江戸情話 てる吉の女観音道

藤原 てるてる

第1話

てる吉の、年増落とし(一話)


 てる吉は、越後の出である。

 女親ゆずりの色の黒か子で、こいはマタ焼けだから仕方がない。

 三つの時、その女親に捨てられてからというもの、妙にませてしもうた。女のぬくもり、温かさを知らずに育ったせいか、女がお肉に見えてきよる。寺小屋に上がる前から、村の娘衆に声かけ口説こうとする始末。そら空恐ろしい子へと、なっていったんじゃ。

 今度は、七つの時にやって来た、とうちゃんの後釜に酷い目にあわされ、ますます、女がわからなくなってたんや。ただ、ええ婆に育てられたんで、一縷の望みはある。そんなてる吉が、江戸に出てから女狂いになってった話じゃ。ゆくゆくは、苦海の女衆を救う何かに…… 

 慶応元年五月、実家を逃げるように出て、村ん衆と三国街道を越えてやって来た。        十九の春のことや。今は深川ん長屋暮らしで、町飛脚をしよる。時は幕末、黒船あらわれ、巷はてんやわんやの大騒ぎ。幕府は傾き、今まさに、世が代わろうとしておる。そのうち巷には、えじゃないか音頭の大流行り。庶民一同、老若男女、えじゃないか音頭の渦のなか、さあ、てる吉っさんよ、出てこいや。

 てる吉っさんの女狂い、えじゃないかえじゃないか、黒船えじゃないか、世が変わってもえじゃないか、えじゃないかえじゃないか、それ……


 ……ん、何や、空耳かえ。まあええ、オラ、てる吉だて。江戸ん出てから、さっぱりうだつが上がらず、しがなく暮らしてますて。

 まあでも、年増ん味だけは、たんと丁稚奉公させてもらいやした。柿と同じで、女もよう実ったほうが、うめえもんらいの。

 こいから話すんは、奉公先の飛脚問屋で知りよった、五十路の会津ん女のこつよ。色の白か、笑顔のええ、オラ好みの女やった。仕事にかこつけ、何かと近づいては口説きにかかったのよ。


 オラ  「オラ越後、カカさん会津、となりどうしらの」

 カカさん「あんな八十里越えん先かへ、越後ん人はあばら骨が一本ねえ言うべさ」

 オラ  「何を言うや、こん会津っぽが」


 そんなこんなから始まり、どいしたらええかと、仕事そっちのけになっていったのよ。


 オラ  「カカさんは、若い男の考えてるこつ、なんもわかってねえの」

 カカさん「ガキの考えてんは、わかりゃしねえずら」

 オラ  「若い男が毎日の、何を一番やりたがってんか、なんもわかってねえの。  若い男はの、毎日、あのこつで頭がいっぺえら」

 カカさん「いっちょめこくでねえ。色気違え」

 オラ  「男ん欲だて」

 カカさん「何が男ん欲、たわけじゃねえの」

 オラ  「いや、そう、そうらて」


 どうしたもんかいの、日をあらためるべ。


 オラ  「若い男と遊べるなんか、めったにねえらよ。あとで、後悔すんど、ああ、あん時、若い男と遊んどきゃ良かったって。そん時は、もう遅いらよ」

 カカさん「……」

 オラ  「今なら、腰が抜けんまで、遊ぶこつできよるに」

 カカさん「……」

 オラ  「男ん悦ばせ方、えろう知っとるくせにのう」

 カカさん「……」


 だめだこりゃ、オラもう我慢できねえらよ。こいは、人情にうったえるしかねえかいの。


 オラ  「オラ、カカさんにすべて捧げてもええ思っちょるよ。身も心も、全部、捧げてもええ思っちょるよ」

 カカさん「ぷっ」

 オラ  「オラがカカさんだったら、若い男衆の面倒、たっぷりみるらいの。こんげに、求めてるんじゃからの。そいなんにカカさんたら、一度も、ケチ、ケチやなあ。減るわけでも、ねえらいのう」

 カカさん「ぷっ、ぷっ」


 何か、だんだんと笑いを取り出したなも。こん手で、やっちょるかいの。


 オラ  「ちまたではの、カカさんくれえんが、若い男衆の上になって、狂ったように腰ふってらんだよ。女ん悦び、味わっとるんだからの」

 カカさん「……」

 オラ  「またの、男勝りん女は一度に若い男衆を三人も買っとるで。三つどころ責め喰らって、きいきい言って喜んでらんだよ」

 カカさん「ワテ、そっだだこと、よう知らんがな」

 オラ  「あれって、極楽なんやけどな」

 カカさん「うるさいなも」


 あやー、カカさん怒らせてしもうたわ、こりゃいかんがや。しばし、おとなしゅうしときましょ。我慢、我慢、ああ柿くいてえー。


 ……もう、夏が来よったわ。

 カカさんの二の腕がプヨプヨして、オラをさそっとるわい、ほな再開や。


 オラ  「カカさん、本当は若い男の考えちょるこつ、ようわかっとるくせに。毎晩何を一番やりたがっちょるか、ようわかっとくせに。若い男なんかに、遠慮するこつねえらよ。こき使えばええ、何でん言うこつ聞くすけの。オラ、何でん言うこつ聞く、やってもらいてえこつ、たっぷりこんやったる」

 カカさん「ぷっぷっぷっ」

 オラ  「そんかわり、極楽へは一緒じゃよ。オラ、カカさんと一緒に極楽へいきてえら。いくときは、一緒にいきてえら」

 カカさん「けっけっけっ」


 もう一押しじゃの、話にくすぐりを入れてみよかいの。


 オラ  「カカさん、ええもん、持っちょるくせにの、男を狂わす。そうらいね、もったいねえらよ、ほんともったいねえらよ。宝もん、持っとんだからよ」

 カカさん「きぃきぃきぃ」


 よしゃ、だいぶのってきたなも。あと一押しや。


 オラ  「カカさんがの、ワテ今晩、若い男と遊びてえ思えば、遊べるんらいのう。ワテ、三度、遊びてえ思えば、遊べるべ」

 カカさん「きゃきゃきゃ」


 そんのち、芝居小屋に寄席見に誘うこつが出来たいの。だんだんと、ねんごろになっていったんや。


 カカさん「てる吉や、お前ほんとは、女ん心が抱きてえんだんべ。しょうあんめ、年増んワテやども、思いとげさせてやっから。甘えるこつ、知らんかったんだべ、好きんしてええど」

 オラ  「ほんとけ、カカさんは観音様じゃ、オラを極楽へ連れてってくりょ」

 カカさん「てる吉や、てる吉、さんざん遊んだ後は、思っきり泣いてけろ。ワテの胸んなかで、包み込んでやるずら」

 オラ  「カカさんは、わかっちょたんかい、すまんこったいのう」

 カカさん「よがんべよがんべ、早よ、こっちさ、こー」

 オラ  「カカさん……」


 玉屋ぁーーーー。

 てる吉っさんは、その夜、みごと三尺玉をぶっぱなした。えじゃないか、えじゃないかの大騒ぎが近づいて来よるで。えじゃないか、えじゃないか、えじゃないか……


てる吉の、悲しい筆下ろし(二話)


 そうそう、こん物語りの始まり、越後での皮剥けん話をしとかねばだ。     

 春んなり雪がとけ、ツクシが出だした頃やったなあ。てる吉の初めての女は、唐の国んお人じゃった。実家をなかば追い出されてから、となり村に住み着き、茶菓子屋でせんべえや柿の種を焼いてたころの話じゃ。長屋に住んでて、隣の部屋に唐の国から来た娘が何人かおった。女衒に連れられて来たんか、いや、みずから来たんかは定かではない。

 隣の部屋で、夜な夜な睦ごとが始まろうものなら、てる吉は、障子に目あり壁に耳ありの通り、聞き耳を立てたものじゃ。

 こいから先は、てる吉っさんに語ってもらおう……


 ……オラが、越後から江戸に上がる間際のことらて。

 長屋の隣の部屋での、聞いたことねえ言葉が、キャンキャンキョンキョンすんど。なにもんが居なさるかと、気になってもうた。そんで夜んなると、キーキーといい声を響かせてきよる。気になって気になって、オラは壁に耳くっ付けたもんだ。 

 そんなある日、その異国からのお人に、ばったりと会ったんや……


 オラ  「おばんですの」

 唐のお人「あら、お若い方、アータ今度からここ住むね、よろしくね」

 オラ  「よろしゅうたのんますて」

 唐のお人「アニさんは、何、働いてる?」

 オラ  「オラは茶菓子屋で、柿の種とか焼いてますらいの」

 唐のお人「そう、今度持って来てね、私も何かあげる」

 オラ  「ほい、わかりやした」


 そいから、何回かせんべえをくれてやったり、飴もろうたりしたの。こちとら、まだ、筆おろし前の身で、アレのこつばかり頭にあてもうた。一刻も早く、男になりたかったんや。夜な夜な聞こえよるうめき声に、心底、うらやんだもんじゃ。うらやましい、うらやましいったらありゃしねえ。


 オラ  「おめさんら、どこん国の人らか?」

 唐のお人「ワタチらは、琉球の先の台湾から来たあるよ」

 オラ  「というと、唐から来たけ、えれえ遠くからよう来なさった。昼間は何してらんだいの?」

 唐のお人「一杯飲み屋で、働くあるね」

 オラ  「あのオラ、ねんごろになりてえんだども、ええろっか?」

 唐のお人「おや、アニさん、まだ女、知らない?」

 オラ  「まだ、筆おろし前でがんす」

 唐のお人「ワタチ、いいこと教えてあげる、でも小判よ」

 オラ  「いかほどで、ございますやろか?」

 唐のお人「アニさん、かわいいあるね、まけとくよ」

 オラ  「はあ、んだば、のちほど、決心いたしますよって……」


 でもの、あの娘達は女衒に囲われちょる。へたに、手出してええろかや、からまれたりしねえろかや。あん女衒は、異国女を、仕込み手なずけ唸らせておる。不安がよぎるのう。


 オラ  「あのー、ようやく決心しましただ。銭こんだけで」

 唐のお人「ほな、こっち来て、脱ぐあるね、ここね、はいよ……」

 オラ  「ど、どげなして?」

 唐のお人「ワタチにまかせるあるね、アータ寝て、そう、そう、いい、いくわよ、……ん、……えっ、……だめだめね、アイヤー。不信、好棒不信、不信不信……」


 ……ってな、訳で、ってな訳での。

 めでたしめでたしとなる筈が、そうじゃなかったのである。てる吉は、なんとかモグラにはなったども、不発に終わってもうた。哀れ、てる吉っさんよ、江戸で再起をはかるんじゃよ。越後の仇を、江戸で討て……


初吉原(三話)


 オラが吉原へ行ったんは、十九ん歳よのう。

そらもう、にぎやかなとこで、すけべ顔がぞろぞろいたて。どこの置屋に入ろかって、女を品定めしては、行ったり来たりしての。まあ、こん置屋の姉御がええじゃねかと、足が止まったんや。あの紫の着物の、よう肥えた三十路に決めたん。


 オラ「姉御、オラは越後の山奥から江戸へ出てのう、来るんが楽しみだったて。ここは、極楽じゃと聞いて来たんや、よろしゅうたのむて」

 姉御「そうや、こん吉原は江戸の花や、男はんの極楽の地や。たんと遊んで行きなはれ、今夜はアテ、兄さんのもんやで。女ん楽しみ方、悦ばせ方、ようおしえたるわ。ささっ、二階へ上がっとくれ、用意が出来たら呼んでな」


 よしゃ、よしゃ、遠慮のう、あばれちょるわいな。たけえ銭出しとるんじゃ、元はたっぷり取ったるわい。


 オラ「おーい、おーい、姉御、早よ早よ。オラんこつ、早くあっためんか」

 姉御「おまっとうさんでござんした、兄さん。朝まで、たんとあるよってに、あわてなさんなって。若い男はんやったら、少のうても三つは決めてもらわんとな」

 オラ「そんなん、朝飯前じゃ、わかっとるわ」

 姉御「男の三つは当たり前、あんな、そやから、三つと三つで六つんことやで、約束やで。アテも、極楽へ連れてっておくれやす」

 オラ「わ、わかったわかった、六つやな……」


 まあ、安請け負いしたけんど、大丈夫やろ。こん日のために、溜めこんで来たわいの。戦じゃ、戦じゃ……


 ……朝んなり、鐘の音が鳴った。オラは空っぽに、なっちょたわ。姉御は横で、ぐったりとして寝ちょる。


 オラ「姉御、起きれや、朝やど、いやーええ思いさせてもろうたわ。また来るすけ、オラんこつ忘れんでけろ」

 姉御「あっ、兄さん、約束よう守ってくれやしたな、たいしたもんや。また、来とくれやす、そん時は兄さんもんやで」

 オラ「おう、またなー」


 そん女のとこには、銭溜めては通い、仕込んでもろうたわ。やっぱ仕込んでもらうんには、姉御がええのう。ありがとのー。


女百人斬り祈願(四話)


 こん前の秋晴れの日、神田明神で願を掛けてきたわ。オラは女に溺れる、そんな業があるんやろな。とりあえず、百人斬りじゃ。 

 あの日、願掛けした後、横丁のだんご屋に入ったんや……


 オラ 「アネサ、あんこを三つ、たのむて」

 アネサ「おめさん、さっきから、にやにやしてんけど、何かあったんかえ?」

 オラ 「ああ、さっき神田明神で、ええ願掛けしてきたんらて。オラは欲が深くの、困っとるんだて」

 アネサ「何のことや?」

 オラ 「あっちのこつだて。二六時中、女とのあれだいね。実はのう、女百人斬りの願を掛けたんじゃ」

 アネサ「そうかいのう。ほんで今は、何人で?」

 オラ 「恥ずかしながら、まだ、三人ぽっきり」

 アネサ「ほな、うちが四人目になってあげたるわ。こん店は、だんごだけ、売っとるんじゃないで。うちのこと、よかったら味わうてええよ」

 オラ 「ほっか、そいもやってんのけ。オラは十九だども、アネサはいくつだて?」

 アネサ「うちは十八、こん店で前の秋から働いちょる。男はんは、もう百人から先、しっちょるよって。おめさんは、まだ三人け、ぷぷっ」

 オラ 「なにっ、一年で百人喰ったっけ、そらすげえのう。オラも、たのむて」

 アネサ「はいよ、奥の部屋で、ええことしような、うちで四人目やね」

 オラ 「遠慮しねすけの、えかや」

 アネサ「うちは今、さかりじゃ。さかり猫に遠慮すんなって」

 オラ 「そいじゃ、とどめ、さしたるわいな……」


 こん女は、体が小さかったんで、つぶれやしねえかと思った。そいどころか、十七から男にしこまれとる、すげかったのう。 

 オラはこいで四人目じゃ、先は長いのう。アネサ、後につくすけな。


新橋芸妓遊び(五話)


 博打で小当たりしてのう、オラは銭握りしめて、こん年だけんど思い切って芸者屋に行ってみたて。たかが知れとる銭だすけ、どげな女があてがわれるんかいや。まあ、こいもためしだわいのう。


 オラ「たのもー、居てはりますか」

 お上「おや、お若い方、お一人で」

 オラ「ここは、一見さんお断りですかや?」

 お上「そんなこと、ねえですきに、さあ、上がっとくれな。めずらしい、お方やなあ」

 オラ「あんまり銭ねえから、安いとこ、たのんます」

 お上「そんじゃ、五十路でええろかや?」

 オラ「ああ、そん方がええらいて。落ちつくからのう」

 お上「そこの、二の間があいとるでな」

 オラ「はあ、まっちょります」


 どげなのが来るろか、楽しみやな。しかし、芸者屋は気が張る、あせっては男がたたんわ。おちつけ、おちつけ。


 芸妓「はいや、よろしゅうたのんま、ミヨいいますね」

 オラ「おお、五十路と聞いてきたども、えろう若いですのう。色艶もええし、そん腰、柳腰ですのう、こりゃ男泣かすわ。ミヨさんは、今まで、そうとう男悦ばしたんでねえの。今日は、しこたま、かわいがってくだせえ」

 芸妓「わたいは、若くないのやで。こん前、儀式をすませたんやで。今は、鳴かず飛ばずの身で、こうてくれはる男はんに、まかせるだけや。そいに五十路じゃのうて、ほんとは六十路やよ」

 オラ「えっ、いやあ、そうは見えねえて。だとすっと若い秘訣は何ですかいの?」

 芸妓「そいは、若い男はんの、お密をちょうだいすることえ。わたいらの花柳界では、若返りの妙薬ゆうて、ありがたがっておるんや」

 オラ「ほうかほうか。そういうもんかいのう。あのう、さっき、ミヨさんが言うてた、儀式とは何のこつで?」

 芸妓「はあ、わたいらは六十路もなかばを過ぎて、そろそろお開きとなるころな。

がたいもええ若い男衆五人よんで、朝までかけて、念入りに、こわしてもらうんやよ。えがったこつ、えぐなかったこつ、みんなみんな吹っ飛ばして、真っさらになるんやよ。念入りにな。そいから先は、ほそぼそや。お前さんは、そんな、わたいにあたったんよ、そいでもええかいや」

 オラ「ああ、よくわかりましたて。芸妓の世界もいろいろですのう。せっかくや、何か芸をたのんます。何してくれるて」

 芸妓「わたいのおはこは、尺八ですわ」

 オラ「ああ、あれのこつやな。オラんのが、五臓六腑にしみわたるこつに」

 芸妓「兄さん、うれしゅうおま。若返らせてもらいやす。わたいの残り香、味わってなも。さあ、明かり、けしとくれやす」


 うむ、こいもオツなもんやった。オラは両方の音色に、すっかりとろけさせられましたて。ええ女はいつになっても、ええ女や。こんたびは、学ばせてもろうたわ。


女衒と、おタキ(六話)


 こないだ、両国の色町をうろついていたんや、そこで会ったんや。向こうから、えろう人相の悪か男が来よった。そん男は、下を向いたまま、風のように置屋に入ってった。オラは、なんか引っ張られるみていに、後にのう。振り向いて、こっちに言って来たて……


 女衒「若けえの、おまん、そうとうの好き者やろ。面見りゃわかるぜよ、まあ色道を、たんとやれや。こん店は、よか女いろいろぜよ、何がええかや」

 オラ「あの、そうすっと店の方で?」

 女衒「いや、オレは女衒やき。こん店にも女を世話しとるがぜよ。長えこと、こん商売やっちょうき、何でも聞きいや」


 居間に上がり込み、お茶を飲みながらの長話になてもうた。聞くところ、土佐からやって来て女の売り買いをしとるんだと。女の見方、仕込み方、悦ばせ方、手練手管を語って来たんや。オラは、ありがたく聞かせてもろうた。


 女衒「まずな、女の見抜き方や。あればかり、じろじろ見たらいかんぜよ。目、口、そいと二の腕を見るんやき。とろけるような目をしちょる女は、下も同じじゃきな。だども、目にはだまされんなよ、化かす女は何にでも化けるがぜよ。すとーんとした目は、男の欲をよう知っちょる。口はな、ぷっくりした女は好き者や。たんと楽しめるぞい。そん女の抱き心地は、二の腕みりゃわかる」

 オラ「はあ、そうですかいの。わからんことだらけですて。あの土佐から出て来たゆうてましたな、あんさんのこと、土佐兄と呼ばせてくだせい。ほかにも、あれこれと教えてくだせえ」

 女衒「女のほめ方はな、乳か尻のどっちかをほめるんや。両方ほめたらいかんぜよ、そん女にとってええ方やきな。おまんにとってじゃ、ないきの。間違うなや」

 オラ「女の口説き方は、どげなして?」

 女衒「そんなん、てめえで考えろや。そいよりもな、女の仕込み方おせえたるき。己の生汁をな、両方の口にたんと呑ますんや。ええか、女は呑ませて仕込むんやき」

 オラ「男と女の欲のちがいは、どんなもんで?」

 女衒「男のは、打ち上げ花火と同じじゃき。そん繰り返しよのう。女は、深い海ん中の渦じゃ。男をどこまでも引っ張っちょる。その分、えろう極楽を知っちょるて」

 オラ「ああオラ、あやかりてえ。こん店で誰がええろか」

 女衒「そいなら、オレと土佐から出て来たタキを会わせるぜよ。土佐の女は、威勢がええがぜよ。おまん、覚悟せいや。こんタキの狂い腰喰らったら、あっという間に極楽やで。またの、鯨のように、潮吹いて果てる女もいよる。後な、女は大事にせにゃいかんぜよ。女はいくら喰っても、へらねえ喰いもんじゃきな」

 オラ「はあ……」


 やっぱ、女衒ともなんと違うもんじゃな。こん土佐兄には、のちのち深こう繋がる気がしてならんわいのう。しかし、恐いお方や。


 女衒「話が長くなった。ここは女と遊ぶ所じゃきな。タキを呼んでくっき。まあ、たんと、ええ思いして帰んな。じゃあな」

 オラ「土佐兄、今後また、よろしゅうたのんます」


 いよいよ、土佐の狂い腰の出番かいな。越後の牛突きで、共に極楽や。


 タキ「おや、おまんが、アテイと勝負したいんやて」

 オラ「いやいや、かわいがってもれえてえ、だけですがに」

 タキ「女を悦ばせるなんちぃ、十年、早いぜよ。まんずはな、一発でも多く花火ぶったれや、そいからやき」

 オラ「わかりやした」

 タキ「おまんは、おぼこい面しちょるのう、アテイの弟にも似ちょる。可愛い可愛いしたるき、楽にな。腰技たんと味わうんやで。よっしゃ、アテイが引き受けたっち。よか海の底に、いっしょにいこうな。そんうちな、アテイの鯨の潮吹き見せたるきな」

 オラ「姉御、たのんまー」


 ……だいぶ時がたってもうた。           

 ああ、極楽、極楽、オラは深い海ん底でねむってた。

 おタキは、次の男の元へと……


女忍者、四十八手指南(七話)


 木枯らし吹くなか、オラは四ツ谷の町屋へ向かってた。秋も深まり、日暮れが早くなって来たのう。黄昏どきは、魔物が出るって、そんな話もあるな。また、妖しい女も出てくるわいの。

 こん前、女衒の土佐兄が話つけてくれてのう。こいから、ある女と会うんじゃよ。あん時、土佐兄は……


 女衒「てる吉よ、くの一を、知ってっかや? 女の字をばらすと、く、ノ、一となるっきいの。くは喰われるのく、ノは呑まれるのノ、一は一番の一や。つまりこいはのう、男と女の事じゃきのう。女は男に喰われへろへろになんのが、一番や。逆もしかり、男は女に喰われ呑まれ空にされるんが、一番じゃきいの。男と女は、喰ったり喰われたりや。ええか、裏の世界には女忍者がいるぜよ。隠密ってやつよ。こいは、男を狂わす鬼技をもっちょるきの。いつもは、町屋のアネサに化けちょるわな。オレの知っちゅう、くの一を、おまんに会わせたるき。女の怖さ、早う、知るんやで。明日、四ツ谷の町屋で、日暮れ時に待っちょきや」と言った。


 蛇の道は蛇ゆうけんど、どげな女やろ。見た目は、どこにでもいる町娘なんやろうけんど、えろう怖いんやろ。そいに、鬼技ちゅうのが気になるのう。

 また、土佐兄はこうも言うてた。オレは腰抜けにされた、おまんだったら、寝込むぜよ、と。むしろ、寝込むほどの鬼技を喰らいてえもんよのう。


 オラ「あの、ユキさん言うんは、あんたやろか? 仲持ちの人から、話きいてっけ?」

 ユキ「ああ、聞いちょるよ、アテのこと人に言うたら、仕舞いやで」

 オラ「なんも、オラ、言わんすけ、すごむなて。あれ、あの鬼技とかを、喰らわしてもらいてえだけだて」

 ユキ「うん、アテらは、城に忍び込んだり、旦那衆に取り入ったりが本業や。ふだんは、なんちゅうない町娘になっとんのや。男に付け入るには体を使う、捕まったら捕まったで、また体を使うのや。そんための鬼技は、たんと身に付け取るわいの。どんな男でも、いちころや。腑抜けにも出来ようぜ。おめさん、どうなっても知らんよ」

 オラ「おおいに、けっこうなこつやないか。男と女は、四十八手で繋ごうおる、全部ためしてんか。オラはしばらく、寝込んだってかまわねえよ」

 ユキ「そいたら、イロハの順でやるよってな」

 オラ「じゃ、イは、何のこつで?」

 ユキ「アテの、いそぎんちゃくでの絡め手や。茶臼から、仕舞いまでな。のぬふ、のぬふで、上んなり、字かいたるわ。寸止め地獄や。覚悟しいや……」


 土佐兄の言うてたとおり、体こわし、寝込んでもうた。女忍者の鬼技とは、こうもすごいもんかいのう。オラの頭ん中には、のぬふの字が踊っておるわい。

 のぬふ、のぬふ、のぬふ……


大晦日は肉布団(八話)


 もう師走、十二月は足が早いすけのう。今日は、大晦日、吉原で今年のあか落としやっか。しかし、寒いのう、早くあったまりてえ。 

 あん置屋に、でかか女がいるのう、えろう肥えてるのう。大福餅みてえで、大晦日にはちょうどええな。よしゃ、あん女や。


 オラ「おお、でかかのう、よろしゅうな、名は何と?」

 フク「わたしゃ、フクだて」

 オラ「おめさんは、相撲取りみてえだども、旨そうだのう。こうも、肉がついてりゃ、肉好きにはたまんねえわな。オラは、女のやわ肉に目がねえて。生まれ付きみてえんもんだ。たっぷりこんと、いじりごんにゃく、するすけの」

 フク「ああ、好きにしてええで。でも、押しつぶされんなや。いままで何人か、下んなって死にかけたよってな」

 オラ「オラが上にのっかるすけ、大丈夫だて、そいは。しかし、おめさん餅肌だのう。大福餅みてえで、たまらんわ。今日は大晦日だすけ、おめさんの餅みてえな体、喰いまくるけんな」

 フク「たんと喰いな。喰い放題や」

 オラ「よしゃ、腹いっぺえな」


 オラは餅、喰いすぎたて。あしたは正月だってえのに、本当の餅まで後でええて。 今年は、おフクの肉布団で年を越すのう。祈願の女百人斬りまで、あと九十二人かや、進まんのう。来年は、まとめ斬りじゃ。


初夢、かずのこ天井(九話)


 こん前の話の続きだて、おフクの肉布団で寝てての、初夢のことだて。朝んなり、置屋を後にしてからの、どうも思い返されてな。

 こげな、夢だったて……


 ……オラは、深い洞窟ん中を、手探りで奥へ奥へと吸い込まれていったんや。 

 なんか手には、ざらざらとしたツブツブがあたる。何じゃよ、これ。凝り性のオラは、数を数えてみた。こりゃ無数にあるわいなあ。そんげんこつ、やってる場合でねえ。もっと奥さ、行くべ。おいおい、しかし、このツブツブは続くのう。どこまでかいな。こんだは、モニョモニョとしてきたわいな。何て洞窟や。あいやぁ、こいわ行き止まりかや、コリコリしてるわな。

 と、そん時、どぶーんと大波がきて、オラは目醒ましたんや。イカくせえったりゃありゃしねえ。

 何か、妙な夢だったなも。まあ、ええわい。一年の計は、吉原に始まり、吉原に終わるじゃ。また、行こ。


 オラ「トミさんや、オラの見た初夢だどもの、妙だったて。長い洞窟ん中で、かずのこ、みてえんのを数える夢でのう。そんしたら、行き止まりで大波くらっての、さんざんだったて。こいは、縁起がいいんだか悪いんだか、わからんのう」

 トミ「兄さんや、そいはええ夢を見なさったなも。大当たりやで。吉夢や。そんで正夢やで。何を隠そう、こんワラが、かずのこ天井だて。男はんは、みんな大波を流しよるわいのう」

 オラ「ほっかほっか、じゃ年明けそうそう、縁起がええってこつやな。そうすっと、トミさんは、かずのこん数はどれぐれえあるんじゃ?」

 トミ「そんなん、自分じゃ数えらんねえ。兄さん、数えてくんねかや」

 オラ「よかよか、数えまくって、全部喰いまくったるわい」

 トミ「兄さんも、大波できてんか、さあ、ワラは大波がええ、ええ……」

 オラ「おお、かずのこは大好物じゃー」

 

 慶応二年、さて、どげな一年になっかな。 

 よか初夢が正夢になんとは、大いに結構のこつよ。しかしのう、おトミにはまいった。お手上げじゃたわ。こん世の中には、おるんよのう。オラは、かずのこが大好きじゃ。


女手相占い(十話)


 越後から江戸へ出て来て、早や一年、いや、まだ一年ともいうどもな。さすが江戸は、いろんな商いをしよる。こん前の話じゃ。

 オラの住んどる深川の長屋に、占い女が来たて。部屋の戸をたたくすけ、開けてみっと、三十路の女が一人立ってた。


 オラ  「はいよ、何かや?」

 女占い師「あの、手相占いやっとります」

 オラ  「オラは銭ねえすけ、よそあたってくだせい」

 女占い師「だだで、見てあげよりますよ」

 オラ  「そうかいの、じゃあ、見てもらおうかのう」


 しかし、こん女はただで見るゆうたども、そんじゃ商売になんねえ。だども、こちとら銭はねえし、あるんは子種くれえなもんだ。 


 女占い師「あんさん、子供のころ、えろう苦労したな。でも、そいとは別に育ちがええんやな。どうして繋がるんか、今にわかるで。また本読んでて、奇妙なこともあったりしたの。みんな、手に出てるよって。男ん人は右手に出るんや。あんさんの今は、女の尻ばかり追っとるやね。まあそいは、男の甲斐性やけん、ええやないか。こいからん先、占ったろか?」

 オラ  「なんか、当たってんなも。なんで、わかんだ」

 女占い師「そいは、お天道様が手にしわ作るからだよって。だれでも手のしわは、自分じゃ作れねえぞえ。手は顔よりも、正直なもんやけん」

 オラ  「そんじゃ、なして、先んこつも出てんじゃ?」

 女占い師「明日の、あんさんは、今のあんさんが作るんよ。たとえば、明日、女遊びしたいと思えば、大抵なるやろ。まあ、そういうこつや。先の手相は、もう出ておるんやで」

 オラ  「はあ、オラは先々、どげになるんやろかい?」

 女占い師「そいから先は、銭もろうてからなんやけんどな。あんさんが、銭ねえのも、手に出ておるわいの。いりもさん」

 オラ  「占ってもらってばかりで、なんか悪いのう」

 女占い師「いいこって、あんさんはな、こいから先、願いが叶いまする。女体道を極め、一時は阿漕んなっても、無事に女観音道に行きよるよ。みんな、手に書いてあるけん、安心しいや。さあ、わたいは帰るよってな、ではな……」

 オラ  「まっとくれな、こいから、姉さんとの睦ごとはどげに出てるかいや」

 女占い師「ああ、出てるよってな。願い叶うと出てるがな、さっさっ、布団敷きなはれ」

 オラ  「ほいっ、きたねえとこだども、こっち、こっち。銭がのうても、子種はあふれんばかりにありもうす。今ある、これ全部で、お礼にかえてんだども、ええろっか?」

 女占い師「そいでこそ、女観音道にたどり着くあんさんの道や。あんさんの目の前にいる、今のわたいは、まだまだ女体道の走りやで。こいから、海千山千をこなし女観音道へ進むんや。まあ、そん前じゃけん、抱きに抱きなはれ。わたいを、めちゃくちゃにしてのう」

 オラ  「おおーー」


 いやはや、あの手相占いは当たりもうした。              

 先んこつまで、教えてもらい、ありがたかったて。銭のかわりどころか、あねさん と一緒に極楽にいったのう。また、会いてえのう。


吉原、さかな臭い娘(十一話)


 春は桜、桜は女、女は吉原って相場は決まってらあの。オラはこのごろ、魚ばっか飯のおかずにしてるのう。魚、魚と歩いて行くと、五軒目の置屋にボラに似た娘がいよる。じゃ、今日は雑魚でも喰うべかと、店に入ったんじゃ。そんで、寝床での魚談義がのう……


 オラ 「おめさんは、ボラに似た面しとる」

 安房娘「ああ、よう言われるよって」

 オラ 「ボラは臭うすけ、あれは雑魚みてでの。おめさんも、ボラ臭いぞ」

 安房娘「あいやー、ボラは雑魚じゃねえっぺ。アテんとこじゃ、ええ魚だべ。アテんかっちゃんは、安房で海女やってるけんな。こん体は、そうだいねぇ、魚で出来ちょるんや」

 オラ 「そうかそうか、オラも魚好きでの、ホッケで出来たようなもんだて」

 安房娘「いくらボラに似てたって、あっちんほうは可愛いいツボ貝じゃってほめられっぺ。あんな、アテな、おかしなこつゆうだども、男の股下んもんが魚に見えよるんよ。いままで、いろんなの見て来たべ。安房ん海と同じだっぺ。サメ、フグ、アンコウ、ブダイ、アナゴ、ゴンズイ……」

 オラ 「じゃあ、オラんのは、どげな魚に見える?」

 安房娘「おめぇーんは、イワシだっぺ」

 オラ 「イワシっ、おいおい、もちっと大きいじゃろうよ」

 安房娘「うんにゃ、アテがいっつも喰ってるぐれえだべ。だども、よう見んと一回りでけえの。アテのツボ貝が、腹いっぺえになんにはこれぐれえがええ」

 オラ 「だろ。丸呑みにしてくれっかよ?」

 安房娘「ああ、アテには海女の血が流れとるべ、どげな魚でも呑みこんだっぺ。ア テんの、ぼっこすほど、くらっしぇえ。はよ、やんべぇよー」

 オラ 「ええこつ言うのう。オラのイワシとやらを、味わってのう」

 安房娘「こん生業は、魚喰い放題じゃ、がははははっは……」


 おいおい、あんツボ貝は、ちっちゃいのに凄かったのう。

 オラは丸呑みんされ、とろとろにされたわ。女の貝は、底なしよのう。


別嬪夜鷹(十二話)


 夜風が気持いい時分になったのう。 

 隅田川ぞいは、夜んなると、妖しい女があちこち出てきよる。手拭いで面かくし、ゴザもって、ふらふらして媚ふっとるわ。月明かりの中、行ったり来たりしとる。こうも暗くては、面見えんけん、どうやって選ぼうかのう。一か八かや、手拭いの端くわえとる、あん女や。


 オラ 「アネサ、客んなるよ、オラが」

 アネサ「はあ、お若いの、ワテでええんかいや?」

 オラ 「暗くて面わからんども、色気で決めたて」

 アネサ「ワテらは、置屋に入れてもらえんかったり、わけありやで。そいに年もいってるし、面だって、どうだか知れねえよ」

 オラ 「いやいや、暗くてわからんけんど、たいした色気や。ねぐらは、どこかや。行こうて」

 アネサ「あの、ワテの面はの、子供のときお湯かぶって、だだれてるんよ。今まで、銭くれる前に、逃げ出す男もいたんや。そいに、四十路じゃよ、ええんかい?」

 オラ 「いやいや、オラだってわけありだ、オラはあだ花だ」

 アネサ「んなら、手拭い取るで、どや?」


 そん時、雲が流れ、月夜に照らされた。えろう美しいわい。泥田に蓮とはこんこつかいの。


 オラ 「これはっ、アネサみてえな別嬪さんが報われねえとは、なしてや。こんなん、まちごうとる。だだれなんか、気にすんな。オラなんか、心の臓を悪くしとるんや。丈夫に見えるけんどな。こんなオラなんかより、ずっとましやで」

 アネサ「なあ、あんさんは、何か持っとる。夢は何かや?」

 オラ 「オラは毎日生きるこつしか、考えてねえ。体こわしてて、いつ倒れるかわからんすけの。だすけ今は、女百人斬りが夢といえば、夢だのう」

 アネサ「ようわかったわ、ワテも数にくわえてくりょ。今夜はうれしいわ。よろしゅうな……」


 ……オラは思ったて。

 置屋にも入れん、夜鷹とかの女衆を救えんもんかいの。前に、女占い師が言ってた、女体道から女観音道へ進むぞいとは、何かいの。闇夜の向こうに、光が見えた気がした。アネサとの別れ際に、オラこう言った……


 オラ 「もし、オラが置屋を開いたら、来てくれるかや?」

 アネサ「ああ、よろこんで行くよってに。いつまでも、おいとくれ」

 オラ 「何年先んなるんか、わかんねどもな」

 アネサ「あんさんには、苦海に浮かぶ花を救ってほしいんや。ワテもあんさんも、あだ花じゃねえぞえ、な」

 オラ 「ああ、そん時まで、達者でいるんだぞ」


 女は観音様じゃ。観音様が救われなくて、どげなしょう。

 よしゃ、一念発起して、置屋をやる。女衆を大事する。

 いたわる、まかせる、笑わす。うん、そん前に、修行じゃ。


おカヨさんとの、耳かき談義(十三話)


 あー、耳がかゆい、耳がかゆい。

 オラは耳かきが大好きでの、毎日何度も、こちょこちょやるて。入り口から奥まで、ほんと気持ちええのう。特に、奥の壁がたまんねえ。ちなみに、オラのあだ名は、耳かき山だ。こいは、自分で付けたんだども、こいも気に入っとる。今夜は、深川の置屋で決めたるわ。


 オラ「お上、今夜は五十路を世話してくりょ」

 お上「ほな、今あいてるカヨってえんが来るよってに、部屋で待っとくれ」

 オラ「おう」


 また、耳がかゆくなってきた。

 そんだ、たっぷりと時があるすけ、膝枕で耳かいてもらおっと。


 オラ「おっ、カヨさんかえ、まず、耳かき持って来てくんねか。わるいけんど、先に膝枕させてもろうて、オラの耳かきしてくんねかや。こうもかゆいと、睦ごとはそん後での」

 カヨ「ありゃ、しょうがねえね、若えのに、いっちょまえに。はいよ、ワラん膝に頭のっけな、右からやってやるわ」

 オラ「ほな、たのむて。ゆっくりの、ゆっくりの」

 カヨ「ここら辺か、もっと奥か、気持ちええかや」

 オラ「ああ、ええよ。もっと奥たのむて。あの壁のとこ、やっとくれて」

 カヨ「こうかや。どや、もっとかや」

 オラ「そこ、そこ、こちょこちょ、もっと、こちょこちょ、そう」

 カヨ「もうっ、いつまでも。こんだは左、疲れるなも」

 オラ「ほいほい。カヨさんな、オラは思うんだども、あれに似てねえかや、耳かきは?」

 カヨ「はっ、何に?」

 オラ「男と女の睦ごとよ。女は奥の奥をつかれると、たまんねえよな。耳かきも、奥の奥をこちょこちょやられると、たまんねえよな。何か、似とる気がすんだども」

 カヨ「まっ、恥ずかしいこつ言うの。そっただ気もするけんど。じゃあ、男の人の極楽はなんやね、女には良くわからんて。わかるように、たとえで言ってくらっしょ」

 オラ「そいは、くしゃみに似とるずらよ。くしゃみを思いっきりすんと、何か気持ちええやろ、似とるんよ。オラの越後の爺様は、五度くらい続けてやりよる。そんたびに、気持ちええ面しとったや。オラもそうで、一度やって気持ちええ、二度やって気持ちええ、三度、四度、五度とな。くしゃみすんとき、はっあくしょん気持ちええって、声出すこつもあんで」

 カヨ「思いっきり、くしゃみすんと、確かに気持ちええの。ほっかほっか、男ん人の極楽と、くしゃみは似てるってこつかや。なあ、今度はワラの耳かきやっとくれな」

 オラ「そいよりも、別な耳かきやろうて。オラんので、かゆいとこ、こちょこちょやったるからよ。まかせてんか、コリコリが悦ぶぜよ」

 カヨ「おまかせしますわ、ワラも奥の奥がええが……」


 ふっー、おカヨさんとの、とんだ耳かき談義になってもうたのう。

 まあっ、お互いに奥がええというんが、ようわかったわ。

 こちょこちょ話で、ございやした。


女盗っ人を改心さす(十四話)


 縁日は人が多いのう。今日は二十日恵比寿の日で、田町界隈が大賑わいじゃ。こうも人が多いと、よからぬ奴が、そう盗っ人が出よるからな。そげな奴、捕まえんといけねえの。あそこに、やけに混んどる餅屋がある。オラも行ってみるべ。


 オラ「そこの七福神の形の餅、七つくれて」

 主 「はいよ、こいだけけ、五文じゃ」

 オラ「ありがとの」


 どやどやしてきた。

 向こうで騒ぎが起こっとる、男の懐ん銭が盗まれたらしい。盗られた盗られたと騒いでおる。まわりは違う違うって、言っておる。オラが様子を見とるとき、ある女の手が風を切った。

 今度は、違う男が銭がねえのうたって、言い出しておる。さっきの女は、人込みをすり抜けきえようとしていた。オラは後をつけてって、そん女の手をつかまえた。


 オラ  「おいっ、待ていや。おまん、さっき、立て続けに銭盗んだやろ。初めの騒ぎを作ってから、また、やったな」

 女盗っ人「アテ、なも知らん。変なこつ言わんといてや」

 オラ  「盗んだ銭が、どっかにある筈じゃ、たしかめればわかるけん」

 女盗っ人「たしかめるって、アテを脱がすんかい、ようやるわ。もし、銭出てこんかったら、兄さん、ええんかや」

 オラ  「出てきよったら、岡っ引きに渡すでよ」

 女盗っ人「そうかいの、じゃあ、あすこん所で見てなはれ」


 そう言って女は、オラを裏手の狭間に寄させた。で、いきなりオラん手を胸元につっこませた。


 女盗っ人「堪忍や。こんとおりや、ようわかっな。もっと、つよう握ってええで。兄さんのゆうとおりや。盗んだ銭は帯ん中や、なしてわかったや?」

 オラ  「蛇の道は蛇。町衆は誤魔化せても、まだ、手が遅いぜよ」

 女盗っ人「そいじゃ、兄さんも玄人けっ?」

 オラ  「いや、江戸に出て来てからは、やってねえ。生まれの越後にいたころ、腹減って茶菓子盗んだぐれえだ。後は、となりの畑で、すいか取って食ったくれえだの、ああはっ。まあ、かわいいもんだて。だがの、銭はやってねえからのう」

 女盗っ人「たのむからよって、岡っ引きに出さんでけろ。アテ、金輪際やんね。ここで兄さんに誓う。だめやろか」

 オラ  「まあ、おまんの気持ちもわかる。盗んだらいかんけんな」

 女盗っ人「そん誓いの証ゆうか、お礼ゆうかで、一時どうやろ」

 オラ  「そうかいの、据え膳食わぬは男の恥ともゆうけんの。二度と、繰り返したらいかんぜよ。ではご相伴にあずかろう」

 女盗っ人「たっぷりと、誓いの証、させてもらいますがな」

 オラ  「おう、肝に銘じるまでな……」


 そうや、盗みやったらいけん。あん女は、誓いの証をたっぷりこんと、しめしてくれたわ。そんでええ、何かええこつしたわいの。


長屋、乳飲み子を抱えた女(十五話)


 オラの住んどる深川の長屋は、和気あいあいとしとる。猫と猫が仲ええどころか、猫と犬まで仲がええの。なかには、旦那に逃げられて、乳飲み子を抱えてるのもおる。いろんな人がおって、長屋暮らしは楽しいもんや。また、とんだ頼みごとに声かけれもするの。

 そう、あれは、どしゃぶり雨の日のこつやった……


 かっちゃん「そこの若えの、雨ふってんだけん、早く家へ帰れ」

 オラ   「あのオラんとこは、もっと先だすけ」

 かっちゃん「じゃあ、雨がおさまるまで、わいの家で休んでいけや。旨いよもぎ餅食ってけや」

 オラ   「んじゃ、そうかいの、ちょっと寄らせてもらうて」


 なんか、奥の方から、赤子の泣き声がするの、かっちゃんは子持ちかや。旦那のけえって来る前に、帰らんと悪いの。長いは出来んの。


 オラ   「おまえさん、赤子抱えてて、大変だの」

 かっちゃん「ああ、何が大変かて、この子のてて親が遊び人での。どっかに行ったきり、けってこねえんだよ。子が産まれたってんのに、よその女のケツにかじりついていやがる。だすけ、銭はねえは、こんから先、どげんしょうかと思って」

 オラ   「そいは困ったのう。赤子のまんまは、あるんかいや?」

 かっちゃん「そいはまだ、わいの乳でなんとかなるけんどな。いつまでも、乳ちゅわけにもいかんけんの」

 オラ   「その乳の出はええんかいや?」

 かっちゃん「出がええどころか、わいは乳が出過ぎて困っておる。夜んなると乳がはってきて、しぼって捨てるくらいだわな。なんか、ええ手はねえろかな」

 オラ   「んー、まさかオラがもらうわけにも、いかねえしの」

 かっちゃん「いや、おまえさんさえ良ければ、わいはええよ」

 オラ   「あのオラは、赤子の時は、よう乳のんでたと聞いた。今は、呑みはしねども、いじりこんにゃくは大好きじゃ」

 かっちゃん「あははっ、そいは男はみんな大好きじゃろが。でも、なかなか、呑めねえぞえ、呑んでみっか?」

 オラ   「うん、呑む。赤子の分は残しておくけん」

 かっちゃん「旦那なんか、いねと思って、今夜は泊まってけや。わいも、ひさびさに暴れてえて」

 オラ   「わかった、少しは残すよってな。赤子に悪いすけの」

 かっちゃん「遠慮せんと、全部呑めいや」

 オラ   「うん……」


 あのかっちゃんは、乳がはって困ってたの。オラに出来るこつは、してやった。   かっちゃんは暴れた。こいも長屋暮らしでの、ひとこまや。


馬女には馬男、猿女には猿男(十六話)


 そもそも、こうじゃねえと困るのである。

 古今東西、人だけでなく、猫も犬もお猿さんも馬も、そう出来とる。雌に合わせてそうなのか、雄に合わせてそうなのかは、定かではない。おそらく、それぞれ生き物の、子に合わせてなのかもしれんけんど。

 話が少々、かとうなってしもうたわ。吉原には、探せば、己にちょうどええのがおる。こいは、男と女の組み合わせの話じゃ。


 オラ「サチさんよ、男もいろいろ、女もいろいとじゃが、たんと見てきたやろ。男んのが馬んようだったら、ほんと、参るじゃろうな。また、猿んようだったら、物足りねえべさ」

 サチ「そんだの、自分に合うんがちょうどええの」

 オラ「やっぱ、馬女には馬男よのう、こいが一番あんべえがええ。猿女に馬男が挑んで来たら、こわれてまうの。そんでこんだは、馬女に猿男も、あれだのう。ほんと、男と女は組み合わせが大事じゃ」

 サチ「世に、歌麿なんて言うけんど、アテはまだ見てねえ」

 オラ「あいは、浮世絵のはったりだ、あんなんいねえ。おまんの生業も大変よのう、何が来るやら、わかんねもんな」

 サチ「でも、なんとかなんのが、男と女ってもんよ。そいになも、アテらは、こっそりと惚れ薬をぬるんよ」

 オラ「そん惚れ薬って?」

 サチ「男はんを、すぐそん気にさせ、どげなもんでもなんとかなる香油じゃよ。このぬるぬるで、体はぽかぽかし、早う極楽へいってくれるん。アテらは、数こなさないけんから、楽なんが一番よってな。日によっては、飯くう暇もねえぞえ。夜は夜で、泊まり客が、朝まで寝かせてくんねえ時もあるんよ」

 オラ「まして、そいが馬男じゃたら余計こたえるのう。サチさんよ、そん香油で今日は楽にしたらええ」

 サチ「おまえさんのは、ちょうどええから、使わねえよ。あん香油なしの方が、なごう楽しめるぞい。おまえさん、気に入った。上になってええか?」

 オラ「ああ、身も心も、ぴったりとな……」


 吉原の女衆は大変である。

 いつ馬男に当たるやら、わからんて。そうかそうか、香油でしのいでたかや、ご苦労なこってす。


横浜中華紅街、大陸娘(十七話)


 今日は、通し飛脚で横浜まで来たからには、遊んでくべ。さすが港町は、異国娘がわんさかといるわいの。オラは越後にいたころ、同じ長屋の台湾娘に、筆おろし、してもろうたんや。残念なこつに、不発に終わてもうて、筆おろしか何かわかんねかったのう。まあ、そん後、江戸に出てからは女百人斬り一直線や。なんか、唐の娘には禍根があるの。

 よしゃ、あん時の分まで花火の連発したるわい。


 オラ「こん横浜の、異国娘と遊べるとこは、どこですかい?」

 町衆「お前さん、江戸かえ?」

 オラ「ああ、オラは飛脚してるすけ、こっちに用があって来たんだども」

 町衆「せっかく、港町に来たんや、大陸娘がええぞ。言葉はちんぷんかんぷんでも、同じものがついてるぞい」

 オラ「そいは、あたりまえじゃ。オラは越後にいたころ、喰っとるわい」

 町衆「大陸娘かえ?」

 オラ「いや、台湾娘じゃ。不発に終わったけんどな」

 町衆「じゃこんだは、大陸娘に、そのときの仇を返しな」

 オラ「そんつもりだ。がまん出来ねえて。どこじゃ」

 町衆「まあまあ、四軒先を右に行け。すぐわかるぞえ」

 オラ「おおっ、どうもな」


 あそこまで行って、そこを右じゃな、あったあった、中華紅街と看板あり。こいまた、唐娘だらけじゃねえかや。柳腰が多いのう。台湾娘でのうて大陸娘を選ばんとの、えっーと、迷うのう。あんキセル吸うとる、細見女にしよて。


 オラ 「おめさん、大陸け?」

 大陸娘「ニーハオ、上海から来たあるよ、よろちくね」

 オラ 「名は何や? 横浜、長いんけ?」

 大陸娘「ワタチ、メイリン。ここ六年いるね」

 オラ 「日の本の男は、優しいかえ?」

 大陸娘「優しいあるね。すぐ極楽いくね。楽あるね」

 オラ 「日の本の男は、やわなんやなあ。じゃ、大陸の男は?」

 大陸娘「唐の男、数連発できるあるよ。やるやる、一晩で二桁打つあるね。花火、天井まで飛ぶある、ワタチ、びっくりね」

 オラ 「こっちにも、抜か六ってえんが、あるけんどな」

 大陸娘「何それ、いいから、早く早く、男たくさん来るね。アータ脱ぐ、ワタチ脱ぐ、早くしてね」

 オラ 「あれっ、胸の間に刺青あんな。忍ってえ字だの。こいは、また、何かえ?」

 大陸娘「これ、がまんすること。忍は唐の字ある。ほんとは、悲しいある。売られて来たある。帰りたい。お金たくさん、返すある。男たくさん、ほしい。ワタチ、体くたくた。だから、阿片やる。疲れ取れるある」

