⑪もっと強くなる為に



 細工屋と別れて拠点に戻った俺は、早速サキに釣果を見せると、


 「ホントは泳いで捕まえたんじゃないの?」


 などと言われてしまった。いや、だからちゃんと釣り上げたんだっての…でも、今はそれより焼き魚だ。



 踊り串ってのは結構簡単で、串を魚の口からエラに通し、そのまま身体をウネウネとくねらせながら串を刺して焼くだけ。ただ串の長さと先の鋭さは必要だし、味付けも塩だけだからこそ焼き加減に注意して焼かないと、丸焦げになって苦くなる。


 綺麗に揃った同じ大きさの魚。きっとイワナか何かだろうが、その魚から出ていたパチパチと脂の爆ぜる音が静かになると、立て掛けていたかまどの縁から串を外した。


 サキと共に洞窟の入り口に座り、焼き魚からヒレを外して背中に噛み付く。パリッと焼けた皮が破れ、真っ白い身は骨から簡単に剥がれて口の中に収まっていく。


 そのまま魚の身を噛む度にジワジワと旨味が沁み出し、焼き立ての熱さに耐えながらもう一口、また一口と止まらなくなる。


 「…あふっ! んっ…はぁ、皮パリッで身はホコホコ~♪ こんなに美味しい焼き魚なんて初めてかも!!」

 「ん~、そうだなぁ…魚自体が旨いからかもね」


 サキは気に入ったらしくウマウマ言いながら一匹目を平らげ、二匹目の串に手を伸ばした時は、魚の中骨と尾びれ以外は何も残っていなかった。


 …美味しい焼き魚、か。若々しい見た目と色々な物事に初めてを連発するサキは、俺より年下なんだろう。このゲームみたいなフルダイブ系は、彼女みたいに何でも感動出来る方が向いている。俺は少しづつ色々な体験自体に僅な既視感を覚え、サキと同じ感動を共有するのが難しくなってきている。


 …フルダイブ系特有の既視感。まあ、仕方ないよな。人間は意識に無い物は考えないし、行動に移さない。そんなもんだろ。


 しかし、正直言うとあれだけ期待して始めた【原始人・ザ・オンライン】だが、今は少しだけ飽きかけている。毎日狩猟を繰り返し、食って加工するだけ。何らかの展開があればまた違うんだろうが…。


 そんな思いと裏腹に、サキは毎日楽しそうだ。別に彼女が悪いとか楽しむな、なんて言うつもりは更々無い。


 「落とし穴にアナグマが掛かってた!」


 今日のサキは俺の手を引いて現場に連れて行くと、解体してとせがんで来る。まだ慣れていないのもあるだろうが、彼女は彼女なりに役割分担のような物を感じているようだ。しかし、いつの間に落とし穴なんて覚えたんだ?



 「へぇ、確かにこりゃ上手な落とし穴だな」

 「でしょ? あの細工屋さんがやり方教えてくれたから!」


 ああ、成る程な。細工屋なら色々な知識も有るだろう、NPCだし。


 穴の縁から覗き込むと、被せられた枝葉の隙間から、落とし穴の底で彷徨うろつくアナグマの姿が見える。時折壁を爪で引っ掻いて抜け出そうとする音が聞こえる為、早く仕留めないと上がって来そうだ。


 俺は【黒曜石の槍】を構え、アナグマの急所は何処だろうと考えながら…あ、そうか。俺も細工屋に会って色々聞いてみるのも良いな。




 「ほおぉ、アナグマかい。そいつは煮て喰うと良い味が出て旨いんだよ!」


 サキと共にアナグマを血抜きしてから拠点に戻ると、良いタイミングで細工屋が現れた。何かのキッカケが有って現れたのかは判らないが、この機会を逃す道理も無いだろう。


 「だったら少し分けてやるよ。肉の蓄えは結構有るからね」

 「そりゃあ有り難い! 何だか悪いねぇ~催促したみたいで!」

 「いや、気にしなくていいさ。代わりと言っちゃ何なんだが、少し聞きたい事が有ってね」

 「…聞きたい事かい?」


 アナグマの毛皮を剥ぎながら細工屋に話し掛けると、彼はそれならその肉を食いながら話そうと言い、良く合う葉っぱが有るからと採りに行ってしまう。葉っぱか…何なんだろう。



 グツグツと沸き立つアナグマの骨付き肉入りの土器の中に、細工屋は採ってきた緑色の葉と茎を手で千切って投げ込みながら、


 「これは香りが強いんだが、アナグマみたいな肉を煮込む時に良く合うんだよ!」


 そう言って腰の小物入れから岩塩を取り出して、石で削りながらパラパラと中に振り掛ける。たったそれだけの味付けだが、火の通った葉から昇る爽やかな香りが実に堪らない!


 「…これ、セリかも!」


 早速箸を付けて吟味するサキが頷きながら言うと、細工屋はそんな呼び名なのかい? と不思議そうな顔で答える。まあ、葉っぱに名前なんて無くても気にしないんだろう。


 「それより聞きたかったのは…他の連中は何してるのかな、って気になってね」


 アナグマ汁をサキと共にすする細工屋に、俺は尋ねてみる。すると旨い旨いと言いながら堪能していた細工屋が、少しだけ表情を引き締めながら口を開いた。


 「…うむ、他の連中ってのはつまり…あんたらみたいに細工を頼む奴らの事かな?」

 「ああ、そんな感じだ。そいつらは槍や斧以外に何か持ってたりするのかい?」


 俺が再び尋ねると、手に持っていた汁椀を石の上に置き、腕を組みながら話し始めた。




 …この辺りに居る連中は、だいたいあんたらと同じだね。槍を持って獣を狩り、時折毛皮や角を加工してくれと頼んで来る。


 …でも、俺達みたいな細工屋は、同じように色々な加工を行う仲間と一緒にまとまって暮らしてるんだが、その集落にも何人か住んでいるよ。


 …連中は、もっと危険な所にも出入りし、色々な物を持ち込んで来る。連中の話だと、山を越えた先に大きな集落が在って、更にその先には見た事も聞いた事も無い獣が沢山居る所や、誰も住んでいない大きな家が沢山在る奇妙な所もあるそうだ。


 …その奇妙な所には、二本足で歩くクマみたいな奴や、長い角を生やした大きな生き物も居るが、槍なんかよりもっと強い武器が作れる材料も山のように見つかるそうだ。



 「…奇妙な所、か…」

 「…ヒゲさん、そこに行ってみたいの?」


 俺がそう漏らすと、サキが真顔になって聞いてくる。


 「…行きたくない、って言ったら嘘になるな。ああ、一度見てみたい、そんな所があるなら…」

 「じゃあ、一緒に行くよ? だって1人じゃ行かない方が良いんでしょ、ねぇ?」


 てっきり反対されるかと思ったが、サキが予想外の事を言い、逆に俺の方が驚いてしまう。


 「ふぅむ、そうかい…だったら、無理はするなとだけ言っておくが、もし決心が変わらないなら…一度、俺達の集落に来てみると良いぞ」


 細工屋はそう言って俺達を誘い、サキと俺は頷いて答えた。


 「ああ、行ってもいいならお邪魔するよ」








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