冒険の章

①ヒゲさんを探してみる



 「…はい、目を開けていいですよ」


 担当のサイバネティックス専門医師が声を掛けて、眼を開く。その眼に映るのは、明るい病棟の個室、先生の長くて綺麗な髪、そして…フルダイブデッキ。


 「経過は悪くないので心配要りません。どうです、バイオインプラントの癒着も問題なさそうなので、そろそろ移植しませんか」


 トントンとタブペンの先で机を叩きながら、先生が尋ねてくる。やだなぁ先生、感情的になっちゃあ…怒ってない顔してても態度に丸出しだよ?


 「そうですね…でも、拒絶反応は無いって判ってますが…理由が理由なんで…」


 ゴニョゴニョと理屈をねていると、トントン音がピタッと止まった。


 「…判りました、まだ経過観察としておきます。その代わり来週には答えを出して貰います…それで宜しいですか?」

 「判りました、ありがとう御座います」


 ベッドに半身を起こしながらお辞儀すると、先生はタブレットを抱えてお大事に、と言いながら出ていった。



 …べ~っだ!! まだまだ居座ってやるもん!!


 だってさ、残業残業また残業、そんでまた残業の日々で、急性乖離かいり型精神離脱なんて訳の判らないネット病を発症してさ、心停止して救急車で運ばれたんだぞこっちは!!


 …会社からは、500万の慰労金で退職するか、脳内インプラントを入れてネット親和性を改善して残るかって提示されたから…これ以上、親に心配掛けたくなかったし、次の就職先探すつもりもなかったし…



 まあ、だから…まだまだ病院で自由時間貰ってやるんだ! …三食ちゃんと食べられて昼寝し放題、ついでにネット繋ぎ放題の暮らしを満喫するんだから!!


 それにしても、たったの4時間が向こうじゃ二週間だもんなぁ…そりゃ攻略がはかどる訳だよ。どれどれ…?



 【追加バフ! 三半規管を揺らさずに高所降下が出来る羽根の効果!!】

 【未攻略の環境を発見!】

 【黒曜石を越える素材解明!!】


 …う~ん、どれも確かに凄いけど、刺青の話なんて何処にも出てないなぁ。どうせ、タイトルだけで中身はテキスト引用ばかりだろうなぁ。


 …ヒゲさん、裏ルート引いたのかなぁ? 一緒に居た私もそっちに引っ張られていたなら、表に出てこない展開も有り得るのかも。


 展開…かぁ。そー言えばヒゲさん、エッチな事してこなかったな。あーいうシチュエーションなら、一回は求めてくるって思ってたけど。本物のゲーム廃人なのかな? それとも私が未成年だと勘違い…は、無いか。年齢規制有りなんだもんね、原始人。



 まあ、合流まで時間あるし、もしかしたらヒゲさん、同じ此処に入院してるかも…でも、名前判らないし、病棟は名札出てないからなぁ…。


 久し振りに、少し病棟探検するかぁ。


 …よしっ! そうと決まったらメイクメイク…うわっ、顔色わるっ!! 白通り越して肌が青いよ…鏡って正直だなぁ。でも、そんなに悪くないと思うけど。アバターも同じだったし、ヒゲさんも…





 よっこい、しょっ!


 「院内移動モードです。移動速度はセンサーで自動調整されます。お望みの場所を選択してください」


 んじゃ、先ずは談話室!


 「自動ドアを開閉します。持参する物が有りましたら、30秒以内に入手してください」


 はいはい…ウォレットチップは手に巻いたから、後は無し!


 「…移動開始します。院内は静粛にしてください」


 判りましたよーだ! まあ、騒ぐ理由なんてもう無いけどね…。最初は車椅子が喋るって驚いたし、勝手にエレベータ乗ったりで怖かったけど。



 「…談話室に到着しました。室内では自動運転はされません。ネット経由で前後左右及び停止を指示してください」


 へーい、判りましたよーだ。


 …居ないよなぁ、そりゃ。見た目で判ると思ってるけど、体格は違うかもしれないか? でも、ヒョロガリって感じじゃないよね、きっと。


 「あの…すいません」

 「はい、何かご用ですか?」


 談話室の管理ボットにヒゲさんっぽい年齢の人が来てないか、聞いてみる。


 「…そのような患者さんは、いらっしゃっていません。宜しければ似た方がいらした際にアポイントの申請を行いますが」

 「うーん、じゃあメールしてください」

 「はい、かしこまりました。宮沢様で宜しいですか?」

 「はっ? はい、宜しくお願いします」


 …あー、驚いた。管理ボットって常時ネット接続されてるんだから当たり前か。でも、いきなり名前呼ばれると思ってなかった。


 サキ、かぁ…まさか一文字違いとか予想してなかったよなぁ。でも、サキもいいかなぁ。ホントはマキだけどね。


 あ、そうだ。もうお昼だからレストルーム行ってみよ。もしかしたら、ヒゲさん居るかもしれないし!


 「…移動場所を指定してください」


 レストルーム、っと。


 「レストルームですね、了解しました。移動します」


 …何食べよっかなぁ。この病院、レストランはホント格段に良いんだよねぇ~。しかも超ローカロリーだし! 何選んでも食べても太らないって、マジで天国じゃなぁーい?



 …ん? いやいやヒゲさん探すんだっての!



 でも、こーやって病棟を移動してると、隔離病棟が嫌でも目に入るんだよね…。噂じゃ治療受刑者の収容施設だとか、政治家の追及逃れ先だとか言われてるけどさ。でも…まさか、あそこにヒゲさん居るとか無いよね?


 


 「レストルームに到着しました」


 どっれっにっ、しよーかなぁー? いやいや違うから。でも、此処来て何も食べないって選択肢は無いよね?


 …トマトとチキンのペンネでしょー? ラザニアチーズ増しでしょー? あと…ガトーショコラ!!


 ふむふむ、ペンネは炭水化物控えめ、チーズは豆乳ベースで、ガトーショコラは酒粕とおから入り…マジで? マジで神!! …たぶん太らない筈!!



 …ふむぅ、トマトうまうま…やっぱパスタはこーでなくちゃねぇ。ラザニアはちょっと柔らか過ぎだけど、焦げた所がビターで美味しいなぁ…。


 ガトーショコラは良い仕事をしてますねぇ…甘うまって感じ? まあ、チョコ好きだから全然有りなんだけど。


 ごちそーさま!!


 …ヒゲさんは、居ませんでした! …今度会ったら必ずアド交換しよーっと。

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