後篇 アンデッドは死ぬべきだった。




「『浄化』でしか殺せないというのはつまり、殺害方法が限定されているということだね」


 そう言って、アランはコーヒーをすすって、異世界の地図に目を向ける。


「そして、『制限』があるとなると、公自身も防衛手段を持たないことになる。得意の魔法が使えない」


「……そうだな、公が強力な魔法使いである、という話はほとんど意味をなさない」


「それから、聖者には『不殺の誓い』があり、アンデッド公を〝殺す〟という行為は禁じられているはず」


「……あぁ、そうなるな。現在王城を出入りした聖者たちの調査が行われているそうだ。誓いを破れば、その瞬間から聖者は力を失うらしい。犯人がいれば一発で判明する……」


「では、考え方を変えてみよう。聖者の倫理観、死者の定義についての問題だ」


「……つまり、こういうことか? 聖者にとって〝殺す〟とはどういうことか、何をもって死者とするのか……」


「リビングデッドの浄化は許されている。ならその理屈でいえば、アンデッドである公の浄化も〝あり〟になるのでは?」


「しかし、公には意思がある。身体は死んでいても、生きている――その機能を停止させるのは、〝殺す〟という行為になるんじゃないか?」


「これは、個人の裁量の話になるかもしれないね。結局そいつが、犯人がどう思うかの問題だ。もしも犯人に殺しの自覚がないのであれば、事件後もその聖者は力を失っていないかもしれない」


「……そんなことを言い出したら……」


 この世界の魔法を全て把握している訳ではない。魔法にも理屈があり、使用するには相応の対価エネルギーが必要で、なんでも自由にすることができる万能の力ではない――それは分かっているのだが、だからこそ――まだ知らない条件がある可能性が、全ての根拠を不確かなものにする。


 可能性を挙げれば、キリがない。


「では、こう考えるのはどうか。アンデッド公は、普通に殺害されたのだと」


「……どういうことだ?」


「数世紀もの統治を続けてきた、滅多におおやけの場に姿を現さない人物――それはつまり、誰も公の素顔を知らないということにならないかな。百年前の彼と、現在の彼が同一人物とは限らない――『アンデッドである』と偽って、実は普通に代替わりしてきた正真正銘、生きた人間である、という可能性だ」


「それは、大胆な仮説だな」


「可能性から〝仮説〟になるくらいには、理にかなったということかな」


「まあ、何事も仮説を立て、それを検証していくしかない……。残る疑問はどうやって殺したか、なぜ殺したのか、犯人は誰か――」


「次のステップに進む前に、一つに確認したい。現場では魔法の使用が制限されていたというけど――魔法によって活動している公は、どうなるのかな。そもそも、公はいつ殺されたのか。これはちょっとした言葉のトリック、ミスリードってやつじゃないのかな?」


「というと――つまり、『魔法の制限』がかけられたことによって、魔法によって命を繋いでいたアンデッド公の〝生命線〟が断ち切られた、と?」


「そういうことになるけど――まあ、だとすればこれは事件でなく〝事故〟になるんだが」


「『制限』はあらかじめ設定されていて、魔力を使った魔法の発動に『待った』をかけるものらしい。そして『待った』は警備側に通知される。だから、魔法の使用はありえない。それから、そうした警備体制をあらかじめ知っていた公は、その対策をしたうえで今回王城入りをしていたらしい」


 法術による『浄化』は魔力を用いないため、現状、聖者にのみ犯行が可能という話である。


「だから、お前の言うアンデッド公・生者説は有効だ。そもそも魔法が関係ないとなれば、私もまだ考えようがある」


「なら、こういうバージョンもある。そもそも、今回王城入りをしたアンデッド公は公本人でなかった――つまり、生きた人間による〝代理人〟だった、という線だ」


「なるほどな……。それなら、公の〝対策〟としても相応しい。戦術家として知られている人物だ、それくらいのことはするかもしれない」


「じゃあ、いったん『アンデッド公・生者説』で話を進めるとして――次は、なぜ殺したのか、動機の検討といこうか。どうやって殺したのかについては、物理的に可能である以上、今はさておくとしよう」


「公は予想される戦線において重要な役割を担っている人物だ。そんな人を殺せば、この国は戦争で不利になる……。公を殺す理由としては、そんなところか」


 依頼主への回答としては、こんなものだろうか。しかし、犯人まで絞り込めなければ、まだいまいち探偵として納得がいかない。


「敵国のスパイ的な人物の犯行、という訳かな。身内に暗殺者がいるとなれば、議会の方にも不和が生まれ、話し合いどころじゃなくなるだろうし。――犯人には、殺害に至るための動機、メリットが必要だ。公が死んで、戦争がうまくいき、もっとも得をする人物が疑わしい」


「そういう政治関係の事情は詳しくないが、いろいろ当たってみれば誰かしら浮上するかもしれないな。……よし、そうと決まればその路線でさっそく聞き込みを――」


「いや、その必要はない。犯人は分かってる」


「……なんだと?」


「アンデッド公、そのひとさ」




 アランの言葉に、私はしばし何も言えなかった。


 ……犯人は、被害者自身?


