⑬条件付きの住まい



 俺とサキ、そしてポンコの3人にあてがわれた住まいは、建ててから暫く時間の経過した高床式住居だった。太い柱で地面から腰の高さ程度まで上げられた床は、丸太を半分削って並べられた頑丈な物だ。


 部屋らしき区分けは無く、間仕切りの衝立てで男側と女側を隔て、境の縁に焚き火が出来るよう木枠の中に灰が敷き詰められている。


 「なかなか立派なもんだなぁ~。一人で建てろなんて言われたら絶対無理だよ、ホント」

 「う~ん、はりは太くて立派だしぃ~、隙間風の無くてホントに匠の技って感じよねぇ~」


 俺とサキが住宅展示場を回る新婚カップル並みにはやし立てながら、チラッとポンコの顔を見る。


 「…お二人とも、さっきからなーにやってるんですぅ?」


 当のポンコはと言えば、暖かな焚き火の中に新しい薪をくべながら、俺とサキの三文芝居じみたやり取りをジト眼で眺めている。


 「…いや、だから何でが此処に居るかって事だろ…」

 「まー、ヒゲさんはああ言ってるけど…私は別に構わないよ?」


 俺とサキがポンコに向かって答える中、平然と俺達のやり取りを見守る第三者…さっき集会所で一緒に鍋を突っついてたケモ耳の兄弟が、此処に居るからだ。





 …現代社会とは遥かに掛け離れた価値観、そして独特の社会構成で長い時間を掛けて我々人類のいしずえを築いて来た先達は、今でも通用する事例を遺している。その一つが【相互幇助】だ。難しく書けばそんな字面だが、平たく言えば【横から手を差し伸ばして助ける】みたいな意味だろう。


 クソ真面目に解説すればそんな感じだが、ざっくり言うと『家を貸し与える代わりにもて余している子供達の面倒を見てくれ』って事らしく、新築住宅にオプションで太陽光発電パネルが付くように、新しい我が家にケモ耳兄弟が付いてくる、と後から聞かされたって訳だ。


 兄の方は言葉も通じるんだが、弟の方は獣の気質が強過ぎて、会話が成立しない。話し掛けてもキョトンとするばかりな上、喋ろうとしても舌と喉の形が人間の発声に向いてないらしく、アオアオと唸るばかりで言葉にならない。


 結果的に兄とは会話が出来る為、焚き火の番と弟の面倒だけ見ていて貰えば済むからと教え、留守の間は彼等に家を任せる事に決めた。


 「じゃー、今日から君はニイだよ!」

 「…わかた。サキ、よろしく」


 サキが兄の方をそう呼ぶと、片言ながら答えてくれる。弟はオトと呼ぶそうだが、こっちは長い舌をだらんとさせながら頷くだけ。まあ、部屋の中で粗相をしたりしなければ、別に何でも構わないが。


 「ヒゲ、かり、すきか」


 焚き火に薪をくべながら、ニイがポツリと呟く。改めて尋ねられると、そうだなぁ…


 「…まあ、好きだな。自分の腕で大きな獲物を狩れれば、食い物にありつけるし」

 「…よかた。はたらく、キライやつ、こまる」


 おーおー、おにぃちゃんは随分としっかり者だな。しかし、急に何故そんな事を聞いてきたんだろう。


 「…ぼくらのおや、やなやつ、ころした。いつか、やなやつ、ころす」

 「やなやつ、ってのは…虫みたいな奴か?」


 俺が例の化け物の事を思い出して尋ねると、ニイは首を横に振る。


 「…やなやつ、にんげん。ながいぼう、つかった」

 「…人間? 長い棒って槍の事か?」

 「…やり、ちがう。ながいぼう、キラキラしてた」


 ちょっと待て…キラキラしてる長い棒って、もしかして…剣の事か?


 「なあ、ニイよ…その棒ってこうやって振ったり突いたりしたのか?」


 俺が身振り手振りを交えながら説明すると、ニイはそうだと言いたげに頷いた。


 「…そう。ながいぼう、あたる、てあし、おちる」


 …ふむ、どうやら相手は、俺達の武器とは全く違う物を使ったようだ。しかし…ここまで一度も剣なんて見た事はないし、そんな文明の利器がどうして原始時代に存在するんだ?


 もっと詳しく聞きたくなったが、良く良く考えるとニイの両親の殺害場面に踏み入る事になるし、そこまで詰問する理由も見当たらない。


 俺はニイを問い詰める事を諦めて、焚き火の横で丸まって眠るオトの上に、毛皮の毛布を掛けてやった。するとニイが会釈しながらオトに近付き、何か呟きながら頭を撫でた。


 「…オトと二人ぼっちか?」


 俺がニイに問い掛けると、無言のまま頷く。全く…巧妙に心理誘導しやがるな、このゲームは。たかがモブキャラなのに、要らぬ情が湧いちまうだろ。


 「…ま、俺達が居る間は、家族だと思って頼って構わん」

 「ヒゲ、ありがと…」


 ぐし…と鼻を擦りながら、ニイが呟いた。




 それから夕暮れ時になり、外へ積み上げておいた薪を取りに出ると、はらりと雪が舞い始める。北の大地は直ぐに白く色彩を染め、木々も緑から白へと変わっていく。


 「…あっ! 雪降ってきたんですね!」


 入り口の編み藁が上がり、サキが顔を覗かせる。雪位で喜ぶ歳だとは思えないが、それでも冷たく白い粒が空から舞い降りるのを見れば、すれた大人でも気分を高揚させるのかもしれない。


 「う~ん、リアルだなぁ…まるで実家の冬みたい」

 「サキの故郷は豪雪地帯?」

 「…ううん、北海道だったから豪雪地帯って言うより、日常の延長って感じかな…」

 「俺は生まれも育ちも東京だったから、少しでも雪が降ればやれ渋滞だの、電車の遅延だのってもんさ…もっとも、今は電車なんて全部地下鉄だけどね」


 互いにそう言いながら、しんしんと降り積もる雪を眺める。気付けば薪を抱えた俺の隣に、サキが並ぶように立っている。そんな彼女の気配を身近に感じ取ると、急にゲームのアバターとしてではなく、肉体を持った一人の人間として認識するのだから、感情なんて曖昧なもんだ…。


 「…ねえ、ヒゲさん」

 「…なんだ?」


 少し間を置いて、サキが俺に声を掛ける。


 「集会所で聞いたんだけど、この先に向かう道に掛かった橋が落ちちゃったみたいなの。それを掛け直すのは、春になってからだって…」

 「…本当?」


 俺の問いに彼女は頷き、そして再び口を開いた。


 「…だから、次の集落を目指すゲーマーも、自分達の拠点で越冬して、春まで足止めって訳」

 「…もしかしたら、雪を降らせたのも春のイベントまでプレイヤーを留める為、なのかもな」


 俺達はそう結論付けてから、寒さに耐えられなくなって焚き火の燃える室内に避難した。




 俺とサキは、越冬イベントに備える為、一度ゲームを離脱する事に決めた。次にここに戻る時はかなり長い期間が過ぎる為、それなりに準備して時間調節をしないと、微妙なタイミングで引き戻されてしまうだろう。


 と、ゲームから離脱する直前になり、サキが俺にリアルで一回顔合わせしないか、と誘ってきた。



 …どうしたもんか?



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