第3話 おにぎりの楽しみ方
俺は畑を耕していた。
リザナ女王から貰った土地は広かった。
全部を耕すのは1ヶ月はかかるだろう。
護衛のアミスが桑を持つ。
「私にも手伝わせてください!」
「しかし、君は護衛が仕事だろ?」
「この土地は平和です。危険なことはそんなにありませんからね。なにより、美味しい食事をいただいているので、私も協力しなくては罰が当たりますよ」
「ありがとう。じゃあ、甘えさせてもらおうかな」
俺たちは2人で畑を耕すことになった。
これで半月で済むかもしれない。
「よし。そろそろ昼が近い。俺は昼食の用意をするよ」
「うは♡ 今日はどんなお米の料理なのでしょうか? 楽しみです。ウフフ」
さて、何を作ろうか?
その時。
どこからともなく怪しい声が響いて来た。
『愚かな人間どもよ。立ち去れ』
やれやれ。
「立ち去れとは随分な言われようだな。何者だ?」
『我はこの地を守護する者』
これに反応したのはアミスである。
「だ、大地の守護者!? グランデウスです! 稲児さま! 神獣グランデウスですよ!」
ほぉ。
なんだか強そうな名前だな。
しかしな。
「この土地はリザナ女王から正式に与えられたんだ。例え神獣であろうと、出ていく謂れはない」
『愚かな。ここいら周辺の大地は我の物じゃ。女王の物ではない』
ふぅむ……。
「もう家を建てて畑を耕してしまったからな。なんとかならないか?」
『ならぬ!』
「そ、即答だな」
『この地を平和にしたのは我の力なのじゃ!』
確かに、ここ周辺は特定のモンスターがいない安住の土地だ。
それゆえに女王から与えてもらったんだ。
まぁ、王都からは少し離れていているが、住みやすいのは間違いない。
神獣の加護があったはと驚きだな。
うーーむ。
なんとか共存できないかな?
「今は田んぼを耕している半年待ってくれたら美味しい米ができるからさ。それを少し献上するから、そういうので我慢してくれないかな?」
『米だと!? 聞いたこともない食材じゃ! そんな物が食えるか! それに半年も待っておれん! 今すぐ、ここから出ていけ!!』
アミスは剣を抜く。
「下がって稲児さん!」
「神獣を倒すのか?」
「いえ。神獣はSランクのモンスター。私1人ではとても敵いません。ですが稲児さんを守るのが私の仕事!」
大地は揺れる。
地響きと共に現れたのは大きなモグラだった。
デカいな。
象くらいの大きさか。
茶色の毛並みに尖った鼻。
手は大きな爪になっている。
『ふふふ! 小娘よ。我と戦うか?』
いやいや。
「2人とも待ってくれ! 俺は戦いたくて料理人をしているんじゃないんだ」
「し、しかし稲児さん。ここは稲児さんの土地です」
『いや、我の物じゃ! モンスターを食い尽くし、安住の地にしたのは我の力なのじゃ!』
「稲児さんの土地です!」
『我だ!!』
「『 ぐぬぬーー! 』」
やれやれ。
睨み合っていてもしかたない。
「アミス。一旦、引こう。女王に相談してみるよ」
「し、しかし稲児さん」
「戦って欲しくないんだ」
俺たちは農具を仕舞う。
『ヌッフッフ! そうやって大人しく出ていけば許してやろ──ムキュウ……』
大きなモグラばったりと倒れた。
「なんだ?」
『もきゅぅううううう〜〜』
目を回して倒れ込む。
「おい、どうしたんだ?」
『わ、我は……。我は腹が減ったのじゃぁあ』
はい?
