異世界ミステリー:アンデッド殺人事件

人生

前篇 誰が不死者を殺せるか?




 ひょんなことから異世界にやってきた二人、エリックとアランは、一国の首都のなかに『探偵事務所』を設立した。


 その実態はといえば「なんでも屋」同然ではあったが、その活躍はエリックの情報収集活動もあいまって各方面に知られるようになっていたようだ。


「なんだい、エリック。珍しく客が来ていたようだが……いつものように『事件だ! 人が死んだぞ!』と大はしゃぎしないのかい」


「そんな不謹慎な喜び方をした覚えはない。というか逆だ、『人が死んだ、事件だ!』というのが私の感想としては正確である」


「それはそうと、今ちょっと原稿が煮詰まってるんだ。息抜きがてら、守秘義務無視して依頼内容を教えてくれよ」


「お前はうちの所員だから守秘義務の範囲内だ。ともあれ――そうだな、まずはコーヒーを淹れよう」




 事件のあらましはこうだ――


「北方の辺境を収める公爵、通称『アンデッド公』が殺された」


「とんでもない矛盾をはらんだ説明だ」


 アランはカップを片手に、壁に貼られたこの異世界の地図に目を向ける。


 私たちの住む『央国おうこく』の北方、今回の被害者は荒涼としたその地を治める辺境伯――通称『アンデッド公』と呼ばれる人物だ。


「『辺境伯』といえば、中央から離れた地方領を任された貴族のこと。『公爵』より位が低い爵位のはずだけど?」


「突っ込むのはそこか……。こちらの世界の爵位については知らんが、アンデッド公は『公爵』だ。しかしその特殊な素性から、辺境に領地を持っているらしい」


「まあ辺境とはいえ、その領地はどうやらこの国の周縁部……北西か。最近何かとキナ臭い、隣国との国境沿い。任せるなら、相応の能力を持った人物という訳か。……それで? 『アンデッド』っていうのは? まさかほんとに〝不死者〟って訳でもあるまい」


 アランの問いはそのもの、答えだった。


「そのまさかだ。アンデッド公はその名の通り、不死者。なんでも数世紀は生きている、不死の存在らしい」


「不死者なのに生きている。だから殺害された、と」


「いちいち言葉の揚げ足をとるな――私だって困惑している。いずれその時が来るだろうとは思っていたがな……」


 この異世界には、〝魔法〟が存在する。そして〝不死者〟とは、その魔法によって生きながらえている……骨と化した身体に魂を憑依させ、存在し続けている者のことだ。殺しても死なないのではなく、死後も意識を失わないモノ。


「……いわば現実代表ともいうべき探偵にとって、〝魔法〟の存在は天敵。いやさ、魔法による事件とは実に心躍るフレーズだ。そう捉えれば魔法とは、探偵にとって最大の好敵手ともいえるだろう。ただ……」


 それはもっとも難解な事件であることも示唆している。果たしてこの私に解ける謎なのか――


「こうも考えられるんじゃないか、エリック」


 コーヒーをすすってから、アランが続ける。


「ファンタジーこそ、もっともミステリと相性が良いジャンルである、と」


「どういうことだ?」


「技術は常に進歩している。現代ミステリの傑作、と謳われた作品も、十年後には『リアリティに欠ける』と言われるかもしれないほどに。たとえば現代の技術では採取や鑑定できなかった指紋も、未来の技術であれば一目瞭然、犯人特定となることだろう。常にSFという脅威に晒されているんだ。それは執筆者としてもそうだ。自分では優れてると思ったトリックも、最先端技術の研究者たちからすれば子どもの絵空事、簡単に見破れるものとなるかもしれない……」


 作家志望の言葉と思えば、後半のたとえ話は実に重みのあるものだ。


「しかし、ファンタジー世界を舞台とすれば、どうだろう。魔法といえば〝なんでもアリ〟といった印象で、事実この世界のそれも『魔力さえあればなんでも出来る』ような感じだが、これに詳しい設定を加えると、どうだろう。たとえば、『誰もが嘘をつけなくなる』という魔法があれば、作中の人物は嘘のアリバイ証言が出来ないものとなる。言ってることはみんな〝真〟だが、確実にこのなかの誰かが犯人……といった面白い話が書けようというものだ。つまり、〝縛り〟を設けるのに都合がいいんだ、ファンタジーってやつは」


「……しかし、それは小説の話だろう。現実は違う……。今回の事件でいえば、被害者以外の関係者の誰も魔法を使っていない。にもかかわらず、犯行は魔法以外ではありえないという状況だ」