 オラ 「えっ、そうかいの? 何か、やばいこつ聞いたの。今んのは、聞かんこつにすんけ。そいは難儀よのう。あれ、女の極楽を味わったらどうじゃえ?」

 大陸娘「唐の男じゃないとだめあるね。数連発できんとね」

 オラ 「んーーー。まあ、何とかやるよって、何とか……」


 しかし、大陸娘は手強いのう。鋼のように、鍛えられておる。オラは越後の仇を、ここで討つこつ出来たども。あん女は、極楽へいったんやろか。


世捨て女を救う(十八話)


 夏を向かえた。江戸も暑いのう。夕涼みには、隅田川でぶらつくのもええわい。こん川は川上から、いろんなもんが流れてきよる。犬猫の亡骸、土座衛門までも浮き沈みしてるわ。

 ありゃ、あん柳の下に、魂の抜けちょたような女がいるの。もしや、身投げじゃねえろかや、声かけなばなんね……


 オラ 「おまえさん、思い詰めた面しとるども、なしたや?」

 アネサ「……」

 オラ 「たとえ、いろいろあってもよ、考えようだぜよ」

 アネサ「アテ……」

 オラ 「まあっ、オラのこつ石仏だと思って、胸のうち語ってみれや。いくらかでも、すっきりするぞい。軽くなれや。つらかったら、泣けばええ。泣けなかったら、独り言いえばええ。何でもええから、てめえの耳に音入れろや。そいが大事だぞえ。それも出来ねえければ、オラの声を聞いてくりょ。聞き流せば、そんでええよ」

 アネサ「……何も見えね。何も聞こえね。明日なんて、ねえ」

 オラ 「でも、今はオラの声が聞こえるべ。一人じゃねえよ。たとえ、明日がねえ言っても、きのうと、今があるべさ。こん今を生きるを、繰り返したらいいべさ。巷の衆は、今を生きるこつで、みんな、なんとかやってるぞえ。明日んこつなんか、あんま考えねえで、今を生きたらええ」

 アネサ「んでも、でも、言えねえ……」

 オラ 「そいもわかる。じゃども、おまえさんの胸の声は、聞こえるわいな」

 アネサ「聞こえるけ?」

 オラ 「ああ、よう聞こえて来るわな。えろう聞こえるぜよ。こうしねえかや、オラに甘えんか? 一人じゃねえぞえ」

 アネサ「甘えて、ええんかえ?」

 オラ 「ああ、でも今夜は何はともあれ、家にけえんな。明日、明るいうちに、話の続きしようて」

 アネサ「けえる家もねえ。身寄りもねえ。銭もねえて。あにさんのとこ、今夜は泊めてくりょ。一晩でいいよってな。なんか、話しとうなったわ」

 オラ 「じゃあ、オラんとこの長屋に向かおうて。オラは朝んなるまで、隅っこで寝るすけの」

 アネサ「ふふっ。好きにしたらええよ。お礼やよ。アテの身を救ったんや、身で返すでよ」

 オラ 「こいじゃ、どっちが助けられたか、わかんねえの」

 アネサ「ええんや。男と女はこいが一番じゃ。さあ、行こうて……」


 朝んなり、オラが寝とるうちに、どっかえ消えてった。夢から覚めたようだったの。でも、オラの背中には、あん女の搔き傷がある。あんだけ爪立てれれば、大丈夫じゃ。


めめず千匹(十九話)


 しかし、こん吉原には、いろんな女がいるのう。前には、元旦に、かずのこ天井のトミさんに当たり、大当たりじゃたわ。また、己の形にぴったんこの、サチさんに極楽に連れてってもろうたこつもある。世には、めめず千匹ゆう、そげな宝貝もったお人もおるゆうな。こん吉原には、必ず、おるやろ。なんとか、お手合わせ願いたいもんよのう。牛太郎に聞こうっと……


 オラ 「あのう噂でもええども、こん吉原で、さまざまな貝んなかで、どれがええろか?」

 牛太郎「兄ヤン、そいわ三人にしぼれっぺ」

 オラ 「オラは、かずのこ天井のトミさんと、一戦交えたこつはある。ものの一時で、降参してもうての。まあ、朝まで何度も肉布団を楽しんだわい」

 牛太郎「もうご存知でっか。早いですの。あと二人、わかりやすか?」

 オラ 「そいを、知りとうて、おまんに聞いとるんや。あと、誰じゃ?」

 牛太郎「ほいな、銭をもらわんとな。駄賃だ、くんろ」

 オラ 「わかった、はいよ。で、誰じゃ、どこん置屋だ?」

 牛太郎「一人は、めめずのユリゆうて、男泣かせの貝もっちょる。一時どころの騒ぎじゃねえでよ、悶絶して、即、昇天だ。おトミ、どころじゃねっぺ」

 オラ 「ん、わかったわいな。あと、もう一人は誰じゃ? そんユリさんよか、もっとすげえんやろな、教えろや?」

 牛太郎「兄ヤンや、まずは、ユリと勝負せいや。そいからじゃよ」

 オラ 「ああ、さらなる楽しみは、後に取っとこ。どこの置屋じゃ、案内をたのむて。ほいっ、また銭や」

 牛太郎「はいよ、旦那、話つけて来まっせ、ついて来ての。吉原はいがっぺよ、貝の喰い放題や。あっちさ見えんべ、あの赤暖簾じゃ。たんと楽しんでの、じゃあの」


 さて、こいから、吉原三名貝のうち、二人目の登場じゃな。オラは越後にいたころは、百姓だどもめめずが大嫌いでの、まいってたて。そいが一匹ちょろちょろするだけで、ぎょっとしてたもんだて。でも、めめず千匹となると、話は別じゃの。大歓迎じゃ。


 オラ「おっ、あんたがユリさんやな。こん吉原で、一、二を争う宝貝もっとるそやないけ。オラは、かずのこのトミは知っとるけんどな」

 ユリ「あんなトミなんて、目じゃねえに。わっち目当てに、鈴なりぞえ。わざわざ、北は蝦夷前から、南は琉球からも来るぞい。またの、お武家様が町衆に化けて、こっそりと来たりもすん。わっちの貝ん中に、めめずが千匹おると思ってくりょ」

 オラ「さっそく、お手合わせ願おう」

 ユリ「ええこつ教えたるは、なごう楽しみたかったら、めめずの数をかぞえるんじゃよ。我慢出来んようなったら、ヘソに力入れて、こうすんのや。めめずが三匹……めめずが五十九匹……めめずが……とな。まあ、いままで、めめずが百匹ぐれえと数えたんが、何人かいたのう。ほかは、もう、数十匹で昇天するのだらけじゃよ、けけけっ。お前は、何匹数えんのやろな、楽しみやの」

 オラ「こん前、トミさんの、かずのこん数を途中まで数えたこつあるわ。ユリさんよ、あっちん方が、多いんでねかや?」

 ユリ「たわけ、かずのこは動かんじゃろ。わっちのめめずは、縦横無尽ぞえ。

くらべもんに、なんえなや。さあ、来いや」


 ……もにょもにょ、むにょむにょ、もにゅももにゅも……


 オラ「はっ、ありゃ、もうだめだ、あっ、そんだ……何だっけ、ああ、あれ……

めめずが九十八匹……めめずが百三十九匹……めめずが二百一、めめ、め……」


 はーー、ほーー、ふーー

 オラは、めめずん数、二百匹ぐれえんとこで昇天してもうたわ。

 とてもじゃねえが、千匹なんか数えらんね。でも、ユリに褒められたわ、二百越えはたいしたもんじゃてと。

 後は、となると、ユリときそっとる、もう一人は誰じゃ。

 ユリを超えるとなると、一体……


置屋の、お上との一戦(二十話)


 お天道様が、ほんに元気で、毎日こう暑いとやってられんわ。こん飛脚の仕事は、夏場が一番とこたえる。今日は、田町までかい。あっちこっちまわって、たかがしれとる給金もろうておる。どこにでも手紙や物運ぶすけ、なじみの行き先も出来よるの。通いつけの置屋にも届けたり、また、頼まれもするて。

 そんお上とは、顔なじみになり、女の紹介も受ける。今はあん子がええとか、新しいのが入ったとか、どうのこうの。技を身につけたから、ためさねかとか、どうのこうのと。そんなオラの、得意先の置屋のことだて。


 オラ「おーい、お上、恋文みてえの届いたぞえ。こいは、あん成田もんの、ミヤさんへのもんよの、置いとくぜ。そうや、待てよ、まだミヤさんと睦んでなかったの、今あいてるかえ?」

 お上「あんミヤは、こいから来る泊まり客のもんだて、あいてねえ」

 オラ「残念だの、あの、うなぎみてえの喰ってみたかったなや。あいは、土くせえ女だの。しょうがねえ、またにすっけ」

 お上「今あいてんのは、ほかにいねえのう。また、来るかえ。あっ、ちょっと待っとくれな、ワテがあいてるよってに、どげなやろ?」

 オラ「お上さん、ええんかいや? 銭はなんぼで?」

 お上「いやいや、銭じゃのうて、ワテも憂さ晴らしがしたいんよ。こん仕事は、娘衆のよがり声が響いて来て、こたえる時もあるんや。そいに、ワテは独り身だし、さみしゅ時もあるんやで。たまには、若い男に、思いっ切り喰らいてえんや。五十路やけんど、技はたんと身につけとるわ、どうや?」

 オラ「商売抜きってこつやな。そりゃ、ただほどええもんはねえの。お互いなじみだし、渾身の力込めていくぞえ、な」

 お上「ワテを、こわすぐれえいにな。娘衆に負けねえぞえ。宿中にわめいて、ミヤたちを驚かせてやっか」

 オラ「そいがええ、好きにしてええど……」


 年増は、ええもんじゃのう。男を喜ばすコツをもっちよる。かゆい所に手が届くとは、こんこつよ。ミヤたちは、驚いたじゃろうの。待っとれよ。


うな丼の後、うなぎ娘と(二十一話)


 田町の置屋のお上との、とんだ一戦が終わり長屋に着いた。

 いやはや、色年増の腰技はすごかったわいの。昔取った杵柄を、喰らわしてもらいやした、ごちになりましたの。節々が痛いや、次の仕事が入るまで、昼まで寝てっかな。

  ……あー寝た寝た、さて、飯は何にすっか。そんだ、たまには、うな丼にしようて。


  ……あー美味かった、夏は精をつけんとな、こん仕事は疲れるわな。さてっと、お上の置屋に繰り出すべ。きのう、あいてなかったミヤがえんだけんどな。


 オラ「こんちは、きのうは、ごちになりやした」

 お上「ありゃ、恥ずかしいなも、ワテこそ、ごちそうさまや。また、お手合わせ願うわね」

 オラ「そいはもう、いつでも声かけてくだせいや。今日は、きのう言ってた、ミヤはいるかえ?」

 お上「ああ、きのうは、あいにくやったの、ワテは良かったども。二階で待っててな。ミヤが行くよってな」


 しかしの、うなぎはなして、ああも、ぬるぬるしとるんかいの。あん、ぬるぬるは、女衆に見習ってほしいわい。


 オラ「おっ、ミヤけ、きのうは、会えんかったの」

 ミヤ「ワラも会いてかったて。あんたんことは、お上さんから聞いちょるよ。土くせえ、うなぎみてえな女やって、何やそれ」

 オラ「なんか、にょろにょろしとるの、面も、うなぎみてえだでよ。ほら、おめんの二の腕も、ぬるぬるしとるやんけ」

 ミヤ「ワラは成田の出で、うなぎや、どじょうで育ったかやら」

 オラ「そっか、そいでか、たいそう贅沢なもんじゃの」

 ミヤ「ワラの股倉は、ねろねろどころじゃねえでよ。あんたんも、ねっちょろねっちょろに、はまってな」

 オラ「ああ、ねろねろ、とろとろは大好きじゃ……」


 ミヤにも、取柄があるわいな。あんだけ、ねろねろしてりゃ、泊まり客が増えるわけじゃ。そうか、うなぎで育ったかや、うなぎはええのう。うな丼の後はうなぎ娘、うなぎ尽くしじゃ。


花魁道中と、たんぽぽ娘(二十二話)


 お盆の頃になんと、お待たせの、花魁道中がある。夕暮れ時から始まり、当代の大御所を筆頭に、売れっ子がわんさと出てきよる。町衆は、手前のなじみが通ると拍手喝采じゃの。百花繚乱。こいが、お江戸の花。この世の極楽の一丁目よのう。

 たいてえの江戸の男は、ここで筆おろしをやりたがる。なかには、己の刀を研ぎ、本当の人斬りになんのもおる。またの、花の海に溺れ骨になる男も、ごまんとおる。まっこと、こん吉原は、地獄の一丁目でもあるんや。オラは、花と言う花を片っ端から愛でてえ。こん花の海を、どこまでも泳いで行きてえ、溺れはせんぞ。

 今、オラの見てる前を通った三人目の太夫が気になるのう。歳の頃は、三十路かいな、えろう別嬪で、大輪の牡丹みたいや。お手合わせすんには、えろう銭がいるやろな、無理じゃな。まずは、身の丈に合わせて、たんぽぽから愛でるかいな。

 あっ、あすこんとこに、こん前の牛太郎がおる。吉原三宝貝の、残る一つを教えてもらおう。


 オラ 「憶えておるかいや、こん前、めめずのユリを紹介してくれたの。今日は、言いかけてた、吉原一の貝を教えてくれて」

 牛太郎「ああ、憶えちょるよ。いがっぺだったか、めめずのユリは?」

 オラ 「そらもう、こたえられんかったわ。ありがとの。めめず嫌いのオラが、一変にめめず好きになったいや」

 牛太郎「ほっか、そいは、たいそうだったんだっぺな」

 オラ 「さあ、銭や。取っときな。今度は、一番は誰じゃ?」

 牛太郎「この花魁道中で、前から三番目に出て来た女が、そうだっぺよ。ツヤゆうて、三十路や。あん女は特別や。あん花は狂い咲きじゃて。もっと、くわしゅ教えたるわ。オレに駄賃くんろ」

 オラ 「ほい。気になって気になって、しょうがねえ、くわしゅうのう」

 牛太郎「えかや、たいてえの女は、貝の良し悪しで売るて。またの、たんと床技を身につけて、そんで売るの。だがの、あんツヤは、貝は普通じゃ、床技も同じじゃ」

 オラ 「じゃ、なして、当代一になるんや?」

 牛太郎「面だっぺ。えろう別嬪やろ。こいが、極楽にいっちょる時ん面ったら、絶世の観音面だ。男はその面みると、あっという間に観音様に導かれて極楽や。あん女は、よがり面で売るんだっぺ」

 オラ 「そうかいの、銭がねえすけ、諦めるしかねえの。ありがとの。今日は、たんぽぽ喰って帰るわ、じゃあまたの」


 ああ、銭がのうては、ええ女が買えんかいな。飛脚の稼ぎでは、一生かかっても無理やろ。もしくは、なんか縁があればの、なんかの偶然でのう。ねえ、ねえ、たんぽぽでええわ。


 オラ「おめさん、元気でええの、おめさんにする。名は何じゃ?」

 タミ「わたじゃ、タミいいま。さあ、あがっとくれ」

 オラ「さっき見た、花魁道中はすごかったのう。江戸の花や」

 タミ「そやろ、一番先が五十路の大御所、二番目が四十路の太夫でよ。そんで三番目が、わたじゃの姉さんで、吉原一番のツヤ姉やで。実はの、ツヤ姉の方が、一番先を歩いてもええんやけんどな。まっ、ここは歳の順で、五十路のシズさんが仕切っ取るわ」

 オラ「どうしたっても、手が届かんやけん、あきらめや。タミよ、おまんは、花で言うと、たんぽぽみてえだのう」

 タミ「ああ、わたじゃ田舎もんで、踏まれて強いんが取柄や。男が立て続けにのっかってきても、屁もねえで。一晩に、何度でも、ぶっぱなしてもええど」

 オラ「おまんの取柄はそいじゃか。丈夫な貝ってこつやな。よしゃ、こわれても知らんぜよ」

 タミ「わたじゃの貝に、喰い千切られても、知らんけんな。どっちが、もつかいのう。まけんぞい、こいや……」


 たんぽぽのように、道で踏まれても咲く花あり。

 こいも吉原、百花繚乱のうちなり。太夫のような牡丹だらけでねえのが、こん吉原の良さよ。オラはこいから、いろんな花を愛で、さまざまん貝に舌鼓を打とうて。


吉原、やり手婆(二十三話)


 こん前、牛太郎から聞いた、吉原三宝貝のシズんこつが頭から離れんわ。何かええ手はねえろかや。こいは、オラの女体道に欠かせんぞえ。銭がのうても、あん噂に聞く、観音面をおがまんとの。今は、こん吉原で、こまいのから喰いまくりや。

 あすこん所の置屋のやり手婆に、おなご衆のこつ、あれこれ聞いてみっか。


 やり手婆「さあさあ、よってけや、ええ娘いっぞ、遊んでけや」

 オラ  「こん店もはやってるの、おなご衆もみんな、すけべ面しとるの」

 やり手婆「ああ、男にしがみついたら離れんぞえ。身も心も、空っぽんなるぞえ。さあ、上がっとくれ」

 オラ  「駄賃だすすけ、こん吉原んこつ、教えてくらんしょ。きのう見た花魁道 中の、シズんこつや、どげな女や?」

 やり手婆「そりゃもう、吉原一や、男は骨抜きにされるど。女から見ても、うっとりとすん色気じゃの、男はたまらんこて。床での、あん女の観音面みたら、二人そろって極楽めぐりじゃで。でも、気付けや、いろんな男が、手前だけんもんにしようとねらっとるんや」

 オラ  「身請けして、囲うちゅうこつかえ?」

 やり手婆「そや、そげなこつは、こん吉原が許さん。あん女は吉原の宝や。男衆みんなのもんや。独り占めにゃさせんわ」

 オラ  「吉原の意地やの。そうや、ええ女は男みんなのもんや。男は女を喰って育つ、飯みてえなもんじゃからのう。あのう、牛太郎から聞いた話では、えろう銭がいるんやろ?」

やり手婆「そうや、まず無理やな。あきらめなはれ。ええこつ、教えたるは。守ったらええ」

 オラ  「守るって? 何のこつや?」

 やり手婆「あん女は、ほうぼうから狙われちょる。男の影がつきまとっておる。何かの拍子でもええ、そん場に出くわしたら、救ったらええ。あとは運や。仏さまに、たのんどけ」

 オラ  「いろいろと、どうもな。じゃあ、こん店では誰がええんや」

 やり手婆「ワッチじゃ。まだ、干上がっておらんでよ」

 オラ  「えっ、婆様、まだ、商売やってっけ? そらたまげたのう」

 やり手婆「たまげるじゃのうて、玉つかんだら離さんでよ。若いころはの、こん体めあてに野郎どもが鈴なりじゃた。吉原の女は、灰んなるまで現役やで。まだまだ、使えるぞえ。兄さんや、ワッチの黒貝の出汁、味わんか?」

 オラ  「そやの、貝は喰ってみねば、味はわからんて。こん吉原の大御所、五十路のシズさんのこつも、教えてくれるかや?」

 やり手婆「ああ、シズはワッチの妹分やったわ。昔は、こいまた別嬪やったで。そんシズとは、仲ええからよって、引き合わせてもええで」

 オラ  「何っ? 大御所と肉合戦できっけ?」

 やり手婆「だからよ、ワッチを抱けや。そいが条件や」

 オラ  「わかった、そうすんど。必ず、結びつけてくりょ」

 やり手婆「ワッチは十五んときから、吉原一本や。今夜は、六十路の黒貝で極楽いったれや、かかってこいや」

 オラ  「よしゃ、黒焦げ覚悟でのう……」


 女の目から見た吉原を、いろいろと教えてもろうたわ。牛太郎からは、男の目からだったども、そいだけだといけん。女のこつは、女に聞けじゃ。あん婆様は生き字引よ。たんと年期の入った黒貝で、極楽へ導いてくれたわ。

 なんか、オラん刀が、ちと黒うなったような気が……


おんな按摩(二十四話)


 飛脚ん仕事で体は疲れるは、たまの休みは女遊びで、こいまた疲れるのう。こう疲れた時は、良く寝て、長屋でおとなしゅうしとるんや。ちょくちょく置屋に出向くんでのうて、ネコみてえに、ごろにゃんとのう。

 ああ、そんだ、按摩に来てもらおう。節々が痛いすけ、念入りにやってもらおう。おんな按摩がええの。


 オラ  「おう、来てくれたかや、入っとくれて」

 按摩さん「たのんだの、あんさんやね。こってるとこ、言ってや」

 オラ  「オラ、飛脚だて、特に足がこっての、むくんでもいるて」

 按摩さん「ほっか、街中走りまわってて、そりゃ大変だの。今日は、ワタイが体中たっぷりと、ほぐしてやっからな」

 オラ  「じゃあ、うつ向けに寝っから、たのむて」

 按摩さん「肩からや、どうや、これぐれえでええか、もっと力いれっか?」

 オラ  「そんぐれで、ええよ。続けてんか。ああ、ええよ」

 按摩さん「あの、ワタイは目がよう見えんども、体もむだけでわかるで」

 オラ  「何がわかるんじゃ?」

 按摩さん「人となりが、わかるんじゃ。体は正直じゃからの。あんさん、相当疲れとるな、かわいそうだの」

 オラ  「うん、仕事で体は疲れとるし、心は昔から、くたくただ。まあ、いろいろとあっての、しがなく暮らしてるて」

 按摩さん「さあ、今度は仰向けになってくりょ。手からいくでよ。手も固いの、荷物とかも運ぶんやろ、腰にも気い付けや。若いから、女遊びに精出し過ぎて、ぎっくり腰んならんとうてな」

 オラ  「よう、わかっちょる。オラは女に上になっもらうんが、好きじゃ。みんな腰使いが違うの、ほんと十色十色じゃ。ゆれゆれもええしのう」

 按摩さん「ふふっ、本当、女の体が好きなんやね」     

 オラ  「もしかすっど、飯より好きかもだの、そりゃ大好きじゃ。あの、聞きてえんだどもの、男ん体と女ん体、按摩やってて、気持ちええんは?」

 按摩さん「そいは、女ん体の方が、柔らこうて、気持ちええわ。でも、女やから、男ん人の体の方が、しっくりくるわな」

 オラ  「オラは男じゃけん、女のやわ肉が、そらもう、こたえられんて。こん手の固いんは、仕事だけじゃねえで、女にも使っとるんよ」

 按摩さん「じゃあ、ワタイの体も、按摩してもらおうかや」

 オラ  「ええんですかい。こっちこそ、お願い申しますがな」

 按摩さん「ワタイは、こん仕事やってて、口説かれもする、許したりもする。気に入った客には、こっちから身をまかせる。人の体さわっとる仕事や。人の心まで、さわっとるみてえだで。あんさんなら、ええよ。ワタイの体で、癒されてくりょ」

 オラ  「そうかや、まっこつありがとの。ではの……」


 ああ、体も心もすっきりし、疲れが飛んだわ。あん按摩さんは、オラんこっとる所を、念入りにやってくれたわ。男んかゆか所、よう知っとる。また、たのもって。


深川界隈、常陸娘(二十五話)


 まだ、腰が痛いけん、今夜は近場のオラん深川の置屋に行くべ。そりゃ、吉原や横浜にくらべれば、かなりこじんまりとしとる。でもの、なかなか情緒のあん所で、北関東から来た娘衆が多いの。なんか訛りが強うて、わけわかんねえ時もあっけど、情があってええ。

 さてと、どの娘にしような。えっと、あっ、タヌキ娘がいた。


 オラ「こん色街は、北関東の娘衆がたんといるども、おめさんもかえ?」

 クマ「わたじゃ、クマじゃ。常陸の国から来たべ。筑波山で育ったんだべさ」

 オラ「ほうか、あん大きな川、利根川の先の、またまた先の山やな。何、みんな売られて来たんかいや?」

 クマ「ああ、そんだなや、不作で米取れねえで、わたじゃを売ったんだべ。ええ土でのうし、筑波おろしの風くっど、米だめんなるじゃ。での、みんなして、坂東太郎こと利根川を渡って来たんじゃべ」

 オラ「そかや、オラんとこの越後は、土はええし、風も来んしのう。そんかわり、大雪で半年近くはだめだのう。どこん百姓もてえへんだ、早う銭稼いで、帰ったらどんだ?」

 クマ「帰れるわけねえじゃべ。村ん衆が、江戸の色町いっこと、知ってるべちゃ。ここが、わたじゃの、一生のねぐらじゃぺ。こん、せんべえ布団がの。骨んなんまで、ここで股開くじゃぺな。覚悟できてるべ」

 オラ「まあ、あんま無理せんといての。そんうち、ええこつ、あるわいな。じゃたら、盆や正月とかにも、休みもらえんのかえ?」

 クマ「あんたじゃに、わかりゃあしねべ。お盆は客であふれんべさ。暮れや正月も、男衆の打ち治め、打ち始めじゃぺ。お股の空く暇がねえ。わたじゃん体は、男のもんじゃぺな。わたじゃんもんでねえみてえだべ。本当は、暇もろうて、ちょこんとけってみてえべ。あんたじゃ、願いかなえてくれっかや?」

 オラ「だども、常陸まで連れて行くわけにもの。気持ちはわかるけんどな」

 クマ「ちがうじゃ。わたじゃを、あんたじゃの大砲ん玉んのせぶっぱなしてくりょ」

 オラ「はっ? 何やそいは?」

 クマ「まだ、わかんねえべ。だすけな、筑波山めざしての、ぶっぱなしてくりょ。あんたじゃが極楽へいくときの、思いっ切りたのむべさ」

 オラ「おお、やっとわかって、筑波山に届くようにってこつやな。あいわかりもうした。クマを必ずや筑波山まで、飛ばしたるわ」

 クマ「ありがたや、わたじゃをたのむ」


 オラん打った大砲ん玉は、坂東太郎を越え、はるか先、筑波山まで飛んでった。クマになんとか、お国を見させてやるこつが出来た。

 極楽にいっとるときのクマん面は、そいはもう、はしゃいだ生娘のようじゃたわ。 願いかなって、目出度しや。

  

生娘と(二十六話)


 今日の仕事は、下町は木場へ手紙届けんばなんね。こん飛脚の商売は、あっちゃこっちゃ、行ったり来たり、ほんとてえへんだ。まあ、道中の女衆を見ながら、忙しなくやってますて。なんが楽しみかといえば、ええ女、ええ体しとる女を見つけるこつよ。

 ええっと、そん辻の右の、桶屋の隣の家やな。あった、あった、こん材木屋さんや。


 オラ「ごめんくださいの、文あずかって来ましたて」

 お上「おお、ご苦労さんや、お茶のんでいきや」

 オラ「へっ、ありがとごわす。こうも暑いと、こたえますて。悪いども、こんだ水もらえますかいの」

 お上「ちょうど今、スイカ切ったのがあるわい。こまい娘に、持ってこさせるよって、待っててな、ゆっくりしいや」

 オラ「そいはどうも、ごちんなりやす」


 真夏はこたえるの。汗だくだくや。スイカくれるって、ありがてえの。こん材木屋は、儲かっていそうやの。奥に蔵があるわ。


 娘っ子「おまっとうさんね。暑かったやろに、たんとどうぞ」

 オラ 「うまそなスイカ、ありがとの。あれっ、かなり若いの、おめえ」

 娘っ子「ウチは十六じゃ。ここん店で、世話んなっとるんや」

 オラ 「何か訳がありそうやな。優しゅう、してもらってっけ?」

 娘っ子「ええ人達や。んでも、もう直の、ここ出ねばなんね。ウチは、みなし児なんや。ここは遠縁で、そんで世話になってたんよ」

 オラ 「出て行くって、どこへじゃ?」

 娘っ子「こん木場の置屋やよ。もう店は決まっておるんや。悲しいけんど、仕方ねえ、なるしかなんね」

 オラ 「こいも渡世よの、まあ、そん前に、オラと、どやろ。あん仕事は、荒くれ野郎どもが、めちゃくちゃんすんど。まだ、おぼこなんじゃけん、相当こたえるぞい」

 娘っ子「ウチは怖いんじゃ、初めてん男は、優しいんがええ。アニさん、優しゅうしてくれっけ?」

 オラ 「ああ、まかせてくんしょ」

 娘っ子「うん、わかった。明日休みもらうんで、会ってもええ」

 オラ 「じゃあ、明日ん午後、深川の町屋で待っとるわな」


 なんか、生娘と御縁が出来そうやな。初めてやな、どう手ほどきやんのかいな、わかんねえの。


 オラ 「おお来たかえ、こねかと思ったいや。まあ、やんわりと、おいおいとな。しかし、可愛いのう」

 娘っ子「ウチ、初めてなんじゃ。優しゅうしてな」

 オラ 「ああ、わかちょる。目閉じててな、えかや、ではの……」

 娘っ子「うん……」


 初もん、やったわ。オラん腕の中で、小さくなってたわいの。

 あん娘には、こいから荒波が襲ってくるわ。波ん飲まれるじゃのうて、波ん乗っていけや。


白昼夢(二十七話)


 神田神保町、こんあたりは武家屋敷がたんとあるの。仕事で、よう文を預かったり届けに行ったりで、なじみの屋敷も出来る。下総の国からのお侍さん宅へ行くと、いっつも、ええ嫁さんが出て来るて。目のぱっちりした、細面の美人さんや。何度も行ったりしとるうちに、オラはだんだんと浮いた気になってたんや。

 そん嫁さんは、オラと同い年位で、武家ん嫁らしい、しんのある人よの。だども、もう人んもんだし、ましてお侍さんとこの嫁さんだ。そんげんこつ、考えねえほうが、ええ。気にしない、気にしないって思いながら、また、御用に向かったんや。


 オラ 「ごめんくだされ。お中元を預かってまいりやした」

 お内儀「これは、ご苦労さんやったね。兄さんは、よう届けに来るの」

 オラ 「へっ、下町を行ったり来たりしてますて。たまに、横浜に」

 お内儀「そうかいの、上がって行くかえ?」

 オラ 「いや、オラみてえの飛脚が、畳よごすわけにいかねえですて」

 お内儀「じゃあ、二人で外歩かんかえ? 話しとうなったんや」

 オラ 「はあ、そうですかいの。ええですとも」


 こんお内儀は、オラとは身分が違うて。人んもんだし、へたに手出すと必ずや斬られる。ええ女だども、御用のあんとき見詰めるぐれえで、がまんじゃの。


 お内儀「あのウチはな、武家に嫁いだんけんど、もとは町娘やよ」

 オラ 「そうですかいの、実は前から、お目んかかるたんびに気になってやした。もっと前に出会っておれば、オラはえかったですわ。お内儀の目見とると、オラは素直になれもうす。こん目は、嘘んつけん目や。まぶしいくれえだて。ええのう、オラは手前の気持ちに嘘ついて生きて来たや」

 お内儀「ウチは、昔は悪か男に騙されもしたんよ。こっちかて、口には出さんけんど、いろいろあるんよ」

 オラ 「でも、今はお侍さんに守られてますがな」  

 お内儀「なあ、兄さん、ウチのこと好きなんかえ?」

 オラ 「そやです。会うたんびに、ええのええのと思ってましたが」

 お内儀「武家ん嫁かて、浮気せんとは限んねえよ。兄さん次第やで。ウチは、身をまかせてもええんやよ」

 オラ 「いやいや、お武家の主に斬られもうす。嘘んつけん人は、浮気がばれもすよって」

 お内儀「じゃあ、こげんのはどうやろか。夢ん中んこととしたらええ。白昼夢やよ。夢ん中で、思いっ切りウチにしがみつくんは、どうや。ウチのようでウチじゃない、兄さんのようで兄さんじゃない、二人での」

 オラ 「ああ、夢ん中のことと思えばええんじゃな。オラ、思い遂げて」

 お内儀「兄さん、てる吉ゆうたね。ウチはええよ。ええんやよ。さあ、てる吉っさん、二人で夢みよな、ええ夢をな……」


 夢か幻か、いや、ほんまもんか。

 あん時、二人で歩き出してから町屋に入ったの。お内儀に、酒をおごってもらいやした。オラは酒も好きだども、すぐ寝てしまうところがある。なんか、白か肌が舞ったのを憶えちょる。ええ声も聞こえたような。あまりの良さに、オラはそんまま深い眠りに入ってしまったて。

 でもこいは、夢としよう。ええ夢を見させてもらいやした。


場末、イカ臭いせんべえ布団(二十八話)


 下町、馬喰町といえば、関東一円はもとより国中から牛馬のやり取りがある。色んなとこの方言が、あちこちから飛び交い、そら賑やかんとこじゃのう。荒くれどもが、わんさといる。となれば、女遊びの場もそこらじゅうにある。

 こういうとこの置屋は、まずは安い、ゲテモノも多い、宿は汚いときてる。だども、ゲテモノ好きもおる。オラは奥の奥の置屋さ行ったて。


 オラ  「女はそっちにまかせるすけ、呼んでけろ」

 やり手婆「はいな、誰でもええんやな、年増でもええな?」

 オラ  「出たとこ喰いや、何でもええぞい」

 やり手婆「物好きやな、はずれても、しらんぞえな」

 オラ  「オラは何でもええ、ほんまの女好きじゃけんのう」

 やり手婆「ほうか、部屋で待っとれや」


 えっと、こん部屋やな。何だよ、こりゃ臭いのう。おいおい、いくらなんでもこん布団だめじゃろう。黒焦げみてえに、垢がこびりついとる。ありゃりゃ、垢だけでねえじゃ。ノミ、虱、ダニ、南京虫までいんでねえの。そんだけじゃねえ、男汁、女汁が臭い立ってくんでねえの。女汁は、まあともかく、男汁はイカ臭くてかなわん。イカ臭いのは、オラの長屋の部屋だけでじゅうぶんだて。あー、女にお潮まで吹かせたんやな、わかるわ。こん、せんべえ布団は無理じゃ。


 オラ  「おい、こん布団、何とかなんねかや、何じゃよ?」

 やり手婆「ここは、安いんや。女も布団も、そうなんや」

 オラ  「あれじゃ、横になんねえじゃ。女と遊べねえべ」

 やり手婆「あん布団使わんでも出来るやろ。立ってやれえや」

 オラ  「ほっか、そいじゃの、婆様、ええこつ言うの。あーこいは、一本取られたわいの、そんでいこう」


 さてさて、どげな女が来るかいの、楽しみじゃ。こん布団なみの、年期入りかいの。


 アネサ「まったかえ、次がたまっとるんや、早うな」

 オラ 「ああ、わかった。部屋も布団も臭いけんの。こん布団だめだすけ、おめえさん柱にしがみついてくりょ」

 アネサ「ほいきた、ニワトリみてえに、一時にたのむぞい。こん宿は、臭い野郎どもが、蟻のように女に群がってくるんや。ほんに、せわしないんやで。早うたのむわな」

 オラ 「オラは越後にいたころ、ニワトリの交尾見たこつあるわ。電光石火ってこつやな、いくで……」


 いやはや、布団が臭過ぎて、睦ごとどころじゃねえべさ。オラ、女が上になんのがええのに、それしたらカイカイになる。あんイカ臭さはかなわん、いくらイカ好きでも、かなわんて。


二の腕美人(二十九話)


 真夏ん楽しみといえば、女衆が薄着になるってこつやの。小娘から、年増まで、すけすけだったりして、目んやり場に困るて。困るちゅうても、どれを先んするかってこつやどもの。アネサの洗濯なんか見とると、ゴシゴシすんたびに、二の腕がプリプリ揺れおる。オラは、女の二の腕が大好きじゃ。ツヤツヤ、ヤワヤワ、プヨプヨ、ムニョムニョみんなええ。

 女の二の腕は、二番目の乳房なんていうのう。まっこつ、そんとおりや。こん二の腕を見ると、抱き心地がわかるんや。実はのう、ええ二の腕をしたカカさんが、長屋にいるて。


 オラ  「カカさん、よう洗濯に精が出るの、家族が多くて大変やな」

 カカさん「ああ、貧乏人の子沢山で六人いるけんの」

 オラ  「こんだは、七人目が出来んじゃねえのかえ?」

 カカさん「そうかもの、とっつあんが、毎日んようにのっかってくっからの。わいの、腹ん空く暇がねえみてえだて」

 オラ  「まあ、盛んでええわい。男ん甲斐性けんな。よそで、女遊びすんより、ええべさ?」

 カカさん「そんだども、毎日んようだと体こたえるて」

 オラ  「がまんしいや。ええこつやんけ」

 カカさん「だども、いっつも同じ魚、腹ん入れてるんじゃけんな。男は貝遊び、いつでも出来っけど、女はそうはいかねえ。たまには、ちごう魚、味わってみてえ」

 オラ  「あのう、オラんのはイワシみてえだども、どやろ」

 カカさん「そいはええ。こっちんはカジカみてえで、喰った気がしんねえて。おら、とっつあんに隠れて、今、イワシ喰いて」

 オラ  「実はの、さっきからカカさんの、二の腕プリプリがたまんねえんや。オラん方こそ、やわ肉、味わいてえ」

 カカさん「お安い御用や。おたがい、そんでええな。家へ入れて」

 オラ  「旦那帰って来んじゃねえろか?」

 カカさん「大丈夫だて。いいから入れ、イワシ喰わせろって」

 オラ  「わかったなも。やわ肉こそ、頂戴しまっせ……」


 ああ、オラはやわ肉を堪能し、カカさんはイワシを丸呑みんした。おたがいに、大満足じゃったわい。女の二の腕は正直や、案の定、ええやわ肉やったわ。


売られて来た、奄美娘(三十話)


 薩摩ん上屋敷は、三田にありますの。御用で出向いたりしとると、門番とかと、なじみんなりますて。旨い蕎麦屋や、一杯飲み屋、また薩摩娘のおる置屋も教えてくれる。そん上屋敷から少し行くと、屋敷ご用達みてえな、薩摩娘ん多い色町があるの。     オラは、そん薩摩娘めあてに、向かったんじゃよ。


 オラ「ここは、薩摩娘が多いそうやんけ、いるかえ?」

 お上「ええ、たんとおりやす。薩摩屋敷の人から、聞いたんけ?」

 オラ「ああ、そうだす。南の国ん女と遊んでみていんや」

 お上「薩摩は薩摩だんけんど、奄美の娘でええかえ?」

 オラ「そいを、あげてくりょ」


 奄美ちゅうたら、鹿児島のもっと先ん島やな。琉球にも、わりと近いんやろ。えろう所から来たんやのう。やっぱ、女衒に買われ来たんじゃろ。


 オラ 「あんた、奄美から来てごわすか。よう江戸に来なさったな。名は何ていいもうそう」

 愛加那「わんは、愛加那いいもんど」

 オラ 「愛加那? どっかで聞いたこつ、ありもすな。おいどんは、薩摩ん人から聞いて来もうした。よかおなごじゃのう、ほんのこつ、ええおごじょよのう。今日は、きばってけろ。よか思いさせてくんせいや」

 愛加那「おはんは、薩摩ん人でねえけ? 薩摩ん言葉しゃべっとる。わんは、奄美だ。薩摩はきらいじゃ」

 オラ 「うんにゃ、おいどんは越後でごわす。薩摩ん人となじみやからや。飛脚やるよってに、国訛りになれもうす」

 愛加那「わんは、好きで江戸にいるんじゃない。売れれたんや。島は、薩摩が来てからでは、さときび地獄やよ。働かせて働かせて、さときび舐めるだけでも叩く。そいに、ソテツ地獄じゃ。アクの強か固い木しか、食うもんがねえ。ちゃんや、あんまは、泣く泣く、薩摩ん女衒に売るんど」

 オラ 「なにごて、薩摩はこうも過酷なんけ、教えてくんせいや?」

 愛加那「奄美から、しぼるだけしぼって、そん銭で大砲かうやと。そんに島ん役人は、おごじょをはべらせ、贅沢三昧しとる。あんた、鶏飯しってっけ?」

 オラ 「あん汁飯やろ。あいは、だしの効いた旨かもんや」 

 愛加那「本当は、悲しい言い伝えあるで。教えたるわ。あいはの、薩摩ん島役人に、鶏まるまる出さんでええように考えたんや。細かくしての、かさを増やして、汁飯ゆうて出したんや。こん島ん人は、それすら、すすれねえんだ」

 オラ 「そうけ、ほんのこて、難儀よのう。じゃっど、そやの、きばれいしか言えんのう」

 愛加那「おはん、ほんとは薩摩ん人でねえけ?」

 オラ 「ちごうぜよ、越後ゆうたがぜ、薩摩弁知っとるだけだきい。ほら、今は土佐弁が出もうした。飛脚で知り合いが多いとごわす」

 愛加那「ふふっ、わかったわ。おはんは話やすうて、おもしろか。今日はきばって腰振るで。極楽いってくんせいや」

 オラ 「ほんのこて、よか、おごじょや、きばっての……」


 あん、おごじょは、オラん背中に向かって……

 ……また、おじゃたもんせ、まっちゅんど、と言ったの。奄美ん言葉じゃ。江戸で、一生懸命に生きとるのう。オラも、しっかりせんば、なんねて。愛加那よ、薩摩ん言葉で言うでよ。ありがてごわした、きばれー。


乞食に化けた女忍者(三十一話)


 久しぶりに、女衒の土佐兄に会ってくっかな。あん人は、女の売り買いで置屋をぐるぐるまわっておいでや。どこに現れるかは、ようわからんて。まさに神出鬼没やの。まあ、両国のタキんとこにいるかもしんねえ。


 オラ「こんちは、土佐ん女衒は来てねえかや?」

 お上「ああ、奥にいっから呼んでくるわ」

 オラ「今夜は、タキん体があくんはいつ時で?」

 お上「あん女は、人気があるよって、朝んなんまで泊まり客のお楽しみや。またにしいな。土佐ん男やな……」


 そやの、タキは別格やからな。あん腰技くらったら、やみつきんなるわな。オラも、常連の一人やども、会うだんびに空っぽんされるわ。狂い腰とは、よう言ったもんやな。今日はええわ。


 土佐兄「おお、てる吉、久しぶりやきの、まめんしとったか?」

 オラ 「なんとかやってやす。女ん道も、ぼちぼちですけんどの」

 土佐兄「まあ、ぶったれや。そんや、おまん、タキとたまに会ってるってな。どや、タキの鯨の潮吹き、見たんかいや?」

 オラ 「いやいや、まだまだでやす。空っぽんされて、そんで仕舞いですて」

 土佐兄「修行がたらんきな。ええか、一人でも多く抱くんや。女ん密につかるや。そや、前に女忍者を引き合わせてやったきの。怖かったやろ。今度は、おまんと同じ修行の身の、女忍者を合わせたるき。そん女は、クメゆうて、両国橋んとこで、ゴザしいて乞食やっとるき。でもの、こいは、人ん心しるための、奥の手ぜよ。いっぱしの女忍者になんため、クメんなりの修行ぜよ」

 オラ 「会って見てえて。オラも人ん心の、そん奥まで知りてえすけ」

 土佐兄「ええことやき。人ん心を知れば、人を何にでも出来ようぞ。ゴザしいて、乞食やったり何か売ったりして、地べたを這うんや。そんしたら、人ん本性がたんと見えようぞ。今夜、両国橋へ行け。話つけておいてやっきな、あっ、そや、たわけん振りしとるぜよ。すぐ、わかるっきな」

 オラ 「またもって、かたじけねえこつです」


 また、ええ話やの。忍者修行の女に、お手合わせ出来るってこつかいな。ほんに、土佐兄には感謝や。こっちは、刀ん切れを試せるわ。


 ……えっと、こん橋が両国橋やな。

 そんで、たわけん振り、しとる女やったな。

 あっ、いたいた、胸はだけ、腰帯がゆるゆるで取れそうやんけ。乞食によう化けとるやないけ、遊び女にも見える。お手合わせが、楽しみやのう。


 オラ「ほいっ、銭や。こんで、蕎麦でんどうや」

 クメ「あじゃ、こんげんくれりょかや。わるいの」

 オラ「こん橋とこで、暮らしてんかや?」

 クメ「わじゃの、こん橋ん下が寝床での、ゴザがあれば、そんでええ」

 オラ「いくら夏でも、夜んなれば、寒いじゃろうてな」

 クメ「うんにゃ、男衆にあっためてもらっとるんや。銭もくれっしな」

 オラ「だども、風呂へってねえべ。めんこい面してんのになあ。着物だって、これしかねえんだろ。そいに男臭いでよ。夜は野郎どもに、たっぷりこんと可愛がられ、ガギが出来たらどんすんだべ?」

 クメ「あははっ、誰ん子かわかんねえの、そんでええわ。わじゃ、男好きだ。わじゃを、気持ちようしてくれるわい。男も、わじゃん体を、めちゃくちゃんして、えろう悦ぶよってな。わじゃ、男なしでは、いられん体なんや。兄さん、今夜どや?」


 さてと、そろそろ、本当のこつ言おうかいの。土佐兄からの、話のこつよ。


 オラ「……クメ、土佐ん女衒が話付けてくれたんは、オラんこつよ。なかなか、乞食ん化けんの、上手いのう。たわけん振りも、よう出来ちょるやないけ、こいも修行やな」

 クメ「……そや、はなから、わかっとるわな。聞いとるわ。てる吉、あてに用か?」

 オラ「オラは女修行の身じゃて。平たくいうと、女体道を歩いておるんや」

 クメ「ようは、女を喰うんが好きなんじゃろ。かっこうつけんでええ。アテを喰うつもりが、アテに喰われるぞい、骨んなんぜよ。男ん体、男ん心、こん悦ばし方は、橋ん下で毎夜毎夜の修行や。体と心は別物や。いっぱしの女忍者んなんには、ここからやで」

 オラ「恐れ入りましたが、今夜はオラを喰ってくらんしょ」

 クメ「てる吉、骨んなる覚悟あんやったら、見返り期待したらええ。そん覚悟の分だけ、えろう極楽へ送ったるわな」

 オラ「よろしゅう、おたのみもうしやす……」



 いやはや、女忍者に手出すなんて、本当に危ないこつよのう。まさに、骨んなる覚悟がのうては、だめじゃ。そんかわりというか、えろう極楽が待っとるわな。


尼僧との、睦問答(三十二話)


 オラは神社や寺巡りが好きでの、そんうち札所巡りやってみっかと思っとる。上野の寛永寺あたりは、寺町になってて、ぶらぶらすんのにええ所やの。ある寺んとこで読経がひびいてきた。尼僧さんの、甘いええ声やの。オラは本堂に入り、手合わせて、ありがたくお参りさせてもらってたんや。


 尼僧「お若いの。お参りですかいの?」

 オラ「はあ、ええ声が聞こえて来たんで、お参りさせてもらいやした」

 尼僧「兄さん、心根が座っとるの。たんと苦労したんやな。神仏拝もうとすんは、人としての当たり前んこつやで。そん当たり前が、なかなか出来んのが多いんやけどの」

 オラ「オラは、仏像見んのも好きだて。心が洗われて、ええ気持ちんなる」

 尼僧「ええ気持ちんなるかや。そやの、人は気持ちええこつが好きやからの。

仏ん教えもそうやで、あの世ん極楽、この世ん極楽言うやろ。人は、極楽へ行くんが、なによりなんや」

 オラ「男と女の睦ごとも、極楽じゃ。オラ、この世ん極楽のこつで頭いっぱいなん」

 尼僧「ええんや、この世ん極楽が、あの世ん極楽へ繋ごうとるんやけな。兄さん、歓喜仏しってかや? 女が男にしがみ付いとる仏様や」

 オラ「ええ、知っちょります。女が一心不乱に、しがみ付いてやす」

 尼僧「そや、そんで二人して、一緒に極楽の真っただ中やで。話ん続きは、また今度や、声掛けてな」

 オラ「手間を取ってしまいやした。ありがとうございやした」


 あん尼僧さんは、歳のころはわからんども、色気あったの。女は頭丸めると、ほんと、わからんて。オラの好みでもある。いやいや、そいは罰当たりじゃ。また、ええ話聞かせてもらおっと……


 オラ「ごめんなされや、また来やした。こん前の続き願いますて」

 尼僧「さっそく来ると思っとったわ。ワタイに浮いた気が、あるんやろ?」

 オラ「さすがお見通しで。仏に仕えとる人は、心眼がありますけんの。もっとくわしゅう、男と女の極楽んこつ、教えてくんなしょ」

 尼僧「仏ん仕える身には、不犯の掟がある。こいは絶対や。こん掟を破るんときは、尼を辞めるときや。実はの、訳あって、江戸を去り国元に帰ることんなっとるんや。尼でのうなるんやで。よって、世俗にもまれる暮らしに戻るんやで」

 オラ「そうでっか。オラ欲が深くて深くて、教えてほしいこつがある。女は綺麗に出来ちょるの、なんでじゃ?」

 尼僧「観音様やからや。身も心も綺麗なんや」

 オラ「女ん体は、なして、ああも男を悦ばすんですかいの?」

 尼僧「気持ちええからやで。つまりの、女そのもんがすでに極楽やで。人はみな極楽から生まれ、極楽を味おうて、また極楽へ帰っていくんや。女も男に喰らってえろう気持ちええ。この世は極楽ん一丁目やで。さんざんと極楽を味おうて、あの世ん極楽へと繋ごうておるんや。ワタイは、尼しとったから、この世ん極楽をよう知らん。尼を辞めるんやから、こいからは、女ん悦びをたんと知るわ。兄さん、ワタイが尼でのうなったら、真っ先に願いまっか?」

 オラ「そいはもう、悦んで、渾身の力込めまんがな」

 尼僧「では、九月んなったら、寺ん近くの町屋で会おうな。そん時はもう、尼でねえから、固い話抜きや。髪がまだのうても、町娘や、たんと可愛がっての、ええな」

 オラ「まかせてくらんしょ。二人して歓喜仏になんましょ……」


 九月そうそう、尼さんやったお人とお会いした。髪がのうても綺麗な方や、恥じらいがあったわ。悦びん声を、読経みてえにくり返していたのう、ええお人やった。


吉原、鉄火姉御(三十三話)


