開廷、妖精裁判! Ⅱ

 どこに顔を向けても、小さな妖精だらけだ。


 だが、そのかわいらしい見た目に油断してはいけない。ウェンディのブライトボールという凶器を目の当たりにしている以上、穏便に済まされる保証はないと俺は思っている。


(武器や持ち物は、没収されたけど――)


 俺は密かに縛られた腕を動かして、体を縛っているツタの強度を確認した。しょせんは植物で作られた天然のロープだ。無理を通せば、まぁ千切れなくないだろう。


 拘束を解いて、逃げるという選択肢もある。

 しかし、宙を飛ぶ妖精の機動力を考えると利口な案じゃない。トンネルまで走って逃げきるのは難しいし、ましてや後ろから多数に攻撃されたら……それこそ命の保証はないと思え。


(それに……あいつらのことも、あるしな)


 ウェンディとカールをこそっと見ながら、俺は思った。運よく逃げおおせたところで、残された二人の立場がより悪くなるだけだ。


 妖精の里を、仲間たちを救いたい。

 彼女らはその一心で覚悟を決め、人間である俺を招き入れたのだ。異種族を里に入れることは罪であったとしても、なんとかうまいことフォローしてやることはできないだろうか。


(とりあえず、いまはおとなしくしていよう。焦らず、まわりの出方をうかがうとしますか……)


 結論は、最初からおおよそ腹に決まっていた。

 俺は顔を引きしめ、背筋を伸ばして、妖精裁判にのぞんだ。


「それでは!」


 ペララッと、分厚い本のページをめくって、裁判長の妖精は高らかに開廷かいていを宣言する。


「この『みんなの妖精ほーりつしょ』にのっとって、これからチミたち罪人に処罰を言い渡すの!」


 まずは――。

 と裁判長は、つぶらな瞳をくいっと横に動かした。


「昨夜の門番当番の子! 前へ出なさい!」


 言い忘れていたが、ウェンディたちのほかにもう一人、お縄についている妖精がいる。それは俺が里と外界をつなぐトンネルを通った時に、居眠りをこいていた妖精だ。


「は、はいぃ!」


 呼ばれて、件の妖精は悲鳴に近い声で返事をした。警備の妖精に引っぱられて、裁判長の前に立たされる。


「おほん。チミの罪状は……フムフム、外界から異種族の侵入をみすみす見逃したことにあるの!」


 かわいそうに。裁判を受ける妖精三人のなかで、一番ガクガク震えている。

 そんな彼であるが、裁判長の妖精は容赦なくきびきびと言葉を浴びせていった。


「なんでも報告ではぁ? 夜通し守るべき門の前で、一晩中グースカ居眠りをこいていたとか……」

「あうぅ……」


「むぅ、いけない子なのね。チミのそのショクムタイマンが、この妖精の里に恐怖と混乱を招くきっかけになったのでは?」

「グスッ、ずみまぜん……」


 とうとう、グズグズと泣き出してしまった。

 居眠りをしていたのは、もちろん問題だ。しかし、勝手に侵入した俺の立場からすると、なんだかちょっぴり気の毒にも感じる。


 なにか、弁護になるような言葉はないだろうか。と俺が頭をひねっていると、裁判長はカンカンカンと木槌を叩いた。


「では、処罰を言い渡すの」

「!」


 場の妖精たちに緊張が走った。


「チミは秋の間ずーっと『お昼のおやつ抜きの刑』に処すの!」


 ぴゃっ、と甲高い悲鳴が上がった。

 聴衆の妖精たちからも、どよめく声が広がる。『ひどい!』『残酷だ……』『あんまりだよー』『かわいそう……』と、大半が門番の妖精に同情する声であった。


 ――反対に、俺はがくっとよろけそうになった。


「な、なんだよ。大した罰じゃないのかよ……」


 拍子抜けして、それから俺はほっとした。

 だが、やっぱり妖精たちにとっては相当堪える処遇らしい。周囲のざわめきはしばし続いたし、門番係の妖精もジタバタ暴れていた。


「お情けを~」


 哀れな門番の妖精は、近くにいた警備の妖精に押さえ込まれて、元の立ち位置へ戻っていった。

 気は抜けたが、最後はやっぱり気の毒に感じる俺であった。


(それにしても、妖精たちの生活って、案外文化的なんだな)


 ちゃんと村社会ができているというか、審判制度までもあるなんて思いもしなかった。


 もっとこう……花の蜜をすすったり、蝶と自由気ままに戯れるような、しごく原始的な生活を送っているものとばかり考えていた。


 人間の世界でも、悪事に対し審判を下して罪を裁く制度はある。ただし、国や地域によって仕組みや罰し方は様々らしい。

 ちなみに俺の知っている地域ではかなりシンプルだ。軽い刑なら手痛く処され、重い刑の場合は王の前で……処されるかの二パターンしかない。


(そう考えると……こうやってきちんと相手のしでかした罪に応じた刑罰を考えて与える分、妖精の里のほうがずっとしっかりしているんだな)


「ではお次、ウェンディとカール!」

「!」


 俺は、はっと我に返った。

 いよいよ、あの二人の番が来たのである。

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