②冬の足音



 「…団体さんのお出でだな、こりゃ」


 思わずこぼしてしまう程、オオカミの数は多かった。まるで追い立てられるように、次から次へと雪原から真っ直ぐ駆けて来る。



 連中が群れを作って行動する事は、大昔から知られている。様々なたとえとして言い残され、家畜を守る為に彼等と対峙してきた。鋭い牙と鋭敏な嗅覚、そして群れを形成し集団で動物を狩り、時には人すら殺す獰猛な獣として恐れられてきた。


 …ま、そんな昔の事は関係無い。今はオオカミを狩り殺すだけだ。





 「…ん~っ!! …っと、やっぱり自由に動けるって良いなぁ~♪」


 そう言いながらサキは足を上げて大きく一歩踏み出し、住居の入り口に向かって走り出す。


 再び原始人生活に戻った俺とサキだったが、ネット内で顔合わせした時の姿と今のアバターの違いは、背丈だけだと思っていた。しかし、顔合わせの時に、彼女は自分が歩けない身体だと教えてくれた。


 【…まぁ、義体化すれば動かせるんだけどさぁ…でも、何て言うか…ねぇ?】


 …ねぇ? とまで言われた時、流石に察しの悪い俺でも彼女が何故、生身の身体から義体化したくないのか判った気がする…彼女は生身の身体のまま、彼氏と付き合いたいんだろう。きっと、そうだと思う。


 「ところでさ、ヒゲさんはどう?」

 「…どうって、何が?」


 住居の入り口に掛かった編み藁を捲りながら振り返り、サキが尋ねてくる。


 「こうやってさ、自分の身体で当たり前に行動出来るのって…すごく大事な事じゃない? だから、ゲームの中で限定されてたって…その、ううんと…」


 何か思い付いたのに、なかなか言葉に出来ないもどかしさで、サキが言い澱む。


 「…何かして欲しいのかい?」

 「んんっ!? やっ、別にそうじゃないけどさ…」


 俺が尋ねると、結局彼女はまーいいや! と言葉を切ってそのまま住居の中に入り、ただいま~! と元気な声でニイとオトに声を掛けた。




 「…オオカミが増えたって?」


 冬支度の準備の為、新しい服を調達しようと交易所に来た俺とサキは、顔馴染みのオバサンからそんな話を聞かされた。


 「そーなのよ!! 今まではたまに群れからはぐれた奴が、集落の周りで1頭現れる位だったけどね、近頃は結構な数が里まで降りて来てるらしいのよ~!」

 「じゃあ、狩りに出たらばったり会っちゃうかもしれないって事?」

 「そうよ! でも…あんた達なら大丈夫かもしれないし、私も雪が積もった今は森まで行く事もないけどさぁ…」


 そんな世間話をしながら、もしオオカミが狩れたら毛皮が欲しいから持って来て! とオバサンが言う。何でもオオカミの毛皮は毛並みも良く、身にまとえば暖かいので人気らしい。


 「…オオカミの毛皮ねぇ。何かカッコいい感じじゃない?」

 「それって欲しいって事かい?」

 「ん~、どうなんだろ…一度見てみたいかも!」


 見てみる、ねぇ…じゃあ、ちょっと交易所に在庫が有るか探してみるか。


 「…これ、オオカミの毛皮ですか?」

 「ああ、そうさ…持ってみるかい」


 少し交易所の店を見て回ると、オオカミらしき銀と黒の綺麗な毛並みの毛皮が見つかった。店番の女性もその毛皮を纏っていたので聞いてみると、去年の秋に獲れたオオカミだと教えてくれた。


 「ふぅん、結構ずっしりして重いな」

 「まぁね。でも暖かいだろ? うちは表に背中の毛皮を使って、肌に当たる側には腹の内側の柔らかい所を使ってるよ」


 そう言ってサキに自分が着ていた毛皮を脱いで手渡したが…いや、何と言うか…たわわだな、この人。


 「…ちょっとヒゲさん? どこ見てんのよ…」

 「…いや、別に…」

 「はいはい! どーせ私は一回りも二周りも毛皮が余りますよーだ!!」


 …小柄なサキが同じ毛皮を着ると、店番の女性と比べ明らかにブカブカだ…まるで子供が大人のシャツを着ているみたいに。


 「ちょっと待ってな…内側の紐をこう結んで…ほら」

 「…んんぅ、ピッタリだけどぉ~!!」


 店番の女性がサキの着ている毛皮の中に手を入れ、指先で紐の結び方を変えると、胸元がキュッと締まってフィット感が良くなった。けれど、サキは明らかに不満げだ…。


 「…ところで、新しい毛皮が手に入ったらここで加工して貰えるのかい?」

 「ああ、勿論出来るよ。もしオオカミが狩れたら、そっちの娘さんにピッタリの奴を作ってやれるよ」


 サキから毛皮を受け取りながら、店番の女性は引き換えに牙と余った毛皮で請け負うよ、と教えてくれる。それが高いのか安いのか判らんが、仕立ては丁重で頭の毛皮もフードのように被れるし、ちょっと小柄なサキには耳付きの毛皮は似合うと思う。


 「…でも、かなり暖かかったなぁ」

 「じゃあ、狩れたら作って貰おうよ」

 「…いいんだけど、ちょっとコスプレっぽさが激しいんだよねぇ…」


 …うん、確かに尻尾まで付いてたから、イヌっ娘そのものになるのは確定なんだよな。




 そんな事が有りつつ、雪で獣の足跡がハッキリ判る為、俺のような駆け出しの狩人でも獣を狩るのは難しくない。そう教えられて雪原にやって来た。


 「…確かにこりゃ判り易いが…日が暮れるまで戻らないと、遭難しそうだな」


 雪に足が埋もれないよう、木の皮と枝で作ったをブーツに結び付け、雪を踏み締めて木々の間を抜けて行く。


 「ポンコは留守番してて良かったんだよ?」

 「そーなんですけど~、私もお役に立ちたいんですよ!」


 そんな事をサキとポンコが話しながら並んで歩く中、俺が先行して進んでいくと、


 「…へぇ、確かにこの冬は多いみたいだな」


 一目見て直ぐ判るその印象的な毛色は、誰が見ても見間違える事は無い。水色に近い眼と黒い瞳、そして太い脚にピンと尖った耳を持った獣…そう、オオカミだった。


 「…しかし、ハスキー犬がオオカミに似てるって一目瞭然だな」

 「ヒゲさん、それってモノマネ芸人見て本家っぽいって言うのと一緒だよ?」


 サキとふざけた会話を交わす間に、1頭また1頭と数を増やす。


 「様子見するから、サキはポンコと一緒に木の上に登ってくれ」

 「…判ったけど、あんまり無茶しないでね?」


 そう言いながら、サキがポンコをひょいと肩に担ぎながら枝に飛び付くのと、先駆けのオオカミが吠えながら俺に襲い掛かるのは、全く同時だった。




 


 

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