 江戸っ子はうるさいわな、べらんめえ調も、耳んひびくわの。また、下町ん女は、きっぷがええのが多い。さっぱりしとるというか、男勝りいうか、鉄火というんかいの。こん吉原は、ちゃきちゃきの江戸娘がごまんとおる。よし、今夜は、鉄火姉御と勝負したるか。なじみん牛太郎に聞いたろ。あいは詳しいわな。


 オラ 「牛ちゃん、築地名物の鉄火丼じゃのうて、こん吉原の鉄火姉御喰いてえて」

 牛太郎「威勢のええ女だんべ。マキだ。そうとう勝気やで。手も飛ぶかもしんねって」

 オラ 「何? 下手すんと、ピンタ喰らうってこつかや。まあ、オラん刀でとどめさしたるわな、どこん置屋や?」

 牛太郎「なんあ、ずーと先に茶屋あるっぺ、そっからまた、七軒目だ」

 オラ 「ずいぶんと先やな、勝気女のよがりもええ、よし、そこや。どうもな、牛ちゃん、ほい、駄賃や」

 牛太郎「兄ヤン、まいどどうも」


 さてと、道中の女衆見ながら、向かいまっか。

 ああ、こん店ん女もええわ。あら、あん店では、別嬪がキセル吸うとるわ。おや、二階から赤襦袢たらしとる女もいる、すごい誘いやの。まあ、そんうち、たいあげるとして、今夜ん女は鉄火姉御や。

 ……はあ、やっと着いたわ。あいかな、キツネ目の怖そな女やな。取って喰われそうやな。


 オラ「牛太郎から聞いたんだども、あんたがマキさんかえ?」

 マキ「ああ、そだよ。あんた、朝までかい? 寝れんでもしれんぞい」

 オラ「何?オラんこつ寝かせんほど腰ふるってか、願ったりや。そいわええ、夕飯はマグロやったから、力たっぷりや」

 マキ「ほな、上がり、二階の隅ん部屋で待っとれな」


 さっき、鉄火丼やったから、ちょうどええわいな。ああいう細見な女は、軽いすけ、いろんな技が試せるの。子壺こわれても知らんぜよ。


 マキ「おまっと、アイの体、早くあっためてんか。男ん肌とこすれてねえと、まいんね。つよう抱いてな」

 オラ「おまんは、男勝りじゃから、男ん気持ちが良くわかんだろう?」

 マキ「アイがもし、男ん生まれてれば、娘っ子から年増まで遊ぶわな。男ん気持ちわかるで、女をおもちゃにしたいんよな。こん世で、女ん体ほどええ遊び道具はねえからの」

 オラ「んだな、まっくそんとおりや。オラんやりてえこつ、全部やるでよ。オラは特に、松葉くずしが好きなんじゃ。おまん、細見やけん、子壺にもろにくっけど、ええんけ?」

 マキ「アテは子供作らんけん、気にせんと、好きにしたれ。こわれるぐれえが、ええんや。朝まで、兄さんもんやで」

 オラ「そん心がけや、良し。もし、オラが女に生まれてれば、同じなり。ほんに、すけべ女に勝るものは無しってか」

 マキ「ただの、アテより先に極楽いったら、ピンタやよ。せっかく吉原来て、朝までかかっても単発が多くて、困っとるんや。アテらだって、憂さ晴らしで極楽いきたいんよ。兄さん、ええかや、がまんがまんしてくれいな、そんで一緒にいこうな」

 オラ「オラなら、大丈夫じゃで。コリコリん方が心配じゃ」

 マキ「こわれてもええで。こわしてのー」


 こわしてもええってさ。鉄火姉御だけあって、そんじょそこらにないもん、もっちょたわ。こっちは、刃こぼれ覚悟で、向かったのによ。かなわんわい。


横浜阿片窟(三十四話)


 こん前、通し飛脚で横浜に行ったのう。

 そんで、中華紅街の置屋で垢落としやったけんど、ある話が出た。上海娘から、そら怖ろしか話、聞かされたんや。そんで、のう。あん娘から聞いた阿片窟のこつが、気になってのう、そん目的でまた行ったんや……


 中華紅街、ど派手な門のお迎えや。唐娘のお待ちやで。おー、いるいる、チーパオがよう似合うわな、柳腰がエロいのう。大和娘とちごうて、骨太って感じやな。こりゃ、ようしゃなく挑めるわな。


 オラ 「ニーハオ、あんた、いいあるね。どこから来たあるね?」

 広東娘「広東。上海の南ある」

 オラ 「南ん方からね。あんた、かなりやせてるある。名前、何?」

 広東娘「ワタチ、パオパオ。唐娘、やせてるのたくさんね」

 オラ 「こん前、聞いたこつある。あんたも、阿片やるあるか?」

 広東娘「アータ、よくわかったね。あれやると、疲れ取れるある、やせるある」

 オラ 「ここでのうて、阿片窟で一戦できんけ?」

 広東娘「アータ、そこ怖いとこあるね。帰って来れんかもね」

 オラ 「まあ、ためしある。二人で行くね、案内たのむね」

 広東娘「大丈夫ある? じゃ、行くね、こちこち……」


 いやー、唐娘に合わせて、あっち風でしゃべらんとのう。越後弁混じりん江戸言葉でのうて、合わせっかな。いよいよ、阿片窟かや。ここまで来て逃げられんのうて。


 広東娘「さあ、着いたある。親玉に話つけて来る、待つあるね」

 オラ 「はぁ」

 広東娘「中は暗いある、じろじろ見ないある、声出さないある、いいね」

 オラ 「わかったある。唐ん男ん振りすんね。しっー」

 広東娘「ワタチ、ここで今、阿片やる。でも、アータやる駄目ね。先に服脱ぐあるね、楽にしててね。待つあるね」


 おー、あたり一面、煙モコモコやんか。唐ん男、女が、煙管に阿片詰め横んなって、プースカプースカやっとるやないけ。ありゃ、こん男は、右手に煙管、左手で乳まさぐっとるわな。みんな、猫ん目みてえになって、寝てるみてえじゃねかや。ああ、こりゃ睦ごとで暴れる場じゃねえて。ここでは、おとなしゅう、おとなしゅうして、煙ん酔っとる女をやんわりとのう。


 広東娘「待ったね。ワタチ横なるね、煙管吸いながらね。アータゆっくりやって。これやると、寝てるに見える、でも寝てないからね。アータ煙だめだめよ、男使えなくなるよ、女楽しめなくなるね。女を取るか、煙取るかよ。こんにゃくになるあるね」

 オラ 「そいは、いけん。良くわかったある。オレは女を吸うあるね。女を吸って、喰って、しゃぶりつくして、極楽いくある。たんと、ありがとの。ではの、ゆっくりゆっくり、いくで……」


 こいが阿片窟かいの。唐の人だらけが、煙モコモコ、お手手はモミモミ、寝床はカタコトやったわ。ここでは、煙を吸い、寝てるような女を楽しむ所よのう。まちごうても、あいをやってはいけん、まさに男が立たん。


吉原二番手(三十五話)


 吉原の客引きをしとる牛太郎は、女に研がれ過ぎた男じゃ。今はここで、やり手婆の男版みてえのをやっておるがのう。仲ようなってからは、女遍歴のこつをいろいろと聞かせてもろうたわ。


 オラ 「牛ちゃん、こん前ん時の花魁道中で、吉原三番手の姉さんのこつ聞かされたのう。先歩いてた一番の大御所、あん五十路はやり手婆から聞いたんだどもの。そんじゃ、二番手は四十路だそうだども、どげな女じゃ?」

 牛太郎「サワだ。あん女は、母性の塊よ。男は癒され過ぎて、子猫みてえになんだ。すけべ爺も、あん女の前では赤子に帰るっぺ。いつまでもしゃぶりついてて、離れねえんだ。やわ肉好きの男は、手が痛くなるまで、もみまくるんだな。何やっても受け入れてくれっから、荒くれどもはイノシシんなんど。羽目はずし過ぎて、ぎっくり腰なんのも出るっぺさ」

 オラ 「そりゃ、男泣かせどころじゃ、ねえなや。こん世で、本当の観音様に会えるってこつかいの。牛ちゃんや、銭がかかるんやろ。なんかええ手はねえろか?」

 牛太郎「あるべ。オレと同じ潮来の出だ。実は隠れてオレに会ってくれてるんだな。値が高くて、そんじょそこらん男には、手が出ねっぺよ。てるやん、話つけてもええど。駄賃はずんでくれっか?」

 オラ 「わかったわな、オラと牛ちゃん仲や、たのむぜよ」


 こん牛太郎は、酒飲みながら聞いたこつには、常陸は潮来の産じゃ。幸か不幸か、坂東女の色里、潮来遊郭で生まれ育った。女に目覚めるんも早かったし、数はこなすはで、どっぷり極楽に浸かってた。そんで、とろけるにとろけて、今はもう骨抜き男になってしもうたんや。なんやら、研がれ過ぎたってこつかいや。

 でもって、江戸に出てからは、客引きして渡世をおくっとる。牛ちゃんは、同郷のよしみで、吉原二番手と睦んでおるんやと。うらやましい話よのう。運のええ男もいるもんや。

 オラも運がええかも、牛ちゃん絡みで、お手合わせが出来るわい。さあ、腰がもつかいの。いよいよじゃ。


 サワ「あんた、牛ちゃんから話聞いたんやな。そうや、うちら潮来からや」

 オラ「そうとうの色里やて、オラ行ってみたくなったて」

 サワ「そこは水郷での、小舟に乗って村ん衆がたんとくるわ。江戸からは利根川渡って来る、みちのくからも、ぞろぞろや。人懐っこい娘衆が、きゃあきゃあしとるんよ。あとの、江戸や上方からの流れ女もいるでよ。訳あり女もしこたまや。あたりの若い衆は、ここで筆おろしやっての、女体めぐりを始める。旅人は、憂さ晴らし、垢落としをやるんやで。常陸の桃源郷や」

 オラ「さっそく行くて。居ても立っても居られなくなったて」

 サワ「はいな、男やったら、そこで土娘、みちのく娘、流れ女と遊んでこいや。そいと牛ちゃんのこつやけどな、女遊びが高じ、ああなっちまったんや。でも、そいもあり思う。女に研がれ過ぎて虚ろになんのも、ありやで。そんだけ女を知れば、男として惚けるんも、一理も二理もありや。ワテは、そんな牛ちゃんが愛おしくての、隠れて会っとるんやで」

 オラ「姉さんや、ようわかったわ。女に研がれるんは大事じゃが、兼ね合いがのう」

 サワ「まあ、ええわいの。話が長くなったわ。ここは、女と遊ぶとこや。あんたも、牛ちゃんみてえに、ワテの体で赤子に帰ったらええ。朝んなんまで、ワテを寝かせんでもええ、好きにしてのう……」


 オラも赤子に帰ったわ。

 乳繰りあって、とろけあって、一つんなった。さすがは、吉原二番手、ええ女や……


潮来道中、女船頭のお世話に(三十六話)


 坂東の色里、潮来遊郭にさっそく行かねばなんね。オラん玉袋を、こん前に牛ちゃんと、サワ姉が刺激してくれたからのう。しばし江戸での打ち方やめで、温存じゃな。潮来までは、日本橋から松戸まで歩き、船ん乗り江戸川を関宿までのぼって。そんで、こんだ利根川をゆらゆら下るんやな。この際、遊郭だけでのうて、東国三社にも参ってこよう。

 秋雨の十月、オラは佐原で船を降りて香取神宮にお参りをした。ここは、おごそかなとこで、姿形のええお宮さんじゃたわ。こっからは潮来は近いども、遊びより先にお宮参りや。そんで、また船ん乗り、小見川まで行って鯉の甘煮を味わったのう。対岸は息栖神社や、そこ行ったら鹿島神宮、晩には潮来遊郭や。

 あらら、雨が強くなって来たなも、かなり濁った流れよのう。さすが坂東太郎、向こうまで川幅が広いわ。渡し舟が出るんやろうか、なんとか渡りてえもんよのう。いろんな小舟があっけど、みんな渋ってるの、どうしようかい。

 ああ、あん女船頭が客を呼んでるやんけ、舟出すんやな。


 オラ 「アネサ、対岸まで舟出せっけや?」

 アネサ「ほかん舟は、川が荒れてて出さんどもの、ええよ、出すよ」

 オラ 「危なくねえけ? オラは晩には潮来に泊まるんや」

 アネサ「なあに大丈夫だ。長いこつ船頭やっとる、それに稼がねばなんね。旦那がどっかに消えての、子供はいねえども、糧がいるすけの。心配ねって。こん川、坂東太郎はワイの旦那みてえのもんや。ええとこ、あぶねえとこ、みんな良く知っとるわい」

 オラ 「じゃ、向こうまでたのむわ。気い付けての」

 アネサ「まさせんかい。おめさん一人やな。舟が出るっぞ」


 秋雨で流れは早いは、幅は広いわで、そいに女船頭だしの。ほかん舟が渋って出せんから、仕方ねえなや。どうか無事に着かんとの。


 アネサ「お客さん、東国三社参りやな。目の前ん息栖神社から鹿島やな」

 オラ 「かっこつけた名目はそんだな。夜は別じゃ」

 アネサ「ははっ、お宮参りの垢落としは、潮来遊郭が相場やの。固いのの次は、やわらこうて、ええとこへ行くんやな。ほんに、男はしょうがねえの、はははっ」

 オラ 「んだな。遊郭めあてじゃよ。少のうとも、三人は喰わんと」

 アネサ「そいは江戸から、はるばる来たんや、女に狂いなはれ。さあ、もう岸に着くで、揺れっから気付けや」

 

 そん時、川に渦が巻いた。小舟は急に傾き出した。おいおいおい、泥水が入って来たぞい。揺れ過ぎじゃろ。こりゃ、やべえんじゃねか、やべえよ。


 オラ 「アネサ、何とかしろって」

 アネサ「えかや、かかんで舟にしがみ付け、立つんでねえど。おいっ、ワラにしがみ付くなって、動くなって、動くな」

 オラ 「だめじゃ、沈むじゃ、アネサ、助けてくれて」

 アネサ「ワラにくっつくなって、漕げねえじゃ。向こうさ行け、立って行くなって、立つなーー、ああっ、ひっくり返るーー」


 わおぅ、オラが立ったせいで、舟はひっくり返り、アネサと川ん中。

 幸い、二人は泳げるすけ岸までたどり着いた。泥だらけ。


 アネサ「だけん、立つなゆうたやろ、舟ん中では、船頭しか立っちゃだめなんや。ああ、こげん泥だらけではいけん、ワラん家で水浴びしていけ」

 オラ 「たびたび、悪いのう。そうさせてもらいま」

 アネサ「そこや、近いで。あれっ荷物は?」

 オラ 「荷物はもともとねえ、手ぶらで来たんや」

 アネサ「何? 着替えなしかや」

 オラ 「ふんどしは、毎夜に宿で洗って乾かし、朝にしめるんやけん」

 アネサ「一枚しかねえのかや。しょうがねえ、ワラが洗うわな。水浴びしたら、帰ってくりょ。ああそっか、ふんどしがこれしかねえけ。しばらく乾かんの、晩に近くはなるしの、どうすっかな。おめえ、今晩のうちに潮来に着かんけんな。行くんけ?」

 オラ 「遊郭がオラを待ってんだども、三人は味わんこつには」

 アネサ「けけっ、三人じゃのうて、ワラを足して、四人味わえばええ。そもそも、ワラんお客さんや。こうなったいじょう、ワラはええで」

 オラ 「今晩、泊めてくれるだけでのうて、のっかってもええんけ?」

 アネサ「お客は大事にすんのや。二人して泥おとしたら、寝床で汗まみれになろうや。ワラは旦那が消えてってから、ずっーと男日照りやったわ。あんたさんの、若汁で潤してくらんしょ。お願いや……」


 ああ、舟は転覆、オラは泥だらけ、潮来遊郭には着けず。息栖神社の前の、利根川の女船頭のとこで、昼まで寝てたのう。

 今日は、鹿島神宮を参ってから、必ず潮来遊郭や。ふんどしは、とうに乾いちょる。


潮来遊郭、土娘(三十七話)


 いやはや、昨日は利根川の渡し舟がひっくり返って、さんざんだったのう。まあ、そいが御縁で一夜泊めてもらい、そこらじゅうの面倒みてもらいやした。泥んこになったんが、悪かったような、良かったようだった。

 女船頭のとこを、よろよろと後にし息栖神社に参った。さてと、こいからは鹿島神宮参りじゃ、街道沿いをてくてく行きましょ。先に筑波山が見えよる。そう言えば、前に常陸女と遊んだこつあったわな。あん女は、山の麓ん出で、帰りてえけど帰れねえ言ってたのう。そんで、筑波山目指して、ぶっぱなしてくりょなんて、変なこつ、たのまれたっけ。まあ、あん女も悦んでいたし、オラがかわりに、いま筑波山見てるぞい。

 今晩は、あん女みてえの常陸娘と決めたるわ。足が早まるわな。鹿島神宮もええかったの、杉の参道が続き、おごそかな社だったわな。えっと、こいからは、また船ん乗って潮来や。

 あー、見えて来た見えて来た、あいが桃源郷かいや。聞くところ、引き手茶屋が三十ぐれえあるんやと。でもって、女衆が八十人ぐれえとか言ってたの。疲れたすけ、宿はどこでもええわい。女も宿にまかせっか。なんだかんだで、一晩遅れになったわいな。


 オラ  「こん晩の宿、あいてっかや?」

 やり手婆「ああ、あいてるずら。朝まで女つけっかや?」

 オラ  「そうしてくりょ。女は、まかせるよってな」

 やり手婆「ほな、あんちゃ、二階にあがりゃ。誰でもええんじゃな?」

 オラ  「なんでもござれじゃ」


 まあ、おそらくは、色ん黒い百姓娘が飛び込んでくんやろ。オラも元は百姓や。百姓同士が一番、気使わんでええわい。しかし秋は冷えるわな。早く、こんかな。 


 土娘「さぶいさぶい、わじゃんこつ、あたっめてくれべー」

 オラ「たしかに寒いの、筑波おろしの風かいの」

 土娘「わじゃんらは、客引きで、冬でん外で立ってんやで。だすけ、男に体あっためてもらいてくての。さっき、おめさんは、わじゃに気付かんかったかえ?」

 オラ「いや、らしい女は見なかったの。百姓娘は見たども」

 土娘「そいが、わじゃだべー。何見てんだべー」

 オラ「ああ、そっか。おめさんはダイコン売りみてえだすけの。そいに色黒いのう。オラよりも黒いの、あまり見ねえんだども」

 土娘「あっちは、もっと黒いずらよ。男ん垢がこびり付いて取れんわな。さあ、おめさんの旅ん垢も、わじゃにつけてええべ。男も女も、黒光りすんぐれえが、ええべな」

 オラ「うむ、同感じゃ。おめさんは黒観音や」

 土娘「ありがてえこつ、言っくれるの。もっと、黒くしてくれや」

 オラ「南無……」


 常陸の桃源郷で、黒観音にお会いしましたて。まだ、若いのに、みごと黒光りしてもうした。極楽へ連れてってもろうて、ありがたかったですて。

 明日は、みちのく娘に、連れてってもらいましょ。


潮来遊郭、みちのく娘(三十八話)


 今日は、ええ天気だ、しばらく秋晴れが続けばええの。こん潮来は水郷だらけで、小川から何まで網の目みてえだ。物見客も多いの、アネサの操る小舟で酒飲んで騒いどる。綺麗どころが、舟をゆらゆらさせておるの。あやめ舟だそんだ。オラも乗って、水郷めぐりしましたて。そんで、夜んなんのを待って、遊郭に繰り出したんや。今日は、みちのく娘で、ええことしましょ。

 思い返せば去年、江戸に出て来て飛脚をし出したんだどもの。そこん仕分け場にいた会津の女を、命がけで口説き落としたこつがあったて。江戸ん出て来て、初めての女やったの。五十路やったけんども。となると、みちのく女は、こいで二人目ってこつやな。さてと、置屋をぐるっとめぐりますかい。

 みちのく娘はどれかいな、これかいや、いや違う、あれかいな、次かいな。

 面で選ぼうかいの、いやいや、体付きで選ぼうかいや、迷うの。好みんのに、声かけましょ。


 オラ   「アネサ、みちのく娘け?」

 みちのく娘「そうずら、なじょしてわかったや?」

 オラ   「面構えも、ちと違うしの、気配も何か違うなや」

 みちのく娘「ああ、んだな。ワダズには、蝦夷ん血があっから。みちのくんは、もともとは蝦夷だずら」

 オラ   「やっぱ、毛深いの。髪の毛もふさふさじゃの。今夜は、アネサにすんて。朝までよろしゅうな」

 みちのく娘「ほな、あんちゃ、こっちゃこ、あがらっせ。そっちさ奥ん部屋で、待ってくなんしょ」


 みちのくかや、オラも白河ん関を越えて行って見とうなったな。あすこ過ぎっと、空気がかわって、よそって感じなんやろ。のちに、考えておこう。


 みちのく娘「ワダズはの、会津から、関越えて常陸ん国に来たずらよ。こっちかて、関八州くんと、何かちごうべ。やっぱ面も、どっかちごうずら」

 オラ   「そんだな、日の本も広いすけの、さまざまやて。しかし、毛深いの。このぶんだと、下のお毛毛は、いったい」

 みちのく娘「そうずらよ。びっくらこいて、けってく男もいるずら。中には、ありがたがんのも、いるにはいるどもの。やぶがみ様だと。やぶをかき分けた先に、仏が待っとるって。よがんべよがんべゆうて、とろろ汁さ垂らすんもおっぞ」

 オラ   「そん例えは、おもしろいの。やぶがみ様かいや。では、オラも、やぶをかき分けかき分けて、仏にご対面やな」

 みちのく娘「やぶに気つけや。男ん極楽棒に傷が付くずら」

 オラ   「ご忠告、いたみいる。白河ん関と思えばええんじゃな。関所ん先には、仏やな。ほな、かき分けてな……」


 まさに、やぶがみ様じゃたて。

 深いやぶの、また先には、別天地が待っておったわ。よしゃ、明日は、流れ女と勝負したろっと。


潮来遊郭、流れ女(三十九話)


 さて、今夜は流れ女と決めたろかいな、上方の女がええの。おそらくは、江戸にもいられのうなって、ここまで流れて来たんやろて。そん上方の女は、見た目ではわからんの、やり手婆に聞いてみっかや。


 オラ  「江戸から遊びに来たんだども、上方ん女はどこかや」

 やり手婆「五軒目の置屋にいっぞ。おまん、物好きよの」

 オラ  「いわく付きの女もええもんやろ、たんと鍛えられてんやろて」

 やり手婆「ええかや、上方ん女は、どすけべやでな。ええんか?」

 オラ  「けっこうやないけ、真剣勝負したるわいな」

 やり手婆「あん女は、体中を使って、一度に男、三人喰ったりするんやで。女の二つん口と、もう一つの男にもある、あん口で相手するんやでな」

 オラ  「ああ、菊のこつやな。オラは菊には興味ねえ。女の両方の口を、思いっ切りと楽しみてえんや」

 やり手婆「ほかや、わかったなや。後な、銭盗まれんようにな」

 オラ  「大丈夫だて。銭はふんどしん中にあるすけの」

 やり手婆「また、そげな臭いとこに入れとんのけ。そんじゃ、盗まれんの。じゃ、たんと遊んで来いや」

 オラ  「ほな、どうもな。駄賃やで」

 やり手婆「ううっ、臭いわな」


 さてと、五軒目やな、あったあった、扇屋って書いてあるわい。どげな女かいな、銭盗まれんようにな、まあ、ふんどしん中だわな。ああそっか、朝まで寝ないでやっか、そうしよう。


 オラ 「あんた、上方ん女やそうな。よう潮来でやっとるの」

 上方女「アタイは、大阪は堺やで。訳あって江戸に出て来たんやけどな。よう言わんけんど、後は足抜けや。借金踏み倒しやな。親が悪いんや。借金のかたにアタイを売ったんやさかい」

 オラ 「ああ、親のせいや。でも、江戸からよう逃げて来れたのう」

 上方女「そいは、毎日毎日、安か銭で男のおもちゃになんのも、アホ臭か。そんでの、なじみになった男を騙しての、闇に紛れてとんずらや。好きになった振りしてな、そんで、そいからも逃げたんやで」

 オラ 「ああ、そんでもって、潮来遊郭に紛れ込んどる訳やな。オラに、そげな大事んこつ、話してええんかいや?」

 上方女「あんたは、大丈夫さかいな。雰囲気でわかるんやで。アタイみたいに、世から逃げとる女には、わかるん。人は、面や心は誤魔化せても、影は正直やで。せやかやな、あんたは、ほんまに、どすけべやな。女の体がたまんねえって、面に書いてあるさかい。悪い人じゃねえな、口も堅いなや、だから安心なんや」

 オラ 「たしかに、口は堅いの。まして女泣かせ棒は、カチコチやで。みんな、ありがたがって、とろけ面んになっからな」

 上方女「ふふっ、アタイは男三人を同時に極楽送りも出来るよってな。野郎どもとな、四人そろって果てる時もある。観音冥利やで。どすけべ魂と、三つの口で、今まで生き抜いて来たんや。アタイは男に喰われとるうちに、男を喰うんが甲斐性になったんや。あんたに、上方女のどすけべ魂、教えてやるわ。朝まであっから、初めはアタイの体を喰いまくりな。そっから先は、アタイがあんたを喰いまくるさかいな、ええな」

 オラ 「そいは、極楽相撲ってこつやな。よしゃ、がぶり寄つでいくで」

 上方女「あんたとアタイは、同じ魂もっとるさかいな、何もかもの、ようわかるん。アタイの、かずのこん一粒一粒、めめずん一匹一匹よう楽しんでんか。さあ、来てえな。みんな忘れて、この世ん極楽に逃げような」

 オラ 「ああ、そやな。そん通りや。なんもかも忘れて、一緒にな。そうやそうや、お前はオラじゃ……」


 いやはや、朝んなんまで、お互いの体をむさぼったわな。

 あん女には、女のすけべ魂を教わったの。命懸けで生き抜いて来た女や、強い女やったわ。

 

潮来遊郭、ぼた餅娘(四十話)


 さてと、そろそろ潮来を後にすっかな。

 きのうは、流れ女と極楽相撲を取ったし、土娘、みちのく娘と遊んだわな。道中では、女船頭の家に泊まったりしたの。しかし、こん色里は桃源郷だども、地獄の入り口でもあるってよ。西円寺には、遊女の無縁仏が五万とあるわな。ここで、肉を売り、髪抜け、そんで骨んなるんやな。だども、オラには、おなご衆みんなが極楽へ行く思うちょる。さんざん男を悦ばしたんや。極楽へ行かんで、どないする。なんか、しめっぽくなったやな、ぼた餅で気を変えよっと。

 えっと、甘味処はどこかいや、あん置屋の先に茶屋があるわ。ありゃりゃ、置屋の入り口で、ぽっちゃり娘が又開いて、ぼた餅ぱくぱくしとる。どうも気んなるの。やわ肉のかたまりで、乗り心地抜群やないけ。茶屋でぼた餅の前に、こんぼた餅娘、先に喰っかいな。


 オラ  「おまん、旨そにぼた餅、味わっとるの」

 ぼた餅娘「ああ、隣が茶屋で、ぼた餅で腹いっぺえだべ」

 オラ  「そんで太ってんかよ、じゃあ、男とぼた餅どっちがええんや?」

 ぼた餅娘「そりゃ、ぼた餅だべ。口と腹が悦ぶべさ」

 オラ  「おまん、男の味よう知らんのやないけ。体中にしびれが走るぜよ。そいにのう、悦びを知るほどに、女は綺麗になるんやで。あんま太ると、客が付かんこつになるぜよ」

 ぼた餅娘「あっ、そりゃ困るべ。ぼた餅くえなくなるべさ」

 オラ  「じゃから、痩せたほうが、ええぞ。あの手があるぞい」

 ぼた餅娘「ワラを買ってけろ。それ教えてけれ。兄さんや」

 オラ  「よしゃ、今夜は寝ずに教えてやっから」


 こん女は、もちっと痩せとったら、客がたんと付くぞい。旨そな、やわ肉しとるんやからな。宝物があんのによ。腰の細くなる、あの床技教えてやっか。


 オラ  「ええかや、痩せるんには、まず、ぼた餅を一つでも減らすこと。そんで、男の上んなって、一つでも多く腰を振ることやで」

 ぼた餅娘「そんな、ワラぼた餅、減らしたくねえ」

 オラ  「じゃあな、オラが腰の振り方教えてやっから、そいしかねえぞ」

 ぼた餅娘「わかったなや。兄さん、朝までかけて仕込んでくれべ」

 オラ  「おまんは、女の悦びを知らんだけや。ええやわ肉してんのにな。ええか、上になってな、数字の8を書くんや。そいもな、縦に書くんや。そいを早くやられたら、男、即昇天や。噂が広まり、客がうなぎ上りじゃよ。潮来遊郭一の腰使いやで」

 ぼた餅娘「ありがたや、売れっ子になって、ぼた餅、腹一杯出来るの。どうすんだべ。手取り足取り腰取り、たんと教えてくれ」

 オラ  「ほら、脱ぐ前に乗っかってみろ。ええか、ヘソに力入れんやで。ヘソを元に、縦に数字の8をぐるぐる書くんやで。調子良くやるんやで、だんだん早くの。そんうち身に付くわな」

 ぼた餅娘「ええこつ聞いたわ。兄さん、銭はいらんでよ。また今度、潮来に来たときは、ワラんとこさ来てけろ。腰技がどげに上達したか、確かめてけろ。銭はいらん」

 オラ  「ああ、また常陸の桃源郷に来るぜよ。さあ、朝までしごくぜよ」

 ぼた餅娘「ワラを、ええ女にしておくれ……」


 一番鳥が鳴くまで、あん女は腰を振ってたわ。

 筋はええ、痩せればもっとええ、女ん悦びをたんと知ればえろう綺麗になれる。オラは、必ずや、確かめに戻って来るぜよ。ぼた餅もええけんど、男の味も最高やでのう。


潮来、あやめ舟(四十一話)


 さてさて、後ろ髪引かれる思いで、潮来を後にすんど。しかしの、常陸の色里は、イモっぽいのと、面ごとすけべ女だけかいの。そもそも、こん桃源郷には、綺麗どころはいねいんでねえけ。潮来に来たとき乗った、あやめ舟の女船頭は綺麗じゃったわ。あん女に、もう一度会いてえの。まさに、あやめのような、ええ女よ。また水郷の十二橋めぐり、それして帰ろっと。


 オラ  「姉さん、オラのこつ憶えてっけ?」

 あやめ姉「ああ、こん前、アイの舟に乗ってくれたの。そん時、じろじろ見てたな。にやにやしてただよ」

 オラ  「綺麗だすけ、見とれてたんや。ほんに、ええ女よの。オラは花ではの、あやめ、ゆり、すみれが好きだて。姉さんのこつ、あやめ姉と呼ばせてくんしょ」

 あやめ姉「あやめ舟漕いどる、あやめ姉かいな、ええで。あんさんは、あやめと、菖蒲の違いわかるんけ?」

 オラ  「似てるの。やっぱ、あやめの方が品があるの」

 あやめ姉「そうかいな。ほな、客はあんさん一人や、舟だすで」

 

 潮来は水郷だらけじゃて、小舟が足がわりでわんさと出てる。橋も多い。十二橋めぐりが人気があるて。物見遊山やの。ええ女の舟、オラん貸し切りやんけ。


 オラ  「あやめ姉や、こんげに綺麗だと、男が寄って来て大変だの」

 あやめ姉「ふふっ、男はみんな下心があるよってな、見え見えや」

 オラ  「大当たりや。男はしょうがねえの。性分やで。今まで、好いた男とは、どげなじゃったんや?」

 あやめ姉「ああ、お互い好き同士での、結婚すんと思っとったんやけんどな。あん人の親がの、アイよりも銭のある家の娘に決めたんや。二人して、泣く泣く別れたんやで」

 オラ  「そうかいや、親の都合かいの。こいも定めなんやろな」

 あやめ姉「だけん今は、心うつつで、ゆらゆらとあやめ舟漕いどるんやで」

 オラ  「ええ女やけん。もっともっと御縁があるわいな」

 あやめ姉「あんさんや、あん橋の所がアイの家や。ちょっと寄っていかんけ?」

 オラ  「ほな、お茶もらおうかい」


 あやめ姉は、質素な暮らしをしとるのう。嫁ぎ時だというんに、前の男の影見とるんやな。忘れるこつが出来ねえんや。何かええ手はねえかいな。


 あやめ姉「さあ、あがっとくれ。みんな出てるよって、気にせんといて。なんか、あんさんは、ただの女好きじゃねえの、女の味方みてえや」

 オラ  「女の味方? いや何も、ただ、女が大好きなだけなんやけんど」

 あやめ姉「だからよ、そいがええんじゃて。女の身も心も好きでねえてどげなする。並外れた女好きだけん、女の味方になれるんや、あんさんはなれるって。ただの、若いけん、女ん体に無中なんのはええ、そんでええ。そんうちにはな、面の違い、心の違いを知るんやで。まあ今は、あんさんは女ん体の違いを、とことん知るんや」

 オラ  「女を知るには体からってこつやな。すべて知ったら、救う道かいな」

 あやめ姉「そんうちに、わかるよってな。なあ、一時でええ、何もかも忘れさせてんか? アイは舟漕いどるけん、棹操るんうまいで。あん仕事やっとると腰が強くなるは、あんさんの上で漕ぎたいわ。舟の上で漕ぐんと、男ん上で漕ぐんと、なんか似とるんやな。しずしずから、ゆらゆら、くるくるからぐるぐる、そんで、ざぶーんとな」

 オラ  「そんで行こう。オラん上で、好きに漕いでけろ。まかせるよって。前の男んこつ、何もかも忘れて、一心不乱にの……」


 ああ、潮来を離れる時に、やっと綺麗どころと御縁を結ぶこつが出来申した。

 こんで後顧の憂いなく、常陸の桃源郷を後に出来るて。

 あやめ姉は、ほんのこつ、あやめような品のある、ええ女やったわ。


潮来帰り、日本橋で吹っ掛けられる(四十二話)


 今は、江戸に向かう船ん中である。

 潮来からは、一路、江戸へと、ええ思い出と共に帰ろっと。女衆の面が浮かぶのう。常陸の桃源郷で、江戸ん垢落とし出来たわいのう。渡し舟の女、土娘、みちのく娘、流れ女、ぼた餅娘、あやめ姉、みんな観音様やったわ。では今度は、潮来の垢落としをやんねばなんねえて……


 ああ、着いたわな。江戸からの旅は日本橋から始まり、ここに戻る。あれれ、橋ん上で、芸者気取りが媚振って、男を誘っとるやないけ。山奥から出て来たばかりの田舎もんを、狙っとるんやろな。カモを、手ぐすね引いて待ち構えてとるって感じやんけ。よしゃ、オラが気取り女のカモになったろうやん。


 オラ  「おまん、揚げ代はなんぼやで?」

 気取り女「おや、あんた、山奥から今日、出て来たんかえ?」

 オラ  「いや、去年から江戸暮らしで、さっき潮来から戻って来たんや」

 気取り女「そうかい、見たところ銭は無さそうだし、女にも縁はねえな。そんで、潮来やらで、まとめ打ちやって来たっちゅうことやね。ほんに、まあ、もてん男はこいかいな」

 オラ  「いやいや、こいは女修行の旅じゃて。江戸で打っとるだけでのうて」

 気取り女「女ん味、しゃぶり出したばかりなんやろ。江戸の女ん味、教えたろかい?」

 オラ  「オラは吉原とかで、女衆に刀を研いでもらっとるんや。女ん味の違い、ぼちぼちとわかりかけているんやで」

 気取り女「わかったわな。あんた可愛いから、まけとくで、こいでどうや?」

 オラ  「そいじゃ、高すぎるやろ。吉原の倍じゃねえかや。女が二人、買えるやんけ。アホ臭か」

 気取り女「ここは、お江戸日本橋やで、何んもかも高いんやで。あんたなあ、ええかい、アテが二人分の味、出したるわいな。一人分で、二人を抱くんやで。アテが違う女ん味、しゃぶらせてやっから。もしの、二人分の味出せんかったら、銭は半分返す、そんでどうや?」

 オラ  「そやの、二人分味わえれば、そんで、とんとんやな。でなかったら、銭返してんか」

 気取り女「ほな、決まりや。あん町屋がアテの寝ぐらや、来てんか」


 なんか、ええカモにされたんやろが、二人分の味なんか、出せんかいや。

 違う女を、一人の女が出すとすると、こっちは、元が取れるてっこつやな。おもしろいやんけ、あん女の体に証立ててもらおうやんけ。


 気取り女「あんた、最初は小娘ん味、そんで盛り女ん味で行くで。だけん、そいを比べるんやけん、少のうても四発はええな。小娘で打って、こんだ盛り女で打つ。そん繰り返しや。さあ、アテの体ん変わりよう、楽しみなはれ」

 オラ  「ああ、小娘、盛り女、小娘、盛り女やな……」


 さすがは、お江戸日本橋、粋な女が待ち構えていたのう。オラは何度も、味比べしてもうた。元は取れたわ。一人の女で、二人分の味を堪能出来たわい。

 潮来の垢落としを、さっそくしてもうた。江戸に帰って来たわ。


長屋、隣部屋に越して来た女(四十三話)


 オラん長屋に着いたんは、日本橋で四発決めたすけ、夕方になてもうた。ここは、ええ人だらけで、気の置けない連中が多いの。

 ああ、こん前に甘えた、乳の張った、かっちゃんがいた。


 オラ   「かっちゃんや、オラは潮来から帰って来たて」

 かっちゃん「てる吉、しばらく見ねえと思ったら、そんげん所へ行ってたんけ。まさか、わざわざ潮来遊郭じゃねえのかいや」

 オラ   「いや、ほかにも東国三社にも参って来たんやで」

 かっちゃん「まあ、たんとええ思いしてたんやろて、このすけべが。ああ、そうや、お前んとこの隣にな、三十路の出戻り女が越して来たで。子が出来のうて、嫁ぎ先を離縁されたんやと。可哀想やけん、お前が隣んよしみで仲良くしてやってんか」

 オラ   「そうですかい。そいはそいは不憫ですの。わかりやした。ところで、かっちゃんや、乳の張り過ぎは良くなったかえ?」

かっちゃん「ああ、こん前は、お前にたんと呑んでもらったの。今は赤子が、よう飲呑むよって、まあ大丈夫やで。また、困るようになった時は頼むわいな。わいの旦那はまだ、どっかの女んとこに入りびたりやでの。乳の張りの痛み取ってくれたら、たっぷりとまたお礼すんで」

 オラ   「こっちこそ、願ったり叶ったりですけん、悦んで。じゃ、また今度の」


 さてさて、しばらくは仕事を休むとするかいな。潮来帰りで、旅の疲れがあるすけの。夕飯には、霞ヶ浦獲れた、わかさぎの佃煮ですませよっと。

 ……あれっ、木戸を叩く音がすんの。誰か来たんかいや。


 オラ「はいはい、どなたさんですかいな?」

 キク「わたしゃ、こんだ隣に越して来たキクいいますねん。今後、よろしゅうたのんます」

 オラ「ああ、こっちこそ、よろしくの。何かあったら、何でもたのんでくらんしょ」

 キク「では、おやすみなさいよって。お邪魔しましたの」


 なかなか、気立てのええ姉さんよの。しかし、子が出来のうて、そんで離縁かいな、あんまりよのう。三十路言うたから、オラより一回り位上やな。さて、飯すんだすけ、酒飲んで寝っかな。

 ……あれれっ、また木戸を叩くの。


 オラ「はっ、姉さん、どないした?」

 キク「よしみの品、渡すの忘れてもうた。甘い柿と、しぶ柿どっちがええ?」

 オラ「そうですかいな、せっかくや、両方もらいやす。ありがとごわす」

 キク「夜分、すんませんでしたの、では……」

 オラ「待ってくらんしゃい。こっちも、何かやりますて。オラ、飛脚ん仕事してての、気晴らしで潮来に行ってたんや。向こうで買って来た、わかさぎの佃煮があるすけ、持っててくれて」

 キク「あんたさん、そいで酒呑んでたんに、何か悪いの」

 オラ「いやいや、隣んよしみで、いってことですわい」

 キク「あの、えかったら、わたしゃが、お酌しますけんど」

 オラ「ええんですかいの。オラ、むさ苦しい暮らしをしとんだども」

 キク「こっちこそ、隣んよしみですわ。わたしゃの話聞いてけろや?」

 オラ「ああ、もう酒がまわっとるんやけんど、なんなりと語ってけろ」

 キク「うん、わたっ、わたしゃの、悔しいて悔しいてなんねんや。嫁ぎ先から離縁されたんやで、十年経っても子が出来んかったんや。そいに、旦那が淡泊での、たまにしか乗っかってこんでの。わたしゃ、一日でも早く、子がほしいのに、こっちに来ないんやで。そいだったら、ますます子出来んわい。毎夜毎夜気をもんでの。そんうちの、わたしゃはの、お上がりなってしもうたんや。こんで、もう、やや子は出来ん体になったて。泣いた泣いた、涙は枯れた、声もかすれた、虚ろんなったわ。あんたさん、わたしゃん気持ち、わかっかえ?」

 オラ「よくわかるじゃ。オラん生まれた越後が、そいじゃた。昔は昔。ともに前向こうて。さあ、お酌たのむて」

 キク「はいな、どうぞ。わたしゃも、もらおうかいの」

 オラ「さあ、飲んでくらっしゃい。酒で流しましょうて。お酌を酌み交わしとると、オラん女みてえやの。隣部屋だし、いつでも来てくらんしょ、オラも行くて」

 キク「ああ、そんだの、慰め合おうて。泊まってってええか?」

 オラ「え、ええとも、夫婦見てえになっか。オラは淡泊じゃねえぞ」

 キク「わたしゃよりも若いんやけん、がむしゃらにしがみ付いてんか。男は、どすけべで、のうては。そんでこそ、男じゃて。わたしゃ、もう、子が出来ん体や。滝のように浴びせてええでな。さあ、来てけろや……」


 ……朝んなてもうた。

 キクは、オラと同じ業を抱えとるだけあって、やるときはやるわ。

 旅ん疲れを取るどころか、腰が痛くなってしもうたわ。仕事は、しばらく休もっと。


吉原、歌麿はんに壊されつつある女(四十四話)


 ふっー、潮来帰りで、こんだは隣部屋のキク姉との夜明かしで大変じゃったわ。ええ女が同じ長屋に出来た。こいからは、亭主見てえのもんだすけの。遠慮のう、オラん刀を毎夜のように研いでもらいやす。

 だども、味比べも大事じゃて。女のごった煮、吉原に足がむくじゃ。久々に、牛太郎んとこで、女話や。


 オラ 「おいおい、牛ちゃん、潮来行って来たでよ」

 牛太郎「行ったんけ、どや、垢ぬけんのがごろごろいたっぺ?」

 オラ 「まったくだの、イモ娘だらけじゃったわ。でも、ええかったでよ。行きは利根川の渡し舟がひっくり返り、泥だらけになったわい。でも、そん女船頭と出来るは、遊郭では三人、あやめ舟のこぎ手ともやったわ」

 牛太郎「オレの育った潮来は、女が素直でええべ。とことん遊ばせてくれんだ。そうかや、行って良かったなや。じゃこんだは、こん吉原の逸話聞かせたるべ。女もいろいろ、男もいろいろだどもの、馬並み野郎のこつだんべ。みんな、そん男のことを、歌麿はんって言うての、えろう有名なんだ。こん吉原の女泣かせの男だ、いままでに何人も壊しとるんだな。歌麿はんに買われたら最後、商売道具がだめんなっぺよ。まあでもの、しこまれて過ぎての、尺でのうては、だめ言う女もいることにはいる。大抵の女は、泣くは、わめくわで、お上が止めに入るんだ。ほんに、吉原泣かせの御仁よのう」

 オラ 「そいはそいは、ほかん客にとっても、大迷惑な男やな。女衆も、いくらなんでも馬並みが相手じゃの、叶わんの」

 牛太郎「てるヤン、奴に壊された女、世話したろかい?」

 オラ 「いや、そんな物好きじゃねえて」

 牛太郎「じゃ、壊されかけとる女はどうだっぺ、てるやんだと、安心するんやないけ?」

 オラ 「そうやの、そん女を慰めてやっかの。どこん置屋や?」

 牛太郎「こっから先、八軒目ん吉川屋にいる、マコ言う娘だなや」

 オラ 「さっそく行くは。今日、そん歌麿はんは、来てねえだろうな?」

 牛太郎「大丈夫やで、奴は土曜の夜に荒らしにくっから。こんだの土曜の夜、また吉川屋に現れるぞ、また行ってみろべ」

 オラ 「じゃあ、こいから、壊されかけてるっちゅう、マコで決めたるわ。でまた、土曜に、名物男と対面してこよう。ほな、駄賃やで」

 牛太郎「ほい、まいどあり」


 そうかや、マコとやらが可哀想やの、よし、ここはオラん出番やて。潮来で研いで来た、イワシ並みんので可愛がってやろう。いくらなんでも馬並みが相手じゃ、身が持たんのう。宝もんが壊れてもうわ。

 ああ、着いたわ、こいが吉川屋だの。


 オラ「ごめんやす、マコとやら、いるかえ?」

 お上「ああ、今、体あいとるで。でも、下ん具合がのう、ちと難儀やで」

 オラ「牛太郎から聞いちょる。歌麿はんに、あれ、喰らっとるんやろ」

 お上「そやそや、並みの女は無理や、ほんに吉原泣かせん男やで。あんた、せやから、優しゅう扱ってや。やんわりとの、ほな、中へ」


 しかし女衆泣かせやの、つまり尺ってえこつやろ。一尺かや、ほんに、壊し屋やなあ。


 マコ「わたすが、マコですわ。悪いけんど、あんま力入れんと、たのむわな」

 オラ「ああ、話は聞いちょる。歌麿んせいやな、わかっちゅうわい」

 マコ「客は何でんござれだどもの、ああも、でかいとの。商売道具壊れてもうわ。わたすらは、普通んのがええ。お客さん、丁度ええかや?」

 オラ「安心してけろじゃ。大きくもなく、小さくもなくじゃ、手ごろじゃて」

 マコ「そいは良かった。ではの、ゆっくとたのむで」  

 オラ「歌麿ん傷が付いとるんや、わかっちゅう、わかっちゅう……」


 あんキクは、初め痛がっていたんやども、しまいには黄色か声出したわい。宿中に悦びん声上げたすけ、お上も安心したやろて。

 尺男の傷直しには、喰いなれとるイワシ位んのが、ちょうどええて。マコやマコ、ご苦労やのう。 


築地、猫と猫娘(四十五話)


 今日は、仕事で築地まで行かねばなんね。

 魚河岸の問屋まで、文を届けんだども、ついでに魚を食ってこ。

 えっさ、ほいほい、えっさ、ほいほい、飛脚は忙しいわい……


 ああ、着いたわ。ここは、ごちゃごちゃしてて、仲買人や小売り、町衆が多いの。江戸前ん魚、安房沖、利根川とかの、いろんな魚をたんと売っとるの。ここは猫も多いわ。猫んとって極楽やないけ。魚食い放題や。オラは猫ん鳴き真似がうまくての、オラがニャオーゆうと、猫も返事返すて。

 猫んよっては、びっくりして振り向くんもいる。ほんに猫はええの。生まれ育った越後では、農家だすけ、猫を飼ってて遊んでたもんだて。いるいる、ニャオーニャオー、そこらじゅうで鳴いとるの。

 あれ、あん置屋の二階から、女がニャオーニャオーゆっておる。どっかの方言やの。仲間とで何かしゃべっとるの。昼飯の魚ん前に、あん女喰ってみっかや。そんしよう。


 オラ「あねさや、さっきから、ニャオーニャオーゆうとるの、どっから出て来たんらかて?」

 猫娘「わたしゃ、三河だに。おみゃーは江戸じゃねえの、どこん国だにゃー?」

 オラ「オラは越後らいの、まだ国訛りが抜けねえすけな」

 猫娘「ほうだらか、雪がようけ降って大変だじゃん。うちは、ぽかぽかだにゃー。わたしゃと遊んでくかえ、ぺろぺろべろべろどうえ」

 オラ「ん?」

 猫娘「あんなあ、猫みてえに舐めたるずら、男んまたたびがよだれ垂らして悦ぶにゃー」

 オラ「そいわええ。猫にまたたび、猫娘には亀形またたびよのう。んじゃ、たんとたのむでよ。オラんのを両方の口でな」

 猫娘「おみゃーのもん、わたしゃん舌技で、あんばようしたるにゃー。ほいで、わたしゃんこつも、めちゃんこにしてちょー。亀形またたびで、ようけようけ頼むでにゃー」

 オラ「あいよ、オラはまたたびじゃて、先に上ん口で喰ってんか」

 猫娘「……おみゃーの、うみゃー、うみゃー……」


 築地で、猫娘に喰われてもうた。

 あん三河女は、ミャオーミャオーようゆうて、まるで猫みたいじゃったわ。

 舌技たるや、よし。三河猫娘の喉ちんこに命中したなり。オラんまたたびも、大悦びじゃて。


吉原、歌麿はんに壊された女(四十六話)


 さあ、土曜が来た。吉原の壊し屋、歌麿はんとやらに、ご対面やの。

 あん尺男に、女衆、お上連中、やり手婆、そんで牛太郎まで困っておる。客である男衆も、遊び女が壊されては叶わんわい。こいは、何とかせねばなんね。出入り御法度には出来んでも、何かねえかや。

 土曜の夜に荒らしまくるんやな。自重すんように、願いたてまつるかいな。オラん内縁みてえの、隣部屋のキクに話してから向かうとすっか。


 オラ「キクや、今夜は棹竹は休みじゃ。こいから、吉原の壊し屋退治やでの」

 キク「お前さん、大丈夫なんかえ? 聞くところに大男なんやろ」

 オラ「そんらしい、体もでかければ、イチモツも尺っちゅうこつや。あん極楽の地、吉原の女衆が壊されてるんやで、つまり男もたまらんわ。観音様が、まるで化け観音みてえになるってよ。糠に釘じゃよ。男衆が、ええ観音様目当てにゆくってえによ、極楽にゆけんのやで。んだからよ、退治したいんよ。まあ、対面してから、どんなるっかの」