『腹が減りすぎて立てん〜〜』
「この周辺のモンスターを食べてたんじゃないのか?」
『もうそんなモンスターはおらんよ。空を飛ぶやつは捕まえられんし』
ああ、なるほど。
食い尽くしたんだな。
「アハハハ! 良い気味です! 稲児さん、放っておいて行きましょう! 出ていけと言ったのはグランデウスの方なんですから!」
いやしかしだな。
「丁度いいではありませんか! 神獣が餓死すればこの土地は正式に稲児さんの物になりますよ」
「う、うーーん。でもな……」
「折角、稲児さんがお米の献上を持ちかけたのに、そんな話を却下したのです。罰が当たったのですよ。天罰が!」
神獣はぐったりと倒れたままだった。
俺は店に戻った。
そして、一枚の皿を持ってくる。
「なんですかそれ?」
「えーーと……。まぁ、なんていうか……。ははは」
「い、稲児さん? もしかして?」
「ああ」
俺は皿を神獣の前に置く。
「食うか?」
『な、なんだ、これぇ?』
「おにぎり、だ」
『なんじゃそれぇえ? 食いもんくれぇええ! パンとかじゃがいもとかぁあ!』
この言葉に怒っていたのはアミスだった。
俺はそれを止めながら答える。
「米で作ったんだ。美味いぞ」
「コメェエエ!? ……クンクン。ふむ。匂いは悪くないな」
すると、モグラは全身から煙を上げる。
瞬く間に少女の姿へと変わった。
なんだなんだ?
その見た目は10歳程度。
茶色の長髪はキラキラと輝く。
風貌は魔法使いに似ている。
とんがり帽子がまるでモグラの鼻のようになっていた。
肌の色は砂糖のように真っ白。青い目をしており、異国の美少女、といった感じだ。
「こっちの方が食べやすいのでな」
なるほど、確かにそうかもな。
彼女はおにぎりを掴む。
「ふぅむ。この白いのが米か……。どれ、1口……ぱくり」
さて、神獣の反応はどうかな?
「うまぁああああああああああい!!」
「そうか。良かった」
「なんじゃこれぇえ? めちゃくちゃ美味ではないか!」
「だろ。それが米の力さ」
「モグモグ。塩っけが利いていて最高じゃな。この米というのは噛めば噛むほど甘味が出て来おるわい」
瞬く間に3個のおにぎりを平らげる。
物欲しそうに手の平についた米粒をペロペロと舐める。
「よし。ちょっと待っててくれ」
俺は店から飯櫃を持って来た。
その中にはホカホカの米が大量に入っている。
そこに少量の水。塩。具材をたくさん用意する。
アミスと神獣は2人揃ってソワソワしていた。
「な、何をするのでしょうか? じゅるり」
「俺たちも昼飯がまだだっただろ?」
「は、はい。じゅるり」
「おにぎりパーティーといこう」
「「 おにぎりパーティー!? 」」
俺は米を握る。
「塩むすびも美味いが、おにぎりの醍醐味は中の具材でもあるんだ」
「モグモグ! あは! 中にキノコが入ってます」
醤油と蜂蜜で作ったキノコの佃煮だ。
そこに山椒の実を入れてある。
「キノコが甘辛くて、そこにピリっとした感じもあってお米とよく合います!」
「美味い! とにかく美味いぞ!」
「次はなんでしょうか……。モグモグ。あは! これは焼き魚ですね!」
そう。
焼いた鱒を入れた。謂わば鮭おにぎり。
ここでは独特の名前なんだよな。
「トーラウティに塩を振って焼いたんだ。それをほぐして中に入れた」
「あは! 中に何が入っているのかわからなくてワクワクしますね!」
「我もじゃ! ヌフフ! 次はどんな中身なのじゃ? おにぎり最高じゃ!」
ふふふ。
さしずめ、おにぎりガチャってところだな。
これがおにぎりの醍醐味でもあるんだ。
2人は俺の握る手元に注目。大きな瞳をキラキラと輝かせていた。
そして、おにぎりを食べて、具材に到達すると歓喜の声が湧き上がる。
「あは! 鶏肉ですね!」
「ああ。この前、倒してくれたセボンバードの肉を鶏そぼろにしたんだ」
「美味い! 我は全部美味い!! 美味じゃ、美味!」
「次は山吹だ! 甘辛く煮てますね!」
「キノコと鶏肉の炒め物もあるのじゃ!」
やがて、2人はおにぎりが簡単に作れることを把握する。
「作ってみるか?」
「いいのですか?」
「わ、我も! 我も握ってみたいのじゃ!」
2人は手の平に水をつけて米を握る。
