第4話 オムライスの縁

 俺は米が食べられる専門店をオープンすべく準備を進めていた。


 立ち寄ったのは2軒の家。

 ここで卵とタマネギが調達できる。


 養鶏場を経営するターマスさんは、鼻が卵のように丸い中年の男だ。


「米料理、とは聞いたこともない料理だが、うちの卵を大事に使ってくれるんなら取り引きしても良いよ」


 うむ。

 これはありがたい。


「ターマスさんの卵は、チャミー村でも有名さ。黄身が濃くて美味しいんです。他にない卵ですよ」


「ははは。米田さんとか言ったかい? あんた若いのに素材の味がわかっているな!」


 ははは。

 若いといっても35歳だがな。


 ここと、目と鼻の先にあるのがタマネギ栽培で有名なネギーラさんの家だ。

 彼女は、タマネギのような丸いお尻が特徴的な中年の女性である。


「私と取り引きしたいですって? あなたにタマネギの味なんてわかるのかしら?」


 ここのは淡路島のタマネギくらい甘くて美味い。


「甘さが他のタマネギと違いますよね。ここのは格別ですよ」


「へぇ……。よし。取り引きしようじゃないか! あんた若いのにやるじゃないか!」


 ははは。だから35歳なんだってば。


「おいおい。米田さん。まさかネギーラのタマネギとうちの卵を一緒に料理しようってんじゃないだろうな?」


「え? そりゃあ、一緒にしますよ」


「冗談やめとくれよ。ターマスの卵とうちのタマネギを一緒に料理するなんて! 考えただけでゾッとするわ!」

「てめぇ、このやろう! 俺の卵は世界一なんだ!」

「ははは。自分で言ってりゃあ世話ないね。あんたんとこの卵なんて一生食べないね!」

「この行き遅れが! 俺だって、てめぇんとこのタマネギなんて死んでも食わねぇぞ!」

「私が行き遅れですてぇ? あんたはモテないボッチじゃないのさ! 私は好きで独身貫いてんのよ!」

「うるせぇ、このタマネギ尻のタマネギおっぱい!」

「むきぃいい! 卵っ鼻の癖にぃいいい!!」

「「 ぐぬぬぬぅ!! 」」


 おいおい。

 2人とも仲が悪いのか……。


 仲裁に入ったのはグラである。


「これこれ。若いの。喧嘩はやめんか」


 ははは。

 グラは見た目が10歳だけど、実年齢は千年を超えているからな。

 彼女にとっては俺たちは子供か。


 2人は笑顔になった。


「お嬢ちゃん、可愛いから飴あげようね」

「私はクッキーをあげるわ」


「わっはーー♡ ご主人ーー! 飴とクッキーもらったーー!」


 ふむ。どっちが子供かまるでわからんな。

 これで仲良くなったかな?


「「 ぐぬぬぬぅう!! 」」


 やれやれ。

 ダメだなこれは。


「稲児さん。これは放っておくしかなさそうですね」

「そうじゃ、そうじゃ。せっかく我が仲裁してやったのにのぅ」


 確かにな。

 俺が間に入ることもないか。

 と、帰ろうとした時である。


「米田さん。ネギーラのタマネギを使うんなら、俺との契約はなかったことにしてくれ」


 え?


「私んとこもだね。ターマスの卵を使うんなら、私のタマネギは使って欲しくないね」


 いやいや。


「それは困ります。俺は卵もタマネギもここの物を使いたいんですから」


「それは嬉しいがな。ふん。こんな女のタマネギと俺の卵が一緒に使われるなんてな。我慢できん」

「私だってそうよ。どうせ。まずいに決まっているわ」

「まったくだ。それは同意だね。どうせまずいに決まっている。こんな女のタマネギなんて食えたもんじゃねぇ。女と一緒で行き遅れちまうぜ」

「ボッチのあんたに言われたかないね!」

「なんだと!?」

「なによ!?」

「「 ぐぬぅうう!! 」」


 うーーむ。

 どっちの食材も最高に美味いんだがなぁ……。

 契約してくれないと、以前に売ってもらったわずかな量しかないな。

 これじゃあ店に使うのは不可能だ。

 別の人を探すしかないな。


「ご主人。もう行こうよ。我はお腹が空いたのじゃ」


 もう昼か……。

 今日は昼飯を何を作ろうかな?