 キク「わかったやで。気い付けて行って来いや。まあ、好き者同士や、なんとかなるわ」

 オラ「ぷっ、類は類を呼ぶやな。しかし、尺とは羨ましい限りじゃ。だども棹で負けても、すけべ魂では、こっちが勝ちやろてな。ほな、行って来る。お前は貝休みじゃて」

 キク「うん、我慢するわいな」


 こん前、牛ちゃんに聞いた、あん吉川屋やな。奴に壊されかけたマコを、慰めてやったの。ここによく現れるというこつは、なじみん女がいるんやろな、どげな女や。


 オラ「お上、こん前はマコを可愛がってやったでよ。例の、歌麿はんは、今夜来るんやってな?」

 お上「そんや、入れ込んどる女にぞっこんでの、毎週来るでな」

 オラ「つまり、その、尺を喰らいまくって壊された女なんやろ」

 お上「そん通りやけんど、今はもう仕込まれてしもうて、あへあへなんや。女は男次第ゆうやろ、まさに下もそん通りやな、怖いもんや。あのお前さん、歌麿は夜が更けてから来るよって、今のうちに、どうや?」

 オラ「ええんかいや、喧嘩にならんけ? 奴のお気に入りやろ」

 お上「こん吉原の女は、男みんなんもんじゃ。尺に馴染んだ女抱いてみろて」

 オラ「ものは試しや。呼んでけろ」


 よしよし、落ち着け。奴の女を悦ばして、モノは普通がええってこつ教えたろ。そんで、奴を嫌いになればええんや。歌麿は困るやろて。そんでええ。

 女衆が、尺でのうてはなんてこつになったら、世も仕舞いじゃて。


 チコ「お初にお目通りしやす。チコいいま。ちょんの間やけんど、よろしゅう」

 オラ「あんたかえ、歌麿に大変な目にあってんのは?」

 チコ「いやいや、わちきらは男選べんのやで。誰でも、どげなんでもござれや。そいに、歌麿はんには初めは参った。んだどもな、慣れてったんや。今じゃもう、あん五臓六腑に響く尺でのうてはいけんわ」

 オラ「あの、馬並みってえこつやろ、女も変わるもんよのう。わかったでよ、女は身も心も深いんやな、文字通りにな」

 チコ「そやで、でも男次第ゆうやろ、お前さんの棹竹に合わせるわ」

 オラ「うん、大は小を兼ねる、じゃあオラんに合わせてたのむでな」

 チコ「さあ、早う、もうじき歌麿が来るでな、今はお前さんのもんや、楽しんでんか。わちきは、もう、怖いもんなしや、尺に慣らされたけんな」

 オラ「でも、チコや、男は普通んのがええど、オラので極楽味わせっからな。そんしたら、歌麿でのうても、女の悦びがのう……」

 チコ「ええから、早よ、尺が来るでよ……」


 ……ああ、だめで申した。

 女はすっかり、奴並みになっていましたがね。そんでも、極楽さ迷っとる間だけは、オラんもんでしたわ。ほんに、歌麿には困ったもんや、まさに身をもって知ったわいの。もう直に、奴が来るの。女は先に頂戴や。

 いざ、ご対面や……


吉原、歌麿とのチャンバラ勝負(四十七話)


 夜も更けて来た。

 そろそろ、あん尺男の歌麿はんが、こん置屋を荒らしに来るて。さっきオラが遊んだチコが目的なんやけんど、ばれねえかや。オラの汚したんに気付いて、急に女を替えたりすっかもだの。まあ、いずれせよ、時を見てご対面や。


 お上「てる吉、尺が来たでよ。奴は朝までん泊まりや、会うのは今やで」

 オラ「おお、わかった。吉原ん女をこれ以上壊されては叶わんわ」

 お上「喧嘩だけは、せんといてや」

 オラ「そいは、尺次第や」


 来た来た、こいは図体でかいわ。派手な羽織やな、写楽の柄や。面長ん面で、鼻と鼻下が長いわ。見るからに、どすけべの人相や。この尺野郎め、女衆に大穴あけおってからに。


 オラ  「初に会うども、あん有名な歌麿はんですなや?」

 歌麿はん「そうや、ワテが歌麿どえーす」

 オラ  「あの、実はちと願いがありましての……」

 歌麿はん「すでにわかってまー。あんこつ、吉原を荒らすなってこつやな」

 オラ  「そんだす。ほかん並みの男衆も困ってますがに」

 歌麿はん「兄さんや、そいはワテが悪いんでのうて、ワテん中足がいけんのや。生まれ持った尺ですわ、小さくなんか出来まっか?」

 オラ  「そいやども、並みん男の中足は、四、五寸ですけんの。あんま荒らされると、貝遊びがのう……」

 歌麿はん「良くわかってまー。まわりに、とんだ迷惑かけてますわ。こいは、大目に見てやってつかわんさい」

 オラ  「あの、お気に入ん女に絞るんは、どげなですかえ。こん置屋の、チコが歌麿はんに仕込まれてますの。あと、ほかん娘は泣いて嫌がっとるそうで、チコだけにしては」

 歌麿はん「兄さんや、はてはお上に聞いたんやな? あれれ、もしやワテが来る前に、チコと一戦やってんやな。そんな、兄さんの後ではいやだすわ。ほかん娘にしたるわ」

 オラ  「せやから、お上も女衆が壊されて困っておりますけん」

 歌麿はん「ワテはこん置屋の娘子全部、頂戴しまっせ、わかってなー」

 オラ  「いやいや、ですけん、大穴開けられては、みんなが困るんやて。男だけん、すけべ魂持ってんは、オラも並みはずれとる。けんど、オラん中足は人並みの大きさなんや、困るんや」

 歌麿はん「では、こうせんかー。ワテと兄さんとの、中足同士でチャンバラしようやんけ。もしワテが負けたら、こん置屋には、二度と来んわ。そんで勝ったらな、娘子全部と、ついでにお上まで大穴開けたるわ。どや、ワテの尺仁王と、兄さんの四寸法師で、チャンバラ勝負しまっか?」

 オラ  「ここに至っては止むなし。あのう、四寸でのうて、四寸半やで」

 歌麿はん「こいは、大変失礼申しました。男の股関と沽券に係りますの。よしゃ、明かり消すで、三本勝負や、続けて勝った方が勝ちや」

 オラ  「受けて立つわい、固さでは石並みやで、尺取り虫に負けんわ。いくで、こん野郎、喰らえ……」


 一本目、ああ、寸では尺に届かず、尺の強打を受け負傷する。

 後んない二本目、ここは作戦を替え接近し、尺仁王の頭を狙い石並みが向かった。 んだが、そこまで届かず、不覚にも奴の大金玉を石打ちしてもうた。歌麿はんは、宿中に悲鳴をあげた……


 オラ  「あああっ、申し訳ない申し訳ない、とんだことしてもうた。歌麿はん、堪忍してくらんしょ。こん寸が悪いんだて、こんとおりや」

 歌麿はん「うっ、ぎょ、ずっ、わかっ、わかったなも、四寸半じゃ無理やな。こ、こいじゃ、チャンバラんならんわ。ワテが悪う申したわ。はぁ、はぁ、兄さんの反則勝ちでええわ。ワテは、こん置屋には二度を来んわい。馴染みんチコは諦める、兄さんの石法師で、たんと可愛がってやってんな。はー、ほな、帰るわ。お上さんに、そんこつ言っといてや。ほー、んだば……」


 歌麿はんは、猫背になって、おとなしゅう宿を出て行ったて。意図せぬオラん反則勝ちでの、勝ちは勝ちやだどもの。金打ちん辛さわは良くわかるわい。


 オラ「お上、あん尺は帰ってたど。もう来んわな、男ん勝負やけんな」

 お上「えーそうかえ、ほんにありがとな。お礼に娘と遊んどけや、銭はいらんで」

 オラ「さっきのこつで、力使ったすけ、おとなしい娘がええ。早めに寝て、朝んなったら帰るわい」

 お上「はいな、おとなしゅうのな」


 尺男にくらった傷が痛むわ。おとなしい娘に癒してもらおう。一発打ったら、すぐ寝よう。


 フジ「お上さんから聞きましたがね、ありがとうね。みんな、そうゆってますわ」

 オラ「いやいや、偶然に勝ったんや。間違えて金打ちしたんやからの。こん金打ちん辛さ、女にはわからんて」

 フジ「そいは、わからんわ。だども子種が出る時、たまらんのやね。大変やったね。アテが受け止めたる、すっきりしてってな」

 オラ「今日は力出ないすけ、極楽送りは無理やな、すぐ寝るでの」

 フジ「ええでよ、また今度、尺退治に使ったあれで、アテを強う打ってな。今はアテに任せとき、さあ、のっかるで……」


 歌麿はんよ、ほんに、あい申し訳ありませんどした。持って生まれた尺仁王が悪いんであって、歌麿はんは悪くはない。まったくもって、こいも良し悪しですの。


吉原、歌麿退治のお礼は続く(四十八話)


 吉川屋で朝を迎えた。

 なんだかんだの歌麿絡みで、昨夜はチコとリエの世話んなったの。まだリエが横で寝てんだども、そっと布団を抜け出して帰ろっと。お上に挨拶せねばだの、まだ、寝てるかや。


 オラ「お上、じゃあ、オラ帰るど。また来るすけ、ええ娘たのむわな」

 お上「てる吉、朝飯くってけ。お前ん頑張りで、歌麿から宿を守れたわ。奴んせいで、商売上がったりんなるとこやったわい。ワテにも、こんお礼させとくれな」

 オラ「そいは、奴ん帰った後、リエをご馳走になりましたがな」

 お上「飯のお替りと同じじゃ。また、お茶の二番煎じもええでよ。そん前に、まんずは、腹いっぺえ朝飯だ」 

 オラ「はっ、そん前?」


 こん宿で、朝からご馳走してもらいやした。話をしてったら、お上は四十路だそんで、元は新橋の置屋だとのこと。二十歳前から身を売り、男に見初められて身請けしてもらいかけたんやと。そりゃ男は、置屋でええ女に会えば通い詰めて、こんだ手前だけんもんにしたいわな。気にいった女が、ほかの男連中に抱かれるなんて、やなもんじゃて。そん女の頭ん先から、足ん先まで全部ものにしたいんや。オラもそんだ。銭がねえすけ、そんな旦那みてえのこつは出来んけんどな。

 そうそう、お上はヨネさん言うて。でもって、話がまとまりかけての、そん男の所へ囲われるとこやったんや。そいが男の心変わりで、おじゃんやての。

 こんまま新橋界隈に残るんも、ばつが悪くて、こん吉原に居着いたんやと。

 四十路んなるまでは、客がたんとつき稼いだんだども、年々、減ってったてよ。そんで、そん時のお上と仲良かったというんで、後を任されたんやって。

 四十路で商売仕舞いは早いども、そんでええんやと。女は五十路、六十路頃が技がついての、ますます旨くなるってえのによ。もったいねえ話よの。オラは熟したんが一番ええ。


 オラ「ああ、ご馳走様やったわ。飯までもらって、どうもな。お上さんや、いろいろあったの、まだ若いんやから男遊びやれや。よそん置屋では、六十路もごろごろいるでねえかて、もったいねえ」

 お上「お前な、あてら遊女はな、金持ちに身請けされるんが夢なんよ。そいが、後少しんとこで御破算やで。心折れるわ。でな、もう男に抱かれるのでのうて、お上としてやる決めたんや。娘衆の体具合みたり、男どもの好み聞いたり、喧嘩を止めたり、なんやかやや」

 オラ「あの、そうすっと、男はかなりと御無沙汰なんでっけ?」

 お上「そんだ。昔が懐かしいの。若い頃は、一晩でまとめ喰いもしたもんや。教えたるわ。えかや、朝まで泊り客だけに買われるんは銭になる。朝まで、ちょんの間を繰り返すんは、そん日で当たり外れがある。そんでな、一番儲かるんは、朝まで泊まり客だけでのうて、ちょんの間をいれるんや。泊り客ん男が、果てて休んどるとき、ほかん男に抱かれるんや。でまた戻って男んもんや。また果てると、抜け出して、違う男やで。こん繰り返しが、体はへとへとなんども、一番に儲かるんやで」

 オラ「大変やの。男も朝まで独り占め出来んし、ほかの男汁だらけやんけ」

 お上「そや、朝まで体ん空く暇のねえときもある。売れっ子なんて、泡だらけよ。てる吉や、ワテでええかったら、昔を思い出されてくんねえかや。あん頃んように、若い男ん上になって狂ってみてえ」

 オラ「オラは、女の身も心も大好きだし、置屋の仕事にも興味あるて。いろいろ話聞かせてもろうて、ありがとごわした。そんお礼に、お上さんや、まかせたるで」

 お上「こっちこそ、歌麿退治んお礼やで。若い娘より手管しっとるでのう。お前、昨夜から続けざまに三人目やな、贅沢やで。若いから底なしやろて、こん体、めちゃんこにしてんか……」


 お上は、御無沙汰だけあって、泣いて悦んでいたわいな。オラが、すけべ魂を呼び覚ましてしもうたんや。女は深くて強い。どこまでん深いか、オラん女体道は続く。

 長屋に戻ったら、今度はキクにやられるわ。恐っ。


年の瀬、巫女様に占ってもらう(四十九話)


 オラが江戸に出て来たんは、慶応元年五月の吉日やった。

 そんで、深川ん長屋に居着いて、飛脚の生業をしてきもうした。来年で二十一んなる。ここに来て、夢と言うか将来の目的が出来たんや。あれだいて、今ん仕事を減らし、新しいこつやろうと思うの。そいを、本所の神社の巫女様に占ってもらおう。

 まんずは、おみくじ引いてみっか。こいにしょ、あれ、末吉って出ましたの。と言うこつは、のちのち良くなるってこつやな。んでも、おみくじだけでのうて、初穂包んで巫女様にものう……


 オラ 「あの、来年そうそう新しいこつ、やろう思いましてな、どげなですかい?」

 巫女様「そいがよいー。新たな門出が、あんさんを待ってやすー」

 オラ 「上手くいくんですかいの? 明るいうちは、よう言えん生業ですけ」

 巫女様「あんさんには、人を救う生業がええと出ておりやすー」

 オラ 「人を救う? オラ、そんげな大したこつは出来ねえどもの」

 巫女様「神はお見通しなりー、女を救いたもえー、苦海の蓮をー」

 オラ 「あの、無類の女好きだども、そいとこいとじゃ……」

 巫女様「好きこそ物の上手なれ、女好きでのうてはいけんなりー。あんさんは、女ん体を知りつくしー、女ん心をつかむなりー」

 オラ 「実はの、置屋に入り浸っとるうちにの、だんだんと思うて来たんや。女が不憫でならんのや、安か銭で体を開き、闇に埋もれてゆく。さんざんと男を悦ばし、こいじゃの、あんまりやて」

 巫女様「救うのやー、救うのやー、あんさんなら出来るー」

 オラ 「はあ、今日のところは、ここまでんしますて。また、来ますけんの」


 しかし、あん巫女様は、オラが何の生業やりてえか聞かんども、わかるみてえだった。神様に仕えていると、見えねえもんまで見えんかいの。長屋んキクに、今後の相談や。


 オラ「キクや、来年になったら、今度、女衒をやろ思うて」

 キク「ああ、あんたん思っとるこつはわかるわい。そいは仮ん姿やな。そんで、本当にやりてえこつ、考えてんのやな」

 オラ「あの、オラはのう、苦海に咲く花たちを救いたいんや。散るまでそばにいての、花びら一つ残らず拾っての。つまりの、女衒を皮切りんして置屋を始めたいんや」

 キク「好きにしたれ。アテは、あんたんが何やろうと、あんたん味方やで」

 オラ「わかっとるんやろうけんど、ただん置屋では、ないわな。巷には、置屋にも入れん女が夜鷹なんかになって、そこらにいる。訳ありのもっともっと苦海の女衆を、オラん置屋に来てもらうんや。そん女のいいように任せ、楽に生きられる、安堵の居所を作りたいんや」

 キク「あんたんには、女が観音様に見えるんやろ? 女観音道やな?」

 オラ「そうや、観音様が救われんでどないする。そんなん、ありか。年が明けたら、知り合いの女衒の土佐兄とこに弟子入りする、ええな?」

 キク「はいな、アテは、どこまでん付いてゆく。あんたん……」


 さて、また神社の巫女様に会って来ましょ。今度は、女そんもんについて、教えてもらおうかい。あん方は神ん使いよ、ありがたい話をの。


 オラ 「あの、晩時にすんませんの、また来ましたて」

 巫女様「こん前ん人やな、先ん決心は付いたかえ? ああ、今は仕事帰りやで、いつもの言葉で話すぞえ」

 オラ 「はい、そん生業は言えんどもの。決まりましたて」

 巫女様「前に言ってたな、明るいうちは言えんとな、だいたいわかるわ。そいじゃ、もう直に日が暮れる、そんしたら、わたいに言えるな?」

 オラ 「暗くなれば言え申す、聞いてくれますかいの?」

 巫女様「わたいの家は、すぐそこや。歩きながらでええな」

 オラ 「なんだかんだ、教えてほしいんやけどな、女んこつもな。まずはの、ほかん生き物は雄と雌、なして雄の方が大抵綺麗なんや?」

 巫女様「目立つ為じゃよ。雌に雄が群がり、そん中から雌が選ぶんよ。人ん世では、女が綺麗よの、あべこべや。生き物によって違うな。女は目立とうとする、男ん気を引こうとする、そんで選ばれる。色気仕掛けの花と蝶や。花は花粉を運んでもらいたいけん、密を出す。蝶は花粉そっちのけで、密に集まる。男と女もそうやの」

 オラ 「たしかに、男は女ん密に群がり、極楽を味わいてえ」

 巫女様「そうや。女は極楽を味わわせることによって、子種をえる。男は子種そっちのけで、密を楽しむ。つまり一緒や。この世ん秘密は、気持ち良さや。ほんに、持ちつ持たれつや。神様は大事なこつに、こん気持ち良さを付けたんやで。食べるんは気持ちええ。寝るんのも気持ちええ。子作りも気持ちええ。みんな、そうやろ。特に子作りは、男も女も気持ち良くてしょうがねえ。上手い具合に出来とるのう。密の話ん続き、わたいの家でやっか?」

 オラ 「是非にお聞かせくだせえ」


 二人して歩いとるうちに、気が合っての、巫女様ん家に吸い込まれていったわ。さすがは巫女様、オラん欲も全部お見通しでやした。なんか身も心も筒抜けで、恥ずかしいやら、嬉しいやらですわ。


 巫女様「さあ、わたいの家や。上がっとくれな」

 オラ 「はあ、では上がらせてもらいやす」

 巫女様「あんな、ああやって、神様ん仕えとると、欲のはけ口に困るんやで。そんな中、ちょうど良く、女好きに会えたわな。密の話ん途中やったな。男は女ん密がたまんねえ、女はもっとじゃ。男ん密がほしゅうてほしゅうて、たまんなくて、歯ぎしりすん時もな」

 オラ 「はあ、オラでお役に立てれば、何よりですけん、遠慮せんといてくだせえ」

 巫女様「ほな、わたいは花や。あんたは蝶や。わたいの密、たんと味わいなはれ。でこんだは、あんたが花、わたいが蝶や。あんたん密、頂きや。お互い、代わりばんこに楽しもうな。空んなろうな……」


 花と蝶、女が花とは限らずなり、男も花となる。男が蝶とは限らず、女も蝶になる。一心同体、これ極楽の極致なり。この世ん極楽も、また深し。

 今年の打ち治めなり、女百人斬りまで、あと五十一人となりにけり。


新年、女衒稼業へ(五十話)


 年が明けた、慶応三年だ。  

 しかし去年は天下が揺れたのう、若か将軍様が七月に倒れてまった。そんで天皇様まで暮れに、お隠れになてもたわ。今度は慶喜公が治めるんやと、こん一橋様に縋ってええんかいのう。

 まあ、オラはオラや、こん飛脚ん仕事は減らす。女衒から初めて、置屋をやる。女衆を救う、ええ置屋をやる。この世の本当の極楽ん地を作るんや。まずは女衒で、女体道の修行をかさねる、ゆくゆくは三本足でのう。あん土佐兄んとこに、弟子入りや。新年そうそうにな。


 オラ 「ごぶさたしてやす。新年おめでとうでやんす」

 土佐兄「おお、おめでとうな。さっそくやな、何かあんのかや?」

 オラ 「年明けそうそう、オラん行く末のことですて。あの、今年から、土佐兄んとこで女衒の修行してえんだども……」

 土佐兄「おまん、それだけでないんやろ。本当のこつ言いや」

 オラ 「はあ、先々には置屋をやろうかと……」

 土佐兄「あんな、この道は蛇ん道やきの。相当の覚悟がいるがぜよ。あるんかや?」

 オラ 「オラは越後んいたときから、人の醜さは反吐が出んほど見て来た。もちろん、オラも醜い。地べたを這って来もうした。泥田ん中で生きて来たすけ、泥田に咲く蓮ん気持ちがわかり申す。女衆を救いてえ。観音様を本当の観音様にしてえ。そんでなければ、あんまりじゃ」

 土佐兄「おまんは女に餓えちょるがぜよ。体だけでのうて、女の心にもな。こげな蛇の道でのうて、すけべ道を極めたらええんやないけ。女肉を楽しむだけでええんやない、おまん、こん道怖さ知らんきな。そいに、女の味は、ぼちぼちわかっとるんやろうけんど、女の心知らんやろ?」

 オラ 「そうでやす。身も心も深いってこつは、なんとなく」

 土佐兄「えかや、女衒や置屋の生業はな、女を一目で見抜くことやきの。そいが出来のうては、話にならんきな」

 オラ 「お願いでごわす。土佐兄んとこで修行されてくだせえ」

 土佐兄「女に迷っとるようじゃ駄目やき。おまんに、何わかる。そいにな、おまんは人の醜さを知っちゅうとも、悪さを知らんやろ。蛇どころか、鵺、夜叉、化けもんにも繋がる道ぜよ。女衒はの、女を喰っては値を付け、なるだけ高く売りさばくんや。味の違い知るだけで、何年もかかるがぜよ。心知るんに、また先や。置屋は置屋で、高い値付け女を売って儲けるんや。阿漕なもんぜよ。つまりの、己に闇がのうては出来んのや。わかったな、てる吉」

 オラ 「だども、オラは決心したんや。蛇ん道だろうと、女衆を救うんや。こっちは、蛇でん何でんええ。観音様を、より観音様にのう」

 土佐兄「そうかや、そん決心のほど、オレに見せたんか? ある女をあてがうき、こん女を極楽送り出来るかどうかぜよ、やっか? かなりと冷めた女ぜよ。オレも仕込むんに苦労したきの。なかなか極楽いかんぜよ、こん女はな。おまんが、極楽送り出来たら考えるわ」 

 オラ 「はあ、オラを試してくらんしょ。女を極楽まで昇天させたんなら、弟子にのう」

 土佐兄「今晩、両国橋んとこの、美濃屋ゆう町屋で待っとれ。女を送るき」

 オラ 「わかりましたが、では、待ってやんす……」


 さあ、今晩の女との勝負次第で、弟子入りが出来るんかもやな。手強そうな女やだろうけんど、なにがなんでん極楽送ったる。オラん先々が係っとるんや、真剣勝負やで。ああ、待ち遠しいわい。


 美濃屋、美濃屋、ああここやな。先に入って待ってんのやな。どげな女が来るかいの。腰がなるぜよ。オラん得意技で決めたるわな。

 ……ん、来たみてえだな。


 コマ「あの、あんた、てる吉さんかへ、コマ言いま、話聞いてんな」

 オラ「ああ、入ってな、そうや、オラだ。ことがことだすけ、さっそくな」

 コマ「なにも急がんども、ウチは体燃えるんまで時がくうし、燃えんかもやで」

 オラ「いやいや、必ずや大炎上させたる、そうでのうては弟子入り出来ないんや」

 コマ「聞いとるわ、あんたの先々は、ウチ次第でんな。こん体は冷めとるわな、出汁も少ないわな、極楽送り出来っけ?」

 オラ「なにがなんでん、送ったるわ。オラん技を使ってからに」

 コマ「あんたの得意技とは何ぞえ?」

 オラ「越後ん牛突きじゃて。コマが大炎上すんまで、猛進するでな」

 コマ「そいは頼もしか、ウチが壊れるぐれえ、来てけろや。女ん悦び、もっともっと味わいて、味わいてー」



 ……コマは大炎上のあげく、布団、畳、そんで襖まで汚した。

 溜まりに溜まっていたんやのう、女ん悦びをお潮がしめしたわいな。こいで、女衒に弟子入り出来る、蛇の道から女観音道へ向かうぞえ。


土佐兄からの褒美、琉球娘(五十一話)


 きのうは、土佐兄があてがって来た女を、ガン突きで極楽送りしたわいな。

 こいで女衒修行ん始まりやな。いろいろと教わらんとの。あらためて土佐兄んとこ  に、お伺いや。


 オラ 「土佐兄、きのうのコマは、無事に極楽へ行ってもうたです。ほな約束通り  に、オラを弟子にしてくだせい」

 土佐兄「ああ、わかっちゅう。おまんの腰技は、ええらしいのう。コマから聞い  ちょるが、越後の牛突き喰らわしたって。怒涛のようやったて」

 オラ 「はい、こいで弟子んなれると思うと、よけい力入りましたて。あん女に、襖 まで届く、お潮吹かせてやりましたがな」

 土佐兄「うん、そいも聞いたわ。てる吉や、今度は天井まで届く潮吹かせたれや。オレがこいから、日の本中の、さまざまん女抱かせるきな、女もっと知るんやで。銭払って女喰うんじゃのうて、ただで喰うんや。これは味が違うきな。そんうち今度は、女が貢いでくるぜよ。またまた、味が違う。一人の女の味も、三度変わる。女ってえ生き物は、こうも変わるきな。今夜は女衒に買われ転がされ、江戸へと流れついた琉球娘を抱かせたるき。こん女はな、琉球は首里の置屋ん生まれや、遊女の生んだ子や。遊女の子は遊女や。そこで男相手を初め、薩摩の女衒に買われ鹿児島や。さんざん九州男に喰らい続け、今度は大阪に売られたんや。大阪は堺で、エロ商人達に可愛がられ、すけべ人形みてえになった女ぜよ。でまた、江戸だと物珍しくて売れるというんで、とうとうここや。もう、心はのうなってるきな。抱かれるだけの女やで。女衒の怖さ、あん女見ればわかる。学ばせてやるき。てる吉、こん女は置屋にはおらん。闇ん中にいる。そいを、おまんに抱かせたるき、ありがたく思えな。また、きのうの町屋で待っとれ。ええか、毎日、刀磨くんやで」

 オラ 「はあ、こいからは毎日んようではなく、必ず毎日、極楽に浸かりやす」

 土佐兄「手前だけ極楽味わうんでのうて、毎日、女を極楽送りにするんや。こいは、女衒稼業の修行やきな。もっともっと女を知るんや、ええな」

 オラ 「はぁ、わかりましたが……」


 晩飯はたらふくやった。毎日、女を極楽送るんが、こと初めや。琉球ん女かいな、こいはなかなか抱けんぞい。商売名利に尽きるとはいえ、何やら闇ん女かいな。心がのうなっとる言うたな。恐る恐るいかんとのう。

 こいから酒、とは、いかんな。おおっ、来たわい、さて……


 琉球娘「はいたい、めんそーれ、あんた、うちなーんちゅやな。ようこそ、はるば る琉球へ来ましたの。気持ちようしましょうねー。こげな、アザだらけの体なんさー。あんたも、好きにしてな」

 オラ 「おいおい、ここは江戸じゃて、大丈夫かえ?」

 琉球娘「ああ、そいやったわ、ワンは買われたんでごわした。ここは薩摩やったわ。おはんも薩摩剣法のように、一刀だにしてたもんせ。ちぇすとーちぇすとーで、ワンを斬ってくんやんせ、ええさー」

 オラ 「いやいや、薩摩でのうて、江戸やで」

 琉球娘「あかん、ああ間違えてもうたわ。ここは難波や、商人さんの布団の中や。たんと可愛がってな、ワンは極楽の夢見たいんさー」

 オラ 「ああ、そやで、ここは堺でんな。オラ、馴染みん堀町んぼんくやら。また来たでな。アネゴ、えろう極楽へ頼むわな。そんアザ治ってねえな。まだ腫れとるんやんけ、銭出したる、薬付けたれや」

 琉球娘「なんくるないさー、ワンの稼ぎが悪いんや、だからさー。男はんの好きにさせとるけんど、ワンから動かんからやで。そんでの、客には叩かれる、お上さんにはピンタ、女衒には蹴られるんや」

 オラ 「そいは叶わんのう。せめてオラん布団の中ではの、安心しなはれ。そんまんま、じっとしててええで、オラがいつもんように果てるさかいな」

 琉球娘「あんた、何言うてまんねん。いっつも、アテを滅茶苦茶にするやんか。ええんやで、何度もな。さあ、一緒にいこうな、怒るでー」

 オラ 「わかってまー、ほな、いっつもんように、同時に極楽や。難波昇天道や。喰らったれ……」

 琉球娘「……あんた、ちゅらさん……かなさん……」


 あん女は壊れていましたがね、女衒が悪いんやの。

 オラは、女衒になんのが目的でのうて、ええ置屋を作るんが夢や。そいには、女だけでのうて、女衒も知らねばなんね。   

 女衒は本当に、よう女を知っとるんや、そんためやで。


土佐兄から、おかちめんこをあてがわれる(五十二話)


 土佐兄ん所で、女衒修行してんだども、連日、女をあてがって来るのう。こう言われちょる「毎日、女を抱け。極楽送りしたれ」っと。オラは前から、いつもは長屋んキクの壺に浸かり、漬物みてえだて。ああ、こいからも、さまざまん女をあてがって来るんやろ、こなさねばなんね。今度は、どげな女だろか、こいも修行やて。


 オラ 「ごめんやすって、今夜はどげな修行ですけの?」

 土佐兄「おお、そん前に昨日の琉球娘はどないやったや? オレら女衒に壊された女やきな。正気でねえな」

 オラ 「可哀想な女でしたの、オラはせめてもん慰めで話合わせましたて」

 土佐兄「うん、慈悲も大事やきな。泥棒にも何とやらや。女衒の怖さの一部、見たんなら、そんでええき。三日目の今夜はの、おかちめんこを抱かせたるきな。ええ面、ええ体した女だけ相手しとるんやない。女衒たる者、どげな女でも喰うんや。そんで必ず極楽送りすんやで」

 オラ 「オラは、なんでんござれで、選り好みしませんですて」

 土佐兄「ええか、女を先に昇天させんやで、そいが大元やき」

 オラ 「そいは、よう我慢しますで、ヘソん力入れましてのう」

 土佐兄「そうやそうや、男は我慢が大事じゃき。女に餓えとるようじゃだめやきな、いっつも玉袋、空っぽにしたれ。えかや、そん女はな、男に触られんのを嫌ごうておる。よって、女ん極楽を、未だによう知らんきな。おまんの、あれ、越後の牛突きとやらで、昇天させたれや、ええな」

 オラ 「連日ん渡る、極楽修行、痛み入りやんす。あん、町屋で待ってやす……」


 三日連続違う女やな。

 キクとの連夜に加えこいかや、刀ん錆びる暇がねえとは、真にこいやな。よしゃ、今夜はどげん女や。おかちめんこ? 相手に不足なしやで。女はあん悦び知ると、男んのが、お助け棒にかわるんやな。オラんので、極楽へ橋渡し、してやっから。任せんか……


 ツネ「ワラはツネだわ。あん土佐親分から、若い男にあっためてもらえ言うてな。そんで、こん町屋に向かわされたんや。えろう若いの、大丈夫け?」

 オラ「あんな、若いちゅうこつは、底なしちゅうこつやで。必ずや、ええ思いさせたるけん、任せてくらんしょ」

 ツネ「ワラはの、こげな面だし、あん欲も、あんまことねえてな。そいに、男に触られるんが好きでのうし、気持ち良くもねえ」

 オラ「おいおい、せっかく女に生まれて来たっちゅうんに、もったいねえのう。こん世に、女ほど、ええもんはねえで。宝ん持ち腐れやでな。じゃあ、こうすっか、オラは触らんすけ、オラんのを血祭りんしたらええ。女は男に血祭りんされ、極楽をさ迷うけんど、そん逆だてのう。あんたも、こんだは無我夢中んなって、男ん虜んなるわな」

 ツネ「そんでいこう、ワラのこつ触らんでけろ、あんた横んなってな。……どうすんのや? やっぱわからんわ。ワラはこんまま、極楽知らずかいな」

 オラ「じゃ、ほな、目閉じてな、オラん足ん先からふんどしまで、手伸ばせ。お地蔵さんみてえんのに当たったら、祈るんや。極楽連れてってけろ、連れてってけろとな、そんしたらわかる。お地蔵さんは大悦びで、法力を持って願いを叶えてくれる。男は女んやわらかさを求め、女は男ん固さをの、そやで、自然とわかるで」

 ツネ「あんた、ワラを別嬪にしてけろ。ええ女んしてけろ。たのむて……」

 オラ「まあ、その、一晩じゃ無理だて。おいおいの……」


 そんツネさんを、極楽送りには出来もうせんでしたわ。

 まだまだ、修行が足りませんですわな。女は男よりも、本当は遥かに欲が深いもんやで。極楽知れば、ええ面にもなりますて。


隅田川、舟女(五十三話)


 女衒に弟子入りし、アクの強か土佐兄に、三日連続で女をあてがわれた。身も心も冷めた女は、大炎上させてやったわい。心の壊れた女は、お助け棒で慰めてやったの。そんで、おかちめんこには、ええ女んなるには、よがりが大事だっちゅうこつ教えたて。しかし、癖んある女をあてがって来たもんじゃ。まあ、こう言うこつやろ。女衒たる者、どげな女も抱き、極楽送りしたれって。

 そん土佐兄は、幸か不幸か、女の買い付けでどっかに行った。雲の様に現れては消える。弟子にも何も言わんでの。また、現れるまで、しばし心の洗濯すっかいな。こいからは、飛脚の稼ぎが減るすけ、吉原通いはたまにじゃの。

 まだまだ、オラには女の売り買いは出来ねえすけ、仕様がねえ。となると、いろんな女を知る意味でも、夜鷹じゃて。訳あり女がごろごろといる。ピンもいればキリは底知れずやな。オラは置屋にも入れん、その日暮らしの女衆を救うのが夢や。ありのままん姿見て、のちの置屋開業の下調べや。よし、夜鷹んとこに丁稚奉公やで。

 隅田川沿いは、夜鷹が手ぐすねを引いておる。そん蜘蛛の糸に巻かれて、二人して凄みの効いた極楽廻りやで。今夜は夜鷹は夜鷹、舟女と決めたるわい。

 いたいた、小舟を浮かばせ、蝋燭が灯すなか、女がゆらゆらしとる。暗くて良くは見えん、当たり外れは覚悟や。あん舟ん女にしよて……


 オラ「おうっ、世話んなんぜ。船饅頭は初めてだて、朝までええんかいな?」

 舟女「はいな、あんたさんの好きなようにしてくれな。一回ぽっきりもよし、連発またよし、泊まりもええで」

 オラ「そうだのう、岡の夜鷹はゴザ敷くだけだすけ、一回で終わりだの。舟ん中は、人目も気にせんでええし、布団があるし、そんじゃ朝までや」

 舟女「そいにの、舟はゆらゆらしとるわな。男と女の睦ごとに丁度ええで。入ってとくれ、狭いけんどな、そんぶん二人でくっつこうな」

 オラ「姉さん、こん舟饅頭は長いのけ?」

 舟女「アッチは、初めは置屋や。訳あって出ての、岡で夜鷹やっとった。そんでの、銭ためて舟こうてな、手前の家みてえにしたんや。女一人で家持つんやで、なんか、ええ気分がすんけんな」

 オラ「そうか、ここが家なんやな、オラは深川ん長屋暮らしだて、間借りじゃの。オラん稼ぎじゃ、手前の家なんぞは持てん。そか、家持ちなんやな」

 舟女「そいに、岡っ引きが来れば川ん中に逃げれるしな、ええもんでよ。川ん中に出たらの、アッチも大声揚げて果てるこつも出来るんや。お客によっては、銭貰うんが悪かほど、よがらせてくれるよってな。さあ、兄さん、川ん中に出るよって、遠慮のう喰らわせてくりょ。こうも年増んなんと、若い男はんの肌が恋しゅうてな、たまらんのや」

 オラ「ああ、若返ってけろ、朝んまでオラを吸い尽くしてな」

 舟女「ほな、ゆらゆら極楽めぐりん出るで……」


 あん女は、おしろいが濃かったども、ええ女じゃたわ。

 きっと若いころは、そうとう男どもに極楽味わわせたんやろて。

 ここで、川柳一句ひねりたくなったわいな。

 ……夜鷹に羽はなく、舟饅頭に餡もなく、ともにあるは観音口……


痛キモと、キモ痛(五十四話)


 江戸で夜鷹の巣窟といえば、本所、四ツ谷とならあの。今度、初めて四ツ谷に行ってみっかや。そもそも、オラん身の丈に合った遊び場は、揚げ代の高い吉原ではないわな。夜鷹や舟女が丁度ええわい。あと町娘を口説くのがのう。

 また、年増になんほど安くなる、五十路、六十路がねらい目だて。こっちが喰うか、あっちに喰われるか、闇のみぞ知るってか。

 夜鷹は夜に出る。面や齢は定かにはわからず、宝石混合の世界よ。暗がり観音や。行きまっせ、待っててくらんしょ。


 オラ「あの、遊びてえんだども、銭なんぼで?」

 女 「十五文じゃで」

 オラ「そいは、一回のこつやな。えろう安いなや」

 女 「あんな、ワッチら夜鷹は一回こっきりやで、そんでな、客こなす」

 オラ「じゃあ、連発や泊まりなんてねえなや」

 女 「あたぼうよ、ゴザ一枚の上で、いつまでん、いられっかや」

 オラ「そうよのう。膝擦りむいてまうわな。そんじゃ、かなりと男喰うやろ?」

 女 「ああ、そうや、ワッチらん仲間は、一日で十人こなすんもおる。だども日に    よっちゃ、夜鷹が閑古鳥にもなるっけんな。若いの、ワッチは齢やんけんど、そんぶん安か、どや?」

 オラ「オラ、銭がねえ、安いにこしたことはねえ、たのむて」

 女 「さあ、こっち来い、あん草むらや」

 オラ「コザ一枚の上やな、膝が痛くなるわな、そいは我慢かや」

 女 「あんな、そいは痛キモと、キモ痛の違いじゃてな。女かて、男にやみくもに  喰らって、同じようになる。痛いんだけんど気持ちええと、気持ちええんだけんど痛い、の違いよのう。まあ大丈夫やて、ワッチが膝ん痛みなんか、どっかに吹き飛ばしてやっから。お前ん、盛り棒で気持ちようしてくりょ。痛いんだけど、気持ちような」

 オラ「じゃオラも、カカさんと一緒に、痛キモになるて」

 女 「そうや二人して、痛キモ、痛キモになろうな、喰らわしてんか……」


 うん、痛キモと、キモ痛ん違いよのう。同じようで違うて。

 オラ膝が痛かったども、気持ちようしてもらった。カカさんも、ごん突き喰らって痛いがっていたども、えろう昇天したて。イタキモ、イタキモ、イタキモって、口走ってたな。

 たとえで言えば、梅干しの後に、ぼた餅やな。


女親似の夜鷹(五十五話)


 オラは夜鷹んとこへ、丁稚奉公やで。

 今夜は、江戸一の夜鷹ん巣、本所へ繰り出そう。夜鷹は泥田の蓮じゃて、蓮もさまざま、誰かに似た蓮もありやて。もしかして、夜鷹こそ本当の観音様じゃねえかや、吉原みてえな光よりもな。

 オラは夜鷹衆を救うんが夢じゃて、ええ置屋を作るんや。まずは、救う前に、救われるこつ考えねえとな。


 オラ「相手んなるでよ」

 女 「まあ、若いのう、一回り以上、いや二十歳位違うのうに」

 オラ「ええんや。女は何でんござれが、オラだて」

 女 「ワラも子がおれば、ちょうどあんた位よのう。こんな商売しとるし、もう四十路やから、あがっとるわ。そうか、我が子みたいな男にかや、ええで」

 オラ「なんか、思い当たる節があるのう。オラの三つん時に、里に帰っちまったカカに、何か面影が似ちょる」

 女 「そうけ、どげなカカさんやったか、聞いてっけ?」

 オラ「尻軽やとよ。まあ、そんでもええ、会いてえ」

 女 「なあ、わかったれや。訳があんのや。お若いの、あんたカカさんの影追っとるんやな」 

 オラ「うん、そうかもや。面は憶えてねえ、でも影は見えるん。後で聞いた話 じゃ、オラはよう乳飲んで育ったんやと。だども、胸元ん温もりや、抱かれたんは知らね」

 女 「お前、乳が恋しいんじゃろ。たっぷりと甘えてんだろ、ええでよ。ほな、今夜はお前のカカさんや、昔ん戻った気で甘えてな」

 オラ「あのゴザの上でのうて、カカさんの家で朝まで居てえ。そん分、銭出すけん、ええろか?」

 女 「いやいや、余分に銭出さんでええ。お前貧しいやろ、ワラと同じでよ。お前、淋しさや貧乏知っとるんやったら、ワテらん気持ちもわかるな。こん商売やってて、えかった思うんは、わかり合える男に会った時じゃて。さあ、ワラんあばら家で、乳繰り合おうな。思いのたけぶちまけてな」

 オラ「オラ、しゃぶりついたら離れんぞ、ええな」

 女 「そいは朝まで好きんしたれ、こっちや……」


 オラは無我夢中で甘えた。

 カカさんの、出ねえ乳が出てくんかのように、甘えたて。

 手が痛くなんほど、温もりに浸かった、カカさん……

 

菊より、ザクロ(五十六話)


 夜鷹ん世界は、広くて深い。どこまでん深い、奈落ん底やのう。花びらの観音様や。ザクロで言えば、種ひとつひとつがそうや。

 あの夜、隅田川ん土手でのこつ、語らねばなんね。梅雨入り前の、湿った風ん吹く蔵前や。


 女 「おいや、遊んでいかねかや。まけとくでな」

 オラ「えっ、暗くてよう見えんども、六十路越えてるんでねえの?」

 女 「女は若いんだけが、ええんでねえでな。みんなみんな、ええもんじゃで」

 オラ「うん、そいはそうや。でも、六十路越えじゃのう」

 女 「まだ、六十路じゃて、享和の生まれや。本当やで」

 オラ「女は安い方がええ。そん分、数多く玉ぶてるけんのう。だども、本当で六十路なんけ?」

 女 「そうや言うとるやろ。そいにな、二つの観音口、拝めれるぞえ」

 オラ「菊のこつやろ。菊はええてな。己ん刀が汚れるぜよ」

 女 「そうかえ。ワッチの菊観音で、極楽いくんのもいんのにな。ためしてみねえかや? 違う味がすんでよ」

 オラ「いや、オラは底なし観音一本や」

 女 「ワッチの姫観音はすごいでよ。えろう人気あってな、常連も多いわな。まるでの、ザクロんようやと。ざらざら、じょりじょりが堪んねえってよ。そんで、泥沼みてえで、どげな男でも丸呑みやで。遊んでけ。お前、若いんやから、何度のっかって来てもええで。ワッチんザクロ喰ってけ。こっちこそ、如意棒が欲しいわ」

 オラ「わかったわい。じゃあ、ザクロん味、おわかりすんでよ」

 女 「ああ、ゴザん上やから、みんな一回やけんど、お前ならええ。そんかわりな、ワッチん菊観音も可愛がっておくれな」

 オラ「御免被る。ザクロ喰い荒らすけん、そんでの」

 女 「はいよ、こっちも如意棒で、どんつく喰らいたいわ。ワッチのかゆかとこまで、たのむで。こっちこっち……」


 あの大年増は、どう見ても六十路を越えてんのう。まあ、いっか。

 だども、ええザクロやった。ざくざくやったわ。

 かゆかとこも、たんと掻いてやったわい。えかった……


同郷の夜鷹(五十七話)


 夜鷹には流れもんが、たんとおるわい。

 国中からの、訳あり女、足抜け女、駈け落ち、抜け駆け、そんでお尋ねもんも混じっとる。闇夜が、それらん女衆の味方じゃて。手拭いで面隠し、ゴザ持って来い来いや。オラは来い来いに誘われて、にょきにょきやで。

 さてと、今夜はどげな花かいのう。夜に咲く花、あだ花も多いやでな。ただ、暗くてよう見えん、勘でいこう。


 オラ 「アネサ、こん三田も夜鷹が多いのう。おお、まだ、若いやんけ。よく見ん と、器量良しや。江戸ん生まれかや?」

 越後女「ワラは越後らて」

 オラ 「ほっか、オラも越後から出て来たすけのう。同じらのう。オラは深川ん長屋暮らしで、来て二年になるて。アネサ、訳あんやろけど、なして夜鷹やってらんだ?」

 越後女「そりゃ、なんだかんだあるて。ワラ、夜ん方がええらて」

 オラ 「うん、そいらかや。越後で、何があったんらて。オラは、百姓ん倅だどもの、トトの後釜が嫌で江戸へ出て来たて。ふるさとん馴染みで、言えるこつ、言ってくれて」

 越後女「初めてん人にかえ? いくら同郷でものう」

 オラ 「そいは、考えようらて。初めてやから言えるこつも、あるすけのう」

 越後女「ああ、そんだの。ワラはの、かどわかしに会ったんらて」

 オラ 「何? そりゃ、みじょげだのう。女衒より達悪いのう。こん江戸まで流されて、どっかん置屋売られ、そんで逃げたんやろて」

 越後女「兄、そん通りらて、なんかわかっとるのう。ただの助平もんじゃねえな。何して稼いでなさる?」

 オラ 「オラは飛脚と、あと一つ、やってらんだて」

 越後女「そら何だろかて? 言ってくらんしょ」

 オラ 「あの今年からだどもの、実は女衒の見習いみてえのこつやっとるて」

 越後女「なんや、かどわかしと紙一重でねかて。やめた方がええらよ、罰当たっど」

 オラ 「あっ、いやいや、似てても違うらて、こっちは頼まれたりもするすけのう。つまりのう、話をまとめるんが女衒なんや。違うこてや」

 越後女「ああ、わかったすけ、ワラを抱けや。女好きでのうては出来んなや。えかや、悪い女衒になんな、娘子、泣かすんでねえど」

 オラ 「わかっとるて、オラは困っとる娘子や夜鷹衆の味方らて。女衒は借りん姿や、ええ置屋を作るんが夢なんや。そん為ん修行らて。売り買いはのう、女を安く買って、高く売るんは阿漕やで。そんでのうて、高く買って、ましな置屋につなげるんや」

 越後女「そかそかや、ええ女衒を皮切りに、ええ置屋やんのやな。女ん身と心、たんと知るんやで。そんでこそ出来るんらて。なんか、話が長くなったわ、さあワテん身もまかせるわな。兄の修行だの。女を、たんとわかって、そんでなも」

 オラ 「ああ、女衆を大事んすんで、観音様だすけのう」

 越後女「そうらて、女は身も心も観音様や、男は堪らんなや、ふっふっ。またまた長くなったのう、ワラん小屋へ来いて。朝んなんまで、話したりしてのう。そん前に、ワラん観音味わってけろ。越後ん言葉で、べっちょ、しょうてな、けっけっけっ……」

 オラ 「くっくっくっ……」


 いやはや、話と、べっちょん繰り返しやったわ。

何も夜鷹とは、ゴザ一枚の上でのうても、ねぐら小屋で遊べばええ。朝んなんまで、夫婦みてえに寝てるんもよしや。

 一句出来たわい。夜鷹と掛け、……あばら家で ちごう男が 旦那面……


酒呑み夜鷹(五十八話)


 さあ、どんどこと夜鷹めぐりしまっせ、女んはらわた知らねばだて。そんで、苦海の救い手になんのや。知ってこそだてのう。土佐兄が、そんうちに帰ってくれば、また女衒修行が始まる。女の売り買いの場に連れて行かれて、一から教わるんや。いずれは、オラ一人でやるん。女の骨の髄まで知らねばなんね。またまた先は、夜鷹衆を集めて、ええ置屋を作るんや。夜鷹ん中には、本当は昼に飛びてえんが、うじゃうじゃいるすけのう。さて、四ツ谷や、今夜はどげかいな……


 オラ「あいや、カカさん酒臭いのう、ぷんぷんすっぞ」

 女 「そんやで、昼も晩も酒、そんで客と寝酒朝酒よ」

 オラ「うん、カカさんの体は酒で出来よるんやな。オラも酒好きだども、女との一戦の前は飲まねんだ。そんじゃねえと、入道が小僧みてえになっからな」

 女 「男はどっちを取るかじゃのう、そんとこは女はええな。ええどころか、酒ん夢心地でええとこに、男ん稲妻喰らってみい、たまんねえわい」

 オラ「女はええのう。酒ん極楽と男ん極楽と、いっぺんに味わうんやな。オラ今度生まれる時は、女がええかもや。底なし極楽味ってみてて」

 女 「そやの、男は銭出して極楽やけんど、こん商売は銭もろうて極楽めぐりや。男好きん女にとっては、ほんに毎日が観音日和やでな。あんた、アテん小屋で、派手な稲妻喰らわしてくれっかえ」

 オラ「そんじゃ、オラが酒飲むんは朝方ってこつやな、わかったいな」

 女 「アテは先に、また飲むすけ、人形いじるみてえに、おもちゃにしてのう。そんで火照ってきたら、ゴロゴロじらしてから、アテに雷落としてな。あんたの稲妻といっしょに、アテも果てるわ」

 オラ「小屋行こうて、オラ朝まで酒はええて、雷様がうずき出したわい……」


 カカさんの、酒ん肴にされてしまいもうした。

 女は得よのう、酒に酔い男に酔い、呑んでは抱かれ、抱かれては呑む。

 その点、男は呑んでは立たずや、とほっ。


痩せっぽち夜鷹(五十九話)


 夜鷹もさまざまといるけんど、肥えた女なんていねえ。みんな痩せとる、食うか食わずかの生き様やでな。蕎麦一杯の為に、体まかせ、くたくたんなって泥んように寝る、そん繰り返し。

