オリオンの出立


 バースデーパーティーは予定通り、きっかり午後三時に終わった。そうしないと、遠くから来た人が汽車の時間に間に合わないからだ。


 昼の国の住人は午後八時までに家へ戻らないと、夜の国へ切り替わるのに巻き込まれて迷子になってしまう。

 僕は昨日までは子どもだったから、夜の世界と昼の世界、どちらもすり抜けるように歩くことができた。それももうできなくなる。狭間の世界で迷子になることは、宇宙で一人ぼっちになるくらい心細いらしい。戻ってきた人はよくそう言う。まあ、昔ネット番組で見た情報だから、本当かどうかはわからない。


 僕はパーティーが終わったらすぐにミッカのところへ行くつもりだったけれど、少し気が変わって、おばあちゃんの家でゆっくりと片付けの手伝いをした。


「オリオン、ミッカのところへ行くんじゃなかったのか」

 二階から降りてきた父さんは、もう飾り刺繍の入った紺色のスーツを脱いでいた。僕とそっくりの栗色の髪はくしゃくしゃで、いつもの父さんに少し戻ったみたい。


「うん、あとで行くよ。でもまだ時間があるから」


 本当のことを言うと、僕は少し弱気になっていた。このまま午後八時までここに居たいような、家族と別れるのが寂しいような、そんな子どもっぽい気分。なんて、少し言いづらいけど。


 すると、ついさっきまで食洗器にグラスを無理やり詰め込んでいた母さんが、神妙な顔をして台所から出てきた。


「オリオン。いい? あなたは今日は、一つも後悔のないように過ごすの。そして残り少ない時間を有意義に過ごすコツは、本当に大事なこと以外欲張らないこと。母さんは、あなたはもう充分家族と一緒にいてくれたと思う。もちろん母さんは夜までずっと一緒にいたいけど。オリオンはどう? 本当に母さんと同じ?」



 午後三時五十分。

 僕は着替えもせず、真っ赤な顔のまま飛び出した。ミッカに会うため、一人バスへと乗りこむ。向かうは「コルニクス音楽学院」だ。



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