開廷、妖精裁判! Ⅳ

「ちょい、待つの」


 呼び止められると同時に、ポカッと頭に軽い衝撃が走る。


 戻りかけた表情を再び引きしめて、俺は振り返った。そこにいたのは、木槌を手に持った裁判長の妖精だった。


「……なにかな?」

「なにかな、じゃないの。まだ裁判中なの。罪人は元の場所にとっとと戻るの」


「……やっぱり、このまま帰るのはダメかな?」


 にこりと、俺は引きつった笑みを見せる。

 裁判長は首を左右に振った。


「ダメなの」


 と言って、裁判長の妖精は元の壇上に戻った。カンカンカンと騒がしく鳴らした木槌の音が静寂を切り裂き、ついでに俺の余韻も粉々に砕いていった。


「みんなー、仕切り直しなの」

「し、仕切り直しってなんだよ。俺の言いたいこと、少しくらいはわかるだろ、なぁ?」


 俺はなりふり構わず、裁判長に申し立てた。


「俺はおまえらに危害を加えるつもりはないの! 勝手に侵入したのは謝るし、妖精の里のことは誰にも言わないから、帰してく──」

「せ、静粛になのッ!」


 有無を言わせず、木槌を叩く。

 この舌っ足らずの裁判長の妖精、若干人間に怯えているようではあったが、強気に息巻いた。


「今日はアタチが裁判長のお当番なの。か、勝手に進めるのはマナー違反なの。お願いだから……人間は静かに突っ立っていてほしいの」

「と、当番って……」


 後日聞いた話だが、妖精の仕事はみな当番制らしい。向き不向き関係なく、平等にローテーションで仕事がまわってくるという。


 裁判長の妖精も、たまたま自分の当番の時に俺たちの裁判がぶち当たっただけなのだ。もっと話のわかる妖精に進行を務めてほしかったが、こればっかりはルールのため、いたしかたない。


 舌っ足らずなこの妖精は、甘えん坊な性格らしい。

 こっちが渋い顔をしていると、じわじわと目元をうるませてきた。彼女がぐずりはじめると、まわりの妖精たちも騒がしくなってくる。


「わ、わかったよ。無理に進めて悪かったな」


 泣く子には敵わない。お得意の演説が無駄に終わったことは痛かったが、腹をくくってあきらめることにする。


「ほら、裁判の続き。君からお先にどうぞ」

「……ふ、ふむ。わかったの!」


 無事、プライドを持ち直したらしい。

 裁判長の妖精は素なのか、仕事なのか、再びえらそうな口ぶりに戻った。こほんと咳払いして、妖精裁判を続行した。


「アタチ、親切だから人間に教えてあげる」


 彼女曰く、裁判では最初に罪人の処罰を言うのが習わしらしい。処罰の項目はみな法律書に記してあり、裁判長は相手が犯した罪に合わせて本のなかの処罰を選ぶのだとか。


「なんだ。けっこう簡単な仕事なんだな」

「簡単じゃないの!」


 ぷりぷり怒りながら、裁判長は本をぺらぺらめくった。


「処罰を言い渡したあとがキモなの。罪人のお話を聞いてあげて、それからジャウジャウシャクリョを与えてやるの」


 情状酌量ね、親切な俺は言い直してあげた。


「なるほど。じゃ、さっさと俺の処罰を言ってくれ」

「……それが、この本には人間の処罰は書いてないの。でも、大丈夫。人間の処罰はさっき話し合いで決まったの」


 裁判長は誇らしげに胸を張った。いつの間にか用意した紙を手元に、彼女は重々しい口調でそれを読み上げる。


「それでは人間に伝える。妖精の里への侵略、千年樹への無許可接近、および妖精二名に対しての勧誘……含めて、人間の処罰であるが──」


 ゆるく構える俺に、裁判長はきっぱり言い渡した。


「死刑なの」

「…………」

 

 かわいい口から飛び出たのは、まさかの宣告だった。

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