開廷、妖精裁判! Ⅲ

 俺は心配そうに、ウェンディとカールの顔を見た。

 双方の妖精とも「はい」と声をそろえて返事をする。ウェンディはふてぶてしく、カールは弱々しい声で──あいかわらず、その辺はまったく変わりなかった。


「チミたちはあろうことか……恐ろしき人間の侵略行為しんりゃくこうい共謀きょうぼうしたの」


 これは、大変に重い罪である。

 裁判長の妖精は、つぶらな瞳のまま二人をにらみつけた。


「し、侵略行為って……」


 だいぶ、話がかたよって伝えられている。

 たしかに、自分の好奇心のせいで、境界へ不用意に足を踏み入れてしまったあやまちは認める。だが、けして悪意はなかったと主張したかったが……二人の手前、いったんこらえることにした。


「妖精の里に、人間が侵入するなんて前代未聞なの!

 チミ達、そこの人間に脅されたか、甘い報酬につられたかもしれないけど、自分たちのしたことがどんなに愚かなことか、わかってるの?」


 万が一、森の外にまで知られたら──。


「…………」


 二人とも何も応えなかった。場に集った同胞たちの厳しい視線を一身に受け止めている。


「あのさ……」


 おもむろに俺が口を開く。途端に、びくりと裁判長の肩が震えて、カンカンカンカンッと警報のごとく木槌の音が響き渡った。


「せ、静粛に。人間の順番はこの次だから……」


 再び場がざわつくと、彼女はこほんと咳払いをした。

 それから、いま一度、二人の妖精と向き合う。


「チミたちの処罰は難しい……妖精のほーりつしょのどこにも書いてないからなのね。

 よって、裁判長であるアタチの判断で……『春までのおやつ抜き』と、しばらくは『地面に落ちた汚い葉っぱのお掃除をする』ことにしますなの」


 わかったなの、異論なし?

 と裁判長は問えば、二人とも素直にうなずいた。


(よかった。とりあえず、こっちもそんなに重い処罰じゃないようだな)

 

 光の球をぶん投げてくる種族だ。どんな物騒な罰を告げられるかと思ってひやひや身構えていたが、とんだ取り越し苦労であった。


 しかし──と、俺は思う。

 さっきも口を開きかけたが、このままウェンディたちのことを誤解されるのは、ちと忍びない。


 ウェンディとカール、この二人が俺を里の中心にある大樹へと案内したのは――ひとえに、仲間を救いたいという純粋な思いからだ。


 俺は、ちらっと妖精の女王のほうを見た。

 彼女はただ静かに澄ましている。進行のすべてを裁判長にまかせているようで、まだこの場で一言も発していなかった。


 なにか言ってやれよ。と歯がゆく感じる一方で、やはりたたずむ姿がまた絵になると目移りしてしまった。


(うん。これこそ本で見たとおり、俺のイメージする妖精って感じだな)


 神秘的な姿を前に、俺は心の内で強くうなずいた。そんな風にぼーっと見つめていたら、ふいにすっと女王と目が合った。


 女王もまた、人間を見て怯えるのか?

 と俺が慌てて目をそらそうとするも、意外にも彼女はただただ――おだやかに、ほほ笑み返すだけであった。


「人間、人間っ!」


 裁判長の呼ぶ声で、俺ははっと我に返った。


「あ……は、はい」


 思わず、声がどもる。

 さぁ、いよいよ自分の番がまわってきた。


 俺は姿勢をまっすぐ正す。できうるだけ、警戒されるようなことはしたくはなかった。だが当然、人間の番がまわってきたことにより、妖精の集会所はいっそう大きくざわつくのだった。


 カールが心配して、俺を見上げている。ウェンディは顔をそらしたまま、視線一つ寄こさない。しかし、ピンと立った彼女の羽が、張りつめた気持ちを物語っていた。


「それでは、次。人間の──」

「ノシュアだ」


 俺は、自ら名を名乗った。


「この辺りで冒険者をやっている」

「ぼ、ぼうけんしゃ?」


 聞き慣れない言葉に、裁判長の妖精は首を傾げた。

 その隙を見て、俺は先手を打って話しはじめることにした。


(久々にアレをやるか……)


 俺は、すっと表情を変えた。

 さっきまでの砕けた雰囲気から、凜々りりしい顔つきになる。まっすぐ伸ばした背筋に、昔言われたとおり肩が上がらない程度に胸を張った。


「はじめに、この場にいる妖精たちに──」


 がらっと、空気ごと印象を一変させてやる。

 まるで一国をになう統率者のような、厳かな口調でしゃべりはじめる。低音でゆったりととどろく声は、狙いどおりに妖精たちのざわめきを見事に鎮めた。


「自らの非礼をお詫びしたい。異種族の身でありながら、諸君らの境界に不用意に足を踏み入れたこと、そして不要な混乱をもたらしたことに」

 

 よし、つかみはバッチリだ。


 俺は、自分を取り囲む妖精一同の顔をじっくり見渡した。怯えや怒りが失せ、誰もが呆然と驚いた表情で自分を見ている。なかには、いまだけげんな顔つきで警戒を解かない妖精もいたが──問題はない。


 重要なのは、全員の視線を惹きつけること。百以上の視線に貫かれても、俺の精神はけろっとしている。むしろ確かな手応えが、饒舌じょうぜつに拍車をかけた。


「どうか敵意を鎮めてほしい」


 自分は味方である。と言い切った。

 再び、妖精たちはどよめいた。あのウェンディも丸い緑の瞳を見開かせて、こちらを見つめている。


「そこにいる二人の妖精からすでに事情はうかがっている。もちろん、自分と同種族である人間が──呪いの剣を突き刺したことも、だ」


 その上で少しでも妖精たちになればと思い、大樹へ近寄って剣に手をかけた。結果、剣を引き抜くことは叶わなかったが……と、すべてを説明して、俺は悩ましげにかぶりを振った。


「力及ばず、非常に申し訳ない。……と同時にこれ以上、この地にとどまる理由もなくなった。

 妖精諸君らが手を下さずとも、役目を終えた者として、すみやかにこの里から立ち去るつもりである」


 俺は一歩後退した。

 これで最後だ、と大きく息を吸いこんだ。


「無論、この里のことは誰にもしゃべらない。妖精たちのことも、大樹のことも……絶対に、この胸に誓って!」


 天上を仰ぎ、ダイナミックに言葉を切る。

 子どもみたいな性格の妖精族だ、この程度でいいだろう。と、俺は久々の演説を見事に完遂させて、ひとり余韻に浸る。


(一字一句、どもることもなかった。台本もない即興だというのに……ああ、こればっかりは己の才能が怖すぎる)


 体がツタでグルグル巻きにされていることに目をつむれば、完璧であった。達成感をひそかに胸にしまって、俺はしずしずと後退った。


 そのまま壇上に向かってきびすを返す。あいらしい妖精たちに見守られて、さすらいの冒険者は帰路に着くのだった――。

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