「まさに〝縛り〟が効いてるじゃないか。〝不可能殺人〟――とりあえず、一から聞こうか?」




 改めて、事件のあらましを説明しよう――


「被害者はアンデッド公。現場はこの首都にある王城、北西戦線に向けた貴族連合の会議が行われていたそうだ。各地から有力貴族たちが集っていて、被害者もその一人……彼は強力な魔術師であり、また高名な戦術家、兵法家として知られた人物だったらしい。なんでも、『リビングデッド』を使った物量戦を得意とし、人を人とも思わぬ冷血漢だったとのこと」


「リビングデッド……『生きた屍』か。確か、死後も生前と変わらぬ知能や意識を持つアンデッドに対し、リビングデッドは知性もなければ血も涙もない、僕らの世界で言うゾンビみたいなものだとか」


「一つ訂正するとすれば、血は通っている。リビングデッドといえど、人体。兵士として動かすにはそれなりに稼働できる状態が良いらしいからな。魂のない抜け殻だが、魔力によって心臓が稼働しているという……。死後硬直などもないらしい。とんでもない遺体の保存技術だ。故人の意識以外はほとんどが生前と変わらないそうだからな」


 意思の疎通こそとれないが、簡単な命令なら実行できる。使い捨ての兵士としてはある意味、人道的な存在かもしれない。


「死体を操り、けしかける……そんなもので物量攻めとは、確かに血も涙もない人物のようだ」


「実際、公の身体はほとんど骨と皮らしいからな。……アンデッドとリビングデッドの違いは、そこに意思があるかないか。魂の有無という話だ」


 アンデッド公は魂を持つが、その肉体はとっくに朽ちているという。その姿を目にしたものは恐怖のあまり魂を奪われ、公の戦列リビングデッドに加わることになる……といった逸話があるほど、恐ろしい外見をしているそうだ。


「……話を戻すが、アンデッド公は要所を任された有力貴族だ。数世紀にもわたって北の領地を治めてきたというが、おおやけの前に姿を現すことは滅多になかったという。今回の従者を伴っての王城入りも実に百年ぶりという話だ」


「その滅多にない機会を狙って、何者かが公を殺害した、と」


「そういうことになる。現場は王城、セキュリティも万全だ。各地の貴族が集っている以上、それもいつも以上に厳重だろう。外部からの侵入者はほぼありえない。少なくとも、警備の魔術師たちはそう証言している。魔法などが使われた形跡もなく、そもそも現場近辺では保安上の理由から、魔法が使えないよう制限がかけられていたそうだ」


 そして、これが肝心かなめなのだが――


「アンデッド公の肉体……肉はないらしいが、その身体は既に死んでいる。公は器である身体に魂を定着させ、動いている状態らしい。その〝器である身体〟を損なっても、彼は魔法でそれを復元することができる……。何より、彼自身が相当の魔法の使い手だ」


「そんな彼を、どうやって殺したのか。そもそも不死者を死に至らしめるとは? これは例のリビングデッドの攻略にも繋がりそうだね」


「アンデッドやリビングデッドを殺すには……斃すには、その器から魂や魔力を引きはがす、つまり『浄化』という行為が必要になるそうだ。それは魔法の一種、いわゆる聖職者にしか使えない癒しの力、法術〟と呼ばれるものだ」


「不死者を浄化するのは聖職者か。神を信じる信心深い連中……なんでも『不殺の誓い』を立てることで神からパワーをもらってるんだったか」


 不殺の誓いとは文字通り殺人など、他者の命を奪う行為を行わない、と誓うものだ。それは食生活などにも及び、動物性食品を口にしないものや動物由来の衣料品を身に着けないものまでいるという。


「そう。アンデッド公を殺せるのは、その聖職者、〝聖者〟しか考えられないのだが……会議の期間中、アンデッド公に近寄ることができた聖者は確認されていない」


「……貴族のなかにこっそり、『浄化』を扱えるように勉強していた人間がいた、とかは?」


 勉強してどうにかなるようなものではない、というのが私の印象だ。我々の世界で言う〝完全菜食主義〟を徹底し、この世界の文明の根幹ともいえる〝魔法〟から離れて身を清める――いわば修行僧にでもならなければ、法術の会得は難しいという話だからだ。


「公を殺す、そのためだけに育てられた、一つの凶器ともいえる暗殺者がいた、としたら?」


「面白い考えだが――それは未知の毒物や技術、つまりは魔法の存在を認めるようなもの……考えることを放棄するのと同義だ。そんな可能性を考え出したらキリがない」


 魔法を使わねば殺すことのかなわない人物が、殺された。関係者のなかに『浄化』を扱えるものは確認されておらず、またそのような魔法が使われた形跡は見つかっていない。それどころか、現場では魔法の使用に制限がかかっていた――確かに、〝縛り〟が効いている。


 魔法が存在するこの異世界で、ミステリの〝お約束〟が守られる保証のない事件――果たして、解決が可能なのか。



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