⑬戦士と呪術師



 細工屋の家と作業場を兼ねた居間に招かれた俺とサキは、椅子代わりの切り株に座って話を聞いていた。


 「…普通の獣を狩らない連中?」

 「ああ、そうだよ。そんな奴等を俺みたいな細工師は【戦士】って呼んでるんだ」

 「戦士ねぇ…何だか物騒なあだ名だな」


 細工屋曰く、【戦士】と呼ばれる連中に共通しているのは、一般的な獣は狩らず例の危険な場所に行って化け物を狩り、その近辺でしか見つからない貴重な物資を手に入れる…そうだ。


 「化け物とはまた…本当にそんな獣を狩れるのかい?」

 「ああ、見た目はともかく腕は確かなんだよ」


 細工屋はそう言うと素材の山の中から何かを引っ張り出し、焚き火で照らされた明るい所まで持ってくる。


 「…これがそうさ。何だか判るかい?」


 細工屋が差し出して俺達に見せたのは、長く鋭い獣の牙だったが…その長さは尋常じゃない。


 「…うわぁ、これ…牙なの?」

 「そうだ、牙さ。しかも1本じゃない、これがズラリと口の中に並んでいるって訳だよ」


 サキが手に持ちながら答えると、細工屋は指先で摘まむように受け取って更に説明してくれる。


 「こいつの持ち主は、時々やって来ては牙や爪を持ち込んで、ナイフや矢じりにしてくれと頼んでいくんだ。まあ、愛想は悪いが性格はまともなんで請け負ってるよ…ほら、噂をすれば…」


 と、細工屋が呟いたその時、入り口の編みわらが捲られて、外の光が室内に射し込んで来たが…


 「…先客かい、立て込んでるなら出直そうか」

 「いや、仕事じゃないから気にしないでくれ。いつものかい?」

 「…ああ、矢じりにしてくれ」


 のそり、と姿を見せた男は、分厚い毛皮の服を着た、はち切れそうな筋肉で全身が覆われた屈強な奴だった。しかし、何より異様に感じたのは、顔と腕を絡み付くような模様の刺青いれずみに覆われていたからだ。


 「…そんなに刺青が珍しいか」

 「いや、そうではないけれど…どんな意味が有るのかって思ってね」


 俺の視線に気付いた男は、意外と平穏な口調で尋ねてくる。そして俺の言葉を聞いた男は、


 「意味か…こいつは【ヘビ】だ。ヘビのように音も無く獲物に忍び寄り、毒牙を剥いて噛み付く…そしてこれは【クマ】だ。一薙ぎで獲物を倒し、力も強くなる…疑ってるなら、試してみるか?」


 そう言って掌を差し出してくる。疑うつもりは無いが、たかが刺青位で力が強くなるなんて言われても…そう思いながら、差し出された掌を掴んだ瞬間、俺の身体がふわりと宙に浮かび上がった。


 「…っ!?」


 男は表情一つ変えず、掴まれた掌を軽く回しただけで俺の身体を持ち上げたのだ。そして浮き上がった俺の身体は、また元の場所に一瞬で戻された。


 「…本気で握れば、あんたの掌は耳より小さくなってるぞ」


 さらりと恐ろしい事を言いながら手を離し、腰の小物入れから長い牙を掴み出すと、細工屋の前に突き出した。


 「では、また来る」


 そう言いながら俺達に背中を向け、来た時と同じように、静かに立ち去って行った。


 「…あの人が、戦士なの?」


 俺と刺青男のやり取りを眺めていたサキが、金縛りが解けたように口を開くと、細工屋が頷いた。


 「ああ、そうさ。身体中に刺青いれずみがあったろう? あれは呪術師ってのが施してるんだ」

 「呪術師…?」

 「この集落にも居るよ。刺青にまじないを掛けて力を与えるんだ」

 「そいつは幾ら…いや、何と引き換えで刺青を彫るんだい」


 俺が話に割り込むと、細工屋はあんたも興味あるのかいと言いながら、呪術師の居場所を教えてくれた。


「…行けば直ぐ判るよ。家の前に骸骨が有るからな。それと何と引き換えかって話だが…」


 細工屋はそこまで言うと、目に見えない何かに室内を見回してから、怯えたように小さな声で呟いた。


 「…頼んだ奴の、命さ」




 「ねぇ、ホントに会いに行くの?」


 先に立って歩く俺の後ろから、サキが心配しながら付いてくる。仲間だから当たり前としても、そんなに気を遣って貰うのが申し訳無いな…


 「…この世界を、もっと楽しんでみたいんだ。ただ獣を狩って食べるだけじゃない、もっと違う何かを…」

 「呪術師に会えれば、もっと楽しめるの?」

 「さあ、どうだろう。でも、そいつに会って世界が変わる…いや、そうじゃないな」


 と、そこまで話したその時、無機質なアラームが頭の中に鳴り響いた。


 「…ああ、もう! 一番良い所なのにっ!!」

 「時間切れか?」

 「そう! 担当のに四時間以内でって言われてるから…」


 …? 先生…ああ、そうか。サキも同じように入院中か。


 彼女のタイマーが作動したせいで、一緒に行動していた俺も【継続プレイをしますか?】と表示される。パーティープレイ以外でソロも出来るんだろうが、キリの良い所で一旦抜けるか。


 「俺も入院中だよ、バイオインプラントの育成待ちでね」

 「うわっ!? ホントですか!! 私も育成待ちだったんですぅ!! 凄い偶然!!」


 自分と同じ境遇だと知った彼女は、アラームそっちのけで飛び跳ねながら、強めな圧で迫ってきた…。


 「ねぇねぇ! どこの病院? 東京? 大阪? うーんと埼玉? もしかして沖縄?」

 「いや、まあ…と、東京…」

 「うわっ! どこどこ!? 私は高度医療技科大病院!! 東京なら、もしかして育成待ちだと同じじゃない!?」

 「あ、次の予定はメールするよ…」


 そう告げて、サキから逃げるようにログアウトした。やれやれ、気持ちは判るが個人情報の駄々漏れは不味いぞ?





 …っ。



 んっ? あ、ああ…戻っちゃったかぁ。


 … あ あ あ あ ぁ ぁ っ !!


 ああああああぁっ~!! やっちゃった、やっちまったああぁーーーっ!!?


 だからだからだからだから!! フルダイブ系はついついのめり込んじゃうからああああぁーーーっ!!



 …はあ、まあ、仕方ないや。


 …でも、ヒゲさんも…もしかして同じ病棟だったりして…?



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