 せっかくだから、卵とタマネギを使い切ってしまおうか。

 待てよ……。

 そうか!

 

「ネギーラさん、ターマスさん。良ければ昼食を一緒にしませんか?」


「俺は別に構わんが? こいつと?」

「私もいいけど……。この人と?」

「「 ううう……! 」」


「まぁまぁ。お2人は米の料理が初めてでしょう! ご馳走しますから!」


「「 でもぉ…… 」」


「ご主人のお米料理は凄く美味しいんじゃよ! アハハ!」


 屈託なく笑う。

 その姿はキラキラと輝く天使のよう。


「じゃあ、お嬢ちゃんが言うなら」

「し、しかたないわね。嬢ちゃんが言うもんね」


 うむ。

 可愛いは正義だな。


 と、いうわけで2人は俺の店にやって来た。

 開店はまだだから、客は来ない。

 ゆっくりと昼食が取れるだろう。


「はい。できあがり」


 俺は料理をテーブルに並べた。

 それは2つの皿だった。


「うわぁ〜〜! 良い匂いなのじゃあああ♡」

「稲児さん。今日は卵料理ですか?」


 ふふふ。

 2つ並んだこれ。

 名前は、


「オムライスっていうんだ」


 みんなは目を丸くした。

 聞いたことのない料理名に感嘆の声を上げる。


「オムレツってのは有名だけどな。オムライスとはな。ライスは米のことかい?」


「ええそうです」


 黄色い卵に赤いトマトソース。

 日本ではポピュラーなオムライス。


「しかし、卵料理とは良いチョイスだよ。俺ん所の卵かい?」


「ええ。片方の皿はね」


「片方? ははは! そうか! 食べ比べようってんだな」


 みんなには小皿とスプーンを渡す。

 それを使って片方のオムライスを食べてもらった。


「ウハーーーー! これは美味いのじゃあ! 卵がフカフカァ!」

「美味しいです! ご飯が赤いですね! これはトマトソースの味です」


 みんなは大喜び。

 米を初めて食べる、ターマスさんとネギーラさんも歓喜の声を上げていた。


 さて、


「じゃあ、もう片方のオムライスもどうぞ」


 みんなは1口食べる。

 変わらずに美味しいと絶賛するが……。


「不思議ですね。なんだか味が違います……」


 どうやら、アミスは気がついたようだ。


「ほえ? 我はどっちもおいしいぞ?」


「ええ。美味しいのは美味しいんですけど……。左のは卵が物足りない」


 ネギーラさんが同意する。


「そうだね。右の卵の方が圧倒的に美味しいね。味が濃いんだよ」


 ふふふ。

 よし、説明しよう。


「右のオムライスはターマスさんの卵を使っています」


「な、なんですって!?」


「おお! やっぱり米田さんはわかってんなぁ! 俺んところの卵が一番だってよ! おい、ネギーラよ。さっき、圧倒的に美味いって言ったよな?」

「ぐぬぬ……。い、言ってないわよ」

「へへへ。認めろっての」

「ふん!」

「でもなぁ……。こっちのオムライスは米が美味いんだよなぁ?」

「そ、それよ! 私もそれを感じてたのよ! 左のオムライスは米が違うんだわ!」

「そうなんだよな。左のは米が美味い。圧倒的だ……。甘いんだよ。ほのかに甘くて旨みが乗っかってる感じだ。米田さん、米を変えているのかい?」


「いえ。この2つは、材料の種類と作り方が全く同じです」


「じゃあ、なんでこんなに味が違うんだよ?」


「材料の調達してる場所が違うんですよ。ほとんどが王都の市場から仕入れた食材を使っています」


 ネギーラさんは語調を強める。


「おかしいじゃないか。米なんて、王都の市場で見たことがないよ。それなのにこんなに味が違うわよ?」

「おお、そうだぜ! 左のは圧倒的に米が甘くて美味いんだ。これはどういうことだよ米田さん?」


「では、理由を説明する前に、こっちのオムライスを食べてもらいましょう」


 俺は3皿目のオムライスを出した。

 みんなはそれをスプーンで掬って食べる。


「「「「 美味しい! 」」」」


 声が揃う。

 

