VS 妖精ウェンディ Ⅱ

(しかし、こうもまぶしくっちゃ……どうにもならないな)


 枝木を積んだ背負子の肩ヒモを、ぎゅっと強く握りしめる。

 相手の攻撃を直視できない分、頼りになるのは耳だ。妖精が光の球を放つ時に口にする、あの呪文のようなかけ声が攻撃を避けるための合図となる。


 冷静に、どんなタイミングでも素早く体を動かせられるよう構えを取る。そして、妖精は二度目になる呪文を口にした。


「光よ、つどえ。ブライト――」


 いまだ!

 瞬時に、俺は左側へ跳んだ。放たれた光の球が体の脇をかすめ、またも後方の木々へ衝突した。

 狙いを外した妖精が舌打ちをする。だが、俺はそれに構う間もなく、ばっと体を反転させた。


「あっ、コラッ! 逃げるなーッ!」


 一目散に、俺は駆け出す。呼び止める妖精の声など一切無視して、木々の生い茂る森のなかを突っ走っていた。

 背中には枝木の束を背負い、腰には木こりの斧を下げている。当然いつもより体が重くて、思うように足の速度は出ない。しかし、両方とも大切なものだ、森に捨て置くわけにはいかないのである。


 額に汗を浮かべ、懸命けんめいに森のなかを駆け抜けていく。気合いと根性を見せつつも、唯一自由な頭を働かせるのは忘れない。


(あの妖精は小さくて、すばしっこい)


 その上、宙を自由に飛べるときた。力や体格の差ではこちらが有利でも、面と向かって武器で応戦するのは賢いやり方じゃないのは明らかだ。


 一番厄介なのは、なんといってもあの光の球。当たれば、哀れな木のごとく、真っ黒焦げになること間違いなし。

 注意深くタイミングを測れば、避けられることもないだろうが……強烈な光のまばゆさと、抱えている荷物の重さが邪魔をして、そう何度も調子よくいくとは思えない。


「――ということで、ここはさっさと逃げるが吉だな」


 へっ、と俺はひとり皮肉げに笑った。


 木の根につまづかないように気をつけて、俺は走る。

 根と根が足下の地面をデコボコ盛り上げているため、進みにくいったらない。おまけに森の木々を避けて、ジグザクに走らなければならないから、これもまたつらかった。


(でも、こうも障害物となる木がたくさんあるんだ。これなら光の球を俺に命中させるのも、相当難し――)


 と疾走しっそうしている最中、さっそくとなりの木に光の球が被弾ひだん」した。


「げッ!」


 驚いた。思わず足を止めそうになったが、ぐっとこらえる。

 背後からたしかに「待ちなさーいッ!」と妖精の声が聞こえた。音の小ささからして、だいぶ距離は離れているものの、十分に光の球の射程範囲内であることは、いまさっき証明されてしまった。


(だからって……もうっ、ついてくるなよ!)


 俺の作戦では、このまま適当に森のなかをグルグル動きまわることで、相手をまくつもりであった。だが、自分が思っている以上に、あの妖精の性格はしぶといらしい。


 そのあとも、全速力で逃げる俺の近くで、次々に哀れな木々が犠牲になった。その数、およそ十本以上は上る。妖精の放つ光の爆撃はけして止むことはなかった。


 ――はて、それからどのくらい時間が経っただろうか。


「ハァハァ……くそッ……」


 よろよろ走りながら、俺はびっしょり濡れた額をぬぐった。

 体がぐったり重いし、荒い呼吸のしすぎで喉が痛い。とうとう体力が限界にちかづいてきたことを悟った。


 徐々じょじょに足が上がらなくなる。走る速度を落として……俺は立ち止まってしまった。


 そばにあった木に手をかけ、ふらつく体を支える。まずは荒くなった呼吸を整えようと、大きく息を吸った。

 たぎる血流と呼吸の行き来が、耳のなかで騒々しいこと。その反面、森はいやに静かであった。


 少しばかり呼吸が落ちついてから、俺は改めて顔を上げて辺りを見まわす。


(……もうどこにも、あのライム色の光は見当たらないな)


 耳を澄ましてみる。光の球の破裂音や、勝ち気な妖精の声は聞こえてこない。涼しい秋風が地上に吹き抜け、さわさわと草木をゆらしていった。


「……ふぅ。どうやら、うまくまいたようだな」

「それはどうかしら?」


 ンフフ。

 鈴の転がるような笑い声に、俺の体はビリッと硬直した。


「ど、どこだッ!」


 汗でしんなり垂れ下がる髪を振り乱し、俺は周囲を見渡した。取り囲む木々の一本一本を注意深くにらみつける。もしやと思い、空を覆う枝葉を見上げて念入りに確認していった。


「……どこにいるんだ」


 眉を寄せる俺の耳元で「ここよ」と妖精のささやき声が通る。


「あんたの、頭の後ろにいるの」

「!」


 なんということだ。

 いつの間にか背を取られていた。妖精は――俺の背負っている枝木に引っついていたのだ。


「あっと、下手に動いちゃダメよ」


 せめて姿だけでも視界に入れねば、と首を傾けようとした俺を妖精の声が制する。


「ちょこまかと逃げて、ほんとくたびれちゃった。でもさすがにこの距離なら、あんたもアタシの攻撃を避けられないでしょ」

「……くっ!」

「いくつかおとりの球を撃って、うまいことあんたの注意をらさせたかいがあったってもんだわ」


 どう? アタシもけっこう頭いいでしょう。

 と、小憎らしいほど得意気な声に、さすがの俺も皮肉の一つも出てこなかった。


(さて、どうする?)

 

 俺は片手を、木の幹にあてがったままの姿勢でいる。

 その木の幹に――まだ日が出ている時間帯だというのに、己の影が色濃く落ちた。バンダナがないせいで、垂れ下がった髪の輪郭までくっきりと、黒色に切り抜かれている。


 光源は真後ろにある。……そう、言わずもがな、いままさに俺の後ろで妖精が最後の光を集束しはじめたのだ。


 いよいよ、おしまいか。

 汗が頬を伝って、ぽとりと顎先から落ちたのを感じた。


(――ただし、この窮地きゅうちをひっくり返す手は……)


 まだ残っている……忌々いまいましいやり方であるが。

 幹にあてがった手に、俺はぐっと力を込めた。

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