 自殺、ということか?


「アンデッド公は死ぬべきだったんだ」


「……どういうことだ? そんなことをして、何の得がある? いや、自殺に損得もないが、しかし……なぜ、よりにもよって会議の場で? そんなことをすれば、議会に不和を生むことくらい……」


「不和を生めば、貴族たちはお互いににらみ合うだろう。そうすれば、いるかもしれない〝スパイ〟の存在が浮き彫りになるかもしれない。そして、仮にそんなものがいれば、そいつに公の死の責任を追及することができる――そうやって断罪できる。貴族のなかに〝内通者〟がいたとするよりはまだ、国の面目も保てるだろう」


「しかし……」


「まあ、今のは軽い思い付きだ。実際、議会のなかにスパイがいるかは不明だが、仮にいるとすれば、公の死は敵国に知られるだろう――公の狙いは、そこだ」


「自分が死んだと思わせて……実は生きている? 偽の情報を流し、敵の不意をつこうと?」


「そう。リビングデッドがいると分かれば、敵も相応の準備をしてくるだろう。しかしいないと分かったうえで来るなら、そこに油断も隙も生まれる。戦術家らしいアイディアじゃないか?」


「だがな……」


 実際、公は殺されたのだと――


「いまいち納得できてないようだね。じゃあ、こういうのはどうかな――王城入りを果たしたアンデッド公は、代理人。それも、公の操るリビングデッドだった、というのは」


「……それなら、『制限』の影響も受けず……スイッチを切るように、本物の死体をその場に残すことが出来る……」


「遠隔地からのコントロールが難しいようなら、実行したのは公の命令を受けた〝従者〟だろう。いるんだろう? 公に随伴した何某かが。それが生きた人間が、リビングデッドかは知れないが」


「あぁ、それなら――」


「何より、王城で起こったという、国の有事ともいえるこの事件について――君が詳しく知っているというのが、何よりの証拠だ」


「……なんだと?」


「君に依頼をしてきたのは、公の関係者、それも公の〝従者〟その人だね?」


「あぁ……」


 先刻、事務所にやってきたのは自らをアンデッド公の従者と名乗る、やたらと顔の青白い――アンデッドだった。


「なぜ分かった?」


「魔法に関する事件、それも著名人の死ともなれば意気揚々となるはずの君が、妙に浮かない顔をしていた――死人に殺人の謎解きを依頼されれば、そりゃあんな顔にもなるだろうとね。そしてその人物が、君に事件の情報を流した、ということ」


「……それが解せない。仮にお前の言う通りだとしたら、なぜわざわざ探偵である私に依頼を?」


「『アンデッド公が死んだ』と、世間に広めてもらうためさ」


「……なに?」


「君がいろいろ駆け回り、調べ尽くす。そうすればおのずと、事件のうわさは市井に広まり……やがては隣国の関係者の耳にも届くだろう。それが狙いだ。秘密裏に探偵に調査を依頼した、と――そうした方が、うわさに真実味というやつが生まれてくる。敵は油断し……まんまと公の策略にハマるって寸法さ」


「それは……」


 なんといえばいいのか――この私が、有名な探偵と見込まれたうえで、政治的駆け引きに利用された、ということなのか。それほどまでにこの事務所の名前は知られていると、喜べばいいのか。


「雑誌社に通じてる僕の存在も織り込み済みかもしれないね。こと情報の出入りに関して、いまや市井のなかで僕たちに勝るものはいないだろう」


「だが……依頼主にはどう告げる? 先方の思惑を承知していることを知られてしまうと、その……消されないか?」


 私はといえば、名が知れ渡り「名探偵」と公然と名乗れるのは喜ばしいが、こう、国の陰謀だとか、そういうものに巻き込まれたい訳ではない。毎日の生活費を稼げて、少し贅沢できる余裕さえあれば、今のところそれでじゅうぶんなのだから。


「君は肝心なところでいつも腰が引けるね。大丈夫、何かあっても……きっと、アンデッドとして重宝してもらえるさ。そうなれば食費にも困らなさそうだ」


 ……笑えない冗談だった。



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異世界ミステリー:アンデッド殺人事件 人生 @hitoiki

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