アミスのおにぎりを3人で食べる。
ふぅむ。
これは……。
「バハハ! これは硬いのう。女の握った握り飯は硬すぎるんじゃ」
「むぅう! そ、そういう神獣さんのおにぎりはボロボロじゃないですか! こんなの食べれないですよ。ていうか、おにぎりじゃないし」
「だって、力加減が難しいんじゃもん」
「ですよね! 稲児さんが作ったおにぎりみたいにフワァってならないんです! 表面はしっかり硬くて中はフワァって、優しい感じ」
「そうそう! 男の作ったおにぎりはなんか優しくて美味いんじゃんよな!」
それでも3人でおにぎりを作ると楽しい。
なんだかんだいいながら残さず食べる。
いつしか、みんなで笑っていた。
「「「 アハハハハハ! 」」」
さて、
「神獣グランデウスよ。どうだろうか? 俺に土地を貸してもらえないだろうか?」
「む? むむむぅ……」
「そうすれば、美味しいおにぎりをいくらでも作ってあげられるよ。君にとっても利点はあると思うんだ」
「むむぅーー」
「えーー!? 考えることですかぁ? 即答です、即答! こんな美味しい料理が作れるのは稲児さんだけなんですからぁ!」
「ふむ! じゃな!!」
彼女は再びモグラの姿になった。
そして、額を俺の前に出す。
「なんだ?」
「契約じゃよ」
「え?」
「神獣契約をしてやる」
なんだそれ?
「凄いですよ! 稲児さんが神獣の主人になるってことです!」
いやいや。
「俺はそんなことを求めていないが?」
「構わんよ。我の主人になってくれ。我は千年以上も生きたのじゃ。もう正確な年もわからん。生きるのに飽きたと言ってもいい。この土地で餓死しようかと腹をくくっていたところだったんじゃよ」
「そうだったのか……。しかし、主人になるとは?」
「この土地を正式にお前の物にするんじゃ。勿論、我もな」
「ふぅむ」
「考えることはない。主人を守り、この土地を守るのが我の仕事じゃ。見返りにおにぎりを食わしてくれればそれだけでよい」
「そうか。それなら主人になってもいいな」
「額に手を置くがよい」
「ああ、こうか」
するとモグラは輝いた。
俺の甲に神紋が浮かび上がり、同じ紋様が神獣の額にも記された。
やがてその模様は消えた。
神獣は再び少女の姿へと変わった。
「にへへ。これで我はそなたの物じゃ。ご主人んんん♡」
そういって抱きつく。
「おいおい」
「にへへへぇ。誰かに抱きつくなんて何千年振りじゃろうか? ご主人、ご主人んん♡」
やれやれ。
寂しかったのかもしれんな。
「君にも名前が必要だな」
「名前なんかないぞ。我は生まれた時から我じゃ。名前なんてものは人間が勝手につけた形式じゃからな」
「そうは言っても呼ぶ時に不便なんだ。神獣ってのも硬いし、グランデウスは長いしな……」
「主人の好きに呼ぶがよい」
「じゃあグラにしようか」
「グラ……。我の名前……。ヌフフ。我はグラか……。グラ……。フフフ。中々、良い名じゃないか。グラ♡」
なんだか気に入ってくれたみたいだな。
「コホン。じゃあ、グラちゃん。そろそろ稲児さまにくっつくのはやめましょうか」
「なんじゃ女。お前もくっつきたいのか?」
「そ、そんなんんじゃありません! 私は稲児さんの身の安全を守るのが仕事なんです!」
「だったら我と同じじゃないか。我のことは気にするなご主人んん♡」
「く、くっつきすぎです!」
「だったらお前もくっつけば良かろう」
「そ、そういうことじゃありません!」
「うるさい女じゃなぁ」
「あと、私は女じゃありません。アミスですから!」
「よし、アミス。二人でご主人に抱きつこうぞ!」
「……ううう」
アミスは真っ赤になって俺を見つめるだけだった。
やれやれ。
まぁ、明るい仲間ができたのかもしれん。
しかし、食い扶持が増えてしまったな。
俺ががんばって2人を食べさせてやらないと。
などと思った午後のこと。
「ご主人ーー! 田んぼは全部耕したぞーー! 次はどこをやればいいんじゃーー?」
あ、あれだけ広かった土地が、たった2時間足らずで耕されてしまった……。
やれやれ。
凄い仲間ができたもんだ。
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