ残された羽根の一枚を残った片手で掴み、邪悪な存在に向けて人差し指と中指を立てた。


煉獄に堕ちた罪人、混沌から産まれた望まれぬ悪、十王の裁きにおいて炎に焼かれ六道の苦海に落ちたのち、自らの名ごと消え去れ。



悪行滅却解号あくぎょうめっきゃくかいごう___『めつ』」



 指を悪魔の身体を切るようにいんをなぞり、言霊を唱えた瞬間、手の中で羽根が光を帯びる。アイテルを惑わす呪いの産み出した悪魔が、彼の印に従うように身体を一文字に切り裂き、身体を飛び散らす。


肉体や血は、空中で火に焼かれ、灰となって舞う。対となる天使の清き善の力によって、滅却された。


【……アイテル………】


灰が集まり、うねりをあげる。最期に残った残留の念が、アイテルの名を呼んだ。


【"暗月の子"よ………宿命は変わらぬ………真王となっても…ただの傀儡かいらいに過ぎぬ……利用され…この世の楔となり…果てるがよい……】


灰が散り、その声と気配が消えた。



 息を吐き、力なくアイテルの身体が恭一にのし掛かるのを、恭一が支えた。


「アイテル、戻るよ」


「……ありがとう……」


 初めて自分の名前を呼んでくれたこと、夢の中にまで助けに来てくれた恭一に嬉しそうに笑いかけながら、アイテルはそのまま気絶してしまった。


そして力ない肉体を抱えたまま、恭一は再び遠ざかっていく世界を感じながら、目を閉じた。





 

 恭一の帰還を、鳥のさえずりと水の音、明るい光が迎え、眩しさに目が慣れない。朝を迎えていた。


 恭一は、胸の上に寄りかかったアイテルの頭に揺さぶりながら呼び掛ける。

その呼び掛けに、ゆっくりと目を開けた彼女は、寝惚けながら頭を起こし、見下ろしている恭一の視線に気がつく。



「………?……っ!?へっ!!えっ!?」


この反応を見るに、夢の内容も覚えているのか怪しいものだと、恭一はじっと戸惑ったアイテルを見て思う。


「なんっ…えぇ…どうして、私、なんで」


「いつまで人に寄りかかってるつもりだい?」


「ご、ごめんなさい!!何故でしょう!?」


慌ててバッと離れたアイテルは、周りを右往左往と顔を動かして見ながら恭一に尋ねる。


「私、お部屋で寝ていましたのに、いつの間にお庭に?というか何故恭一さんがいらっしゃいますの??」


「君、寝惚けてあそこの噴水の中に立ってたよ」


「あら…道理で服が濡れておりまして…」


「寝てた時の夢、覚えてる?」


「ゆ、夢……?……あら…もしかして、私の夢に恭一さんが出てきましたのって…あの、覚えておりまして?」


 ここまで来た記憶は勿論ないようだが、夢の内容は覚えているようで、恭一もその夢を覚えているとは思わなかったようだ。


「覚えてる。勝手に夢に踏み込んで来ないでくれる?プライバシーの侵害」


「そう言われましても。私、恭一さんの夢とまさか繋がっているとは思いませんでしたのよ!」


「嘘だね。君、俺を引き戻した後で呪いに捕まっただろう。…俺が来なかったら、二度と目が覚めなかったんじゃない?」


「…それでも、貴方があのまま、呪いの誘惑に駆られて進んでいたら、貴方もそうなっていたのではないですか?」


「言ってる意味分かる?余計なお節介はいらないって言ってるんだよ。君が出てきた事で状況が悪化した、そうだろう?」


「…あれは、私を殺そうとしていたのではありませんわ。この悪夢を見るのは、初めてではありませんもの」


 だから、私は死ぬことはない。長く苦しめられても、いつかは解放される。_。最後の言葉は、アイテルの口からは出なかった。


「結果的に、助けられてしまいましたが、私が止めていなければ、恭一さんはもっと酷いことになっていたかもしれません」


「…俺に、そういう慈悲とか自己犠牲はいらない。はっきり言ってあげようか?君が余計な事をする程、俺の仕事が増えるし、迷惑なんだよね。君はあくまでも、呪いを解くために必要だってだけだから。余計なことされて、今死なれても困るんだよ」


どうして赤の他人に馴れ馴れしいのか。どうして人の夢に入り込んでまで助けたのか。どうしてそんな無駄な自己犠牲を続けるのか。


それで死んでしまったら、自分はそこで終わりではないのか。


言いたいことは山ほどあった。それは、恭一なりの他人には分かりずらい言葉。素直に、心配だからそういう危ない事はやめろとは言い難い彼の気性なりの言葉。


 そんな分かりづらい無礼と言える恭一の態度にも、アイテルは少し悲しげな表情を浮かべるも、それ以上乱される事なく、苛立つ彼に告げた。



「私、こう見えて恭一さんよりも簡単に死なないように出来ておりますのよ。悪夢に囚われて、どんなに辛いことがあっても、耐えられます。運命が定めた死が来るまでは。…でも、貴方が死んでしまうのは、私にとって耐え難い事です」


貴方が死ぬのは耐え難い。

初めて他人からその言葉をもらった恭一は、一瞬思考が停止して言葉が詰まった。


「たとえ命は巡るものだとしても、恭一さんには、死んでほしくないのです…私の命が、尽きるよりも前に」


それは、自分の命を代わりに守っている人間に言うセリフなのか。夢の中で、あれだけ泣いて喚いていたのに、そんなことよりも、俺が死ぬ方が嫌だと?

意味が掴めず、自分に対する死んでほしくないという要望に、恭一も少し動揺する。



「自分以外の人間が死ぬ事が、嫌って意味?」


「…ちょっと違いますわ」


「じゃあ何」


「…私、恭一さんが思っているほど、すぐに命はかけませんのよ」


ぽやっとした答えを言いながら、服が濡れて体が冷えていたせいか、少し顔が赤いように見える。

もう一度答えの意図を聞いても、顔を背けて「これ以上は何も言えません」と意味がわからないままで、恭一はもういいと諦め、アイテルの隣から立ち上がった。



「君のせいで疲れたし、寄りかかられてよだれつけられたから、戻る」


「え⁉︎よだれ出てましたか⁉︎も、もしかして、いびきかいてました!?」


「寝言と寝相悪すぎ」


「わ、忘れて…忘れてください‼︎」


「フン」


「きょ、恭一さん待って‼︎本当に忘れてくださいませ!寝ている時のはしたない姿だけは…ああ、もう、今日立ち直れない……」





ーーーー「…恭一。真面目に、アイテルが言った意味、分かってないの?」


「君には分かるの?」


ーーーー「…こういう道案内までしなきゃだめなのかい、君は」



アイテルが言った意味を理解していた守護天使は、ただただ恭一の鈍感さに呆れるしかなかった。


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