 魚なんかも、たまにやで、だんご餅にありつければ、ええほうや。腹減ってても、男が来れば股開く、よけい腹減るのう。四ツ谷は地獄極楽や。頑張れや、オラは味方やでな……


 オラ「お前さん、こまいのう、そんで痩せてるのう、飯食ってんけ?」

 女 「ああ、アテは稼ぎ少ねえども、蕎麦食っとるわい」

 オラ「可哀想だすけ、オラが二人分の二十五文出すすけ、蕎麦三杯分や。もちっと、なんだかんだ食ったほうがええど」

 女 「アテは肉付きもねえし、置屋にも入れてもらえねえんだ。そんで、夜鷹やってんだ。夏は暑いし、冬は寒いし、風吹くままだ」

 オラ「うん、ゴザ一枚じゃ、ほんま大変やのう。オラはのう、ゆくゆくは困っとる夜鷹衆の置屋を開きたいんや。観音様が報われねえなんて、間違ごうておる」

 女 「ありがとな、アテらん気持ち、あんた、わかってくれるな、うれしいわい。そりゃ、一人稼ぎのええとこもあんけど、そいは木っ端じゃけんな」

 オラ「ああ、必ずや、ええ置屋をやる。そんしたら、お前さんも呼ぶ。難儀しとる夜鷹衆に来てもらうんや。そんで、好きに任せるんや」

 女 「アテ行くわ、あんさんのやる言う置屋行く、そん時は頼むて」

 オラ「あと何年後なんか、わかんねどもな、必ず呼ぶけんな」

 女 「あんさん、さっき、二人分出す言うたな、そんじゃ朝までええで。蕎麦三杯分くれるんや、アテん掘っ立て小屋さ来いてな。あっちや、見えるやろ……」


 夜鷹衆は本当に大変じゃ。その日、来るかこんかもしんねえ男を待ってのう。晩から朝方まで、ゴザ一枚で男の下や。布団ねえすけ尻にアザ出来るわい。すけべ共が、情け容赦なく力出すすけ、骨に堪えるわ。


 女 「さあ、アテん小屋や。泊まりん人は、あんまねえけんどな。ゆっくりしてってけれ。お茶も出せんけんど、楽にのう」

 オラ「雨漏れがあれば、どっか直すぞい。大丈夫け?」

 女 「なんとかしのいどる。あの、ええ布団もねえけんどな」

 オラ「なあに、オラは貧乏知っとる、ぜんぜんかまわねえて。それよか、もっと出すすけ、餅でも食って力出してな」

 女 「なんか、すまんのう。せんべえ布団やから、アテが上んなる。そんでねえと男 は勢いで膝が痛くなんでよ。あんさん横んなってけろ、アテが精一杯に腰振るわ。アテ、あんさんのやる言う置屋さ行く、置いてけろな」

 オラ「ああ、約束すんで……」


 オラは必ずや、ええ置屋をやる。

 女衆のための、本当の極楽を作るて。こいからの女衒稼業で、女をもっともっと知ってのう。


吉原、女太平洋(六十話)


 男の女に目覚めてから、盛りを向かえ、そんで落ち着くまでは川ん流れに似ちょる。川は初めの一滴から、海へと流れ出す。長い長い旅に出る。しずく、小川、渓流、急流、中流、下流、汽水域、海へとな。そん途中で、池、沼、湖、潟なんかもあるのう。

 女もしかり、女遊びもこれしかりなり。初めは、ちょろちょろ、だんだんとやる気まんまん、盛りは猿並み、じょじょにと落ち着く。男が海へと流れつくまで、さまざまな女とお手合わせとなり申す。小川みてえの女、急流みてえの女、下流みてえの女とな。湖みてえの清らかな女もいれば、沼みてえの女もいる。潟みてえのもいれば、海みてえのもいる。

 男の女体道は海へと流れるんや。そうや、男は小舟かもしんねのう。だども、若いうちに、海みてえの女とお手合わせとなんと、あれがのう…… 

 こん前や、吉原の牛ちゃんに聞いた女や……


 オラ 「おい、牛ちゃん、久しぶりやな」

 牛太郎「てるヤン、しばらくと見んかったども、何してたや?」

 オラ 「実はのう、今年から女衒稼業を始めたて、まだ、見習いだどものう」

 牛太郎「そいはまた、何でだべ?」

 オラ 「いずれは、置屋を開きたいんや。そんための修行じゃて」

 牛太郎「さすがは女好きのてるヤンだんべ、女に囲まれていたいんやな。でも、儲けでのうて、考えがあるんやろ、いろいろとな」

 オラ 「そんで今は、奈落の底知る意味でも、夜鷹通いしとるんや。女衆は、本当は昼に飛びたいんが、ぎょうさんといんでな。オラは、ええ置屋を作ると決めたんや」

 牛太郎「好きこそ物の上手だっぺ。とことんやれやい。じゃあ、今夜は吉原の名物女、教えたる。そいは女太平洋のこつや。まるで海んように、広くて深か女だんべ。溺れてまうで。まあ、抱けばわかんだ、十七軒先の尾張屋にいんど、溺れてこいや」

 オラ 「わかっわい、溺れてくんど、ほい、駄賃や」

 牛太郎「はいや、まいどあり」


 ええと、十七軒目やな、尾張屋ときたな。

 あそこやな、言ってた女太平洋とは、なんぞや、やな予感もすっぞ。まあ、こいも修行や、女かたっぱしから頂戴すんで。


 オラ「お上、吉原名物の女太平洋とやらは、いるかえ?」

 お上「お前、物好きやのう。名物ゆうてもな、みんな後悔して帰ってくぞい」

 オラ「いやいや、オラ目的があるすけ、いろんな女と勝負してんだて」

 お上「ほかや、じゃあ上がれ、奥ん部屋で待っててな」


 なになに、牛ちゃんの言う、広くて深いかや。まさか、糠に釘っちゅこつかいな、そいも吉原一とな。そんだと勝負んなんねかもだども、こちとら女衒見習いの身や、ええ勝負したる。


 ヒロ「ワッチがヒロだす。一時だども、よろしゅうな」

 オラ「ああ、泊まりじゃねえすけ、早速と勝負すんで」

 ヒロ「わざわざ選んでくれたんや、訳聞かせてくれな」

 オラ「さっき、門口で牛太郎から聞いたんや、なんでも女太平洋がいるって」

 ヒロ「そう、ワッチんこつや。良くも悪くも、そげな言われしとるわい。客によっては、広か海で小魚になったようで、気持ちよう泳ぎ回れるってよ。また悪く言う客は、どこを泳いどるかさっぱりとわからず、迷子になっるてな。広くて深いんがワッチん宝やでな。あんさんも、潜ってみればわかる。海ん先の、亜米利加言う異国まで行って、また大和まで帰っとくれな」

 オラ「そげなもん、持ってんかえな。そいじゃ勝負になんねえけんど、ええわ。糠に釘どころじゃねえんだな。オラはシラスんなっても、泳ぎ切る。大海をさ迷っとるうちに、二人して極楽往生しようや」

 ヒロ「あんな、ワッチを往生させんのは大変やで、それも一緒なんてな。おまえさんだけ、往生したれ。ましてシラスじゃのう」

 オラ「そんじゃ、太平洋に潜るでよ。女ん悦び味わわせっからな」

 ヒロ「無理やて、無理や……」


 ヒロさんは、まさに女太平洋でごわした。

 シラスは江戸前ん魚みてえに、近場を行ったり来たりしとるうちに、あげられた。 海ん先の、亜米利加どころじゃねえわい。


品川宿、飯盛女(六十一話)


 飛脚ん仕事で、旅籠の泊まりん客まで、文を届けねばだ。入口んとこで、そん宿の飯盛女が呼び込みやってるのう。中には、力ずくで腕持って、宿に引っ張り込んでんもいる。ああやって、手前ん客んして、宿の案内、飯の上げ膳据え膳だて。そんで、あわよくば床の相手までして銭稼いどる。

 オラはそんな女衆をどけて、届けねばなんねて。なかなか激しく引っ張っとるんもいるぞい。そん中に、仕事で来とるオラにも声掛けてくる飯盛女もいる……


 飯盛女「今日はあんまこと、泊まり客来ないけんな、お前、上がらんか?」

 オラ 「おいおい仕事の身だて、オラん長屋は深川だすけ、何も泊まらんでも」

 飯盛女「旅人になったつもりで泊まれ、アテが飯ん世話や、床ん相手すんで」

 オラ 「あんたらは、旅ん男をしこたま咥えてるやろ、使い込み過ぎやでな」

 飯盛女「そりゃ、飯ん後は風呂で背中流したりして、そん流れで床ん中や。旅ん男はのう、みんな女に飢えてるぞい、飯ん前にのっかってくんのもおる。またの、飯ん間は何とか我慢して、そん後の風呂ん時に暴れんもいるで」

 オラ 「ああ、気持ちはようわかるわい。飯、風呂より、女ってもんやな。旅籠やから、国中の男ども相手しとると、お国によって抱き方違うけ?」

 飯盛女「阿保んだら、男はみんな猪突猛進や。股壊れるぐれえにな。お前、上がるんかや、上がらんかや?」

 オラ 「そやな、荒らされてん土手に、お念仏しよかいのう」

 飯盛女「馬鹿たれ、そいじゃのうて、鍛えられてんアテん土手で極楽いけ。上がれ。飯、風呂抜きで、床枕したるわい」

 オラ 「ほな、上がりますけん」


 品川の宿場は、力も股も強か飯盛女が大勢おる。客あしらいは手慣れたもんでよ。痒いとこ、よう知っておるんやけんな。なんか、勢いに押されて、宿ん中へ入ってしもうたわ。


 飯盛女「お前は旅人じゃねえから、すぐ布団敷く、そんでええな?」

 オラ 「仕事ん帰りだすけ、そうそうに帰るわいな」

 飯盛女「こん野郎、朝までいろ。そん分銭出せば、朝までかけて空っぽにしたる わ。そんで一番鳥が鳴くころ、出がらしの空砲ぶってから帰れ。アテらはのう、国中の男に仕込まれとるんや、半端は許さんでな」

 オラ 「あのう、お手柔らかにお願いしますけん、何とぞ……」

 飯盛女「お前ん玉袋、空っぽんしたる。そんかわりアテに潮吹かせてな」

 オラ 「はあ、なんとかしたいとは、思うけんど、ちと、どうか」

 飯盛女「こらっ、朝んなっても帰さんぞ。ちょん切るぞ」

 オラ 「はいはい、がんばるわーい」


 へとへと、空っぽんなって朝迎えた。

 あん飯盛女は、手前で汚した布団干しに行った。オラまで汚されたんで、長屋に帰ったら、さっそく風呂入んねばだて。

 空っぽんされたんはええが、えろう喰らったわい。


人形町、色こけし(六十二話)


 日本橋人形町は、読んで字の如く人形屋がずらっと並んでおる。仕事で寄ったついでに、めんこい人形を見てから帰っかいな。こん店も、藤娘、五月人形、芸者人形とあらあな。しな作ってて色っぽいのう。

 おやまあ、こいは生き人形かいや、まるで生きてるみてえだて。小娘ん型で、今にも動き出しそうやんけ、こら夜見たら怖いでよ。ああ、あそこん棚には、こけしがぎょうさん並んどる。なかなかに愛嬌があって、見てて面白いのう。

 こけしは、子供んおもちゃにもなるなや。おお、でかいのもあるわい。何も買わんでも、見てるだけや。男暮らしでは、飾ってものう。そうや、長屋のオラの女、キクにあげてもええども、どうすっかな。まあ、いいっか。


 店子「お客さん、こけし好きなんかえ」

 オラ「こけしよか、芸者人形がええて。色っぽくて堪んねえのう」

 店子「そうかえ。人形はぐるっと周ってみるもんやでな。いろんな顔かたち、姿が現れるぞい。まさに化けるんやで」

 オラ「しかし綺麗だのう。オラは女好きだすけ、人形まで好きだて」

 店子「まさか、人形抱く訳にものう。そりゃ、中でも生き人形は男そそるわな。お客さん、家で飾るときはのう、手前のええ角度で置くんやで。たまには、ちょっとずらしたりして、また楽しむんや」

 オラ「そんうち買うわ。今日は仕事で通りかかってよったんや、また来るで」

 店子「ちょっとな、せっかくや、こけしをもっと見てってくれいや。ええこつ教えたる。こけしは、何も見たり飾ったりだけでないで。そいを使ってな、男と女ん睦ごとにも、ちょうどええんやで。お客さん、独り身かえ? ええ女が出来たときん為に、買いなはれ」

 オラ「オラは独り身だも、内縁みてえな女がいるて」

 店子「じゃ、試してみたらええぞい。女は悦ぶんやで」

 オラ「はっ? そいはつまり、観音様にご賞味願うってこつかえ?」

 店子「そん通りやで、観音様が満腹なんとこまで、お供えするんや。大悦びの果て、今度はお前さんに、極楽味わわせるで」

 オラ「何々、こけしは観音様とそんなに仲ええかや。ああ、ええこつ聞かせてもろうたわ。ひとつ買うわいな」

 店子「待ってな、アテの愛用のを見せたるわい」


 ほかや、こけしは色こけしにもなるんやな。

 そうすっと、後家さんなんかは、是非にと欲しいわな。男も、そんこけし様で、女を悦ばすこつ出来るんかいな、よしゃ、キクに試したろ。


 店子「はいな、こいがアテん色こけしや」

 オラ「ありゃ、こりゃ、ずいぶんとまあ、使い込んでなさるのう。黒光りしてますな、こいが御愛用のこけし様でんな」

 店子「うふっ、アテのええ人がわりや。女って我慢出来んよっ」

 オラ「ええもん、見せてもらいやした。でわ、オラ並みのを買いまする」

 店子「使えば使うほど、急所に馴染んでくるわいな」

 オラ「こいがええな。四寸半こけしか、キク好みやでな」

 店子「ありがとごわした。あっ、あのう、実はアテ、こけしとか売っとると、あんこつが……」

 オラ「察しまするわい。男が芸者人形見て、我慢できんようなんのと同じやでな。あんたさんの、大事ん宝もん見せてもろんたんや。オラもお返ししますで」

 店子「お客さん、四寸半こけし、買ってくれたな。アテん好みやで。今、店閉めっから、若さんのこけしで、アテんこつ可愛がってけろっちゃ。アテはのう、四寸半てゆう言葉に弱いんじゃ。火付けおってからに。誰もいねえから、奥に上がってけろ、色こけしでのうて、若さんのこけし欲しい。早よ早よ、アテんにくれんかいな……」


 うん、あん人形屋の店子は、こけしがこけし様に見えるんやな。

 ええこつやで。男も、こけし様と成りにけりや。しかし、四寸半がええとは、自信を持ってええのう。

 帰ったら、今度はキクを悦ばしたろ。


猫ん舌、蛇ん舌、般若ん舌(六十三話)


 遊び女ん中には、下ん口だけでのうて、上ん口で男を極楽送りすんのも多い。そうや。口は話したり、飲み食いのほか、舌っちゅうはらわたがあるわい。中には、恐ろしか舌技持っとんもいるのう。 

 猫ん舌技なんぞは、まだ可愛いもんでよ、まだまだ修行が足らんのう。そこへいくと、蛇ん舌技は男泣かせよのう。あっと言う間に昇天させられてしもう。でもの、もっとえぐいんが、般若ん舌よ。そいを、こいから語らねばなんね。そげな女はの、花の吉原や、夜鷹の巣窟の四ツ谷や隅田川にはいねえ。

 隠密や女忍者や。それらは極道もんの近くにおるんや。悪どもに鍛えに鍛えられとるわ、女も命懸けで技身に付けおる、危なか女でよ。

 当然のこつ、オラん師匠の女衒の土佐兄なんかは、たんと知っておる。手前らでたっぷりと仕込んで、置屋なんぞに売るんが勿体のうて、闇に売るんや。そんで、闇から闇へと売られていって、闇ん中で消えるんや。前に、土佐兄からあてがわれた琉球娘がそいやったわい。流れ流れて江戸まで来て、とっくに心のうなっていたわいな。あっちん方だけは、天下一品。男の極楽送りん凄技たんとあったわい。

 そんまた前には、忍者修行の乞食ん化けた女と対戦したこつある。オラなんぞは、そん女に瞬殺されてもうて、すごすごと退散やでな。

 またのう、江戸ん出て来たばかりや、土佐兄絡みで幸か不幸か女忍者と縁があった。ありがたいこつに、四十八手指南を喰らい、寝込んだこつもある。

 それらん女は別格やでな。手前が闇にいてこそ、喰える女なんや。そう言う女こそ、女体道に欠かせんのや。まして、女観音道にはな。

 師匠の土佐兄が、まだ女買い付けから帰って来んわ。オラだけで、闇ん女と一戦するなんて出来んやろ、前ん三人は土佐兄あってのこと。だども、何かん縁で出会えねえもんかいのう、たまには凄技喰らいてえ。思うに、明るいうちは出て来んやろ、晩方現れ、夜中は男に喰らい付いとるんやろ。でもって、昼まで寝てるってこつかいな。そうすっと、黄昏時がええかもな。こんだ場所はどこかや。隠密なら武家屋敷か、豪商相手じゃ日本橋かいな。女衒なんぞの悪党相手じゃ、どこや、そや土佐兄の現れそうな所やな。宿場だわ。女ん売り買いをようやっとると聞いたこつある。

 どこん宿場や、よしゃ、甲斐や信濃からの女が流れてくる、内藤新宿や。女衒がたんとおるやろ、オラん求めてんのは、女衒が手放さん絶品女や。内藤新宿はそう古くはねえ、字の通り新しく出来た宿場だのう。さあ、行こう……


 オラ「あの、兄さんや、オラはこん内藤新宿初めて来たて、女遊びはどこでっか?」

 小娘「アイは女やでな、間違わんといてな」

 オラ「あっ、失礼申した、では……」

 小娘「いいんや、アイは髪切ってあっから、まるで男んようやでな」

 オラ「女修行しとる身なんのに、あいすまんこってす」

 小娘「聞いて来た女遊びの場はな、あそこん茶屋が入口でよ」

 オラ「なんか娘さんに聞くよなこつじゃねえのう、ありがとな」

 小娘「男は仕様がねえなや、たんと遊んで来なれ、じゃあの」


 いやあ、オラとしたこつが、男と間違えるなんてな。あん娘は男みてえな頭してたのう、何か訳あんのかい。まあええわい。

 茶屋や、あそこが入口んなってて、旅籠、置屋、町屋が並んどるわ。 

 あれっ、さっきん小娘が何かやっとる……


 オラ「娘さん、また会ったの、ここは置屋ん並びだども、何しとる?」

 小娘「本当はのう、アイここに売られて来たんや。遊び女や」

 オラ「まだ若いのに、それはそれは。髪なんで切ったんや?」

 小娘「そいわな、あんまこつ客が付かんようにや」

 オラ「いや、むしろ、ええ恰好した方が、客が付いてええやろて」

 小娘「訳があるんや。アイはのう、置屋いんのは仮ん姿やでな。夜な夜なここではのうて、どっかん屋敷や、悪党の溜まり場で体使うんや。だけん、こん置屋では稼がんでもええんや」

 オラ「だども、男に見えるけんど、買われたら客にのう」

 小娘「こんなに髪無いでな。男は買わんわい。そんでええんや。なあ、アイの秘密教えたるわ、上がらんかえ?」

 オラ「曰く付きやな、ええで」


 なんやら、こいも御縁やのう、そいに、ええ予感がすんど。オラん求めとる女じゃねえかや、お手合わせが楽しみじゃな。久々に、越後の牛突きん出番かいな。


 小娘「さあさあ、おまっとうさん、まずは話ん続きや。ええかや、アイの下ん口は闇ん男らのもんや、置屋ん客でのうてな。つまりのう、ここでは上ん口だけで男どもを極楽送りし、そんで仕舞いや。闇ん男らに言われておるわ、下は与えるなってな、もったいねえってよ。だからのう、上ん口だけで、男を空っぽんするんや、気が済むまでな」

 オラ「相当の舌技あるんやろう、仕込まれとるのう、だども両方やで」

 小娘「兄さんや、わかってくれやい、下はのう、ここでは封印なんや。そんでねえと、悪党どもにやられるぞい。恐い連中ぜよ」

 オラ「あんな、実はオラは女衒見習いや、知り合いもおる、大丈夫やで。女衒どうしは仲ええもんでよ。もめやせんて」

 小娘「だめやってからに、ほな、十八番の猫ん舌から、蛇ん舌までいくでよ。朝まであるんや、すっからかんにしたるで、ええな」

 オラ「後生や、上ん口だけでのうて、頼むわいな」

 小娘「じゃあの、アイの般若ん舌こらえたら、特別にええわ。内緒やでな、まあ、そいよか般若ん舌で成仏でよ」

 オラ「我慢に我慢を重ね、下ん口、向かうわい、女衒見習いん意地があるわい」

 小娘「ほな、猫んなんで、いただきや……」


 猫ん舌、蛇ん舌、そんで般若ん舌、それぞれで極楽送りしてもろうたわ。

 あん娘は、オラが般若ん舌かわせんかったども、思い遂げさせてくれた。内緒ゆうてたな。でも悪党は気付くかもやな、女にたけた連中やで。

 とことん仕込まれておったわ、痛いほど口ん中を打ったわい。

 越後の牛突きは、三擦り半であえなく昇天してもうた。あん小娘が大きな蓮で、オラが虫みてえやったわ。心置きなく、大往生されてもらったて。ああ、大満足。


武蔵府中くらやみ祭り、乱れ牡丹の巻(六十四話)


 あん闇ん小娘に骨抜きにさてれ、ふらふらしながら宿を出た。

 さて、長屋に帰ってから寝るっかなと歩き出したんだども、待てよと足が止まったんや。

 あっ、そうや、今日は五月の五日ではねかて。あん有名な、府中は大國魂神社んくらやみ祭りの日でねえけ。せっかく内藤新宿まで来たんや、こっから甲州街道をたどって八王子宿まで行ってみるべ。道中ん宿場で、女遊びしながらのう。こいも女衒見習いの修行ん旅や。今日は府中宿までとすんと、六里位だけすけ、昼過ぎに出ると晩方には着くのう。

 よしゃ、そうすっべ。くらやみ祭りは無礼講の乱痴気騒ぎゆう話や。己ん刀を磨くに、またとねえ機会よのう。こん日を目指して下町ん男どもも行くってよ。さあ、オラも負けじと向かうべ……


 高井戸宿、布田宿を過ぎて、晩飯前に府中宿さ着いた。ここは旅籠が三十位あって、飯盛り旅籠は八軒、あと茶屋が並んでおるのう。祭礼は書き入れ時、飯盛り女は腰が抜けるまで、喰いまくる気まんまんや。

 田中屋なんぞは、女を十人位抱えていて、一晩中寝ずのかまえやな。二階も座敷の障子、襖をはずして、飯盛り女が来い来いの手招きをしとる。軒下に丸提灯を詰めて並べ、ずらっと火を入れてあるわいのう。

 目的は祭りん最中ん夜や。何も宿ん飯盛り女と遊ばんでもええ。素人や。村ん女衆やでな。より取り見取りなんやけんど、どうすっかな。小娘からアネサ、行かず後家、後家、出戻り、カカ、お上がり、年増、大年増とくらあ。うーん、迷うのう。こちとら大砲ん玉は限りがあるわいのう。連夜の空っぽかいな。

 なになに、日の替わる亥の刻に境内の灯火が消えるって。そればかりか、あたり一面の家々も消して、真っ暗んなるってよ。こりゃ、堪んねえなや。手当たり次第ってこつやな。女ごとに、四十八手ためしたろう。腰がうなるー。

 大太鼓六帳がドンドコと鳴り、神輿渡御の始まりじゃ。白衣装を着た担ぎ手が八基を担ぎ、オイサオイサの掛け声で練り歩いとるわ。大賑わいよ。そいにすけべ男、股ぬれ女が明かりが消える時を待っとるわいのう。ガキから爺まで、こん日が楽しみで待ち遠しくて溜めこんどるんや。オラも御多分に漏れずと言いたいところ、あん小娘にすでに、ほぼ空っぽに。

 とほっ。いやいや、たとえ、ほぼ空っぽでも先走りが…… いざ、亥の刻……


 オラ「おいっ、真っ暗けっけで、ようわかんねけんど、アネサかえ?」

 後家「わたしゃ、今は一人身だて、男日照りが長くてのう、こん日を待ってたわ」

 オラ「ほうかえ、じゃ、アネサでもねえでな、後家さんやな。女も男なしじゃ、疼いて大変やろて、オラはこん祭り初めてでな、遊ばんかえ」

 後家「ワラもええで。若い男の突き喰らってみてえ。なあ、手握ってええか? 昔に浸かりてえんや、あっちん藪さ行こ」

 オラ「うん、暗闇やでな手繋いで引っ張っててくれいや」

 後家「ワラは村ん女や、くらやみ祭りには何度も来とるわい。ええとこあんで。人あんま来ねえけん、ゆっくりしょうな」


 オラは後家さんと遊ぶんは初めやて。カカさんは、前ん旦那ん味とか、忘れてねえべな。いつもは、村ん中じゃ男と遊べねえやろて、そんで無礼講のこん夜ってな。


 後家「さあさあ、ゴザん上やでな、あんま無理せんといてな。なんならの、ワラが上んなろっかや?」

 オラ「いや、乱れ牡丹でいこうて、そいがええ。前ん男んこつ忘れてくんせい」

 後家「おめさん、そげな技もってんかえ、二人して極楽じゃのう。あんな、男日照りが長いんや、初めはゆっくりな、ええな……」

 オラ「わかっとるわい、そんうち火照って来たら、とどめん一撃喰らわしたる」


 あちこちで、いちゃいちゃが始まっておるわい。

 こん夜は無礼講や、男と女の大昔からの儀式やで。誰を抱いてもええ、何人も喰ったり喰われたりしてええ。こん夜で、やや子出来てもええ。誰ん子かわからんでものう。

 祭りや祭りや、男は空っぽんなれ、女は泡んなれ。極楽極楽、極楽祭りや……


武蔵府中くらやみ祭り、抱き地蔵の巻(六十五話)


 さあ、まずは一人喰ったわい、朝まで闇のどんちゃん騒ぎや。ええと、今度はのう、小娘にしたろかいな。尻のプリッとしたんがええ、いねかいなあ、暗くてわからんわ。

 ああ、いたいた、こまいのう、つぶさんようにせんとな……


 オラ「お前さん、男にありついたかえ、女も今夜は楽しまんとのう」

 小娘「まだ、アイを誰も誘ってこんのや。あんたが初や」

 オラ「なあ百姓ん娘かえ、親御さん、よう出してくれたなあ」

 小娘「なあに今夜は特別やよって、大目に見とるんや、どこん家もな。アイんとこなんか、とっちゃんも、にっちゃんも張り切っておるわい」

 オラ「じゃあ、家にはかっちゃんが留守番かえ?」

 小娘「んにゃ、かっちゃんも祭りん渦ん中だ、どこ行ったか見えねえ」

 オラ「そんじゃ、かっちゃんも男に喰らいついとるかもだのう。ほんに、ええ祭りやなあ、関八州一かも知んねのう」

 小娘「うん、あんちゃんや、早いとこアイんこつ、可愛がってけろ。若いから、女もあんこつで頭いっぱいなんや、盛りなんや」

 オラ「そうや、娘盛りは色盛りや、男ん喰い放題やでな。オラん味、たんと味おうてや、男ん味や」


 今夜ん二人目は小娘となりそうろう。お手柔らかにせんとのう、しかし、めんこいのう。生娘と間違いそうやでな。


 オラ「おい、あっちの林ん中さ行こうて」

 小娘「うん、ええよ。あんちゃんに任せるよって、乱暴にせんといてな」

 オラ「ねんごろに、可愛がったるけんな、オラん方こそ、よろしく。ああ、ちょうどええ切り株があるわい、オラが腰掛けるすけ、乗っかってけろ」

 小娘「わかんねえ、どうすんだかのう」

 オラ「抱き地蔵じゃよ。お前ん好きなように動いたらええ」

 小娘「あっ、わかったっちゃ。アイが木をどこまでん登るようにすんのやな」

 オラ「そうや、オラが竹だと思って、またがってのう。極楽まで登る気でのう。そんうちにのう、二人して地蔵さんや。女も早いうちに、この世ん極楽味わうんやで、せっかく生まれて来たんやでな」

 小娘「うん、アイどこまでん登る、極楽いきてえ」

 オラ「さあ、またがってけろ……」


 小娘は、どこまでもどこまでも登る。

 オラんすけべ魂も、つられつられて極楽へと。

 二人は、ひとつの地蔵様と成りにけり。これ、抱き地蔵。


武蔵府中くらやみ祭り、後ろやぐらの巻(六十六話)


 ますます佳境に入って来たわいな。すけべ魂が、炎のように燃えてんのが、ようわかる。オラん四寸半の太刀も、三人目を求めて暴れて止まんわい。

 えっと、今度わっと、誰にすっかいな、あそこに背の高か女が見える。ああ、良い手があるわい。こいだと、外の睦ごとに向いとるわい。土手にゴザじゃ膝痛いし、林ん切り株は、さっきんで尻痛いままだ。ほかん男に持って行かれんうちに、ものにしよっと。


 オラ 「どうだえ、今夜たっぷりと楽しんどるかえ?」

 アネサ「そりゃもう、今度はあんたで四人目や」

 オラ 「ああそう、オラはアネサで三人目やでな、まあ、朝までには、後二人はのう」

 アネサ「男は、いくら何でも、無尽蔵に出来んけんな、女ん方が得やで」

 オラ 「そりゃそうだ、玉袋が空っぽんなれば、後は空砲で仕舞いや」

 アネサ「なあ、アテん貝が、泡だらけんなってんやけんど、ええんかい」

 オラ 「そん方がええ、ホタテと同じで、よう煮て味が染み込んでんがええ」

 アネサ「野郎ども三人分の味まで付いとるのにな。兄さんも好き者やのう。ほな、向こうの林や。男と女の極楽ん地や。みんな励んどるぞい」

 オラ 「そうやなあ、林ん限るのう。オラも立て続けやでな。アネサは背が高いすけ、木にしがみ付いてけろ」

 アネサ「兄さんや、よう知っとるなや、アテもそいがええわい。後ろやぐら。アテ見たいに背の高か女に持ってこいや。あ、でも、前ん三人のがよけい垂れる、ええんかえ?」

 オラ 「まあ仕様がねえ、そいは。男を悦ばしたあかしでねえの。どこん誰かわかんねえけんど、穴兄弟や。そいよりも、アネサや、朝まで何人喰う気かえ?」

 アネサ「一番鶏が鳴くまでにのう、そうさな、八人位は頂きや。まあ、こいも男次第や。もっともっと来たら、ますますええ。こん夜は、村ん女に取っての年に一度ぽっきりん貝祭りや。男どもと違って、遊べんのや。その点、本当にええのう、羨ましいわい」

 

 まさに、そん通りやで。女の堪りに堪ったすけべ魂が、こん夜に爆発すんのやなあ。思いっきり暴れてくらんさい、男んのが折れるかと思わんばかりにのう。


 アネサ「さあ兄さん、後ろやぐら、決めてくれやい」

 オラ 「ちょっと待った。アネサ背が高いでよ、届かんでよ。今、何か探してくんでよ、待っててな」

 アネサ「早よしねえと、ほかん男んとこ行くでな、早よしっ」

 オラ 「わかってま、待っときな。ったくもう、高過ぎやで」


 ええっと、何かねえかや。暗くて探せんわ。さあ、弱ったわい。見つかんねえ。貝に逃げられてもう。あっそうか、あれがある。こういう時は智慧が働くのう。


 オラ 「アネサ、踏み台みてえんのなかったて」

 アネサ「じゃ、帰るわい。ほかん男にするっぞ」

 オラ 「いやいや、オラが穴掘るすけ、そんで丁度良くなるって、待ってな。ほら、もちっとのう、……ほらほら、こんだけ掘れば今度はええ。アネサ、待たせたのう、そん分、何度も往生させたるで」

 アネサ「おいおい、待たせ過ぎやで、アテん貝まで冷めたわいな。兄さんや、勢いある熱かもん、はじいてくれいや」

 オラ 「ああ、オラん青龍刀で、よかとこ送ったるわい。実はのう、女百人斬りん途中なんや、なんだかんだでアネサでのう六十六……」  

 アネサ「いいから、早よ……」


 ふうっ、背の高過ぎる女との、後ろやぐらはのう。

 まあ、あんアネサは、オラん刀で大悦びしてたわい。

 オラは女衒見習いや、女を必ず極楽送りすんのや。こいも、くらやみ祭りでの修行でよ。いけいけどんどん、朝まで、あと何人かいのう。


武蔵府中くらやみ祭り、松葉崩しの巻(六十七話)


 今、何時だえ、亥の刻から日が変わって、またたつのう。草木も眠る丑三つ時、化け者が出る時分でねかや。オラん江戸市中では、四ツ谷、隅田川ぞいには売れ残った夜鷹がよろよろしとる。そいも、五十路、六十路の凄か女が網を張っとる時ぞ。もちろんのこつ、網に巻き巻かれて泥田で極楽、そいもよしや。

 今は武蔵府中のくらやみ祭りの最中、どげな女が出るかいのう。そこらん林は、男と女の祭りでガサガサゴソゴソやで。ええ声も響いて来よる。きのこ祭り、貝祭りは朝までや。夜風は、生臭かにおいを運んで来るわい。まだまだ、ええ夜は続く……


 オラ「おお、カカさんや目光ってるぞい、男狙ってるのう。次から次へと、男が来るやろて、まだまだやる気まんまんやな」

 カカ「んだども、ワラまだ、極楽連れてってもらってねえんだ。荒くれどもがのっかってくんけど、手前だけで終わりなんや。せっかくの年に一度の貝祭りゆうのにな、物足りんわ」

 オラ「おいおい、いかんでよ、女はきのこ喰い放題ってのによう。オラに任せてんか、必ずや極楽送りしたるで、林さ行こう」

 カカ「ううっ、ええこつ言う。お前さん頼むわな。そんじゃねえと、ワラん祭りんなんねえ」

 オラ「引き受け申した、オラん得意技で二人して極楽やで。ああ、そいはのう、林ん中でのうて、原っぱん方がええて。ちと先やども、多摩川ん土手まで行かんかえ?」

 カカ「んだな、行こう。闇ん中だと、夫婦気取り出来るのう、あんた……」


 多摩川に夜月が映える。カカさんの面も綺麗なんがわかった。旦那が、いるかいねえかなんて聞くんが野暮や。夜祭りん最中やで。

 男も女も、ええ夢見たらええ、カカさんや、任せてくらんしょ……


 オラ「月明かりだのう。川ん向こうは日野、そんで八王子やな。オラは江戸市中からだども、こいから八王子宿まで行って来るんや。ちょうどよく、武蔵府中のくらやみ祭りがあるっけんな」

 カカ「そうかえな、好きに動けてええのう。女は村ん縛られておるわいの。ワラも男に生まれればええかったかもや、気ままに出来るしな」

 オラ「んー、オラはのう、今度は女に生まれてえ、女ん底なし極楽知りてえ。話が艶っぽくなんけどええな。あんな、女ん方が得やで、男ん極楽どころじゃねえ。男ん背中に思いっきり爪立てて、絶叫すんのもおる。また、鯨んように潮吹き果てるんも、知っちょる。男に真似出来んでよ。極楽ん凄さが違うんやで、のう」

 カカ「んだな、得は得かもな。ワラも話してええかえ。ワラに旦那や子、親、居場所なんか、今はどうでもや。あんたと、一夜限りん出会いや。あんたの事も聞かねえ、知らんままがええ」

 オラ「ああ。おい、寒くなって来たわい、横んなんな。睦合いやで」

 カカ「あの、でもの、言いたいこつがあんのやけんどな、実はのう……」

 オラ「ええて、ええてな、今夜は夢ん中や。そうや笑かしたろう。オラん得意技は越後の牛突きでのう、もうがむしゃらに突きまくるんや。情け容赦なしやで、女は続けて極楽さ迷うわな、一番ええ面見せるぞい。そいを、こん土手でやてもうと、壊れてまうから、あれやるで。松葉崩しや。観音様が泣いて悦んで、蛙見てえな声出すぜよ、ググワッてな」

 カカ「ハハハッ、じゃあワラも蛙見てえにしてもらおうかえ」

 オラ「さあ、オラん如意棒はどこまでん伸びるで。ええ夜にしょうな……」


 川沿いは、本当の蛙も、仲良うしてよう鳴いとる。

 カカさんは、松葉崩しを喰らい、こいまた蛙鳴きを繰り返したのう。そんで、川向こうの日野宿まで届くかの、黄色い声張り上げ果てた。

 カカさんも、こいで、ええ祭りんなったわい。


武蔵府中くらやみ祭り、仏壇返しの巻(六十八話)


 武蔵府中のくらやみ祭り、いにしえからの祭りよのう。もっと大昔、男と女がオスとメスん頃は、そらもう四六時中、無礼講みたいんもんやろ。時代が下るほどに、夜ん無礼講は減ってたんや。悲しいこつよのう。年に一度ん無礼講、男も女も太古の血が沸き立ち、互いにむさぼるんやろて。ええこつや。そいでこそ、人というもんでよ。みんな狂ったれや。

 まてまて、思いにふけっとる場合では、まだねえわ。男と女、老いも若きも、いけいけどんどん、ずこずこどんどんや。四人たいらげたども、まだ打ち足らんわいな、あと一人やな。

 さっきん女は、丑三つ時に会ったわりには、ええ女やったわ。こいから宿に帰っても、こん日とばかりにと飯盛り女が襲って来んのやろ。何も、泡だらけん飯盛り女に喰われるこつもねえ。百姓ん女がええ。最後ん一発や、もう何でもええ、くらやみ祭りの打ち止めや。

 あれっ、藪んとこで、頬っ被りした女がしゃがんでるのう。丑三つ時には、凄か女が出て来るもんやけんど、さて今度は……


 オラ「はげんどるかえ、朝はまだ来んわな、どや、オラと。なあ、暗くてよう見えんわ、頬っ被り取ってくれて。齢ん頃も、女ん匂いも、ようわからんわ」

 年増「面見んでけろ、わだじゃは大年増じゃねえど、まだ年増じゃ」

 オラ「ああ大丈夫だて、オラは年増好きだすけ、何も気にせんでええ。いくらなんでも大年増はいけんけんど、年増はええ」

 年増「そうかえ、六十路ん年増やよ。でも、あっちんは小娘でよ」

 オラ「何よりやんけ。藪ん奥さ行こう。オラはカカさんで打ち止めや。五人目やから、空砲になっかもだども、ええわい」

 年増「あの、まだのう、男が付かんのや。丑三つ時んなてもうたわ。年に一じゃ、こん一年男日照りじゃた、我慢できねえ。わたじゃで、ええんけ? 男欲しいわな」

 オラ「カカさんも、若いころは、こん祭りん夜は羽目外したんやろて。年増んなっても、女は盛んで大いに結構やんけ、遊んだれ」

 年増「藪に入ろうて。しこたま男くれて」


 老いてますます盛りなり、これ人ん性なり。年増んなれば、男ん若汁欲しがるんも、これ道理なり。まるで、爺が小娘にしがみ付くんと同じとなり申す。


 オラ「ここらでええな、ゴザもねえすけ、仏壇返しで決めたるわな」

 年増「ああ、面見られねえから、そんでええよ」

 オラ「頬っ被りは取ってくんねんだな、仕様がねえけんど、ええか」

 年増「さあ若や、六十路ん女に、ありがた棒かねる事のお助け棒くれいや」

 オラ「長いのう。そんなに欲しいかや、じゃ、本当のこつ言ってけろ」

 年増「わたじゃ、まだ六十路言うたやろ、大年増じゃねえで」

 オラ「本当のこつ言わねと、ありがた棒かねる事のお助け棒やらんぞ」

 年増「欲しか欲しか、若、実はのう……」

 オラ「わかった、最後まで言わんといてな、言わんでええ。カカさんは、まだ六十路ん年増じゃ、そいに決まっておるわいなあ。祭りや祭りや、カカさん、出がらし空砲でもええな?」

 年増「若、何でんええ、ありがたやありがたや……」


 明け方近くに、宿に戻って来たわい。

 ぎらついた飯盛り女が、部屋に押しかけこねように鍵して寝た。オラは、連戦で抜け殻みてえにな。

 ふっー、くらやみ祭りで女ん性を教わった。


八王子宿、姉妹遊女 姉(六十九話)


 寝ぼけまなこで朝向かえ、遅くなった朝飯を済ませ宿を出た。

 いやー、武蔵府中のくらやみ祭り、行けてえかったわい。後家、カカ、小娘、アネサ、そんで大年増んような年増とくらあ。みんなみんな、ええ味しとったわ。女百人斬りのはかがいったのう。さて、次は八王子宿を目指すべな。

 おお、あすこに多摩川が見えよる。柴崎村んとこから、日野の渡しが出ておるな、今晩は八王子宿で沈没すんで。女との戦にそなえて、川魚たんと味わって精付けんとのう。

 八王子宿は街道筋で、でけえ宿場やゆうて、旅籠は四十位、飯盛り旅籠が十二軒とのこつ。徳川ん世になってから千人同心が置かれ、形作られた宿場やと。そんで、甲斐への守りの地でもあり、入り鉄砲に出女を取り締まっておる。こいは平たく言うと、鉄砲とは男ん大砲、出女とは遊女んこつや。国に居られんようになった男と女が、他国へ逃げたり、入って来んようにのう。だども、様々ん訳があるわいのう。致し方なしも、大いにありやで。

 オラん落ち着いた宿は、柳ケ瀬屋ゆう大きな飯盛り旅籠やった。通い客だらけだども、気に入った女と朝寝すんは、贅沢ん気になんな。そんでのう、甲斐からの姉妹遊女に会ったんや……


 オラ「甲州街道の宿は、どこも埃臭かのう」

 姉 「しかたねえずら、奥はウラん国の甲斐や、向こうはもっと汚いで」

 オラ「よう武蔵ん国に、こん多摩に出て来たのう」

 姉 「ウラだけでのうて、妹も一緒だ。年季明けまで辛抱してるんし」

 オラ「うん、売られたんやな。親の借金返すまで、ここで男相手やな」

 姉 「こん柳ケ瀬屋は、そういう女たんと居るずら。娘から年増まで選べるわ」

 オラ「さっき言ってた妹も、ここけ?」

 姉 「いや、あん子は違ごう宿で、なんとかやっておるって。こいもみんな、親ん為だんべ。親んせいなんかではねえし」

 オラ「気丈でええわい。年季明けまで気張るんやで、また、ええこつもあるわいな」

 姉 「なあ、ウラと遊んだ後、妹んこつも可愛がってくりょう。こいは二人んとって戦だし。とと、かかん為に稼いで、早う帰えんべ。あん子はのう、丈夫でねえし、客もあんま付かんて。そん分、ウラが体張っておる。そんで、ええ思った客をまわすんだんべ」

 オラ「オラまだ、お前に肌触れてねえのに、わかるんやな」

 姉 「おまえん面に書いてあるずら。本当の女好きは、女に優しいんだんべ。ええこつ教えたるずら。ウラみてん遊女はのう、男を一瞬にして見抜くんで。なんたってもう、体は男ん物やし、好きにされとるうちに目が肥えるで。男はのう、狂いまくっとる時に素が出るずら。でもって、果てた後、みんなみんな観音面なるよって。妹もやんわりとたのむでし。そん前に、おまんの観音面、しかと見せてな」

 オラ「何っ、男ん観音面かえな、オラいままで女ん観音面は一番だと思ってきた。ほかや。男もええ面んなんのやな。手前じゃわかんねえすけ、見ててけろ」

 姉 「んだな、だどもウラまで一緒に極楽やったら、目閉じてまうわな。なあ、銭もっと出して、朝まで泊まっていかんかえ? 何度もええし。そいだったら、おまんの観音面見れるずら」

 オラ「でも、毎度一緒だと、お前も目閉じるやろて」

 姉 「そんうち、一度は我慢してこらえる。見たるは、おまんの観音面を。どーすんで、こっちぃこう、いいさよぉ、やれし」

 オラ「じゃ、朝までに頼むぞえ、いざ……」


 女との朝寝を楽しんだわ。

 でもって、朝酒、朝風呂に長々と浸かってて、うとうとし出した。あん女は、どっかん客の布団へと消えてった。オラん面んこつ聞けもうせんどしたわ、まあ、ええか。ああ、今度は、妹やな……


八王子宿、姉妹遊女 妹(七十話)


 あと、八王子宿で一泊すんべ、あん姉妹遊女の妹と遊ばんとのう。ほかほか、男ん観音面も女にとっては、ええもんかいな。オラは、極楽いっとる時に、どげな面してんやろな、妹に教えてもらおっと。

 姉の言うてた妹んいる飯盛り旅籠は、信濃屋だそんだ。飯盛り女が五人おるそうで、そん中で一番に若いとのこつ。体があんま丈夫でねえんで、荒くれ男に喰らうと、へたってしまうんやと。

 街道沿いは、何者がやって来るかわかんねえ、受け止める女衆は大変や。なかには旅の恥は掻き捨てで、女を滅茶苦茶んして観音壊しやんのもおる。観音様を壊したらいかんぜよ。男を極楽に連れてってくれるんやから。愛でて、可愛がり、お邪魔をし、喰ったつもりが喰われ、極楽のち抜け殻や。

 男は女に空っぽんされ、虚ろん目になるぐれえがええ、これ男冥利に尽きる。さて、甲斐からの妹ん宿さ向かうべ……


 オラ「お上、柳ケ瀬屋の甲斐女から聞いて来たんや、そん女ん妹いるかえ?」

 お上「ああ、おるで。ちょんの間にするかや、泊まりか、どうすんや?」

 オラ「そりゃ、朝までや。姉から聞いておるわ、妹をよろしゅうってな」

 お上「あんま、無理せんといてや。体が丈夫でねえでな」

 オラ「そいも聞いちょる、暴れはせんてな、わかっとるわい」

 お上「ならええでな、二階の菊の間で待っときなはれ」


 となると、姉の後は妹と極楽布団やな。朝までなんやけんど、妹ん体に悪いすけ、オラが極楽いったら寝かしたろ。前ん宿で、姉と朝まで遊んだすけ、そんでええ。


 妹 「おまっとうさんや、兄さん、ウラん姉絡みだんべ。姉はな、いっつもそうやって、ええ男を回してくれるんし。兄さん、優しそうだなや。男は優しいんが一番やで」

 オラ「あのう、実はただの、ど助平なんやけんど。お恥ずかしいこつに」

 妹 「そん恥ずかしい気が、大事ずらよ。優しいあかしやでな。まあええし、朝までウラを好きにしてええずら」

 オラ「いや、そそくさしてから、オラすぐ寝るすけ、そっちも寝てくらんしょ」

 妹 「気使ってくれてんのやな。兄さん、ありがとごいす。だけんど、ウラにも欲あるわい、女ん欲だし」

 オラ「じゃあこうすんは、姉さんから聞いたけんど、男ん観音面こつや。あのオラが極楽いってる時の面、どげな面しとるか、教えてくりょ。姉さんに聞けず仕舞いやったんや、なんか気になってのう」

 妹 「わかったで、じゃあウラが、兄さんの観音面を絵に描いてやるずら。ウラ、絵描くん好きやで。どげな面になってんかは、後ん楽しみや」

 オラ「ほう、そうかえ。オラは絵見るんは好きでのう、写楽何枚か持っておる。なかでも喜多川歌麿ん美人画がええのう。やる気が出るでよ」

 妹 「男はやる気、またやる気、またまたやる気で女を求めるし。そんで極楽大往生するんだんべ。兄さんの観音面、ウラが描くわいの。さあ、まかせてんか。そん観音面見てから、ウラも極楽いくって」

 オラ「今夜は一度こっきりやで、のがさんといてな」

 妹 「まかせてな、兄さん……」


 朝、あん妹も姉同然、どっかん客ん元へと。

 オラは欲を抑え単発のみで、すぐ寝た。あん妹は、オラが極楽いった後で、ふるえながら極楽さ迷ってた。ずらしてくれたんやのう。いじらしいわ。枕元には、描いてくれよった絵が残っとるわい。

 おー、こいまた、案山子にへのへのもへ字でねえの。笑っとるな。こいだと、雀も安心して稲に集まってくるわい。オラこんな観音面しとるんかいのう、女のみぞ知るってか。

 さてさて、こいにて、八王子宿は仕舞いじゃて。江戸ん長屋さ、帰るぞい。


布田宿、マグロ女(七十一話)


 日野の渡し場で腹入れた、なまずに大当たりし、へたる。

 朝、宿を出てオラん深川まで晩には着くを思いきや、そうはいかず。吐くは下すわで、昼飯の深大寺のそばも、みんな出してもうた。なまずは、そもそも好きでもねえんだども、せっかくの多摩川だすけ食べたんや。なまず臭さが半端じゃなかったのう、もう二度と御免や。

 そんなこんなで、府中宿は何とか過ぎ、次の布田宿で泊まる羽目に。こん布田宿は殺風景よのう、旅籠が数件やな、まあ仕様がねえ。飯盛り旅籠なんかねえ、まじめ旅籠や。そんでええ、今夜は養生しようて。


 オラ「お上、今晩泊まりや、たのめるかえ?」

 お上「空いてるぞえ、上がっとくれ、あれっ、顔色悪いのう、どうしたん?」

 オラ「八王子宿からの帰りなんやけどな、日野でのう、なまずにあたったんや。そんで、江戸まで今日中に着かんようになってのう」

 お上「そんじゃ、ここで泊まってって、明日向かったらええ、ささっ、どうぞ」

 オラ「世話んなるて。晩飯はいらん、すぐ布団敷いてくれて、寝る」

 お上「うちはがら空きや、じゃ、二階の奥ん部屋でゆっくりしてのう」

 オラ「うん……」


 こうも腹ん具合が悪いと、何かバチが当たったんやろか。武蔵府中のくらやみ祭りでは、女五人を極楽送りしてやったしな。八王子宿では、甲斐からん姉妹を昇天させたんによう。渋り腹で、厠に入ったり出たりや、寝れんのう。

 ……ん、何や?


