震えた手で扉を開けて、実験室に入った。小春しょうしゅんが夕焼けを背に、立っていた。


「……、うん。どうだった?」


 私は、なんとなくわかってることを聞いた。


「……、合格したよ」

「……」


 笑顔を作ろうとした。少し、ぎこちなかった。


「おめでとう。すごいよ。すごい」

「……、ありがとう……」


 鋭い彼の目は、彼が俯いているせいで見えなかった。


「私はさ、私はさ」


 唇がワナワナと動いた。


「ダメだったよ。不合格だったよ。すごいよ小春しょうしゅん。すごい、すごいよ」


 手で拳を作らないと耐えられなかった。前を見れなかった。涙が溢れた。熱くなった。

 勉強会の意味を無くしてしまった。せっかく追いつこうとしたのに、一次試験の時点で、怖くて、手が震えて、頭パンクして。半分にも満たなかった。私は、まだまだだった。結局私には高望みだったんだ。そうなんだ。これなら私立も受けとくんだった。


「いや」


 そう言いながら、小春しょうしゅんは私を抱きしめた。


「……、えっ?」

きょうはすごい、きょうは頑張った。僕は勉強会を知ってる。どれだけ歯を食いしばって、どれだけ頭を使って、どれだけ頑張ったか知ってるんだ。きょうはすごいよ、知ってるよ」

「……、ううん」

「すごいよ、頑張ったよ、天才だよ」

「私なんてまだまだで」

「そんなことないよ。すごいよ、すごかったよ」

「違うの、違うの」

「……、あの日さ……、僕はさ。君に告白したかったんだ」

「…………、うん……」


 なんとなく、そうだと思ってた。


「でも、僕はね。君の好きなところが、賢いところだったんだ。小学校の時、君とよく点数を比べてた。それが楽しくて、僕はずっと君と争っていたかった。でも、君と差が開いていって、その、僕はまた君と争いたかった。だから君を天才にして、また僕と争わせようとした。そして好きな君になって欲しかった」

「……」


 どう反応して良いかわからなかった。かなりイカれたことを言っている気がする。でも、うまく否定してあげれないと言うか。


「でも君と一緒に勉強するうちに、その頑張る姿が好きになった、喜ぶ顔が好きになった、落ち込む君が嫌いになった、歯を食いしばる君を応援したくなった、眠る君をただ、温かい気持ちで眺めていた」

「……」

「僕は君が好きなんだ、愛してるんだ、だから、自分をいじめないでくれ……」


 彼の目にも涙があった。


きょう……」

「何……?」

「同棲しよう」

「……、えっ?」

「東京に来てくれ。ずっと教える。君のそばでずっと教える。僕を君の家庭教師にしてくれ」


 予想外のプロポーズだった。誰にも真似できないプロポーズだった。


「言われちゃった……」


 私はそっと言った。


「私ね、今日、つとむにね、私の家庭教師になってって、お願いしに来たの……」

「えっ?」

「……、考えてること、似てたね?」

「……、うん、そうだね」


 実験室、夕陽、寒風、二人。

 おかしなことに私たちは涙を流しながら笑っていた。

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