「おい、米田さん! これは卵をうちのを使って、米は左の甘い米を使っただろう? なぁ、そうだろう!?」


「半分正解です」


「半分だって!? 理由を説明してくれ!」


「米は変わっていません」


「何ぃいい!? 嘘をつくなよ! こんなに甘いんだからな! 米が変わっているに決まっているんだ!」


「いいえ。米は一緒です」


「じゃあ、何が違うってんだよ?」


「この卵に包まれた米はトマトソースで味付けして鶏肉を加えたチキンライスという物です」


「ああ、じゃあソースが違うんだ! そうだろ?」


「いいえ」


「じゃあ鶏肉か?」


「違います」


「じゃあ、なんなんだよ?」


 ふふふ。

 その前に、


「この3つ目のオムライス。美味しいですか?」


「ああ! 1番、美味い! 卵とライスが絶品だ! 相性が抜群なんだよ!」

「ええ。私もそう思うわ。ターマスと同じだなんて腹が立つけど、味に嘘はつけないもの」


「そうですか。じゃあ教えましょう」


 みんなは俺に注目した。



「タマネギが違うんです」



 騒つく。

 俺は、それを静止させるように捲し立てた。


「ライスの材料にはタマネギを使っています。それを市場の物とネギーラさんの物とを変えたんです」


「な、な、なんだとぉ……? じゃ、じゃあ……。こ、このライスの甘さって……?」


「そうです。ネギーラさんのタマネギの甘さです」


「何ぃいいいいいいいいい!?」


「この3つ目のオムライス。卵はターマスさん。タマネギはネギーラさんの物を使っているのです」


「ああ。だからなんですね。奥深い卵の味わいに、タマネギの甘さがほんのり乗っかって、とても豊かな味になっています」


 ネギーラさんとターマスさんは互いに気恥ずかしそうにしていた。


「ハハハハ! 2人は美味い美味いと互いの食材を絶賛しておったな! これは認めざるを得んて!」


「「 ………… 」」


 2人は意気消沈。

 そのまましょげたまま家に帰った。


 しまった。

 少し調子に乗りすぎたかな?


 数日後。

 2人は揃って、俺の店へとやって来た。

 ターマスさんは満面の笑み。


「いやぁあ、米田さん。この前はお世話になりましたね!」


「え……? はぁ……。それは別にいいのですが?」

「ご主人、これはどういうことなのじゃ?」


 なんと、2人は手を繋いでいるのである。

 その指にはキラリと光る指輪が見えた。


「俺たち、結婚することに決めたんです」


 はい?


「いやぁ、結局、互いに素直になれなかっただけだったんです。それを米田さんのオムライスがわからせてくれましたよ」


 そんなことってあるんだ。


「ネギーラは世界一の女性だって気付かせてくれました。こいつのタマネギみたいな胸も尻も、たまらなく愛おしいんです」

「んもう。ターマスったら恥ずかしいこと言わないでおくれ。でも、あんたの卵っ鼻も可愛くて大好きだよ♡」

「おいおい。俺の方が好きだっての」

「私よ」

「俺だ」

「「 ふふふーー♡ 」」


 はぁーー。

 これは見てられんな。


「結婚式は必ず来てくれよな」


「は、はい」


「あと、これはお礼だ」


 そういって、大量の卵とタマネギをくれた。


「勿論、材料の専属契約もお願いするから。あんたの店がオープンしたら常連にならせてもらうよ!」

「米田さん。本当にありがとうね! あなたのオムライスが私たちを結んでくれたわ」


 2人は抱き合いながら帰っていった。

 遠ざかる2人の背中を見ていると、明らかにキスをしていたので見るのが嫌になるほどだ。


 まぁ、なんにせよ、幸せになってくれたのならよしとしようか。

 オムライスが結んだ縁か。

 フフフ。悪くないな。

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