 お上「お客さん、腹は大丈夫かえ?」

 オラ「だいぶ良くなったども、今晩はよう寝れんかもしんね」

 お上「しょげてねえで、女つけっかや。また遊んだ方が、寝れるやろうて」

 オラ「ん、オラは女と言う言葉に弱い、どげな女がおるんや?」

 お上「うちの下働きの女でのう、面も愛想もようねえけんど、乳だけはええ」

 オラ「何っ、オラは乳と言う言葉に大いに弱か。男悦ばせやわ肉は、大好きじゃ。お上、電光石火で、すぐ呼んでけろ」

 お上「だども、魚でのうて、喰えねえマグロ女やで、ええんやな?」

 オラ「マグロ女ん悦ばせ方は知っとるわい。なんちゃない」

 お上「ほな、呼びますわ……」


 なまずの仇を、マグロで討つってか。マグロ女はのう、ある所をこちょこちょすんと、笑い出すんや。そんでのう、とたんにやる気まんまんになって、本当のマグロみてえになるぜよ。オラの秘儀で、大トロにしたろう。ええ女んなんには、紙一重よ。


 下女「お上さんからや、寝れるまで添い寝したるわ」

 オラ「ああ、悪いのう。事がすんだら、戻ってな」

 下女「アテはお客さんの世話すんが仕事や。アテが寝かしたる。なあ、アテん大福餅たんと食べや。そんうち、手が疲れて寝てまうわ。あっちんは、欲しければ好きにしてんか。その方が寝れるか」

 オラ「あの、もしや女ん悦び知らんと違うけ? 大損やで」

 下女「うんだな、よう知らね。アテん取柄は乳だけじゃい。悲しいのう」

 オラ「オラに任せんかい、女の三番目ん穴くすぐると、体がくねり出すでよ。そうすっと今度は、一番目が名乗りを上げるでよ」

 下女「そら、どこだろか?」

 オラ「へそん穴じゃよ。さあ、オラがこちょこちょするよってな、横んなってな」

 下女「うん、アテも女ん悦び知りてえ、たのむわい……」


 まあまあ、悦んでおったわ。

 いくら、マグロ女と言っても、手がねえという訳でもねえ。へそん穴や。そんで徐々にのう、体中にしびれが入ってくるわい。マグロ女も、いつしかトビウオ女となりにけりや。


闇の朝鮮女(七十二話)


 土佐兄が、女の買い付けからやっと帰って来た。ようやくに、オラの女衒修行が始まるのう。お待たせや。ゆくゆくはの、ええ置屋をやんための、ありがたいかつ、大真面目な修行ぞ。苦海の女衆に、楽に働ける場を作るんや。


 オラ 「土佐兄、急にどこんに行ったんだて、オラにも言わんで」

 土佐兄「オレら女衒は風やきいのう、現れては消える雲、また砂ともなるがぜよ。待たせたのう、今度おまんを女買い付けの場に連れてくぜよ。やり取りをよう見るんやで、女の値の付け方、買い方売り方をな。そいには、女を一人でもたんと多く、身も心も知らねばやきな。おまん、例の女百人斬りは、どこまでいっちゅうや?」

 オラ 「こん前、多摩でまとめてやったんで、七十一でやす」

 土佐兄「おいおい、何をやっちゅうに、早よこなさんかい。そんなんじゃ、勝負ならんきいな。よしゃ、また闇の女を抱かせたるき。そん女はな、表向きはお偉い方や金持ちにあてがい、そんで儲けているんやけどな。裏では、オラら女衒仲間でまわして遊ぶ女ぜよ。極上の女やき。朝鮮女や」

 オラ 「江戸で唐ん女も珍しいども、朝鮮ん女も、こいも珍しいですのう。オラは横浜で、唐娘二人と遊んだこつあるけんど」

 土佐兄「たんと励めいや、そんうちにのう、露助ん女も抱かせたるきいな。オレらはのう、しこたまええ女を抱けるがぜよ。役得やき。おまんの、稼業の前祝いや、あん町屋で晩に待っときや」

 オラ 「またまた、重ね重ね、かたじけなえこつでやんす……」


 ほう、今度は朝鮮ん女を抱かせてくれるんかえ。いくら修行とはいえ、気持ちええ修行やのう。闇ん世界には、闇ん女がおる。そん中にいたてばこそや、刀に磨きがかかるわい。


 オラ 「おお、来たかえな、話ん通りや。朝までたのむで」

 朝鮮女「よしなにのう、アテは大和ん男んもんや。たっぷりと仕込んでもろうとります」

 オラ 「ほか、せっかくやから、朝鮮ん女は珍しいすけ、いきさつ聞かせてくりょ」

 朝鮮女「聞きたいかえ。そん前にお願いや、朝までに何度もええ思いさせてんな」

 オラ 「もちろんや、こん大和魂でもって観音壊し、いやもとい、極楽送りしたる」

 朝鮮女「国でのう、人さらいにあったんや。釜山から漁船の底に詰め込まれた。そんで、対馬に着き、今度は博多や。女衒連中に、骨の髄まで仕込まれたわ。後は転がされ大阪、でもって今は江戸。東に来るほど、高く売れるんやて」

 オラ 「聞くに不憫よのう。まあこいも定めと思い。開き直ってのう。こうなったら、一度でも多く、女ん極楽に浸かったやどんや?」

 朝鮮女「心得ておるわいな、大和になんか行けねんやども、今こうしておる。アテんとって、異国を見ておる、大和ん男の良さや悪さを知っておる。朝鮮も大和ん男も、みんな女が大好きじゃでな。すけべ魂は一緒や」

 オラ 「でも、何か違いはねえろか?」

 朝鮮女「大和ん男は荒いのう。壊れてもうかと、挑んできよる。そんで鉄砲の数が多い、一晩で五、六発は当たり前や」

 オラ 「聞くところによんと、唐ん男は二桁ゆうから、じゃそん次やのう。オラん自慢はのう、牛突きと、玉飛ばしや、二尺は飛ぶぜよ。こんなこつもあったぜよ、もっと若い頃な、恥ずかしながらの話や。血気盛ん、手前の面まで飛んで来て、よけきれなかったこつある」

 朝鮮女「がははははっ、女に飢えてた頃ん話やな。アテも勢いがあんのが好きや。アテら闇ん女はのう、飛んで来んのを、空中で受け止めるんもいるぞえ。さあ、アテにぶちかましてんか、あんたの男汁ほしか。なんもかも忘れさせてんか、朝鮮で嫁んなって、幸せんなった夢見させてんか」

 オラ 「おう、いやなこつなんか吹っ飛ばせ、オラが鉄砲ぶったる」

 朝鮮女「あんた、あんたに、アテん国で会いたかった……」


 朝んなんまで、可愛がってやった。

 あん女は、気持ちいいニダ、あたるニダ、いくニダなんて言ってたわ。

 唐ん男並みに励むつもりが、二桁には届かず仕舞い。まだまだ、修行がたらんわいな。


土佐兄と、穴兄弟の契り(七十三話)


 女ん売り買いで、一番しやすいんは置屋から置屋への移し替えだそんだ。なにも年増んなんまで、同じ置屋にいるわけでもねえ。何か訳あって、よそ行ったり、また戻ったりもする。吉原なんぞは、やり取りで大金が動く。その点、下町の置屋は安か銭で動く。もっとは、場末の摩窟なんかは、材木の売り買いみてえなもんやと。土佐兄は、そんな置屋へオラを連れて行った……


 土佐兄「ええか、女衒はのう、女をなるだけ安く買い、高く売り付けて利ざやを稼ぐんやき。買う時は、なんだかんだ難癖を付け買い叩き、値切るんや。でもって、売る時は褒め言葉を付け、高下駄を履かせて売る。女ん値段は、手前で抱いて見て決めるんやき。面は見ての通り、器量はすぐわかる。大事なんは中身やき。見た目はさっぱりでも、着物ん下は宝やったりすんが五万とおる。抱かねばわかんねえぜよ。己の刀で値を付けるんや」

 オラ 「女の身も心もよう知らねばなんねとは、こいですのう」

 土佐兄「おまんは、まず、女百人斬りを早うこなせ。一日も早うな。女に飢えとるようじゃ、値付けんのに、ぽっぽしていかんきな。こいは真剣勝負なんや、玉袋ん中、空っぽんして駆け引きやんのや。まあ今にわかる。オレも前の夜には、タキとかに空にされてから向かうがぜよ。ええか、一滴も残らずな。目が曇る元ぜよ、ええな」

 オラ 「わかりやした、オラは長屋のキクに、空っぽにされてからだのう」

 土佐兄「そうや、で女の見方はな、女を六等分に分けるんや。上の上、上の下、中の上、中の下、下の上、下の下ってな。まあ、下町の置屋は、中の下や、下の上が多い。値が付けやすいきな。おまんの仕事始めや、手前で抱いて見て、そんで値付けや」

 オラ 「あのう、オラだけだと値の付けようがねえ、どげなふうに?」

 土佐兄「そんうちにわかる、まずは、女を六等分に分けな、後で聞かせな。オレが先に味見やっから、そん後で、おまんも味見やるんや」

 オラ「そうすっと、土佐兄とオラは穴兄弟ってこつになり申す」

 土佐兄「そうや、江戸の女衒はみな穴兄弟みたいなもんやき、仲ええで」

 オラ「じゃあ、ありがたか汚れまみれになって、六等分に分けやす」

 土佐兄「今夜、木場の吉本屋に行け。そこのネネゆう女をオレの後に抱け。近場の置屋に移りたいんやと、一発で値付けや。そいに迷ったら、わかるまで抱きまくれ、じゃ、ええな」


 ほかや、女を六等分にすんのやな、土佐兄と味方が違ったらどないしよう。まさに真剣勝負やな、手前の欲だけでのうて、稼業ともなればのう。いままでは、オラの刀の暴れるに任せてたども、こいからは違う。土佐兄の言う、一本気で抱くんやなあ。値付けんのに迷いは禁物や。ようわかった。こいから、ネネゆう女を一刀だしたるわい……


 オラ「お上、置屋を移りてえてた、ネネをたのむ」

 お上「待ってたよ、さっきまで土佐親分に値付けてもらってたんや。あんたが、今度から弟子やて。あん子をなるだけ高く買ってな。ええもん持っとるで、抱けばわかるしな、二階の角部屋におるでな」

 オラ「こいは、遊びじゃなか、真剣勝負させてもらいま」


 さても、初仕事や。面や器量でのうて、物の良し悪し、抱き心地、床技などでかや。女ん体を六等分に分けるやて、こりゃ難しいんと違うけ。んっ?

 わかるんかいな、わからんだろう、女衒の生業も大変やのう。こうなったら、オラがマグロ男になって、あれこれやってもらおうか。


 ネネ「おや、若いのう、今度はアンさんが、ワッチに値付けてくれるんかえ。さっきまで土佐親分の技喰らいくたくたやけんど、たんと吟味してな」

 オラ「あのう、こいが初仕事で、ようわからん。試すにも技あんまねえ。オラがマグロんなるすけ、ネネの技を全部出してくれて」

 ネネ「いや、そうじゃのうて、客で来たつもりで、がむしゃらにしがみ付いたらええ」

 オラ「いやいや、こいは仕事なんや。手前で極楽という訳にいかんてな。困ったのう。じゃあのう、ネネの得意技やってくれて、六等分に分けっから」

 ネネ「そうでのうて、ええから思いっ切り抱かんか、後でわかるんや。アンさんが極楽いっとる時にな、観音様が教えてくれるんやで」

 オラ「ほかほか、では、土佐兄の後のすけべ沼に、あっ、こいは失敬、いくでよ」

 ネネ「ええんや、すけべ沼で小判見つけておくれ、高くたのむでな」

 オラ「観音様次第や、わかるまで抱きまくったるわい」

 ネネ「そんでええんじゃー。抱けー」


 女を六等分に分けて、そんで値付けるなんか、本当に難しか。

 そいに、体だけでのうて、女のすけべ心も大事じゃ。

 あん女は、すけべ心は良し、よって大目に見てやろう。土佐兄には、中の上と伝えようっと。


土佐兄のしごき(七十四話)


 こん前の、ネネ言うた女の良し悪し、土佐兄に伝えなばなんね。六等分で付けれ言うたども、オラの初仕事だし当たってんやろか。甘い評価で、中の上としたんだども、甘すぎたかや。さても、土佐兄はあん女にどう付けたんやろう。遊女を六等分に分けるんは、本当に難しいでよ。

 オラの付け値、ネネは中の上、さて土佐兄の見方はいかに……


 土佐兄「てる吉、あのネネの味、おまんはどう見る?」

 オラ 「そうですな、壺は使い込み過ぎなれど、餅肌なり、技は少々あり。面、器量は致し方なし、なれど、すけべ心や良し、思うに……」

 土佐兄「何を言っちゅうや、一番の目の付け所はどこかいや?」

 オラ 「そりゃ、商売道具の壺ですわな」

 土佐秋「うん、そいじゃ。男は壺目当てに行くんじゃきな、そいが肝心ぜよ。一番は壺の味、後は二の矢、三の矢での、付けたしなんやきな。そりゃ、女のすけべ心も大事やけんど、後々のことやき。おまんの刀に正直にな、壺の良し悪し、そいが十中八九や。下町の遊女はのう、あっちん美人が売れるんや、吉原と違うきな。ええか、場所場所で女の価値が変わるんやきのう、こいが大事や。つまり吉原じゃ面美人、あっちんは、まあまあでもよか。下町じゃ観音美人、あっちんがすべてじゃきな」

 オラ 「へえ、教わりますのう。情けは禁物でんな、オラは甘かったでやす」

 土佐兄「よって、おまんは、六等分に出来たんかえ?」

 オラ 「あのう、中の上では」

 土佐兄「オレの見立てと違うきな、あん女は上の下や。ええもん持っちょる」

 オラ 「はっ、そうでっか。オラん思ってたんより、ええですかいのう」

 土佐兄「まあ、こういうことや。おまんはお茶でいう二番煎じを飲んだんじゃき。オレの後でな。土佐男の荒らした後をな、こいは仕方がねえ。次からは、おまんが先に味見すんやで、オレが二番煎じを吟味すっきな」

 オラ 「先と後ん問題でんな、わかりやした、今度は先に味見しやす」

 土佐兄「じゃ、試し斬りの二人目や、いつもの町屋にヤスと言う女を送るき。こいも、置屋替えの女や、値付けてみい」

 オラ 「壺が命で、まいりやす」


 なんだよ、もっと甘くすれば良かったんかいや。たしかに、土佐兄の荒らした後では、正しいことなんざ、わかんねえなや。算盤で、こちとら一生懸命に計算してても、急にご破算に願いますやな。よし、今度は先に味見して、六等分にな……


 オラ「お前さんが、ヤスさんやな、置屋ん鞍替えやな、任せときな」

 ヤス「うん、仲間と喧嘩してな、置屋居づらくなったんや」

 オラ「そんなら、よそん岡場所がええろか、吉原はどげな?」

 ヤス「アテは吉原なんぞ無理や。あこは江戸ん花、別格やでな」

 オラ「あれや、下町ん置屋こそ江戸んひまわりや。庶民の身の丈極楽や。オラはまだ、女衒駆け出しでのう、もっぱら下町の置屋替えやっとる」

 ヤス「アテら遊女はな、置屋を替わるたんびに値が下がるん、悲しい話や。せめてのう、次ん置屋に高く買ってもらわんとな。なあ、あんた、少しでも高く値付けてんかい、後生やで」

 オラ「あのう、オラん後に、手練手管の真打が出てくるすけ、オラはさわりや」

 ヤス「わかっちょる。あんた、まだ使い走りやな、値なんか付けれんわな」

 オラ「確かにのう、まあ、女を六等分にと、そこまで言われとるんじゃ」

 ヤス「ほな、当てにはせんわ、遊んで帰んな」

 オラ「そうもいかんのじゃ、親方にやられてまうわ。真剣勝負じゃでな」

 ヤス「じゃのう、アテを寸止めにさせてみい、極楽ん手前でのう。女はな、極楽ん手前で何度も何度も止められると、閻魔ん面になるで。極楽大往生を妨げられると、夜叉ん面にもなるでよ。でもって、じらされた挙句にガン突き喰らってのう、とどめん一撃で昇天や」

 オラ「女衒見習いの意地で、寸止め地獄でじらしたるわい。でもって、最後は共に大往生遂げような」

 ヤス「ああ、アテん値なんか、どうでもええ、来いやー」


 値の付け方が、ますますと、わからなくなりもうそう。

 土佐兄には、どう答えよう、中のやや上とでも言おうかいな。

 つまるところ、女の欲の怖さも知らんとだめだ。あん女衆は、身を粉にして働いておる、こっも命懸けでやらんとのう。


年増ん仕分け(七十五話)


 置屋ん女は、壺に始まり壺に終わる。

 飯炊きで言う、初めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るなに似とる。女も小娘の頃は、初め恐る恐る、そんうち味しめてぽっぽ、盛りの頃は無我夢中とな。では、そん後はどないなるんや。飯やったら腹に収まり、そんでええ。じゃあ、置屋ん年増はどないなるんや。大年増んなり骨んなんまでかや。女衒は、そげな年増、大年増のやり取りもする。頼まれるんやな。世間の繋ぎ役でもあるんや、こん世は、男と女の欲まみれや。こん前の女の件で行ったときや……


 オラ 「こん前は、オラが先に味見させてもらいやした」

 土佐兄「うん、いいんやき、おまんのすけべ汁、かなりとイカ臭かったきな」

 オラ 「オラは魚やイカ好きだすけ、そんでかもしんね」

 土佐兄「たまには、しし鍋や馬肉でもええきな、そんなイカだけでのうて」

 オラ 「今は稼ぎが少ねえ。飛脚との二足の草鞋だんども、女衒はまだまだで」

 土佐兄「まあ、オレが教えたるき、慌てんでもええき。おまんに合わせた二人目ん女は、どない仕分けしたんや」

 オラ 「壺に特化して、お壺を六等分に分けんのに難儀しましたわ。そいどころか、女ん欲に引っ張り込まれて、こちとらも大往生。まだまだ、壺の吟味とはほど遠いでやす。情けねえ」

 土佐兄「おまんは、オレの目に叶った弟分や。女の魂を吸い寄せられるぜよ。じゃあのう、女の壺をな、貝に例えたらええき。いろんな貝がおるきな、みんな形、味が違うやろ、そいを比べるや。あん女、貝に例えてみんと、どないやった?」

 オラ 「ハマグリでんな。味はたんぱくなれど、咬みごたえあり。そんで砂粒が擦れ、じゃりじゃりもあり、こいもええ感じ。よって、中のやや上と付けましたでやす」

 土佐兄「そいでよか。オレも中の上と付けた。同じ見立てや、そんでええ。ええか、何度も言うが、貝にのみ値を付けるんや。オレの言う六等分はそいやきのう。女の欲に引っ張られるなや。じゃあ今度は、大年増の手前の色女を引き合わす、仕分けしてみい」

 オラ 「はっ、わかりもうした。つまるとこと、色気に溺れずにやりやす」

 土佐兄「年増の置屋替えは、ちと難しいでよ。値も付けずらか、おまん先にやれ。あの町屋で晩に合わせる、なんとかやって来い」

 オラ 「はっ、わかりやした、ではまた」


 ははっー、そっか、土佐兄は年増にあんま興味ねえんやな。そんで、オラを先ってこつかいな、まあ買う前には抱くんやろうけんど。まさに女は抱かねばわかんねえ。抱いて悦ばせ、そいでなんぼや。よし、今度は大年増手前か、どげな貝やろう……


 オラ「土佐兄から聞いたろ、オラが見習いだども、仕分けしたるわ」

 年増「ありゃりゃ、ワラん孫みてえやのう。可愛い可愛いしたるでな、こっち来い」

 オラ「いやいや、こっちが、もそもそずこずこやんのや。仕事やで」

 年増「あんな、ワラはもう年季が入り過ぎ取る、使い込み過ぎやでな。もそもそはええけんど、ずこずこどころでねえで。すこすこ、いや、すーすーかもやで。カズノコんカの字もねえわい」

 オラ「そいわ致し方なしや。長年のご苦労の立派な証でよ。今まで、すけべカズノコで、どんだけ男を悦ばせて来たんかいのう。大丈夫やで、何もそいだけでねえて。あのう、めめず一匹位は、まだ……」

 年増「お前が確かめるんや、たぶん、まだ、いる思う。いや、いねえな」

 オラ「たとえ、たとえそうでも、凄みんある黒貝やろ、そん黒さで十分でよ」

 年増「ええこつ言うな。黒光じゃ負けん、漆塗ったみてえや。なかにはのう、見た瞬間に猪突猛進し、電光石火で果てるんもおる」

 オラ「そいじゃよ、女ん貝はのう、みんなみんな宝貝や、全部や。では、オラが貝喰うたる、実は黒貝好きなんじゃ、役得やでな」

 年増「そいを早く言え。なあ、めめず一匹は見つけておくれな、まだ現役や。ワラは骨んなんまでや。ええ値付けてな、初めはゆっくりな……」

 オラ「へい……」


 オラん方こそ、黒貝の味、堪能させてもろうた。

 年増は本当にええのう、今までに男を数千人と平らげとるんやろて。すけべ共ん汁が染み込んどるわい。でも、こいは遊びじゃなか。土佐兄には、中の下と言おう、きっと昔は上物や。

 ええんや、ええんや、オラは年増、大年増ん味方や、黒観音様や。


土佐兄からの褒美、露助女(七十六話)


 土佐兄んとこへ、こん前の年増んこつで行ったんや。

 オラの女ん仕分け三人目で、当たっとるかどうか気になるのう。そもそもオラは女に甘いんや。辛い点なんか、よう付けれんわ。みんなみんな、ええもん持っとるんや、大満足させてくれるんや。だども、女衒は値付けねばなんえ、売り買いのイロハやでな。阿漕な商売よのう、観音様に値付けるなんてな、こいは仕方がねえのう。


 オラ 「土佐兄、なんとか仕分けしましたで、オラなりに」

 土佐兄「おう、あん六十路ん女、どげなやった?」

 オラ 「カズノコは男に擦られ過ぎて、とうになく、めめず残るは数匹なり。よがり汁も枯れ沢の如く、お豆は古納豆、臭いこつ納豆屋もびっくりこん。なれど古箪笥の如き艶あり、漆塗りの一級品もどき、よって中の下では」

 土佐兄「ほほう、だいぶ女の値踏みが出来るようになったやんか。そんでええきな。オレも見立ては、中の下や、まだまだ稼げるぜよ。あんな、今日はなあ、おまんに息抜きさせよう思ったんじゃき。オレら女衒の役得の一つに、珍しか女が抱けるがぜよ。露助女や。おまんも、白かやわ肉味わってみい、大和女と大違いじゃき。はまる奴は、病みつきになるがぜよ、訳わかんねけんど、ええあえぎ声出しよるき。でか乳に埋もれて、窒息しそうになんのもおるわ、堪えられんきな。てる吉や、こいは息抜きや、オレからん褒美やき、存分に遊んだれ」

 オラ 「ええんですかいのう。女衒の世界は広か、深か、底なし沼ですのう。まっこつ、ありがたくてありがたくて、たまらんですわ」

 土佐兄「あの深川の町屋で待っとれ、今晩から朝まで預けたる、白か肉、おまんのもんじゃき。寝ずにのう、露助女、おもちゃにしてええきな、褒美や」

 オラ 「土佐親分、一生付いて行きやす、かたじけのう」


 ふーん、露助女かいや、こいも闇ん女やのう。蝦夷、そんまた先ん樺太、そんまたまた先ん異国からかえな。横浜には、英吉利西なんかもいるやろけんど、露助女は珍しか。白か肉とは、どげなもんや、はやる気持ちが収まらんわな、我慢出来ねえ。町屋まで、走って行くどー。


 オラ 「あ、あのう、大和ん言葉しゃべれっけ?」

 露助女「ダー、ダー、ダー、わかるわかる、アンタいい男」

 オラ 「髪は金髪やのう、光っとるわい、目は青いし、鼻高か、ええ匂いもすんな。乳も尻もでかか、ほんに色白いのう、雪女見てえでねえか」

 露助女「シトー? 何? わからないね、アンタ女好きか?」

 オラ 「ほい、ほい、ほい、大好きや。観音に目ないで」

 露助女「カンノン? ああエビね。わたし、フイ大好きよ」

 オラ 「エビ? オラもエビが大好きだ、天ぷらだな。フイ? おそらく男の鉄砲んこつやな、けっこうやない。大和の男んのは小さか、露助んストロング砲が好きなんやろ?」

 露助女「二ェット、ヤポンスキー、ハラショー、好きよ」

 オラ 「やっぱ、露助んがええんやな、大和ん刀、糠に釘かや」

 露助女「シトー? 何言うの? 早く遊ぶ、朝まで遊ぶね」

 オラ 「おう、大和の四十八手喰らわしたるわ。すけべ魂じゃ負けん」

 露助女「シトー? いいから抱く、ハラショーな夜に、アンタいいね?」

 オラ 「何? ヘンテコな夜にってこつかいな、頭んきた、観音壊したる。こっちさ来い、鶯の谷渡りからやったるわ。とどめは牛突きで昇天させたるわい」

 露助女「ウグイス? ウシがどうしたの? わたし、スキヤキ食べたい」

 オラ 「じゃかしい、すき焼きでのうてオラん得意技や」

 露助女「ハラショーな夜に、ハラショーな……」

 オラ 「言うな、ヘンテコな夜なんかにしねえよーだ」


 露助女を朝までかけて、滅茶苦茶にしてやった。

 大和ん男を馬鹿にしおって、いくら糠に釘でも、ヘンテコな夜とは何事ぞ。

 あんなに、キー、キー言わせてやっわい、オラん勝ちや。

 しかし、ハラショーとは何ぞや、もしやオラん勘違いかも。あん女のしがみ付きは半端じゃなかったのう、何やろて。そいにしても帰り際に、オラにパカーだとよ。


相模の国へ、初女仕入れの旅 漁村の巻(七十七話)


 土佐兄からは、こう言われとるんや……


 「てる吉、おまん、女衒入門女三人目にして、壺ん仕分けわかり出したな。何度でも言っておくが、女の面は見ての通りや、そんで器量はすぐわかるき。で、抱き心地は、だいたいわかる。すけべ心も、面に書いちょるき。女の売り買いはな、そんわかっちゅうことでなく、あん壺の良し悪しじゃきな。まずは、味見をしては難癖を付けて買い叩くがぜよ、たとえ極上もんでもやき。でもって売るときは、最高のほめ言葉を付け高くやで、そいが並物でもな。女衒は利ざやを稼いてなんぼの商売やき、情けは禁物やきのう。まあ、まだ買い付けは出来んやろから、銭でのうて口説き落としやれや。ええか、てる吉、オレの代わりに相模の国行って、女の仕入れやって来るがぜよ。女三人連れて来い。漁村で一人、宿場で一人、あと山奥で一人やで。もし、迷ったら五人やき。そんで、おまんの行く末がわかるがぜよ、ええな。相模の小田原まで東海道で二十里ほどやき、三泊で行って来い。女三人仕入れたんやったら上出来や、褒美はたんとやきな。ええか、観音仕分けしてから、江戸に連れて来るんや。女はな、男ん悦ばせ方を仕込んでから売る、そん方が高く売れるき。さっそく、小田原に立て。おまんの初女仕入れや、気張ってな。どげな玉、連れてくっか楽しみにしてるぜよ、行って来い」と。


 そんな訳でのう、オラ一人女仕入れで、小田原ん浜に来ましたて。目の前には、波の静かな相模湾が遠くまで広がっとるわ。江戸ん出てから南の海見んのは初めてだて、やっぱ太平洋はええのう。

 さて、どこん漁村の娘に声掛けようか、どげんすんのかい、わかんねえ。

 ああ、向こうに、娘っ子が一人寂しそうにたたずんどるわ……


 オラ 「おい、ずっーと海見とるのう、ええ海やのう、相模ん宝やな」

 娘っ子「アイも海が好きだ。なんもかも包んでくれる、母ちゃんみてえだ」

 オラ 「そうかえ、オラは母ちゃん知らねえだども、気持ちわかるで。ああそんだ、育ててくれた婆ちゃんみてえだんな、そんだなあ」

 娘っ子「父ちゃんも母ちゃんも、もう、いねえんだ。親類ん家、居たくねえ。人さらいに会ってもええから、アイどっか遠くへ行きてえ」

 オラ 「そうけ、なあ、お前さへ良かったら、オラと江戸へ行かんか? 人さらいじゃねえ、置屋に女世話してらんだいのう。世間じゃ女衒ゆうたら、聞こえが悪いけんどな、働き口ん中継ぎやで。今のオラはのう、阿漕でねえ女衒を目指しとるんや」

 娘っ子「アイまだ男知らね、怖くて仕方ねえ、どうすんかもわかんねえ。江戸ん行ってもええども、身よりがいねえ、あんたに……」

 オラ 「ああ、オラが傍にいるよって、心配ねえぞな。置屋はな、飯と布団には困んねえ、冬は男が温めてくれる」

 娘っ子「うん、兄さんや、アイを江戸へ連れてってくれ、たのむて……」


 あん娘は、親類んとこから、出たがっていたんや。江戸に働き口が出来たゆうて、さっそく手荷物まとめて、オラん旅籠にやって来た。決心がついたんやのう、さっぱりした面んなっとったわ。

 よし、こん娘を、ええ置屋に世話しよう、楽に稼いだらええ。さて、お待たせの、いやいや、大真面目な壺ん仕分けやのう。まして、おぼこやないか、だども、売るには仕分けせねばなんね。役得なんか言っとる場合でねえ、例の六等分やろ、苦渋の決断やのう。


 オラ 「さあさあ、まだ相模にいるすけ、荷物はそこ置いて、楽にしてのう。あと二人は江戸に連れて行こう思うん、こいは仕事なんや」

 娘っ子「アイん仲間が、後二人来るんやな、こいで江戸行きも心強いわ。じゃあ今夜は、兄さんとだけや、アイの糸通しやってんか」

 オラ 「ん? 糸通し? ああ、平たく言うと観音開きやな、もちろんや。初めてなんやから、針に糸通すように、そっーとな」

 娘っ子「アイは初めてん男が、兄さんで良かったわいな。目閉じてま……」

 オラ 「さあ、もそっとな、力抜いてな、もそもそしたる、心配ねえ。オラん任せてな、そうそうそう、そう、そうそう、そう、そ……」


 生娘を六等分に仕分けすんのは、よう出来んわい。

 じゃあ、土佐兄には、中の上とでも言っておこうかいのう。

 あん娘は痛がっておったわい、初めは無理ねえてな。おぼこい面した、タマゆうこまい娘や。気張れえ。オラん後には、土佐兄の仕分け兼ねることの、鬼の仕込みがあるわい。そんうちに、よだれ観音、暴れ観音にもなるんや、極楽が待っとるで。


相模の国へ、初女仕入れの旅 宿場の巻(七十八話)


 東海道五十三次、ここは日本橋から数えて九番目の小田原宿じゃ。かつては関八州を統一した後北条氏の城下町、たいそう賑わっておる。江戸からは二十里ほど、平塚、大磯と相模ん海が広かのう。東からの旅人は次の箱根越えを控えて、ここで泊まる。西からは、やっと山越えをして来て、関東の入り口で泊まる。旅籠、飯盛り旅籠は百近くとあるそんだ。よって、飯盛り女がうようよとおる。こん前の甲州街道の旅とは大違いじゃ、女とかまぼこには困らねえ。

 きのうは、さびれた漁村でタマゆうおぼこ娘を仕入れ、旅籠に泊めてある。今日は、飯盛り旅籠に遊びに入って、江戸行きの話に乗って来た女をあたるわい。よし、女仕入れ二人目は飯盛り女や。


 あれあれ、街道を挟んで、留女が力ずくで客の取り合いをしとる。えろう体格のでか女がおる、荷物は引っ張るわ、腕つかんだら離さんでな。あげな留女は怪力で客を上げ、夜はすけべ女になって、そんで客をくたくたにさせるんや。客は大悦び、留女かねる飯盛り女も極楽行き、宿も繁盛ときた、ええとこ尽くしや。


 オラ  「おいおい、そんげに引っ張らんでくれて、オラ宿にもう泊まってらんだて」

 飯盛り女「じゃあなんだ、チョンの間遊びしとけ、ワラが相手したる」

 オラ  「こん宿場をぐるっと見て、ええ女を探しとるんや」

 飯盛り女「探すって、遊びなんやから、男は何発もぶったらええ」

 オラ  「いや、遊びのようで違うんや、生業が生業でのう、訳ありや。だすけ、何発もでのうて、こいはと目付けた女に口説きの一発するん」

 飯盛り女「ははっー、お前なあ、すけべ汁ん出し惜しみしとるんやなあ」

 オラ  「そうでのうて、阿漕な商売を大真面目にやっとるんじゃ」

 飯盛り女「ええから上がれ、ワラが朝までかけて空っぽんしたる。そん後で、おまえの訳あり話聞いたるわい、来いや」

 オラ  「わかったすけ、そんな引っ張るなて……」


 でか女に部屋に連れ込まれたけんど、まじめ旅籠に小娘を待たせてある。ここには泊まらんで、チョンの間でおさえんとのう。小田原宿の飯盛り旅籠を何軒か入って、江戸行きの話すんのが大事じゃ。よって、一人一発や。前みてえに連発でのうて、こいは仕事や。


 オラ  「さっき言ったども、泊まっとる旅籠がある。戻るでな」

 飯盛り女「そうかえ、ワラんやわ肉でもっと遊ばんでええんかえ?」

 オラ  「がまんすんど、こいから女仕入れで、何軒かまわるんや」

 飯盛り女「ええっ、女仕入れ? お前は女衒かえや、そんは見えねえど」

 オラ  「駆け出しやで、そいに買い付けでのうて、江戸行きの誘いや。まだ女の値付けがわからん。だすけ、抱いて見て話してあたるん」

 飯盛り女「なあ、ワラ江戸行って見てえ、ここには借金もねえ、いつ出てもええんや。三十路ん一人身や、今んままじゃ旅籠で足洗い婆になるしかねえ。江戸へ出れたら、六十路過ぎても夜鷹んなって稼げる」

 オラ  「うん、そこなんやなあ。観音商売の女衆は本当に大変や。何か安寧の場を作らねばなんね、オラはつくづく思うん。夜鷹んなって仕舞いでのうて、何かええ所をのう」

 飯盛り女「ワラ江戸行く、連れてってな。どっかの置屋に世話してけろや。お前、そいが仕事じゃろ、ワラに値付けてな、頼むわい」

 オラ  「そのう、まだ値の付け方わからんてな、今は味見をして仕分けしとるんや。そんでのう、兄貴に引き渡すとこまでなんや。兄貴が値付けて売るん」

 飯盛り女「じゃ、そん仕分けとやらしてくれ、ワラは力ある、男に負けん。腰も強けりゃ観音はもっと強い、まるで鉄観音や、さあ味見してんか」

 オラ  「わかった、そいが取り得やな。ではチョンの間のガチンコ勝負いくで」

 飯盛り女「思いっ切り頼むで、ぶっ壊れるぐれえにな、来いや……」


 あん女、合格。

 でかいのが難とはいえ、男んガン突きに耐えられる宝もんあり。

 土佐兄には、中の下とでも伝えっかいな。後は、土佐兄の鬼の仕込みがあるけんど、すでに東海道の旅人に仕込まれておるわ。

 名はキミと言う。三十路ん飯盛り女、江戸行きの二人目なり。


相模の国へ、初女仕入れの旅 山奥の巻(七十九話)


 オラの女衒初仕事は、相模の国での女仕入れだて。土佐兄からは、三人仕入れて来い、迷ったら五人だと言われたんや。漁村でおぼこ上がりを一人、宿場で飯盛り女を一人と話し付けたんで、あと一人だわな。あの、迷ったら五人とは、どう言う意味なんかのう。

 あれは、もしやオラを試したんでねえか、四人、五人ではだめなんやないけ。土佐兄はこうも行った。「こいで、おまんの行く末がわかるき」とな。わかったわい、土佐兄なりの謎かけや、三人のみを仕入れろってこつや。女衒に迷いは禁物というこつや。女ん売り買いは、まさに真剣勝負。よし、あと一人で江戸へ引き上げるわ。

 宿場の泊まっとる旅籠にタマを残し、あん飯盛り女にはしばし待てと言うてある。こいから、山奥で女一人仕入れてこよう。どこがええろかや。そんや、駿河との国境に金時山がある。金太郎伝説ん地や、凄か女いるかもだて。小田原宿からは、北に向かい足柄峠まで行き、後は山道やな。日帰りで行って来て、明日には江戸に戻るかいな。あと、一人や。


 旅籠で朝飯をすませ、箱根ん山を左に、酒匂川沿いをてくてく北へとな。途中、大雄山最乗寺に詣で、杉並木の見事さに見入ったのう。昼前に峠に着き、かまぼこの入った力うどんを食べ、金時山へと登りや。あん金太郎伝説の地や、女金太郎みてえの出て来んかいな。でも力持ちは、きのう仕入れた飯盛り女がいるわい。でか女や。ここは山奥だすけ猿女か、猪女かいや。でものう、そう、ヤマメんような美人がええ。

 ……あれ、あの沢んとこで、アネサが尻端折って魚取りやっとる、ええ尻しとる。


 オラ 「アネサ、こん沢で魚たんと獲れるかいや?」

 アネサ「ああ、そんだよ。ハヤ、ヤマメ、イワナいるぞえ」

 オラ 「そいで、そん違いはなんじゃ?」

 アネサ「そうやのう、ハヤは不味かども、よう獲れて売れる。ヤマメは品があって、見た目も綺麗で川の女神様や。イワナは気が荒く蛇まで食う、味もヤマメよか落ちるてな」

 オラ 「そうすっと、ヤマメがええのう。あの、アネサも綺麗でねえか」

 アネサ「何言うてな、山ん女だ。米作って、魚、野菜売って、ここで土んなる」

 オラ 「ええ女がもったいねえのう、まだ、独り身かえ?」

 アネサ「んだよ。山奥じゃでな、若い衆も少ねえんだよ。ええ男いねえかいや、魚が男に見える時もあんだよ」

 オラ 「なあ、江戸へ行って見たくねえけ?」

 アネサ「アテのあんちゃんが跡継いどる、だめ言えばだめだ。早いとこ、どっか嫁に行かねばなんねけんどな」

 オラ 「と言うと、行って見てえ気はあるんかいや、オラが世話すんど」

 アネサ「何の仕事じゃて? 女一人で江戸で何やんのや?」

 オラ 「明るいうちは、言いにくい生業や。オラは闇の稼業やっとる」

 アネサ「だども悪か人に見えんな、でも人買いかや? 図星やろ」

 オラ 「ああ、そんだ、良く言うと、置屋への女の斡旋や。オラは江戸から相模へ女仕入れに来たんや、兄貴分に言われてのう。でもって、初仕事やから銭の絡まんこと、女ん口説き落としやっとる」

 アネサ「そやろて、女ん買い付けなんか、よう出来んやろて」

 オラ 「そんや、兄貴からは値付けでのうて、女の仕分けやれ言われておるんや」

 アネサ「仕分けって、何の?」

 オラ 「いやいや、ええ女には、よう言えん。よそ当たる、邪魔したな」

 アネサ「待ってえな。ここは山ん奥の沢や。誰も来やせん。アテ、体熱か……

魚獲っとると、魚が男に見えてくる言うたやろ、女だって……」

 オラ 「ああ、こう言うこつやな、男が桃にかぶり付くんと似とるな。そりゃ男は、女ん体にしゃぶり付きてえ、桃と一緒じゃて」

 アネサ「もっと山ん奥さ行こう。アテん男日照りは半端でねえ。実は好き者や。兄さんのイワナ欲しか。腹一杯にしてくれな。アテの仕分け、イワナで確かめてんか、えかったら江戸へ連れてっておくれ。あんちゃんには何とでも言う。江戸行く決めた。任せるよって」

 オラ 「あのう、ええんけ? 明日には小田原宿を立つ。仕入れた娘っ子、飯盛り女と一緒にやで、どうすんのや?」

 アネサ「じゃこうすんど、あんちゃん説得して、荷物背負って向かう。明日のお昼過ぎには小田原宿に着く。待っててくらんしょ」

 オラ 「そいはええけんど、まだ、オラのイワナが……」

 アネサ「ああ、そいやった、アテんのはヤマメや。仲良く極楽さ泳ごうな。ヤマメは美味しいんやで、たんと味わってのう……」


 次ん日、あん女はやって来た。

 オラくれえの齢の、サヨゆう美人や。山奥での仏壇返し、あえぎ声はこだまとなって響いたわ。ヤマメん味や良し、上の下や。高く売れる、値付けは土佐兄の仕事や。何だかんだ、こいで、女三人仕入れたわ。後は引き渡す。

 娘っ子、飯盛り女、ヤマメ女や、みんなええ。さあ、江戸へな……


女衒初仕事の褒美、すっぽん女(八十話)


 さあさあ、土佐兄の言いつけ通り、相模ん国で女三人仕入れての江戸凱旋や。銭をびた一文払わずに、口八丁で連れて来たわいな。みんな、何らかの訳あってのこつや、オラは繋ぎ役だのう。

 あん三人を、一度だけ抱いて味見してある。こいも大事な仕分けよ。壺を六等分にしたども、こいから真打登場で、仕込まれたのち置屋行きや。オラの仕分けの良し悪しは、後で説教がてらに聞こうかい……


 オラ 「土佐兄、相模から女三人連れて来やした。言われた通り、漁村で一人、宿場で一人、山奥からは一人でやす。初めの漁村では、親のいねえ孤児で、タマゆう、おぼこ上がり。宿場では、怪力で客引きやっとった飯盛り女の、キミゆう三十路。そんで、駿河国境からは男好きの美人、サヨですがね」

 土佐兄「うん、でかした。口だけで江戸行きをまとめたんやな。三人と言われたら三人でええ、迷いは禁物やきな。そんで、一番大事な壺の仕分けはどないやった?」

 オラ 「はっ、タマは初物でやした。オラがやんわりと可愛がり、中の上と付けやした。あん飯盛女は、東海道の旅人に使い込まれ過ぎておりやす、中の下。サヨゆうんは、ええ女だけあって、女の悦びにはまる筈、壺もええです、上の下では」

 土佐兄「ほうか、わかったやき、後はオレが技を仕込んでから、高く売るきな」

 オラ 「あん女達を、深川の町屋に待たせておりやす、よしなに」

 土佐兄「ほら、褒美ん小判や、取っとき。そいと、とっておきの女を抱かせたるき。今度のは、すっぽんのマサゆうての、オレら女衒仲間で遊びよる女。おまんも、マサのすっぽん技喰らおうて昇天やで、こいも褒美やき。いつもの町屋に送ったる、朝んなんまで、腹いっぺえすっぽん喰いや。おまんの生汁吸われるだけでのうて、すっぽん女を骨の髄まで味わうんやで。置屋に売るんはもったいねえ、こいも闇ん女やき。じゃあな」

 オラ 「ごちんなりやす……」


 役得と言うか、女衒稼業は極楽びたりやのう。表に出てこん闇ん女は、男を空にさせんは朝飯前や。そいどころか、赤玉出るまで容赦せんのもおるんやろ。今度のすっぽん女とはいか者ぞ、怖い者見たさもあるわい。


 オラ「おい、待たせたのう、あんたがオラん夜研ぎしてくれるんやな」

 マサ「そうや、土佐親分の言い付けや。朝まで喰ったり喰われたりやで」

 オラ「何やら聞くところによんと、すっぽんのマサゆうな、つまり、その……」

 マサ「河んいるスッポンを同じや、一度喰らいついたら、よう離れんでよ。女ん下ん口と、上ん口使おうて男を空っぽんすんや。お前、赤玉出るまで許さんからな、アテが全部呑みこんだる。まるでスッポンの生血がええようにな、同じやで」

 オラ「いや、何も、赤玉ん手前で充分だて、空砲で仕舞いにの」

 マサ「ざまがねえでよ。女衒連中は赤玉ぶってまで女喰うでよ。じゃあ、アテん体を生血が出るかのように、滅茶苦茶にしてんか。ほな、初めは手加減したるわ。ああ、若いのう、やっぱ若いんがええ。うんにゃ。もう、もう我慢出来ねえ、手加減すんの止めや。赤玉欲しかー」

 オラ「おいおいおい、手加減やで、頼む、頼む……」


 スッポンの生血は、滋養強壮にええゆうが、本当やろう。

 すっぽん女は、女衒連中の赤玉呑み過ぎで血の気が多かったのう。とことん仕込まれておったわ、さすがは闇ん女や。オラは朝方の空砲ぶった後、厠へ行く振りして逃げ出したわ。赤玉ん手前で、何とか女をかわしましたて。


吉原一の花魁、シズ(八十一話)


 女衒初仕事での小判が懐にあるわい、吉原で宝貝漁りしようかい。銭がねえころは、安か女と遊んでたわい。でも今は違うてな、オラも一皮むかれんとのう。見習いとはいえ、女衒の端くれや、ええ女を抱かねばいかんてな。男は女で磨かれる。ええ砥石に研がれる刀と同じや、己の刀を磨くんやで。

 前に吉原のやり手婆と、一戦交えたこつがありもうす。あん女は言ってた「吉原一は、シズゆう女やで、ワッチの妹分や」って。こうも言った「世話してもええで、そん替わりワッチん黒貝味わうんや」と。

 あん時は、花魁道中の一番の花形、五十路んシズを抱けるんならと思ってのう。年季の入り過ぎてた、やり手婆の黒貝に恐る恐る向かったもんや。

 手に入れた小判で遊ぶんは、そんなん芸がねえ。ただほど、ええもんわねえ。よし、あのやり手婆に、こん前の約束はたしてもらおうやんけ。オラん刀を垢まみれにしやがって。しばらく黒汚れが取れんかったでよ。

 ああ居た居た。呼び込みに声枯らしておるわい。オラんこつ憶えれいるっかいや、おーい、婆様や……


 オラ  「久しぶりやんけ、客引きに精が出るのう」

 やり手婆「お前、前ん年の盆にワッチんこつ、可愛がってくれたな。あんこつ忘れんでな、奥の奥に、熱かもんもろうて嬉しかったわ」

 オラ  「そんなん、お安い御用や。シズちゅう花形と引き合わせるんが約束やったわ。そんこつ、婆様や、憶えていっけ?」

 やり手婆「忘れるもんけ、お前んドン突き絡みで、よう憶えておるわい」

 オラ  「今晩は、オラに五十路ん大御所、世話してけろや」

 やり手婆「ああ、ええよ。なあ、またワッチんこつ、ゴリゴリしてくれっかや?」

 オラ  「約束すんで。さあ、吉原一の宝貝、喰わせてくりょ」

 やり手婆「わかったわ。こいから、五軒目ん豊後屋におる。ワッチが話付けてくっから、一時後に行ってみろや。お前なんぞに手が出ねえ女や。またワッチを抱くんやで、なあ」

 オラ  「おう、また黒垢まみれになったるわい……」


 こいも縁や。銭が無くとも、ええ女に当たる。持って生まれた定めかいな、オラは年増が好きや、すべてを受け入れてくれよる。五十路ん女を抱くために、あん六十路のやり手婆を抱いたんやで。よし、豊後屋やな、吉原一やな、ぶちかましたるわい。


 オラ「ごめんやす、シズさんに会いに……」

 シズ「ようお越しやす。ワチキがシズいいま。姉さんから聞いてま、さっ、奥へな」

 オラ「上がらせてもらいやす。今夜は、何分によろしくたのんます」

 シズ「力抜いてなも、ここは江戸ん花畑、男はんの極楽ん地や、楽しみなはれ。ワチキはなあ、若いころから、あん姉さんと吉原一本やで。姉さんは、今は客引きやっておる、あん人に本当に世話んなったんや。おぼこだったんが、大旦那に水揚げされ、旦那衆に廻されてのう、辛かったわ。そん時の、姉さんに慰められ、男ん扱い方、早極楽送りん技、教えてもろうたんや。技さへ身に付ければ、ワチキらは楽んなんやで、そんで人気も出るよってな。男はん、お上、そんでワチキらと、みんな悦ぶんやで、ええこつや。なあ、ここでは女ん身だけ楽しむんやのうて、女ん心も味おうてな。ああ、こっちん話が長くなったわ、すまんのう」

 オラ「いやいや、吉原一んお方と御縁が出来て、嬉しい限りでやす」

 シズ「あんたは、話やすかのう。人ん心がわかるんやないけ」

 オラ「オラは、ただ女が大好きなだけだ。そんでの、阿漕な商売やっとる」

 シズ「そいは、まあ、だいたいわかる。ええんやない、女ん心がわかるんやろ。本当の女好きは、女に優しいんや、観音様に見えるんやろ、そんでええ」

 オラ「シズさんや、こんまま吉原で、ずっとかえ?」

 シズ「ああ、ワチキは旦那に身揚げされそこねたわ、ゆくゆくは夜鷹や。ここで女はのう、六十路までは稼げる、そんで後はお寒い限りでよ」

 オラ「吉原一の花魁でもかえ、そんなんねえ、何かなんねえかや」

 シズ「こん世は幻や、男と女は束の間の極楽を求めるんや。さあ、遊びなはれ、狂いなはれ、思いのたけをワチキに喰らわしな。二人して極楽さ迷うな、姉さんを可愛がってくれたんや、あんがとう。今度は朝まで、ワチキん胸で赤子に帰んな。出ねえけんど、乳吸いな。そんで、若返りの妙薬贈れなも、ええ夢見せてな、さっ、兄さん……」


 あっという間に、朝んなてもうた。

 文字通り、極楽大往生とげさせてもらいやした。

 朝焼けん中で見た花魁は、オラん懐で、それはええ面して眠ってたて。おぼこんようだったて、終わっとうさんでございやした。


怪我の功名、町屋娘のお世話に(八十二話)


 オラは今、確かに女衒見習いだども、何もそれ一本ではねえ。元からの飛脚ん仕事もやっておる、まあ二足の草鞋を履いてるんだのう。こん飛脚は、オラに向いとる、物預かったら後は届けるだけ。いろんな所へと、まるで旅気分で廻れる。途中で、ええ女見つけながらや。

 また、帰りしなには、寺や神社に寄ったり、そん場所の置屋でも遊ぶて。だすけ、江戸中の色町にも詳しゅうなったりするのう。役得みてえだなも。それはそんでも、こん飛脚には怪我が付き物じゃでよ。道々には、混んでくんと、大八車、馬、牛、犬、猫なんかも邪魔したりするて。

