バトル・フェアリーズ

「──そこまでよッ!」


 突然、威勢のよい声が飛んできた。

 ヒュンと、俺と裁判長の合間に飛んできた妖精がいた。


 ウェンディに負けず劣らず、気の強いタイプの妖精らしい。コケモモ色の長髪をなびかせて、彼女は臆することなく俺の顔にびしりと指を突きつけた。


「これ以上、とろっとろ審議を進める必要はないわ。情状の余地もなし、満場一致であなたの排除は確定なのかしら」


 コケモモ色の髪の妖精は、周囲をいちべつした。

 唐突な介入にあ然とした妖精たちであったが、徐々にこくこくとうなずきはじめる。


「と、いうことで」


 妖精は天に向かって手をかかげた。


「あなたは、このワタシが成敗してあげる!」


 妖精の手に、マーナの光が集いはじめた。

 げっ、と俺は身を引いた。しかし彼女に続いて、ほか何人かの勇ましい妖精に取り囲まれた。それぞれが手をかかげて、まばゆい光の球を膨らませている。


 ここへきて、俺が予見していた一番最悪なパターンがやってきた。


(やはり、交渉は厳しかったか……)

 

 せめて、演説の時に逃げきれていたら。過ぎたことを悔やんでもしかたがない──俺は気持ちを切り替える。


 とにかく身体を拘束するツタを引き千切ろうと、肩や腕に力を入れた。だが、光が集束する速度のほうが早い。


 いよいよ、おしまいか?

 と、さすがの俺も血の気が引いた――その時であった。


「待ちなさい、チェルト!」


 声を張り上げたのは、ウェンディだった。

 コケモモ色の髪の妖精──チェルトは、地面にいるウェンディをにらみつけて言った。


「おだまんなさい、この裏切り者!」

「!」


「あなたたちの処罰、ワタシは認めていないわ。

 ぬるい、ほんとうにぬるすぎる! ワタシが裁判長当番だったら……ウェンディ、カール、あなたたち二人ともこの里から追い出してやったわ!」


「んぬぅ、言いたい放題言って……!」

 

 縛られて身動きが取れない分、ウェンディも負けずに強い目でチェルトをにらみ返した。


「ウェンディ!」


 カールが叫んだ。

 瞬間、ウェンディの縄が解かれる。見れば、グルグルに巻かれたツタの隙間からカールの手が飛び出ているではないか。そして、その手にはとがった石が握られていた。


「ナイスよッ、カール!」


 礼を言って、ウェンディは地面を蹴った。

 羽を動かし、チェルトと同じ高さにまで浮く。チェルトが身構えるも数秒遅く、すでにウェンディは手をかざしていた。


「光よ、つどえ。ブライトボールッ!」

「あっ!」

 

 小さな球であったが、チェルトがかかげていた光の球を相殺するには十分だったらしい。


「ウェンディ、このっ!」


 チェルトは髪を振り乱し、再び光を集めはじめた。同様にウェンディも、両手をキラキラと光らせる。


 両者の光は、徐々に大きく膨らんでいく。

 すでに警備の妖精たちは力なく手を下ろした。妖精の身丈をゆうに越えていく強烈な二つの光を前に、まわりの妖精たちも固唾をのんで見守る……。


 一方で、人間の俺だけが完全に置いてきぼりにされていた。


「「ブライトボールッ!」」


 ウェンディとチェルト、そろって叫んだ。

 互いの光の球はぶつかり、さらに大きく一つになる。強烈な閃光が女王の間全体に破裂した。


(うっ、まぶしッ!)


 強烈な光から逃れようと、俺は目を閉じる。腕で顔を覆いたいけれど、ツタで縛られているから無理だ。閉じたまぶたの向こうから、痛いほどの閃光に襲われる。


「…………」 


 しばらくして、ゆっくり目を開く。

 光の残像が視界に残って、まわりの状況がよくわからなかった。──が、ギャイギャイ喚いている妖精の元気な声だけははっきり耳に届いた。


「こんの、やばんようひぇいっ!」

「ひゃによ、ひゃかびしゃっ!」


 ウェンディとチェルト。二人の妖精は、俺のすぐ目の前の宙で、仲良く取っ組み合っていた。

 可憐さなんて、なんのその。お互いの頬を引っぱり、足を蹴ったり、罵ったりと……両者やりたい放題だ。


 人間の俺はもちろんのこと、周囲の妖精たちもあっけに取られている。いやもはや、若干引き気味でさえあった。

 割って入るに入れない争いに、勇敢にも両者の合間にピュイッと飛んできた妖精がいた。


「二人とも、静粛になの!」


 裁判長の妖精だ。

 震える肩で木槌を振り上げ、一生懸命に怒りをあらわにしている。


「こっ、これは人間の裁判なの。そんでもって、いまはアタチが裁判長だから、二人ともちゃんと言うことを聞いて……し、静かにするの」


 舌っ足らずの裁判長の妖精は、二人の争いをやめさせようと尽力した。身振り手振り、時々かわいいお下げを左右に振って。

 その勇気は俺も称える。だが、結局二人の妖精にギロリとにらまれて、彼女は縮こまってしまった。


「だからその……妖精は妖精同士仲よく──」

「「うるさいッ!」」

「!」


 ウェンディとチェルトに怒鳴られ、ショックだったのか裁判長は空中でふらふらとよろめき出す。


「えぅ、うう……」

「な、泣くなよ……」


 つぶらな丸い瞳にみるみる水がたまる。たまらず、俺が声をかければ、次第にしゃくり声へと変わっていった。

 破裂寸前。と思った瞬間、裁判長は大声で泣き出した。


「うわぁぁんッ! どうして、アタチが裁判長の時にかぎって、こんな変な揉めごとが起こるのぉ? もうヤダッ、裁判長やめるっ!」


「あっ、おい!」

 

 裁判長の妖精は、木槌を放り投げた。ギャン泣きしたまま、場を放棄してどこかへ飛んでいこうとする。

 その時、ようやく妖精の女王が動いた。壇上の奥で鎮座していた彼女は、長くすらっとした両腕を広げると、飛んできた裁判長の妖精をやさしく抱きとめる。


「じょ、女王ざまぁ……」

「よしよし、よくがんばりましたね」


 子どもをあやすように、女王は小さな頭をなでた。嗚咽を上げていた裁判長も、女王の胸のなかで少しずつ気を落ち着かせていったようだ。


「――では、ここからはワタクシが仕切りましょう」


 女王の言葉に、ざわついていた場はぴたっと静まる。

 あのウェンディとチェルトさえも、即座にケンカの手を止めた。乱れた髪や衣服を直す間もなく、すっと女王に向かい合う。


 妖精の女王は音もなく、立ち上がる。泣き止んだ妖精を椅子の上に残すと、ゆったりとした歩みで壇上前へ進んだ。


(最初からそうしてくれたら、助かったのに……)


 俺はひそかに心の内でぼやく。すると、女王はにっこり美しい微笑をこちらへ向けてきた。


「いいえ、それではこの子たちの成長につながりません。要事にはみなで手を取り合い、困難を乗り越えていってほしいものですから」

「!」


 俺は女王を二度見した。

 くすり、と女王の唇がきれいにゆるむ。


(な、なんだ? いま、俺の心を読んだような返事を……)


 妖精の女王の登場に、歓声が上がる。

 一変して明るい空気になった場で、俺ひとりだけが女王にけげんな眼差しを向けた。当の女王はなにも気にとめず、妖精たちの声に応じて優美に手を振っている。


 妖精族の長の証である、額のティアラの宝石がきらりと光った。

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