越冬の章

①ヒゲの無いヒゲさん



 いわゆるだと気付いたのは、ゲームを離脱した直後。


 …あああああぁ~っ!! まーたやっちゃったぁ!! …私って、どうして勢いだけで何でも決めちゃうんだろ。それが原因で体調崩したのに、学習しないなホント…。





 「…宮沢様、何処か具合の悪い所でも?」

 「い、いいえ…何も…」


 担当の先生に尋ねられ、慌てて何とも無い振りをする。まさかゲームの中での一言に悶々としてたなんて、言える訳無いじゃん…。



 リアルに戻った私を待っていたのは、いい加減諦めてセットアップを終わらせろ、という会社からの通達、そしてタイミングを図ったように培養していたバイオチップが出来上がった、という報せ。


 セットアップと言っても横になって点滴でバイオチップを入れるだけだし、マイクロマシン専門の先生がモニタリングするのは、私のネット端末ちゃんが想定箇所に大人しく定着してるかだけ。ややこしくて煩雑な経過観察はネットを介して出来るし、私はただ指定されたバーチャル空間からネット接続すれば、術後にやる事は終わり。


 「…終わりました。では、こちらで指定する回線ポートを経由してアクセスを…」


 先生が腕から点滴の針を抜き、絆創膏を貼りながらモニタリングを開始する。


 「はーい、それじゃいってきまーす」


 玄関から外に出るような気楽さで、私は現実世界から電子の海へジャンプした。




 …そうだなぁ、今見てる世界を言葉に表すなら、満天の星空に漂ってる感じかな。


 私という存在は限り無く薄まり、その代わりに周りの星星は、見渡しても見渡しても尽きない。そんな星の一個一個が、沢山の情報が詰め込まれた小宇宙…だから、小さな点みたいな明かりは、近付けば膨大な情報の小さな点の集まりで、その小さな点にアクセスすれば…欲しい情報が得られる。


 電脳空間が実現化された最大の理由は、肉体を駆使してキーボードを叩き、大量の情報をモニターに映し出して眼で見て、頭で考えるって時間的ロスを、出来るだけゼロに近付ける為らしい。


 だから…指定された回線ポートを抜けてネットの星空に飛び出しただけで、私の身体は消えて情報の海の中を縦横無尽に泳ぐイルカになった気分。身体の表面感覚は自分が望む情報か確認するセンシング機能に置き換えられ、違う情報なら冷たく、必要な情報なら温かく感じて理解していく。


 …あー、指定されたポートなんて遥か彼方の点になって消えちゃった…先生、何て言ってたっけ…ま、いいか。


 …電脳空間に身を浸すと、現実世界の時間から切り離される。向こうの1分がこちらじゃ何時間にもなり、向こうで1日掛かる煩雑な業務も直ぐ終わっちゃう。効率的な反面、時間の感覚がだんだん希薄になる…


 …あっ!! そうだ!! ヒゲさんと会う話はどうなって…って、まだ返事貰ってなかったなぁ…ヒゲさんって実は人見知りするタイプ? そんな風に見えなかったけど。


 【 …リアルで会うのは、まだ早いと思うから…ネット経由でどう? 】


 ん? …着信? あ、あああああっ!? 気付かなかった!! どどど落ち着け私! チャット会議用のフォーマルアバターにして…これでヨシ!


 【 お気遣いありがとうございます。今さっき施術が終わった所なので、ちょっとバタバタしてました。 】


 …ふう、何で直ぐ気付かなかったんだろ。まだ使い慣れてなくて、感覚置換が上手くいかないのかなぁ…


 【 じゃあ、こちらの準備は終わりました。サキさんどうします? こっちに来てみますか? 】

 【 こちらも準備は終わりました。お邪魔して宜しいですか? 】


 うわ…我ながらすげー固い言葉遣い! あっちじゃため口だったのに…。


 ヒゲさんが送ってきたメッセに添付された場所は、ネット内で自由に使える開放型の会談スペース。誰でも簡単にアクセス出来る代わりに、秘匿機能は無し。うーん、何か警戒されてるのかなぁ? 発言は公開されて誰でも閲覧出来るし、ログも残る訳だし。




 フォーマルアバターのままドーム状の構造体に近付くと、ヒゲさんの居る場所まですり抜けていくように距離感が消える。


 「こんにちは、サキさん」


 見慣れた毛皮の服じゃないスーツ姿の…ヒゲの生えてないヒゲさんが、テーブルの縁から立ち上がって出迎えてくれる。ヒゲの無いヒゲさんって…見た目はアバターそのまんま! ホントに言ってた通りなんだ…。


 「こちらこそ、初めましてです!」


 う~ん、こっちもほぼリアルアバターなんだけど…背丈の違いまで考えてなかった。頭1個半は違うぞ?


 「…ちっちゃいなぁ」

 「ちっちゃいって言うなっ!!」


 …あー、やっぱりヒゲさんだ。ハッキリ言われて思わず言い返した瞬間、互いに顔を見合いながら笑っちゃった!


 「…いや、ごめん。向こうじゃ結構背伸びしてたんだなって思うとつい…」

 「背伸びじゃないし! …何となく初期設定のまま作ったから仕方ないじゃん。そっちもヒゲ生えてないよ?」


 そんな風にお互いの見た目を言い合いながら、他愛無い会話を続けて…気が付いたら結構な時間が過ぎてた。でも、ヒゲさんの名前はヒゲさんのままで、私もサキのまんまだった。


 …でも、居心地良かった。もうじき仕事に復帰しなくちゃいけないし、限られた時間の中で顔合わせしてる筈なのに、すごく楽しかった。


 …ヒゲさんも、同じだったらいいな…。




 「じゃ、次はゲームの中で」

 「うん、りょーかい!」


 平凡な会話に終始した顔合わせだったけど、それでも…


 気になって仕方ないや。ヒゲさんが私の事をどう思ってるか…でも今はまだ踏み込めない。いずれ、判ればいいな。



 リアルに戻り、横になっていたベッドから身を起こし、気分を変える為に介助チェアーを使ってシャワー室に向かった。





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