 また、手前で慌てていて人にあたったり、横丁の角にぶつかったりもすんど。早く早くと、小走りになったりすんと、本当に気を付けんとのう。

 実はのう、こん前に、とんでもねえ怪我してしまったて。そんで泊まるはめにのう、届け先の谷中の町屋のことや……


 オラ 「ごめんなすって、オラは飛脚で、深川から谷中へと来たんやけんど。

さっきのこつや、軒先の角っこで足切ってもうて、血がたんと出て腫れてのう。痛くて痛くて、オラん長屋まで帰れなくなっての、今晩泊めてくれて」

 町屋娘「そいは大変やなあ。ささ、入っとくれ、足が悪いんや、ゆっくりしてっての」

 オラ 「世話んなりやす。悪いけんど、足ん血が止まんねえ、布と桶を頼むて」

 町屋娘「あら大変や、町医者呼ぼうかいや?」

 オラ 「いや、血さえ止まればええ、明日にでも長屋ん近くの町医者行くて」

 町屋娘「アテに出来るこつあれば、なんでん言ってけれ」

 オラ 「じゃあ、すまんども、足袋、股引、ふんどしまで血が付いてもうたんや。銭出すすけ、洗ってはもらえんやろか?」

 町屋娘「なんなりとのう、宿は泊めるだけのうて、お客はんの面倒も見るん。

そんじゃの、風呂ん後に脱いだ着物出しといてや。お前さん、血止まりそうかえ、アテが押さえっかえ、大丈夫かえ?」

 オラ 「かなりと傷が深くてのう、二寸近いのう、こりゃまずいわ」

 町屋娘「どれ、アテも手貸す、ここ押さえてま、止まればええのう」

 オラ 「あんまオラに近付くと、よけい血が出るて」

 町屋娘「はっ、押さえてるだけだて、押さえんこつにはのう」

 オラ 「そ、そんだども、オラは男盛りだすけ、女ん香りに弱か」

 町屋娘「そんげんこつ考えてんでねえ、それどころじゃねえねか」

 オラ 「だども、オラ女大好きだ。脈が高くなるすけ、オラだけでええ」

 町屋娘「お前さん、何言っとるやで、あんこつは、今は忘れておきや。そいにな、アテらはな、夜の御用聞きもすんのやで、けっけっけっ。血が止まった後は、アテが傷ん痛みなんか、床技で取っとるわい」

 オラ 「うん、そいでいこう。夜ん楽しみん取っておこう。じゃ、オラだけで血止めてから、風呂入って、洗濯してもらってからにのう」

 町屋娘「はいよ、早う止めや。風呂湧いとるで、またのう……」


 はあー、やっと行った。こうも女に足押さえられたら、むらむらや。あん女の、胸元は見えるは、ええ尻しとるわで、そんなんで止まるかいな。血は出るわ、やる気も出るわで、次にいけんやろ。


 オラ 「アネサ、やっと止まったすけ、風呂入るて」

 町屋娘「よかったなも、着物は脱いだら出しといてな、ぬるかったら言っとくれ」

 オラ 「洗いもんの駄賃出すでな、頼むぞい。ふんどしもな」

 町屋娘「なあ、足ん傷で難儀やろ、アテが体流すわ、ええか?」

 オラ 「ええんかいや。じゃお言葉に甘えて、たのんます」

 町屋娘「さあ、ここや、脱いでな。アテも上脱ぐで……」

 オラ 「アネサ、ええ体しとるのう、夜まで待てんわい」

 町屋娘「ここでは上だけ脱ぐんや、そういうもんやで、下は布団の中でや。今は我慢しいな、夜んなったら好きんしてええで」

 オラ 「じゃ、すぐ洗ってな。ああ、そんでええ、布団の中で待っとるで」

 町屋娘「せっかちやなあ、これからやろ、ほな、背中からや……」


 ほっ、風呂上りでぽかぽかや。しかし、旨そな体しとったのう。こいばかりは、喰ってみんとわかんねえんが、女の体やて。さあ、そろそろ来るっぞ。


 町屋娘「お前さん、入ってええかえ?」

 オラ 「遅いぞい、こちとら大砲が暴発寸前やで。風呂場で、さんざんじらされたすけ、堪忍袋の緒が切れそうや」

 町屋娘「そかや、じゃアテが、違う袋ん面倒みたるわいな、空んしたるで」

 オラ 「傷ん痛みも忘れさせてけろ、ああそんだ、上んなってな」

 町屋娘「はいよ、痛いの痛いの、アテん中へ飛んでけーってか」

 オラ 「そや、頼むで、のっかってけろ……」


 風呂上がりは、睦ごとに丁度ええのう。

 身も心も、ぽかぽかや。女ん温もりで傷は癒えた。

 足ん痛みは、子種と一緒にアネサん元へ飛んでった。ええ女に会えた、こいも怪我の功名と言うんかいや、そうしとこ。


おかわりごっこ(八十三話)


 世間には、様々なごっこがあるのう。

 ちゃんばらごっこ、いくさごっこ、ままごっこ、睦ごっこ、などとな。そん中で睦ごっこなんかは、ままごっこの続きみたいんもんよのう。ガキどもが、いちゃついてて、まだ、一戦を越えねえ遊びよ。

 男は皮被りから始まり、やがて皮剥け、そんで筆おろし、盛りは黒焼けとな。女は真一文字から始まり、やがて膜緩み、そんで御開門、盛りは黒焼けとな。なんだかんだで、つまるところ、同じじゃて。

 男盛り女盛りに付きもんは、こいから語る、おかわりごっこや。いや、ごっこどころでねえ、男と女の真剣勝負。どっちかが根を挙げるまでや。

 おかわりに次ぐおかわり、また、おかわり、また……

 またまた、おかわりとな、どこまで続くんや……


 オラ 「姉御、あんたが噂に聞く、本所町屋の底なしのおリンさんかえ?」

 おリン「ああ、そんや。アテと遊びたいんかい、お前、すけべ玉、何個あるん?」

 オラ 「そりゃ二つやんけ、あたぼうよ」

 おリン「そんなら、アテが一つ握りつぶしてもええな? まだ一つあれば、そんでええやない」

 オラ 「何を言うんや、子種あってのすけべ心や、玉ありきやで」

 おリン「そん覚悟で、アテと勝負すんかいや。お前、先に根あげたら、片玉になんかもやで、ええな?」

 オラ 「そりゃ、オラは無類の女好きや、受けて立つわいな。もしものう、姉御が先に根あげたら、置屋に売り飛ばすぜよ。オラ、女衒の親分の弟子や。土佐の女衒のな」

 おリン「アテはな、四ツ谷で桃結いの前から股で凌いで来たんや。辻あがりやで。置屋ん女なんて、ぬるま湯よ、手緩いわい。そいよりも、アテの体ん虜んなてもうて、手放さんわ」

 オラ 「ほかや、じゃ置屋でのうて、女衒の飼い女、闇ん女にしたる。姉御こそ、そん覚悟あるんけ?」

 おリン「男なんて、ちょろいもんよ。アテが負けるかいな。よしゃ、ええで。先客の二人こなしたら、お前ん番や、待っとれ」

 オラ 「おお、茶でも飲んで待っとるわい……」


 怖いよー、強気に出てもうたけんど、あん女は何もんや。もしオラが負けたら、片玉にされてしまうわい。今更、逃げらんねえ、どうしよう、逃げようかい、いや、どうする。

 ここは、オラん得意技ん牛突きだけでのうて、あれ、やっかな。のぬふ突き。まだ慣れてねえけんど、前に女忍者から教わっておる。こいも闇ん女の技や。あん時は、のぬふ腰喰らい寝込んだもんや。女の凄技の、男版やで。のるかそるかやな。後には引けん。もう猶予はならん、いざ、底なし女め……


 おリン「おーい、お前ん番や、来てええで」

 オラ 「姉御、もう二人こなしたんかえ、早いのう、さすがやなあ」

 おリン「晩からお前で五人目や、一日で十人位は喰わんとな。はぁ、一息つくで、さっきん四人目ん男が尺並みで堪えたわ。なあ、今日はお前で仕舞いんする。朝までにしんかえ?」

 オラ 「ええで、オラがあと五人分位の大砲ぶったる」

 おリン「さっきは脅かして御免な。胆を試しただけやで。アテも無類の色好きや、お前と同じやで、似たもんどおしや。こうしんか、お互いの得意技で、おかわりごっこしねかえ」

 オラ 「ああ、そんだのう。オラんのは、越後の牛突きと、のぬふ突きや。のぬふ突きは、女忍者から教わった、試させてんか」

 おリン「じゃあの、おかわりに次ぐおかわりの繰り返しでええなあ。アテもおかわりすんで、お前もな、負けた方は、蕎麦おごるんやで。ほら、お前ん牛突きからや、遠慮すんな……」


 そいからというもの、二人は上んなったり下んなったり。オラもおかわり、姉御もおかわりと、おかわりの連続なり。姉御の得意技の三段締め喰らい、降参しかけるも反転に転ず。憶えたての、のぬふ突きで形勢逆転、姉御ん目が虚ろになるなり……


 おリン「まだ……おかわり、おくれ……」

 オラ 「こっちこそ、おかわりたのむ……」

 おリン「アテが先や、おかわり……」

 オラ 「オラが先や、おかわり……」


 朝方、仲良く同時に、また、果てた。

 そんで、二人して「おかわり……」と言った切り、深い眠りに入った。

 何回おかわりし合ったこつか、布団のみぞ知る。まあ、痛み分けや。

 勝ち負けなし、夢ん中や……


暴れ太鼓打ち(八十四話)


 こん前、底なしのおリンとのおかわりごっこで、思い知ったて。女衒たる者、得意技の一つや二つでは、いかんてな。オラ今度は、三つ目ん技、考えて身に付ければなんね。越後の牛突き、のぬふ突き、そん後は、何がええろかや。

 んーーー。四十八手ん中から探すようじゃ、芸がねえ。女忍者なんかは、手前であみだした凄技で男喰いやっとる。オラは一人知っとるども、そらもう男泣かせん鬼技やで。また、見習い女も知っとる、そん女は乞食に化けて男修行やっとった。そん女らは、命懸けで技、身に付けるんや。オラも、オラなりの技を作るで。

 今晩は神田の色町におる。置屋がずらっーと並んどる、技作りもあるすけ、丈夫な女がええのう。実は、三つ目ん技が、頭に浮かび出しとるんや、ふふっ、荒業やな。試し打ちでもあっから、丈夫どころか頑丈な女がええ。

 あー、あん置屋に相撲取り見てえんがおる、ガチンコやな。


 オラ「あの、お前さんに決めた。朝までや、寝かさんで。なんか相撲取り見てえで、思いっ切りやれんな」

 力女「おう、受けたるわな。ワラとがぶり寄つん相撲やな。よか、どすこい、中ん入れ」

 オラ「よしゃ、かましたる」 

 力女「ふん、すけべ棒へし折ったるで」


 頭ん浮かんだ技は、オラん出の越後のこつや。盆祭りが賑やかでのう、太鼓ん暴れ打ちが響き渡ってた。そん調子が村ごとに違っててのう、そんで思い付いたんや。

オラん村では、ドン、コ、ドン、チャチャチャチャ、ドン、コ、ドン、チャチャチャチャ、ドドドットドン、チャチャチャチャの繰り返し。

 となり村では、続いてドンドンドンドン、チャチャチャチャがついての繰り返し。

 もしかしたら、こいは大昔からの、睦ごとから来とんじゃねかや。そいが、太鼓ん調子に取り入れたんでねか、何かそうも思えるて。実にええ調子で、村ん衆が踊ってたもんやけんど、睦ごとに使えるんでねえか。ワレながら、ええ思い付きや、あん女に試してみよう。


 オラ「オラ、訳あって技に取り組み中でのう。お前さん、力貸してくれて、こん丈夫な体でねえとだて」

 力女「ええど、ワラん体使って、何かええ技こしらえや」

 オラ「うん、オラん越後の盆踊りの、太鼓打ちん調子が、睦ごとに使えそうでのう」

 力女「太鼓の調子かえや? そいまたどげな?」

 オラ「ドン、コ、ドン、チャチャチャチャ、ドン、コ、ドン、チャチャチャチャ。そんで、ドドドットドン、チャチャチャチャとな。こいを壺打ちにすんと、まず初めんドンで深打ち、コで中打ち、ドンで深打ち。でもって、チャチャチャチャで浅打ち、ドドドドットで中打ち。最後んドンで深打ちとな、こいを繰り返すや。おそらく女は、こいをやられまくったら極楽大往生やろう」

 力女「なるほど、深打ち、中打ち、深打ち、浅打連打。そんで深打ち、中打ち、深打ち、浅打連打、中打連打、深打ちやな。訳わかんねども、祭囃子っ思えばええんやな、越後ん祭りやな。おもしろか、さっそく喰らわしてんか。股が疼いて来たわい」

 オラ「でもっての、隣村んは、ドドドットドンの後に、ドンドンドンドンが付くんや。こいがまた、太鼓だと響いてのう、つまり壺打ちだと、深打ちん連打や。だすけ、隣村ん太鼓打ちん方が、壺打ちに効くかもでのう」

 力女「ワテん体で比べればええでな、あんさんの村太鼓、そんで隣村ん太鼓やな」

 オラ「じゃ、オラん村太鼓打ちから、いくでよ、で隣村や」

 力女「おお、かかって来いや、太鼓が破れるように、ワラん壺打て。思いっ切りな、ええなー」


 こいは女に効いた。

 あん丈夫な力女も、口から蟹んように泡吹いたて。

 オラん村太鼓打ちよか、隣村太鼓打ちがえかったみえで、宿中に声上げた。

 女はこいを、調子良く繰り返されたら、五臓六腑までよがるでよ。ええ技をつかんだ。こいに磨きをかけっぞー。


肥後ん女、おヒロやん(八十五話)


 深川のオラん長屋に、九州は肥後ん国から来とるアネサがおる。

 名を、おヒロと言う。嫁ぎ先を、訳あって出て、今は一人暮らしや。齢んころは、三十路半ば、オラとは一回り位違うのう。肥後は火の国、阿蘇がもこもこと燃えとるんやろ、どげなとこかいや。男はもっこす、骨太の九州男児かいや、威勢がええんやろて。じゃ、女はどうじゃ、荒くれ男を立てるんがうまいんかいのう。

 前々から、何か縁があればと思っとったら、とうとう御縁が出来もうした。色の白かお人で、市松人形見てえや。そんで器量良しで、品のある方や。

 オラ口説き方知らねえすけ、成り行きに任せるしかねえのう。まずは、取っ掛かりや……


 オラ 「こんちは、秋んなって来ると、肌寒くなりますのう。オラは長屋の奥にいっけど、よく見かけますて、アネサは肥後だの?」

 おヒロ「あーた、まあ、良う知っとっと、ウチは肥後ばい」

 オラ 「そりゃ、長屋ん出入り口で、気になってもうした。名は、おヒロさんやろ、オラ女に目がねえんだ。子供もおらんのう、ええ人おるんかい?」

 おヒロ「あらまあ、こっちゃんこと、ようまあ。あーた、名は? 稼ぎはなんばしよっと?」

 オラ 「名はてる吉、町飛脚とかやってやす。アネサ、男は?」

 おヒロ「男んことは、あれや、出会いやけんどな。そいがの、よか男に会わんけんね、夜が寂しか。どぎゃんしたら、ええんかえ。若い男でんええけん」

 オラ 「そんやで、若い男がええ。可愛がって、あっちん面倒見てやったら」

 おヒロ「あっちん面倒って、男と女の睦ごとかえ?」

 オラ 「そいは、よう言わん。わかってくらんしょ」

 おヒロ「だいだいわかるけん、ばってん、ウチでよかと?」

 オラ 「アネサは、肥後ん言葉で言えば、よかおなごばい、よかとよ」

 おヒロ「あーた、肥後ん言葉知っとるの、じゃ、だこ汁知ってけ?」

 オラ 「すまし汁んこつや。具だくさんなんやろ」

 おヒロ「そんじゃ、こっぱ餅や、いきなりだご、辛子蓮根は?」

 オラ 「こっぱ餅は、さつまいもと餅米を練り上げたんや。いきなりだごは、さつまいもと餡を包んで蒸す。辛子蓮根は、蓮根に辛子味噌を詰め込み揚げたんや」

 おヒロ「みんな知っとるのう。知り合いがおるんやろうて。あーた、いくらなんでも、肥後ずいきは知らんやろ?」

 オラ 「食いもんやろ、食ったことねえけんど、オラ食いてえ」

 おヒロ「はははっ、いんねいんね、あっ、違うでよ。まあ、ええわ、知らん方がええばい。そいは食えんこともねえけんど、食うもんでもねえけん」

 オラ 「いや、どうしても知りてえ、教えてくらんしょ」

 おヒロ「じゃ、ウチん家に来るかえ? ここじゃ、よう言えんたい」

 オラ 「お邪魔しますわい……」


 肥後ずいきが元で、アネサん家に上がらせてもらう事になりもうした。女一人暮らしの所や、オラに気許してくれたんかいのう。こいから、どげな流れになんのかい、如意棒がのう……


 おヒロ「よか、上がっとくれ、一人暮らしやけん、気楽にのう」

 オラ 「さっきの、肥後ずいきとは、何でやす?」

 おヒロ「男と女の睦ごとに使うんや、ぬるぬるしとるんやで。夜に使うばい、男も女もやる気が出るたい」

 オラ 「それ、欲しか、試してみてえ、オラにくりょ」

 おヒロ「実はの、江戸に出て来たとき、肥後から持って来よっと。ちょっと、待っててな、持ってくるけん……」


 ほかほか、肥後ん国には、そげなええ薬あるかえ。ぬり薬やな、如意棒と、お壺にぬるんやな、よし、ぬったる。ええもん国から持って来たの、ええアネサや。


 おヒロ「あーた、こいが肥後ずいきやで、こぎゃん輪っかになっとるやろ、わかるな?」

 オラ 「ははっー、男用でんな、合点しやした。もらって帰りやす」

 おヒロ「うんにゃ、待っとくれな、女用もあるたい、ウチにぬってんか。むらむらさせといて、帰らんといてな、あーたもはめなはれ」

 オラ 「えんですかいの? 据え膳食わぬは男の恥言いますけんど」

 おヒロ「ウチんボボめがけて、突進して来んかい、よかばい」

 オラ 「ん? ボボって、何だずら?」

 おヒロ「そいはのう、女の一番大事な所ばい、かつ男の一番好きな所やけん」

 オラ 「あいわかり申した。お国の、肥後ずいき使わせてもらいやす。もったいねえすけ、ちょこっとでええのう」

 おヒロ「まだ、たんとあるばい。だけん、たっぷりこん使ってたい」

 オラ 「はいよ、ありがとうございやす」


 妙薬口に苦しではなく、オラん如意棒は大悦び。

 おヒロさんは、よがり泣き、のち潮吹きとな。

 こいは、ええもん貰いやした、御縁が出来て、まっこつ良かったですて。

 また、おヒロさんにたっぷりこんと、ぬってのう……


お頼み夜這い(八十六話)


 男たるもの、夜這いの百や二百、いや、もっともっとあっても不思議でねえ。オラまだ、一度もねえんだ。やり方わかんねえし、教わってもいねえ。字の如く、夜に這うんやろ。というこつは、寝静まった刻やな。丑三つ時あたりに、もそもそもぞもぞ、ヤモリんように近づくってな。

 さて、どこん家にしようかえ、顔見知りでねえ方がええのう。だと言って、めくらめっぽうに、よそん家という訳もいかねえ。となると、近場でこっちは知っとるども、向こうは知らねえんがええのう。

 こん長屋ん女衆は、みんな見知ってるのう、そいにばればれや。だども、下手によそん長屋に潜って、捕まりやしねえかや。考えれば考えるほど、難しくなるのう。わかんねえ。

 ん、そうや、夜這いの真似事、どうやろうか。こん長屋ん一人暮らしの女に、あらかじめ言っておいて、忍び込むんや。いつとは言わずに、男がのっかって来たら、そいはオラだすけ騒ぐなと。前もって示し合わせておけば、ことはすんなりといくやろう。

 さて、誰ん頼もっかな。そんなんだと、夜這いでねえけんど、まあ、ええ。長屋ん入り口から、八軒目に一人いる。あん四十路やな、話てみっか……


 オラ「あの、おばんでやす、オラは奥ん方に住んどる、てる吉いいま。ぶしつけながら、お一人と、お見受けもうした、違いますやろか?」

 カカ「んだよ、お前、たまに見かけるな、飛脚やってんだな」

 オラ「そうでやす。ちと、お願いの儀がありましての。カカさんが、こん長屋で一番に頼みやすいと見ましてな」

 カカ「何や? 聞いたる、そんかわり、ワテん頼みも聞けや」

 オラ「実は今、夜這いがしたくて仕様がねえでがす。申し訳ねえけんど、前もっての、たのんま夜這いさせてもらわれんですかい?」

 カカ「やっぱそうけ、面ん書いてある。盛りやから無理ねえ、ええど。あんな、でもお前なあ、そんなんじゃ夜這いでねえど。夜這いっちゅうのはな、突然に襲って来るんやで、頼むんと違うわ」

 オラ「それはそうや、じゃ、真似事でもええ、頼めんやろか?」

 カカ「どうしてもと言うんじゃ、考えねえこつもねえ。ワテかて、若いうちは夜が楽しみでのう、寝ずに待ったりもしたんや。だども、お前、ワテ四十路やど、若いんがええんでねえか」

 オラ「いやいや、女は全部ええ。そいに熟れた柿ん方が、うめえ」

 カカ「ワテが柿かや。じゃども、男は若い方がうめえぞ。そんじゃ、昔を思い出して、夜、楽しみんしとるわ。ええか、そいはええども、ワテん肩たんとほぐしてれっかや?」

 オラ「夜這いの後に、オラ寝ずに肩もませてもらいやす」

 カカ「よし、こいで話ついたわ。で、いつ肩もみに来るんや?」

 オラ「善は急げで、今夜どうですやろか?」

 カカ「ああ、ええよ、じゃ、待つのもなんだ、晩飯ん後で来い」

 オラ「では、夜這いになんねけんど、お邪魔しますんで……」


 こいじゃ、どう見ても夜這いでねえ。女に行く日、刻、お礼の肩もみまで先に約束しとるんやからな。だども、こいで騒がれるこつもねえ、安心は安心じゃて。長屋ん連中に知られんようにせんとのう、つまり、こっそりや。となると、夜這いやんけ、 うん、夜這いや。そっーとな、そっーと……


 オラ「カカ様や、来ましたて、オラだて、入るぞえ」

 カカ「誰にも見つからんかったかえ? 静かにのう、こっちや。あんな、夜這いはのう、いきなり抱くんやで、お前が上や。ワテん方は出来上がっておる、お前はどうや?」

 オラ「はあ、如意棒が天突く如くでやす。いきまっせ」

 カカ「おお。おいっ、声出すなや、ワテは極楽ん前で、手拭い口入れっからな。お前も極楽んとき、雄叫び挙げんなよ。そいが夜這いや」

 オラ「しかと。では、さっそく、もそもそと……」

 カカ「そんや、そう、ええで、そんや、そんや、おっっ……」


 もそもそもぞもぞと、静かにことは進みましたて。

 カカさんは、手拭い咬んで、叫ばずに極楽いった。オラも、いつもの雄叫びを歯喰いしばってこらえたわい。そうそう、よがり乳まで飛ばしおったわ。

 こいにて、お頼み夜這いだったわいな。


銭湯で刺青女に(八十七話)


 江戸ん花は、何も吉原だけでねえ、銭湯もそうや、安か江戸ん花や。

 オラん深川の銭湯は、ほんにええ。目が悦んでおりますて。ほんの小娘も、おぼこ娘も、ええ尻して騒いでおるわ。年増も負けてねえど、アネサが驚くほどの張り持ったんもおる。

 また男衆には、背中の彫り物を見せびらかすんもいてのう。女衆だって、尻や太もも、二の腕に彫ったりしとるて。

 オラはそんな気、さらさらねえけんど、仲間の飛脚では多いのう。彫り物は、鳶、駕籠かき、魚屋、大工、そんで雲助もしよる。なかでん、侠客や女衒なんぞは、背中一面にでかでかや。女で言うと、花柳界ん女、男勝りん女なんかがしよる。

 まあ男の彫りってんは、歌舞伎役者、水滸伝、大蛇退治、龍、虎、金太郎なんかや。でもって女は、弁財天、花吹雪、般若、鯉、女郎蜘蛛、蛇、蠍ってもんだ。そうそう、二の腕に、好いた男ん名命なんかもある。

 みんなこいらは、男気、女気の現れよのう、江戸ん粋や。オラ、女の彫り物が色っぽくて叶わなねえ、やる気が出るだよ。

 ああ、湯けむりん向こうに、背中ん右に般若、尻に毒蜘蛛ん女がおる。オラは、しらばっくれて女んそばに……


 オラ 「ああ、ええ湯だのう、アネサん彫り物もたいしたもんじゃなあ。般若に凄みがある、毒蜘蛛ん絡められたら逃げられんのう。白か肌によう映えてるわな、堅気じゃねえのう、何してなさる?」

 アネサ「男を頂く生業や。わかるな。アテん肌が水弾くんは、男んお蔭や」

 オラ 「じゃ、ますます彫り物に油がのり、映えますのう。お近づきになったよしみで、どこん置屋か教えてなも?」

 アネサ「こん深川の岡場所や、今夜来るかえ?」

 オラ 「行きますとも、アネサん般若に御用が大ありや、毒蜘蛛にも巻かれてえ」

 アネサ「ああ、わかったで、ほな、三河屋ってとこや、後でのう……」


 吉原なんぞの花柳界ん女は、背中一面に彫ったりするけんど、置屋娘はそんでねえ。そんげんこつしたら、銭湯に来れえねえ。肩ん端や尻、太もも、二の腕ぐれえや。さっきは、太ももの内側は、さすがに見れんかったども、あるかもやな。もう直、わかるわいな、そいも楽しみや、三河屋だな。

 ……ん、あった、あった。


 オラ 「アネサ、悦んで来ましたて、泊まってくて」

 アネサ「上がりや、じゃ今夜はアンタが獲物やな。アテん毒蜘蛛に喰われて、男汁たんとのう、ええな」

 オラ 「願ったり叶ったりでやす、そん般若にもよろしゅうのう。あのう、もしや、お股にも彫り物ありやすか?」

 アネサ「ああ、あんでよ。右に蛇、左に蠍や、アテん壺に近付くとやられるでよ」

 オラ 「やられてもええ、きつか極楽いきてえ」

 アネサ「アンタは彫り物やらんのう。そいに背中に女ん搔き傷も、あんまねえ。そんなんじゃ、女を悦ばしとるこつになんねぞ。女はな、男ん背中に思いっきり爪立てて成仏したいんや。アテを悦ばしてみい、般若ん爪で血でんまで掻いたるわ」

 オラ 「いや、そこまでは、まだ女修行の途中でやすけん」

 アネサ「女ん掻き傷は、男ん誉れぞ。アンタ次第やで」

 オラ 「よしゃ、オラん三つの得意技で、なんとかやってみやす」

 アネサ「そんや、アテが般若ん爪出すまで、ガン突きしてえや」

 オラ 「うん、うん、アネサ、オラん背中に頼むて、爪立ててんか」

 アネサ「おいおい、だけん、アンタ次第や、気張れー」

 オラ 「お股の、蛇と蠍が睨んどる、怖いよー」

 アネサ「いいから、やれーーー」


 アネサの般若、毒蜘蛛、蛇、蠍は紅に染まった。

 オラの必死の技喰らって、色は変わり毒気も取れた。

 背中には、女をよがらせた証、爪痕が生々しく残っとるわい。彫り物ではのうて、女ん爪がええ。


夢と正夢、娘っ子達の竹登り(八十八話)


 ええような、悪かような夢を見た。

 オラは酒好きだども、あんま飲めねえ、そいが深酒してもうた。寝付きは良くなんども、眠りは浅くなるのう。朝方やろて、こげな変な夢でのう……


 ふるさとは越後の竹林ん中で、オラは驚きましたて。そこには、娘っ子がいてのう、木登りならぬ竹登りやってやした。齢んころは、ほんに若か、おぼこどころん騒ぎでねえ。ほんの小娘、山ん中のアケビで言うと、猿も喰わねえ渋過ぎる実や。尻端折って竹ん跨り、高か所まで登っとったわ……


 オラ 「おーい、娘っ子や何してらんだて?」

 娘っ子「あんちゃ、かまわんでのう、ええこつしとるすけ、見るないや」

 オラ 「おいおい、男ん子でねえんやし、まして竹でねえねか」

 娘っ子「そん方が、つるつるしてての、ちょうどええだて」

 オラ 「あぶねえすけ、やめれいや、落ちたらどうすっど」

 娘っ子「男には、わかんねんだ。もみじん木みてえでねえて、竹がええんや」

 オラ 「そら、オラも昔は、もみじん木さ登ったもんだどもの。だども、竹なんか、つるつるしてて、登れんやろ」

 娘っ子「だすけ、こげな、つるつるがええてば、アイはどこまでん登る。あんちゃ、邪魔すんなて、今、ええ気持ちなんらて」

 オラ 「何言っとんだて、そんげな遊びでのうて、ほかにあるやろ」

 娘っ子「何んや、もっとええこつ、あんかいの?」

 オラ 「もちっとどころか、いや倍どころか、桁外れんこつ、あんでよ。そい教えっから降りてこいて、病み付きんなんでよ」

 娘っ子「本当け? わかったすけ降りる、わかったて、わかった……」

 オラ 「おっ、ええ尻しとる、おっ……」


 そんで、娘っ子の尻が丸見えになっての、でオラ目醒ましたんや。あんケツっ子は、いくら気持ちええ言っても、お猿さんじゃあんめえ。ん、と言うこつは、やけにええんかいのう、うん、試してみっか。じゃまた、こん深川の岡場所とな……


 オラ「今夜は、より若いんを探しとるんや、お前や」

 娘 「ああ、アテがここらでは一番くらいに若いん、遊ぶんかえ?」

 オラ「ちょんの間だけんど、頼むと言うか、試してえこつあんのや」

 娘 「何やろ、銭はずむんかえ、アテん体使って何やるん?」

 オラ「実はのう、夢見てのう、そいは娘っ子が竹ん跨り、どこまでん登ってた夢や。気持ちええ、気持ちええって、よがるような面しててのう。ほんの小娘やで。えろうませておったわ。末恐ろしかったでよ」

 娘 「あれやのう、そん子は置屋に向いとるわ。男を悦ばすええ女んなるで。一心不乱に竹登ってたかや。そいはのう、お股が気持ええからや」

 オラ「と言うこつは、たとえ降りて来られんでも、登るんやな」

 娘 「ああ、そんや。それほどに、ええんや。そげな話聞くと、アテまで竹ん登りたくなったわ、登らせていや。奥ん部屋や、来てえな、な」


 そうかや、男ん棹が、まさに竹やな。夢ん中の娘っ子は、すりすりを楽しんでたんやな、あいわかった。いずれ、すりすりから、ずこずこになるわな、そういうもんや。


 娘「あんた、ええかえ、アテも竹登りやんで、横んなってんか」

 オラ「こいが女ってもんやな、ええど、オラん竹、どこまでん登れや」

 娘「あのう、竹登りん後はのう、あんたに串……」

 オラ「ああ、わかっとる、すりすりん後はな、任せてな」

 娘「女って、正直よ、どこまでんいくんよ」

 オラ「ええど、ええど、男ん棹は女んもんや、好きにしたれ」

 娘「あうん、うん、あんがと……」


 娘っ子はどこまで登るやら、すりすりに果てなし。

 娘はずこずこ、極楽に行ったり来たり、これまた果てなしとな。

 男も女も、ともにお猿さんに。


花魁に、置屋開きを誓う(八十九話)


 年の瀬が来ましたのう、今年もいろいろと、ありましたわい。秋には慶喜公が一年もしねえうちに、オラ辞めたって謹慎しとるわい。十二月早々に、王政復古とやらで、徳川ん世も仕舞いよのう。                 

 オラはオラで、飛脚と女衒見習いやってやした。どんな世になろうと、男と女はかわんねえ。女なしではいられねえ、男なしではいられねえ、こいが人ってもんだ。 

 ああ、ええ年やった、土佐兄から回された闇の女ん味、体が忘れんわ。五月、甲州街道をたどり、武蔵府中宿、八王子宿、布田宿で遊んだのう。秋は土佐兄から頼まれた初女仕入れで、相模ん国から三人、江戸に連れ帰りましたて。こんな女、あんな女から、オラん刀を研いでもらいやした。祈願した女百人斬りまで、あと十二となりやした。今年ん打ち収めといきやすか。ええ女と決めたるわい。

 オラ、夢がある。来年は置屋を開く。面の効いた土佐兄から、どこそこん岡場所にこんまい納屋探してもらってな。そんで、手前で女集めしよう。喰うに困っとる夜鷹に来てもらおう。

 オラは、夜鷹育ちだ。銭のねえオラを、身も心も面倒見てもらった。こいは、恩返しでもある。一日を生きとる女衆に、ええ場を作るんや。雨風がしのげるぞい、飯もたんとある、悪か男は上がらせん。稼ぎようは任せる、出たり入ったりも任せる、好きにしてええ、とな。

 まあ、女集めは来年からとして、今夜は前祝いや。久々に、吉原で溺れよう……


 オラ「お上、格子越しに見たんだども、みんな高そうやのう。あんま銭ねえすけ、安いくて、ええ女はいるかえ?」

 お上「何言いま、こん吉原は高いんが当たり前やで、天下の公認や。その分、極上の女が五万といるぞえ、味のええお壺だらけやで」

 オラ「うん、わかっとる。高いんが困りもんやな、致し方なしか。だども、年の瀬くらいは、遠くまで大砲ぶちてえのう。じゃ、一番安か女、世話してんか?」

 お上「そうかえや、番外には、ワテとやり手婆がいんども、違うやろて」

 オラ「あのう、年の瀬でなければ、受けて立つんやども、そいはまたに」

 お上「ああ、来年になったら、ワテと勝負しような。そいはそうとして、ここん女はみんな無理やなあ。お前さん、小判ないんやろ。んー、弱ったなも。そんや、こうしんか。揚げ代はちゃんともらう。お前さんが出せん分、花魁に頼めいや。そんやり取りが出来れば上々やで。どうや?」

 オラ「お上、そいでいこう。じゃ、一番に優しか女、揚げてけろ」

 お上「何とかやりなはれ、ほな、二階の菊の間で待ちいや……」


 吉原はええども、高すぎるのう。ここは別格だわ、オラは岡場所や夜鷹が似合っとるんやなあ。まあ、年の瀬や。よし、花魁に縋りついて頼み込もう……


 花魁「はいな、おまっとう、アチキはミネ言いま、よしなに」

 オラ「おお、こいまた別嬪やのう、売れっ子やろし、堪らんのう」

 花魁「アニさんや、お上から聞いたわ、銭ないんやて、そんでも上がったんやて。ええ玉しとるのう。そらなあ、ない話でもねえけんど、よほどやで」

 オラ「あの、オラは女衆にある思いがあって、あの……」

 花魁「ここん来る男はのう、金持ちん遊び人、町人に化けた侍、そんで悪か男が多いんで。銭のねえ男は、やっとこさ溜めて、身銭を切って来るんやで。なあ、アチキが銭出すと思うんかえ?」

 オラ「お頼み申しやす、こんお礼は必ずしますよって、この場は何とか」

 花魁「そん、お礼によるわな。何してくれるん?」

 オラ「オラは来年には、置屋を開いて、困っとる夜鷹衆に来てもらうんや。そん覚悟で、いままで女修行やって来やした、めども付いてやす。どっかの岡場所の隅でのう、まずは、一人からのう」 

 花魁「本当かえ? 女を救うこつやるんやったら、わからんでもない。じゃあ、来年は店やるんやで、必ずな、この場はアチキが出すよってな。ほな、話まとまったわ。ここは極楽ん入口や、夢見いや」

 オラ「かたじけのう、かたじけのう」

 花魁「さあ、アチキは花、アニさんは蝶々や、密たんと味おうてな。密だらけんなって、花粉はこんでってな、遠くまでやで。アチキらの仲間は大勢おるは、困っとる女を助けてやってんか。花は密で誘い、花粉を運ばせる。女も似てるよってな」

 オラ「花魁、約束しますんで、必ずや……」


 年の瀬に、花魁と約束してもうた。もう、後には引けん、置屋を開く。

 あん花魁は言っとたな、花粉はこんでってな、と。

 こいをどう取るかやなあ、花粉かいな、花粉……


置屋、越後屋開き(九十話)


 慶応四年一月吉日、念願叶って置屋開きとなりやした。四ツ谷の岡場所の外れに、こんまいあばら屋が、そいですて。三畳間が四つの平屋で、女衆四人の稼ぎ場となるのう。土佐兄が探し出して世話してくれたんや、ありがてえですて。

 さあ、女衆に来てもらおう。儲けなんて度外視や、夜鷹衆に夜露をしのげる場を作ってのう。よし、隅田川沿いを回ってみて、えろう困っとるんに声掛けっかや……


 オラ「寒いですのう、年明けそうそうから、ご苦労なこってす」

 夜鷹「あいよ、ワテらに正月なんてねえ、盆や暮れもねえ、稼がねばだ」

 オラ「そいは難儀よのう、あそこん掘っ立て小屋がねぐらかえ?」

 夜鷹「んだよ、冬や雨ん日は、ワテん稼ぎ場だ。なかには泊まっていくんもおる、男しだいだ、男んもんだよってな」

 オラ「カカさんは五十路かえ? 稼ぎ減ってねえかえ?」

 夜鷹「そうや、年々と減るのう。仕方ねえて、ワテにはこれしかねえんやからのう。お前、若いけんど、年増と遊ばんか? 何してもええど」

 オラ「カカさんや、今のオラは遊んどるだけでのうてな、女集めしとるん。実はのう、置屋を開いたんや。そんで夜鷹衆に来てもらおう思ってな。どや、カカさんや、四ツ谷の岡場所の隅にのう、越後屋ってんがある。オラん置屋や、もし良かったら、来てみねえかえ?」

 夜鷹「いや、ここん方がええ。ワテは一人で生きて、そのまんま土んなる、そんでええ。持って生まれた性分や、腹くくっとるわいな、あと何年後かいのう。お前のな、そん気持ちだけでええ、ほかの夜鷹救いなはれ」

 オラ「ああ、わかった。カカさんの好きにしたらええがな。じゃ、だだの遊びでええから、たのめるかえ?」

 夜鷹「はいな、あの掘っ立て小屋さ来い、泊まってってもええど」

 オラ「うん、朝までおる。オラもっと、夜鷹衆のこつ知らねばなんね」

 夜鷹「あんな、呼んで字の如く、夜に騒ぐ鷹ぞ、男から男へと飛んでくんや。ええ男なんかに、めぐり会わんぞえ。ワテらは遊び女や」

 オラ「胸中察しまする。んでも、オラ、女を悦ばしてえ」

 夜鷹「ほうかや、さあ、小屋へな……」


 夜ん鷹かいな、一人で現れ、男捕まえて、喰ったり喰われたりしとるのう。男ん極楽面ばかり見て、手前では極楽知らねえんもいるんやろ。そいじゃ損やで、女ん悦び味わんとな、たんとな。


 夜鷹「さあ、入れ。汚いとこやろ、布団なんかイカ臭いでよ」

 オラ「いや、ここはカカさんの稼ぎの場じゃ。男汁ぷんぷんは、悦ばした証や」

 夜鷹「こん煎餅布団一枚あれば、喰っていける。こん体とな」

 オラ「ああ、そんや。男は女ん体が大好きじゃでのう。オラはのう、持って生まれた業かや、女なしでは生きられんのや。はっきり言う、観音池に浸かり、溺れかけてもええんやで」

 夜鷹「ほな、ワテん体で極楽いきな。溺れるまで、喰らわしなはれ。男が悦んでくれたら、ワテも嬉しいわいな。ええど、好きにな」

 オラ「カカさんや、二人して極楽いこうな、任せてくらんしょ。いろはに、ほてとーでな。ええな……」

 夜鷹「うん、一緒にのう……」


 たとえ夜鷹で終わっても、ええ夢も見れる。見させるだけでのうての。

 男と寸分たがわず同時に極楽やったら、ほんに女冥利でよ。

 カカさんや、達者でのう。オラはいつでん待っとるで。


門前の乞食遊女(九十一話)


 芝の増上寺は大きいお寺さんや。正月は江戸中から老若男女が御参りに来てますのう。そら善男善女だけでのうて、悪党も涼しい面して手合わせてますて。ともかく正月は、巷はうきうき、よう賑わっておる。

 門前では、乞食衆の稼ぎ時ですて。わっぱから爺婆まで、かなりとおるのう。女乞食ん中には、昼間はゴザ敷いて椀に銭もろうて、夜は男に身売ったもする。体に具合が悪かったり、なんだかんだで、生きんのに血肉を売っとるんや。オラの置屋に来てもらったら、もちっと楽出来るんやけんどな。

 さて、ここで声掛けっかや……


 オラ 「アネサ、オラと同じ年位だども、難儀だのう?」

 アネサ「なも、好きでやっとるんでねえがね、こいも生業だ」

 オラ 「うん、訳ありやな。みんな何かあるもんや、それぞれやよのう。そいで、夜んなったら男に遊ばれて、銭稼ぐんやな。えろう安か銭やろ、身減るばかりやろて、そいはまた……」

 アネサ「女は、まだ稼げる。男は、アテらには容赦なくのっかって来る。そん男の本性むきだし、獣みてえにのっかって来るで」

 オラ 「ああ、そいもわかる。ほかの吉原はもちろん、岡場所の女にも出来んこつをな。もっと言えば、夜鷹衆にも出来んほど、滅茶苦茶にされんやろて」

 アネサ「あんな、アテは足がびっこでのう、よう動けん。そんで、門前に座ったり、布団で仰向けんなってんのや。銭得ること出来るん、夜は女を売る、男は掛け布団よのう」

 オラ 「あのう、オラのやっとる置屋に来んかえ? 商売始めたんや」

 アネサ「お前、置屋やってんのか? 阿漕やのう」

 オラ 「いやいや、稼ぎの場を作っとるんや、そいに見入りもええで。アネサは、ここでは買い叩かれて、えろう安かろうてな」

 アネサ「それはそんだ、んだも、もう慣れた。打たれ強くなった。親に捨てられて小娘んころから股開いとる、慣れたわ」

 オラ 「そうかえ、また寺に来たときは、見に来っからな」

 アネサ「なあ、人助けだと思うんなら、アテを抱いとくれ、銭おくれ」

 オラ 「わかった、こいがアネサの糧やな、よしゃ、奮発すんで」

 アネサ「そこの団子屋の離れが、アテの稼ぎ場や、さあ、行こう。お前さんや、アテん横で支えてんか、ゆっくり歩いてな」

 オラ 「おう、ゆっくりな……」


 体が不自由だと、これまた難儀よのう。こんアネサは、親に捨てられ身寄りがねえんや。一日一日を、歯食いしばって凌いでいるんやのう。オラの助けてえ女とは、こうした女衆なんやけんどな。


 アネサ「はあっ、どうもな、一人じゃよう歩けんわ、入っとくれ」

 オラ 「一時したら帰るよってな、男ん数こなした方が儲かるやろ」

 アネサ「そうやけんど、身に堪えるわ。何もかんも男に任せる身やからな」

 オラ 「そんじゃ、オラが野郎ども分まで、まとめて出す。今夜は、オラで仕舞いにして、早う休んだらええねか」

 アネサ「もらうぞえ、アテは遠慮なんかしねえ、そんしてたら生きていけねえ」

 オラ 「ああ、そんでええ。これ、取っときな」

 アネサ「おいおい、こいまた、こげにくれるんかいや、あんがとの。アテしばらく風呂入ってねえども堪忍な、もっと汚してええど」

 オラ 「何も気にしねえ、オラは百姓出だ。納豆で育っとる」

 アネサ「さあ、お前の棹が、かいかいになっかもだけんど、好きしてな」

 オラ 「かいかい、大いに結構。かくと気持ちええ、気持ちええから、ええ」」

 アネサ「なあ、アテにも頼むわ。ええ思い、させてんか……」

 オラ 「いやなこつ、オラが忘れさせてやっから、いくで……」


 かいかいどころが、むにょむにょだったわい。

 アネサは言ってた、「今夜は何か違う、むずむずして堪んねえ」と。

 せっかく女に生まれたんや、女ん悦び、もっと味わってくらんしょ。今度はのう、蓮池見せっからな、んだば……


寸止めの、おサヨ(九十二話)


 置屋開きはやったども、何も急いで女集めすんこつもねえ。そもそも、商売抜きの場所貸しだすねのう。来たい女が来るまで、己の刀に磨きをかけよっと。ひさびさに、吉原の牛ちゃんに、ええ女に手引きしてもらおう。


 オラ 「おーい、牛ちゃんや、元気かや」

 牛太郎「おう、てるヤン、なんやら置屋やってんだっぺ。出入りしとる女衒が話したで、そいも四ツ谷で」

 オラ 「ああ、そん女衒はオラの師匠のこつや、広めてくれたんやな。そうや、四ツ谷の岡場所の外れに、こんまいあばら屋がそいや。始めたばかりというか、まだ、女衆が集らねえ」

 牛太郎「女集めも大変やな、まして四ツ谷だと夜鷹や年増のねぐらだなや。こん吉原とは格がえろう違う、まずもって若い女は無理だんべ。オラが兄貴に世話出来んのは、年期開けの大年増ぐれえだっぺ。でも吉原の大年増は銭持ってんど、そこまで流れねえべ」

 オラ 「うん、そうやな。いや、こん吉原で探す気はねえ。まあ、面の広い牛ちゃんや、さりげなくでええからのう、四ツ谷の越後屋ゆう置屋が女集めやっとったて、そう吹聴していや」

 牛太郎「おう、お安い御用で。そいで今夜は、どげな女ええっぺ?」

 オラ 「そうやな、オラは女衒見習いでもあるし置屋の主や、凄技の女がええ」

 牛太郎「じゃ、男を喰いまくっとる、そげな女衒泣かせの女、合わせたる。こっから十五軒目の、寸止めのサヨがえっぺ。てるヤン、こん女は、男を極楽ん手前でじらし、またじらしじらしや。そんで、散々と蛇の生殺しにさせっから、玉袋が鬼になっぺ。こん女にかかると、女衒らの使い込んだ大砲が、江戸越えの玉打つでよ」

 オラ 「そいは、なによりや。オラは、じゃあのう、甲斐までぶっ放すわ。ほい、駄賃や。ええ女どうもな」

 牛太郎「まいどありー。おおきにー」


 よしよし、女衒泣かせのサヨかいな、今夜はオラも泣かせてもらおう。だども、そいだけではすまん、サヨのよがり泣き見てえ。じらし地獄の後に、えろう極楽やな、となると、どうすんべか。オラが極楽へいく間際に隙を突くしかねえな。よがり泣きさせんにそいがええ。きんちゃく技をかわさんとなんね。

 おいおい、十五軒目を通り過ぎてもうた、あそこやないけ……


 オラ「お上、寸止めのサヨをたのむ、話は聞いとる」

 お上「兄さんや、ちょん切られても知らんでよ。サヨの十八番は万力やで。男の極楽ん手前で、かまぼこが切れるくれえの締め付け喰らうで」

 オラ「つまり、きんちゃくってこつやな。こいも修行じゃ、上がるで」

 お上「急くのう。おいおい、ちょんの間かえ、泊まりかえ?」

 オラ「オラん大砲が、朝までと言いよるわな。サヨのよがり泣きを見たいんや」

 お上「銭あるんやな、ほなな、角ん部屋やで」


 男んとって、大砲の玉飛ばしは、これ一つの自慢なりけり。オラのは、けっこう飛ぶ。サヨや、江戸市中を楽に越えっからな。


 サヨ「ささ、入っとくれ、あんた好きもんやね。でも、朝まで持つんかいや。人によっては、ちょん切れたなんて言うて騒ぐでよ」

 オラ「オラは女百人斬りやっとて、サヨさんで九十二人目や、鍛えとる。何が何でも、サヨさんの、よがり泣き見んこつにはのう」

 サヨ「あんたの亀さんが、極楽にいくにいけなくて困り面になんでよ」

 オラ「寸止めの技やな、万力並みのきんちゃくかや、結構やない」

 サヨ「兄さんや、がまんがまんの後の大砲は、えろう飛ぶでよ。アテも、熱かもん奥にもろうて、女冥利に尽きるわ」

 オラ「ああ、そんや。甲斐の国目指して、熱かもん、ぶっ放すわ」

 サヨ「ふふふっ、亀さん大丈夫かえ、知らんぞえ、ほな、来ていや」

 オラ「きんちゃくに、負けんぞい……」


 オラの亀さんは、サヨのきんちゃくん技を喰らい、ほうほうの体やった。

 寸止め地獄を繰り替えされた挙句、蛇の生殺しみてえになったときや。

 サヨのひるんだ隙に、のぬふ突きで、共に極楽大往生。玉は甲斐まで飛ぶかの如く、はじいてもうた。よがり泣きも、えかったわ。


五十路女と、助平娘(九十三話) 


 四ツ谷の岡場所ん外れにある、こんまいあばら屋が、オラの開いた越後屋だて。今年そうそうに看板出したはええが、女衆が、まだいねえんや。こいじゃ、開店休業どころか、ただの小屋だわいのう。狭いども四部屋あるすけ、四人は集めんとだ。どうしたもんかいのう。前に四ツ谷で約束した、五十路の痩せっぽち夜鷹は、もういねかった。 

 そう言えば、オラが江戸に出て来たあくる年、初めて夜鷹と遊んだこつがあってのう。隅田川沿いを夜、ふらふら歩いとったら、ええ女が近づいて来よった。アネサ被りをしたゴザ持った女が、月明かりん中でゆらゆらしとった。オラに声掛けて来たの、面がやけどの跡でただれていたども、そいが別嬪でな。やけどさえ、せんかったら、また別な生きようがあるんに、不憫やったわ。五十路になっても、浮き世の花。一切れ一切れを男に売って凌いでおる。

 あん時、オラは言った「オラが置屋を開いたら来てくれるかえ?」と。そしたら「悦んで行くよ、いつまでも置いとくれ」と言ってたわ。そうや、あん女を呼ぼう。まだ、隅田川にいるかや、行ってみっか……


 立春来ても、夜風は冷たいのう。夜鷹衆が何人かいるども、暗いは被りもんしとるで、ようわからん。あん時は、えろう色気が漂ってたんで、そんで決めたんや。向こうから来る女が、そいかいや。色気が違うわい。


