VS 妖精ウェンディ Ⅰ

「あっ!」


 すると突然、包みのなかから甲高い声が上がった。


「カール!」

「かーる?」

「あんた、もしかして……カールも、とっ捕まえたの?」


 切羽詰せっぱつまったような声で、妖精は問う。

 カール……ほかの妖精の名前だろうか。彼女の言葉を頭でくり返して、俺は首を傾げた。


「しなった三角帽子をかぶった、クルミ色の前髪がうざったい子よ。いつもうじうじして、気も声も小さいやつ」

「あんまりな言いようだな……。でも、ほかの妖精なら知らないよ。俺、君にしか会ってないし」

「ウソ言わないで。絶対にあいつも、あんたに捕まっているんでしょ!」


 否定するも、興奮気味の妖精は聞く耳を持ってくれない。俺も困った顔で「うー、もう一匹の妖精ねー……」と思い当たる節はないか、たどってきた道のりを頭に浮かべる。

 だのに、この妖精ときたら「こらっ、匹とか虫扱いするな!」と、また包みのなかで暴れて人の思案を邪魔してきた。


「……そうか、そうか」


 ふと、俺の頭に悪い心がささやく。

 いじわるな笑みを浮かべて、俺は包みを自身の目丈の前まで持ち上げた。悪態ばかりつく生意気な妖精を、少しばかりおどかしてやろうと思いついたのだ。


「もう一匹、この近くに妖精がいるんだな? ハハッ、それはいいことを聞いたぜ」

「!」


 ぴくり、包みのなかの妖精の動きが止まる。

 わざとらしい嫌みな口調をつくって、俺は妖精にこう言ってやった。


「そうだなぁ……せっかくだから、そのカールって妖精もついでに捕まえていくか。二匹そろって人間がたくさんいる町にでも売り飛ばせば、当分、旅の資金に困ることはなさそうだしな!」


 ハーッハハハッ。

 まるで悪の帝国の君主のような高笑いを上げる俺。

 もちろん、軽い冗談のつもりだった。だが、すっかり自分の演技に酔っていて――手元でバチバチと弾ける音に気づくのが遅れてしまった。


「ハハ……え――うわっ!」


 突然、まばゆい光が手元で膨らんだ。

 とっさの判断で、俺は包みを彼方へと投げ捨てた。妖精入りの包みは空中で弧を描くと――次の瞬間、ポンッと音を立てて爆発してしまった。


「!」


 爆発音のあと、へたりと地面に落ちたのは包みにしていたバンダナの布だ。布は真っ黒に焦げて、シュウシュウと白い煙を上げている。燃えかすのにおいが、吹いた風に乗って辺りに広がった。

 俺は顔を引きつらせたまま、ゆっくり視線を――焦げた布が落ちた地面から、上へと向けていく。


 白い煙を背景に、らんらんと輝くライム色の光があった。

 その光のなかに、例の妖精の少女がいた。羽をはためかせて腕を組む彼女と、バッチリ目が合う。


(まずい。完全に目がすわっている……)


 小さな額に、はっきりと青筋あおすじが浮かんでいる。そんな怒れる妖精を前に、俺はズリズリと後ろ向きに下がる。

 本能が警鐘をガンガン鳴らす。見た目に惑わされるな、この小さな生きものはなにかすさまじい力を持っていると。


 妖精はすうっと、音を立てて息を吸う。まぶたを閉じて、無言のまま両手を天へかかげた。

 俺は注意深く目を細める。ピンと伸びた妖精の指先へ、視線を向けた。


(なにが起こるのだろうか?)


 いつでも逃げれるよう後退する足に気をかけつつ、目をまばたかせて妖精を見つめる。すると、なにやら天に向けた指先がキラキラと輝き出したではないか。


 きらめく小さな光の粒が、妖精の指先に集まってくる。やがて粒がまとまり、白い光の球体を形づくっていった。

 最初は木の実ほどの大きさであった。しかし、またどんどん光の粒が集まっていき、ひとまわり、ふたまわりと光の球は膨らんでいく。やがてそのサイズは、妖精の背丈と変わらないほどの大きな球と化した。


 光の球のまばゆさに、俺はたまらず腕で顔を覆った。視界を塞ぐのは得策ではないのはわかっている。だが、その前に自分の目が潰れてしまう、それくらい強力な輝きであった。


 光にたじろぐ俺の耳に、あの妖精の声が聞こえた。


「光よ、つどえ――」


 なにかの呪文か。妖精は俺に向かって唱えた。


「――ブライトボール!」


 声が耳に届く直前に、俺はがむしゃらに体を倒した。この判断は正しかったと思い知るのは、わずか数秒後……伏せた体の上を光の球が通過した。


 バシュウウッ! いままでに聞いたこともない破裂音が、背後で盛大に響き渡った。音のあとですぐさま顔を覆っていた腕をほどくと、俺は寝そべったままの体勢で後ろを振り向いた。


 恐る恐ると……。


「…………」


 シュゥウウ。

 燻製のような、焼けた木の香りで察した。振り向いた先には、俺のバンダナの成れの果てと同様に、一本の木に白い煙が上がっていた。


 妖精の手先に輝いていた光の球は、俺の体の上を通過したあと、背後に生えていた木に見事命中したようだ。幹が真っ黒に焼け焦げているのが、なによりの証明である。

 幸い、火の手は上がらなかった。が、幹を焦がされた木はミシミシと崩れるように倒れてしまった。


「ま、ますます、本のイメージからかけ離れていく……」


 どん引きする俺の頭上で、軽やかな声が現実へと引き戻した。


「やだ、ひさびさにったせいかしら? なーんか、いまひとつスピードのノリが本調子じゃないって感じ」


 俺はすぐに体勢を直そうとした。が、そおっと片膝を立てたところで、あの恐ろしい妖精が目の前に降りてくる。

 彼女はびしっと、俺の鼻頭に指を突きつけてこう言った。


「あんたがカールのことを知っていようがいまいが……ま、この際、どっちでもいいことにするわ」


 だ・け・ど。

 と強調した妖精はふわりと上昇して、再び両手を天にかかげた。問答無用に集まりはじめた光の粒に、俺は思わず舌打ちする。


「アタシをコケにしたこと。それから大事な木を切ってくれたこと――」


 深緑色の瞳が、まっすぐ俺を射抜いた。


「ぜーんぶまとめて、痛い目見てもらうんだから!」

「もはや痛いってレベルじゃないんだが……」

「ごたくはたくさん。いまのがあんたの最後の言葉ってことにしておくわね」


 焼け焦げた木のにおいが香ばしいこと。

 力なく笑って返し、俺はさりげなく立ち上がった。本に描かれた妖精のように、きれいなお花畑で平和的な交渉を試みることができれば――いいや、やっぱり無理だ。悪人も真っ青な邪悪な笑みをたたえた妖精を前に、もはや言葉での和解は断念せざるをえなかった。


(さらば。美しき思い出のなかの可憐かれんな妖精よ)


 再度、妖精の背丈ほどに膨らんだ光の球と向かい合い、俺は自身の肩の力を抜いた。


 もちろん、生存をあきらめたわけではない。

 むしろ、その逆だ。


 俺は両手で自分の頬をはさむように叩いた。パァンと、森のなかに木霊する高い音ととともにげきを入れ直す。

 軽く伏せたまぶたの奥で、アイスブルーの瞳をきりっと光らせた。そして俺は、この危険極まりない一人の妖精と対峙する覚悟を決めたのである。

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