 オラ「姉さんや、もしかして二年前に世話んなったこつあるのう?」

 キヨ「えっ、お前さん、あん時のこつ、憶えているんかえ」

 オラ「ああ、別嬪だすけ忘れん。あん話の続きしてええけ?」

 キヨ「わかっとる、あんた夢叶ったんやろて、えかったなあ」

 オラ「そうやそうや、置屋、開いたわい。姉さん、迎えに来たでよ。姉さん、気持ち変わってなければ、四ツ谷の小屋に来るかい?」

 キヨ「ワテは六十路に近付いておるわ。そんでもええかえ?」

 オラ「もちろんでねえか。オラは夜鷹衆の味方や。居場所を作りたいんや。稼がんでええど、飯たんとある、いつまでもいてくれて」

 キヨ「あんた、何で夜鷹に優しいんや?」

 オラ「オラ、女に生まれてたら、夜鷹してたかもしんね、だすけ……」

 キヨ「わかったわ、ワテ行く。なあ、仲間の娘も置いとくれな。あん子は、口が不自由で、よう喋れん。男客に騙されるん」

 オラ「ええど、オラと、兄貴分とで守るわい。こいで二人やな。姉さん、名を聞いてなかったな、そいと仲間の娘は?」

 キヨ「ワテはキヨいいま。あん子はナミですがね」

 オラ「じゃあのう、明日の朝に四ツ谷の岡場所ん外れ、越後屋に来てくれて。みんな用意して待っとるすけの、仲良しと二人でのう」

 キヨ「なあ、今夜はワテと遊ばんのかえ?」

 オラ「明日から、同じ飯やないけ。ええんや。今度は、肩もんでやるわい」

 キヨ「そんじゃ、世話んなる。あん子を今夜は可愛がっておくれな」

 オラ「そうやな、置屋の主たるもの、一度は抱かねばなんね、一度でええ。そん子も不憫だて、飯たんとやるで、好きにさせるわい」

 キヨ「ナミのねぐらは、川辺の掘っ立て小屋や。話付けてくるよってな。向こうにあるやろ、後で行きいや、では明日にな……」


 こいで良しや。二人決まりもうした。

 さて、ナミいう娘はどげなやろ。明日から同じ飯や、抱くんは今夜こっきりや。置屋の主は、壺の良し悪しを知らねばなんねて。


 オラ「入るぞい、あんたナミやな。キヨさんと話しまとまったかい?」

 ナミ「アテ、も……行って……ええんかえ?」

 オラ「悦んで迎えるで。楽にしてえな。好きに稼げばええ、任せるよってな」

 ナミ「あ、あんた、女ん気持ち……わ、わかる……見てえや」

 オラ「オラはのう、三つん時にカカに捨てられ、七つん時から後釜に酷い目にあってのう。女がわからんようになってたんや。そんなオラを、夜鷹衆とかが救ってくれたんや。だすけ、置屋開きは、恩返しでもあるんや。稼ぎやすか場を作るんや。安心して寝れる場や。守ったるわい」

 ナミ「男……に、とって、女ん体は、極楽……や。せやから……の、生き、られるわいの、よしなに……していな」

 オラ「ああ、キヨさんと明日ん朝、四ツ谷のオラん所に来てのう」

 ナミ「うん、そう……すん、ど。なあ、今夜は……抱い、とくれな」

 オラ「思いっ切り抱くで。ナミの骨がきしむほどしがみ付く。明日からは身内みてえんもんや。朝までかけて、女ん悦び味わってのう。抱くんは今夜だけや。オラん技、越後の牛突き、のぬふ突きで極楽いってな」

 ナミ「牛突き……のぬふ突き……アテ、それほしか……」

 オラ「骨に堪えるでよ。そん分、えろう極楽だて、ほな、ええな」

 ナミ「アテん身……あ、あんたに任せる……極楽、あんたと……。女って、な、女ってな……あの……」

 オラ「わかってるがな、目つむんな、わかるよって」

 ナミ「ま、守ってな……ずっと、な……」

 オラ「まずは、この世ん極楽からやで、さあさあ、楽にのう」

 ナミ「女って、な、あの……」

 オラ「だすけ、わかったわかった、任せなって」

 ナミ「女ってな、ど、ど助平よ……来て……」

 オラ「あっ、そいでええんじゃ。女はど助平に限るわ。じゃ、いきなりいくで。こいが越後の牛突きや……」

 ナミ「ご……極楽……極楽っ……」


 ナミは、ど助平やった。

 小娘ん頃から、夜鷹として渡世を送って来たんや。数多の男らを悦ばし、それらの男らにしこまれ、ええ女になってたわ。

 さて、五十路女と、助平娘とで、置屋稼業が今度こそ始まるわい。

 越後屋、どうぞ御贔屓に……


スミの、置屋替え(九十四話)


 兄貴分の土佐兄からは、女衒稼業の、イロハを教わっておる。闇の生業。血肉を喰らう世界よ。良く言うと、まあ、人繋ぎよ。


 女衒心得

 其の一 毎日、女を抱け。 

 其の二 一発一発に魂を込めよ。

 其の三 女ん壺を、六等分に仕分けよ。

     (上の上、上の下、中の上、中の下、下の上、下の下)

 其の四 女ん売り買いの前夜は、玉袋ん中を空っぽにしとけ。

 其の五 女は呑ませて仕込み、床技を付けて高く売れ。

 其の六 腹をくくり、土性骨でやれ。


 オラは、一については、長屋の隣部屋のキクに、ほぼ毎日抜かれ取る。二は、ヘソの穴に力入れて、がまんがまんの挙句に大砲ぶっとる。三は、道半ば。四、五はこいから、六はまだまだ先とな。

 そんキクと言うんは、オラの一回り歳上の女でのう。つーかーの仲で、かゆい所に手が届く歳の離れた姉女房みてえや。気立てのええ女で、訳あっての出戻り、子はいねえ。そんで、もう、お上がりで、オラとの間でも子は出来ねえて。身内みてえなもんだすけ、今度、四ツ谷の長屋に一緒に越すことにした。開いた置屋が四ツ谷の越後屋、キクに店番してもらおう。こんまい四部屋だけの平屋だんども、お上だわい。


 オラ「キクや、四ツ谷に越すんは他でもねえ、おまん、店番やってのう。ようやく二人決まったんや、飯、身の回り、なんだかんだやってな」

 キク「あんたん、どげな女たちや?」

 オラ「うん、訳ありや。あん二人は隅田川で夜鷹しとったわ。五十路の面にやけど跡んある別嬪と、口の不自由な二十歳過ぎの娘や。難儀しとるんで、ここで夜露をしのいでもらうんや。悦んで、ここ来る言うてのう、オラ、守ってやる決めたんだ」

 キク「ほうかえ、あんたんなりの道やな。ええ女衆に来てもらうんやね。わかったで。お上ん真似事から始めるわ。そんで、もう後、二人やね」

 オラ「そうや、どっかで探して来るわい。頼むでよ」

 キク「あの、立ちの悪か男が来たらどないしょ?」

 オラ「大丈夫や、土佐兄に出て来てもらう。女衒が付いとるけ。そんで、泊まりはなしや、ちょんの間だけで晩過ぎには店閉める。おまん、あん二人に飯たんとあげてのう。布団もええのをな。客との助平布団とは別に、用意するんやで」

 キク「あんたん、銭あるんかい?」

 オラ「そいは、土佐兄の仕事を手伝う。女衒は、ええ稼ぎんなるけん」

 キク「あの、今までの、町飛脚も続けるんかいや?」

 オラ「そうや、あん仕事で街中廻っとると、ええ女を見かけるからのう。何も女だけでねえ、人のやり取り、世間の風がわかるんじゃ」

 キク「女や。あんたんは、本当に女好きやね。千人斬りでもしたれ」

 オラ「もうじき百人斬りや。そいは、おいおい、どこまでかいのう。女衒の男気でもある。キクや、オラ三足の草鞋でいくでよ。稼ぎようは、女衆に任せるんや、居たいだけ居てもらうんや。おまん、優しいお上んなって、女衆頼むぞい、ええな」

 キク「はいな、ええ置屋を作るんやな。女衆にとってもな、本当の極楽ん地やな。あんたんの女観音道、アテ、支えるで、好きにしてえや……」


 そんなこつで、四ツ谷に越して来やした。今夜は人集めをかね、地元の岡場所あたったるわ。置屋どうしの銭の絡んだ女の引き抜きは、まだオラには荷が重い。まずは客んなって、なじみんなり、そんで話してみて、まとまればええのう。オラの培ってきた得意技を繰り出して、下の口にも、うんと言わせねばだて。よしゃ、今夜は、あばれ太鼓打ちしたろう……


 オラ 「こん四ツ谷は、町衆目当ての置屋だらけやのう」

 アネサ「そやで、よそ者は来んわ。面見知ってるんが、常連で遊んでいくんや」

 オラ 「アネサの常連は何人おるんや? ちょくちょくかや?」

 アネサ「六、七人や。中には朝までねばるども、ちょんの間が多い。まあ、だいたい月に五度は打ちに来るわい」

 オラ 「あのオラ、生業からして知りてえんだども、年に何人さばいとるんや?」

 アネサ「盆や暮れ正月を除くと、一日で五、六人やろ。月で百五十、年で二千位かや」

 オラ 「ほうか、じゃ十年で二万、三十年で六万やな。凄かのう」

 アネサ「いや、そうはいかんて。年増んなれば客減るでよ。若い体がええんや」

 オラ 「そいは、もったいねえ話よのう。年増ん甘か密に、たどり着かんとはのう。オラなんか、皮剥けの女が五十路でのう、まっぱじめから黒密に溺れたでよ。今では、そいが高じたんか、こん四ツ谷の外れに置屋開いてもうた。今年んなってから出来た越後屋がそいで、オラが主や」

 アネサ「ん、あん小屋がそうかえ。女だれもいねえぞい」

 オラ 「看板先に掛けたんや。やっと二人、今度来るんや、仲ようしていや」

 アネサ「お前が主とはのう。若いのに、ようやるわ。相当に女好きやな」

 オラ 「うん、そいだけはお猿さんにも負けん。でもってな、あと二部屋空いとるんや。ここには、人集めを兼ねて来たんや、アネサ、良かったら来んかえ?」

 アネサ「アテはこん店がええんや、他当たれなはれ。さっ、遊ぶだけや、さあ」

 オラ 「アネサや、もしのう、オラん腰技で大往生とげたら考えてんか?」

 アネサ「何言うね。アテらは極楽いった振りも、ようすんで、見極められるかや」

 オラ 「そいは、男の沽券と股間かけ見抜くわい。あばれ太鼓打ち喰らわしたる。祭りばやしから取ったんや。浅深の連打、堪えれた女はいねえでよ。ほな、いくで……」


  ……深、浅、深、浅浅浅浅、深、浅、深、浅浅浅浅、浅浅浅深、浅浅浅浅、深深深深、深深深深……

         

 アネサ「……ア、アテ、え、越後屋さ、行く……いぐっっ……」


 三人目は、あっさりと決まりもうした。

 芸は身を助けるかや、女悦ばしの技は、置屋稼業にもってこいや。スミと言う三十路ん女や。先のナミと同様、根っからの助平女や。

 置屋は、こうでのうてはのう、ゆくゆくは千客万来やで……


土手ぼくろ(九十五話)


 男も女も、助平ぼくろ、と言うんがあるんや。こいまた、ふんどしん中、着物ん中ときとるんで、いざ、本能寺となるまでわからん。面にあるほくろでわかればええども、助平ぼくろは、股ぐらにあるんやけん。

 オラは自慢じゃねえども、亀の頭に二つ鎮座しとる。南南東の方角に一つ、そんで北北西に一つですて。こいは、鬼門と裏鬼門みてえなもんかのう、左右に仲良くのう。女の、あれとあれが、大好きな証だわい、生まれつきの好き者ですて。オラは、女衒に向いとるんかいのう、ほくろがのう、ほくろが……

 女の助平面は、目と目が離れておれば、そいだけ男好きと言うのう。また、近づかんでも、お密ん匂いが、ぷんぷんして誘っておるわい。置屋ん女は、根っからの真打、ど助平女がたんとおる。男は女を喰うつもりで向かっても、逆に女の返り討ちに会い、ふらふらんなって帰るわ。

 そいらの女衆は、当然の如く、助平ぼくろ持ちが多いんや。一つや二つでねえど、三つ四つ、いや、まだまだ、胡麻並みもいんど。男と女の助平勝負、こいは、ほくろん数がもの言うぞい。

 二つ星ん男は、一つ星ん女には勝てる、二つ星ん女とは五分五分じゃ。オラみてえな二つ星は、三つ星ん女には勝てんかもしんね、まして胡麻土手にはのう。そうは言うども、二つ星の意地で、蟷螂の斧で勝負挑んだるわい。


 オラ「お上や、こん品川宿で、一番の胡麻土手女はどこにおるかえ?」

 お上「ど助平女んこつやな、うちにもおるで、一番でのうても、ええやんか?」

 オラ「うん、女真打に赤玉ぶっても許してもらわんよか、まあ、ええな。ほんじゃ、こん置屋一の、土手ぼくろ女、お手合わせ頼むて」

 お上「はいよ、朝までかけて勝負したれ、お前、青菜に塩んなんでよ。あ、そうか、お前も助平ぼくろ持ちかいな、胡麻土手ゆうからのう」

 オラ「そんや、お上。こいは自慢だども、亀ん頭に二つもあるわい。南南東と北北西にありもうす。二つ星が女狙ってやす」

 お上「お前なあ、たった二つじゃ叶わんでよ。うちのミメは胡麻やで。まあ、夜中にミメんよがり声が宿中に響いて、ワテが目醒ましたら、お前ん勝ちや。ほな、二階に上がれ。まんづ、負けやな。けけけっ……」


 二つ星と、胡麻土手ん勝負や。助平ぼくろの数では叶わん。オラの三つの技繰り出しても、どうやろて。

 昔、女忍者に教わった四十八手んなかに、弁慶の薙刀と言うんがある。こいは、薩摩ん剣法の一刀斬りみてえで、一突きで決めるんや。

 ちぇすとーー、こん一突きや。よし、試してみんど……


 オラ「入るぞい、ミメゆうたな、今夜は寝かさんで、朝までな。あの、お上から聞いたけんど、胡麻土手やて?」

 ミメ「そんや、アテは持って生まれた胡麻んせいで、男に目覚めるんも早くてのう。男から男へと流れとるうちに、こん置屋にたどり着んたんや。アテんとってな、置屋は天職や。銭貰うて極楽いける、こら堪らんわ」

 オラ「そうかえ、天職かえや。やはり、胡麻土手んせいやな。わかったで。オラは星二つや、無類の好きもんだども、さすがに胡麻並みにねえ。なんか、もう、勝負ありやな。う、じゃ、こうすんど、オラ薩摩ん武士なんど。もとは越後ん百姓だども、ここは薩摩弁を真似して薩摩武士ん技で向かったるわい」

 ミメ「越後でん薩摩でんええけん、アテ悦ばしてみい。赤玉飛ばしたるぞい」

 オラ「赤玉? 空砲じゃ勘弁してくれんごわすか。そいは頼もしか。そんじゃ、おいどんは、薩摩の一刀斬りで挑もうそう。おはんの、恥ずかしか骨がきしむでよ。たんと、よがってくんせいや」

 ミメ「薩摩かえや? そい、喰らわしてんか」

 オラ「ほんのこて、よかおなごや。じゃっど、壊しやせんど、商売道具だで。そいは、安心してたもんせ、そんじゃ、いきもうそう」

 ミメ「どうすんや? 初めの一突きで、はっ、何んなん、あっ」

 オラ「……ちぇすとーー」


 おいどんの、薩摩ん一刀斬りでどげななったかは、語らんでもわかりもうそう。

 ミメには屁の河童でごわした。ほんのこて、こん技は難しか。まして胡麻土手女には、そいやった。助平ぼくろん数は正直でごわす。

 ああ、朝方、青い面して宿を出てもうした。薩摩弁も、抜けなくなりもうそう……


おんな男をかわし、おとこ女と(九十六話)


 菊を売る男もおる。なかには、女ん振りして客引きしてますのう。そいも、めんこい面して、胸元には綿詰めて、どう見ても女や。声も、香もぷんぷん、男寄せの密ん匂いまで漂ってくるわい。そんなんに騙されれ宿に上がり、いざ、本能寺の手前で仰天すんもおる。客も菊と知ってて菊遊びすんは、そん男の好き好きやけんど。

 オラは菊は御免である。男の口技もしかり。女の菊も、これしかりなり。刀が錆びよる。青龍刀は女ん壺に研いでもらうんが、王道や。

 新橋の夕暮れ時んなんと、置屋ん前に、たんと客引き女が待ち構えてるわい。よし、冷やかしがてらに……


 オラ  「おお、ええのう。オラ好みやで、体付もすげえ、遊ぼうかな」

 おんな男「若さんや、アテん胸見てえな、心地ええで、好きんしてええで」

 オラ  「でも、尻が小振りやのう、手がごつごつや、お前さんもあれかえ?」

 おんな男「なに言うんや。客ん中には虜んなって、よう通うでよ」

 オラ  「お前さん、本当は男やろ。オラみてえな、ど助平を騙せんぞ」

 おんな男「あいゃー、わかったかい。そんや、男は男やけんどな、気持ちようさせたるで」

 オラ  「いや、菊も口技も御免被る。女一本で、もう直に百人斬りや。ゆくゆくは、女観音道を目指すんが、オラだ」

 おんな男「あんな、男やから男んこと、ようわかるやんけ、試さんか? そいにな、色を売る男は、女よかも、もっとええ艶出せるで。じゃ、菊なしで、アテん口ん中で、ぶっぱなしたらええ。一滴残らず、五臓六腑に収めるぞえ。どうや、連発してんか」

 オラ  「そかや、お前、男汁たんと入っとるんやな、そんで色っぽいんやな」

 おんな男「ああ、呑むほどに艶が出、より女に近付けるんや」

 オラ  「肌に艶が出るわけだ。口元がぷっくりんも、そいかいや。オラは止す。よそあたってんか、んだば……」


 やはり、菊も、男ん口も、嫌や。女ん口は、そらもう好きじゃて、ザクロはもっともっと大好きじゃ。酒も生一本。すけべ道も女一本や。

 今度は、あの痩せ形んに声掛けっか……


 オラ  「いやのう、さっきは胸元に綿詰めやがった男に当たったわい。お前さんも、菊かえ?」

 おとこ女「アタイは、ええ壺持っとるわい。使い込んどる割には、おぼこ並みやで」

 オラ  「ああ、そいは失礼いたしやした。お詫びに、オラん大砲で御勘弁を」

 おとこ女「ぷっ。えかや、痩せとる女は締まりがええで。だども、何でん呑みこむ。兄さん、大砲が悦ぶで。ほな、こっちや、上がれや……」


 オラは、もともと、肉付きのええ女が好みやけんど。色んな女と、お手合わせ願えてえ。一つとして、同じ壺はねえ。カズノコん数、めめずん数、深浅と、みんなみんな違う。さて、今宵の女は、いかに……


 おとこ女「さあ、アタイの部屋はここや、ちょんの間にすんかえ?」

 オラ  「朝まで大砲ぶつかどうかは、こん大砲が決めるわい。しかしのう、菊を売る男は、根は女かも知んねな。生まれ違ったんかもな」

 おとこ女「そやな、中には女よか女っぽいんもおるわい。男が好きで、アレが欲しくて、菊や口を売るんやなあ。そいも人の道やで。女かて女が好きで、合い舐めすんで。男に両刀使いがおるように、女にも、壺好きがおるんや」

 オラ  「オラは女体道一本や。ゆくゆくは女観音道や。あのう、お前さんは男っぽいけんど、女にも、あれけ?」

 おとこ女「とんでもねえ、アタイは男ん大砲一本やで、骨に響くんが堪んねえ。さあ、兄さん、狭か壺で極楽へな、アタイも連れてってな」

 オラ  「うん、オラは女を極楽送りしてから、果てるんが信条やで。男も女も、これほどええ極楽はねえ。一緒にも果てような」

 おとこ女「壊してもええで、来てえな……」


 痩せ女も良し。あん女の骨がきしむほどに、大砲喰らわしたわい。

 オラん大砲は、朝んなんまで、おかわり砲をぶった。

 男ん大砲は正直や、女によっては連発。泊まる羽目になってもうた。

 おとこ女、お潮まで吹いたわい。


愛染明王の女(九十七話)


 オラの始めた四ツ谷の置屋は、集めて来た三人の女が、よがりながら稼いでおるわ。そうやで、稼ぐからには楽にのう、そんで極楽に連れてってもろうたらええ。

 男は一発一発に命を掛ける。この世の極楽にいった後は、みんな、ええ面んなる。たとえ悪党でも、果てた後は童みてえに、また、善人面になっりもする。女は観音面んなる。もう片足は向こうみてえに、この世とあの世の境をさ迷う。

 こいから語るんは、土佐兄にあてがわれた褒美、女衒まわしの闇ん女や。こん稼業には、役得があってのう、凄か女がまわってくる。

 オラは土佐兄んとこへ、面出しに行ったんや……


 オラ 「ごぶたさしてやす、女集めん時は、また声かけてくだせい」

 土佐兄「おう、わかっちゅう。こいからの女衒のイロハは、おいおいやき。今はのう、一人でも多く抱くんが修行やきな、ええな。そんや、おまんの置屋ん調子はどうやき。客来とるかや?」

 オラ 「あいから、なんとか三人集めて、ほそぼそと。部屋が、後一つ空いとるで、どっかで探すつもりでやす」

 土佐兄「そっかや。なあ、おまんとは、穴兄弟や。そんよしみで、また、闇ん女喰わせたるき。そん女はの、左の二の腕から肩んかけて、彫り物入れとる。愛染明王や。腹に力瘤の入った憤怒の面構えやきな。真っ赤な明王でな、そんで女が極楽ん時は、真っ赤赤に燃えよるで。おまんも、そん女の愛染明王を、燃やしてみい。女衒の端くれやったら、そいぐれえ出来るやろ。二人して蕩けんか」

 オラ 「ほう、今度は愛染明王を抱かせてくれますけ、かたじけのう」

 土佐兄「てる吉、ええかや、そん女の彫り物、じろじろ見たらいかんぜよ。訳があるきな。まあ、見抜いたら、おまんにくれてやってもいいき。世を逃げとる女ぜよ。闇ん中が居場所や、その日の男が、その日の布団や。女衒ご用達や、一日を隠れ生きてる女やき、好きんしてええきな」

 オラ 「土佐兄、じゃ、オラが彫り物ん秘密見抜いて、真っ赤赤にしたら、くれるんけ?」

 土佐兄「ええんやき。こいで、おまんの置屋が埋まるやろ、可愛い弟分やきな。そいとな、置屋の主たるもの、店ん女には、もう手出すなや。女衆は客んもんやきな。店ん出す前に抱きまくったれ、ええな」

 オラ 「ありがてごわす、また、良しなに……」


 さて、いつもの深川ん町屋に、愛染明王がお待ちや、急がねばなんねて。土佐兄の宛がって来る女は、みんな凄いからのう。前にあん町屋で、骨ん成りかけたこつもあんけど、真剣勝負やな。


 オラ 「土佐兄絡みや、朝んなんまで、ええな?」

 闇ん女「はいな、アテん今夜の布団は兄さんや、存分になも」

 オラ 「あの、毎夜毎夜と違う布団に寝とるんかえ、居場所は?」

 闇ん女「特にねえな。昼間は軒下や、そんで声掛かると男ん元へな。朝んなんまで、おもちゃんされて、昼まで寝て、晩までぶらぶらや」

 オラ 「と言うと、根無しちゅうこつやな。悪党どものたらい回しやな。こいまた難儀や。野郎どもは、狂ったようにのっかって来るんやろ?」

 闇ん女「そんでええ。なんもかんも忘れさせてくれる、ええ夢ん中や」

 オラ 「もし、良かったらの、あんた次第だども、オラん置屋に腰降ろさねか?」

 闇ん女「アテはのう、根無し草がええんや。男から男へとな」

 オラ 「まあ、訳があるんやろて、いつでも来てくれてええでよ」

 闇ん女「あんな、アテはのう、腕に彫り物があるんや。愛欲が深すぎてのう」

 オラ 「聞いとるわい。愛染明王やろ。欲を鎮める為に彫ったんやろ。そんでも、極楽さ迷っとる時は、より真っ赤んなって暴れるやて。女はそんでええんじゃ。男どころでねえ、底なしの極楽味わうんやけんな。オラはな、今度は女に生まれかわってみてえ。羨ましいでよ」

 闇ん女「アテはな、やっぱ女がええて。ひもじい家に嫁ぎ、子、孫がほしい」

 オラ 「なあ、オラん所さ来ないけ、楽に稼いで、いつまでも居てええで」

 闇ん女「彫り物あんから、置屋に置いてもらえねえんや、ばれるんや。こん愛染明王は重ね彫や。何を隠しとるかは、玄人にはすぐわかる。女衒らに弱み握られとるんやで。もう身も心も、もぬけや、ぺんぺん草や」

 オラ 「見せてんか。左やな、どれ……おっ、こいは、まさに鬼やな。そんで、腹ん力瘤が六つあるわな。三分の黒線が二本、はっきりやな」

 闇ん女「兄さんや、あんま見んといてな、恥ずかしいわ。アテ、男好きで仕様がないんやで、だから、鎮めよう思うてな、こいを」

 オラ 「違うやろ。わかったわ。オラはそんでもええ、オラん所来いて」

 闇ん女「……アテ、な、逃げてな、こうしてな、今も」

 オラ 「もう済んだこつや。こいからは逃げんでええ、安心してや。よし、オラが愛染明王を真っ赤赤に染めれたら、考えてな、な」

 闇ん女「兄さんや、明王様ともども、アテを燃やしてんか、そしたらのう」

 オラ 「置屋に来てくれるんやったら、抱くんは今夜切りや。店ん女には、手出さないんが主ってもんやからのう。あんたが江戸だというんは、さっき見た。名は?」

 闇ん女「コト言いま。本当にアテ、置いてくれるんかえ?」

 オラ 「ああ、オラは困っとる女衆に場を作りてえんや、悦んでな。じゃ、十八番の技、みんな繰り出して、真っ赤赤にしたるで」

 闇ん女「アテかて、腹ん力瘤で狂い腰やったるわ」

 オラ 「そやそや、へし折ってもええで、ま、そんつもりでな、さあー」

 闇ん女「うん……うん」


 コトには、江戸ん入れ墨があった。

 三分の二本線を、愛染明王の腹ん力瘤で隠してのう、本当に難儀しとる。こいからは、オラん元で楽にしてもらおう。

 愛染明王様は、真っ赤赤どころじゃなかったわ。


初女仕込み(九十八話)


 女衒の大事な仕事の一つに、女仕込みてえんがある。

 仕入れた女の味見をして、そん女の頭の先から足ん先まで知ってのう。壺の良し悪しは仕様がねえども、床技、男の悦ばせ方を身に付けさせるんや。なんだかやして、少しでも高く売る。高下駄を履かせて、吹っ掛けるんやで。

 ええ女にすんには、女の極楽、底なし沼ん中で悶えねばだて。そんで観音開花する。花によっては狂い咲きすんど、男は粉んなる。粉んなって、塵んように風に吹かれ漂い、また女の壺ん中に帰って来るんや。男を粉んするよな、ええ女に仕込まねばなんね。

 土佐兄なんて、今、五人の女を手取り足取り腰取りで仕込んでおるわ。毎夜毎夜の仕事ゆえ、玉袋が空っぽや、そんでもやる。女衒の意地や。まあ、あん方のドス喰らったら、否が応でも女は観音になる。

 オラん青龍刀で仕込むには、どげなしたらええんかえ。土佐兄に、仕事を頼まれたんや……


 土佐兄「てる吉、おまんにくれてやったコトはええ玉やろ。あん女は罪人やき、昔を隠し闇から闇へと風任せん女やきな。んでも、おまんの置屋に骨埋めるんやてな、たんと面倒みてんか。ええか今度はな、一仕事してほしいやき。オレん替わりにな」

 オラ 「なんでんしまっせ、言ってくらっしゃい」

 土佐兄「オレは今、女五人仕込んでて、手と言うか腰が回らんのや。銭やんから、六人目ん女、頼むから仕込んでんか」

 オラ 「はあ、銭貰おうて女が味わえるんですかえ、こらええですの」

 土佐兄「おい、こいも女衒の仕事やきな、高く売る為やき。さすがにオラも、腰をやられねかねえ。六人同時は堪えるきな。ミトゆう二十歳娘や。生娘ではねえ、男なんぼか知っちゅう。頼むきな、あの深川の町屋で待たせてるき。腰が痛いんや、まかせたきな、ほなな」

 オラ 「はあ、しかと……」


 さてさて、銭貰おうて女を仕込む仕事かや。こいは、遊びで大砲打つんと訳が違う。つまり、我慢我慢やな。どうすんべか、オラまだ四十八手を全部知らんのや。となると、オラの三つの十八番でやるんかいのう。

 んー、こいは仕事や。我慢仕事や。よしゃ。


 オラ「お前がミトやな、土佐兄から仕込みを頼まれたんは、オラや。女衒の端くれやども、初仕込みや。まあ、仕込んだるで」

 ミト「兄さんや、アテんこつ、良しなにしてんか、まかせますわ」

 オラ「あの、まずは男んキノコは何本知っとるんや?」

 ミト「まだ、ナメコみてえんが、三本だす」

 オラ「そうかえ、ええキノコ喰ってねえんやな、そんじゃな。そんじゃ、まだ、女ん悦びも知らんやろて、おいおいとな。ええか、男んキノコは大事じゃて、松茸や天狗タケ喰わんとのう。キノコで言うと笠んとこ、つまりカリがものを言うんや」

 ミト「カリ? なんだずら?」

 オラ「まあええて、じゃ猫んたとえてみんど。首ん裏や。猫は、そこを撫でられると、目細めて悦ぶでねえかや。男もそんだ。蟻の門渡りやられたら堪んねえぞ」

 ミト「蟻、蟻がどんした?」

 オラ「ええわい。それよかもな、男んカリと、女ん豆は兄妹でよ」

 ミト「はっ? わかんねえて。豆は、アテん宝もんや。気持ちえくてしょうがねえ。同じって?」

 オラ「男も女も、元々は同じなんや。カカさんの腹ん中で、変わるんや。気持ちええとこは、これ同じなんや。ミトや、カリってんがわかったな?」

 ミト「ああ、わかったわ。男はカリが宝もんやな」

 オラ「えかや、男はそんだども、女は、まだまだあるでよ。あれとあれ、またあれもそう、女によっては菊もそう。ほんに、女は得よのう。体中に極楽持っとるわい。男はな、女の持っとる宝もんに溺れ、骨の髄まで味わいてえんや」

 ミト「ってこつは、カリを悦ばせればええんやな」

 オラ「そう、やっとわかったかえ。そんやで、気持ちの持ちようは教えたで。床技については、またにすっかや。口が疲れたわい」

 ミト「いや、さっそく技、教えれくらんしょ。アテの宝貝がうずきよるわ。いくら使っても、疲れねえんが宝貝やろ。使い込むほどに味が出んのやろ。アテはナメコしか知らんかったんや、兄さん、ええキノコくれて」

 オラ「あんな、オラんのは紅天狗タケや。おまけに四寸半もある。毒あんでよ。痺れるっぞ」

 ミト「毒キノコでんええ。アテん貝、色貝にしてけろ、バカ貝でもええずら。置屋に流れたんや、こないなったからには、キノコ喰いまくるわいな。さあ、兄さんや、思いっきり仕込んでんか、アテん貝まかせるわい」

 オラ「ミトやミト、好きこそ物の上手なりや、キノコ汁、たんとのう」

 ミト「我慢できねえじゃ、何しとるんや、早う」

 オラ「うん、んだばの、四十八手の、イロハから……」

 ミト「そんなんええ、ええからキノコ、キノコ、これ……」


 女初仕込みといえども、ミトは置屋向きの女やったわ。

 こいからは、オラん十八番ん技で、ますます、すけべ貝にしたるわい。

 オラの紅天狗タケは、しょげるほどに喰われてもうた。置屋ん女はそんでええ。男を楽しまんで、どないする。極楽に連れてったり、連れてってもらったりして、みんな成仏や。


女刺客、おリョウ(九十九話)


 慶応四年も六月んなった。江戸はオラん越後と違うて蒸し暑いのう。こんな夜は女ん膝枕で、ウチワ振ってもらったり、耳こちょこちょがええ。内縁のキクは、よう置屋のお上をやってくれとるわ。オラは安心して飛脚ん仕事が出来る。女衒の下働きも出来るて。

 こん飛脚やっとると、様々ん世間の話が耳に入ってきよる。何やら、東海道ん方で、奇妙な唄踊りが流行っておる。老若男女が面に粉塗って、通りにごちゃんと出て、踊り狂っとるんやと。こんな掛け声でのう……


 ……えじゃないか えじゃないか えじゃないか……やと。


 町衆が大勢と繰り出しとるんを、お侍さんも、大目に見てんや。街道の遊女屋なんぞは、大流行り。ガキや爺まで上がり込むと。宿んお上はさばき切れず、銭貰ったんかどうかも、わからん始末。置屋んよっては、大盤振る舞いで、ただで女抱かせるとこもな。

 なんやら、こん渦はただ事でねえな。徳川ん世は仕舞いじゃのう。今度は、直に江戸でも、大流行りになんでねえの。

 えじゃないかえじゃないかえじゃないか、そっか、そんやで。徳川ん世、潰れてもええじゃないか。新しい世、やって来てもええじゃないか。士農工商なんて、間違うておる。みんな同じじゃ。オラは越後の水飲みん出だ。テテの後釜に家追い出されて、江戸に来た。なかば自棄んなって、女狂いやって来た、そんで置屋まで開いた。

 そんなオラだども、女に癒され、極楽与えらとるうちに、教えられたんや。男も女も同じゃ、一人ひとりが手前ん道、どうどう歩いて行けばええんや。もし、新しい世が来るんやったら、もっともっとええ置屋をやりてえ。今みてえの、四人だけの平屋でのうて、楼閣造りてえのう。そんで、女衆に和気あいあいと、腹いっぺ飯食ってもらって、楽にな。

 生きるんに本当に困っとるん女から、来てもらうんや。オラは、そんな屋根んなりてえ。夜鷹の涙は、よう見て来た。もしものう、オラが女に生まれてたら、夜鷹やっとたかもしんね。観音様が、本当の観音様んなんねでどないする。そんな、新しい世が来ればええ。オラは、女観音道歩みてえ……

 さてと、今日は隅田川ん先の、木場まで用使った。文を道々に届けねばだ、飛脚は忙しいでよ、急かす客もいんど。こん仕事は、ええ女を見つけながら出来るんが、役得みてえや。

 女、女、おっ、こりゃええんが、橋ん上にいんど……


 おリョウ「お前さん、急いでるのう、飛脚も大変だのう。なあ、ウチんとこで、一服していかんかえ」

 オラ  「あと一件残っとるんや、そいが済んだら、向かってもええ」

 おリョウ「そうこうしてたら、ウチん身、ほかん男ん元へ流れるで」

 オラ  「んー、こん文が無ければええんやけんどな。そんしたら、さっそく」

 おリョウ「そん文、捨ててもええで」

 オラ  「何を言うや。大事な預かりもんや、お客が待っとるわな」

 おリョウ「ええんや。実はのう、そん文はウチん親分が仕組んだん。お前、土佐兄んとこ出入りしとるやろ。こん橋んとこで待ち伏せや。てる吉やな、親分から接待せ言われたんや、さっ、そん文捨てな」

 オラ  「いや、おいおい、さわんな、おいっ、あっ、あっ……」


 こん女、隅田川に文を投げてもうたわ。

 話が本当ならば、木場に行くこん橋で、出くわすわなあ。んでも、何でオラに用があんのやろ、土佐兄の女衒仲間かいな。こうなったら、女に着いてくしかねえ。話聞こう。


 おリョウ「さっ、入れ。そうゆう訳や、こん身で遊んでけ」

 オラ  「何か裏があるのう。なんで土佐兄んこつ知っとるんや」

 おリョウ「商売敵やでな。ウチらは相模や、武蔵ん女衒が荒らすんを我慢出来んのや。女買い付けで、相模女たんと江戸ん持ってく、で骨んする」

 オラ  「まあ、オラも相模で三人仕入れて来たども、そいも仕事じゃて。でもって、商売敵を身で持って接待すんとは?」

 おリョウ「二度と使えんようにしたる。命は取らん、けんど玉は潰す」

 オラ  「お、おっ、帰る、女狐め、このう、ったく」


 と、オラは逃げ出ようとしたんだが、紅天狗タケが動き出した。敵だか何だかは、さておき。据え膳食わぬは男の恥である。こん女はただもんでねえ。男を殺めかねえ、刺客かいな。女狐に玉潰しされたんじゃ叶わねえ、じゃこっちは、あれや。返り討ちにしたるわ……


 オラ  「帰んのやめたわ。勝負したる。玉潰しどころか、泣いて欲しがるで。あんたも闇ん女やな、同類は目を見ればわかる。おい、同類同士、あの世でのうて、この世ん極楽で溺れんか」

 おリョウ「お前を潰すんが、頼まれ仕事や。何も怨みねえどもな」

 オラ  「じゃ、オラん玉預けっから、どうすっか、よがりながら考えたらええ。そんなこつしたら、極楽にいけんぞ。一緒に極楽がええど」

 おリョウ「ウチはな、ウチは、蛇で仕込まれとるんや。やられてまうわ」

 オラ  「大丈夫や、江戸ん女衒が守ったる。土佐兄んとこさ来い」

 おリョウ「ええんかえ、ウチ怖いわ。じゃ、約束ん契りしてんか。さっきは悪かったのう、お詫びや、身で償うわ、壊してもええで」

 オラ  「お言葉に甘え、極楽ん淵で一緒に溺れような、一緒やで」

 おリョウ「うん、ウチんカズノコ、全部たいらげな、おかわりしてえな。あんた、守ってな、あんた……」


 闇ん女は、闇ん男に弱か。

 蛇で仕込まれた女は、カズノコどころか、めめずん数も多かった。

 壺良し技良し度胸よし。こんだは、土佐兄のドスが待っとるわいな。


祝、女百人越え、なれど……(百話)


 夏、江戸市中は、ますますと物騒になって来た。            

 江戸無血開城の後は、悪党を捕まえるはずの岡っ引きが逃げ出した。薩長土肥ん奴らはてんでばらばらで、まとめようなんざしねえ。そいどこか、好き勝手に江戸中を荒らし回っとるわな。手前らで悪さしとんだ。戦に勝った勝った言うて、乱暴狼藉ん限りでねえのう。 

 天下の徳川はどこいったや。旗本は猫んようにおとなしくなってんど。吉原なんぞは値崩れして、太夫にまで、野郎どもが蟻んように群がってんで。こいじゃ身の空く暇がねえ、臭い連中が鈴なりでねえのう。そこら中から遊女が流れ込み、ごちゃ混ぜの佃煮になっとんのや。落ち着け落ち着けって、オラ手前に言い聞かせとる……  

  

 巷では、ええじゃないか踊りの渦が、東海道を遡り多摩川を越えよった。こいは三河でおこった珍事が元やと。お札が天から降って来たんやと。踊りたわむれた行列が、所々で手踊りする空騒ぎや。酒をふるまうなんかしたんで、噂を聞き、あちこちから連なったんや。

 品川宿では、庶民が通りに繰り出して、アホ踊りやっとる。徳川ん世、倒れても、ええじゃないかええじゃないか、ってな。オラは飛脚だすけ、街中がごった返してて叶わねえ。こんなだと悪さをする連中なんざは、大喜びよ。手ぐすねを引いとるわい。女衒の端くれのオラが言うんもなんだけんど、悪は女を狙う。

 こうなったら、ことちとらも自棄のやんぱちや。花の吉原が乱れ咲きしとる、もはや百花繚乱どころでねえ。ええじゃないか踊りんなか、野郎どもが有り金叩いて繰り出し、貝狂いや。そうや貝は女、女は貝、喰ったり喰われたり、そいがこの世や。

 あいやー、オラもう我慢出来んじゃ、吉原さ行く、空砲なんまでぶって来るわい……


 オラ 「おーい、牛ちゃん。久しぶりやのう。えろう混みようやな」

 牛太郎「んだな、こん吉原始まって以来の、どんちゃん騒ぎだ。木っ端銭が舞っとるべ」」

 オラ 「そいにな、世間の風までおかしいでよ、何なんや」

 牛太郎「そうだっぺな、みんなも、そう言いよる。世が変わるなんてな。でな、鉄砲の乱れ打ちや、夜な夜な赤玉が飛びかっとるっぺ。空砲ん後の赤玉になってまで、女にしがみ付くんもおるで」

 オラ 「うん、大いに結構や。牛ちゃんや、吉原三番手に合わせれくりょ。オラ、縁あって、一番手の五十路は、やり手婆の黒貝のお蔭で。そんで、二番手の四十路は、牛ちゃん、お前のお蔭やったのう。今度は、花魁道中の三番手、三十路のツヤ姉と真剣勝負させてんか」

 牛太郎「てるヤン、あん女はな、狂い踊りのどさくさに紛れて消えてもうたわい。すけべ男に浚われたんか、吉原からとんずらしたんか、闇ん中だなあ」

 オラ 「何、何、本当は吉原一ん女が、闇に喰われたんかい、畜生め。オラ、帰る。女百人目は、あん女と決めてたんや、こん畜生め」

 牛太郎「おい、てるヤンや、ほかでもええっぺ、おい、おい……」


 話になんね。オラ、あん時の花魁道中のツヤ姉でねえと、祝いになんね。だてに女百人斬りやってんでねえ。がぶり寄つの真剣勝負や。九十九人目ん後は、何が何でもツヤ姉でねえと、なんね。おいおい、ツヤ姉、どこさ消えた、オラん夢……


 気落ちして、四ツ谷のねぐらの向かってた時や、似た女がいよる。橋んとこで、小汚いけんど、ええ面した女が、よろよろしとるでねえの。何かあったんかえ、小袖の模様がええ、だだの女じゃねえな。


 オラ「姉さんや、こん橋んとこで、誰か待ってんかいや? 夜分遅くに、ふらふらは良くねえど。悪か男がよって来るでよ」

 女 「なあ、ワチキを抱いてんか、やなこつ忘れさせてえな、銭おくれな」

 オラ「姉さんや、こげな橋ん下で男相手かや、こいも難儀やな」

 女 「もう男はいやや。女ん身だけでのうて、心まで滅茶苦茶んすん」

 オラ「渡世は辛い。オラは越後では酷い目んあってのう、江戸ん逃げて来た」

 女 「ワチキは男ん誘われて、ある色街からとんずらやしたんや。ええ男やったけんど騙された、横浜のな、横浜ん異人に売り飛ばすとこやった。女衒やったんや、ワチキは女衒が憎か、女をおもちゃんしやがってな」

 オラ「そいは女衒の川下にも置けんのう、オラん方がましや、あっ、いや、何でもねえ」

 女 「ん? そうや、兄さん、生業は何やね?」

 オラ「オラは、ただの飛脚や。苦労して銭溜め吉原ん来たんだども、だども。目当てん女がどっか行ってもうた。オラん女百人目は、あん女でねえと」

 女 「なあ、あんた、ワチキが、そん女ん振りしてあげたるかえ。悪か男に、銭全部もっかれたわ。飯代でええで。ワチキを買っとくれ」

 オラ「姉さんは、吉原三番手の花魁に似ておるのう。何か、前に見たような」

 女 「じゃあ、こうや、そこのあばら屋で花魁ん振りしたるわ、ええかえ」

 オラ「困っとる同志や。姉さんや、オラんこつ、頼むわいな、頼む」


 そりゃ、女を抱くんは、橋ん下よか、あばら屋ん方がええて。オラは虱布団に横んなり、女が部屋ん来るんを待った。あん女は、花魁の振りして現れたる言うてたな。ボロまとってんのによ。さあ、早よ、オラをあっためておくれ。

 ん、唄が聞こえよる、何や、ん……


 ……遊びをせむとや生まれけむ……戯れせむとや生まれけん

       よがる女の声聞かば……男の身さえこそゆるがるれ

              女ん密は男呼ぶ……密に溺れた虫んなる

                 虫は虫でも花んため……花は燃ゆ……

    

 オラ「きっ、綺麗や、姉さんや、もしや吉原んツヤ姉でねえかや?」

 女 「お前、女衒やな。前に牛太郎が言うてたわ。四ツ谷で置屋やってるってな。あん男は口が軽いで、まあ、そいが商売やからな」

 オラ「何や、筒抜けかいや、ツヤ姉や、中には違う女衒もおるんやで。オラは、苦海の女衆の屋根んなりてえんや、守りてえんや」

 女 「ええこつ教えたるわ。色好きの女好きでのうて、女好きの色好きになるんやで。色より女が先ってこつやで。まあ、そんうちにわかるやろて。ワチキもばれたら仕様がねえわ。落ちぶれた花魁を、極楽連れてってみい。そんしてくれたら、たっぷりとお礼すんで。蓮ん上で赤子にしたる」

 オラ「そんか、いつまでん、しゃぶり付いててええんやな。オラ、赤子んなるわい」

 女 「なあ、そん前にワチキん観音面、よう見てえな。ような……」

 オラ「おうーー……」


 牛ちゃんの言うてた通り、男泣かせの観音面しとった。

 そん度ごとに、オラも連れて果てた。あん女は観音面で男をいかす。

 男らは、しゃぶり付いたまんま、朝んなんまで、夢んなかでも、そんまんま……


終章 禿(かむろ)に諭される(完)


 お開きなり……

 さてもさても、我らがてる吉っさんの、女百人斬りが成就されもした。翻ってみっと、なしてこうも、女ん体に溺れるようになったんかえ。てる吉は、三つん時に生みのカカに捨てられ、面影も知らんのやと。んで、七つん時来たトトの後釜に酷い目んあわされてのう。哀れかな、女の心を知らんまま越後ん雪んなかで育ったんや。

 てる吉は、妙にませたガキになってもうた。


 ……五つん時から、村の女衆にちょっかい出す始末。

 ……六つん時は、幼馴染と見せっこし、女体に開眼。

 ……十やそこらで、娘っ子のやわ肉に手出しおる。


 だども、江戸ん出てから、こん女百人斬りで教えられたんやろ。飛脚、置屋の主、女衒見習い、こん三本の草鞋で渡世を送っとるうちにのう。女が観音に見え、女体道から女観音道へと続く道に辿り着いたんや。

 てる吉よ、こいからはどないする、新しか世が来るでよ。何っ、女千人斬りん旅ん出るってか、そかや、好きんしたれ。

 最後にのう、お前が吉原で花魁見習いの禿に諭された話、知っとるで。吉原三番手だったツヤ姉と、あばら屋で乳繰った後ん話よ。お前は、もと居た置屋に話しをしに行ったんやな……


 てる吉「あのう、ツヤ、ツヤ姉を見つけたんや」

 禿  「アチキは、よう知らんわ。お上さんは、何も言わんし」

 てる吉「花魁の連れの身やろ、そっけねえのう」

 禿  「姉さんは姉さんや、好きにするわいな。ええ人やったけんど」

 てる吉「戻って来てほしくねえんかえ?」

 禿  「もともと、アチキらは浮草や。こん世は浮き世、風まかせや」

 てる吉「だども、お前さんも花魁になるんやろ、腰すえねえと。こん吉原は江戸ん花や、花魁道中の先歩きてえだろ」

 禿  「もう、歩いとるわ。夢ん中でもそうや、よう夢見んど」

 てる吉「そいに、ツヤ姉は吉原三番手でねえの、そん付き人なんやろ。いずれは、お前さん、こん吉原張るかも知らんでよ。もう男のあしらい方、もしかしたら床技なんかも教えてられてんかえ?」

 禿  「アチキは、まだ十五やで。そんなん、もうちょっと先んこつや。ただ今は人を見とる。姉さんとこ来る男の振る舞いをよう見とる。飯ん食い方、酒ん呑み方、寝方、厠の仕方、何もかんもやで。あっ、まだ床だけは別やけんどな、そん時は寝とる」

 てる吉「水揚げん時に備えて、毎日が修行やのう。オラもそんだ」

 禿  「兄さんや、膳にご馳走が並んでおるときの、さしみん食い方どげな?」

 てる吉「オラは、真っ先に鮪からや。箸休めしながら、好物からだのう。なして、そげなこつ聞くんや?」

 禿  「姉さんが言うてたわ。さしみんツマをみんな食うんが、本物やてな」

 てる吉「そんなん、オラは貧乏育ちやで全部食うて」

 禿  「そん男ん本性は食い方に出るんやて、人は素になる言うてたわ。ああ、そいなのに姉さん騙された。男を読めんかった」

 てる吉「男は女がわからん、女は男がわからん。そういうもんじゃ、だからええんや」

 禿  「兄さん、アチキは水揚げされる身。旦那衆に可愛がってもらう身。教えてほしいんや、男はなんで、こうも女が好きなんけ?」

 てる吉「そいは深か話ぞ、まして、まだ早い、そげな話は、まあええ」

 禿  「兄さん、隙があり過ぎやで、今までん話は、みんな戯言や。男ん騙し方、嘘ん付き方、愛想笑い、こいも花魁なる為。何んが本当で、何んが嘘か、そんなんごちゃ混ぜでガラガラポンや。この世は運や。きのうのお天道様は、今日も登るし明日も登るけんどな。確かなんは、これ少なし。後は出たとこ勝負やんけ、みんな運やで」

 てる吉「そう、オラもそう思うのう。お前、口達者やなあ」

 禿  「兄さんの前では話やすか、なんでかのう。そいにな、アチキはたまたま女に生まれた。兄さんは男に生まれた。女んなかに男を見て、逆さまも、これしかりや。兄さんや、女道楽の途中で振り返ってけろ。手前ん中の女に気付いてな。そんしたら、女に本当に優しくなれんで」

 てる吉「うん、わかるような気が、しなくもない」

 禿  「だからのう、好き勝手に滅茶苦茶にしたら、いけんゆうこつや」

 てる吉「そいだとわかりやすか、合点がいった。あいわかった。わかった次いでに聞くんやけんど、ゆくゆくは懇ろにのう」

 禿  「そいも運やで。まだまだ先んこつや、まだや」

 てる吉「では、乞うご期待というこつで、オラは闇ん消える。何かあったら、女衒仲間で守るけんな、ええ女んなんな、じゃ、な」

 禿  「うん……」


 ……てる吉は、こんな具合で吉原を後にした。

 それ以来、ここには姿を見せなくなったんや。

 と言うこつは、吉原抜きで、どっかで遊んどるんやな、そう思いてえ。


 おーい、てる吉っさん、どこいんだ……

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江戸情話 てる吉の女観音道 藤原 てるてる @fujiwarateruteru

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